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舞鶴 第三火薬廠 その4

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この辺に溶酸破砕場が有るはずだが
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瓦が散らばる場所がある、これがその跡なのだろうか?
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枝道に入って行くと
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爆薬庫411があった
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米軍管理番号411
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手前に何か見えるが後回し
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見た感じ、爆薬庫392と同じ構造の様だ
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うっすらと迷彩塗装も見て取れる
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鉄扉の状態はいい
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ここはかなり保存状態がいいようだ
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天井に格子や壁の板張りがほとんど残っている
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若干浸水しているが、さっきよりマシだ
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ほぼ内部全景
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外壁に着いているこの木材は何だろう?
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傘の着いた電灯が残っている
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下手に入り込むと、足が抜けなくなるから注意が必要だ
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道はまだ奥に続いているのだが、建物として爆薬庫が谷の最深部なのがここのセオリーの様なので引き返す
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橋の衛所まで戻ってきた
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Y字分岐の左に行って来たので、今度は右に行く
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左手に水槽が現れた
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緑に覆われ、全貌が良く分からないが、結構大きい
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竹に覆われて分かり難いが、広範囲に基礎がある
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これはトイレっぽい?
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資料的には風呂場らしい
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くぼ地の中に、配管らしき物が見える
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一部道路が崩れている所もある
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また水槽だ、資料には無い
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まさかこっちが風呂か?違うと思うが
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またアーチトンネルが見えてきた
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気にしてなかったが、画像で見るとトンネルがネジれて見える
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位置的には火薬乾燥場
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何となく奥に基礎が見えるが、ぬかるんで近寄れない
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何やら穴がある
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何だろう?釜だったとか?
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また小さめなトンネルが現れた
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トンネル内が川となっているので歩きにくい
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元はトンネル脇に水道があったようだ
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川に沿って進んでみる
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これ以上は資料にも建物は無いし、引き返す事にする
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一つ目のトンネルをくぐり
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二つ目をくぐる
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本来川の水は、この土管を通過するはずだが、埋まってしまっている
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そんな物を見ていたら、これは!
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川に下りてみると、すごい形で生えている消火栓を発見
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キャンプ場に有ったやつと同じ様だ
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路肩が崩れ、90度横倒しになっているのだろう
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あれは
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地下壕じゃないですか!
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すぐ、崩れて終わりかと思ったら
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どっこい繋がっていた
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これ以上は駄目そうだ、粘土質の崩れやすい壕だった
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ここで予定時間を使い切ったので撤収する。(第三火薬廠の半分ぐらいかな)

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東舞鶴駅に戻る前に、ちょっと寄り道をした
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通常向け見学コース、引揚記念館
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引揚の港はもう遺構は無いようだ
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復元桟橋があると言うので、一応行ってみた
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鎮魂を祈りつつ、撤収する
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東舞鶴駅に着くと、タイムリーにこんな物が有った
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舞鶴 第三火薬廠 その3

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竹やぶのアーチと海軍トンネルのアーチ
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このアーチも第三火薬廠の名物だ
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トンネルの反対側、名盤は無い
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爆薬庫392
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手前に建物の基礎と、小川がある。こんな湿気のある所でいいのだろうか?
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入り口前を流れる小川
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鉄の扉もそのまま朽ちずに残っている
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ブレーカーボックス?火花が出ない様に、屋外設置か?
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リベット感の素敵な扉
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内部は深く浸水している
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壁一面には木材が貼り付けてあったのだろう
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当時の(朝鮮戦争)?電灯がぶら下っている
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なんか綺麗だな
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爆薬庫には、迷彩塗装が施されている
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山側は腐食が少ない
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壁板の一部が残っている
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一つだけ、土砂で埋まっている扉がある
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リベットがいい
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迷彩効果が結構効いている
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この奥は道が消えてしまっていた
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戻ろうとした時
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なんか嫌な物見た気がする
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この後、少し山に入ってみたが
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さすがに施設がら何も見つからなかった


