玉縄地下壕再訪

先日、読者様より「十年くらい前に訪れた時に、入り口わきにある郷土資料館裏手に同じような穴があるのを見ましたよ。」
とゆうコメントを頂いた。
駐車場側は見たのだが、郷土資料館は有料なので、ノーチェックだったのだ
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やって来ました龍宝寺
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旧石井家住宅の裏手に周る
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あった!
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どうやら単独壕のようだ、入り口から既に突き当りが見える
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中央付近に枝道が有った
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しかし5mほどで終わり
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正面も一応行ってみた、物凄い綺麗に整形してあった
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奥行き30m弱、恐らくお寺の避難壕と思われる、軍のものとは若干掘り方が違うようだ
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確かにこちら側の山を回っていない事に気付き、この辺から斜面を登ってみた
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山頂部には尾根道があり、ぐるっと周れそうだ
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結構登ったようで、眺めがいい
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境界石が並ぶ尾根道を寺方向に歩いて行く(反対側はトンネルの向こうに抜けてしまった)
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玉縄桜が咲いていた
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無理矢理建てた様な鉄塔の脚部の辺りで斜面に降りる
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新たな壕口を発見した
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入り口から複雑にクランクしている、確かに軍の物のようだ
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階段だ!期待が高まる
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入り口付近の支保抗の溝の多さから、かなり重要度が伺える
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崩落により少々狭くなっていたが、カメラ等装備を外し、入り込むと中は高さ3mほどの空間になった
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写真を撮ってないのでさっさと壕を出る
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中央が壕口だが、かなり斜度が有るので、落ちないように上り下りするのが大変だ
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この辺も怪しそうだが、落ちたら谷底だ
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めっちゃ滑る砂の斜面を頑張って行くと、穴が有った
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うっすら階段の跡がある広めの通路
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またこれか、確かにうっすら空いている
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ふむ
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単なる交通壕だったようだ、こんな峻険な斜面に出たくないわ!
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前回発見した地下壕まで周ってきたようだ
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見るからに分かりやすい交通壕を持った地下壕入り口
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人一人ずっぽし埋まる深さだ
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なんか入り口の根っこが余計に入りにくくなった気がする
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もう一つの入りやすい壕口から入る事にする
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うん、相変わらずぬかるんでいる、長靴必須な壕だ
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前に紹介した壕なのでざっくり紹介する
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近所の学校の生徒が、肝試しにか、木を持ち込んで水没区を通ろうとしたのだろう
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清水溜め
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今の時期は比較的水が枯れているようだ
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このうねり具合がすばらしい、これぞ陸軍陣地
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この分岐を右に曲がると
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巨大な階段が出現する
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階段を登ると左クランク
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次は右クランク
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更に階段を降りると最初に入ろうとした交通壕のある壕口に出る
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戻るのも一段がデカイから大変なんだよな~
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さて、元の通路に帰ってきた
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陣地壕は通路の起伏が面白い
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長い通路にある、すれ違い所か?
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また階段があるが面倒なので行かない
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以外に長い壕なのだが、部屋らしいものが一つも無いし、銃眼も無い
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通路の清水溜めも今回は干上がっていた
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無理矢理繋いだような、変則の交差点
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碍子が落ちている
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うねりながら下って行く通路
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学校側に開口していたのだろう、外部からブロックで埋められている
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元の通路に戻る
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今度は軽い上り坂
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ボール
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外光が見える
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頭の上にランプ掛けか、フックがついている
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壕口だ、面倒なのでこのまま脱出する
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ねずみががさごそ走り回っていた

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時間が余ったので江ノ島に向かう
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江ノ島東砲台の話が仲間内で出たからだ
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自分は以前確認した事は有ったが再確認に訪れた
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完璧なまでにみっちり埋められて、覗く隙間さえ無かった
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付近に有るコンクリート製観測窓、人が出入りできるサイズではない
この地域は冬でも藪枯れする事は無く、民家も多いため、不可能物件となっている
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せっかく来たので猫と遊ぶ
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江ノ島の猫は人懐こい、まさに猫パラダイスだった
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池子弾薬庫 警備道 その5(追加調査 仮称 富岡防空壕)

