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舞鶴 吉坂堡塁砲台(本堡塁) その3

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右翼砲座から階段を降りる
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中央砲座との間に弾薬庫がある
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狭い階段の下にある入り口
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前室があり、右手から後室に入る
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半球状の弾薬庫
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入り口方向
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中央砲座に登った
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右翼砲座に比べて、整備の手はあまり入っていない
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砲座左側は刈り払われた跡があるが、砲座自体は埋まっている
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スロープを降り、砲座間の弾薬庫へ
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こちらは全くの手付かずのままだ
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内部も苔が生えている
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内部は同じ
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荒れた階段を上がる
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左翼砲座
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一応の刈り掃いはされている
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一部、木に飲み込まれている
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左翼弾薬庫
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ん、三角点か?
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左翼弾薬庫は亀裂が入っている
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階段は右側だけ
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基本構造は一緒だ
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1砲座2門に付き、一つの弾薬庫
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左翼弾薬庫から左に抜けると
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観測所がある、何故か左翼にしかない、榴弾砲と違って三角法等を使わないからか?
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コンクリート製のかなり綺麗な観測所、しかし物入れ等の棚が無かった
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脇にある通路を進む
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大きな土塁が3つあり、その間に9cm臼砲とホチキス機関銃をすえて防御陣地にしてある
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排水溝の一部が発掘されている
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ここに9cm臼砲を置いた
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三角形に配置された土塁
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ホチキス機関銃銃座、ここから前方の空壕に入った敵を掃射する
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この一直線の空壕を通過しないと右側の砲座には行けない、空壕左側は等高線もなだらかで、登って来易い地形
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こんな所にも排水溝が発掘されている
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空壕を抜けて行くと
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右翼砲座の上に出た
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上から見ると、角の部分が補強されているのが分かる
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上から見た砲床
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カノン砲独特のアーチが美しい
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一通り見たので引き返す
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正門前(内側)に戻って来た
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この正門前の建物基礎の資料は「学研日本の要塞」にも載っていない
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正門の門柱は、壁と一体化している
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正門のヒンジ、残っている金属にはピンクのマーカーが付されていた
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吉坂堡塁砲台を出る
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最初に見た、兵舎基礎
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とのさんが名残惜しそうに物色している
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流石にそろそろ横浜に帰らなければ行けない、この時点で18時を回っている
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軍道にも排水溝の跡が発掘されていた、かなり詳細な位置図を持っているのだろう行政は。
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帰りは違う方向から降りて行く
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所々に台風の影響か、土砂崩れが起きている
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乗用車では曲がれ無そうなヘアピンカーブ
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小規模な土砂崩れ路面のひび割れは切りが無かった
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今回はショートカットで下山して付属堡塁は諦めた
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夏休みの高速は渋滞していたが、とのさんに運転を任せて寝てしまった
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途中、風呂に入り
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鮎川まで帰って来て
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既に日が昇り始めた頃に仮眠して
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朝飯を食ったのだけは憶えている
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舞鶴 吉坂堡塁砲台(本堡塁) その2

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正門となる石垣の間を通り抜ける
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弾薬庫、見た目が煉瓦でも石垣でもない珍しい外観
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中もつるっとしている
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奥面は平らだが、角は無く緩やかなカーブをしている
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角の丸み
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見上げたら降ってきた
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入り口方向
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上に登ってみる、くぼ地がある
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弾薬庫の通気孔
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右側の道から回り込む
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煉瓦の土台の砲具庫の基礎
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砲具庫角の排水溝
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砲具庫裏の防火用井戸
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動物の転落防止だろうか?
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排水施設はかなり立派だ
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貯水所(防火用水)
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砲具庫背面には、半地下式の弾薬庫がある
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焼煉瓦の破損の少ない4連弾薬庫
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よそ見してると落ちそうな排水溝があちこちにある
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左右から降りれる階段式スロープ
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重い砲弾の上げ下ろしには、不向きそうだ
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段は付いているが、ほとんど斜面と変わらない
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金属は撮られているが、綺麗な壁だ
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煉瓦は焼きすぎレンガ
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換気口、素材は焼き過ぎ煉瓦
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ゴミも無く、良い状態を保っている
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入り口を振り返ると、スロープの階段が見える
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深部で4つとも繋がっているのだが、右側のこの部屋だけが短い
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2つ目の弾薬庫2mほど長い他は同じ構造
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3,4っ目の弾薬庫と同じ長さだ
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3つ目の弾薬庫
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4つ目、一番端っこの弾薬庫
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ストロボ焚かない方がカッコイイ
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石垣に沿った排水溝
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なんかいいな
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ここを埋めたら完全に地面の下になる
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右側から砲座へと向かう道
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下には軍道が沿っている
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いきなり排水溝が口をあけている
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砲座の横墻から回り込む
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12cmカノン砲砲座
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砲座胸墻は、カノン砲特有のカーブを描いている
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ひょいと飛び降りて、砲座を覗く
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登っていた横墻、2mぐらいか?
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左側砲座の即応弾室
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砲床部、結構深い
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真夏のわりには、良く整備されている
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左側の砲床はそのまま掘られていない
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横墻の即応弾庫
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蓋の金具が残っているのは珍しい
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砲床から掘り出された瓦礫の山