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違う谷に移動した
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橋を渡り、川の対岸に回りこむ
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衛所と思われる煉瓦構造物がある
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モルタル塗りで、天井(庇)の角度が曲がっている
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覗き窓は川沿いの通路方向に向いている
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通路には、土塁に囲まれた入り口がある
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良くみれば、立派な石垣になっていた
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かなり広い広場だが、湿地になってしまっている
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かなり大きな建物の基礎が見える
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大量のおたまじゃくしも見える
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衛所の前を戻り、道に戻った
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道沿いにもあちこちに基礎が有るが形は判らない
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ボルトの入った、しっかりした建物だったのだろうが、記録に無い
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気が着かない建物跡は、きっとまだ有るのだろう
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道の反対側、右手にはプールがある
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これは奥行き
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横方向に道に沿って伸びる貯水槽だ
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プールの直前まで山から小川が流れる、プールに直結していたのか、鉄のパイプが上流まで続いている
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もっとも、現在はこんな有様だ。私見だが、消火栓の導水パイプかも知れない(後記あり)
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更に奥に進んで行く

舞鶴 第三火薬廠 その2

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土塁に囲まれた「409」
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この番号は、米軍の管理番号。日本の管理番号は財665だ
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内部は水没しているが、状態はいい
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板を張って、コンクリートを固めた痕跡が見える
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いったい何の施設だったのだろう
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土塁の上から見て見る。空から見てもぜんぜん判らない様に偽装されている
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別の谷に入ってみる
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あった
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財664、続きナンバーだ
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内部は同じ
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米軍の番号は読み取れなかった
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ロシア病院の隣にある建物に移動する。これが5月の茂り方だ、左半分が建物。
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基本的にはロシア病院に酷似した建物だ、同じく砲炸薬成形工場
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外部から回り込む
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溝の掘られた部屋
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あとは小さな部屋が並ぶ
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ほとんどに煉瓦の台座がある
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奇妙な独立した建物があった
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中外共に鉄パイプで囲まれ、内部は水没、天井は30cmほどの穴が開放している
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気を抜くと、そこら中にあるくぼ地に水が溜まっている
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ここも裏表で2棟並んでいる
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煉瓦2組、壁の穴2つの部屋が並ぶ
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この辺はキャンプ場の建物に酷似している
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やはり別棟がある
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小さな用具庫?のもの背面
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表にはこんな部屋が並ぶ
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どんな作業をしていたんだろう
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ここでいやな物を見た
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意外に新しい靴が揃えてある、とりあえず上には誰もぶら下っていなかった
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ここだけは扉が付いていた、事務所のような物か?
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基本的には同じ建物だが、こっちの方が荒廃が激しかった

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切り通しの中に、人工物が見える
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石垣が組んである
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米軍管理番号394粉末一時置き場
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日本管理番号財661
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中は前の2つより広めだった
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ここに有るのは朽ち果てたスクーターが一台だけ
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表に出ると、コンクリートの建物基礎がある
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五月の頭でこれだから、7.8月なんかは全く見えないだろう
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手前の地面はコンクリートで固めてある
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建物裏山に、軽トラ道があるが、現代の林業用なのかは不明

舞鶴 第三火薬廠 その1(ロシア病院)

