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秋谷機関銃陣地 空母氏御案内

西浦砲台並びに左翼観測所を見た後、「こんな程度じゃ満足しないぞ」とおっしゃる空母氏
佐島砲台は行ったと言うので、近場の機銃陣地に行く事にする

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とある漁港にやって来た
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プレジャーボートの預かり場にもなっている
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こんな人達が乗っているのだろうな
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海岸を歩き回る
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風雨に晒されてか、何も表面に読めない標柱が多くある
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銃眼、かなりの大口径の機銃を据えていたのだろう
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ゴミを乗り越えて入って行く
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銃眼部は、砲撃を意識してかかなり重厚だ
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床の銃座の穴、もちろんコンクリート
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さて、進もう
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内部は立って歩くには、ちょっと低い
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十字路に出る
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左は爆風避け
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右は壕口なのだが、戸板で塞がれている
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何故か置かれている一斗カンを越えていく
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微妙にあと10cm高く作って欲しい
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長い一本道が続く
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ちょっと水没がある
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このぐらいなら何とか
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かなり低くなってきた
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たまにある背の立つ所はありがたい
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空母氏の歩みが止まる
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水没だ
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今回は軽い立ち寄りだったので、長靴すら履いて来なかった
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仕方が無いので引き返す
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最後の難関
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意外とこれが大変だったりする
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まだ日があるので、あそこに寄ってみる
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久しぶりの長者ヶ崎砲台
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駐車場から海を眺める
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海に落ちているコンクリートの銃眼部分、何処から転がって来たか、未だに不明である
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今回は眺めるだけに終わった、またいつか行く事もあるだろう
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帰りはお土産にプリンを買って帰った
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西浦砲台 空母氏 御案内

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空母氏を連れて、彼の念願の西浦砲台に移動する
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さっそく山に入る
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今度は迷わず到着
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右翼観測所の計算室
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観測所に上がる空母氏
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コンクリートの分厚さがよく判る
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物入れも無く、伝声管の穴だけが空いている
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第一砲座は地震で崩れてしまっているので背後の塁道を迂回する
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右側の茂みが第一砲座になる、弾薬庫と共に埋没している
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第一と第二砲座間には、小隊長位置が置かれる
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二つの砲台を同時に見るので、かなり大型だ
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砲台間の石垣は、丸みを帯びている
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砲座背後の土塁に上る階段(登っても土塁なので何も無い)
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第二砲座の裏側から伸びる砲台への軍道がはっきり分かる
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各砲座には左右2つづつの弾薬庫がある(第一のみ右側弾薬庫埋没)。もしかすると榴弾弾頭部と炸薬がそれぞれ別に管理されていたのか?
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第二砲座右側弾薬庫と、第一砲座左側弾薬庫は内部で接続している
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弾薬庫内部はドロが流入、ぬかるんでいるので長靴が望ましい
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一本の通路に2つの弾薬庫、前後にそれぞれの砲座に出る出入り口が基本構造
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この程度の土砂はいい方だ、奥に行くほど酷くなる
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通路も庫内も地震で中央が割れ、隆起している
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全ての庫内には、奥にこんな入り口に向いた銃眼が設置されている
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第一砲座左側弾薬庫、形は左右対称で同じだ
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第一砲座側出入り口、完全に埋没
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振り返り
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弾薬庫の境目の柱は割れている
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外に出て第二砲座から、第三砲座側に弾薬庫内から回り込む
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ここは隆起のしかたが半端無い
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西浦砲台のいい所は、落書き一つ無い所
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第三砲座に出る
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第三砲座は唯一何となく砲座の感じが判り、一部コンクリートも見える
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外部からちょっとだけ第二砲座側に戻る
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ここには危険な穴がある
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ちょうど人間サイズの穴、深さ4mほどあるので、単独で落ちたらアウトだな
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第三砲座からまた、弾薬庫経由で第四砲座へ
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この通路はドロが流入し、床の隆起がわからない
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第一砲座に近い埋まり方なんだろう
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ここに当時のドラム缶と囁かれていた緑のドラム缶があるが、この上の方に同一のドラム缶が複数あり、ただの産業廃棄物であると判明した
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第三、第四砲座の間にも小隊長位置はある
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第四砲座にも砲座部分に穴がある、どこに穴が空いていて、上に枯れ木が被さって見えなくなっているか見えない物もあるだろうから、なるべく弾薬庫経由での通過をおすすめする
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第四砲座左側の弾薬庫、こんな風に砲座の前面にある弾薬庫は他に例を見ない
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内部は同じ形だが、弾薬庫は一つだけとなる
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これで西浦砲台を端から回った事になる
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戻りがけに何か構造物が有る
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たった二段の号令代のようなものだ
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周りは平地になっているので、似たような用途だったのだろう

