城ヶ島砲台(空母氏御案内)2 剣崎砲台追加御案内

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城ヶ島洞窟陣地にやってきた
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早速入壕する
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二ヶ月前には無かった(と思う)エサ箱と水のフライパンが有る、猫の餌付けをしてる人がいるようだ
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空母氏達に先に進んでもらう、どうせ一本道だ
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たまには後から付いて行くのもいいもんだ
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空母氏が階段を気に入っている
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夏場の壕内は、ひんやりしてたまらない避暑地だ
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狭い通路を一人ずつ進んで行く
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こんな風にゆるく曲がっていると、有事の際に撃たれ難いのだ
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これを曲がると開口部だ、これを出て10mほど崖を登れば砲座に出るのだが、却下されたので戻る
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地下弾薬庫に向かう
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相変わらずいい迷彩だ
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始めて見た空母氏が感動している
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施錠されており、通常は見学会などの時開放される
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こんな状態のいい弾薬庫は早々無いのだが、内部の床の状態のせいでなかなか公開されないのだろう
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ちなみにこの迷彩、塗装ではなくモルタルそのものを染色してあるという、多少の機銃掃射程度では迷彩が剥がれない様に工夫されているようだ。
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待つ事30分、空母氏が戻ってこないので、蚊に刺され踊りだす二人
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弾薬庫内部
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相変わらず誰も居ない静寂が広がる
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大喜びの空母氏
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夏場のせいか、壕内の湿度は若干高め
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ストロボを使うとモヤが出る
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ここの床には弾薬運搬用のレールが有り、金属ドロが床を掘り返して持ち去ったそうだ
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最深部の部屋
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ガンダムのジオング撃墜シーンを想像させるシーン
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この上が砲塔への陽弾エレベーター
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戦後70年以上たってもこの状態の良さ
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なんも知らない一般人が見たらやっぱり危険な状態なんだろうな?
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二本のレールの跡が何となくわかる部分
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最後まで空母氏は撮影に熱中していた
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城ヶ島の最後に、陸軍の境界石ど見ていく
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この手の境界石柱は畑の回りにかなり有るのだが、割愛する
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所要のあるとのさんと別れ、剣崎砲台を見に行く
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まずは大浦探照灯格納庫だが、見事に偽装されている
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未だにここは防衛庁(省)管轄区である
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撮影に苦労する空母氏
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内部は総コンクリートの格納庫
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熱除けの石灰を被ったスイカを見ながらテクテク歩いて行く
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地下施設の入り口が見えて来た
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その上にある砲座と地下施設の通気孔
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通気孔内は埋まってしまっている
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砲座、ここなら海を狙い放題だ
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砲塔砲台なので、地下に機械室などが本来はあった
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大根などの野菜くずが詰め込まれ、とても這いずって入るような状態ではない
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人物が入ると、砲座の大きさが判る
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反り返りの部分が面白い形をしている
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もう一つの出入り口、こちらも埋没している
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向こうの入り口までの間に、動力室、発電機室、弾薬庫などのいずれかがあったのだろう
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二つ目の砲座にやって来た50m程しか離れていない、地下施設は共通使用だったのか?こちら側専用の地下施設の痕跡が見つからない、二つの地下施設入り口は、接続せず、別々なのかも知れない
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砲座の上に農道が走り、全体像は掴み難い
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こちら側の通風孔、二つ目の地下施設入り口から少し離れている
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側縁部に砲塔の擬装用屋根でも付けていた様な柱の後がある
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後に農家がつまずかない様に蓋をしたのだろう
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砲塔砲台は強固なコンクリート基礎のお陰で、保存状態が良い物が多い
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さて、いつまでも人の畑をうろちょろする訳にも行かない、撤収する。
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帰りがけに横須賀にある連合艦隊司令長官山本五十六が愛用した料亭「小松」の前を通った
去年の火事の後、取り壊してしまったようだ、残念
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城ヶ島砲台(空母氏御案内)1

