大井海軍航空隊遺構再調査(2016・12月)その4

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またまた急斜面を枝に掴まりながら降りて行く
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エメラルドグリーンの湖畔に降り立った
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その奥にこの壕口は口を開けていた
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広がってはいるが、大した事ない防空壕程度の穴
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別の穴
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入り口脇の小部屋
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竹林の上の方にも開いていた
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今度は奥行きがありそうだ、十字路になっている
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右側、行き止まり
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無地の外資が落ちていた、こんな所に電気が?
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奥まで来たが、やはりドンつき
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左側も同じ感じ
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空母氏が一人落ちている
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鎹を写していたようだ
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謎の金属板、薄いのだがかなり堅かった
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奥の通路もゆるく曲がって終わりだった、この玉石だらけの地層では、大した物が造れなかったのだろう
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現在見つかっているのはこれだけだが、地質を考えるとこれ以上は掘れないだろう、崩れそうだ
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斜面を登り、一息つく一同
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時間的に少し余裕があったので、海軍水道の標石を見に来た
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この坂の勾配がスゴイ、40度はありそうだ(車がローじゃないと登らなかった)
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静岡らしい斜面を使った茶畑
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風化しているが、確かに海軍標石だ
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ライトで陰影を出してみる
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当時から有りそうな雰囲気の中継ポンプ場
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茶畑に埋もれるような標石
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それでも海軍を主張している
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これから先は立ち入り禁止なので、下側に回りこむ
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ダンプの駐車場に
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海軍標石があった
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上に向う道はこれしかない
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鉄橋くぐり
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折れているが、これも標石だろう
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では早速行くとしよう
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1926年の棟梁のようだ
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線路を越え、斜面を見上げると煉瓦のトンネルが見えた
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長手積みの煉瓦隧道
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特に銘板は無かった
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鉄橋を電車が通過して行く
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草むらにそれらしき物発見
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折れたか引き抜かれたか、可愛そうな状態だった
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大分日が暮れて来た
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少し離れた住宅地
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こんな所にも標石が!
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これで今回の探索を終了する、みなさんお疲れ様でした!
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ここで空母氏とのお別れとなる、いい奴だったな~うん
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トラス橋を越え横浜に帰る
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横浜到着、荷物の積み替えをして、解散となる

時間があったので、横浜の夜景を見て帰った

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おやすみやす
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大井海軍航空隊遺構再調査(2016・12月)その3

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次の壕に移動した、この壕はドライのようだ
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状況を見る限り、実働には程遠い状態だ
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この時期小森さんもいっぱいぶら下がっている
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坑道は広いのだが、規模は掘りかけもあり、対してない
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足元に手榴弾が落ちていた、危ないのでそのままにして置いた
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横幅が4mは有りそうなので、完成すればいい規模になっただろう
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いまは、モフモフの小森さんの巣窟
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奥の方に進むと、高さも幅も半分くらいになってくる
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究めつけはこれ、崩落ではなくズリを積んでいるようだ
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一人でズリの奥に突入して行く
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パロマ炊飯器の残骸、電気炊飯器は旧日本陸軍が1937年(昭和12年)に制式採用した九七式炊事自動車に炊飯櫃という原始的な電気炊飯器が装備されていたのが最初のようだ、家庭用としては1955年以降やっと形になって表れる
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立つ事すら出来ないほどになってきた
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土の質から見て、外部からの土の流入で埋まってしまったのだろう
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日本ホーム・シー?聞いた事もない
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苦労して入った挙句の収穫はビン一個
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荒削りだがうねった形の良いつくり
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最奥まで来たようだ
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何かを覗き込んでいる空母氏
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隣接する坑道も終わっているようだ
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さて、撤収しよう
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地震観測所の前で昼食を取る
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前回入っているが、軽く見る
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確認出来てなかった部分を見て、早々に撤収
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静岡らしいお茶畑が広がっている
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お茶の花って、初めて見る気がする
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装備を確認のうえ、つぎの地区に移動する

