追浜にある危険な地下壕

読者様から地下壕情報を頂いた、存在自体は知っていたが、人通りの多い場所なので、チャンスが無かった
暫らくして、読者様から内部写真が送られてきた、大好物の壕内レンガ構造物が写っていた。
人、車の多い交差点に加え、営業中のお店の隣という立地条件だが、運良くすんなり入れた。
半ば諦めていた物件だけに、探索が叶ってありがたかった、ありがとうございました!

なを、この壕への入壕は止めた方が良い、状態が良くないのもあるが
何より危険物が大量に転がっている、空だとは思うが残留物は有ると思った方が良いだろう。

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入壕するなりクランクを一つ曲がるとこの有様だ
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戦後、きのこ栽培を含め、プロパンガス屋など色々改造して、使っていたようだ
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配線は変えているが、碍子などは流用していそうだ
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壕自体はそこそこ広く、幅もある典型的な海軍壕
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一部コンクリートが引いてあるが、戦後かも知れない
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大量の危険物、一つの残量は微々たる物だろうが、これだけ有ると・・・しかも錆びて腐食している
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この辺はきのこ栽培の温度調整とかやっていたようだ
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しかし、どんだけ在るんだ、このプロパンボンベは!
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天井に張り付いている碍子用の木材は、当時の物で、側面の物掛けはきのこ時代だろう
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かなり広い、ホールの様な部屋
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まばらに残っている当時の碍子、右端が近代の電気配線
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メイン通路との段差が気になる、積み下ろしの考慮か?
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横の坑道(メイン通路)よりも、中程はこの様に接続坑の方が広い、床もフラットだ
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メインを回ったので、他の通路を回ってみる
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よく見ると、排水溝の一部にレンガが使われている、海軍は芸が細かい
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天井だけ見ると、すごくキレイな通路、少しうねっている
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端っこに到達したようだ
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先端に、外部から蓋をされた壕口がある
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昭和の産廃残土に床が埋まっている壕口付近
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枝坑までこの始末
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ちょっと様子が変わる
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壁面にアーチ型に溝がある、コンクリートの跡から隔壁があったようだ
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出入り口の扉の跡が残る部屋
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発泡スチロールを打ち込まれているが、かなり綺麗に四角く掘られた部屋
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入り口の上には四角い溝が
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鉄の鋲が残っている、恐らくクレーンのレールが走っていたのだろう
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同じ様な坑道が続く
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同じ様な入り口
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きのこの苗床の棚があったのだろう
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三つ目の部屋
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こちらには発砲スチロールは無かった
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クランクしながら、奥に進む
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湿度が増し、床がグチャつく
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また見事に広い部屋に出た、ほんとに地下なんだろうか?
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昔は壕内を自転車で回っていたのだろうか?
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通路と部屋の天井の高さが違うのが良く判る
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狭い通路の先には、また凶悪なボンベが並んでいる、あんまり行きたくない
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この錆び具合、特に下の方はヤバイ!
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そそくさと別の通路に、なんか変なのが?
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なんと軽トラのオープンカーではないか!天井の低い壕内を走る為に、切ってしまったのか?
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昔は車の出入りできる壕口が有ったんだな、今は開口部は一ヶ所だけしかない
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トラックの先の通路に向かう
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待望のレンガが現れた、テンションが上がる
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扉部分が破壊されているようだ
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材質は当時の耐火煉瓦で貝山地下壕でも見る物だ、しかし雑すぎる、フランス積みの様だが不揃い過ぎる
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内側は2m弱煉瓦で巻かれている
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こんな所にズリが?戦後壕内を拡張したのか?
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次なる煉瓦が見えてきた
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しかしこの配管はなんだ?スロープも気になる
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右側にあった小さな部屋
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妙に綺麗に造ってある
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残土を突っ込まれた通路、破壊された煉瓦塀も埋まっている
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ビニールが行く手を塞ぐ
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手前の小さな部屋
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壕内で白い物がぶら下がっていると、ドキッとする
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左側の枝道は、何故かコンクリートの縁取りがある、珍しい
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恐らくきのこ栽培のボイラーの配管
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掘削用ロッドが刺さっている
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最後の部屋に到着
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左側はマシだが
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右側は、うず高く残土が積まれていた
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さぁ、戻ろう
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変な形の排水溝
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残すは入り口周辺のみ
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ここは妙にゴミと生活臭に塗れた場所だ
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生活出来そうな感じである
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パロマ炊飯器まである
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奥に壕口が在ったが埋まっていた
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さて、戻ろう
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戦後の残留物が多すぎるが、中々の物件だった
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後はタイミングを見計らって、脱出するだけ
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ついでに周辺の遺構を見て行く、これはまた違う地下壕の入り口、接続はしてなかった
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かわいい黒猫
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鳥居をくぐり、少し登る
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あの辺に見える穴は、中世のやぐらだ
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階段途中の謎の壕、やたら入り口だけ立派、中はしょぼい
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見たかったのはこれ、やっぱり同じ煉瓦が使用されていた
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帰り道で東海道の道標を見つけた、京都を身近に感じた。
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貝山地下壕  EVNARA 氏御案内

