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高射砲第123連隊東山371高地 高射砲 砲台 その3

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砲台を一通り見たので、その他遺構を見に行く
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砲台側じゃ無い方に行く
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角の辺りに石柱が見える
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九十四号、上部には境界線が彫ってある
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明治三十三年建設(砲台は昭和十七年以降の建設なので、直接関係は無い)
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神戸市〇
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ここからの展望
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最初の山頂分岐に戻る、右が登って来た登山道、左の尾根道に進む
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少し歩くとやけに平らな尾根道に、コンクリート片が散らばる
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道をコンクリート舗装していたのか
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尾根が開ける
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ひな壇式にかなり広く平坦地が複数造られている
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煉瓦が足元に散らばる
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煉瓦とコンクリートの建築物だ
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道にはみ出している事から、元の位置では無いだろう
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屋根付近の位置の壁だったのだろう
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この付近には建物の基礎が残っている、砲台付近は狭いので、ここに兵舎を置いていたのだろう
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複数の建物があったと思われるが形がはっきりしない
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三段ほどひな壇があるが、その先は下って行くので引き返した
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下の方のひな壇は建物基礎らしいものは見つけられなかった
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引き返し途中で、斜面に煉瓦が見えた
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なんだろう、煉瓦の積み方もおかしい、平たい面を立てている
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薄くて強度は無さそうだ、雨水溜めだろうか
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下山する
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山の砲台は石垣が萌える、砲台に来たって感じがする
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下りは15分ほどで降りてしまう
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到着、必ず開けたら閉めようと書いてある
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忠魂碑は海軍と陸軍が離れて一つづつある
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新神戸駅からちょうど二時間の往復だった
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ついでに三宮駅の神戸空襲時の機銃掃射痕を見て行く
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歩道橋の右側の青い部分にある
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加納町第一架道橋(年号は塗装をし直した時の物)
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駅側からの貫通痕が複数広範囲にある
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12.7mmの機銃の前には、この程度の鉄板は紙同然に貫通している
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ここでの撮影は、意外と照れるものだ
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高射砲第123連隊東山371高地 高射砲 砲台 その2

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ここには88式野戦高射砲4門が据えられていた、砲座はほぼ横1列に隣り合わせに並んでいる
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砲座の全景を撮るのは難しい、即応弾薬置き場は基本的に3つづつあるが、位置はそれぞれ違う
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左側の二つ並んだ即応弾薬置き場
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右側は一つ
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第一砲座は例のコンクリートの壁の上にある
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即応弾薬置き場の間に、壊れた煉瓦遺構があるが、なんだろう
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即応弾薬置き場を横から見ると、上が一段高くなっている
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第一砲座の入り口方向
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第一砲座と第二砲座間の横墻
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一、二間、三、四間には小隊長位置が設けられている
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第二砲座入り口
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右側の石垣は、妙に角張って綺麗に残っている
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第二砲座の即応弾薬置き場は右側に二つ
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左側に一つだ
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第二第三間の横墻に登り、第二砲座を一周廻る
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第二砲座の入り口は、倒木が塞いでいる
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第二砲座、入り口方向を見る
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第二砲座越しに見る第三砲座、ここまで隣接していたら横墻の意味は無さそうだが、即応弾薬置き場を造りたかったのだろう
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第二砲座入り口から塁道に戻る
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第三砲座入り口
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右は第四砲座
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第三砲座の即応弾薬置き場は右に一つ
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中央に一つ
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左に一つだ
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即応弾薬置き場のモルタルが剥がれている、上の出っ張り部分は煉瓦を乗せて、土留めにしているようだ
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即応弾薬置き場を上から見る
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鳥居の土台のような物が乗っかっている
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第三砲座全景
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第三砲座の真下には、石垣を組んだ3X5m程のスペースがある
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第四砲座に向かう、塁道の右側に石垣があるのはここだけだ
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第三第四砲座の間にも、小隊長位置がある
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しかし第四砲座は大きく削り取られ、鉄塔が建っている
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唯一まともに残っている即応弾薬置き場
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鉄塔の足元から藪を回り込むと
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壊れた即応弾薬置き場があった
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鉄塔を立てる際、途中まで壊してしまったのだろう
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これはかなり見付け辛い
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そのまま進むと第三砲座下の石垣スペースに出る
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第二砲座は土留めが無く土砂が流れている
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おかげで塁道が斜面になっている
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第一砲座の土留コンクリート壁に戻り、砲座を一回りした

