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舞鶴 吉坂堡塁砲台(付属堡塁)再訪 その2

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第二砲座に移動する、この砲座の方が若干荒れている
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横墻に即応弾薬置き場が作られていないので、弾薬庫サイドに増設してあるのだろう
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何故か胸墻にしか即応弾薬置き場を設けていない
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丘の傾斜を削っただけと言う、実に簡易な砲座
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砲座前盾を上から見る
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人が入ると砲座の小ささが判る
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砲座の隣には建物の基礎がある、兵舎だろう
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ボルトが残り、木造建築物が有ったのだろう事を窺わせる
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玄関部分だろうか?
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角の部分以外の石垣は、かなり崩れてしまっていた
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排水溝と土管の一部
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兵舎脇から軍道が下って行く
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排水溝も切られ、しっかりした道だ
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かなりの部分は土砂で埋まってしまっている
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公的調査をした部分だけが掘り起こされている
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カーブ辺りは妙に広くなっている、埋まってしまっていたが何か調査した跡がある
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排水溝の接合部が掘り出されている、公的図面にはかなり詳しい位置情報が載っているのだろう
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ぐるっと回って左上側が砲座になる
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軍道を外れ、尾根道を行ってみる
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途中、道は消えかかるが乗り越える
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穴がある
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ほとんど埋まっていて入れなかった
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元道に戻ると、空母氏がどっから出て来た?みたいな顔でこっちを見ている
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排水溝の遺構を見ていたようだ
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外周路をぐるっと周って来た
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元の井戸の所に戻ってきた
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木の育成によると思われる崩壊部分
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全く鉄筋の入っていないコンクリート壁、割れるわなこれは
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良く見ると階段がある
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回り階段のようだ
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みんな一回りして集まりだした
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総軍さんがまだ見ているので、も少し周りを見る
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かまど、羽釜を乗せるような形になっている
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ここの煉瓦も線一本の刻印
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このスロープに沿った施設の高さも面白いもんだ
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門柱の脇には針金が生えている、境界柵に直接伸ばしていたのだろうか?
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門から少し離れた排水施設
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さて、下山を始める
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名残惜しそうに物色している男はおいて行く
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帰りはちゃんと、正規ルートから降りる
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付属堡塁のすぐそばに鉄塔が立っているので、これを目指してくれば大概到着できる
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いくつか分岐が有るので確認しながら降りて行く(入山ルートと違うコースに向かう)
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これを下れば目的地だ
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これで探索らしい探索は終了する
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杉森神社に降りてきた
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ここには移設されて来た標柱が二本有る
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1本は日清日露時代の凱旋記念
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もう一本はSMIZ舞鶴要塞第一地帯票
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名残惜しそうにしている男を置き去りにして撤収する
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ここで奈良から参戦のO氏と別れ、関東勢も帰路に着く
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しかし、途中の原発マネーで建てた公民館にある物を空母氏が見つける
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なんとタイムリーな!しかし公民館なのに閉まっていた
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ガラス越しに覗き込んだ
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あの机に置いてある資料が欲しい!裏には付属堡塁の図面もあるかも知れない。しかしどっしょもない
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みな何とかして写真に収めようと努力するが、諦めて撤収する
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空母氏は静岡へ向けて爆走して行く、この後生きている彼を見た者は誰も居ない、いやマジで!
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舞鶴 吉坂堡塁砲台(付属堡塁)再訪 その1

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本堡塁砲台からの下山コースに付属堡塁はある
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昔の軍道の残る部分は、当時の石垣が残っている
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陸界29の標石が軍道沿いにある
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続いて陸界28の標石
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少し脇に外れたコース(元の軍道)に陸界27の標石があった
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自分はここから単独で直上コースをたどる
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途中で当時の化粧瓶を見つける、遺構は近いようだ
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唐突に着いてしまった、5分ほど登っただけだった
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メンバーが登って来るまで10分ほど周りを見ながらスマホで遊んで待つ
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付属堡塁の門柱
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メンバー達が正規ルートで登って来たので砲台内部に侵攻する
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門を入ると、そこは炊事場になっていた
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苔むした煉瓦のカマド
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その背面にある変った施設(坂に沿って大きさが変るのが面白い)
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一見、弾薬庫や掩蔽部に見える
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スロープに入ると、排水溝?
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手前の小さい部分はろ過水槽になっていた
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三層式になっている
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一番手前はかなり深い、落ちたら登れない事確実
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中央の水槽は、砂利で濾すのだろう
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奥の砂利は、若干小さめなのが下に敷かれているように見える
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隣の部屋は、井戸になっていた。左側に蓋が外されている
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二分割になっていて。穴の部分にポンプが差し込んであったようだ
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飲みたくは無いが、水はまだある
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最奥の部屋
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煉瓦造りの掩蔽部
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入り口意外の破損も無く、綺麗な状態だ
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壁面に残るフック
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天井の吊り下げフック
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通気孔
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入り口上部にも通気孔
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掩蔽部の扉は、総じて金属扉だったのだろうか?全ての小窓、扉が兆番と鍵部分まで破壊して持ち出されている
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当時は転落防止の柵があったのだろう、全て支柱ごと抜き出されている
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すぐ隣にある砲座
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地面の溝は排水溝ではなく、近代調査による元の地表面を掘り起こしたもの
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即応弾薬置き場
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砲座の胸墻
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横墻の上に登ってみる
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先の掩蔽部の通気孔
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砲座間にある横墻だが、初めて見る形だ
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こんな部分に即応弾薬置き場を造るとは?
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更に階段を下がった所にもう一つ
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一番深い所にメインの入り口がある
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弾薬庫(砲具庫とも言われる)
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電気配線の穴だろう
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覗き窓の上に繋がる
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内部は丸い
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右側も同じ様に即応弾薬置き場が並ぶ

