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原町陸軍飛行場

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南相馬市にある陸軍の原町飛行場跡を見に来た、これは第四格納庫基礎
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昭和11年(1936)11月、雲雀ヶ原臨時飛行場として開隊、ほどなく拡張し原町飛行場として完成し、昭和15年(1940)6月、熊谷飛行学校原町分教所となる。
しかし大戦末期には特攻隊の訓練基地になり、昭和20年2月と8月にアメリカ海軍艦載機に爆撃され、基地機能を失う。
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当時の格納庫の基礎は、こんな将棋の駒のようなコンクリートを並べて土台にする
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ここに鉄骨もしくは木材の屋台骨を固定し、ドーム型の屋根を支える
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スクリューまで綺麗に残っている
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柱の間の低い基礎は、格納庫の壁となる土台だ
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壁を貼り付けていたモルタルの跡
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格納庫基礎の端っこには、コンクリートの塊がある
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場所的に格納庫の中に位置しているので道路整備の時にでも移動され、ここに置かれたのだろう
集水桝のような形をしていて、土管状の円筒があるので、排水関係の遺構だろう
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ネット上で軽く見るだけだと、この部分しか無いように思っていた
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しかし奥側にも格納庫基礎が並んでいて驚いた、しかも向こうの方が長い
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この時点ではこの空地部分に格納庫が有ったのだと思ったが違った
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基礎の向こう側は宅地の様なので、空地側から見学する
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形状は同じようだが、角度的な違和感を覚えた
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こちらは長い分、入り口部分の基礎も残っている
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回り込むとさっきの集水桝の様な物が横倒しになっている
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この部分のコンクリートは、格納庫前のエプロンとなる
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ふと見ると、格納庫基礎がもう一組ある
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どうやら格納庫は民家を覆うように有ったようだ、これは第五格納庫となる
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第五格納庫の中に民家が建っている形だ
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よく壊さないで残してくれたものだ
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ふと見ると、民家の端っこに格納庫基礎が一つ見えた
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恐らく塀の一部となり、地権者が関わるので壊されずに済んだのだろう
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こちら側と対の第四格納庫となる
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誘導路と思っていたこの道路は、格納庫の真ん中を通っている
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ここでとのさんがドローンを飛ばす
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空撮出来るのは強みだ
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とのさんの写真を拝借すると、右が第五格納庫、左が第四格納庫で黄色の〇が一つだけの基礎だ
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少し移動すると、空地にコンクリート基礎が有った
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畑の向こう側にも見える
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これは第三格納庫の跡だ
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第四第五とは違う形式の格納庫だったようだ
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木造倉庫もあるが、戦後払い下げの跡の建物だろう
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コンクリート舗装は当時の物

グーグルマップで見ると、こんな感じだ。近くに第二格納庫跡もあるが、墓地になっているので撮影していない
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へたくそに加工してみると格納庫はこんな感じに並んでいた、長さについては適当だ
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上図Aの部分にある原町飛行場正門
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こちら側の門柱は、側溝の上にあり、移動されている可能性あり
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ヒンジも微妙な位置にある
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こちら側は袖も付いているのでオリジナルだろう、道路拡幅の為に片方移動したのだろう
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まぁ破壊されるよりはマシだろう
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後に複製された正門の表札
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てっぺんはこんな感じ
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門の前に小川が有ったようだが今は水が無い、橋は後のコンクリートだが、石垣部分は当時の物だろう
この川沿いに進みカーブの辺りに境界石が有ったようだが(Bの部分)見当たらなかった
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この交差点にはロータリーがあり、右手には本部庁舎があった
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雲雀ヶ原神社、飛行場内の航空神社だ
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昭和15年(1940)11月3日
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この石碑の傷は空襲時の機銃掃射痕だそうだ
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C地点の航空神社、雲雀ヶ原神社。
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