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日本遺産・田戸台分庁舎(旧横須賀鎮守府司令長官官舎)

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意外にマニアックに楽しめたバスツアーも最終地点に到着した
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いつの間にか廃墟となっていた、家庭裁判所などの公共施設
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この一角に2本の海軍柱が有ったのだがフェンスの向こう
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何とか波2本が確認できる程度
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普段は硬く閉ざされ厳重に監視されている正門
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正門横にある通称防空壕、この奥に居住用官舎があり、想像するに当時はこれも土に埋まり、通行はこの壕を通過していたが、不便なので、後世の自衛隊が土塁を削り道路を作り、利便性を図った結果こうなったのではないか?
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門を入ると土塁に鉄の望がいっぱい刺さっているがこれは軍も何も関係無く、土塁の上に手入れのために上がる足場なのだそうだ。
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建物は前が洋館で、後が日本家屋の和洋折衷構造だ
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では玄関へ
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足元には海自のエンブレム
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ホールに集合する
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ありがたいお話を慶弔した後で自由行動となる
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見取り図
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庭園側玄関
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二階はいつも立ち入り禁止(現代の執務室になっているそうだ)
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自分の目的はこれ、あわゆくば見れないかなと
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ここにはA.B二つのコンクリート製防空壕がある
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防空壕A、こちらは現存し、物置になっているとか
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防空壕B、こちらは入り口を埋めてしまい、現在は入れなくなっているそうだ
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防空壕A
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左に入り口が見えるが、バリケードがあり、こっそり入る事は出来なかった
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こっちから回り込むと、上の通気孔は見れるのかも知れない
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現代は、あまり眺めがいいとも言えない
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このセンサー警備されている先にある
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これが防空壕Bだとずっと思っていたのだが、違った
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謎の入り口の前の道にある
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この部分が図面に照らし合わせると、防空壕Bの様だ
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写真におけるこの部分に間違いない
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入れない所に用は無い
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何も無ければ二度と来ないんだろうな
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でもこの先はいつか見てみたい
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絶対捕まるだろうな?

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走水狙撃用洞窟陣地

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ツアーの昼食は、横須賀市走水の「やまに」で取る事になる
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横須賀海堡丼なる海鮮丼を食べる為だ(横須賀市の第三海堡はすでに無く、第二海堡は富津市なのだが?)
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料理の下に敷いてあったトライアングルのチラシより見やすいかも?
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外に居たにゃんこ達
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海岸に移動する
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煉瓦をモルタルで塗った桟橋らしきもの、この上に在った砲台施設の陸揚げの為か?
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次なる目的地に到着
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洞窟陣地入り口
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入り口を入れば広くなる壕内
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早速壕内を歩き始める
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右手にある小部屋
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T字に突き当たる
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右手に広い空間、生息室だろう
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台風等で壕口から漂着物が流れ込んでくるらしい
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振り向いた生息室
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生息室の右奥の通路
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ケミカルライトがぶらさがっている、ちゃんと回収して帰れよ!
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この陣地は、若干天井が低いので歩きにくい
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壁面に電気碍子が残っている
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不明のパイプが地面を走っているが、現代の物だ
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右側に小部屋がある
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引き返して反対側通路に向かう
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分岐はまず、真っ直ぐ進む
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抜き穴だったろうが、埋まっている
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戻って分岐に入る
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すぐにまた分岐
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左に向かう
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外光が見える
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コンクリートを打ち込む前に終戦となった狙撃口だ
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狙撃口は海を向いている
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元の通路に戻る、右に分岐が在るが、真っ直ぐ進む
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うねった陣地らしい通路
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突き当たりのTAKOハートは健在だ
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最深部まで行ったので引き返す
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さっきの分岐路に進む
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先が登り勾配になっている
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部屋がある
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二つ目の狙撃口、開通していないが、先の狙撃口の背面を向いている
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分厚いコンクリート壁を打ち込む溝が彫られている
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さて戻ろう
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何年ぶりに来たんだろうこの壕は
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ツアーで来なければ、後数年は来なかったろうな
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海岸に出て「やまに」に戻る
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にゃんこが減っていた
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横須賀なのに湘南コーラが売っていた