舞鶴 吉坂堡塁砲台(本堡塁) その1

吉坂堡塁砲台は、本塁堡と付属塁堡からなっているが、今回は本塁堡のみ行って来た
下調べの時間が足りず、コースが良く判らなくて、付属塁堡の場所が特定出来なかったのだ。
ちなみに上り口は2ヶ所あり、京都側と福井側にある
国道27号線の青葉トンネルが県境で、この遺構は両県にまたがっていると思われる
便宜上舞鶴要塞郡の一つとして、カテゴリーは京都に分類する。

京都側から登ると、本堡塁に直接行ってしまうのだが、福井側の杉森神社から登ると付属堡塁に行けるらしい。
杉浦神社に行ってみたが、車を停める所が無く京都側からのアタックとなった。
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京都側アタックポイントの目印は、二軒並んだラブホテル
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この白い倉庫横に、なだらかな軽トラ道が伸びている
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現在は軽度に倒木もあり、車の通りは無いようだ
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拍子抜けする様ななだらかな道を青葉トンネルの上を越えて杉森神社方向へ進む
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当時は車両用軍道だったのだろう、石垣も組んである
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何の石柱だろう?Hなら鉄道だが、K?
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道を間違えたのか、福井側のラブホテルの裏に出てしまった
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ついでだから、国道を歩いて杉森神社に向かった(車止めがあって、車では入れない)
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鳥居の横に陸軍省の標柱が移設されている(補修痕が弾痕に見えるのは、気のせい?)
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第五十二師団?
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反対側にある舞鶴要塞地帯票
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たまたまいた人に砲台への道を聞いたら、左側のこれじゃないかと?下調べでは右側だったはずだが
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29年に大規模な調査が行われたそうだが、その時に造られた新しい道だろう
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所々に重機で切り崩して拡張した跡があり、大規模な造成だったようだ
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地図も何もないので、スマホで現在地点を確認しながら登る
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途中、分岐もあったが、後にどっちからでも行けた事が判明
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側溝の痕跡が見えた
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横長の兵舎が見える
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厠のようだが水槽?
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弾廠
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下へ降りる階段、下には井戸、糧食庫炊事所などがあった
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とのさんが井戸に向かっている
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先に外堀を観ていく
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古いビンが纏められている
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何か埋まっているが、何だったのだろう?
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井戸に降りてみる
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去年の調査時に、かなり整備したようだ
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この部分だけ発掘されている
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掘り出された玉砂利の山
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非常に珍しい造りだ
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友ヶ島で似た様な井戸を見たが、こんな複雑では無い
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この平場の奥の方
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すり鉢状の手水鉢?
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竈跡?
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面白い煉瓦が落ちていた
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兵舎に降りて行く
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床はコンクリートで、かなり大きな兵舎が二つ並んでいる
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この辺に落ちているレンガは、ほとんど上の様なラインが入っている
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射垜(あずち、小銃の射撃ライン)への階段
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奥にもう一棟同じ規模の兵舎がある
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配水管か?土管が顔を出している
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最初、何かと思った
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床がコンクリートの為、根が張れずに台風で倒れたようだ
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一段下がった所に何か有る
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ちょっと急な階段
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おトイレなのだが、一部煉瓦だったのか破片が散らばっている
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さらに奥に水槽?
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煉瓦の刻印?
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兵舎裏の射垜(あずち9へ登ってみる(右側が兵舎)
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上から観た兵舎への階段
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兵舎と井戸が見える

舞鶴 海軍浦丹生水雷衛所

葦谷砲台の後に、すぐ近くの海軍浦丹生水雷衛所に寄って来た
本当は浦入砲台に行きたかったのだが、行けば判るだろうなんて思っていたら甘かった
隣接する海軍浦丹生水雷衛所の遺構だけ、見つける事が出来た

ちなみに陸軍と海軍で「浦入」の漢字表記が違う、陸軍の「浦入」に対し海軍は「浦丹生」と表記、読みは同じ「うらにゅう」なのだが区別したかったのか、単純に対抗意識なのかは不明。

水雷衛所とは聞かない名称だが、有線水雷と呼ばれる浮漂水雷や電気触発水雷を、湾の入り口や海峡に線状に幾つか設置し、衛所にて見張り、視発弧器(照準器の様な物)にて敵艦の方位測定を行い敵艦の真下の水雷を電気的に爆破させる場所で、海の地雷のようなものだ。

