君津市久留里防空壕

君津市にも何か戦跡となる物が無いか探してみたが、これと言った物が見つからない
仕方が無いので、久留里街道沿いで見つけた防空壕を紹介する。
木更津市久留里は名水と城址で有名な所だ、たまにこの辺でキャンプをする事があるので
その時に道すがら探してみた物だ。
DSC07758_R.jpg街道沿いのコンクリートの中に変な穴が開いている、穴があれば入ってみる
DSC07759_R_20130218232720.jpg案の定祠改造何これ壕
DSC07760_R.jpg案内も銘も無い窟だった
DSC07761_R.jpgさらに久留里方面に流していると、空き地に穴が幾つか見えた
DSC07762_R.jpg民間の防空壕だろう
DSC07763_R.jpgゴミだらけ
DSC07764_R_20130218233521.jpgすぐに終わり
DSC07765_R.jpg隣の壕もゴミが多いが奥がある
DSC07766_R_20130218233523.jpg通路が狭くなってくる
DSC07767_R_20130218233524.jpg少しずつ横に広げながら掘っていたのか、途中で終わっている
DSC07768_R.jpg出口
DSC07770_R.jpgもう一つ有ったが、浅かった

今回は君津市内で目立った物は見つからなかった、今後も何か無いか探してみる。
物の大小に関わらず、戦跡である事に変わりは無いので、見つけた物は紹介して行く。

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太田山地下壕

太田山(地下壕と高射砲陣地)の遺構を探しに行く
木更津市立・金のすず博物館の山の下に壕はあるが、高射砲陣地は不明。
2時間分が記事を保存ボタンを押した瞬間に消滅、かなり間引く事にする
DSC09906_R_20130217201509.jpg壕の入り口一つ目
DSC09907_R_20130217201511.jpg二つ目
DSC00001_R.jpg一つ目の奥から
DSC00002_R.jpg
DSC00004_R.jpg
DSC00006_R.jpg壕内はずるずるにぬかるんでいる
DSC00007_R.jpg二つ目の壕口
DSC09987_R.jpgDSC09988_R.jpg横坑入り口
DSC09990_R.jpg本坑より一回り小さいが良い作りだ
DSC09991_R.jpg一つ目の本坑
DSC09992_R.jpg通風孔
DSC09993_R.jpg一つ目最深部
DSC09995_R.jpgその手前の横坑
DSC09996_R.jpg結構来訪者は居るようだ、靴跡が沢山ある
DSC09997_R.jpg二つ目の通路に出た、ここの通風孔は汚い
DSC09999_R.jpg足元も汚い
DSC09892_R.jpg二つ目の最深部
DSC09882_R.jpg外から見えない三つ目の入り口
DSC09883_R_20130217210639.jpg三つ目は入り口のみで、左に曲がって四つ目に接続している
DSC09885_R.jpg床が見える所がある、床は煉瓦の様だ
DSC09904_R_20130217211237.jpg天井に金具が付いている
CIMG0604_R.jpg壁面上の方にも何かを着けていた跡が
CIMG0606_R.jpg床にも何かを設置していた跡がある
CIMG0607_R.jpg壁面下の方にもある
CIMG0598_R.jpg四つ目壕口付近、レトロな物が多い
CIMG0599_R.jpg水車のような物
CIMG0600_R.jpg糸車のような物
CIMG0602_R.jpg荷車の足だけ?
DSC09899_R.jpg横坑の位置はずれている
DSC09898_R.jpg天井の通風孔は全て塞がっている
DSC09903_R_20130217212708.jpg四つ目
DSC09902_R_20130217212707.jpg最深部
CIMG0610_R.jpg壕を出る
DSC09909_R_20130217213619.jpg太田山の西側の道沿い、木更津幼稚園の直下に穴発見
DSC09917_R_20130217213620.jpgこの倉庫の裏に壕がある
DSC09918_R.jpgきれいな形の素掘り壕
DSC09919_R.jpg入り口付近の掘り込み
DSC09923_R_20130217214147.jpgこの柵の奥にも壕が見える
DSC09908_R_20130217214142.jpg隣のラーメン屋にも壕が見える
DSC09910_R_20130217214143.jpg店裏の壕口
DSC09912_R.jpg小振りだが、コンクリート製
DSC09911_R_20130217214144.jpg駐車場側の壕口
DSC09913_R.jpg笹が投げ込まれている
DSC09914_R_20130217214715.jpgこちらもきれいに掘ってある
DSC09915_R.jpgこの柱は上の木更津幼稚園を支える柱
DSC09916_R_20130217214718.jpgさぁ帰ろう



