香取航空隊その他遺構

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待ち合わせには(1030)少し早いが横浜出発する
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首都高はガラガラだったが
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京葉道なんとかしてくれ、毎回これ
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なんだかんだで終点横芝到着
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この遺構の目印は「ダイナム」
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問題の物件、以前に行っているが時期を失して上げてないのでここで上げる
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kanレポート様で詳しく説明しているので、細かい事は言わない
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弾薬庫、格納壕と言われているが正確には不明
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入り口は付け替えられ、農具置き場にでも使っていたもよう
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農機具?
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手作り感がハンパ無い出来栄え
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通気孔の様だが埋まっている
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グランドのフェンスの様な金網の骨材、まさか金属はコレだけなのか?
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奥から入り口方向
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真横から見ると、入り口部分は若干傾斜を憑けてある
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お約束なので登る
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唯一と言えるコンクリートの露出部分
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なだらかなRを描く手作り感
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離れてみると、完璧な偽装で、知らなきゃ判らない
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いびつな千葉県(市の標柱じゃない)
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も一つある、走って数分の所に有るので、一緒に訪れよう
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落書きを丹念に消した跡がある、ご苦労様です
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入り口の一部が欠けている、誰が持って帰ったんだろう?
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基本構造は同じだ
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筵の跡が当時を思わせる
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金網の跡も同様だ
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落書きにも昭和を感じる
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もっとも金網が判る、通気孔
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奥から入り口方向
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こっちの方が、入り口が低いので、埋まっているのかも知れない
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側面を見ると、継ぎ目がある、上と下のコンクリートを打った時期が違うのだろう
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弾薬庫を堪能した
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ここでこんな資料を見てみる
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航空基地の左側に、西砲台や25mm機銃が多数設置されているようだ
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西側の畑(田んぼ)にやって来た
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以前から気になるこれ
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陸から繋がっている機銃砲座にしか見えんのだが
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きちんとした、コンクリート製で、若干傾斜がついている(タニシもついている)
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畑の中にも同じ様な物がある、これは防火用水の可能性もある
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それ以前にただの畑の溜池の可能性も否定出来ない
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また、別の場所
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これは現在完全に溜池だ
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コンクリートは既に明治には一般化しているので、戦前のものかもしれない
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あそこにもちらっと見える
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畑の持ち主に断り、近寄る
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ここも完全に溜池になっていた、農家の事は分からんが、こんなにあちこちに溜池作るのか?近くに川あるぞ?
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近くに妙な所があった
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ここだけ草がまばらにしか生えない、基礎のような物が広範囲にならぶ
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砂利交じりの、基礎には脆弱なコンクリート
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滑走路にやって来た、これは現存するテストコースとクロスする残った半分の滑走路部分だ
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もう、良く判らなくなってしまっている
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掩体壕を見に行った所で、タイムオーバーとなる
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急いで集合場所に向うのであった、そして本来の探索が始まるのであった

先ほど友人空母氏より、香取航空隊の資料を一部送ってもらった
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航空自衛隊〇浜基地所蔵資料より
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現在ブレーキテストコースになっている辺りだろう
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右下に「今も残る防空壕」とある、隣に写っている慰霊碑は昭和51年に作られたもの、日清紡ブレーキ株式会社の敷地内にでも隠れているのだろうか?

一応、前回の香取海軍航空基地訪問ページ
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三川地区のトーチカ(観測所)再訪