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浦入砲台と海軍浦丹生水雷衛所は、発電所の開発で削り取られたと思われているが、どっこい部分的に生きている
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当たりを付けた所から入山していく
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脇道に入り、途中までは舗装道が続く
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途中で舗装は切れ、地面がむき出しとなる
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後はカンを頼りに突き進む
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尾根道ではあるが、大分木々が生え、荒れている
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台湾リスの剥がした木の皮
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ちょっと不安になる頃に、石柱発見
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海界34
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何か見えて来た
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足元に鉄の管は生えていた
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回り込むと良く判る
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煉瓦のモルタル塗り、下に見えるのは窓
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戦後、周りを囲っていた土塁が崩れて、埋まってしまっている
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夏場とあって、わかり難い
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鉄筋の入った観測所内壁、煉瓦に鉄筋とは珍しい
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部分的にとても綺麗に残っている
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物入れ部分は結構浅い
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煉瓦は小口積みだろうか
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金属のアンカーの残る壁
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金属の棒が飛び出してる所も
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下へ降りるスロープ
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ほとんど瓦礫で埋まっている
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スリットがある
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向こうへ貫通している
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何なのだろう、この部分は?
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観測所外縁の煉瓦
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水雷衛所の側面
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木枠の残る窓
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観にくいが、窓に庇が掛かっていた跡が煉瓦に残る
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内部の天井は、煉瓦部分の形に丸くなっているので、コンクリートの穴は何だろう?
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正面入り口方面
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入り口はL字型の煉瓦壁で見えなくなっている
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頭上に木が打ち込んである、木製の屋根が有ったのだろう
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L字の内側には水槽状の物がある(壁の上から見ている)
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入り口に表札の様な物があるがなんだろう?
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内部は流れ込んだ砂や瓦礫で埋まっていた
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外部に庇の跡があった窓
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背面側の土砂の流入は激しい
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落書きも無く、綺麗なモルタルだが、一部剥がれている
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上に観測所があるから、土塁に囲まれた部屋でも良かったのだろう
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屋上に登ってみた(下の入り口前にも同じ高さの土塁がある)
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屋上には何も無く、竹薮と化していた
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土塁沿いに回り込む
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土塁の上に、近代観測具と思われる物が有った
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コンクリートを塗った斜面
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発電所うんぬんの時代の物では無さそうだが?
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屋根の上は偽装の為に、土を盛って有ったのだろう
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ここから見たら、いい遺構だった
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帰りがけに標石を2本、計3本発見したが何故か1本写真撮ってない
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来がけに見つけた34番と連番の33番
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この海峡を船が通る時に機雷を爆発させる
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発電所そばに戻ってきた
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ここには古墳群がある
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浦入西2号墳
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自由に見学できる
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発電所の出来る前の写真、この左側に浦入砲台があった
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さぁ、戻ろう

舞鶴 葦谷砲台 その3

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左翼砲座の上に上がってみる
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大日本ビールが転がっている
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こんなエンブレム?
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石垣がある
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コンクリートの何かの跡
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上から観るがなんだろう?
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左翼砲座の真上
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石垣があちこちに埋もれている
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所どころ崩れている
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辿って行くと何だろう?
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煉瓦の通路だ
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右側の外壁が崩れて、通路が塞がっている、指揮所への通路だろう
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観測所への通路
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煉瓦ではなく、石垣なのは識別用だとかあるのかな?指揮所と間違わない様に?
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書き分けて行くと、観測所に出た
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煉瓦の測遠機台が残る
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右側の階段
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左側の階段

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足元の物入れ
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真上から撮ってみる
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木の根っこにビンが飲み込まれている、もはや抜けない
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1のナンバー入り
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掩蔽部の上になるが、樹木の生え方がスゴイ
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割れているが、掩蔽部の通気孔
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上の方は土管で中間部は煉瓦のようだ
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上から下の砲座を見る
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藪を掻き分けて進む
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石柱が有る
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大本?何だろう?
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他にもあった
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また通風孔がある
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中央砲座の上に来た
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ここに立つのは度胸がいるかも、この展望台は乗ると石が動く
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この砲台が狙うのは、この方向
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綺麗な海だ
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広場の通風孔だけは、金網がしてあった
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辺りの石ころが丸い、川等の石を持って来たのだろう
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いきなり黒い蛇が横切って行った(画面中央)、夏場は注意した方がいい
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さて、下山しよう
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気になった所に登って見ると、タコツボがあった
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別の草ヒロが見える
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ん、足元に何か埋まっている
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この砲台、唯一の陸軍柱を発見!
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ここにもタコツボが
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意外にあちこちにある
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これは前壁のある銃座
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ここから道路にいるとのさんを狙える
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さて、ほんとに下山しよう