大井海軍航空隊遺構再調査(2016・12月)その2

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案内の空母氏も気が付かなかった壕口を発見した
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メンバーが準備をしている内に、先行して内部を確認しに行く
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通路は広いのだが、崩落して僅かな隙間しかない
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とりあえずみんな入ってくる
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一人先行し、安全確認と壕の規模を見てくる
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ここだけ乗り越えれば、内部は広かった
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そして水没!
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メンバーに何とかして入ってくる様に伝え、先行する
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今回は水没は折込済みなので、全員ウエイダー装備なのだ!
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地下水の染み出している所がある、水没するはずだ
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この壕は、水脈にぶつかった時点で放棄されたのかも知れない
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当時の支保の坑木が残っている
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ここからも染み出している、掘り進めた先端で二ヶ所とも水脈に当たってしまったのだろう
この時点で違和感を感じた、この部分に見覚えがある、新規の壕じゃないかも?
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壕の規模はかなりの物である事が解かり、とりあえず見ながら戻る
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ペグが打ってある、ランプでもぶら下げていたのだろう
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水没が無ければ、かなり完成度の高い壕だったろう
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ここも通路の先端部分から染み出している
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天井も高く、通路も広い、これが地下空間とは・・・
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最初の入水ポイントに帰って来た
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メンバーがやっと入ってきた様なので合流する
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自分の足元を見てみると、股上まで水深が有るようだ
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壁の水位線を観ると、全く変動が無い様に見える
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ろくに明かりも憑けずにガサゴソしている集団
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ライトを点けたらお着替え中だった
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それでは探索を再会する
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空母氏が支保抗に興味を示す
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おのおの好きな方向に進みだす
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水没は水圧がぎゅうぎゅう締め付けてきて気持ちいい
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しばらく空母氏に憑いて行く、人の後は水が濁って見えなくなるから離れて歩く
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見覚えのある支保抗が立っている
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水中に沈んでいた碍子、「ウ」なんて始めて見た
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OKN氏とも合流
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折角だから記念撮影
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斜め上方に通路が見える、これを見た一同は落胆する「ここ来た事ある」
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新規の壕だと思っていたのは、前回と反対側から入った同じ穴だった、ま、いっか!
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10kg減量に成功したとのさんは、ウエイダーがゆるそうだ
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出口がある事が確定したので、それぞれ適当に歩き回る
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以前入ってきた壕口
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出口の撮影をする空母氏を置いて、壕内にもどる
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折角なので、メンバーで記念撮影
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再び水没壕を楽しむ
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壕内図の作成中
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他の開口部
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水没していない部分も見て回る
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堪能したので、出口に集まりだす
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ウエイダーがあると、荷物が増える
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みんな荷物を携え、戻って来た
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この壕の探索を終える、全員撤収完了!
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あ、空母氏忘れてた・・・

大井海軍航空隊遺構再調査(2016・12月)その1

静岡県の戦跡探索の第一人者-廃虚日常記録帳-  戦跡中心のブログです。の「空母欲奈氏」が新たに発見した大井海軍航空隊、沢水加地区に調査に行った。
かなり大規模な様子で、一人での探索は危険であるとの冷静な判断により、半年近くも放置されていた物件である。
地下壕探索において、引く所は引くのが安全な正しい判断であり、見習いたい部分である

探索メンバーは空母氏を筆頭とし、tonotama (とのたま)氏、祐実総軍三等兵氏、OKN氏と強力なメンバーが揃った。

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土曜の晩、仕事帰りに神奈川勢は市内に集結する
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県外の総軍さんは明日現地参戦となる、夜中の下道を一路静岡へ
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一夜を過ごした24時間サウナ、この手の所にはイビキの五月蝿いオヤジが必ず居て、ほぼ寝てない状態となった
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だもんで、夜明けと共に出発する
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途中で空母氏と総軍さんと合流しながら現地を目指す
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現地付近に車を停め、ここからは徒歩でないと進めない
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相当な落差のある原生林を下って行く
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今回は水没が判っているので、ウエイダーという大荷物を持ちながらの降下となる
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下の方に壕口を確認
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早々に下に降りメンバーを待っていると
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なんと総軍さんが一気に降りて来る
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5mほど一気に落ち降りてきた、よっぽど早く入りたかったんだろう
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空母氏が自分が見つけた壕口と違う気がすると言ってたが、どうせ中で繋がっているだろうと突入する
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30cm程の隙間から続々と入壕してくる
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壕内に入るとすぐに崩落していたが、この程度はいつもの事だ
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乗り越えると、見るからに複雑そうな様相を表した
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小さな部屋状の掘り込みもあった
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足元には排水溝の跡も認められる
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崩落により排水が出来ず、場所によっては湿度が高くストロボが使えなくなる
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側壁には排水溝が完備されていた、壕口付近の完成度は高い
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奥の方を見ると、ズリだしも終わっていない未完成壕だとわかる
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この付近は木材の痕跡がかなり多い
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夏島地下壕などでも見かける壕内の木造建築物の床板の痕跡
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恐らくこの周辺は木造倉庫が建てられていて、戦後上の部分は建材として持ち去られ、床だけが残ったのだろう
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結構な床面積があった様だ、壕内ではこのブロックのみの特徴だ
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付近にはこの様な倉庫がいくつか並んでいた
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完成すれば、かなり大きな壕になったであろう
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水没は多いが、殆んどは長靴程度で踏破可能だった
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深部に進んで行くと、両脇にズリがかなり残っていた
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地下水が深く溜まり、綺麗な緑色を映し出す
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付近に壕口があったが、土砂が流れ込んで塞がっていた
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隣の通路に移動すると、煉瓦構造物があった
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恐らく竈の前部分を破壊し、後ろの部分だけが残っているのだろう
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付近には煉瓦の残骸が転がっている
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左右には掘り込まれた跡もあった
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更に奥に向う
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山の斜面に沿って歩いているので、土砂の流入で塞がった壕口が並ぶ
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排水溝の切られた倉庫も多くある
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人物比に丁度総軍さんがいた
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当時物のビンが落ちていた、何で緑色が多いんだろうこの時代は?
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加工された木片を照らす空母氏
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戯れにライトを消してみる
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点灯すると、とのさんがいた(ストロボ併用)
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これはライトのみでの撮影
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天井が地層に沿って崩れ落ちているようだ
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壁面に棚が掘られている、この穴に木枠を入れて棚にするのだ
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突如二階が現れた、しかし高すぎる!
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よじ登ってみたが、ここまでが限界だった
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みなで試行錯誤するが、無理なものは無理!
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諦めて先に進む
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開口部が有ったが、狭くて出れない
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足元にエメラルドグリーンの地下水が溜まっていた
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空母氏がなんかやっている
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人物が入ると、この坑道の大きさが判りやすい
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こっちにもエメラルドグリーンの地下水があった
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試行錯誤して撮影する空母氏
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水没壕って結構きれいなものだ
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珍しく赤色のインクビンが落ちていた(地味にレア)
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見覚えのある所まで戻って来た
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70年前はしっかりした排水溝だったろうが、今は埋ってしまっている
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用途は不明だが、かなり大きな壕だった
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さぁ、脱出しよう

