京都祇園祭(前祭)2018 山鉾巡行その1

京都祇園祭に、宵山から回って、山鉾巡航まで観てきた
記事的に時系列に逆らうが、山鉾巡航の部分から始めてみる
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メインストリート、祇園四条から人と車が消えた山鉾巡航の朝
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警察による交通規制で西洞院通から四条大橋は車両通行止め
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人間はみな、ここに集まっていた
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0900から始まる山鉾巡航、烏丸から長刀鉾が向かって来る
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1.長刀鉾。ビルとの対比で、どれだけデカイか分かるだろうか?
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長刀鉾にのみ、生き稚児が載る、他の鉾には稚児人形が載っている
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辻回しをしているのだが、下が見えないのでよく分からない
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負けずに腕を伸ばすと、何とか見えた
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三度の辻回しで、90度の方向転換を完了した
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2.蟷螂山、文字通りカマキリを頭上に頂く山である
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実はこのカマキリ、手足や羽が動いているのだ
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山は軽いので、辻回しをせずともすんなり曲がって行く
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3.霞天神山
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担ぎ手が外国人に見えるのは、気のせいか?
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4.油天神山
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山はさくさく曲がって行く
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5.函谷鉾
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背が高いので、左右に揺れながら動いて来る
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稚児人形と囃子方
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辻回しは、辻(角)を回る為に竹をひいて、滑りやすくして90度山鉾を曲げる
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90度曲がったら川原町通を上がって行く
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6.孟宗山
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デカイカサが続く
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7.綾傘鉾
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8.白楽天山
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9.鶏鉾
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重い鉾では、11トンもある。それを人力で曲げて引っ張って行くのだ。
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10.太子山
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11.伯牙山
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松の高さがスゴイ
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12.芦刈山
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巡行は山鉾だけでなく、保存されている道具類まで展示の一部



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いよいよ後半戦だ
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館山市見物の壁画壕

館山市の見物海岸から陸地に入った所にある、閑静な住宅街
その中の一角に、異様な地下壕がある、地下壕自体は立派な海軍壕なのだが、如何せん見た目が異様過ぎる
戦後の地下壕使用により、すごい事になっているのだ。

岩崎巴人(いわさきはじん)異色日本画家・禅林寺派僧侶。東京生。名は弥寿彦。川端画学校に学び、のち小林古径を師と仰ぎ今日一家を成す。平成22年(2010)歿、92才。(なんとつい近年まで存命だった!)
この方の(正確には弟子に指導して好きに書かせたらしい)作品が壕内一面に描かれているのだ
ちなみに住民の方がここに立ち入られるのを嫌うため、現在は柵で仕切られて入れなくなっているはず
自分等は、住民の方に直接交渉、許可を頂く事に成功した。

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ここから進入する
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一見して全く地下壕が有るようには思えない
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なにやら看板が有る、しし山に向かってみる
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これがしし山?切り立って滑り落ちそうな崖を登る
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裏側に回っても、何も無かった
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降りて来ると程なく壕口発見
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何かが見える壕口
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壕口は全部で3つ
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左端の一番小さな壕口から進入する
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なんだこれは?
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入ってきた壕口
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壕自体はちゃんと掘ってあるが、何故か立てないぐらい低い
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どこぞの暴走族の落書きではないらしい
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真ん中の壕口
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芸術家にはなりたくないと思った・・・
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離れた場所に、壕口発見
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妙に四角い壕内だ
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ランプ置きとその横に
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銃眼ではないか!
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外に出て掘ってみた、確かに銃眼だ!
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ちょっと変わった構造をしている
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奥の部屋、灯り置きが一つ
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微妙な堀込みがあちこちに
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出入り口は、扉があったのだろうか?
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木の陰にある壕口
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25穴のような狭さの通路
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しっかりとした造りの棚
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かなり綺麗に造りこんである部屋
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トラ箱の突っ込まれた部屋
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石と貝殻を含んだ地層
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さらに廃屋の裏にも
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こっちは墳墓かな?
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墳墓改かも知れない
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これらが何の施設だったかは、全く分からない。

横浜スパークリングトワイライト2018

2018年7月14日(土)・15日(日)19:30~20:00 の30分だけ行われる花火大会
各日3000発づつ打ち上げられる、横浜港唯一の花火
今年は山手西洋館、外交官の家、ブラフ18番館からも観覧出来るようになった

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少し早めに撮影スポットに到着
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横浜大桟橋
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飛鳥Ⅱが入港している、絶好の観覧スポットだろう
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1930から花火が始まる
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氷川丸の汽笛とともに花火が上がる
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フィナーレの連弾
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そして静寂
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2000終了
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横浜スパークリングトワイライト2018 終了