第ニ海堡上陸見学クルーズ(トライアル)後編

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北西の先端部に向かう
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ここの砲座はかなり破壊されている(現代の工事で)
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明治には、こんな27 センチカノン隠顕砲があった
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ここに指揮所があったのだが、前半分が脱落している
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下に落ちている四角いコンクリートは12.7cm連装高角砲の即応弾薬置き場を裏側から見ている
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指揮所の下に空間が見える
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ちょっと突入しようかと思ったが睨まれた
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微妙な隙間に煉瓦が見えてそそる
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12.7cm連装高角砲の即応弾薬置き場と円形砲座の一部
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上は明治に造った砲座、下は昭和の高角砲座と思われる。材質が全く違う
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判りやすい場所
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集められた遺構の一部
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煉瓦構造物の欠片が転がる地点
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第ニ海堡では、複数の煉瓦刻印が発見されている
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最初に見つけたのが( 大小 )の刻印
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二つ目は、短弁桜花章a種
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前回の人は4つも見つけましたよと言われ、探し歩く参加者達
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グーグルで見ると現在この位置、観測所と15cmカノン砲のあった場所
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この部分も円形砲座の上に、観測所が乗っている様に見える
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観測所の一部とコンクリートに塗られた防湿用のコールタールが見受けられる
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三つ目の複弁桜花章a種
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砲座部分
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ちょうど船が通りかかる、ここからこんな感じで航路を通過する敵船を撃つはずだった
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掩蔽壕の入り口
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こっちはもう少しマシに見える
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12.7cm連装高角砲、即応弾薬庫
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上にあったこの部分
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海堡の埋め立て工事の為、この辺りはかなり削り取られている
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砲座を削って通路にされている
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FORTの文字のある15 センチカノン砲塔砲台
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NO.2の文字のある15 センチカノン砲塔砲台の上には4代目の灯台が鎮座している
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二つ並ぶとさまになる
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昔はこんなだった
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砲座に這った錆びた鉄の管
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上の監視カメラに繋がり、リアルタイムで監視されている
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ちらっと覗く煉瓦が素敵
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4つ目は、短弁桜花章b種
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5つ目は複弁桜花章b種
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上部の見学を終え、船着場付近へと移動
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旧北船着場
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掩蔽部の並ぶ通路に向かう
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コンクリートの内部は、小石の含有率が高いので見た目ほどの強度は無い
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焼き過ぎ煉瓦で統一された煉瓦壁
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掩蔽部の入り口を埋めて歩道にしている
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元掩蔽部入り口の上部アーチ
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掘りたい
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このフックは当時の電気配線の跡だそうだ
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これ以上先には行かせて貰えなかった
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船着場に戻ってきた
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すぐ横の遺構を自主的に見に行った
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冷蔵庫に使われていたと聞いたが、真偽不明
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いよいよ離島する、多分二度とこの値段では来ないだろう(17000円)
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さらば第ニ海堡
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第ニ海堡上陸見学クルーズ(トライアル)中編

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島の中央部に向かう
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この辺はソーラーパネルを設置する為に破壊した貴重な遺構の残骸を積み上げた物だろう
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その隣にある7.5 センチ速射カノン砲台座
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27 センチ連装カノン砲塔の台座の上にある地上構造物
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煉瓦ではなく、コンクリートの基礎
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グーグルで上から見るとこんな感じ
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これは上の写真の通りに、砲塔砲台の上に建っている。震災後の砲座撤去後に建てたのだろう
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残念ながらこの上には登れない
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登ってはいけない
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松田勇作がここで「蘇る勤労」のロケをしたそうだ
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上から見ると、第一海堡が良く見える
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島の太平洋側にはこれ以上行かせてくれない、行ってもこんな基礎しか残ってない平坦地にされてしまった
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見れるのは島の東京湾側のみ
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だからこんな所に来てはいけない(現在唯一の地下に入れる入り口)
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ぞろぞろと引き返していく
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こゆ所がツアーの苦手な部分
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12.7cm連装高角砲台座辺りに戻ってくると
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ソーラーパネルの間に何か有る
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反対側から回り込む
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8角形の中に8角形の穴
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深いが埋まっている
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2005年時のこれかな?地形が変わってしまって判らない
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昔はこんな素敵な風景だったのに
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15 センチカノン砲塔砲台
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砲座海側
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内側が浮き上がっている
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金属製の部品も見えるが、投げ込まれたゴミかの判断は出来ない
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美しい曲線の15センチカノン砲塔砲台台座
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砲座間の指揮所に乗っかる謎の桶
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形から燃料タンクの台座の様だ、灯台用の発電機の為だろう
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指揮所(観測所かも知れないが狭い)
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階段は狭い
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中心部に測遠器台の様な穴も?
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つい先端に行きたくなる
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豊満な二つの谷間を覗いた
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先端部に何か有る
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何があったのだろう?
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下を覗くとNO.2
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ちょうど人が写っているので、大きさ比較
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隣のFORT
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隆起したのか、陥没したのか亀裂が!
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灯台を挟んである、反対側の指揮所
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コンクリートの傾斜
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こちらは大分埋まっている
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三浦半島の走水方向、この間に第三海堡があった
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隣は海峡監視用のモニター
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第ニ海堡灯台
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第ニ海堡が関東大震災で廃止になったのが大賞12年、灯台が出来たのは海軍に委譲してから
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円形の砲座が認められるのは、この近辺だけ
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グーグルで見るとこんな感じ