舞鶴 吉坂堡塁砲台(本堡塁)再訪 その2

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砲座から降りていく
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配置図
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砲座間の砲側弾薬庫
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落ち葉が溜まって、ぬかるんでいる
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太陽が当たるところだけ苔が映えている
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奥は真っ白
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砲座間の横墻の地下に弾薬庫はある
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中央の砲座
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階段を登った所になぜか深い排水溝
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即応弾薬置き場の蓋の止め具がちゃんと残っている
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砲座を降りて、次の弾薬庫へ
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次の砲座間の弾薬庫
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中は同じなので省略
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次の砲座に向かう
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こんな危ない位置に排水溝がある
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2門ある内の左側のカノン砲座
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砲を撤去する時に割られてしまっている
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右側の砲座、カノン砲座としては珍しく、前壁の窪みが円形ではない
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腰の高さぐらいの深さだった
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胸墻の形が独創的で面白い
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参考に隣の砲座の胸墻、これが普通だ
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ん、外れた所に何か有る
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地下通路?
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軍道を辿ると遺構が見えてきた
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円形観測所
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珍しくポケットも何も無いツルッとした内側
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意外と大きい
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とのさんの秘密道具で記念撮影
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いま居るのは右上の辺り
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一番端にある機関銃砲座
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三つのコブが判るだろうか?
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これが銃座間の横墻となり、被害を軽減する
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横墻間のこの部分から射撃する
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コブは人の高さぐらいだろう
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銃座から軍道が伸びている、右の上が砲座となる
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一番端っこまで歩いてきた
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上に上がると両津眉毛の胸墻の左側砲座
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各砲座の上を歩いて戻る
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メンバーが誰もいない
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観測所でお疲れ休みしていた
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入り口方面に戻る、4連弾薬庫
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一応この手の物は砲具庫とされている
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門の外の平場の排水溝
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ビンマニア達が収集を始めた
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よくも集めて来る物だ
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自分はこっちを探す、陸界だろうが読めない
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機銃掩体がある、堡塁入り口の防衛用だろう
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かなり歪な標柱がある
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陸界3字体が面白い
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碍子も落ちている
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謎のコンクリート
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桜の湯のみ
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薬ビンが多数落ちている
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いろんな形があるもんだ、微妙に違う
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戻ると増えていた
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他にも機銃掩体はいくつか外縁に沿って掘られている
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おのおの最後の撮影をする
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付属堡塁 に向けて出発する


堡塁は、銃座、砲座、指揮所、観測所、兵舎や弾薬庫となる掩蔽棲息部、交通路、等からなる(これらが必ずしも全て備えられている訳ではない)。

堡塁同士は互いに組み合わされて防衛線となっており、侵攻を阻んだ。一般には都市などの外周に作られ、堡塁が抜かれない限り内部に砲弾が落ちないように築かれた。

15世紀以降、大砲による攻城側の攻撃力の上昇に伴い、城壁は無力化し、従来の砦や城では大砲に対抗できなくなった。
そこで土を盛った防衛陣地を都市の外縁に配置した。砲撃の衝撃を軟らかい土で吸収しようという設計である。
また斜面を設け、攻城側の砲撃に対しては城内部が死角となり、一方で守城側からの砲撃・銃撃は死角が無いように設計された。
また、陣地がお互いの射程を補完することにより死角をなくし、更に多数の兵士による小銃による十字砲火を浴びせられるように設計された。こうした防御陣地が、堡塁の発祥である。
大日本帝国陸軍では、要塞を建設する際、対艦射撃用の海岸砲台を「砲台」、海岸砲台の背面を守る陸戦砲台を「保塁」として区別し、これらを複数組み合わせて、要塞を形成した。