木更津太田山地下壕

木更津海軍航空隊を見たついでに、近くの遺構を探してみた。
木更津海軍航空隊はメジャーな遺構なのだが、それ以外の遺構とゆうものが、昔高射砲がありました
今は何もありません的な物しか聞こえてこない。
やっと見つけた太田山(地下壕と高射砲陣地)の遺構を探しに行く。
太田山山頂に木更津市郷土博物館金のすずと、きみさらずタワーが建って居るが博物館には掩体の写真ぐらいしかない、高射砲陣地は跡形も無いようだ。
しかし、地下壕は生きていた、飛び切り頑丈な奴が、しかもオールコンクリートとしては大型だ。
DSC09906_R_20130217201509.jpg太田山に沿って走っていると壕口がいきなり見えた
DSC09907_R_20130217201511.jpg手前にもう一つある
CIMG0608_R.jpg床面は全体的にぬかるんでいた
CIMG0612_R.jpg扉の付いていた蝶番
CIMG0613_R.jpg未だに稼動する
DSC00002_R.jpg何かを挿してあった様な穴
DSC00004_R.jpg天井の角部分の作りもきれいだ
DSC00006_R.jpg奥行きは50mほどか
DSC00001_R.jpg奥から入り口を見る
DSC00007_R.jpg別の入り口
DSC09987_R.jpg構造は同じ通路
DSC09988_R.jpg横の連絡抗は若干低い
DSC09990_R.jpgしかし、しっかりした作りだ
DSC09991_R.jpgまるで、日吉連合艦隊司令部壕の拡大版
DSC09992_R.jpg所々に通風孔か開いている
DSC09993_R.jpg突き当たりに開いている穴から土砂が流入している
DSC09995_R.jpgその直前の連絡壕
DSC09996_R.jpg床はずるずるだ
DSC09997_R.jpg上からも来ている
DSC09999_R.jpg隣の通路に出る
DSC09885_R_20130217211933.jpg床面はコンクリートではなく、煉瓦だった
DSC09892_R.jpg二つ目の通路の突き当たり
DSC09882_R.jpg表からは隠れている4つ目の壕口
DSC09883_R_20130217210639.jpgここだけは壕口から直通ではない
DSC09904_R_20130217211237.jpg天井には金具が付いている
CIMG0604_R.jpg壁にも上の方に何かがあった跡が
CIMG0606_R.jpg床には機械があった跡が
CIMG0607_R.jpg壁面下の方にもある
CIMG0598_R.jpg4本目の通路は短いが、レトロな物が置いてある
CIMG0599_R.jpg水車のような物
CIMG0600_R.jpg糸車のような物
CIMG0602_R.jpg荷車の足だけ?
DSC09903_R_20130217212708.jpg奥を覗く
DSC09902_R_20130217212707.jpgもう突き当たり
DSC09899_R.jpg3本目入り口
DSC09898_R.jpg天井の穴は全部塞がっている様だ
CIMG0610_R.jpg一通り見たので撤収する
DSC09909_R_20130217213619.jpg太田山の西側の道沿い、木更津幼稚園の直下に穴発見
DSC09917_R_20130217213620.jpg物置に隠れているが、壕がある
DSC09918_R.jpg妙にきれいな素掘り壕
DSC09919_R.jpg入り口付近に掘り込みがある
DSC09923_R_20130217214147.jpgこの柵の奥にも壕がある
DSC09908_R_20130217214142.jpg隣のラーメン屋にも壕がある
DSC09910_R_20130217214143.jpgラーメン屋裏手
DSC09912_R.jpgゴミ捨て場と化している、かなり低い壕
DSC09911_R_20130217214144.jpg駐車場側の壕
DSC09913_R.jpg入り口には笹が投げ込まれている
DSC09914_R_20130217214715.jpg掘り方はこちらもきれいだ
DSC09915_R.jpgこの柱は上に木更津幼稚園が建っているせいだ
DSC09916_R_20130217214718.jpgさて帰ろう