高射砲第123連隊東山371高地 高射砲 砲台 その1

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新神戸駅に降り立つ
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駅に向かって右の住宅街方向に進み、金比羅山 雷聲寺(雷声寺)を目指す
摩耶山登山コースの途中にある遺構なので、登山道がいろんな方向からアクセス出来るようになっている
新神戸駅から一番近い金比羅山 雷聲寺(雷声寺)コース、春日野第一緑地から登る最短コース、青谷道登山口が一般的だ
後の二つはバスか車で行くようになるので、新神戸から歩いて10分程の金比羅山 雷聲寺からのコースをチョイスする。
駅から金比羅山 雷聲寺までの間に、コインパーキングが幾つかあるので、それを使ってもいいだろう。
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金比羅山 雷聲寺の入り口には、登山道云々の案内は一切ない、結局階段を全部登る
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山門をくぐった所にあるこれが最後のおトイレだ
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階段を上まで上がるとやっと登山道のポストがある
ここから砲台迄、写真を撮りながら25分弱で砲台に到着している
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この右側の踏み跡から、動物除けのフェンスを開けて登って行く事になる
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たまげたのがこの階段だ、余計な整備をしてくれたおかげで、非常に登り難い。
ここから標石が登山道に沿って見かけられる
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二本対になっているのが幾つかある
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山下の表示は、上に上がると山上に変わる
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この標石は軍ではなく山表示の境界石
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あるいは軍が再利用したのかも知れない
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中には枝番のある物もある
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歪で無記名の物もある
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分岐はほぼ無く、看板表記もされている、願わくば距離も書いて欲しい
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大分高く迄登って来た
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小さな切り通し
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滑ると危なそうな所もある
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突如コンクリートが現れ、もう着いたかと思ったが
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ただの砂防壁だった
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ここまで600mしか来てないのか・・・
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途中から境界石は見られなくなる
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イノシシのヌタ場
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ちょっと道の判り難い所、階段があるからそれに沿えば大丈夫
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広い分岐点に到着、ここまでは基本的に一本道
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ここまで来たら、砲台は目の前だ
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登って来たのは右下の道、ここはあちこちから道が繋がっているので、帰り道は覚えておこう
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一応三叉路だ
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最初に見えるのがこの石垣だ
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コンクリートで固められ、排水溝も造ってある
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やっと出て来た砲台跡の表示
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石垣の上は平坦地になっている
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瓦の破片、兵舎でもあったか衛所だろう
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石垣の縁は少し高くなっている
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妙なコンクリート片
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砲台跡まで、もう少しだけ登る
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ピークまで来ると
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東山371高地 高射砲砲台に到着だ
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幾つか煉瓦が転がっている、付近に便所でもあったのだろうか
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予想外に大きなコンクリートだ
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三段階で積み上げたのだろう境目がある、これは防壁というより上の砲座が崩れない為の土留めとなるようだ
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水抜きの排水溝も多数ある
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振り返るとさっきの分岐ポールが見える
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コンクリート遺構を右側に回ると平坦地があり、煉瓦が転がっている
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すぐ前に砲座の入り口の石垣があるが、一旦置いておく
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兵舎とも見えるが、規模的に便所かも知れない。多分こっちが入り口部分
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壁の一部と思われるが、モルタルの塗り方も煉瓦の不均一さも急造っぽい
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砲座に向かう

鶉野(うずらの)飛行場(姫路海軍航空隊) その4

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加西市地域活性化拠点施設「soraかさい」
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カラーマンホール
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平和祈念の碑
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神風特別攻撃隊白鷺隊の碑
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転圧ローラー
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川西航空機の鶉野組み立て工場にあった格納庫を模して造られた建物(防災備蓄倉庫)
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入場は無料だ
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遺構群地図
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鶉野ミュージアムに入る
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目立つのが正面の紫電改レプリカ
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その上には97艦攻レプリカ
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紫電改の台座に、パーツの説明が一部ある
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単純だが、確実な方法だ
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はずみ車自体を今の人は知らないだろうな
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ドラム缶1本が200ℓだから2本分
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ピトー管
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アンテナ
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操縦室内配置図
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操縦室のカッティングモデル
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自転車にしか乗ったことが無い様な一般人が、これに数か月の訓練で乗って戦場に行けと言われても、レバー操作だけで精いっぱいで、カモにしかならないだろう。
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上から見る紫電改
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司令部庁舎付近のジオラマ
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九七艦攻についての細かい説明は一切無い
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こんな遅い機体に800kg爆弾なんて積んで、ピケットラインを越えられるはずが無いのに
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とりあえず満足した
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お土産を物色して帰る

鶉野(うずらの)飛行場(姫路海軍航空隊) その3

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姫路海軍航空隊隊門と衛兵詰所のレプリカ
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最近造られたレプリカで、形状も同じかどうか分からない
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近くにある個人邸の門の方がそれっぽい
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お墓の様なものが
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門柱の基礎部分だった
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衛兵詰所
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このトイレも面会所を模して作ってあるそうだ
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詰所の近くには、怪しい入り口が2つ並んでいる
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コンクリートの入り口
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内部もコンクリート
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防空壕(コンクリート)
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同じ斜面を道路沿いに下って行くと、素掘りの防空壕が並んでいる
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随分と土被りの無い防空壕だ
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コの字になっているが、大して深くは無い
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斜面の中腹にかなりの数が並んでいる
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中には潰れてしまっているものもある
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完全に何の柵も無いものもある
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コの字が4つ、壕口は8つ並んでいる。基地外とはいえ衛兵用はコンクリート、その他は素掘り防空壕とは・・・
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駅を見ても仕方ないので爆弾庫を見に行く
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舗装された道を登って行く
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爆弾庫はコンクリート製のようだ
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爆弾庫が見えて来た
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かなり分厚いコンクリートだ
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爆弾庫の横は、広い平坦地になっている
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説明板
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爆弾庫内
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扉があったのだろう、鴨居が設けられている
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反対側は土塁で囲まれているようだ
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戻ろうとした時、コンクリートの建物が目に入った
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その隣に明らかな戦跡がある
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寄ってみると周りに起伏がある
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何だこれは?
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どうやら入り口の様だ
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反対側にも同様の物が有る
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壊れているが、これも入り口だったのだろう
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これも恐らく入り口
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ここには通信科の通信施設、発電施設の防空壕が二つあったらしい。一つは完全に露出、一つはほぼ埋没
この場所には本部庁舎、兵舎などの建物が並んでいた