九重地区隊 15糎榴弾砲×2陣地

アナリスト戦跡調査の為、館山市にやって来た、冒頭の説明はアナリストの文面をそのまま使わせて頂く

東京湾兵団九重地区隊15榴4門配置のうちの2門であると推定。
洞窟式15榴の陣地としては一つの坑道内に2門配置の非常に珍しいケースであり、
現存する15榴の陣地としては、おそらく最高のものだと思われる。
尚、房総半島の防衛にある記述(兵士の回想録)によれば、これらを構築したのは野戦重砲兵第26連隊 
東部第73部隊と74部隊の混声チームと推定、記述には池田部隊という部隊名が登場するのだが、
第一砲室の壁面に彫り込まれた文字には、小原隊!? 澤田分隊 池田分隊・・・・さらに秋田分隊と読み取れる。
起工は昭和19年9月9日とあり、記述の作業期間とほぼ一致する。

アナリストは文献を紐解き、地図上で地形を読み、実際に自らの足で山狩りをするスペシャリスト集団である
ここに参加させて頂いている事を感謝いたします!
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明け方のアクアラインを千葉に向う
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館山道も問題ない、天気がちょっと心配?
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待ち合わせの30分前に憑いてしまったので、しばし寝る
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小型車でないと、入れない所なのでねこさんの車に乗り換える
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現地到着、この車でも離合不可能な道を登って来た
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大型の砲陣地は車道から近い所に造っているケースが多い、移送、補給がしやすい様にだ
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多少崩れているが、とにかくデカイ入り口、搬入された砲がいかにデカイかが伺える
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2mほど前に立ってもらったが、180cmを超えるねこさんの、倍位有る
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入り口部は砲撃の振動で崩れないように、しっかりと支保されていたようだ
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入り口付近には、両脇に小部屋が設けてある
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昭和の頃までは肥料置き場にでもされていたのだろう
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入り口を振り返ってみても、今は鬱蒼とした繁みに隠されている
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本坑からの枝道が多数見受けられる
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右側の部屋の半分を占めるベンチ上の部分に、大量の砂塵が蓄積する、生息室か?
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左側の部屋、一見して倉庫のようだ
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ツルハシの痕に混じって、鎹が打ってある
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右側に奥の深そうな通路が有るが、とりあえず行かずに真っ直ぐ進む
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大きな交差点の先に明かりが見える
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砲室が見えてきた
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砲側弾薬庫
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こちらは小さい
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15cm榴弾砲の砲室
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総軍さんが照らしてる壁には
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こんな堀込みが残っている、大変貴重だ!
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外から覗いて見る
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砲室全体、かなり広い空間だ
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壁に10x20ぐらいの堀込みが有る
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交差点に戻って来た
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東京電燈株式会社 (現在の東京電力株式会社の前身)のレア電球が堕ちていた(1928創業)
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さっき行かなかった方へ進む、下り傾斜だ
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10mほど進むと急に広くなる、生息室を兼ねているのか?
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10数mの広い空間の先は、再び狭まる
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振り向く、かなり綺麗に掘られているのが判る
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部屋を通過すると、また下っている
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そして水没している
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右方向を見ると、10mもしないで閉塞
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左へ進む、水没は長靴で十分対処できる
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右側に小さなT字型の部屋があった、即応弾薬庫?
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ランプを掛けるためか、釘が刺さっている
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外光が見える
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両脇に部屋と言うほどでは無いが、若干掘り込みが有る
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二つ目の15cm榴弾砲砲室
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表から見た砲室
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靖国にある96式15cm榴弾砲
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多くの坑道式砲陣地を見て来たが、やはり15cmはデカイ
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元来た方へ撤収する
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外部調査に入ると、壕口を発見した
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うねりながらの軍彫りの壕であったが
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どうやら交通壕のようだ
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民家裏に出てしまったので、引き返す
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山中を手分けして捜索する、山頂で機銃苑体壕を発見
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なた別の壕口
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綺麗に掘ってあるが、単独の小さな物だった
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山頂でもう一つ機銃苑体壕を見つける
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塹壕を辿る
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壕口発見!
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見えないが、激しく水没していて入れない
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付近の斜面を捜索する
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やっぱりあった、無線機でメンバーを呼び寄せる
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馬蹄形の陸軍掘りの壕
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爆風避けの空間
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左に曲がると水中に没していた、恐らくさっきの水没壕と繋がっているのだろう
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しかし階段が立派過ぎる、こっと階下を作ろうとしていたのだろう
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潜れないので撤収する
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付近には人為的に組まれた石垣もある、探せばまだ何か有るかも知れないが、ここまでとする

最後にねこさんお手製の壕内図を無断拝借する
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