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千葉 大井北側戦闘指揮所及び付属壕

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大房岬撤収後、大井の山中にやって来た
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まずは駐車場側下にある小規模壕
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交通壕は立派なのだが
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藪を漕ぎながら北側戦闘指揮所の入り口を探す
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あった、夏場は毎度壕口探しに苦慮する
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早速初見の人達に入ってもらう
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交差点部分が崩落しているが、
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乗り越えると何でもない
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最初の部屋を覗くとのさん
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右の分岐は無視して左に進む
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生息室は左右に結構ある
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湿度が増してきた、って事は閉塞が近い
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奥に行くほど通路が低くなる所がある
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ちょっとだけ水没している
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その先は土砂の流入で閉塞
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反対側も閉塞なのだが、こっちの通路は丸くなっている
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しかも小森さんいっぱい
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引き返す
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下り階段を降りて行く、下りはじめが滑って落ちそうだ
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下の方はしっかりとした階段
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ちょっと崩落している先に広い生息室があるが、入らなかった
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土砂がはみ出してきている通路
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見上げると、上に地上が見える(後で上から見る)
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水没している通路
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そこを抜けると、大き目の壕口に出る
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山頂に登ってみた
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さっき下から見た縦坑、5mはありそうだ
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三角点もある
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これが北側戦闘指揮所のコンクリート観測室
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更に奥地へ向かう
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変わった蓋の付いている貯水槽
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尾根を一つ越えると
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南側戦闘指揮所、観測壕到着
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南側のコンクリート観測所は2つある
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南側戦闘指揮所、唯一の壕口だが、かなりキツイ
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ライトの電池を使い切ってしまった自分は、南には入らず付属壕に向かう
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壕の場所を知るネコさんに、無線機で聞きながら独りで進む
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フェニックス畑に出てしまった、行き過ぎたようだ
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仕方なくネコさんが迎えに来てくれた、悪い事をしたな
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壕口に案内してもらった
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入り口から水没しているが数mだけ
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ライトが無いのでストロボを頼りに壕に入る
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振り向いた壕口、出て来れるかちょっと不安
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一つ目の部屋、10m位ある
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先が二股になる
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二つ目の部屋、かなり広い
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海軍並みに綺麗に作られていた
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振り向いた部屋の入り口
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大きな部屋が二つあるだけの倉庫壕の様だ
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辺りには壕口が埋まった様な場所が沢山ある
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じっくり他にも探してみたいが、あまり時間が無い
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メンバーの元に戻ると、ちょうど出てくる所だった
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何か手に持って出てくるマメピー
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ドロだらけで出てくるとのさん
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しばらく壕口前でカエル談義をする一部のメンバー
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さぁ、撤収しよう
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車に戻り、次の目標を協議する
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館山市見物の壁画壕

館山市の見物海岸から陸地に入った所にある、閑静な住宅街
その中の一角に、異様な地下壕がある、地下壕自体は立派な海軍壕なのだが、如何せん見た目が異様過ぎる
戦後の地下壕使用により、すごい事になっているのだ。

岩崎巴人(いわさきはじん)異色日本画家・禅林寺派僧侶。東京生。名は弥寿彦。川端画学校に学び、のち小林古径を師と仰ぎ今日一家を成す。平成22年(2010)歿、92才。(なんとつい近年まで存命だった!)
この方の(正確には弟子に指導して好きに書かせたらしい)作品が壕内一面に描かれているのだ
ちなみに住民の方がここに立ち入られるのを嫌うため、現在は柵で仕切られて入れなくなっているはず
自分等は、住民の方に直接交渉、許可を頂く事に成功した。