木更津海軍航空隊その3

海岸沿いを一通り見たので、陸側に行く。
正直言って、今回の物件の殆んどは、旧軍の遺構か進駐軍の施設か判別が付かない。
おそらく燃料タンク類は米軍の物だろうが、建物に関しては何とも言えない。
詳しくはkanレポートを参考にして欲しい、自分の見逃した物も紹介している。
DSC09090_R.jpg第一ヘリコプター団本部方面に向かう
DSC09092_R.jpg当時の給水等だろうか
DSC09093_R.jpg古びたタンク
DSC09094_R.jpg作りは完全に当時物
DSC09095_R.jpgとんがり帽子の一風変った建物
DSC09097_R.jpgこの辺も米軍かは別にして、当時の物だろう
DSC09105_R.jpg格納庫を超えて、外周に移動する
DSC09107_R.jpg変電施設だろうか、台座がある
DSC09108_R.jpgその脇の土塁の横に半地下式の遺構がある
DSC09109_R.jpgおそらく土塁の中は地下タンクになっているのだろう
DSC09110_R.jpg離れた所にある排水溝?
DSC09114_R.jpg全体、建物もあったのだろうか?
DSC09111_R.jpg反対側を見るとレンガがある
DSC09113_R.jpg中は薮化していた
DSC09115_R.jpgどうにか確認できるボイラーの台座
DSC09112_R.jpg裏側には風化した煉瓦壁がある
DSC09116_R.jpg隣にもう一棟ある
DSC09117_R.jpgこちらの状態はまだいい方だ
DSC09119_R.jpg接続パイプ
DSC09121_R.jpg台座は多いがボイラー本体は2つだけ
DSC09122_R.jpg右に回ると煉瓦の壁がある
DSC09123_R.jpg当時は煉瓦の建物の中に在ったのだろう
DSC09124_R.jpg横手に入り口がある
DSC09125_R.jpg後ろ側は錆が少ない
DSC09127_R.jpg隣の部屋への通路だが崩れてしまっている
DSC09129_R.jpg見上げると塞がれた通風孔がある
DSC09130_R.jpg入って来た入り口
DSC09131_R.jpg隣のボイラーの屋根は落ちてしまっている
DSC09132_R.jpg折角なので登って見た
DSC09133_R.jpg上部はかなり傷んでいる
DSC09134_R.jpg向かいにある、恐らくボイラー用の燃料タンク
DSC09136_R.jpg上写真の右に写っている地下式タンク
DSC09138_R.jpg覗いてみる
DSC09137_R.jpg英語が書いてある、米軍使用か
DSC02662_R.jpg物自体は、横須賀の貝山にある物に酷似している
DSC09139_R.jpg電灯はアメリカっぽい
DSC09141_R.jpg反対側
DSC09140_R.jpg横にも開口部がある
DSC09142_R.jpgこれも当時物だろうが不明
DSC09150_R.jpg見本の様な旧軍遺構
DSC09151_R.jpgこの近辺には多数ある
DSC09152_R.jpg中はゴミだらけ
DSC09153_R.jpg取り合えず入ってみる
DSC09154_R.jpg水没しているが、状態はいい
DSC09155_R.jpgこの壕は入り口が面白い
DSC09156_R.jpg左に入ってすぐ右に二重扉が付いている
DSC09157_R.jpg管制塔裏手の物も同じだろうか?
DSC09165_R.jpg埋もれている退避壕
DSC09166_R.jpg爆風避けが倒れている
DSC09278_R.jpg滑走路の向こう側にも退避壕がある
DSC09306_R.jpg陽炎越しの掩体壕
DSC09309_R.jpg所々に円形の穴が開いている、航空写真でも写っているので、機銃座跡か?
DSC09426_R_20130216222208.jpg掩体壕に行く
DSC09428_R.jpg妙に横が分厚い、倉庫として使用中
DSC09435_R.jpg後ろ側から滑走路方向を見る
DSC09443_R.jpg近くにある退避壕

