9月の夏島、貝山空母氏来訪 その2

夏島の探索を概ね終えたメンバーは、貝山に移動した
メンバー以外誰も知らない4工区の一部に案内する(雨の為他は断念)
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僅かに開いた開口部より侵入
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荒されていないキレイな通路
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一番手前の部屋には、左奥に
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トイレらしき物がある
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用を足そうとする、空母氏!70年ぶりの使用者となる
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との氏も入壕して来た
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入り口は難だが、内部はかなり良い
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足元を眺める空母氏
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この壕の部屋へのスロープは独特なのだ
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そして、通路の溝
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実に床面の面白い壕である
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排水用の側溝は側面に別にある
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部屋のスロープといい、面白い
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こんなのがずっと続いている
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先の方に埋まった開口部が有るが、土砂の隙間から外光は見える
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土砂の向こうは軽い水没後、僅かな開口部
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一通り回ったので、脱出する
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第二抗区に移動する
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こんな所に薬〇が落ちている
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今日の貝山は湿度が高い
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壕口付近は、湿気が立ち込めている
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倉庫壕、かなり広いブロックがある
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コンクリート階段は2ヶ所ある
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廃車壕付近
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小さな衛所のような部屋
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貝山には小さな部屋が、幾つもある
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朽ちてはいるが、海軍食器もそここに点在する
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地下壕内の石積みの閉鎖箇所に通路がある
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中に入ると、先人達が残留物を纏めて展示してある所がある
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実に特徴的な場所である
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鉄の扉が何とか枠だけでも残っている、貴重な所
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そんな遺構が多数残っている貝山地下壕を愛して止まない連中でした
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貝山地下壕(空母氏ご案内)

夏島地下壕に続いて、貝山地下壕に移動する、時間の関係で入りやすい上部第一、第三及び下部第二工区のみを案内する事にした。
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足元に並べられている、海軍食器等に見入る空母氏
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ここは、上部第一壕
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仕上がりの良さはさすが海軍壕である
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航海科室
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主計科と思われる
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最新部の落書き
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上部砲台跡を経て、上部第三に移動する
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ロウソク、線香、お賽銭と増えていっている
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空母氏は階層構造が気に入ったようだ
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なんか凄いものが供えてある
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最新部は珍しく水没していた、台風のせいだろう
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特徴的な彫り込み
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階段構造
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さぁ、次は本坑に行こう
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貝山地下壕第二校区
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コンクリート製階段を下から見上げる
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割と近いところにもう一つある
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用途不明の窪みを持つ部屋
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貝山第二の特徴の石壁
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右側の発電機室
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廃車壕に向かう
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ここだけコンクリート巻きの空間になる
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穴から下の部屋を覗き込む空母氏
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総コンクリートの壕には廃車が2台ある
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どんどん奥に進む
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ガスマスクの吸収缶などが、珍しいようだ
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このような石壁が5箇所ほどある
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この壕は広いが、碁盤の目状ではないので、回っていて飽きない
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扉付き石壁
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ほぼ唯一の水没区
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この辺には吸収缶が多く落ちている
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ノズルを取り付ける所
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こんなのがハマっている
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会議室へ向かう
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地下とは思えない部屋だ
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反対側には扁額を収める窪みがある
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外に出ると水場がある
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その横には電気室のような部屋がある
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更に奥には竈がある
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煙管が壕外まで伸びている
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竈は別の工区にも存在している
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そろそろ終わりが近づいてきた
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空母氏はこの壕で、ビン缶マニアに目覚めてしまったらしい、20L薬瓶
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さぁ、帰るとしよう
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空母氏を置いて
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しばし、ぬことたわむる
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空母氏、OKN氏、お疲れ様でした!また行こうね。

貝山地下壕 その13 (海軍航空技術廠)

