東京湾要塞 観音崎砲台(南門谷、南門砲台 )その2

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前回のこの辺から先を紹介する
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外周道路沿いには、多くの建築物が有ったが、今でも残っている物は何もない(qの便所だけはある)
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コーナー手前のこの辺りから南門谷の建物群はあった
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まず、トンネル側カーブ明け辺の草むら
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僅かな石垣しか見えないが、弾丸庫( p )
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青い看板の後側
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ブラフ積みの石垣
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ここには発電所( o )があった、対岸の( n )付属庫があった所とその隣( l )の炊事場は、跡形もない
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噴水広場は元から広場だったようだ
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居住中の民家が何故かある(公園内では?)
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その脇にコンクリート基礎がある
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夏場では殆ど分からないのだが
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砲具庫( m )の基礎である
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海側トイレは( k )の浴場跡
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この辺には油庫(i )機材庫( h )監視衛舎( j )があった
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この辺に土塁( g 2)もあった様だが、公園化で削られている
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山側トイレは衛兵所( f )あった
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たたら浜園地には、陸軍第七研究所南実験所があった
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ここには幾つかの残存遺構が見られる、衛所だろうか?
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奥に深い森になっている
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横穴墓で、防空壕ではない(流用はされたかも)
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森の奥に分け行ってくと
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なんとコンクリート巻きの地下壕がある
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相当しっかりと作られているが、奥は水没している
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最深部は掘りかけに見える、10m程は素掘りのままだ
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南門砲台図面
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南門砲台に来た
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名物、手作り木製28サンチ榴弾砲
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ここから聴測所が良く見える
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28サンチ榴弾砲説明
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実は本当に当時の砲座の上に乗っている事を知る人は少ない(砲座は12cm速射砲)
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海岸には一部当時の石垣が残っている
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排水路跡
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ビジターセンター
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この裏手にも砲座が残っている(12cm速射砲第一砲座)
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半分は埋まってしまっている
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砲座にはコンクリートの蓋がされている
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アンカーボルト
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階段部、当時から斜面に作ったのだろう
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海岸線の石垣は当時のもの
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土塁上からの眺め、左のユンボ辺りが宿舎のあった所
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当時の石材、宿舎の一部
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観音崎自然博物館(南門電灯所跡)、ビジターセンター(観測所跡)の裏手には、9cm速射砲だ並んでいた
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当時この柱にメモリがあり、潮位計となっていたのを見た人がいる(現地住民談)
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たたら浜と言えば「ゴジラ」
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足跡も残っている、「観音崎砲台ガイドツアー」でも触れている、ページ最後に当時の面白写真有り
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ねこ
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ぬこ
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本来、南門外なのだが、トーチカがある
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後ろ側
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中は入れない、「たたら浜トーチカ、浦賀陸軍桟橋」でも以前紹介した

東京湾要塞 観音崎砲台(南門谷 )その1

少し、観音崎公園に散らばる標柱などを見ていこうと思う、厳密には砲台に属さずに軍道脇に隠れている遺構はぱっと見には、気付かない物が多いだろう、年中藪に覆われていたり、現代の遊歩道より高い位置にあったりもする。
昔、榴弾砲氏と共にひたすら歩いて探し回った懐かしい思い出もある。
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本来南門はこの辺り(ビジターセンター)に位置している、今回はこの内側に散らばる細かい物を見て行く
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観音崎灯台付近、観音崎燈薹所轄地の票柱であり、軍ではない
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観音崎砲台は元々は陸軍砲台である
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裏側、防二〇三
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位置関係、灯台への海岸側上り道途中
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今年行ったら、片方倒れていた
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防護ネットの遥か上にある標石
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観音崎灯台、拝観料二〇〇円だったかな?
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眺めは結構いい
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登るのは手間
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灯台裏手にある謎空間
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何か建っていたのは明らかだが、なんだろう?無人化前の灯台守の宿舎かな?
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観音崎燈薹所轄地の票柱は灯台前後に結構ある
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埋りかけのもの、斜めになったもの 様々だ
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特異な物がこれ
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折れた観音崎燈薹所轄地の票柱
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まさに抱き合わせ状態の防二〇五ー一(枝番付き)
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藪に埋もれた用途不明の近代構造物
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第三砲台から下りて来た所に有るのだが、まず見えない
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藪をかき分け、突入して行くと
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便所の遺構がある、手前は倒れた壁
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藪の中に迂闊に入ると、ボッチャンとなるので注意
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ついでに第四砲台の所も掘り下げる
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ここには地下施設が埋まっている
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左側の壁にも小さいが、人工的な穴がある
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今は埋まって見えないが、正面にアーチ状の入口跡と、右上に二階に相当するコンクリートの穴がある
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更にその上にはコンクリートの管が出ている(トンネルの写真を見ると位置関係が分かる)、階層構造か相当に天井の高い地下構造物が埋まっているのだろう。
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図面中央左端にある遺構
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山狩りの途中で、忽然と現れた未見の遺構
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谷を見下ろす様に見て回る
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木像だっただろう屋根部分は失われている
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山側の部分は壊れているが、破片があまり無い
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若干狭いが、用を足すには十分だ
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コンクリートで整形された窓
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緑とレンガの調和
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排水口
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先ほどの遺構とよく似ている
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谷側は、完璧と言えるほどよく残っている
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何かを引っ掛けていた様な金具
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便所と思わなければ、素晴らしい遺構である
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屋根があった頃を見てみたい
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と、いう事で登ってみた
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上の部分には刻印が見えた
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二種類確認できた
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これは2006年、市の調査でも確認されなかった、図面上だけの未発見遺構である、便所だけど・・・