第ニ海堡上陸見学クルーズ(トライアル)前編

いよいよ今回のツアーの目玉である、第ニ海堡上陸見学クルーズに向かう
この第ニ海堡上陸は天候に左右され、現在まで24回実施されている内、9回が中止となっている
まだトライアル中なので、無理は出来ないだろうし、軍艦島や友が島も同じ様な物だ。

簡単に第⼆海堡の概要を述べておく

 第⼆海堡は、第⼀海堡の⻄2,577mで、⽔深8〜12mの海中に築かれました。49万m3 の⽯材、30万m3 の砂が使 ⽤され、50万⼈の⼈夫が使役されました。
海堡の埋⽴造成費だけで79 万円(現在の価格で約50 億円)かかりました。
明治22年(1889)8⽉に着⼯し、⼤正3 年(1914)6⽉に竣⼯しました。
・27 センチカノン砲塔(27K 砲塔) 1基
・27 センチカノン隠顕砲※架式砲台(27K 隠顕式) 4⾨
・15 センチカノン砲塔砲台(15K 砲塔) 3基(4基の資料も有り)
・7.5 センチ速射カノン(7.5 速K) 10 ⾨
・機関砲 10⾨
・探照燈 1基
・⽔雷⽤探照電灯 1基
※隠顕砲(いんけんほう):防護壁の内側に隠れ、射撃の際に砲⾝が持ち上がる⼤砲。
(国土交通省関東地方整備局「第二海堡の歴史」より)
1923年9月1日の関東大震災により被災、その年の内に廃止・除籍された。

その後海軍が使用し、第二次世界大戦中は対空砲が設置されるほか、敵潜水艦の東京湾への侵入を防ぐ防潜網が設置された。
戦後は武装解除の上、爆破、使用不可能となり、海上保安庁の訓練施設として現在も使用中である。

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グーグルで見た現在の第二海堡
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2005年頃のと見比べる
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第二次大戦時の配置(旧砲座はこの時点で機能していないはず)
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反対側から見た写真、灯台を挟んで連装砲二基があったようだが、他の備砲は不明だ

この辺を踏まえて、本題に入る

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猿島から直接第二海堡へ向かう
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出雲が見送っている
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遠方に第二海堡が見える
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なにやら海上に煙が!釣り船の火災があったらしい
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大分近づいてきた
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隣の第一海堡も見える(どっちかと言うと、手付かずのあっちに行きたい)
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まるで要塞のような護岸になってしまった、中央の白い機械は監視カメラで4km先の新聞が読めるとか
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遥か遠くをスゴイスピードで走っている船がいる
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南側から北側桟橋に向かう
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島影から水中翼船が飛びだして来た!高速ジェット船セブンアイランド友号
時速約80kmのハイスピードで大島まで1時間45分で到着してしまう!
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地上構造物が見えてきた
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煉瓦の壁が萌える
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これは海底ケーブルのライン
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当時の北桟橋
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護岸の崩壊は激しい
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崩れたおかげで、見える部分もある
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このアーチの下には、何があるんだろう?
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新桟橋に接岸する
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ダッシュ村で撮影していた辺り
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目の前に早速煉瓦構造物があるが、華麗にスルーされてしまった(後は海保の訓練施設)
一応この島内では、海保訓練施設内は撮影禁止である。
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ここでガイド用無線端末を渡される(スカイツリーだとスマホ型タブレット)、風があると10m離れると、何も聞こえない為だが、これ自体の電波が弱く、やはり10m離れると音声が不明瞭になる
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ガイドが始まる
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間知石とはこの石垣で、昔の単位1間に合わせてある。1間(けん)は6尺、一尺はメ-トル法で約30.3センチとされているので、1間は約1.82メートルに換算されるのだが、そんなに大きい石ではない、6つ並べるとおおむね1間になる。
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あまり見かけない植物が生えている
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船着場を振り返る
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上層部に登ってきた
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ここには第二次大戦時の12,7cm連装高角砲の台座が隠れている
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即応弾薬置き場の穴
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階段と兵員待機室
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これが崩されずに残っているのは、国内ではここだけだろう
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砲床部、アンカーボルトが朽ちずに残っているのは珍しい
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千葉県側はまだ工事が続いている、山積みのケーソン
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防空監視所(指揮所)と言われている構造物
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15cmカノン砲砲座の残骸
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ガイドも気にしていないのだろう、何の説明も無い
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狭間に何かの構造物が飛び出している
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神奈川側の横浜方向に面影は何一つ無い
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同久里浜側も全ての構造物が撤去され、その部位は埋め立ての費用軽減に海中に埋められているのだろう
下を歩くと大量の煉瓦の破壊された欠片が見受けられる
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南側桟橋、真ん中が折れているようだ