田浦3丁目にある地下壕調査依頼

田浦3丁目の御嶽稲荷神社の近くに怪しげな穴が有るとの情報を、読者様から頂いた。
ストリートビューで見て見ると、確かにそれらしい物が見える
とりあえず開口はしている様なので、行って見る事にした。
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時は二月、田浦梅林の開花季節で観光客の往来が激しい時期の突入となった
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30年以上前に、この近辺は大部分コンクリートで対策工事されてしまっていた
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しかしここに至るまでの道のりで、幾つかの地下壕の名残を垣間見る部分があった
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目印の「御獄稲荷神社」下調べがてら登ってみる
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ちょっと御挨拶して周辺を見るも特に無し
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壕口確認、人の切れる僅かな瞬間に突入する
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しかし、障害物が多くて困難を極める
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何とか滑りこむも、かなり狭い
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相当なゴミ、廃材が突っ込まれているようだ
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しかし、壕自体は民間レベルではなく、しっかりとした掘り方をしている
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問題は、これを超えないと進めない事!
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超えるとしっかりとした地下壕なのが、垣間見れる部分に出た
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天井の崩落は無いので、急傾斜工事の際の残土を処理代を浮かす為にここに投げ込んだのだろう
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天井に二本の釘が並んでいる、電気碍子を取り付けていたのだろう
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かなり奥まで詰め込まれている残土と廃棄物
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どう見たって業者の産廃が大半を占める
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ブルーシートの奥は、もはや隙間すらない残土埋め戻し
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少しは後から入る人の事も考えてくれない物だろうか?
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埋ってはいる物の、なかなかの造りだったようだ
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幅的にも、3m近くあり倉庫としては申し分無い
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土嚢で埋められた元開口部、コンクリートで養壁されている部分だ
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入り口脇に、良くある小さな部屋
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もう、かなり厳しい所まで来ている
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灯り置きの窪み
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最終地点に到着、瓦でバリケードが作られている、これを退かす気力は流石に無い
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隙間を覗く、焦点が合わないがまだ、先に延びているのが見える
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さて、戻るとしよう
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途中で碍子を見かけた、電機が壕内には引かれていたのだ、かなり良い待遇の所である
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壕内の探索終了!
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外から見ると、こんな壁の内側になる
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周辺を歩いてみる
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小学校の前に、壕口があった
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覗き込むと奥は深そうだ、さっきの壕と繋がっていそうだ
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金属ネットの向こうにも、塞がれた壕口があったようだ

これにて今回の調査を終了する、学校側まで抜けているとすると、100m越えの地下壕である事は確かだろう
横須賀海軍工廠の近くに位置するし、鉄道の便も良い場所である、優良物件だったのだろう
情報提供者様に感謝と共に、ご報告とさせて頂きます。

皆様の情報を、随時募集しています!
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F号倉庫(軍需部修理場)近況H.26.1

先日横須賀に行く途中、比与字の前を通ったついでに、久しぶりに歩いてきた
向こうに行く時は、大抵通るようにしているが、止まる事は最近無かった
近況と言っても、特に変わりがある訳ではない、ただヌコがいたので記事にする気になった
以前書いた海軍軍需部長浦倉庫郡を参考に
海軍通信教育発祥の碑_R
第二術科学校
自衛隊横須賀病院_R
自衛隊横須賀病院
横須賀造修補給所表_R
唯一煉瓦が露出している旧軍需部倉庫(第二計器庫)
軍需部修理場跡_R
田浦駅前を曲がると見えて来る、写真は2009年のもので、まだ稼動している頃だ
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翌2010年後半には、稼動停止となる
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すでに、ベルトコンベアーなどは解体されている
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その頃のヌコ
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2011年8月には、売却物件になっている
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2013年には金網が付いた
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売却物件の札が無くなっている
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裏口、庫内禁煙がかすれてる
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反対側
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そして2014年1月現在(ヌコはどこにいるでしょうか?)
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開けっ放しの窓
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2階のベルトコンベアーが付いていた部分、壁面に正の字が白墨で書いてある
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名板
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ヌコはここにいる、ずっと動かない
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5分後、動いた!
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側面のモルタルがはがれ、煉瓦が露出している
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この倉庫は外見と違い、煉瓦製なのだ
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倉庫脇には当時の鉄筋入りコンクリート柱が横たわっている
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コンクリート壁が崩壊していた
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危うくF号倉庫が傷物になる所だった
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見上げると、やばそうな物がぶら下がっている
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こちら側にはモルタルのはがれは無いようだ
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古びた木製の庇
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もう、ヌコはいなくなっていた、と、思ったら名板の下で寝ていた
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仕方が無いので、海側を見に行く
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こんな所に小さな橋があった
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軍港めぐりで、船から良く見る方向だろう
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潜水艦は、日増しに白くなって行く
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D号倉庫
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当時のままの船着場
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C号倉庫
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B号倉庫
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海軍の消火栓のあった所に、コンテナハウスが!
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なんとか隙間に残っていた
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この手の止水栓は、この辺にはいっぱい残っている
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微妙に種類が違う
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後々にこの界隈は、海自施設に飲み込まれて、立ち入れなくなるとの話もある、見るなら今の内だ
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軍用引込線
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引込線を辿りながらこの場を去る
この後
堀の内 機銃砲台
曲矢遠隔観測所、矢の津弾薬庫残存遺構の探索に向った

