逗子 神武寺街道プチ探索~玉縄地下壕

春の終わり頃にゅんのすけ様より情報を頂いた、以下に内容を抜粋する
「逗子中から老人ホームせせらぎに向かう道沿い(こちらも神武寺への登山道)にいくらでも貯蔵壕を発見できます。クルマも停め放題で、現地の説明板によれば池子石の切り出しに使われたトロッコ軌道の跡が今でも見られます。貯蔵壕、トロッコと来たら大規模もあるのでは?」という情報だった
ゴールデンウイーク辺りに行ってみたのだが、情報を生かしきれず、ほぼ手ぶらで帰る事になってしまった
その後未だに再訪できずにいるので、報告がてら探索範囲と失敗記を上げておく
同時に頂いた「玉縄地下壕」においては、成功を収めているので、詳細は次回に報告する
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グーグルマップで逗子中学からスタートする、右下が「神武寺」だ、道路表記になっているが山道で、人しか通れない
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せせらぎホームではこどもの日のイベントが開かれていた、自分の服装はかなり浮いただろう
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そそくさと通り過ぎて参道に入る、この山は逗子石の産地だそうだ
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石切り場の形跡が散見する、一通り見ながら進んでいく
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岩壁を削って通路を作ったのだろう、石の運搬時に高低差は無いほうが良い
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何にも無い開けた分岐路に出た、道標だけはあった
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左に行くと逗子中学校が今来た道、神武寺方向へ向う
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苔生した古い参道が和やかだ
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山頂付近まで一気に小走りで、駆け上がってきた、すれ違う人もいたが、みな休みながらのんびりしている
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あっという間に山門に到着、困った事に何も穴らしい物が見当たらなかった
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仕方が無いのでうろつきながら、もう少し探す
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以外に有名な寺のようだ
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おや、スクーター?なんとここまで裏側を車で登ってこれたのだ、知らなかった~まぁ良い運動だった
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これも戦跡とは違うようだ
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やぐら、戦跡を探す者にとって、とてつもなく邪魔なもの、仕方がないんだけど
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戦時供出した、復刻版の鐘なのに八景に入るのか?
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一応本堂まで登る
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さすがにこの辺には人が居た(車で来れるし)
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薬師堂も見ておく
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これ以上は流石に時間の無駄だろうから撤収した、行きがけに追い抜いた人がまだ途中にいたのには、驚いた
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山中も少し探したが、石切場しか判らなかった
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鯉のぼりの開きは初めて見たな、なんなんこれ?
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唯一見たのはこれ、ホームの駐車場にある大き目の壕口
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駐車場にしていた時期があるのだろう、防水シートが打ち付けてある
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内部は奥行きも大した事無い、典型的な倉庫壕のようだった
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神武寺から下のこのコースには地下壕が点在しているのは調査しているが、結局判らずじまいで次に移動する
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神奈川県鎌倉市植木129にある、龍宝寺に移動したこの辺には玉縄城が有ったらしい
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水場の先にある古民家は、有料見学だった(下に説明文)
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城跡らしき物は特に残って無い様だった
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早速山への上り口を探す
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なんとなくここから登れそうだ
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えん道沿いに妙な穴があるが、塞がっている、祠だろう
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墓地の隙間を上がるルートが有る
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鉄塔を越える
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低山だが、登るのはちょっと角度がある
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尾根を少し進み、この辺から分け入る事にする
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程無く穴発見!