堡塁は大砲の発展と共に姿を現し、航空機の登場と共に姿を消していった。
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より抜粋

舞鶴 吉坂堡塁砲台(本堡塁)再訪 その1

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吉坂堡塁砲台(本堡塁)への車道を歩いて登る
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軽の4駆や軽トラなら車で登れる(分岐路は幾つかあるが標識は無い)
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砲台入り口に到着
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入り口付近には、建物の基礎が数多く残る
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発掘された、本来の深さの部分
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友ヶ島と良く似た井戸の形状
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奥には炊事場のような跡がある
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文字の入った耐火煉瓦
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高圧碍子も落ちている
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兵舎の方に移動する、大型兵舎が2棟並んでいた
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調査の為、掘り起こされた部分
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奥の棟と囲まれた土塁
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手前の棟と土塁
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中央にある土塁に上がる為の階段
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奥の一角に、1段下がった場所がある
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階段が気に入った空母氏
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ここにはおトイレがあった
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何か書いて有るような、ただのキズのような煉瓦
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トイレの排水溝
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近くに落ちていた瓦屋根
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瓦にも刻印があるようだ
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土塁から下の兵舎跡を見下ろす
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井戸を狙う空母氏
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門を狙う総軍さん
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門は外側から撮った方が絵になる
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コンクリートの床に根が張れず、傾いてしまった樹木
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70数年の自然の侵食
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窓の無い弾薬庫
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奥が丸みを帯びている
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通風孔の形も違う
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空母氏が上を見上げている
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おお!番号が振ってある。他には見当たらなかった
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兵舎跡
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奥には井戸がある
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飛び石の付いた立派なものだ
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ろ過水槽がある
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その向かいにある、4連の掩蔽部
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妙に広いスロープ
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右側の一つだけが、地形的に短い
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少しずれて全ての部屋が繋がっている
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長さ意外はみんな同じ構造だ
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突き抜けた通路
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外には排水溝がしっかり残っている
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4つとも写すのは意外に難しい
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これは三角点ではなく、砲陣地の座標を示す物らしい。横須賀の走水低砲台にもある。
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砲側弾薬庫
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緩やかなカーブがすばらしい
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入り口には銃眼が覗いている
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内側から見たところ
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弾薬庫の奥は、まんまるだ
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スロープを上がり、砲座に向かう
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カノン砲の砲座、一座に二門据えられていた
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この窪みの前に砲は据えられる

舞鶴 第三火薬廠(二回目)

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時間が押して来たので、山は諦めて第三火薬廠にやってきた
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御希望によりロシア病院を見ていく
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二度目なので、適当に切り上げる
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場所を移動する
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映画で有名になった弾薬庫に移動した
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日本の一番長い日のロケ地
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この入り口は映画の為に作られたセットである
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とって付けたようなベタな取っ手
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前室があり、内部にかまぼこ型の独立した弾薬庫が納まっている
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弾薬庫内部(一番奥に空母氏が居る)
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天井の電灯
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天井の通気孔
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手榴弾
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奥壁の通気及び点検口
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こんな感じに並んでいる
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戦後の調査と思われる壁面を壊して、鉄骨を露出させた部分
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横に開いてる通気孔
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外殻と内殻の隙間に入ってみる
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途中に登り梯子がある
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上部の隙間は1.5mほどか
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ドーム状の上に、木製の梯子が架かっていた様だが、腐ってこれ以上は進めない
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登って見たかったが、滑って落ちたらシャレにならん
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誰も登って来なかったので降りる
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あとは直角に曲がって一周するだけで面白みは無い
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反対側にも梯子はあった
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誰だこんな所で花火したのは?
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脱出する
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防火水槽
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爆発時の被害減少の為の土塁、通路トンネルで隣のブロックと接続
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建物の僅かな基礎を除いて、自然に帰りつつある
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倒れた海軍マークの消火栓
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この辺もいずれ再開発に消えそうだ
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火薬庫に到着した時には、すでに日が傾いていた
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うっすらと壁に迷彩色が残る
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米軍のステンシル
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思い思いに撮影していく
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なんかいる?
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別のトンネルに向かう
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コノ字形の広場で土塁に囲まれている
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広場には相当大きい建物が建っていた基礎が残っている
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機械台座も見受けられる
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もう一方の出入り口は切り通しになっている
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土塁の土止めのコンクリート
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最後に前回見た遂道式火薬庫
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こちら側は内側から鎖で施錠されている
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なので山の反対側に行ってみた
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鎖が着いていて、施錠されている様だがとのさんがちょいと
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おお!すごい綺麗だ。
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まだまだ普通に使えそうなレベルだった