長浦港周辺 監視哨等

この記事はkanレポート様から提供された調査ネタを元に紹介して行く
長浦港は横須賀本港(鎮守府)と新井掘割りを挟んで隣にある重要な港湾施設跡である
今は、その大部分を米軍と海上自衛隊が占めているが、一部市の港湾施設や民間会社も散見する
特に船越地区は海上自衛隊の施設拡大が非常に手広く行われ、比与字地下壕や軍需部倉庫、造兵廠及びガントリークレーンなどの貴重な遺構が壊滅状態に貧している。
その中でも監視哨の類は結構残っているので、ピックアップしてみた。
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長浦港の旧軍施設図
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水雷学校跡地には、遺構は何も残っていない
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今の海上自衛隊自衛艦隊司令部周辺図、鉛置場の裏山に監視哨が発見された
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さて、スカレーを追いかけ、船越に向かう
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軍需部引き込み線の線路
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破壊されたガントリークレーンの基礎
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ガントリークレーンの先に見える海上自衛隊艦隊司令部
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給水タンクの左側に、確かに何かある
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ズームするが、手前の掃海艇の排気でぼやける
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右に移動していく
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これがベストポジションだろう
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超拡大してみる、kanさんの見立てでは、防空監視哨であろうとの事、間違いなさそうだ
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監視哨の上にも何か構造物がある、何だろう?
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更に視線を下に落とすと、自転車が積み上げられている様だ
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ここからエレベーターで、監視哨に上がれたりして(いや、ホントにこの時代から大和にもE.Vあるしエアコンも蛍光灯もついている)
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視線を右に移すと、また何かある
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これは艦船の出入りを監視する為の物らしい(後ろの鉄骨が気になる)
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早速裏山に登るのだが、こんなフェンスに囲まれて、進入出来なかった
この裏山は、旧海軍貉火薬庫からの続きで、現在米軍使用の弾薬庫となっている
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もはや長浦港の顔となった潜水艦
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鳥たちの憩いの場(トイレ)となっている
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向こう側は箱崎米軍施設になっている
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その山頂にも何やら古い建物が、現役で残っている
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そのまま右を見ると、比与字弾薬庫新(地下式)、旧(奥の緑屋根)が見える
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比与字にも、監視哨がある
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側面にも防壁を持つ、特殊なもの
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残念ながら、出入り口は2ヶ所とも塞がれている
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内部は、総コンクリート製
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再び船越に戻る
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機銃の整備をしていた
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軍需部跡地も、工事用プレハブが建っていた
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その裏山、下には巨大な地下壕が有り、この山腹には
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こんな監視哨が隠れている
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入口
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中は意外と広く、2部屋になっている
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奥の観測室
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畳2畳ぐらいかな?

このような物は、一部なのだろう・・・入る事の出来ない米軍施設、海上自衛隊施設内にはもっと沢山の旧軍遺構が眠っているのだろう
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東京湾第三海堡(大型兵舎)

この遺構は、神奈川県横須賀市平成町3丁目37(うみかぜ公園)内にあるので、地区は違っているが
便宜上ここにまとめる事にする、こちらの遺構は入る事が出来ないので、いつでも柵越しに見るしかない。
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東京湾第三海堡展示会場のパネル、反射して見難いが仕方が無い
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しおかぜ公園のボードウォーク
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ぐるりとフェンスで囲まれている
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こうして置かないと、この近くの広場はスケボーやBMXの練習場になっていて、落書きの温床になってしまう
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保護の為にはやむおえないのだろうが、味気ない
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正面、蓋をして置かないと、ゴミを投げ込まれるこの辺は
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窓もバッチリ閉鎖
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柵の中の案内板
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見難くて仕方がない
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何とか読めるかな?
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メインパネルは柵の中の芝生で寝ている
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誰も読めないだろうこんなの!
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グーグル航空写真(うみかぜ公園)
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グーグル航空写真(東京湾第三海堡展示会場)
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アイクルから見た、東京湾第三海堡展示会場(アイクルはただで入れる)
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資料を少し貼っておこう
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特筆すべきは、右外のケーソンである、当時の最先端技術を駆使している
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予告があった
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対岸の仮展示場
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大型起重機船で鶴
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海上自衛隊協力(通り過ぎただけ)
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アイクルから丸見え(窓は開かない)
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落ちたらどうなる?なんて考えてしまう
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到着、写真で見るとすぐだが、ものすごい時間がかかっている