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城ヶ島に静岡から空母氏がやってきた
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まずは地上構造物などから観ていく
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駐車場裏の斜面に弾薬庫の通風孔があいている
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これは通路部分にある通風孔の地上部分である
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88式海岸射撃具のあった場所
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今は掃除道具置き場になっている
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運良く掃除とぶつかれば観れる時もある
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展望台から海を見ると
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三本マストの帆船が浮かんでいた
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こんな高台にシャワー施設がある?
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案内板の地図
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空母氏が面白いことやってたので、パクル。赤丸が元の砲座の有った場所
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丸い物はみんな砲座だよと、ウソを教える人達
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遊歩道を歩いて行く、この両側には見え難いが当時の塹壕が残っている所が多い
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城ヶ島 臨時野戦指令部 へと案内する、これはろ過水槽
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激藪の中にコンクリート基礎部分が散見するが、写真では判別不可能だろう
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激藪で視界1m程度、GPSを頼りに進んで行く
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GPSでは到着しているのに何も無い、藪を開いたら1m先にあった
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夏場なんかに来る場所では無かったな~
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今回はやぶ蚊と廃墟の腐臭がすごいので早々に離れる
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裏手にある3m四方程度の謎の穴
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その先にあるコンクリート遺構
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風呂のような形の水槽
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空母氏が入ろうとするから、止めておけと引き止めた
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建物より高い草木に覆われているので、探そうだなんて思わない方がいい
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馬の背方面に歩いて行く
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5年位前にはここに砲座の穴が二つ開いていたが、茂って見えなくなっていた102_R_201708131632014ad.jpg
馬の背
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戻るのがめんどくさいので、そのまま進む
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灯台付近にて水分補給
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大正15年に再建されたこの灯台は、戦火を潜り抜けているのだろう
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てれっと観光がてら歩いて行く
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津波避難場所の特設階段、よくもこんな急な階段壁面に造ったもんだ、お年寄りにはきびしそうだ
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何気に歩いていたら、壕口発見
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なんか奥行きが有りそうだが、人目が有るので次回に持ち越し
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最後まで入りたそうにしていた空母氏、結局諦めた
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続く・・・

城ヶ島 臨時野戦指令部

城ヶ島に城ヶ島臨時野戦指令部なる物が有ると知り、数年前に調査をした事がある
その時は現地住民に「コンクリートの建物があったが、NTTのアンテナを建てるのに壊した」と聞いて
失意の中に諦めた物件だったが、とのたま氏より近年見た人が居るとの情報を得た
情報網により、以前行った事のある祐美総軍さんから座標を教えてもらった
これは激ヤブの為、絶対に外部からは見えないが、航空写真では確認出来た。
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早朝から城ヶ島に向う
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城ヶ島砲台の砲座などを見る
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折角なので、弾薬庫も見ていく
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漆喰が綺麗に残る弾薬庫
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床面以外ほとんど破損も無くいい状態だ
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弾薬庫
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奥に進む
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砲座下のエレベーターホール
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エレベーターを見上げる
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いつかこの上に登ってみたい
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散策路に出た
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灯台方面に向う
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昔の井戸の遺構などが点在する
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激ヤブの中に建物を発見した、楽に近づけるルートなど存在しなかった
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これはズームしているので、建物までまだ50mほどの藪漕ぎが必要だ
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途中でろ過水槽を見つけた
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しばしばおトイレと間違われる
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ようやく建物に到着する
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窓は板塀に埋められている
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雨どいにしては大きく、異質な止め具
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入り口の庇が特徴的だ
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外周りから見て行く
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外周の窓は、全て隠されている
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当時物だろう、窓の止め具が錆びている
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回り込むと、もう一つ建物がある
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指令部の付属施設のようだ
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結構ちゃんとした造りの建物だが入れない
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隙間から覗くと、物置めいていた
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母屋に戻る
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内部は廃墟になっていた
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誰かが居住していた家電が散乱する
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こんな色の部屋には住みたくない
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子供部屋か?
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廃墟マニアでは無いので退散する
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藪漕ぎの後、農道に脱出
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出るとこを間違うと、真っ逆さまに落っこちるかも
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餌にされてしまうかも?
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折角来たので、地下壕によって行く
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クランクした壕口付近
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広いのは、最初の方だけ
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立って歩けるが、狭い通路だ
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クランクするすれ違い所
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階段がある
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途中、部屋もある
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うねりながら続く通路
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爆風避けのある角を曲がると
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中腹の開口部に出る、砲塔砲台のそばに連絡する
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壕口から見た、爆風避けの部分
壕口からの手榴弾や、火炎放射を避ける効果がある
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さて、下山するか、藪漕ぎして!

小網代 震洋壕群 その3

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今回最後の地区に入る、入り江の反対側に進む
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木の後ろに壕口が見えている、こちらが大規模震洋壕となる
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壕口近くは、漂流物が激しく流入している
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振り向いて見るとこんな感じ
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壕内は早速水没の体を見せる、右手に分岐が見える、漢字の円の真ん中を下に伸ばした形をしている
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右の通路交差点が見えるが、そっちはまだ行かない
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天井には碍子を付けたいたろう跡の、釘が2本刺さっている
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突き当りを右に曲がると、また交差点が見える
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左は部屋になっている
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右には壕口と、震洋? 写真右下の窪み部分
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下を見ると、こんな柱が刺さっている(戦後に切断されているのか?)
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その上を溝が斜めにアーチを描いて反対側に延びている
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そして反対側、同様の柱が建っていた様な穴がある
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小森さんもいっぱい居る
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奥の通路を進み、3本目の坑道に向う
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壕口が見える、若干短い気もする
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板が打ち付けてある
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3本目の開口部
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当時の物ではなく、戦後の物だろうがボルト類が落ちている
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溝も切られている、引き出し用レール?台車用?
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横移動する
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朽ちた震洋が一隻
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乗り越えて、壕口に向う
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支保工の溝に、四角い切込みがある、棚にしては浅い
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少し離れて見た2本目の壕口
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隣の3本目の壕口
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なんだコレ
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横にはやっぱり棚がある
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反対側、井戸にしか見えないが、こんなとこ塩が混じって飲める訳ないし、謎?