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ここから進入する
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一見して全く地下壕が有るようには思えない
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なにやら看板が有る、しし山に向かってみる
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これがしし山?切り立って滑り落ちそうな崖を登る
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裏側に回っても、何も無かった
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降りて来ると程なく壕口発見
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何かが見える壕口
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壕口は全部で3つ
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左端の一番小さな壕口から進入する
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なんだこれは?
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入ってきた壕口
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壕自体はちゃんと掘ってあるが、何故か立てないぐらい低い
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どこぞの暴走族の落書きではないらしい
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真ん中の壕口
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芸術家にはなりたくないと思った・・・
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離れた場所に、壕口発見
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妙に四角い壕内だ
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ランプ置きとその横に
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銃眼ではないか!
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外に出て掘ってみた、確かに銃眼だ!
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ちょっと変わった構造をしている
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奥の部屋、灯り置きが一つ
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微妙な堀込みがあちこちに
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出入り口は、扉があったのだろうか?
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木の陰にある壕口
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25穴のような狭さの通路
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しっかりとした造りの棚
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かなり綺麗に造りこんである部屋
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トラ箱の突っ込まれた部屋
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石と貝殻を含んだ地層
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さらに廃屋の裏にも
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こっちは墳墓かな?
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墳墓改かも知れない
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これらが何の施設だったかは、全く分からない。

洲崎海軍航空隊 防空壕群

洲崎海軍航空隊はいわゆる養成所である、その為に多くの訓練兵がいた
基本的に直接戦闘要員ではないので、空襲時には退避しなければならない
その人員を収容する為の、巨大な防空壕施設が必要となった。
縦の通路が5本、それを繋ぐ横の通路が2本の升目状の防空壕が掘られた。

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この防空壕は、現在宅地に面しているので、基本的に封鎖されている
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壕口付近は水が溜まっている所が多い
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奥行きはあまり無い、30m程か?
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二つ目の壕口
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排水溝もあり、通路もしっかりしている
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大きな掘り込みがある
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三本目、水没
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崩落ではなく、埋め戻しがされているヶ所がある
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ガレを乗り越える
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 縦通路の排水溝の切り方
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横方向の排水溝、排水の流れを考えてある
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最終ブロックの壕口は、貯水槽に利用されている
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戦後宅地造成の残土を突っ込んだのだろう
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それが無ければ基本的にいい状態だ
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奥の横通路は広め
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カスガイが落ちている、残留物の全く無い壕だ
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4本目の壕口
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近代コンクリートの何かが有る
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井戸だ、戦後再利用していたのだろう、近くに畑もある
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ただの防空壕にしておくには、勿体無い広さと完成度だ
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ここで初めて木材を観た
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公的調査の時の3番通路のマーキング
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しかし、海軍の壕は立派だな
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縦の通路は狭く造って、強度を保っている(縦が潰れると奥から出れなくなる)
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4番マーキング、こんな分かりやすい壕にマーキング必要か?
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上の128高地司令部壕は崩れまくっているのに、この壕は全くの無傷だ
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5番最終地点
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なにやら柱が建っている
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支保にしては細いし
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しかし、綺麗だが何も無い升目状の壕はちょっと飽きる
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贅沢なんだけどね
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昭和18年6月に開隊した航空隊施設としては、かなり条件がいい
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何故か天井の一部がコンクリート?
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さて、脱出しよう
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外部電源がある、内部の井戸は未だに使用中か?

本土決戦抵抗拠点128高地

1944(昭和19)年7月20日に「本土沿岸築城実施要綱」が発令されると、館山湾からの敵上陸を阻止することを目的に、沿岸の中でおもな抵抗拠点には骨幹的な陣地や塹壕を建設したり、戦略的な拠点には、砲台の建設をした。

そのなかで抵抗拠点のひとつとして建設された施設が、想定された本土決戦の作戦命令では「一二八高地」と記載されている場所にある地下壕である。現在、館山市大賀の小高い山の中腹にある地下壕の内部には、コンクリート製の額に「戦闘指揮所」「作戦室」の文字が浮き彫りにされている。

額の中には「昭和19年12月竣工」「中島分隊」と記載され、地下壕建設にあたり「洲ノ空」の中島分隊が関わっていることや、本土決戦の作戦命令が出た1944年12月に完成したことがわかる。また、「作戦室」地下壕の隣りにある小部屋の天井には、約3メートル四方に渡ってコンクリートで制作された力強い姿の龍のレリーフがある。本土決戦を前に、部屋の天井に表現された飛龍のレリーフは、どんな意図をもって製作されたかはなぞである。(あわがいどより)

