F号倉庫(軍需部修理場)近況H.26.1

先日横須賀に行く途中、比与字の前を通ったついでに、久しぶりに歩いてきた
向こうに行く時は、大抵通るようにしているが、止まる事は最近無かった
近況と言っても、特に変わりがある訳ではない、ただヌコがいたので記事にする気になった
以前書いた海軍軍需部長浦倉庫郡を参考に
海軍通信教育発祥の碑_R
第二術科学校
自衛隊横須賀病院_R
自衛隊横須賀病院
横須賀造修補給所表_R
唯一煉瓦が露出している旧軍需部倉庫(第二計器庫)
軍需部修理場跡_R
田浦駅前を曲がると見えて来る、写真は2009年のもので、まだ稼動している頃だ
CIMG0653_R.jpg
翌2010年後半には、稼動停止となる
CIMG0655_R_201401242009401d8.jpg
すでに、ベルトコンベアーなどは解体されている
DSC08270_R_20140124200941426.jpg
その頃のヌコ
DSC08368_R_20140124201342b8c.jpg
2011年8月には、売却物件になっている
DSC07666_R_20140124201958ac8.jpg
2013年には金網が付いた
DSC07668_R_2014012420195903c.jpg
売却物件の札が無くなっている
DSC07673_R_201401242020018ba.jpg
裏口、庫内禁煙がかすれてる
DSC07674_R_20140124202002431.jpg
反対側
DSC03143_R_201401242025407a9.jpg
そして2014年1月現在(ヌコはどこにいるでしょうか?)
DSC03144_R_20140124202542469.jpg
開けっ放しの窓
DSC08373_R_2014012420134324b.jpg
2階のベルトコンベアーが付いていた部分、壁面に正の字が白墨で書いてある
DSC03145_R.jpg
名板
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ヌコはここにいる、ずっと動かない
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5分後、動いた!
DSC03148_R_20140124205218d9d.jpg
側面のモルタルがはがれ、煉瓦が露出している
DSC03151_R.jpg
この倉庫は外見と違い、煉瓦製なのだ
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倉庫脇には当時の鉄筋入りコンクリート柱が横たわっている
DSC03152_R_20140124205224021.jpg
コンクリート壁が崩壊していた
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危うくF号倉庫が傷物になる所だった
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見上げると、やばそうな物がぶら下がっている
DSC03156_R_20140124210108ccf.jpg
こちら側にはモルタルのはがれは無いようだ
DSC03158_R_20140124210110030.jpg
古びた木製の庇
DSC03159_R_20140124210112edc.jpg
もう、ヌコはいなくなっていた、と、思ったら名板の下で寝ていた
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仕方が無いので、海側を見に行く
DSC03162_R_20140124210613532.jpg
こんな所に小さな橋があった
DSC03164_R_20140124210614e26.jpg
軍港めぐりで、船から良く見る方向だろう
DSC03168_R_201401242106163ea.jpg
潜水艦は、日増しに白くなって行く
DSC03172_R_2014012421061713a.jpg
D号倉庫
DSC03173_R_2014012421571774c.jpg
当時のままの船着場
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C号倉庫
DSC03176_R_20140124215720cbd.jpg
B号倉庫
DSC03179_R_20140124215725244.jpg
海軍の消火栓のあった所に、コンテナハウスが!