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こんな所をへつって、先へ進む
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次の壕
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入り口の棚
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地層のせいで、下り傾斜に見える
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右に向う掘り込み、貫通していないので、これは単独の一本抗となる
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次に向う
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今度は歩くのは楽そうだ、滑るけど
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今回の最後の壕に進入する
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外から先に進むのは難しそうだ
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この辺で、塗料でも流したんだろうか? 隣も下が赤かった
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やはり棚はある
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この壕も先と同じ様に、3本の壕からなっている
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最初の分岐
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妙にこの壕は乾いている様だ
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とりあえず1本目を真っ直ぐ行く
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右に回る、不思議なぐらい綺麗な床面、さっきから漂流物も何も無い
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中央の部分の特徴も同じだが、こっちの方が判り易い
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右の部屋は一段高くなっている
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2本目の坑道、クレーンの溝も同じ
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上を見ると、クレーンの溝がはっきり判る、横ではなく斜めに跨いでいる
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溝部分、ここから
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斜めに通路を跨いで行く
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ここにはコンクリートで固定していた跡が残っている
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クレーンを止めていた鎹だろうか
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最後の3本目に向う、漂流物が増えてくる
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電気配線の跡だろうか
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3本目の壕口
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戦後生簀でも作ったんだろう
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支保の溝に、近代水道の跡がコラボ
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壕を出ると、澄み渡った小網代湾が見えた
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特攻隊員達は、この富士を見て何を考えたのだろう・・・
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先端部分には階段や
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コンクリートを打った跡がある
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2本目の壕口に外から入る
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コンクリートで道が作ってある、戦後なのか?材質的に
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妙な落書き
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他にも色々有る、落書きがあるのはこの壕だけだった
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2本目の坑道は漂流物に埋まっている
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なんか、ヤバイ気がして来た
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2時間ほど探索している内に、潮が満ちている、お正月の気温0度の温度計を思い出す
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結局、長靴オーバーの水深に足を漬けながら歩く事になった(カキガラがあるので、裸足は危険)
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長靴をグッポグッポ言わせながら、震えながら帰るのであった、海から車までは遠かった・・・



Bunny The Flat 参考にさせて頂きました

小網代 震洋壕群 その2

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湿地帯に突入して行く
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公園化された時の植樹跡がある
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こんな所にも壕はある
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これは間口が狭いので、倉庫壕であろう
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壁面にコンクリートが打ってある、扉を付けていたのだろう
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30mほどで突き当たりとなる
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次なる壕を探しに、湿地を移動する
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繁みの奥に何かが見える(中央)
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やっぱりあった
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扉の跡は無いが、構造は一緒だった
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岩の裂け目を見つけた、崩落している
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中には空間があるが、深いものではなかった
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次の壕、この辺の斜面は幾分崩れ気味だ
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これは生活壕のようだ
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構造が根本的に違う
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左の部屋
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十字路になる
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十字路左右も部屋となる
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共に掘りかけのようだ
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深部にはズリがそのまま残っている
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最深部から壕口方向
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未完成だが、良い構造だった
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次なる壕口、冬場だから見つかるが、夏場は判らないかも
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こちらも掘りかけの拡張中
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左側の部屋、支保の跡がくっきりと残っている
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メイン坑道は、ベンチカットではなく、二段掘りで掘削していたようだ、途中で終わっている
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上の段部分には、ちゃんと側溝と水路が切られている、普通なら無駄なのだが
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その原因が深部にあった、地下水がこんこんと染み出していたのだ
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さて、脱出!以外と出入りはしずらい



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谷屋の深部まで来た、今度はこの左側を見る
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こっち側はかなり埋まってしまっている(中央)
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何とか一人分の隙間が有る
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内部はどっぷりと水没している
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しかも踏むと潜る、これ以上やめておいた
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次の壕口発見
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これもなんとか・・・・
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やっぱり水没
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とてもじゃないが、ウエイダークラスになってるので、諦める
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ちょっと開けた湿地がある、その中心付近に何かある
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土管をコンクリートで巻いた物から地下水が湧き出している、当時の水場だろうか
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少し進むと、裂け目が見える
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地層に沿って入り口は崩落しているようだ
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内部は浅めの倉庫壕のようだ
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入り口のこれは、崩落防止の涙ぐましい努力なのだろうか
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次回、対岸の3連壕に進入する