横須賀海軍軍需部 行基地区付近ヒストリーその3

そろそろ、引っ張ってきた比与字を終わりにしようと思う、主だった物は紹介できたろう
最後に海自の油脂庫を作る為に破壊されてしまった、魚雷庫、火工倉庫、無煙火薬置き場、火薬庫等の
在りし日の写真を紹介し、油脂庫工事の成り行きを見て行く
破壊時の写真は榴弾砲氏にお借りする(自分は仕事で見れなかった)
DSC04273_R - コピー番号で説明して行く
火工工場全景_R数年前までは、これが当たり前の風景だった
DSC00810_R_20130820200056a0c.jpg1番の構造物、地図には載っているが、形状的には発電機室か?詳細不明
DSC07821_R_20130820200747d6a.jpg上物が無かったので、アッとゆう間に更地になり、壕口もむき出しになる
DSC00265_R_2013082019391418d.jpg2番の魚雷庫が左、3番の火工倉庫が右側
旧海軍工廠造兵部の火工工場_R魚雷庫全景
火工工場の電灯_R魚雷庫の電燈と扉
魚雷倉庫・火工倉庫 189_Rいつの間にか魚雷庫が4分の1になっている
魚雷倉庫・火工倉庫 074_R裏側から見る
魚雷倉庫・火工倉庫 048_R辛うじてこの時点では残っていた、電燈と扉
魚雷倉庫・火工倉庫 062_R無残に切られた鉄柱
魚雷倉庫・火工倉庫 071_Rこの滑車で魚雷を運んでいたのだろうか
魚雷倉庫・火工倉庫 096_R70余年の終焉を迎える魚雷庫
DSC04273_R - コピー3番の火工倉庫は、奥まった所にある
DSC00820_R_201308202053194f7.jpg火工倉庫は爆発の危険の為か、最も奥に土塁に囲まれていた
DSC00821_R_2013082020532285d.jpg殆んど無くなっているが、手前に土塁の跡が見える
DSC00822_R_20130820205324c87.jpg左側壁、鋼鉄の窓
DSC00823_R_201308202053262bd.jpg全面鉄扉で窓を蔽っている
DSC00832_R_20130820205329c7a.jpg乾燥を考えて、全て高床式になっている
魚雷倉庫・火工倉庫 097_R火工倉庫は鉄筋コンクリート製だった
魚雷倉庫・火工倉庫 121_R内部写真
魚雷倉庫・火工倉庫 102_R米軍占領時の落書き
魚雷倉庫・火工倉庫 142_R薄く開いた鉄窓、数10年ぶりに開いたのが最後の時とは・・・
魚雷倉庫・火工倉庫 162_R上の丸窓は海軍航空技術廠でも似た様な物を見かけた
魚雷倉庫・火工倉庫 161_R火工倉庫の隣に用途不明の設備があるが
DSC00829_R_20130820212647a08.jpg隣のコンクリートブロックといい、戦後施設と思われる
DSC04273_R - コピー4番の火薬庫、まともな写真が無い
DSC00831_R_20130820213917381.jpg左が4番の火薬庫
DSC00846_R_2013082021391421f.jpg全木製建築物にモルタル張り
魚雷倉庫・火工倉庫 168_R残骸のみ
魚雷倉庫・火工倉庫 130_R5番の無煙火薬置き場、左に4番の火薬庫があった
魚雷倉庫・火工倉庫 169_R最後まで残っていた無煙火薬置き場、手前のモルタルは火薬庫の残骸だろう
DSC04915_R.jpg破壊が終わった
DSC05327_R.jpg後は整地して、後の壕は残るだろうと思っていた