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戦闘指揮所のコンクリート製額、入って最初の部屋にある
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起伏に富んだコンクリート製の壕内、この額には何が有ったのだろうか?
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二つ目の部屋にある、作戦室の額
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ちょうどいい人物比(とのさん)、結構高い
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有名な龍のレリーフ、彫ったと言うよりコンクリートの造形
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ヒゲは針金を刺してある
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けっこう大きく彫ってある
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行ったらいろんな角度で撮って見たくなる
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二階への(三階?)階段がある
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階段はあっという間に消え、崩れてきたガレだらけになる崩れるので結構危ない
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途中の左側に部屋がある、ここから段差のある階段だが、ガレで登りにくい
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かなりキツメのガレを登った左側
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右手には開口部があるが出られない
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左に進む
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意外に綺麗な通路がある
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開口部に出た、切り通しにした意味はなんだろう?
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さて、戻ろう
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この階段は、降りる方がこわい
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階段を埋めつくすガレ、下手に踏んだら下まで転落する
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この辺は、かがまないと通れないほどガレが多い
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作戦室に戻ってきた
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最深部からの壕口部分
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1階の奥にはまだかなりの通路が有るのだが、何故か写真が消失している
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またいずれ、有志を募って再訪したいな

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近くの建設中住宅の裏にある壕口
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奥がありそうなのだが、この時はウエイダーが無かった、もう家が建って入れないだろうな?



128高地司令部壕1階



128高地司令部壕2階

洲崎海軍航空隊 洲ノ崎海軍航空隊射撃場

館山海軍航空隊に隣接して、洲ノ埼海軍航空隊といわれる施設があった。
横須賀海軍航空隊から独立して開隊した全国でただひとつの兵器整備練習航空隊で、操縦以外の航空機にかかわる専門技術を学ぶ養成機関であった。
よって、唯一無二の滑走路一本も持たない航空隊なのだ。
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洲ノ崎海軍航空隊射撃場 照準壕が5つ並んでいる
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山を掘り込んで、戦闘機の機銃の弾道調整を行ったそうだ
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誘導路からこの穴に向けて、7.7mm、20mmの機銃弾を打ち込む
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赤枠が館山航空隊の滑走路で緑が誘導路、マーキングが射撃場
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壕内はコンクリート(素掘りもあり)外壁に土の射だ(弾を打ち込む部分)
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射点方向は、雑木林になってしまった
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横には石垣が組まれている
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基本的にこんな形
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コンクリートを吹き付けただけの壕
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良く探すと、コンクリートにめり込んだ弾を見つけられる
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壁面には、跳弾の跡がいっぱい
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藪を掻き分け、傍らの地下壕を探す
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狭い壕口発見、これはマニアの人なら知っている壕だ
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狭いのは入り口だけ
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中はこの様に、立派な物だ
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うっすらと排水溝も切ってある
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射撃場の側面に在るので、弾薬庫兼防空壕の様な物だろう
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複数の岐路を持つ通路
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ほとんどは単独の倉庫壕
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湾曲した通路を進むと
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閉塞の出口
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また、別の岐路を行くと
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開口部があった、しかし出た先は湿地になっていて、引き返した
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これは、また別の壕口、これを知る者は同行者の他にいない
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内部はコンクリート
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小型の機体なら入れそうなサイズ
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若干の埋め戻しの跡がある
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奥に通路がある
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長方形の通路
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壁に穴が空いている
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もう一つ同じ様な壕が存在するが、素掘りだ
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こっちは開口部側なのだが
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完全埋没だ
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すごくまっ平らな壕床
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潜ってきた連絡通路から戻る
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最初の格納壕、完成度は高いって言うか、使っていたはずだ
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肉厚15cmぐらい
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しかし何処にも鉄筋が見えない
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いつ崩れても、不思議は無さそうだ
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やばそうなので、撤収する