西浦砲台左翼観測所御案内

本来ここは住所的には横須賀市秋谷に含まれる地域なのだが、便宜上カテゴリーはこれで行く
この近辺にはコインパーキングなんて気の効いた物がないので、立石に集合する
今回は4人のメンバーが集まった、メインは静岡の星空母氏の御希望の西浦砲台だ
この砲台は完成直前に地盤不良で中止、さらに関東大震災で崩壊、地盤の悪さが露呈し放棄された曰く付きである
七年式三十センチ長榴弾砲4門が配備予定であったが備砲には至らなかった
同時に建設された左翼観測所が日影山頂に現存しているので、そちらから案内する
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予定通り0800に到着するも、車中泊組みが起きてこない。車を揺らしても無反応だ
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仕方が無いので散歩する
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海保界ってなんだろう?海上保安庁なんだろうけど相模湾沿いのみで見かける事がある、小坪とか
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海岸にある要塞地帯標、もはやほとんど風化している
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陸軍の境界標柱
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コンクリート境界柵等を見て戻ったがまだ寝てる、3時過ぎまで飲んでいたらしい
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ようやくメンバーが揃う
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左翼観測所を目指して山を登る
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酒が抜けない二人はつらそうだった
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目印の水槽
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二つの濾過水槽
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石垣が並ぶ
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二つ目の水槽
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井戸のような構造物、この辺で道を誤りロスタイム
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軌道を修正して境界石にたどり着く、防二三一
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裏は陸
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抜かれてる標石もあった
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防二三三
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この辺で更に迷い、空母氏のスマホに助けられる(どっちがガイドやら)
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笹薮にさえぎられ全く先が見えないし進めない(アケさん写真)
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唐突に到着した!
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空母氏のおかげだな
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金属部分が多少残っている
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リベットの跡が萌える
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観測室に入る
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上の指揮所への伝声管みたいだが、でかすぎる。人が通過できる大きさだ
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天界から天使が覗いてる、あの世に行く日も近いか?
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外部に出る
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本来こっちが入り口
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指揮所への階段、大谷石のようだ
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なぜそこだけコンクリートじゃ無い?
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隣には計算室と通信室がある
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右側の通信室
机に座って仕事するからいいが、アーチ部分は低い
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煉瓦壁は後から部屋を区切ったようだ
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隣の計算室には上の側遠器台のテーブルの様な物が落ちている
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上の指揮所からの伝声管を覗くと、悪魔が手招きしていた
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上部には木製の本棚状の物がある(計算室側のみ)
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人が集まってきたので出る
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上の指揮所に登る
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下から見上げた伝声管?部分、開閉式の扉があった様だ
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悪魔が覗いていた伝声管と物入れ
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ボルトが残っているので、天蓋があったと思われる
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二人程度でいっぱいなコンパクトな指揮所
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観測所全景
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人が立つとこんな感じ
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思い思いに写真を撮ったのでそろそろ撤収する
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帰りは正規の入り口方向から下山したが、また迷いに迷った
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別ルートでは未見の標石が見つかった、防二二〇
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なぜかフォントの違う防二二五
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防二二九
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最初に見つけた標石まで降りてきた
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あと半分で下山、帰りは楽だ
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余計な時間をロスしてしまったので、用事のあるメンバーはここで解散となる

玉縄地下壕再訪

先日、読者様より「十年くらい前に訪れた時に、入り口わきにある郷土資料館裏手に同じような穴があるのを見ましたよ。」
とゆうコメントを頂いた。
駐車場側は見たのだが、郷土資料館は有料なので、ノーチェックだったのだ
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やって来ました龍宝寺
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旧石井家住宅の裏手に周る
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あった!
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どうやら単独壕のようだ、入り口から既に突き当りが見える
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中央付近に枝道が有った
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しかし5mほどで終わり
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正面も一応行ってみた、物凄い綺麗に整形してあった
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奥行き30m弱、恐らくお寺の避難壕と思われる、軍のものとは若干掘り方が違うようだ
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確かにこちら側の山を回っていない事に気付き、この辺から斜面を登ってみた
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山頂部には尾根道があり、ぐるっと周れそうだ
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結構登ったようで、眺めがいい
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境界石が並ぶ尾根道を寺方向に歩いて行く(反対側はトンネルの向こうに抜けてしまった)
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玉縄桜が咲いていた
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無理矢理建てた様な鉄塔の脚部の辺りで斜面に降りる
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新たな壕口を発見した
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入り口から複雑にクランクしている、確かに軍の物のようだ
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階段だ!期待が高まる
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入り口付近の支保抗の溝の多さから、かなり重要度が伺える
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崩落により少々狭くなっていたが、カメラ等装備を外し、入り込むと中は高さ3mほどの空間になった
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写真を撮ってないのでさっさと壕を出る
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中央が壕口だが、かなり斜度が有るので、落ちないように上り下りするのが大変だ
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この辺も怪しそうだが、落ちたら谷底だ
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めっちゃ滑る砂の斜面を頑張って行くと、穴が有った
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うっすら階段の跡がある広めの通路
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またこれか、確かにうっすら空いている
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ふむ
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単なる交通壕だったようだ、こんな峻険な斜面に出たくないわ!
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前回発見した地下壕まで周ってきたようだ
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見るからに分かりやすい交通壕を持った地下壕入り口
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人一人ずっぽし埋まる深さだ
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なんか入り口の根っこが余計に入りにくくなった気がする
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もう一つの入りやすい壕口から入る事にする
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うん、相変わらずぬかるんでいる、長靴必須な壕だ
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前に紹介した壕なのでざっくり紹介する
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近所の学校の生徒が、肝試しにか、木を持ち込んで水没区を通ろうとしたのだろう
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清水溜め
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今の時期は比較的水が枯れているようだ
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このうねり具合がすばらしい、これぞ陸軍陣地
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この分岐を右に曲がると
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巨大な階段が出現する
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階段を登ると左クランク
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次は右クランク
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更に階段を降りると最初に入ろうとした交通壕のある壕口に出る
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戻るのも一段がデカイから大変なんだよな~
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さて、元の通路に帰ってきた
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陣地壕は通路の起伏が面白い
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長い通路にある、すれ違い所か?
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また階段があるが面倒なので行かない
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以外に長い壕なのだが、部屋らしいものが一つも無いし、銃眼も無い
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通路の清水溜めも今回は干上がっていた
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無理矢理繋いだような、変則の交差点
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碍子が落ちている
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うねりながら下って行く通路
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学校側に開口していたのだろう、外部からブロックで埋められている
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元の通路に戻る
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今度は軽い上り坂
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ボール
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外光が見える
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頭の上にランプ掛けか、フックがついている
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壕口だ、面倒なのでこのまま脱出する
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ねずみががさごそ走り回っていた