次回入壕す
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池子弾薬庫 警備道 その3

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ヤブの中に鉄の扉が見える、しかし団体ハイカーが通行中なので、帰りによる事にする
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ヤブの中にコンクリートの一部が覗くようになる
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柵の基礎部分なんだろうか?
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32番付近
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扉の無くなった、門柱が現れた
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コレを過ぎると、ほんとにコンクリートの跡が増えてくる
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路面にも屋根のような形のコンクリートが覗いている
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十二所果樹園に憑いた
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奥の方に数分歩くと
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展望台、標高149mに着いた
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低山なので、眺めは良くない、海がやっと見える程度だ
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ひさぎ31地点
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栗の木の果樹園の脇を歩いて行くと
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分岐になる、上の険しい方に向う
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予想外に結構なアップダウンがあった
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降りてくると、迂回路と合流するようだ
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気になるので、左に見える迂回路を戻ってみる
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まるで昔はコンクリート舗装をしていたかの様なコンクリート板がやたらにある
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いい感じの切り通しを歩いて行く
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緑の繁る中に、何かが立っている
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もう少ししたら、緑で見えなくなりそうな、コンクリート柱
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海軍省の文字が見える
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横須賀軍港境域標、普段見る要塞地帯標では無い
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第五十一号號
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明治三十年のものだそうだ(最古の物らしい)
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崖を少し降りてみる
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きっちりと造られた軍道があった
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さっきも路面に埋まっていたのと同じ物の様だ、路面の荒れ具合から、全く人通りは無いのだろう
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そのまま進むと、ここに出た
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前回は反対側から、ここまで来た
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この辺にある分岐が気になっていた
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消えて行きそうな踏み分け道を入ってみる
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オリエンテーリングの順路とかだろうか?14方向に行って見る
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結局15方向と合流していたようだ
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行けない方向には虎ロープが張ってあった
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しばらく進むと、これは唐突に現れた
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さっきと同じ物だが、こっちの方が状態がかなり良い
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明治三十三年二月十三日 横須賀軍港境域標
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第四十九號、この間に五十號も有ったろうが現存の確認は無理そうだ
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近くには、折れた標柱らしき物もあるが、コンクリートでは無さそうだ
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取り合えず今回の目的は達した
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境界壁まで戻って来た、軽く走れば5分ほどで戻れる程度だ
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境界壁に沿って帰途に憑く
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草のアーチってなんか良い、こんな所を女の子と歩いて見たいものだ、一人歩きは淋しい
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帰り道は探しながら歩く事も無いので、お気楽に進む
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行きに見た扉の無い門柱
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良く見ると、閂のような穴がある
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ひさぎ32番を通り過ぎ
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来る時に寄れなかった、ゲートを確認しに行く
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鋲の打ち方から、間違い無く他のものと同時代のものである
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付近には基礎と木材らしき物がある、立哨小屋でもあったのだろうか?
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内側を覗き込むと、結構ボロボロになっていた、万が一初期の物だったら約115年前の物になる、昭和期だろうけど
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六浦方面に戻る
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気になる1本「重校」
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何故ここに、重砲兵学校の標石が?
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見落としも一つ見つけた、ってか埋まってた
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ちょっと掘ってみたら、やはり波線が2本あった
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一通り見た物もリチェックしていく
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最後の案内板、千光寺に向う
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折れてるこれも何なのか気になる
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こんなダミーだったらいややけど、太さ的に海軍柱だろう
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このルートで始めに見た標柱、影からして大分時間が経っているのが判る、約4時間ずっと歩いていたのだ
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西日の差す下山コースを降りて行く
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千光寺に降りて来た、無補給、無休憩で回ってしまったが、流石に喉が渇いた、これからの季節は何か水分も考えないとキツソウだ、自分は基本現地では車に戻るまでは無補給だが、みんなどうしてるのだろう、メンバーはペットボトル持参が多い様だが・・・

メンバーを見ると大きめのウエストバックにボトル入れて、カメラも小型、自分はカメラバックに一眼とビデオ、300mm望遠ズームと予備コンデジ、これに高照度ライトが付く(ホルスター)、予備バッテリー各種、実際何も入らないし、割りと重い、弾帯でも巻くかな~目立つけど