DSC03177_R_20140124215723569.jpg
なんとか隙間に残っていた
DSC08405_R_20140124220349829.jpg
この手の止水栓は、この辺にはいっぱい残っている
DSC08406_R_2014012422035070a.jpg
微妙に種類が違う
DSC08407_R_201401242203538d4.jpg
DSC08408_R_201401242203542da.jpg
DSC08410_R_2014012422035657d.jpg
DSC08411_R_20140124220800ff2.jpg
後々にこの界隈は、海自施設に飲み込まれて、立ち入れなくなるとの話もある、見るなら今の内だ
DSC03180_R_20140124220802b8e.jpg
軍用引込線
DSC03181_R_201401242208047c0.jpg
引込線を辿りながらこの場を去る
この後
堀の内 機銃砲台
曲矢遠隔観測所、矢の津弾薬庫残存遺構の探索に向った
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横須賀海軍軍需部 行基地区付近ヒストリーその3

そろそろ、引っ張ってきた比与字を終わりにしようと思う、主だった物は紹介できたろう
最後に海自の油脂庫を作る為に破壊されてしまった、魚雷庫、火工倉庫、無煙火薬置き場、火薬庫等の
在りし日の写真を紹介し、油脂庫工事の成り行きを見て行く
破壊時の写真は榴弾砲氏にお借りする(自分は仕事で見れなかった)
DSC04273_R - コピー番号で説明して行く
火工工場全景_R数年前までは、これが当たり前の風景だった
DSC00810_R_20130820200056a0c.jpg1番の構造物、地図には載っているが、形状的には発電機室か?詳細不明
DSC07821_R_20130820200747d6a.jpg上物が無かったので、アッとゆう間に更地になり、壕口もむき出しになる
DSC00265_R_2013082019391418d.jpg2番の魚雷庫が左、3番の火工倉庫が右側
旧海軍工廠造兵部の火工工場_R魚雷庫全景
火工工場の電灯_R魚雷庫の電燈と扉
魚雷倉庫・火工倉庫 189_Rいつの間にか魚雷庫が4分の1になっている
魚雷倉庫・火工倉庫 074_R裏側から見る
魚雷倉庫・火工倉庫 048_R辛うじてこの時点では残っていた、電燈と扉
魚雷倉庫・火工倉庫 062_R無残に切られた鉄柱
魚雷倉庫・火工倉庫 071_Rこの滑車で魚雷を運んでいたのだろうか
魚雷倉庫・火工倉庫 096_R70余年の終焉を迎える魚雷庫
DSC04273_R - コピー3番の火工倉庫は、奥まった所にある
DSC00820_R_201308202053194f7.jpg火工倉庫は爆発の危険の為か、最も奥に土塁に囲まれていた
DSC00821_R_2013082020532285d.jpg殆んど無くなっているが、手前に土塁の跡が見える
DSC00822_R_20130820205324c87.jpg左側壁、鋼鉄の窓
DSC00823_R_201308202053262bd.jpg全面鉄扉で窓を蔽っている
DSC00832_R_20130820205329c7a.jpg乾燥を考えて、全て高床式になっている
魚雷倉庫・火工倉庫 097_R火工倉庫は鉄筋コンクリート製だった
魚雷倉庫・火工倉庫 121_R内部写真
魚雷倉庫・火工倉庫 102_R米軍占領時の落書き
魚雷倉庫・火工倉庫 142_R薄く開いた鉄窓、数10年ぶりに開いたのが最後の時とは・・・
魚雷倉庫・火工倉庫 162_R上の丸窓は海軍航空技術廠でも似た様な物を見かけた
魚雷倉庫・火工倉庫 161_R火工倉庫の隣に用途不明の設備があるが
DSC00829_R_20130820212647a08.jpg隣のコンクリートブロックといい、戦後施設と思われる
DSC04273_R - コピー4番の火薬庫、まともな写真が無い
DSC00831_R_20130820213917381.jpg左が4番の火薬庫
DSC00846_R_2013082021391421f.jpg全木製建築物にモルタル張り
魚雷倉庫・火工倉庫 168_R残骸のみ
魚雷倉庫・火工倉庫 130_R5番の無煙火薬置き場、左に4番の火薬庫があった