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貧乏人の朝は、キャンプ場で始まる
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キャンプ場A・B棟は第三火薬廠の遺構である
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火薬成型工場、表側は完全に原型を留めていないが、裏側は壊れているが当時の物だ
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庇部分が破壊されている
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二階は無く通風の為の窓だったようだ
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内部は四角い独立した部屋が並んでいる
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カブ1m程は、防湿用のコールタールが塗ってある
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火薬を吸い込まない為に、換気が必要だった
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耐震問題で、庇を撤去したのだろうか?元の画像が何処にも見つからない
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2棟の間ぐらいの山側に
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消火栓がある
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確かに海軍のものだ
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裏手の藪地に向かった水路の様な物がいくつか見受けられる
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一つの建物に見えるが
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間に空間が有り、完全に別棟である(要するに4棟残っている事になる)
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表側と裏側の一部は、半コテージ風になっていて遺構らしさは無い
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当時の土塁と思われるが資料が無い
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舞鶴工業高等 専門学校の裏手にある隧道式火薬庫
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完全に封鎖されていて、出口は農協敷地になるので見ていない
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電気配線の跡
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内側から鎖で閉じられていて、ビクともしなかった
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金庫の様なダイヤル錠だったのが驚いた(米軍摂取時かも知れないが)
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公園から高専前の道に繋がる橋は、無くなっていた
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川沿いに歩き、この辺から入れば遺構があると思うのだが
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ここの橋も落とされている
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生きている橋を渡って第三火薬廠 砲炸薬成形工場 煩谷(ほこだに)22工場(別名ロシア病院)
戦後、廃墟となったこの建物は、捕虜のロシア人の解剖実験をしてただの根拠の無い噂が広まり、ロシア病院と呼ばれた。
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入り口にぽつんと消火栓がある
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キャンプ場のとは違うタイプの消火栓だ
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煉瓦博物館の前にあった物と同じタイプだが、上の蓋等が微妙に違う
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入り口にはそれぞれ手洗い場が完備されている
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付近には、換気用ダクトが無造作に放棄されている
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キャンプ場と同じ様に、表裏で二棟が背中合わせになっている
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入り口付近の部屋は、昭和の落書きが残っている
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分厚い防湿用コールタールが壁面下部に塗られていたが、最早剥がれ落ちている
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一部屋がかなり大きい
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窓の外には、付属施設がある
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本体は、大きな部屋が2つだけ
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足元には溝とコンクリート台座
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天井を見上げると、滑車でも着いていたのだろうか?
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天井の梁もシンプル
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70年経っても、意外に木材が残っている事に驚くが、米軍に摂取されていたせいだろう
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奥にももう一棟ある、右は付属施設
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こちらは真四角な部屋が、複数並んでいる
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向かいの付属施設には、濡れずに行き来出来るように、屋根が繋がっていたようだ
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裏側の間口は狭い
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入ってすぐにクランクして奥に進む
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吹き抜けの部屋になっている
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横の壁に、不思議な穴が開いている。戦後調査なのか、かなり壁は分厚い事が解る
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表から見る、付属施設には3つの部屋が有った
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本館に戻って来た
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外から見ると、本館の屋根の形が面白い
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剥がれた庇の中に、木の壁が見える。この辺は木造にモルタルを塗っているだけのようだ
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裏側にも手洗い場がある、火薬で手が荒れてしまってここでの作業は過酷だったらしい
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建物の間の通路
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裏側の建物
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小さな部屋が並んでいる
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3m無いぐらいだろうか
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二階は無く、吹き抜け
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裏手はコンクリート壁に囲まれ、あちこちに防火用水と思われる水溜りがたくさんある
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壁にいろいろな器具が取り付けられていたのだろう
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付属施設、山側なので風化が少ないようだ
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窓は横開きではなく、下から紐で開け閉めするタイプ
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機械台座がそれぞれある
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サイズや形はマチマチだ
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付属施設の裏側から本館側に出た
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30分程で見て周ったロシア病院、思いの外広かった。
外観から二階建てだと思っていたが、全て平屋だった。
思ったより落書きも無く、比較的綺麗な廃墟だった。
廃墟の観かたは人それぞれ
自分は戦跡としてみて周った
うちのメンバーを連れて行ったら、どんな風に撮るだろう?
秋から冬になる頃にでも、また行けたらいいな!

舞鶴 夜の赤レンガ

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再び赤レンガ倉庫に戻ってきた、営業が終わっても自由に外観は観れる
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海側に出てみると、海自の艦船が電灯艦飾を行っていた
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多用途支援艦の電灯艦飾は珍しいかな?
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舞鶴クレインブリッジ
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「ひゅうが」
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補給艦「ましゅう」と、多用途支援艦「ひうち」
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奥のイージス艦がよく見えない
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駐車場に戻りながらまた観ていく
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誰も居ない赤レンガ倉庫を独り占めの気分だった、横浜とは大違いだ
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高台に登って観たイージス護衛艦「みょうこう」
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「あたご」は電灯満艦飾をしていなかった
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車を停める所が無いので、流し撮りした
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舞鶴海軍経理部衣糧科被服庫が2棟
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舞鶴海軍軍需部第三被服庫は起伏が無く窓がつるっとしている
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この辺にちょっと面白い物がある
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この辺から回って見る
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レトロっぽい飲み屋さん、なぜビリケンがいる?
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 東西に走る道路には戦艦・巡洋艦などの軍艦の名がつけられた。八重山・富士・八島・敷島・朝日・初瀬・三笠だが、この大門は軍艦ではない。「 東門 」「 西門 」があり、その門に通じる大通りを「 大門通り 」と呼んだようだ。
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戦艦「八島」
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戦艦「敷島」
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戦艦「朝日」
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戦艦「初瀬」
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戦艦「三笠」、「敷島」、「朝日」、「初瀬」、「三笠」の4隻は同型艦である

三条通り沿いに探したのだが、八重山・富士は見つけられなかった。どこかにあるのだろうか?

空母氏が舞鶴に来月行くらしいので、きっと見つけて来てくれるだろう!
彼は期待を裏切らない男だ。