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貝山公園に移動した
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貝山上部壕から紹介していく
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旧日本海軍のホーローのお皿が残されている
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海軍の地下壕は、掘削の度合いが芸術の粋に達している
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ツルハシとスコップでよくここまでやるもんだ
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戦後70年以上、崩れる事も無く未だに使えそうである
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ちょっと水が溜まっている部屋
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壁に「カイカウコ」と書いてある、逆読みで「航海科」になる
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壁に棚が掘り込まれている部屋
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非常に切り立った斜面を降りて行く
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第二の壕口はそんな所にある
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内部にある大きめの碍子、ここは通信施設だったようだ
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ここでは無線機の残骸、真空管やトランジスタが発見されている
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天井は高い所で3m、低い所で1.5mぐらいの差がある
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ちょっと複雑な造りで楽しめる壕だ
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第三の壕に来た
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ここも造りはかなり丁寧だ
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面白いのは階層構造になっている事だろう
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掘削の途中で止めたのか、棚状に残る部分
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一旦山頂で一休み、もう陽が翳り始めている、後一ヶ所が限度だろう
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有名物件が多く残る第二坑道に入って行く
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ここは小さな村程度の広さがある
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水道設備すらある
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コンクリートのスロープを上がると
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指令部の広大な空間が広がる、地面の下にこんな空間があるとは思わないだろうな普通
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地下水の排水設備も完備されている
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壕内にはガスマスクの吸収缶が落ちている
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満々と地下水を溜めた水没区、水面への映り込みがいい
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水没区から上陸する
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石積みの隔壁をくぐって行く
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鉄の扉が残っている
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ここにも海軍食器が落ちていた
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最も特異な場所がここ、「廃車壕」
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総コンクリート巻きの非常に強固な構造をしている、70年以上前の施設とは思えない
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発電機室の台座
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地上に上がるコンクリート製の階段が二ヶ所にある
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下から見上げる階段
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上から見下ろす階段
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ドラム缶の転がる倉庫壕
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人物が入ると、壕内の大きさが判りやすい
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案内無しでうっかり入り込むと出られなくなる可能性も高い
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壕内出口付近には、20リットル入りの薬ビンが多数転がっている
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そろそろ撤収の時が来た、外は既に日没になっていたが壕内よりは明るかった