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時間が余ったので江ノ島に向かう
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江ノ島東砲台の話が仲間内で出たからだ
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自分は以前確認した事は有ったが再確認に訪れた
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完璧なまでにみっちり埋められて、覗く隙間さえ無かった
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付近に有るコンクリート製観測窓、人が出入りできるサイズではない
この地域は冬でも藪枯れする事は無く、民家も多いため、不可能物件となっている
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せっかく来たので猫と遊ぶ
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江ノ島の猫は人懐こい、まさに猫パラダイスだった

池子弾薬庫 警備道 その5(追加調査 仮称 富岡防空壕)

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大きな分岐に戻り、共同グラウンドに下りて行く、こっちに下りないと車に戻れない
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一応ハイキングコースだった様だが、廃道と化している
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プールの裏手に降りて来たが、フェンスで封鎖されて出れない
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なんとか出てきた所で斜面に壕発見
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半ば埋まってしまった入り口に滑り込む
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中はしっかりしていそう
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以外に広い空間
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基本的にU字型の単純壕だが、コンクリートで扉を着けていた形跡もある(反対側の出口)
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支保工を打っていた跡もある
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入ってきた方向、かなり四角く綺麗に掘ってあった様だ
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外から見たもう一つの壕口、出入り不能
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グランドに這い出してきた
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頭の上を突如ヘリが二機飛び越えて行く
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UH-60jと
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AH-1Sコブラが飛んで行く
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後は逗子駅まで歩いて行く
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その道すがらに穴が有る
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横須賀海軍工廠久木地下弾薬貯蔵壕だが、今は入るのが難しい
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駅へと向かうトンネル
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久木隧道
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皇紀二千六百年 工事請負人 山口清造の文字、丁度かの零戦の正式採用の年である
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1940年(昭和15年)からきっと軍用トンネルとして使われていたのだろうか?
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トンネルを出た跡のフェンスを覗くと
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穴が有る
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幾つか有るようだが、こちらの詳細は判らない


もう一つ依頼のネタをこなしておく、国道16号線の富岡付近で、道路に面した穴がいくつか見えている
交通量が多いのと、こうゆう場所にある壕は基本的に用途が知れているせいで、じぶんもパスしていた
好奇心が無い訳じゃないし、勢いと時間があったので、確認してきた。


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日中の16号線は途切れる事無く車が往来する、チャンスは一瞬である
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壕口到着、滑り込む
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天井はわりと高かったようだ
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砂岩質で崩落もあり、工事の土砂も投げ込まれている
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土管やフェンスなどの産廃も公共工事なのに投げ込まれ、下請けの水増し利益となる
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深部は壕口からの土砂の流入で埋まっている、道路側に開口していたのだろう
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出口に引き返す
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途中、下に広がる空間を確認しているが、入れない隙間だ
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少し離れた別の壕口
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崩落も少なく、土砂の流入のみだ、狭いのでその分強固なのだろう
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深部は土砂の流入で埋まっているが、銃眼とも言えそうな穴が開いている
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道路方向に開口しているが、外部からは判らなかった
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もう一ヶ所あったが、入り口が埋まってとても入れそうも無かった
国道に面している事から、空襲よけの防空壕か、地上戦時の肉薄攻撃陣地だと思われる