池子弾薬庫 警備道 その2

池子弾薬庫 警備道2回目のトライとなる
今回は逆コースの六浦側からの入山となる、前回半分は回ってるので、残り半分の踏破を目指す
前回の目的は、海軍境界壁だった、今回の目的は2つ、海軍境界柱と横須賀軍港境域標を見つける事
そう、場所なんか判らない、ひたすら山中を歩き回るしかないのだ、結果的に枝ルートの殆んどをまわった
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六浦側の千光寺ルートスタート
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すぐに出てくる、いつもの看板
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いちいち気にしてたら、横須賀市民にはなれない(横浜市民だけど)
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防衛庁の石柱はそれこそそこら中にある
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写真中央の斜面の上に何か見える(左側は市の石柱)
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少し欠けているが、今回初の海軍柱である
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横にはペンキでナンバリングされているC,29
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10mもせずに、次の海軍柱が現れた
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ナンバーC,30
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判別不能な、折れた石柱
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これから先は、似た様なダミーに悩まされた
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市とコレがやたら多い
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黄色く塗ってあるのが、目印になってきた
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ナンバーに違いがある
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これらはピークや曲がるポイントに境界の目印として立っている
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この山に生えてる石柱は、妙に材質の良い物が使われている末期の物では、無いのだろう
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枯葉を踏みしめながら歩くのもたまには良いものだ
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尾根沿いの鉄塔は、いい目印になる
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鉄塔のそばには、こんなダミーが点在する、邪魔臭い
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木漏れ日の中、ただ一人で歩を進める
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しばらく石柱を見かけなかったが
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藪の中を覗き込むと
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欠けているが、久々に見た海軍柱
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しかし、このコースはほんとに高低差が無く、楽な道だ
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足元に地雷のような物が埋まっている、起点なんだろうけど何に使うんだろう
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分岐近くに、通用門のような扉が残っているが回りに何も無い
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山の中には、目印が無いので鉄塔番号が役に立つ、ちなみに分岐は左に行った
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緑に包まれた尾根道を進むと
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道中に、ちょっと変った石柱が立っていた
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重校の石柱、大津にある重校関連(重砲兵学校校長邸)で、見たものだ
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そばにある海軍柱とは材質も時代も違うようだ
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周りにもっと何か無いかと探したが、何も見つからなかった
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大きな分岐路についた、今後こんないい案内は出てこない
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逗子一号、いつの間にか境を越えたようだ
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この辺では、いろんなダミー石柱が罠を張っていた
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逗子市のマークなんだろうか?前回も似たようなの見た
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この尾根道を境界にして
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横浜市と接している様だ
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ひさぎ33番到着

池子弾薬庫 警備道 その1

池子弾薬庫の外縁には、やまなみルートと言われる6kmのハイキングコースがある
このルートの途中には、旧海軍の遺構が色濃く残っているのだが、体力の無い自分はコース選択に悩んでいた
そんな時、OKN氏が直近まで車で行ける入山コースを教えてくれた。
一気に踏破したかったのだが、この日は既に、玉縄と神武寺の2ヶ所の山狩りの後で3本目の山登りだった
時間的にも無理があると思ったが、兎に角境界壁まで行こう、後はその時だなって事にした
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池子の引込線を通過する
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登山道入り口
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池のほとりを回り込む
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やまなみルートのご案内
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さて、入山開始だ
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最初だけは割りと上るが、以外と峰歩きの多いコースで楽だ
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峰に着くと看板が有る、行き止まり方向は道があるが、中学校に出るので、閉鎖されたようだ
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目を引くのはコレなのだが、横須賀に住んでいれば、そこら中にあるのが実情の看板
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これより、米軍側にボロボロの鉄柵がずっとつづく
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ピーク辺りで、起点が落ちていた
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道の消えてしまう方向はリボン等で、目印されている
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随所に起点となる災害通報用看板が有る
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分岐点付近には、このように手書きで案内を書いてくれてる人も居る(これは始めて来る人には助かる)
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倒木の左右に道が出来ている、あなたならどっちを通る?(自分は左を通った)
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やっと見えてきた、海軍境界壁
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高さ2mほどのコンクリート壁が切れ間なく繋がっている
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懸垂で登ってみる
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壁の裏側も変りは無いと思ったら
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大量の海軍標石が捨ててある、もったいね~
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しばし、柵の上を歩いてみるが、落ちたら洒落にならないので止めた
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壁自体も、大分痛みが目立ってきている
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所々にこんな手がかりが書いてある、親切だ
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自分の位置が判り難いので、こういう板一つでも、基点として助かる
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壁は結構な距離を延びている、正直予想外だった
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時折調査でワザと剥いだ見たいな壁もある
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突然、扉が現れた
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柵の柱が何本目か、調査されている
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開けて見ようかと思ったが、がっちり植物が侵食していた
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壁はまだまだ続く
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たまに高低さも有ったりする
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先を見ると、また鉄の扉がある
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これが今回の取りあえずのゴールとなる
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なんと、ここで壁は終わっていた
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当時の物であろう、閂が今も健在だった
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少し離れてみた所、目的を達したので、来た道を引き返すが、ふと考えた、6kmのハーフ地点を往復すると、結局6kmあるいてん気がするんは間違いだろか?
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道中、こんなんは良く見かけるけど
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こんなんも途中にはちょっと草むらの中にある
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付近の壁には、英語の落書きがあったりする
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こんなんもある
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見かけぬ石柱
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基本的には尾根歩きなので、高低差もあまり無く、歩きやすいコースだったが冒頭に述べたように本日3本目の山登りだったので
流石にちょっと疲れたんはしかたがないだろう
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藤棚を眺めながら、一休みして帰途につく
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帰りも引込線の線路を眺めて帰った