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大きな分岐に戻り、共同グラウンドに下りて行く、こっちに下りないと車に戻れない
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一応ハイキングコースだった様だが、廃道と化している
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プールの裏手に降りて来たが、フェンスで封鎖されて出れない
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なんとか出てきた所で斜面に壕発見
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半ば埋まってしまった入り口に滑り込む
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中はしっかりしていそう
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以外に広い空間
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基本的にU字型の単純壕だが、コンクリートで扉を着けていた形跡もある(反対側の出口)
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支保工を打っていた跡もある
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入ってきた方向、かなり四角く綺麗に掘ってあった様だ
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外から見たもう一つの壕口、出入り不能
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グランドに這い出してきた
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頭の上を突如ヘリが二機飛び越えて行く
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UH-60jと
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AH-1Sコブラが飛んで行く
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後は逗子駅まで歩いて行く
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その道すがらに穴が有る
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横須賀海軍工廠久木地下弾薬貯蔵壕だが、今は入るのが難しい
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駅へと向かうトンネル
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久木隧道
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皇紀二千六百年 工事請負人 山口清造の文字、丁度かの零戦の正式採用の年である
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1940年(昭和15年)からきっと軍用トンネルとして使われていたのだろうか?
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トンネルを出た跡のフェンスを覗くと
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穴が有る
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幾つか有るようだが、こちらの詳細は判らない


もう一つ依頼のネタをこなしておく、国道16号線の富岡付近で、道路に面した穴がいくつか見えている
交通量が多いのと、こうゆう場所にある壕は基本的に用途が知れているせいで、じぶんもパスしていた
好奇心が無い訳じゃないし、勢いと時間があったので、確認してきた。


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日中の16号線は途切れる事無く車が往来する、チャンスは一瞬である
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壕口到着、滑り込む
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天井はわりと高かったようだ
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砂岩質で崩落もあり、工事の土砂も投げ込まれている
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土管やフェンスなどの産廃も公共工事なのに投げ込まれ、下請けの水増し利益となる
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深部は壕口からの土砂の流入で埋まっている、道路側に開口していたのだろう
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出口に引き返す
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途中、下に広がる空間を確認しているが、入れない隙間だ
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少し離れた別の壕口
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崩落も少なく、土砂の流入のみだ、狭いのでその分強固なのだろう
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深部は土砂の流入で埋まっているが、銃眼とも言えそうな穴が開いている
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道路方向に開口しているが、外部からは判らなかった
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もう一ヶ所あったが、入り口が埋まってとても入れそうも無かった
国道に面している事から、空襲よけの防空壕か、地上戦時の肉薄攻撃陣地だと思われる

池子弾薬庫 警備道 その4(山の根地区)

これは半年ぐらい前の記事になる、読者様より「池子弾薬庫の標石が、他にも有る」という情報を頂いた。
もちろん情報提供者様には、後日報告と御礼は済ませてあるが、記事にあげるのが遅くなってしまった
天気の悪い夏休みに、少し記事をまとめて行く。