以前からきへい氏に指揮所と合わせて案内してくれと、依頼されていたのだがなかなか来れなかった
今回こうゆう機会にお連れ出来て良かった、なんせ結構遠いのだ銚子方面は・・・
例によって「千葉県の戦争遺跡をあるく」には、トーチカと紹介されているが、どッから見ても観測所以外に見えない
印刷物の魔力は、日本人には物凄い効果があり、信じ込ませる力があるから怖い
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朽ち果てた浅間神社の参道を登る
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山門を抜けた少し先にそれはある
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書籍で言う、トーチカの入り口だ
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まずは、側面に回る
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重厚な観測窓が現れる、前面防御は1mもある
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何とも完成度の高い遺構だ
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中を覗く、柱も支えも無い大型の観測窓は珍しいのでは?
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上によじ登る
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側面と違ってデコボコだ、本来ここは艤装の為に地面に埋まっているので、これでいいのだ
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上の通気孔、この地域の地下遺構には同様の物が多い
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では、中に入ろう
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本当は階段があるのだろうが、埋まっていて確認出来ない
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前室部分
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横サイドにある上から見た通気孔
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明かりが漏れない様に、引っ込んだ電球の傘
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竹を埋め込んだ伝管
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観測室
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観測窓、今は見えるのは樹木ばかり
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しかし、がんばれば海が見える(ちょっとだけ)
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さて、次に行こう
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浅間神社、この先の斜面を降りていく
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塹壕が巡らされた斜面に壕口が開いている
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実は階段があるのだが、殆んど埋まっていて、滑りまくるので注意が必要だ
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クランクして坑道は続いている
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今回は誰も憑いてこないので、ここまでにした
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さて、登るか
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濡れた岩盤は、非常に滑るので滑落の危険がある
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そこから横移動をすると、本物のトーチカがある
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銃眼部は半分近く埋まっている
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出入り口は上にあるが、階段などは一切無い
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飛び降りると、目の前に銃眼がある
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作りは立派だが、いかんせん埋まっている
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側室、弾薬及び予備人員が居たのだろう
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飛び降りた入り口、ネズミ返し式になっているので、迂闊に降りないように
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上では、きへいさんがお掃除をしていた
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参道を戻ると、ねこさんが自然の摂理に導かれ、新発見を果たしていた
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塹壕を辿って行くと
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コンクリート遺構が見えてくる
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人が何とか滑りこめる隙間が有る
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斥候は我が仕事、中の安全を確認するDSC03410_R_20150612213727472.jpg
なかなか広い部屋だった
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背面にやっぱり通気孔がある
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埋まっているが、なんとか外光が入る
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入り口方向を見る
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銃眼部、木目がキレイだ
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左方向
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右方向、大分射界を確保している
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電気設備も整っている
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さて、出るとしよう
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入り口は入っている間に、幾分整備された
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回り込むときへい氏が銃眼部の清掃をしている
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本当に戦跡を愛して止まない人だ
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先ほどのトーチカよりもこれは大きい
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銃眼部の人の居ない写真が無かったので、ねこさんから狩りパクした
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新発見に足取りも軽く下山する
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この山にこれだけの遺構が埋まっているなんて、何人が知っているのだろう
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この観測所は、まだ千葉の海を見守っている

塙(はなわ)地区第2砲台及び八木大砲陣地

第1砲台から程近い高台に、第2砲台はある、あえて場所は伏せておく(許可をくれた畑の所有者の迷惑になる)
きへい氏の調査によると、ここの備砲は10cmカノン砲であるとの事で話を進める
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問題の小山に到着
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ちょっと掻き分けると、あっさり見つかった砲口部
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めちゃくちゃ特徴的な類を見ない形状
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中に入ると、大量の砂が入り込み、側室もしくは主出入り口を塞いでいる
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側面にある、観測窓?横スライドの扉が付いていた感じだ
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もう一つの特徴、このくぼみが随所にある
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砲口部右にも、大き目の物がある
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砲側庫
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ここにも窪みがある
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シンプルな部屋、白いのは結露した水滴とカビ
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壁の穴、砲室へと繋がっている
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天井の穴、電燈でも付いていたのだろうか?
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砲室の1/3は土砂で埋まっている
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そこかしこ、砂だらけ
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砲口部の修復作業が始まる
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砲台では左右どちらかに、砲身を固定保持しておく箇所を設ける事がある、その一種だろう
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修復された、砲口部
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床面はコンクリート敷きだったが、土間状に掘り込みがあった
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修復後、御満悦のきへい氏
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きへい氏の眺める先は、米軍上陸予想地点、九十九里浜である



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引き続き、八木大砲陣地を捜索に向かうが、新しいお寺が建っていた、会長が事前調査で住民から「気が憑いたら軍隊が勝手におらの土地に道を作って、大砲を据えてしまった」との証言を取っている、また、駐車場の木の根元に地下への入り口があったが、駐車場整備で埋めてしまったそうだ。
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しかし、僅かな痕跡を求めて一部のメンバーは、急傾斜を下っていった
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そして、それは有った
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破壊された痕跡の残るコンクリート構造物
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砲口部なのか、下入り口なのか?
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割れて落ちてしまった遺構に答えを見出せなかった
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付近にも幾つか破片は見かけたが、判別に繋がる物は無い
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そのまま下の道路まで落ちて行くと、会長が事前調査で見つけたコンクリート遺構がある
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きへい氏の修復により、見える様になった遺構
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しかしこれは、砲台その物ではなく、上の砲座の崩れ防止の為の傾斜地補修、補強と思われる
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道路沿いに幾つか残っているようだ
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ここでの探索を終える、ちなみにこの足の下に地下施設があった模様