DSC09470_R_201308202201459b0.jpgしかしすぐに、新たな動きが始まった
DSC09472_R_2013082022014763e.jpg伐採だ、嫌な予感がするとゆうより、それしかない
DSC00150_R_20130820220948729.jpg擁壁工事が始まった
DSC00151_R_20130820220951d9d.jpgアッとゆう間に壕口が削り塞がれて行く
DSC00930_R_201308202209568c3.jpgスゴイスピードで工事は進む
DSC00933_R_201308202209581b0.jpg向かって右側も進む
DSC01157_R_201308202220430bf.jpg下の壕口は残っているが、上の抜き穴は塞がれた
DSC03002_R_20130820222045a79.jpg下の壕口も塞がれた
DSC04976_R_2013082022204744f.jpg下の方もブロックを組み始めた
DSC06810_R_20130820222049014.jpgこの頃になると、北側の炸薬弾丸庫跡地にも動きが始まる
DSC06904_R_20130820222825b5f.jpg擁壁工事が一段落したら、基礎工事が始まる
DSC06740_R_201308202228169f6.jpgかなり広範囲に作る
DSC08229_R_201308202228263c4.jpg壁が出来て、見にくくなる
DSC08230_R_20130820222828f2e.jpg北にも基礎と排水溝が出来る
DSC08734_R.jpg建物は倉庫なので、異様に早く出来ていく
DSC08738_R_20130820224324cda.jpg北側も立て始める
DSC00664 - コピー_Rこの頃に、道路工事が始まり旧軍水道管が掘り出されて放置されていた
DSC00665 - コピー_R煉瓦も一部出土した様だ
DSC00667 - コピー_R北側は骨格が出来る
DSC07750_R_20130820225049072.jpg平屋の油脂庫は簡単に完成した
DSC07751_R_201308202250511b0.jpg北側も大分進んだ
DSC07753_R_201308202250552e5.jpg警備犬小屋と緑の旧軍弾薬庫が見える
DSC09751_R.jpg山側にも監視カメラと柵が出来た
DSC09753_R_20130820225621039.jpg門柱が出来、完成間近か
DSC09754_R_20130820225623e6b.jpg北側も完成が近い
DSC00107_R_201308202300015f4.jpg施設完成
DSC02410_R.jpg北も完成
DSC03200_R.jpg表札が付き、車両の出入りがある
DSC03201_R_20130820230011c77.jpg横須賀造修補給所 比与字油脂庫地区
DSC03206_R_20130820230450d4c.jpg柵が出来て完成
DSC03283_R_20130820230452752.jpg立派な物が出来上がり
DSC03357_R.jpg防衛庁の杭を埋めて花壇造り
DSC03358_R_201308202304561a5.jpg全て完成
DSC04166_R_20130820230458a40.jpg北の脅威に対して必要な体制強化なのだろう、この地域一帯の海自施設の増強はハンパ無く行われている