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逗子駅に車を停めて、ここからは徒歩での探索となる
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駅前の道路際にも、防空壕改造の車庫等
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色々な再利用ヵ所が散見するのを見た人は多いだろう
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住宅地から熊野神社に登って行く
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無人の小さな神社だ
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看板の前に面白い物発見、石臼なのだが金属製の錨を埋め込んである、なんだろう?
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この山には中世の横穴墳墓が多数あり、穴探し(戦跡)の障害となってしまっている、入り口がそっくりなのだ
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例えばすぐそこにも口を開いているが、覗き込まないと判別できない
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登るとすぐに境界柵に抱かれた境界石が転がっていた
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境界柵は衣笠弾薬庫の警備道にあった物と似ている
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側面表記の無い境界石
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この付近に4~5個確認できた
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尾根道を進んで行く
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違うタイプの境界柵が立っている
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行き止まりの様なので、引き返す
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ハイキングコースにもなっているので、道自体は歩きやすくて助かる
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各種いろんな標柱、柵がそろい踏み
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斜面に降りてみると、気になる穴の痕跡
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更に斜面を降りていく
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どうやら横穴墳墓郡に居るようだ、スゴイ数の墳墓が並んでいる
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逗子駅が見える、こちら側の探索はこれ以上何も無さそうだ、別ルートに向かう
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逗子石の石切り場の跡もあるようだ
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池子弾薬庫方向に突き進む
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現代の県の標柱、頂部切り溝の意味合いは当時から変わらないのだろう
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分岐を超えて進んでいくと
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目標発見!しかも並んでいる
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情報画像データ通りの始めてみるタイプのプレス刻印タイプ標石
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前面以外には番号等の表記は無いようだ
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数m先にもう一本
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風化の進んでいる物もある
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傾いてしまってるもの
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頭しか出ていないもの、様々だ
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大きな分岐に到着、左から右に向かう
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この先は埋まった標石が多い
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分岐点にはほとんど標柱が有るようだ
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下を見ると、池子弾薬庫の上を歩いているようだ
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昭和の標柱と抱き合わせが多い、しかし尾根道で土が少ないだろうに、なぜ埋没するんだろう?
下の方なら泥が流れて来るだろうが、山頂部だし?ハイキングコース整備に盛り土されたのか?
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せめてこれぐらい出ている物だろう
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この赤い標柱を最後に、ぱったりと見かけなくなった
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ピークの広場にも無い
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あるのは戦後の標柱のみ
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この地点で探索を断念
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もはや道が荒れて、進路が確保出来なくなっていた
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引き返す道すがら、来る時に見落としていた標柱が2本有った、崩れてしまっていたのだ
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スマホは13cm、約1mぐらいの長さがあるようだ
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斜面に没した形でもう一本
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池子弾薬庫を見下ろす位置に戻ってきた、降りてしまおうかとも思ったが、米軍内だったら洒落にならんからやめた
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ピークの三叉路に戻って来た
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もう一方に行ってみる
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かなりの間、人が歩いた痕跡が無い
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どうやら下に下りてしまうようだ、引き返す

逗子狙撃陣地(すじ様御案内)

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ゲジ穴を出た後
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正覚寺(海方向)に降りてきた
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海保界?海上保安庁の標石なんて聞いた事も無い、調べてみたら測点標石(海上保安庁水路部)というのはあるらしい、だがこれとは全然形も文字も違う
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「157」の番号が刻印されている
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てっ辺には神奈川の「神」
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近くの海岸で見かけた全く読めない標柱てっ辺の境界線は軍の物にも見えるが、いかんせん読めない
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「海保界」がもう一本あった
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番号は連番の156?
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こちらは「海保」のみで、自体も違う
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○にカ、142号と大分飛んでいる、他にはちょっと見つからなかった
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と、言う訳で逗子狙撃陣地に入壕する、単に時間が余ったのだ
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足元は結構ガレている
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先に好きに回ってもらう、特に複雑じゃ無いし
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とのさんもここは初めてだった
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乾いた岩盤と湿った岩盤の境目、後で触れるが、この山には水路があったようだ
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湿気を吸って、固まった当時のセメント袋の中身
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外の袋は風化して無くなってしまい、こんな状態で残る
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陣地としては、割と広い通路
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分岐路
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小さな部屋がある
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ここは電気が引かれていたようだ、碍子が残っている
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少し通路が狭くなって来た
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次の分岐路
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掘削中と言うより、ズリを捨ててある様な感じだ
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右の通路に進む
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二つ並んだ碍子があった
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入り口付近より内部の方が、狭いせいか崩落が少ない
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次の分岐
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左に行って見るが、先は無さそうだ
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二股に分岐したような状態で終わっている、ずりが無いので掘削途中と言う訳では無さそうだ、倉庫かな?
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分岐に戻る
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妙に綺麗な通路を真っ直ぐ進むと
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階段が現れる
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しかも曲がりくねっている
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更に通路は湾曲する
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三日月型に湾曲した通路を抜けると
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最後の分岐、砲室への入り口だ
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しかし砲室は外部が崩落で埋まっているため、水没が抜けなくなっている、ちなみにコンクリート製である
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通路に戻ると、今度はコの字クランクだ
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壕口が近いため、敵の侵入や爆破被害の軽減の為だろう
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最後の角を曲がると
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開口部だ、山の中に出た
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目黒?なにこれ?
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水槽の遺構らしき物発見
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何か有る
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奥は崩れてしまっているが、水路隧道のようだ、壕内の水の染み出しは、これが原因かも知れない