塙(はなわ)地区カノン砲台観測所

前回の第1砲台自体は知っていたのだが、第2砲台(一般的には第2陣地)は写真でしか見た事が無かった
今回房総半島戦跡考古調査会の会長がバイクで走り回って見つけて来たのだ
取りあえず、そっちは置いといて、その過程で見つけた怪しい物件を今回紹介する
ねこさんからそっちの図面が先に届いたので、こっちに変更した
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自分の3ナンバーでは無理だろう農道を、農家の注目を浴びながら横断していく
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行き着いた所にあるこの小山が第2砲台だが、取りあえず置いておく
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今回のターゲットはこちら、この時点では謎物件であった
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なんせこの高さである、誰も登った人は居なかった
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しかも反り返っている、後は根性だな
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って事で根性で這い上がると、なんと穴が開いている
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これはスゴイ物件だ、早速1.5mほどの深さの穴に飛び込む
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一瞬「帰れるんだろうか?」なんて考えるが、気にしない
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足元は緩斜面になっている
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冷静に見ると、これは観測口であった、前の窪みは双眼鏡置きか、それともただの足場か?
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きへいさんに立ってもらうとこんな感じ
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3段ほどの階段を降りる
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木製の梯子があった
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当然使ってみる、ベストマッチだった
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背後の正規出入り口、メンバーにはこっちから入ってもらった(きへいさん、ねこさんはよじ登って来た)
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横には指揮所(計算室)と思しき部屋があった
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壁の上の方に、斜めに延びる穴が有る
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穴は更に垂直に向きを変え、上に開口していた
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部屋全景
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部屋の一角にある銃眼
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真正面に壕の入り口がある
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壕の入り口から見たところ(八丈島の地下壕でも良く見かけた)
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一旦外に出る
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前も見えない藪を掻き分ける
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あった、縦坑だ
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下で斜めに下っている、下の部屋へ続く穴だ
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壕に戻ると、測量が始まっていた
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一旦部屋に入る
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何故か塚面にコンクリートは無く、土剥き出しだった
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観測窓から顔を出す
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海岸線を一望出切る
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幻想的な光景に見える
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外から見ると、晒し首の様だ
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九十九里浜が一望出切る
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上に登って下を見る、結構高い
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普段は蓋でもしてあったのか、溝がある
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さて、みんなを待たせているので、撤収する(ねこが居なかったのでメロン)

以下の写真はきへいさんから提供してもらった、八戸の陣地の観測所である
まったく同一規格であるのに驚いた
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なんと、新島にも同じ物があるとの情報をkan様より、頂いた
詳しくはkanレポート「新島のトーチカ」をごらん下さい

塙(はなわ)地区第1砲台

以前、塙(はなわ)地区の指揮所と紹介した物件に、房総半島戦跡考古調査会のメンバーと行って来た。
「千葉県の戦争遺跡をあるく」には、指揮所として紹介されていて、15cmカノン砲砲台は見つかっていないと書いてあったのだが、明らかにおかしい、畳100畳の広さ?10部屋ぐらいある?全然合わないのだが、写真は確かにここであった
今回、完全なる間違いである事が再訪により明らかになったので、再掲載とする
ちなみに今回、第2砲台と観測所も発見しているので、徐々に紹介して行く。
第2砲台と観測所は、房総半島戦跡考古調査会会長の地道な努力によって発見された物で、自分は強行突入しただけである
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写真中央に、忽然とコンクリートの塊が顔を覗かせている
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これが指揮所と勘違いされた所以だろう、窓一つ無い建物に見える(実はこれ、横側だったりする)
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がさ藪を抜けると見えてくる
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屋上に登ると、眺めがいいのだが、誰も来ないので降りる
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では、とっとと入ろう
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これは右翼砲室となる、約5m四方となる
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管理は農協となるようで、雑多な物置(ゴミ捨て場)となっている
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右側の砲側庫
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奥行き4mほど
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乾燥しているので、木枠なども残っている
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砲側庫は2つ並んでいる
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近代コンクリートと言っても通るぐらいの完成度だ、日吉よりスゴイ
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奥から砲室方向
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右翼砲口部、土止めにコンクリートパネルが挟まっている(現代物)
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左翼側に向う
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床には砂が積もっているが、落書き一つ無いキレイな遺構だ
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左翼側、砲側庫
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入り口方向
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もう一部屋は狭い
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両手を広げれば憑いてしまうほどだ
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左翼砲室、こちらにゴミは無いが、砂がヒドイ
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後方の出入り口、現在外は畑となり蓋がされている
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天井から出ている、太い鉄骨
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表面はキレイだが、内部はやはり砂利が多いようだ
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砲側庫に繋がる伝声管
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砲床を掘って、調査をした跡がある
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砲口部からは土砂が流入
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当時の木枠の挿入具合が確認出来る
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木枠の残る砲口部は珍しい
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砲口部より中を見る
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測量中のねこさん
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右翼砲室に戻る
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木枠はコンクリートに埋め込まれていた
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右翼砲室出入り口
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きへい氏により、復元された砲口部
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この段々を見て、砲室じゃないなんて誰も思わないだろう
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現存する砲台としては、最高レベルではないか?オールコンクリートだし!
塙地区重砲陣地_R
房総半島戦跡考古調査会ねこさんの測量図 (実は翌日にはメールで届いている、仕事早え~)