魚雷倉庫・火工倉庫 169_R最後まで残っていた無煙火薬置き場、手前のモルタルは火薬庫の残骸だろう
DSC04915_R.jpg破壊が終わった
DSC05327_R.jpg後は整地して、後の壕は残るだろうと思っていた
DSC09470_R_201308202201459b0.jpgしかしすぐに、新たな動きが始まった
DSC09472_R_2013082022014763e.jpg伐採だ、嫌な予感がするとゆうより、それしかない
DSC00150_R_20130820220948729.jpg擁壁工事が始まった
DSC00151_R_20130820220951d9d.jpgアッとゆう間に壕口が削り塞がれて行く
DSC00930_R_201308202209568c3.jpgスゴイスピードで工事は進む
DSC00933_R_201308202209581b0.jpg向かって右側も進む
DSC01157_R_201308202220430bf.jpg下の壕口は残っているが、上の抜き穴は塞がれた
DSC03002_R_20130820222045a79.jpg下の壕口も塞がれた
DSC04976_R_2013082022204744f.jpg下の方もブロックを組み始めた
DSC06810_R_20130820222049014.jpgこの頃になると、北側の炸薬弾丸庫跡地にも動きが始まる
DSC06904_R_20130820222825b5f.jpg擁壁工事が一段落したら、基礎工事が始まる
DSC06740_R_201308202228169f6.jpgかなり広範囲に作る
DSC08229_R_201308202228263c4.jpg壁が出来て、見にくくなる
DSC08230_R_20130820222828f2e.jpg北にも基礎と排水溝が出来る
DSC08734_R.jpg建物は倉庫なので、異様に早く出来ていく
DSC08738_R_20130820224324cda.jpg北側も立て始める
DSC00664 - コピー_Rこの頃に、道路工事が始まり旧軍水道管が掘り出されて放置されていた
DSC00665 - コピー_R煉瓦も一部出土した様だ
DSC00667 - コピー_R北側は骨格が出来る
DSC07750_R_20130820225049072.jpg平屋の油脂庫は簡単に完成した
DSC07751_R_201308202250511b0.jpg北側も大分進んだ
DSC07753_R_201308202250552e5.jpg警備犬小屋と緑の旧軍弾薬庫が見える
DSC09751_R.jpg山側にも監視カメラと柵が出来た
DSC09753_R_20130820225621039.jpg門柱が出来、完成間近か
DSC09754_R_20130820225623e6b.jpg北側も完成が近い
DSC00107_R_201308202300015f4.jpg施設完成
DSC02410_R.jpg北も完成
DSC03200_R.jpg表札が付き、車両の出入りがある
DSC03201_R_20130820230011c77.jpg横須賀造修補給所 比与字油脂庫地区
DSC03206_R_20130820230450d4c.jpg柵が出来て完成
DSC03283_R_20130820230452752.jpg立派な物が出来上がり
DSC03357_R.jpg防衛庁の杭を埋めて花壇造り
DSC03358_R_201308202304561a5.jpg全て完成
DSC04166_R_20130820230458a40.jpg北の脅威に対して必要な体制強化なのだろう、この地域一帯の海自施設の増強はハンパ無く行われている

横須賀海軍軍需部 行基地区付近ヒストリーその2

流石に訪問回数が尋常では無いので、自然と写真が沸いて出てくる
比与字とは長い付き合いで、自分が本格的に潜った大型壕として始めての物だった
よって、写真枚数も数千枚に登る、選別作業が結構時間が掛かる
DSC04270_R_201308192109280b6.jpg行基地区を軽く紹介する
DSC08140_R_201308192108347a7.jpg11号倉庫脇の道を引込線に沿って海に向かう
DSC00668_R_20130819210831bf7.jpg線路脇に奇妙な止水栓がある
DSC00670_R_20130819210833e6a.jpg何故か浮いている、線路にあるのに?