前回で終わろうと思っていたが、空技廠を忘れていたので、切り良く年内は貝山で〆る。
はっきり言って、地下壕派なので、空技廠の写真がほとんど無い!
やむなく急遽撮って来たてのほやほやの写真をあげる。
とは言え、現存する建物は多くは無いが工場施設内の物も多く、確認できない
もしくは、遠くから一部のみなんて感じになっている。
なお、本庁舎の様に、外観が全く変ってしまった物は、割愛する。
DSC07557_R.jpg海軍航空技術廠本庁舎前にある案内板
DSC07556_R.jpg隣にある碑DSC07568_R.jpgこの図に沿って紹介する
DSC07570_R.jpgまずは、空技廠図の上側から攻める(赤線が確認出来た物)
DSC07522_R.jpgプロペラ強度試験場、ここだけは壕になっている。
DSC07523_R.jpgコンクリートの残骸、屋外構造物の物だろうDSC07528_R.jpg壕口付近のレンガ
DSC07527_R.jpg入って緩やかに左に曲がる
DSC07530_R.jpg生息部、ここだけ広くなっている
DSC07537_R.jpgこの鉄の金具に高圧碍子が付く
DSC07695_R.jpg奥の埋め戻し跡、足元はコンクリートの台座が幾つかある
DSC07705_R.jpg二股分岐路
DSC07553_R.jpg第四風洞場
DSC07554_R.jpg第二風洞場
DSC07595_R.jpg高速風洞場
DSC07596_R.jpg高圧風洞場(この三つは現在繋がっている)
DSC07598_R.jpg高圧風洞場、横から見る
DSC07601_R_20121231212237.jpg脇の階段から下に降りると門が残っている
DSC07600_R_20121231212236.jpg明らかに隣の塀は後付けだ
001.jpg空技廠の壁
DSC07602_R_20121231212238.jpg階段を戻り気になる部分を見上げる、上に滑車が付いていて蓋が上がる様だ
DSC07604_R.jpg良く見ると、横壁にも同じ様なところが有った
DSC07605_R_20121231213311.jpg第一研究場
DSC07607_R.jpg何故かピンク
DSC07611_R_20121231213316.jpg床下は何故か埋められている
DSC07609_R.jpg試験水槽準備室
DSC07610_R.jpg本来ここから浦郷のトンネルまで続いているが、後は破壊されている
DSC00255_R.jpg浦郷のトンネル前には二本の橋が掛かっている
DSC00254_R.jpg魚雷試験水槽で通っている橋
DSC00251_R.jpg登ってみる
DSC00252_R.jpgこっちは歩道及び運搬用であろう、手前の工場敷地になっている方が航空写真で見ると試験水槽の直線に繋がるように見える
DSC00250_R.jpg足元にぬこが寝ていた
DSC07571_R_20130103102117.jpg空技廠図下半分、赤線が現存確認部分
DSC07681_R.jpg製図工場
DSC07683_R.jpg本庁舎(改装済み)
DSC07564_R.jpg赤丸部分を某地下壕にて発見した
DSC07712_R.jpg本庁舎旗竿差し、以前は本庁舎前案内板脇に放置されていたらしい
DSC07573_R.jpg電話所、奥は書庫
DSC07575_R.jpg第四研究所が見える
DSC07576_R.jpg三棟は隣接している
DSC07578_R.jpg窓枠が崩れ、煉瓦が露出している
DSC07687_R.jpg第六研究所(改装済み)、後が第四研究所
DSC07591_R.jpg第六研究所の横に、貯水槽が残っている
DSC07579_R.jpg第四研究所
DSC07589_R.jpg第四研究所前面より
DSC07581_R_20121231220209.jpg二階出入り口は、庇と踊り場が失われている
DSC07586_R_20121231220210.jpg当時の水道
DSC07588_R.jpg出入り口
DSC07580_R.jpg奥に書庫が見えるDSC07592_R.jpg材料庫
DSC07593_R.jpg第一実験準備場DSC07613_R_20121231222658.jpg桟橋の先端部分だけが当時の物であるDSC07634_R.jpg対岸の米軍基地DSC07617_R.jpg力学研究所DSC07619_R.jpgここも全面ネットで覆われているDSC07621_R.jpg屋上の電気配線DSC07622_R.jpg読めない・・・
DSC07623_R.jpg
DSC07625_R.jpg右側に最近まで第一修理品手入れ場があったが、解体され駐車場になっている
DSC07630_R.jpgコの字型の建物
DSC07631_R.jpg隙間から覗くDSC07635_R.jpg当時の門の流用だと思う
DSC07636_R.jpg右側、表札を外した跡がある
DSC07637_R.jpg左側、地面と一体化していない

また、機会が有れば、追加して行くつもりだ。
(25.1.2追加)

貝山地下壕 その12 (上部第三)

