お正月の御料理はやし

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賀茂川の橋をのんびり歩く
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夜の賀茂川は、明かりも少なく静かだ
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予約をしていた「お料理はやし」にやってきた
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ほのかに正月らしい演出
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お正月のコースを頂く
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升酒
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菜の花の先付
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食べ終わると「福」の字が見える演出
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八寸の蓋の上には、三鈷の松 のちょろが乗っている
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蓋を開けると、御節が!
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蝋梅の花、自分は蕾を持ち帰り、いまやっと咲いたところだ
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オリジナルの袋を頂き、横浜へ持って帰った
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松竹梅鶴亀漆器のお椀
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菱葩の椀、宮中のおせち料理の一つとされていた
今は簡略化された、花びら餅が一般に初釜の時期に出回る
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向付
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ゆりね饅頭の椀
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さわらの焼き魚、身も極厚ですばらしい
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湯葉
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揚げ物、クリスピーで歯ごたえがいい
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ちなみにこの箸置きなど一部のお皿は、は山人(大将)の作品だ
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葱の粕汁
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カラスミ
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七草粥
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ゆずシャーベット
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ユリネの金団とお抹茶で締めくくり
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お正月仕様の京都タワー
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夜のロウソクは絵になる
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お正月オブジェ
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今年もいい年でありますように!
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自宅でしっかりと育ててます!
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京都 虎屋菓寮のお雑煮

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年始はお客でごった返す「虎屋菓寮」にお雑煮を食べに行った
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三ヶ日も過ぎたお店は開店直後と言う事もあり、空いていた
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店内には所々に
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お正月飾りがあり、目を楽しませる
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少し寒いが、お庭の見える席をチョイスした
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芝生も緑を失い、枯れた枝木が違う眺めを見せてくれる
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ズームすると、蔵には注連縄(しめなわ)が飾ってある。
注連縄には縄を綯(な)う=「編む」向きにより、左綯え(ひだりなえ)と右綯えの二通りがある、左綯え(ひだりなえ)は、天上にある太陽の巡行で、火(男性)を表し、右綯えは反時計廻りで、太陽の巡行に逆行し、水(女性)を表している。

ちなみに注連縄・注連飾りには、大根締め、ゴボウ締め、輪飾りなど色々な種類の形式がある。
大根締めは両端がつぼまり、ゴボウ締めは片側のみが細い、虎屋さんのはごぼう巻きとなる。

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こちらの席にも正月飾りが用意されている
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お飾り越しにみるお庭もいい
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お雑煮が運ばれて来た
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白味噌
丸餅
頭芋
金時人参
大根
糸かつを節

関東では味わえない京都のお雑煮

京都では総朱塗椀は男性用です
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女性は総朱塗りのお椀を使用することはできません
女性は、内側が朱塗りで外側が黒塗りのお椀を使います
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男性用には「頭芋」が入っていますが、女性用には入っていません

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白味噌が味わい深く、ほっこりして美味しかった!
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お雑煮の後に和菓子をいただいた、酉年をイメージしたものだ
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かわいいひよこを、どうやって食べようか考えてしまう
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羊羹はとさかをイメージしている、親子を並べて楽しんでみた
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お正月のお雑煮を堪能したので店を失礼する

京都 上賀茂神社 初詣(2017)