DSC08109_R_201308192117134e2.jpg現在相模運輸倉庫として使用されている
DSC08099_R_20130819211711c82.jpg引込み線が縦横に走っている
DSC08097_R_2013081921170906b.jpg国鉄管理時代のもの
DSC08413_R.jpg外観は補修しても
DSC08416_R_20130819211716dc5.jpg内部は当時のまま、補修しながら使用している
DSC08249_R_201308192122107e2.jpgこの地区の消火栓は3つ確認しているが、海軍マークはこれだけにある
DSC08251_R.jpg止水栓もいろんなタイプが沢山ある
DSC08254_R_20130819212213ea3.jpg消火栓はこれ一つ
DSC08269_R_201308192122190b2.jpg当時のまま、補修されながらも現役のダビット
DSC08270_R_20130819212221230.jpgぬこ、捕まってしまった10分ほど
DSC08139_R.jpg線路脇を市営桟橋に向かって行くと
DSC08136_R_20130819212829748.jpg転轍機がある
DSC08137_R_20130819212832971.jpgこれは硬いが、何とか稼動する
DSC08138_R_2013081921283316e.jpgもう一つ有った筈だが、動かないので写真が無い
DSC08115_R_20130819214205756.jpg奥にはアンカーの墓場がある
DSC08118_R_20130819214208530.jpg新旧色々ある
DSC08120_R_20130819214210091.jpg細身の物は戦中から使われているタイプだ
DSC04273_R - コピーでは、比与字トンネルに向かう
DSC03279_R_201308192239570c4.jpg鉄道は左より、荷降ろしは右側で行っていた様だ
DSC01018_R_201308192103555d6.jpgトンネル南側(山側)には積み下ろし用のプラットホームが有ったのか、4つとも高さが揃っている
DSC01019_R_20130819210356304.jpg一応全部違う壕口の閉鎖跡の写真
DSC01020_R_201308192103584b6.jpgトンネルが馬蹄型なので、下の方が10cmほどベンチ状になっている
DSC01021_R_20130819210359cb2.jpgトンネル内には歩道が無いので、歩くのは危険だ
比与宇トンネル内の軌道終端_Rトンネル内に有った引込線の看板、撤去されてしまった
DSC01022_R_20130819214622a85.jpg来たからには、また歩いて戻らなければならない、今はLED化されて倍くらい明るい
DSC04273_R - コピー山中には壁が書かれている
DSC07866_R_201308192159026d7.jpg海軍境界壁で民間の人が中を見れない様にしていたのだろう
海軍立ち入り禁止区域コンクリート壁_Rでなければ、境界柱のみで、事は足りるはず
DSC07821_R_20130819215328867.jpgこれは一番手前の、井戸のある所への壕口だ
DSC07822_R_20130819215330cd4.jpg道路から正面に素掘りの倉庫壕が4つ並ぶ
DSC07824_R_2013081922065778a.jpg左側の2つは、内部が部屋状に整形されている
DSC07825_R_20130819220659f5c.jpgうっすら扉の跡が付いている
DSC07826_R_20130819220701471.jpg右の2つは、狭く短い直線のみ
DSC07827_R_201308192207041aa.jpg掘削途中なのだろうか
DSC07829_R_201308192214358af.jpgその隣には壕口のみコンクリート巻きの壕が並ぶ
DSC07830_R_20130819221436b41.jpg形状は同じ
DSC07831_R_20130819221438a46.jpg内部は繋がって、大きな部屋となる
DSC07832_R_20130819221439ac6.jpg恐らくこれが工場の防空壕なのだろう
DSC07833_R_20130819221441a7d.jpgどっちみち、火薬庫の裏では助からないだろう
DSC07835_R_20130819222116c9b.jpg良く見ると、フック状の物が付いている
DSC07836_R.jpg壕口がコンクリートなのはここだけだ(トンネルは別にして)
DSC07828_R.jpgこれは角にある本坑への入り口
DSC07840_R_20130819222712c5b.jpg壕口UP、工事用に広げられている
DSC07837_R_201308192227089e0.jpgこのぐらいの開口部が幾つか並ぶ
DSC07839_R_20130819222710ce3.jpg一番右の火工工場への壕口(比与字地下壕ではない)
DSC05323_R_20130819223227e45.jpgここには3本の電柱が立っていた、3角形を成し通信用ケーブルを張っていたのか
DSC05324_R_201308192232285f7.jpgそれとも火薬庫なので避雷針か?