洲崎海軍航空隊 防空壕群

洲崎海軍航空隊はいわゆる養成所である、その為に多くの訓練兵がいた
基本的に直接戦闘要員ではないので、空襲時には退避しなければならない
その人員を収容する為の、巨大な防空壕施設が必要となった。
縦の通路が5本、それを繋ぐ横の通路が2本の升目状の防空壕が掘られた。

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この防空壕は、現在宅地に面しているので、基本的に封鎖されている
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壕口付近は水が溜まっている所が多い
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奥行きはあまり無い、30m程か?
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二つ目の壕口
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排水溝もあり、通路もしっかりしている
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大きな掘り込みがある
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三本目、水没
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崩落ではなく、埋め戻しがされているヶ所がある
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ガレを乗り越える
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 縦通路の排水溝の切り方
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横方向の排水溝、排水の流れを考えてある
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最終ブロックの壕口は、貯水槽に利用されている
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戦後宅地造成の残土を突っ込んだのだろう
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それが無ければ基本的にいい状態だ
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奥の横通路は広め
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カスガイが落ちている、残留物の全く無い壕だ
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4本目の壕口
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近代コンクリートの何かが有る
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井戸だ、戦後再利用していたのだろう、近くに畑もある
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ただの防空壕にしておくには、勿体無い広さと完成度だ
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ここで初めて木材を観た
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公的調査の時の3番通路のマーキング
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しかし、海軍の壕は立派だな
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縦の通路は狭く造って、強度を保っている(縦が潰れると奥から出れなくなる)
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4番マーキング、こんな分かりやすい壕にマーキング必要か?
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上の128高地司令部壕は崩れまくっているのに、この壕は全くの無傷だ
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5番最終地点
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なにやら柱が建っている
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支保にしては細いし
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しかし、綺麗だが何も無い升目状の壕はちょっと飽きる
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贅沢なんだけどね
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昭和18年6月に開隊した航空隊施設としては、かなり条件がいい
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何故か天井の一部がコンクリート?
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さて、脱出しよう
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外部電源がある、内部の井戸は未だに使用中か?

本土決戦抵抗拠点128高地

1944(昭和19)年7月20日に「本土沿岸築城実施要綱」が発令されると、館山湾からの敵上陸を阻止することを目的に、沿岸の中でおもな抵抗拠点には骨幹的な陣地や塹壕を建設したり、戦略的な拠点には、砲台の建設をした。

そのなかで抵抗拠点のひとつとして建設された施設が、想定された本土決戦の作戦命令では「一二八高地」と記載されている場所にある地下壕である。現在、館山市大賀の小高い山の中腹にある地下壕の内部には、コンクリート製の額に「戦闘指揮所」「作戦室」の文字が浮き彫りにされている。

額の中には「昭和19年12月竣工」「中島分隊」と記載され、地下壕建設にあたり「洲ノ空」の中島分隊が関わっていることや、本土決戦の作戦命令が出た1944年12月に完成したことがわかる。また、「作戦室」地下壕の隣りにある小部屋の天井には、約3メートル四方に渡ってコンクリートで制作された力強い姿の龍のレリーフがある。本土決戦を前に、部屋の天井に表現された飛龍のレリーフは、どんな意図をもって製作されたかはなぞである。(あわがいどより)

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戦闘指揮所のコンクリート製額、入って最初の部屋にある
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起伏に富んだコンクリート製の壕内、この額には何が有ったのだろうか?
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二つ目の部屋にある、作戦室の額
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ちょうどいい人物比(とのさん)、結構高い
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有名な龍のレリーフ、彫ったと言うよりコンクリートの造形
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ヒゲは針金を刺してある
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けっこう大きく彫ってある
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行ったらいろんな角度で撮って見たくなる
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二階への(三階?)階段がある
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階段はあっという間に消え、崩れてきたガレだらけになる崩れるので結構危ない
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途中の左側に部屋がある、ここから段差のある階段だが、ガレで登りにくい
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かなりキツメのガレを登った左側
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右手には開口部があるが出られない
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左に進む
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意外に綺麗な通路がある
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開口部に出た、切り通しにした意味はなんだろう?
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さて、戻ろう
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この階段は、降りる方がこわい
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階段を埋めつくすガレ、下手に踏んだら下まで転落する
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この辺は、かがまないと通れないほどガレが多い
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作戦室に戻ってきた
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最深部からの壕口部分
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1階の奥にはまだかなりの通路が有るのだが、何故か写真が消失している
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またいずれ、有志を募って再訪したいな

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近くの建設中住宅の裏にある壕口
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奥がありそうなのだが、この時はウエイダーが無かった、もう家が建って入れないだろうな?



128高地司令部壕1階



128高地司令部壕2階