沼津御用邸記念公園と淡島海龍、震洋壕

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海軍沼津高射砲陣地で空母氏が涙の脱落後、やって来た
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沼津御用邸記念公園には、皇族用防空壕があると言う
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立哨小屋がいくつも建ち並ぶ、駐車場付近
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やってしまった、公開時間終了後の到着
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1630までって、早すぎだろう~
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中央辺りにある防空壕だけの為に来たのに
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沿革
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防空壕が2つある様にみえるが確かめに行けない
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ねこになって、柵の向こうに行きたい
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他人様の写真だが、これを見に行きたかった
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次の目的地、淡島の手前に面白いものがある
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旧トンネルである、道を直線的に掘割りにしたので、コレだけが残った感じだ
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事前にリサーチしていたとは言え、実際に見ると異様だ
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わりと狭いので、現道とコレで二本の上り下りだったのかも知れない、調べてないけど
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さらに行くとトンネルがいっぱい並んでいた、これは水の放水口らしい(一番右は違う)
この西側に二つの出入り口をもつ指揮所兼電信室がつくられている、この辺に将校達は寝泊りしていたそうだ、兵士は寺や学校に配置された
「嵐部隊」(突撃隊)が配備され、工作隊により石材屋などの協力の下、壕は江浦、多比と口野の境、重寺、重須に掘られた
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17号線あわしまマリンパークを越えた辺りにこれはある
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特殊潜航艇「海龍」の格納壕がここにある
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入り口付近のコンクリート巻きたて部分を除き、内部は派手に崩落している
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壕口付近は扉の兆番の様な窪みがある
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奥にももう一つある様だ
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こちらも構造は同様だが、崩落は少ない
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そのまま南下して
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長井崎トンネルにやって来た(実はこのトンネル自体も海龍壕を広げたもの)
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この両脇にも海龍壕がある
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トンネル向って左に2つ、これは魚雷庫となる
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右に3つ見える、こちらが海龍壕の現存3本
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いずれもシャッターが降りていて、中を伺うことは出来ない
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グーグルストリートビューで見る(撮り忘れた)と側面にも開口していたようだ
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完全に封鎖されているが、貫通していたのだろう
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左側の建物の際に隙間が見える
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ギリギリだが、入れそうだ
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しかし、これは海龍壕では無かった
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燃料壕か、整備壕だろう、直線的奥行きが無い
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内部はL字に曲がった感じだ
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入り口方向を見る、とても海龍の入る高さではない
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さて、出るとしよう、誰も入ってこないし
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ドラム缶等の物は、この入り口からバラックの所有者が持ち込んだ物だろう
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付近を探索すると震洋サイズの穴が幾つかある
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こちらは戦後再利用されている
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地下壕は良く、こうゆう用途に転用される
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良く探すと、入れる所もある
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大きさ的にこの方面にあるのは震洋隊の基地だろう
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さぁ、ついに帰る時間が来た
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この界隈にはまだまだ穴がある事は判っている、いずれまた探しに来たいものだ、今回で清水~沼津の調査編を終了するが、個人調査は継続していくつもりだ

御浜岬に海龍の碑がある事を触れておこう、格納壕もあるようだ