横須賀海軍軍需部 行基地区付近ヒストリーその2

流石に訪問回数が尋常では無いので、自然と写真が沸いて出てくる
比与字とは長い付き合いで、自分が本格的に潜った大型壕として始めての物だった
よって、写真枚数も数千枚に登る、選別作業が結構時間が掛かる
DSC04270_R_201308192109280b6.jpg行基地区を軽く紹介する
DSC08140_R_201308192108347a7.jpg11号倉庫脇の道を引込線に沿って海に向かう
DSC00668_R_20130819210831bf7.jpg線路脇に奇妙な止水栓がある
DSC00670_R_20130819210833e6a.jpg何故か浮いている、線路にあるのに?
DSC08109_R_201308192117134e2.jpg現在相模運輸倉庫として使用されている
DSC08099_R_20130819211711c82.jpg引込み線が縦横に走っている
DSC08097_R_2013081921170906b.jpg国鉄管理時代のもの
DSC08413_R.jpg外観は補修しても
DSC08416_R_20130819211716dc5.jpg内部は当時のまま、補修しながら使用している
DSC08249_R_201308192122107e2.jpgこの地区の消火栓は3つ確認しているが、海軍マークはこれだけにある
DSC08251_R.jpg止水栓もいろんなタイプが沢山ある
DSC08254_R_20130819212213ea3.jpg消火栓はこれ一つ
DSC08269_R_201308192122190b2.jpg当時のまま、補修されながらも現役のダビット
DSC08270_R_20130819212221230.jpgぬこ、捕まってしまった10分ほど
DSC08139_R.jpg線路脇を市営桟橋に向かって行くと
DSC08136_R_20130819212829748.jpg転轍機がある
DSC08137_R_20130819212832971.jpgこれは硬いが、何とか稼動する
DSC08138_R_2013081921283316e.jpgもう一つ有った筈だが、動かないので写真が無い
DSC08115_R_20130819214205756.jpg奥にはアンカーの墓場がある
DSC08118_R_20130819214208530.jpg新旧色々ある
DSC08120_R_20130819214210091.jpg細身の物は戦中から使われているタイプだ
DSC04273_R - コピーでは、比与字トンネルに向かう
DSC03279_R_201308192239570c4.jpg鉄道は左より、荷降ろしは右側で行っていた様だ
DSC01018_R_201308192103555d6.jpgトンネル南側(山側)には積み下ろし用のプラットホームが有ったのか、4つとも高さが揃っている
DSC01019_R_20130819210356304.jpg一応全部違う壕口の閉鎖跡の写真
DSC01020_R_201308192103584b6.jpgトンネルが馬蹄型なので、下の方が10cmほどベンチ状になっている
DSC01021_R_20130819210359cb2.jpgトンネル内には歩道が無いので、歩くのは危険だ
比与宇トンネル内の軌道終端_Rトンネル内に有った引込線の看板、撤去されてしまった
DSC01022_R_20130819214622a85.jpg来たからには、また歩いて戻らなければならない、今はLED化されて倍くらい明るい
DSC04273_R - コピー山中には壁が書かれている
DSC07866_R_201308192159026d7.jpg海軍境界壁で民間の人が中を見れない様にしていたのだろう
海軍立ち入り禁止区域コンクリート壁_Rでなければ、境界柱のみで、事は足りるはず
DSC07821_R_20130819215328867.jpgこれは一番手前の、井戸のある所への壕口だ
DSC07822_R_20130819215330cd4.jpg道路から正面に素掘りの倉庫壕が4つ並ぶ
DSC07824_R_2013081922065778a.jpg左側の2つは、内部が部屋状に整形されている
DSC07825_R_20130819220659f5c.jpgうっすら扉の跡が付いている
DSC07826_R_20130819220701471.jpg右の2つは、狭く短い直線のみ
DSC07827_R_201308192207041aa.jpg掘削途中なのだろうか
DSC07829_R_201308192214358af.jpgその隣には壕口のみコンクリート巻きの壕が並ぶ
DSC07830_R_20130819221436b41.jpg形状は同じ
DSC07831_R_20130819221438a46.jpg内部は繋がって、大きな部屋となる
DSC07832_R_20130819221439ac6.jpg恐らくこれが工場の防空壕なのだろう
DSC07833_R_20130819221441a7d.jpgどっちみち、火薬庫の裏では助からないだろう
DSC07835_R_20130819222116c9b.jpg良く見ると、フック状の物が付いている
DSC07836_R.jpg壕口がコンクリートなのはここだけだ(トンネルは別にして)
DSC07828_R.jpgこれは角にある本坑への入り口
DSC07840_R_20130819222712c5b.jpg壕口UP、工事用に広げられている
DSC07837_R_201308192227089e0.jpgこのぐらいの開口部が幾つか並ぶ
DSC07839_R_20130819222710ce3.jpg一番右の火工工場への壕口(比与字地下壕ではない)
DSC05323_R_20130819223227e45.jpgここには3本の電柱が立っていた、3角形を成し通信用ケーブルを張っていたのか
DSC05324_R_201308192232285f7.jpgそれとも火薬庫なので避雷針か?
DSC05322_R.jpgその両方なのか?なぞのまま・・・
DSC05378_R_20130819223230121.jpg先端には細く伸びている部分もある
DSC09937_R_201308192245235dd.jpgしばらくして行って見たら、折られていた
DSC09975_R.jpg見事にポッキリと
DSC09931_R_201308192245213ce.jpg登ってみた
DSC09934_R_201308192245225af.jpg有った!端っこに
DSC09977_R.jpgボロボロに折れている
DSC09978_R.jpg良く見ると、通信線のワイヤーにも見える細いワイヤーがあちこちに絡まっている
DSC09980_R.jpg変わりに変な物が立っていた