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お正月、また京都にやって来た、天気はどんよりと曇り、小雨もぱらついている
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振り向くと後ろにも京都タワーがあった
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京都鉄道博物館が出来た(リニューアル)らしいが、行っていない
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クリスマスにここに有ったクリスマスツリーを撮り損ねたのが残念だ
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何はともあれ、初詣に上賀茂神社に向う
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大好きな神社で、鳥居をくぐった時に空気が変った感覚をいつも感じる
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鳥居をくぐり、歩き始めると薄暗かった参道に
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唐突に陽が差し込み明るくなった!まるで迎えられた様な感じがしてならない
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振り向けば後ろは暗いまま
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進む方向にだけ、陽が差し込んでいるのだ
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隣の外幣殿は陽が差していない
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今年の干支は酉(2017年)である
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神馬舎の影から、煙が立ち上っている
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焚き火をしてくれている、早朝の寒い中これは助かる
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二の鳥居を一礼してくぐる
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おみくじを結わき付ける所、干支の酉と神馬にも結わいていい
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ご献酒が山積みしてある
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すぐきも奉納されている
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細殿と立砂、この場所が一番好きだ
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ここでまた、奇跡が起こる!自分が立った瞬間また曇ってしまっていたのに、立砂にだけ光が差した
まるで自分達を祝福してくれているかのような、暖かな光だった
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立砂の右側には普通の松葉が挿してある
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左側には珍しい三鈷の松
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では、本殿に向う、残念ながら工事中であったが、お参りは出来る
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お手水を済まし、お参りに行く
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本殿前の超巨大な当たり矢(ここは流鏑馬が行われる所)
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宝船を模した注連縄(しめなわ)、注連縄は社・神域と現世を隔てる結界の役割を持つものであるが、形・大きさはまちまちだ
飾る時期は俗にクリスマスの後になるが、29日以降に取り付けるのは縁起が悪いとされる、特に31日は「一夜飾り」といい、神様に対し失礼だとされる。
飾りを外す日は、1月7日に七草がゆを食べた後、若しくは15日の小正月の後に外すとされる。
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矢の部分を拡大してみた、「幸運の当たり矢」と書いてあった
稲作信仰は神道の根幹をなす一つであり、稲穂などは注連縄の材料として使われる
最近は見かける事も少なくなったが、車の正月飾りにあった海老の飾りは関東地方のみの習慣らしい・・・・
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縁結びの片山御子神社、片方ずつ持って鳴らすと、鈴の音がシャンと鳴った
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橋殿越しに祈祷をしているのが見えた
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宮司さん達が引き上げてくる
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丁度いいタイミングで来たようだ
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新年のお参りが済んだので、引き上げる
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焚き火ってなんだか見てると落ち着くのは何でだろう?
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神馬舎に馬が居るのは、始めて見た!
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来年も来たいな、初詣!

千葉 高井ヶ谷28cm榴弾砲陣地再訪(2017.1)

先日記事にした大月28cm榴弾砲陣地と対を成す施設が此処となる、この地区には4門が設置予定だった
その内の1門がここに設置されるはずだったのだ
以前にも二度ほど訪れていたが、今回は大月との対比をする為に再訪した

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早速山に入って行く
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と言っても場所を知っている戦跡は安易に到達する
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現地に到着、ここは以前に公開をしようとして、綺麗に整備したのでもの凄く状態が良くなっている
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砲座は以前は完全水没だったが、水が抜けて解りやすくなっていた
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これでも大分見やすくなっている
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砲座右側には、塹壕が残っている
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比較の為にざっと内部を見て行く、隔壁を付ける部分は良く似ている
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十字路、左右に伸びるのが、メイン通路となる
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真っ直ぐ進む道
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とりあえず右に進む
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兵員生息室、大月のと同一だが、若干短い
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右方向の奥は低く閉塞している
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十字路を左方向に進んだ最初の弾薬庫、綺麗に掃除されて見やすくなっている
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来た方向を振り返る
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左方向に進んで行く
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二本目の弾薬庫、コンクリート敷きで軽いスロープになっている
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左方向の隔壁の跡、その先は行き止まりになっている
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メイン通路右にある、爆風よけ
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十字路部分にはコンクリートで固めた支保抗の跡があるDSC03763_R.jpg
同じ様な坑木の跡がある
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壁面にもやはり2つの穴が開いていた
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外部に出て二人を追いかける
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外部から見た壕口
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絵葉書見つけたから貼っておく
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砲側庫の前の塹壕を辿りながら、山頂方向を目指す
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野生化したソテツの畑を垣間見ながら先に一人で山頂に一気に登る、無かったら無駄骨だし被害者は一人でいい
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しかし山頂ではあっさり地下壕と観測所を発見!無線機で下のメンバーに報告する
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地下壕自体は小さなもので、観測員が雨露をしのぐ程度の休息所のようだ
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反対側はほとんど埋没していた
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こちらが鍵穴状に掘られた観測所
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壕との位置関係はV字型
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地下壕の側には、竪穴が大穴を覗かせていた
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高さ5mほどだろうか?落ちたらヤバイ
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この他にも観測所が有るようなので、探そうとも思ったが、そもそも現在地も良く判らない
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太陽も大分傾いている、この地に着いた時点で夕方近かったのだ、この道も無い斜面を降りなければならない
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も数十分で日没だろう
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ソテツ畑まで帰って来たが、外は明るく見えるが、山の中は薄暗くなっている
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もはや本当にまずくなって来たので、斜面を落ちる様にショートカットして下山した
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正月の帰省者の波に乗りながらのんびり横浜へ帰る
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ちょっと工場萌えなどしながら帰ると三日月と金星が見えた
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少人数だったが、実に内容の濃い探索が出来た、午前の探索もその内上げます!