基地内にはまだ遺構がある、いずれ再訪したい


木更津海軍航空隊その2

前回は、外周部を紹介したので、今回は陸上自衛隊木更津駐屯地内を紹介する。
DSC08916_R.jpg正門を入り格納庫側来客駐車場に車を停める、その前に米軍時代の遺構がある
DSC08917_R.jpg近くに退避壕が見える
DSC08918_R.jpg鉄製の入り口扉
DSC08919_R.jpg後から、通気孔があるとゆうことは、元は埋まっていたのだろう
DSC08946_R.jpg当時の格納庫
DSC09037_R.jpg重厚な扉、重そうだ
DSC09038_R.jpg鉄骨萌え
DSC09024_R.jpg掩体壕、白十字は今も照準テスト用に役立っている
DSC09026_R.jpgグーグルで航空写真を見るだけでも、10基近く確認出来る
DSC09054_R.jpg中ノ島側の遺構を見る
DSC09055_R.jpg木造、鉄筋コンクリが混在する
DSC09058_R.jpg油脂庫や倉庫に現在も使われている物が多い
DSC09060_R.jpgすべりと桟橋、奥に中ノ島が見える
DSC09061_R.jpg集会所だろうか、大き目の建物だ
DSC09062_R.jpg左は橋に見えるが橋ではない、桟橋への通路
DSC09063_R.jpg正面入り口
DSC09064_R.jpg退避壕、これがオリジナルの土盛り
DSC09065_R.jpg後にもう一基ある
DSC09066_R.jpg集会所の裏側に行くと
DSC09067_R.jpg爆風避け付きの退避壕がある
DSC09068_R.jpg中は水没で入れない
DSC09069_R.jpg野外機材庫
DSC09070_R.jpg似ているが、別の退避壕
DSC09071_R.jpg後ろは集会所
DSC09072_R.jpg土を退かすと、こんな感じ
DSC09073_R.jpg千葉は砂の産地でもあり、コンクリも分厚そうだ
DSC09074_R.jpgさっきの海岸沿いの退避壕2つと、丸い的が書いてあるネット(左)
DSC09075_R.jpg奥の物は小振りに見える
DSC09076_R.jpg管制塔裏手にも建物と退避壕が
DSC09078_R.jpg黒い消火栓
DSC09079_R.jpg通気孔が2つ、大型の物だ
DSC09080_R.jpg爆風避けも付いている
DSC09081_R.jpg電気まで入っている
DSC09082_R.jpg側面にも何か出ている、司令部用退避壕だろうか?
DSC09083_R.jpg裏側は使用中
DSC09084_R.jpgここでは珍しい煉瓦作りの油脂庫?
DSC09085_R.jpg短艇格納庫か
DSC09086_R.jpgその手前の桟橋
DSC09087_R.jpg桟橋は二つある
DSC09088_R.jpg格納庫の概観は改修されてしまっている
DSC09089_R.jpg基礎部に残る当時の水道と現代の弾薬箱