横須賀海軍軍需部 行基地区付近ヒストリーその1

基本横須賀に行く時は、比与字(比與字)トンネルを回って行くので、数百回は軽く通っている
古地図を交えながら、5年ほど昔の写真を紹介する
DSC04270_R.jpg終戦時の地図となる
軍需部修理場跡_R相模運輸倉庫稼動時のF号倉庫(軍需部修理場)
CIMG0655_R.jpg現在すっかりかたずけられ、国有地売却物件となる
CIMG0658_R_20130818195457003.jpg細かくはこっちを参照
CIMG0659_R_20130818195459325.jpg同じく売却待ち
F号前起動敷_R軍用引込み線は休止線から廃線になったらしい、つまりいつでも破棄できる状態にある
運河と連絡橋_R引込線ガーター橋と奥の橋も当時の物
当時の鉄橋_Rこれを歩いて渡るのが好きだった
DSC07817_R_20130818201211e02.jpgいきなり始まった工事
DSC07818_R.jpg川を塞き止めての、工事を行う
DSC04160_R_20130818201426766.jpgきれいさっぱり、亡くなってしまった
DSC04161_R.jpg当時の蒼い塗料が僅かに残る
DSC04162_R.jpg奥の橋はまだまだ現役
火工工場全景_R正面には魚雷庫が見えていた
DSC04166_R.jpgほぼ同アングル、レールや転轍機をどけてカーブのRを軽くした、元の外縁は電柱辺り
DSC04165_R.jpg少し画面を引く、現在の鉄道平面交差点
十字交差点_Rこうゆう交差は珍しいそうだ、横須賀海軍工廠造兵部にもある
DSC04168_R.jpgレールはここで切られている、歩道として残りそうだ
DSC03544_R_20130818213523e77.jpg平面交差から海側に行く
DSC03538_R_20130818213521f4c.jpg旧軍の残存火薬庫
DSC03545_R_20130818213525210.jpg現代の火薬庫と当時の建物が共存している
DSC03548_R_20130818213527b81.jpg最強のガーディアン登場、10分ほど足止めされる
気動車5年以上前には黄色い電車が長く停まっていた
田浦駅方面_R数年前には居なくなった
DSC04167_R_20130818210149c76.jpgここには確かに電車が走っていたのだ
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DSC07243_R_20130818210538f69.jpg去年まではこんな物も残っていた
DSC06201_R_20130818213033cc8.jpg二度と鳴らない警報機、今は無い
DSC04169_R.jpg現在の11号倉庫
DSC07192_R_201308182105315f2.jpg旧海軍軍需部長浦倉庫 (相模運輸11号倉庫)
DSC07240_R_20130818210533bcc.jpgこれも売却物件になっている
CIMG1204_R.jpg最後のオリジナルレール
DSC06174_R_20130818214157480.jpgここから先は無くなった
DSC06175_R_20130818214158874.jpg掘り起こされた枕木
DSC06180_R.jpg無残に切られた70年以上前のレール
DSC00671_R_201308182150267e4.jpg当時はこのまま、トンネル内までレールは続いていた
CIMG1209_R.jpgここでスイッチバックして11号倉庫方向に曲がる
CIMG1208_R.jpgその為の転轍機、最後まで稼動状態を維持していた、最後まで・・・
P1350320_R.jpg何気にみんな好きだった
DSC00778_R_20130818215604f0e.jpg最後の思い出だ
SANY0137_R.jpg行基地区にはまだ2つ残っているがこれ程は状態は良くない
DSC06738_R.jpgレールの側には海軍止水栓の蓋もあった
CIMG1207_R.jpg開閉可能の状態の良い物だった
P1330149_R.jpgこの後掘り出され、廃棄された