東京湾要塞 観音崎砲台(第四砲台と聴測所 )その3

今回は第四砲台よりも、聴測所がメインになるのだが、もちろん無関係な訳でもない

聴測所と言われているが、どのような機械が据えられていたのかはっきりとはしていない
構造的に考えると、敵潜の水中探知(聴音)が濃厚と思われる、入口を入り、中央に円形の井戸状のものが有り
中には泳ぐ魚も見えると言う、つまり海底には到達せず、開口しているのだ。
そこから聴音機を垂らしていたのではと、想像出来るのだ、自分も昔行ったことが有るのだが、ほぼ忘れた
出処はぼかすが、海自関係者から様子を伺う事が出来、おぼろげな記憶に確信を得るに至った。
なお、海自でも一時水温調査等に使用したが今は当然使われていない。
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では、行ってみよう
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途中にモルタルを塗られた半地下構造物がある
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半とはこうやって、上に抜けているからだ
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発電機室の遺構である
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水密扉のようなロック
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内部は恐らく改装されているだろうが
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基本構造は変わっていないと思う
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発電機の排煙、放熱用と思われるダクトが複数設けられている
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地上にはふた程度しかない
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ここから切通しに沿って側溝が続く
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発電機室からの電気ケーブルと思われる
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ここで興味深い昔の絵葉書を見つけた(恐らく観音崎灯台からの眺め)
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これにより、かなり立派な橋が架かっていた事がわかった
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いつの頃に橋が無くなったのかは分からないが、自分は吊り橋が下がっているのを覚えている
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左側に切れたロープが残っている、楕円形なので正面は以外に細い
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足元を見る、ちょっと堕ちたくはない
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振り返る
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先端部分に残る橋脚の残骸
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観音崎灯台が見える
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橋を渡り、ケーブルが通っていた先が見える
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庇部分、小窓の枠も残っている
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何か取り付けていた様な跡、上に登る階段とか?
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内部には金属製に見える井戸状の物が見える
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海岸に降りると石垣が残っている
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大分侵食されて壊れては来ている
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レンガも落ちている
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橋とは別に岩場には鉄柱が多数残っている
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繋船よう桟橋でも有ったのだろうか?
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これは左右両岸に見られる
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さて、砲台に戻って右翼観測所的な空間
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蛸壺状の物も見受けられる、そこから先に進み、死にそうな崖を降りて行くと
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なんか落ちている
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そして壕発見(上や海からでは絶対に見えない)
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異様な構造だ
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しかもレンガだ、明治砲台の頃の遺構だろう
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しかし異様に狭いとても立っては入れない
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恐らく誰も知らない遺構だろうが、何十年ぶりに人類の足跡を残した
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最新部が見える所まで入ってみた、丸い蓋が付いている様に見える
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思い至ったのは、有ると言われていた海底ケーブルの施設ではないだろうか?
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この有様では、想像以外の何者でもないけどね!



26年10月28日追加
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観音崎警備所内にある遺構、円形座面とアンカーボルトがある
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昭和期の機銃座にも見えるのだが、資料が無い

東京湾要塞 観音崎砲台(第四砲台 )その2

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説明上、図面を貼っておく、a1~a4が砲座でb1~b4が横檣だがb1,2は失われている
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入口脇には古い錨がある
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5トンと書いてあるようだ
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左側の第四砲座、何故か半分敷地外になっている
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なぜこうなっているかは不明だが、恐らく公園管理上の問題だろう(県立公園)
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固定フックが刺さっている
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砲弾置き場には、閂が残っており珍しい
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砲座の角部分が立っていて、他の砲座のように楕円形ではない
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第四砲座の胸檣の一部に、レンガが貼り付けてある、見た感じ古い物で当時からと思われる
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24時間360度監視モニター赤外線付き
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下から見た第3、4砲座間の横檣
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なか
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その上に当たる部分、地下弾薬庫からの奥側壁面にある通気口の上側
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フタは後づけである
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これは中央公園に残る弾薬庫通気口、こんな感じだろうか
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第3砲座胸檣及び第2砲座との横檣
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第2砲座胸檣及び第3砲座との横檣
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第2砲座、これより内側は特定建築物
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第1砲座胸檣、水道付き
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第1及び第2砲座
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非常に見にくいが、第1砲座
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第2砲座からは上に上がる階段がある
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砲台右翼側にも塹壕や観測所っぽい所があるが、側遠機台などは見当たらないので割愛する
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では、下に行こう
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見るものは、いっぱいある
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今は蓋がしてあるが
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当時はコンクリート製の穴が見えていた
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現在は封鎖されてしまった、煉瓦式地下構造物がある
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当時こんな状態だったが
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こうなっている、観音崎電灯所との関連もあるとか無いとか不明な遺構
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角地にある整然とした空間
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鎮魂の碑
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平成三年六月吉日建立
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第一富士丸遭難者慰霊之碑
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下へと誘う道がつづく