DSC05322_R.jpgその両方なのか?なぞのまま・・・
DSC05378_R_20130819223230121.jpg先端には細く伸びている部分もある
DSC09937_R_201308192245235dd.jpgしばらくして行って見たら、折られていた
DSC09975_R.jpg見事にポッキリと
DSC09931_R_201308192245213ce.jpg登ってみた
DSC09934_R_201308192245225af.jpg有った!端っこに
DSC09977_R.jpgボロボロに折れている
DSC09978_R.jpg良く見ると、通信線のワイヤーにも見える細いワイヤーがあちこちに絡まっている
DSC09980_R.jpg変わりに変な物が立っていた

横須賀海軍軍需部 行基地区付近ヒストリーその1

基本横須賀に行く時は、比与字(比與字)トンネルを回って行くので、数百回は軽く通っている
古地図を交えながら、5年ほど昔の写真を紹介する
DSC04270_R.jpg終戦時の地図となる
軍需部修理場跡_R相模運輸倉庫稼動時のF号倉庫(軍需部修理場)
CIMG0655_R.jpg現在すっかりかたずけられ、国有地売却物件となる
CIMG0658_R_20130818195457003.jpg細かくはこっちを参照
CIMG0659_R_20130818195459325.jpg同じく売却待ち
F号前起動敷_R軍用引込み線は休止線から廃線になったらしい、つまりいつでも破棄できる状態にある
運河と連絡橋_R引込線ガーター橋と奥の橋も当時の物
当時の鉄橋_Rこれを歩いて渡るのが好きだった
DSC07817_R_20130818201211e02.jpgいきなり始まった工事
DSC07818_R.jpg川を塞き止めての、工事を行う
DSC04160_R_20130818201426766.jpgきれいさっぱり、亡くなってしまった
DSC04161_R.jpg当時の蒼い塗料が僅かに残る
DSC04162_R.jpg奥の橋はまだまだ現役
火工工場全景_R正面には魚雷庫が見えていた
DSC04166_R.jpgほぼ同アングル、レールや転轍機をどけてカーブのRを軽くした、元の外縁は電柱辺り
DSC04165_R.jpg少し画面を引く、現在の鉄道平面交差点
十字交差点_Rこうゆう交差は珍しいそうだ、横須賀海軍工廠造兵部にもある
DSC04168_R.jpgレールはここで切られている、歩道として残りそうだ
DSC03544_R_20130818213523e77.jpg平面交差から海側に行く
DSC03538_R_20130818213521f4c.jpg旧軍の残存火薬庫
DSC03545_R_20130818213525210.jpg現代の火薬庫と当時の建物が共存している
DSC03548_R_20130818213527b81.jpg最強のガーディアン登場、10分ほど足止めされる
気動車5年以上前には黄色い電車が長く停まっていた
田浦駅方面_R数年前には居なくなった
DSC04167_R_20130818210149c76.jpgここには確かに電車が走っていたのだ
DSC07241_R_20130818210535f0f.jpg
DSC07242_R_20130818210536f52.jpg
DSC07243_R_20130818210538f69.jpg去年まではこんな物も残っていた
DSC06201_R_20130818213033cc8.jpg二度と鳴らない警報機、今は無い
DSC04169_R.jpg現在の11号倉庫
DSC07192_R_201308182105315f2.jpg旧海軍軍需部長浦倉庫 (相模運輸11号倉庫)
DSC07240_R_20130818210533bcc.jpgこれも売却物件になっている
CIMG1204_R.jpg最後のオリジナルレール
DSC06174_R_20130818214157480.jpgここから先は無くなった
DSC06175_R_20130818214158874.jpg掘り起こされた枕木
DSC06180_R.jpg無残に切られた70年以上前のレール
DSC00671_R_201308182150267e4.jpg当時はこのまま、トンネル内までレールは続いていた
CIMG1209_R.jpgここでスイッチバックして11号倉庫方向に曲がる
CIMG1208_R.jpgその為の転轍機、最後まで稼動状態を維持していた、最後まで・・・
P1350320_R.jpg何気にみんな好きだった
DSC00778_R_20130818215604f0e.jpg最後の思い出だ
SANY0137_R.jpg行基地区にはまだ2つ残っているがこれ程は状態は良くない
DSC06738_R.jpgレールの側には海軍止水栓の蓋もあった
CIMG1207_R.jpg開閉可能の状態の良い物だった
P1330149_R.jpgこの後掘り出され、廃棄された

比与字地下壕南側残留物、零式雷撃照準機三型計算板他

比与字地下壕南側の水没区には、零式雷撃照準機三型用計算板及び97式雷撃照準機用計算板が
発掘出切るポイントがあった。
材質はセルロイドの様だ、今でゆうプラスチックで、木製では無かったお陰で当時のまま現存している。
色々調べてみたが、照準機本体は現存は見かけるが、計算板の方はほぼ見かけない
CIMG0338_R.jpg壕口はほとんど埋っていた
CIMG0339_R.jpg乾季には水は引くが、普段は半水没状態だ
CIMG0340_R.jpg発見状態、格納箱だけが腐って無くなったのだろうか?