貝山地下壕の最終回になる、今回は上部第三を紹介する。
上部1~3は慣れた人ならうっすら軍道が残っているのでいけるだろう
ただし、時間と共に道は崩れ、草木が蔽い茂っているので踏み外すと滑落する。
最後なので以前開いた見学会の写真を多用する。
CIMG0821_R.jpgこれは上部第一の反対側の出入り口だCIMG0822_R.jpg貝山は出入り口付近には必ず防火用貯水桶が設置されている(戦後に一部撤去)CIMG0823_R.jpg路肩が一部レンガで区画されているCIMG0824_R.jpgこれは第二工区のコンクリート階段の出口になるDSC03708_R.jpg道があるのはここまで(ちなみに三人写っている、迷彩効果)DSC03710_R_20121230142542.jpg幾度と無く斜面を上り下りする
DSC03709_R_20121230134034.jpgもはや藪漕ぎ状態になる
CIMG0825_R.jpg切り通しが出て来るCIMG0826_R.jpg小さめの穴CIMG0827_R.jpg二つ目の穴、やはり貯水桶はあるDSC03713_R_20121230135818.jpg装備を確認して突入するDSC02915_R.jpg発見時はこの程度の空き具合だったDSC03714_R_20121230135502.jpg人が入るぐらいなら、十分な大きさだ(走水低砲台はブロック2個分)DSC03716_R.jpg難なく入壕成功DSC03719_R.jpg季節は10月、半袖で汗を搔いている人も居れば、スキーウエアの人もいるDSC02917_R.jpg最初に来た時は何も無かったのに
DSC08214_R.jpg今回は線香とロウソクが展示してあった
DSC03721_R_20121230135505.jpg折角なので、火を灯してみた
DSC03722_R_20121230144110.jpgしばし合掌DSC03718_R.jpg階段を降り、下の部屋に移動
DSC03720_R_20121230144711.jpgもやしに付いて語り合う二人DSC02920_R.jpg一段下の部屋DSC02923_R.jpg反対側には棚がある、右は階段DSC08220_R.jpgここにも線香とロウソクが展示してあるCIMG0849_R.jpgしかも赤い靴の楽譜が巻いてある、手作りだ
DSC08221_R.jpg今度は階段ではなく、狭いスロープだDSC02930_R.jpgスロープで下の部屋に出たDSC02927_R.jpg特徴的な窪みのある部屋DSC02928_R.jpg反対側、外から見た二つ目の壕口、手前には扉があった様だ、左に下る道があるDSC02929_R.jpg最深部の部屋、銃眼がある、外から見た小さめの穴DSC02930_R_20121230150953.jpg振り返る
DSC03717_R_20121230150954.jpgさぁ、脱出だ
CIMG0852_R.jpg現在は心無い人間に破壊されている、これでは近じか再度閉鎖されてしまうだろう
CIMG0854_R.jpg上に上がると貯水桶がもう一つあった

訪れるのはいいが、後の他人の事を考えて身勝手な破壊や持ち出しを控えて欲しい。
特にブロック破壊や鉄条網切断は、市や管理者の感情を硬化させてしまい、閉塞に拍車がかかる。
今回の第二工区壕口の、ほぼ全面封鎖はそういう背景があると思われる。


上部第三



貝山地下壕 その11 (上部第二)

貝山には地上に面した大型壕の他に、山腹にも壕がある。
今回はその中の上部第二のみ紹介する。
この壕も某サイト紹介後、派手な盗掘に遭い、壕床などは掘り起こされてしまっている。
通信及び小火器の弾薬貯蔵壕だった様で、真空管や通信機残骸、弾薬クリップその他付属物
などが、残されていたが根こそぎ採られて壊れた食器や碍子ぐらいしか残ってない。DSC08197_R.jpg壕口は上からも下からも見えないようになっている
DSC08198_R.jpg爆風除けにクランクになった通路
DSC08199_R.jpg全体的に四角く掘られている
DSC08200_R.jpg中央にあるホール空間
DSC08201_R.jpg入り口付近には、海軍食器他、遺物が多いDSC02893_R.jpgエビスマークの電球DSC02894_R.jpg真空管
DSC03707_R.jpg海軍マークが付いている貴重品
DSC02898_R.jpgコンデンサー、単電線、碍子
DSC02899_R.jpg他の真空管と小碍子
DSC02900_R.jpgインク瓶DSC02905_R.jpg左下にレシーバーのスピーカーがある
DSC02906_R.jpg乾電池とヒューズ
DSC02901_R.jpg小部屋の中には・・・
DSC02902_R.jpgこの壕の目玉だった、二飛訓練所用の箱DSC02903_R.jpgここは予科練の訓練所である、裏側はスピーカーの様だった
DSC02904_R.jpg(株)昭和製作所の名盤
DSC03672_R.jpg今はもう無いDSC02907_R.jpg小部屋の先は掘り掛けだったDSC03697_R.jpgホールにも色々落ちていた、愛国と書かれた靴底DSC03698_R.jpgいとまつと書かれた瓶DSC03706_R_20121229135312.jpgイカリマークの電気部品DSC02884_R.jpg奥に進む
DSC02885_R.jpg通路に壕口からの枯れ葉が溜まる
DSC02886_R.jpg弾薬庫、床の木片は弾薬箱の風化した物DSC03675_R.jpg木箱の持ち手の縄も一部残っていた
DSC03676_R_20121229141149.jpg弾薬クリップとその付属物、今はもう無いDSC02889_R.jpg最深部の部屋
DSC02890_R.jpgやたらに空き缶が転がっている
DSC02891_R.jpg奥側からDSC02908_R.jpg入り口付近の碍子DSC02910_R.jpgもう一つの壕口DSC03678_R.jpg壕口から一段登ると石垣が組んである
DSC03679_R.jpg祠状の監視所
DSC03680_R_20121229142308.jpg四角い井戸状の物もある

今回紹介した写真は、発見当時の物で、これらの遺物はほぼ失われている。


上部第二