横須賀海軍工廠造兵部火工工場久木作業場地下工場 その2

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抜き穴が出れないので、主坑に戻る
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右ブロックには3つの部屋が並んでいる
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右側の部屋、奥がベンチになっている、そして左側の壁
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隣の部屋との接続部なのだが、段差がある
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ベンチに座って、部屋の入り口を見る
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隣への接続部を登ってみる
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形が異様な部屋に出た
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2つ目の部屋の入り口から、中を見ている
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天井が斜めで、右にベンチと接続部が見える
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接続部
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外に出て、隣の第三の部屋に向う
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この部屋は、こじんまりとしている
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ベンチも接続通路も無い
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右ブロックはこんなものだ、左ブロックの1/3ぐらいしかない
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排水溝?台座跡?四角い穴が開いている
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左ブロック奥の方は比較的キレイな所がある
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こうゆう所もあるが、崩落ではなくズリだ
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掘りかけのベンチカット状態
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それでも排水溝は造ってある
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ツルハシを立てに刺し岩盤を剥がしている
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別のベンチカット、奥の方はまだ伸ばす途中だったのだろう
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何か突き刺さっている
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これから先はこんな状態がほとんどだ
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最初はズリかとも思ったが、表の急傾斜工事のガレキを突っ込んだのだろう
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ガレキのあるとこないとこが分かれている
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床を良く見ると
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キャタピラの跡がある小型ブルトーザーの仕業だ
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壁に貼ってある木材、碍子を取り付ける為のもの
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この辺はズリとネコ車で運んで来たガレが混在している
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天井があるので、廃土板だけでは上までガレを上げられない
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少しまともな所に出た
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碍子が残ってる奴がある
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近くの足元にも落ちているのがある
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横須賀では良く見かけるメーカーロゴだが、会社名不明
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キャタピラに踏み固められた交差点
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この辺には碍子が多い、稼動部分なのだろうか
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キャタピラの跡が奥のズリまで伸びている
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片側に寄っているから、ネコ車による投棄だろう
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ちなみに壁の白いのは全部カビである
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中央付近にある神棚
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広めの地下壕には、結構ある
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左ブロックの中央より壕口側は、全てこんな状態
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慣れない人には危ないだろう、安全第一だ
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壕口の殆んどは塞がっている
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壕口付近の主坑を最深部まで進む
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ここに左ブロック唯一の売りがある
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階段だ!
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横には衛所と思しき窪みがある
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一段が大きめで、滑るので注意が必要、更に見たまんま狭くなっていく
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後半は低いが、普通の通路となる
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山腹に出る、左翼の抜き穴(120cmぐらいか)
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問題はこの滑る大きめ階段を降りる時
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さて、一回りしたようだ
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後は脱出あるのみ
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帰りがけに見た、池子の軍用引込線トンネル