逗子 神武寺街道プチ探索~玉縄地下壕

春の終わり頃にゅんのすけ様より情報を頂いた、以下に内容を抜粋する
「逗子中から老人ホームせせらぎに向かう道沿い(こちらも神武寺への登山道)にいくらでも貯蔵壕を発見できます。クルマも停め放題で、現地の説明板によれば池子石の切り出しに使われたトロッコ軌道の跡が今でも見られます。貯蔵壕、トロッコと来たら大規模もあるのでは?」という情報だった
ゴールデンウイーク辺りに行ってみたのだが、情報を生かしきれず、ほぼ手ぶらで帰る事になってしまった
その後未だに再訪できずにいるので、報告がてら探索範囲と失敗記を上げておく
同時に頂いた「玉縄地下壕」においては、成功を収めているので、詳細は次回に報告する
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グーグルマップで逗子中学からスタートする、右下が「神武寺」だ、道路表記になっているが山道で、人しか通れない
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せせらぎホームではこどもの日のイベントが開かれていた、自分の服装はかなり浮いただろう
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そそくさと通り過ぎて参道に入る、この山は逗子石の産地だそうだ
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石切り場の形跡が散見する、一通り見ながら進んでいく
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岩壁を削って通路を作ったのだろう、石の運搬時に高低差は無いほうが良い
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何にも無い開けた分岐路に出た、道標だけはあった
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左に行くと逗子中学校が今来た道、神武寺方向へ向う
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苔生した古い参道が和やかだ
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山頂付近まで一気に小走りで、駆け上がってきた、すれ違う人もいたが、みな休みながらのんびりしている
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あっという間に山門に到着、困った事に何も穴らしい物が見当たらなかった
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仕方が無いのでうろつきながら、もう少し探す
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以外に有名な寺のようだ
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おや、スクーター?なんとここまで裏側を車で登ってこれたのだ、知らなかった~まぁ良い運動だった
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これも戦跡とは違うようだ
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やぐら、戦跡を探す者にとって、とてつもなく邪魔なもの、仕方がないんだけど
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戦時供出した、復刻版の鐘なのに八景に入るのか?
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一応本堂まで登る
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さすがにこの辺には人が居た(車で来れるし)
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薬師堂も見ておく
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これ以上は流石に時間の無駄だろうから撤収した、行きがけに追い抜いた人がまだ途中にいたのには、驚いた
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山中も少し探したが、石切場しか判らなかった
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鯉のぼりの開きは初めて見たな、なんなんこれ?
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唯一見たのはこれ、ホームの駐車場にある大き目の壕口
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駐車場にしていた時期があるのだろう、防水シートが打ち付けてある
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内部は奥行きも大した事無い、典型的な倉庫壕のようだった
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神武寺から下のこのコースには地下壕が点在しているのは調査しているが、結局判らずじまいで次に移動する
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神奈川県鎌倉市植木129にある、龍宝寺に移動したこの辺には玉縄城が有ったらしい
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水場の先にある古民家は、有料見学だった(下に説明文)
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城跡らしき物は特に残って無い様だった
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早速山への上り口を探す
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なんとなくここから登れそうだ
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えん道沿いに妙な穴があるが、塞がっている、祠だろう
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墓地の隙間を上がるルートが有る
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鉄塔を越える
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低山だが、登るのはちょっと角度がある
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尾根を少し進み、この辺から分け入る事にする
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程無く穴発見!

次回入壕す