野島地下壕  EVNARA 氏御案内

長らく業界内では難攻不落、入壕不可能と言われていた野島地下壕
苦労の末やっと見つけた開口部だったが、入ったのに記事にするのを忘れて早五年?
後にちゃんとした紹介記事は書くが(いつになるやら)今回は4ヶ所ある壕のうち、1ッヶ所だけ回ってみた
はるばる奈良から来てくれた、「日本の為に戦ってくれた英霊を忘れない 」 EVNARA 氏を案内した
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まずは横浜海軍航空隊の隊門を軽くみる
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野島到着、早速準備に入る
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野島はねこが多くてうれしい
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まず普通には見つからない入り口から入壕する
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海軍特有の綺麗な掘削された壕内に入っていく
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多少水没しているが、この壕は長靴程度で踏破出来る
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写真は明るく撮ってあるが、本来はこんな感じに暗い
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ステージと呼んでいる部分に来た、ここは1mほど床が高くなっている
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天井も高さ4mはある巨大な地下空間である
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振り返って見ると、見事に四角く掘削されている
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奥に続く坑道、幅4m高さ2mほどだ
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深部に近づくと、幅が狭まり高さも失われてくる
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最深部、駐車場側に開口していた壕口だ、昔はこの隙間から覗くだけだった
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しきりに画像チェックを入れるEVNARA 氏、遠距離探索は撮り直しが聞かない
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水没地区もある
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ステージの反対側に戻って来た
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曲がり角に沿って、トロッコ軌条がくっきりと残っている
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メモリの入った薬ビンが転がっている
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八景島シーパラダイスから直線距離100m程度の所に、こんな地下施設が残っているなんて気づかないだろうな誰も
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この島には4つの地下壕が眠っているが、その中の一つだけを紹介した
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外に出て、航空機の掩体壕を見に行った
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普段は入れない所だが、特別に入れてもらった
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内部に関してはその内きちんと紹介する・・・と思う
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野島は釣り船の基地でもあるので、猫が多くていい
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EVNARA 氏あちこち写真を撮りまくっていた、しかしそれは中世の墳墓であって戦跡じゃないんだよ?


御連絡

12/18に拍手コメントから情報を提供して頂いた大〇様、拍手コメントの非公開コメントは連絡先も何も不明になりますので
通常の記事に鍵コメで御連絡先を教えて下さい、数日待ちましたが反応が無かったので記事上での御連絡とさせて頂きます
恐らく未見の壕と思われますので、是非とも情報を教えて頂きたいです!
御連絡お待ちしています。

栄区小菅ヶ谷地下壕

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長屋門で有名なこの地に、何故か地下壕がある(市によって保存されている)
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手前の壕口は、鉄板で封鎖
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上の方にブロック封鎖の小さな壕口が見える
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ブロックで、隙間無く封鎖
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入れる所から中に入る
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噂通り大きな壕の様な感じ
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降り積もった砂が、パウダー状に積もっている
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20m程度で、右に枝抗が現れる
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枝抗部分だけが良い状態のようだ
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とりあえず本抗を攻める
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確かに調査を受けているようだ
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残っている排水溝も、キレイなものだ
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電気設備も充実している
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1本目の主坑は貫通していない、右に曲がっている
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右に曲がると、30m程度の直進坑道
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更に右に曲がる
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蓄積した砂とズリの残りはあるものの、比較的キレイな部分
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この辺にも、碍子と電気ソケットが付いたままのが残っている
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天井に何か突き刺さっている
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碍子を付ける木材を打ち込む鉄槌の様だが、かなり太い10mm以上ある
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左上が拡張途中で終わっているようだ
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最初の主坑に戻る枝抗
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部分的に盛大に崩れている
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天井の岩盤、触るとポロポロ落ちてくる
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側面も同じ様なものだ
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2本目の壕口付近は、状態が良くない
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外から見たコンクリートブロックの壕口
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接続部へ戻る
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ここだけ妙にキレイな床面
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左側の壁面のみ整形されている
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天井に残っている、碍子用木材
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腐って、金具から落ちた機材
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色と形状からすると、20L入り薬ビンの破片
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規模は小さいが、電気設備は壕全体をカバーしていた
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元の主坑に戻って来た
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一通り回ったが、予想より小さかった
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主坑2本、枝抗2本の倉庫的な造りであった

すぐ近くの県道21号線付近の上耕地橋にある銃眼
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この付近の傾斜地にある
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コンクリート作りの立派な銃眼たち
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位置的には非常に近いが、関連性は不明である(多分無関係と言う関係)