DSC05361_R.jpg発掘状態
DSC05362_R.jpg九一式とは勿論九一式航空魚雷の事だ、多分
P1060641_R.jpg幾つかの種類が存在する様だ
SCN_0002_R.jpgナショナルアーカイブの一部を引用する 「モデルアート誌」より許可済み
97式雷撃照準器_R97式雷撃照準機、この頃は板を使ってないようだ
零式 雷撃 照準器 二型_R拾い物画像だが三型ではなく、二型しか見当たらなかった
DSC04111_R_20130817210833130.jpg左用、対戦艦攻撃用、右端は敵艦との投射距離だろう、14Kとは14ノットで航行時
DSC04112_R.jpg対戦艦18K、ノットごとに表が変わる
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DSC04118_R_20130817212121bf3.jpgこれは右用、零式は左右どちらか1枚ずづ使用している様だ
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DSC04120_R_201308172121244b2.jpgアイオワ型には対応出来ないかも(33ノット)
DSC04121_R_201308172129399e1.jpg左用、対巡洋艦攻撃用、最低20ノットから始まる
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DSC04125_R_20130817212946db5.jpg最大34ノット
DSC04126_R_201308172133541ae.jpg右用
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DSC04130_R_20130817213400f45.jpg何故巡洋艦用は最後は4ノット刻みでは無いのだろうか?
DSC04059_R_20130817214300c18.jpgこのタイプは1枚で左右対応になる、表示が中央菱形内になる
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DSC04068_R_201308172143060e9.jpgどうやら26ノットが発見出来てない様だ
DSC04069_R.jpg対巡洋艦用
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DSC04073_R_201308172150337ed.jpgこっちは揃っている
DSC04092_R.jpg別のタイプがある、恐らくこっちが後期型だろう
DSC04076_R.jpg旧型比較用
DSC04093_R_20130817215654aa6.jpgまったく表示が変わっている、数字がグラフから円形内に移っている
DSC04078_R_20130817215652819.jpg比較用
DSC04095_R_20130817215656de9.jpg戦が主になって、空母含む主力艦なのだろう、ノットも幅がある
DSC04106_R.jpg対巡洋艦タイプ
DSC04108_R.jpgこの形式はあまり見つからない
DSC04105_R_201308172212444b9.jpg試作なのか、色、材質が違う
DSC04101_R_2013081722122646e.jpgこれは、より旧型に近く旧材質のままだ
DSC04102_R_20130817221238ea4.jpg良く見るとまだ相違点がある
DSC04103_R_20130817221240edc.jpg字体が違っている
DSC04104_R_2013081722124262e.jpg製作時期によるものか、生産メーカーが違うのか?様々なバリエーションがある様だ
DSC04132_R_2013081722200424e.jpg同じく壕内には良く精密機械油瓶が落ちている
DSC04251_R.jpg状態が良い物は紙が憑いている
DSC04252_R.jpg第一海軍燃料廠 研究部
DSC04261_R.jpg1、底には色々書いてある
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DSC04258_R.jpg点のみ、色も様々
DSC04260_R.jpg瓶の口もいびつだ、基本コルクで栓をしてある

計算板は資料が少なく、個人的見解が殆んどなので、鵜呑みにしない様に!