千葉 大月28cm榴弾砲陣地発見!(第二砲座)

前回に続き第二砲座を紹介して行く
砲座を確認し、単独で山頂に登り観測所、機銃陣地の有無を確認しに登って見たが、発見には至らなかった
榴弾砲なので直近に観測所が必要無いのは判っているが、確認の為だ。
ここには28cm榴弾砲が二門配備との記述が有る、第二砲座の位置関係も知られてはいない
全て足で探すのがアナリストだ!

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自分が山頂に登っているうちに、もう一つの砲側弾薬庫を見つけておいてくれた、すぐ隣に有ったのだ
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入り口の形状は良くない、派手に崩れていて、斜度が割りとある
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壕口は難だが、入ってびっくりするぐらいの状態の良さ
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しかも入ってすぐからコンクリートパネルが轢いてある、こんなのは見た事がない
第一砲座がすぐ左側に有るので、そちら側へも給弾出来る様にとの配慮だろうか?
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最初の分岐点、妙に綺麗過ぎる
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斜め左方向に伸びる通路はコンクリートの床も無くなり、狭い通路で終わっている、信管庫、油脂庫みたいな物だろうか?
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右側に伸びる通路に向う
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兵(砲)員生息室、奥行きは20m以上あるだろう
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弾薬庫ブロックとの間に、隔壁を設けているようだ、第一第二共に同じ位置に加工の跡がある
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メイン通路壁面にある二本セットの木杭、第二の方には沢山見られた
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70年間以上手入れもされていないのに驚くほど状態が良い
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天井も屋根型に整形されている
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側溝もコンクリートで固めている所がある
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通路に戻るとまた、仕切りの部分がある(人物比ねこさん180cm)
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結構長い通路なのだが、整備されているせいで、長さを感じない
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砲側弾薬庫の入り口部分をよく見ると
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扉を付けていた跡が見える
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十字路がある
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右は外部への壕口となる、水没している
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壕口側から見るとちょっとで床のコンクリートパネルが無くなっている
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メイン通路左側の爆風避けの空間
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正面奥に進む
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正面は行き止まり
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左側は最も状態の良い弾薬庫が残っている
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排水溝も埋る事無く完璧だ
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この床を水撒いてデッキブラシで磨いてみたい・・・
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3cmくらいのちっちゃい小森さんがぶら下がっていた
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注目したいのが、この上下の溝、ここには横開きの扉が付いていたのだ
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反対側の溝も縦には開かないようになっている
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この状態の良さに感動する、ストロボが奥まで届かないのが難点だ
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ストロボ無しで、懐中電灯だけだとこんな感じ
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少し戻って、外部開口部への十字路の両角に残る坑木の位置関係
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開口部に向う、天井の形の変化に注目
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右側に部屋があり、この辺が密林に覆われる前に農民が肥料などを蓄えていた残骸がある
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振り返って坑道を見る、ここにも隔壁があったもよう
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あ、ここの壕口の写真撮るの忘れた・・・・アホやなほんまに
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第二砲座も砲側庫のすぐ脇に造ってあった
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位置を変えるが、案の定肉眼ほどに写真は映らない、肉眼の補正力ってすごい
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上に登っていたら、丁度良く総軍さんがやってきた
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真ん中辺りに立ってもらい、何とか判る人なら判る程度に撮れた、探索終了!

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ちなみにここに配備される予定だったのは、これと同型の物
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プラモの表紙、弾薬の補充方法が解りやすい
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愛媛県今治市の小島にある、撮影用の模造品