横浜海軍航空隊(飛行艇隊) 海軍境界柱

横浜海軍航空隊としては、3回目の記事となるが、未だに見落としがあった様だ
リンクサイトBunny The Flat様の記事内にあるのは知っていたのだが、中々確認に行けなかったのだ
朝のうちはバイクいじりをしていたのだが、タンクを外してプラグ交換をした(エンジンがデカイから横からでは出来ない)ので、試運転がてらぶらっと市内の富岡総合公園に足を伸ばしたのだ。
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富岡総合公園は櫻の名所でもある
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一通りぐるっと回ってみる事にした
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まずは隊門からだろう
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登って見ると、電燈が付いていたのか、電管と固定ボルトがあった
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駐車場はいつの間にか有料化(4輪のみ)されていた
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駐車場から右に横移動すると、地下壕入り口が多数ある、壕口のみ紹介して行く
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7ヶ所確認できたが、いずれも入れそうに無い
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海側には日本飛行機の工場が見える、九三式中間練習機(赤トンボ)の生産メーカーとして有名、秋水、桜花の生産にも関わっており、現在も自衛隊機の生産に参加、F-2支援戦闘機、C-1、Pー3C、現在開発中のC-X 次期輸送機・P-X 次期哨戒機でも部品の生産や共同開発に参加している。
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境界柱は、何処にあるのか判らないので片っ端から捜索(プチ山狩り)して行く
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門柱の先、一番手前の公園上り口からそれると、旧警備道の掘割がある、これ沿いだと当たりを付ける
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公園内の散策路に戻り、石段をあがる(ここにしかない)
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ここからでも上がれるが、順路を通る
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回り込むと境界柵沿いに階段がある
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藪を少し掻き分けると、旧軍の階段が出てくる
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軍港水道関連施設がこの地下にある
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通気口
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揚水ポンプ室はいつの頃からか、入れなくなっている
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気持ちの良い散策路と化した旧警備道を歩いて行く(多目的広場を横切ると早い)
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境界柵の手前に目標補足!
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海軍境界柱だが、字体が面白い
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埋まっていて、百十までしか見えない
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次の標石
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少し掘って、百十八確認
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分岐でもピークでも無いのに、点々と生えている
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なんで上は赤いんだろう?
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少し掘ったが、見えない
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アーチェリー場の上に出た
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警備道はつづくが、標石がしばらく消える
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見つけたと思ったら、偽物だった
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分岐点、とりあえず真っ直ぐ行く
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100mも下りれば、民地に出る
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分岐に戻ると、境界石があった
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さぁ、何番だろう
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百二十三番だった、いくつか欠落している
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散策路を足早に通過する(ここに人が居ると弓が撃てない決まり、マナーかな)
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フェンスの外れにまた一つ
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全く番号不明
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近くにまたある
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番号は一気に飛んで、百三十四だった
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ちなみに他の二面には文字は無い
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これを最後に、道が消える
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斜面を探すと、標石が斜めに生えていた
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掘る!
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百三十五確認
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境界柵は続くが、状況が過酷になる
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人工的に切った石が斜面に転がる
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上に登ると、なんと石垣が組んである
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なぜこんな山の中に石垣が有るのだろう?
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道はますます過酷になる
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境界柵も倒れ放題
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さすがに辛くなって来た、柵も標石も消えた
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これ以上は進めないので、安全第一の基本で戻る
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脇道を山中に分け入る
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整地された空間が諸所にある
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周りを探すとアンカーも打ってある、何だろう?ピークだし監視所でもあったか?
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山を突き抜けると、展望広場に出た
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この艦首ははたかぜだが(観艦式で乗った)近代化改装か?
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奥にはいずもが隠れていた、早く乗りたいものだ
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第二格納庫跡地は相変わらず空き地
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機動隊基地も元格納庫、格納庫扉のレールが横に飛び出している
しかし、カメラに砂が入り込んで駄目だなこれは、もう4代目なのだがブローしてもまた出てくるから意味が無い
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最後に機銃掩体を見に行く
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まぁ、肉眼じゃ無ければ判らないだろう、肉眼の補正力はすごい