引き上げられたのは、これだけではないが、処分されてしまっている
護岸_R
護岸
倉庫_R
倉庫
通路_R
通路
砲台囲_R
砲台囲
擁壁_R
擁壁
ケーソン_R
ケーソン
貯水槽_R
貯水槽
通路_R (2)
通路
通路階段付_R
通路、階段付き
兵舎_R
兵舎
平成13年10月27日旧陸軍8cm砲弾_R
8cm砲弾
平成13年11月22日旧海軍25mm機関砲弾_R
25mm機関砲弾
平成13年11月22日旧海軍95式酸素魚雷の尾部_R
95式酸素魚雷の尾部
平成14年2月2日マーカー(照明弾?)208個 _R
探海灯の炭素棒と思う、同一の物を田浦火工工場地下壕(砲工部)でも見ている
平成14年8月22日通常爆弾99式6番 _R
99式6番(60kg爆弾)
様々な遺構が存在も知られず海に帰って行った事を覚えておいて欲しい
吊り上げられた調査済み構造物は第三海堡跡南西2,000m の海域に投棄され魚礁などに再利用されているそうだ

東京湾第三海堡(砲台砲側庫)

第三海堡には、15cmカノン砲4門、10cmカノン砲8門の大砲が据えてあったので、給弾口は狭くて大丈夫だ
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それではここでの最後の物件、砲台砲側庫(砲側弾薬庫)を見ていこう
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左右に入り口一つ、部屋一つずつになる
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入り口上にあるのが、着弾観測所になる
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真横
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これが砲側への給弾口
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レールの上を滑らせて出てくる
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後は味気ない
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完全なシンメトリーになっている
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給弾口も同じ
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では、左側から潜入する
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この写真は対岸に仮保存されていた頃のが使われている
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左側の部屋
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左側給弾口
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人力にてここから押し出す
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奥はやはり丸い
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奥から入り口を望む、室内は丸みを帯びている
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右の部屋に移動
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左右対称なだけで、変わりは無い
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右側給弾口
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若干庫内の給弾機の部分が残っている
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15or10cmカノン砲の弾が出されていたのだろう(ちなみに有事にしかここには弾は置かない、普段はからっぽ)
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横から見ると、排水溝なのか、穴が開いている
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恐らくここに簡易クレーンがあり、砲弾を吊り上げて降ろしたのだろう、観音崎などでも見られる
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この模型の上の方がこの遺構だ
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ログハウスに向う
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海底の残留物
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今もやってるかは不明
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中央にある模型は中々の物である
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当時の写真が数枚有る
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惜しい人を亡くした
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飛行場を日産のコースにしている工事、左に掩体壕が見える
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夏島の憲法碑
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消防ホース、ノズル
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最近増えた、横須賀海軍航空隊の遺物を勝手にあさる
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給料缶(ご飯などを配る物)
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アルミの小皿(珍しい)、錨マークも見える
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メーカー名?穴が空いたのか、補修跡がある
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表側、今で言う厚生センターだろう
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裏側、良く木製のこんなの残ってたものだ
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これは、調査用に抜き取られた、天井などの一部(サンプル)

アイクルフェアなどの時も開場するので、毎月第一日曜と合わせて訪れてみよう

東京湾第三海堡(探照灯)

東京湾第三海堡とは、東京を防護するため東京湾口に設けられた砲台を設置するための人工島。
明治25(1892)年の着工以来、当時の土木・建設技術を結集して30年間に及ぶ難工事の末、大正10(1921)年に、竣工した。
しかしながら、わずか2年後の関東大震災によって崩壊し、大半が海中に没してしまった。
関東大震災で大破した第三海堡は、その後も波浪により崩壊が進み、半ば暗礁化してしまった。
第三海堡は浦賀水道航路に接しているため、付近の水域では海難事故が多発するようになり、航路の安全を確保するため、第三海堡を撤去し水深23mを確保する工事が始まった。

撤去工事は平成12年(2000)から平成19年(2007)に亘って実施された、その間、撤去構造物の内、大兵舎と呼ばれる構造物はうみかぜ公園に移設され、探照灯、砲台砲側庫、地下通路、観測所と呼ばれる4つの構造物が、追浜展示施設(民有地)に保存・展示されていた。

しかし、撤去工事終了後の展示施設の維持が難しくなったということで、移設場所がなければ、この貴重な遺産が廃棄されるとの話が伝わり、ぜひ追浜地区内に残したいとの声があった。
しかし、いずれもかなりの重量物で陸上輸送が出来ず、海上輸送でクレーンのアームが届く範囲にしか移送できないなど、困難な条件があった。

関係者の努力によって国(国土交通省)と横須賀市の協議が整い、夏島都市緑地内に移設され、保存・公開されることとなった。(移設は探照灯、観測所、砲台砲側庫。地下通路は運搬に絶えられないとして移設されなかった)
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まずは、探照灯の外観から見て行く
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見ての様に真っ二つに折れているのを繋いである
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真横
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外側に回る
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探照灯格納位置
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探照灯台座
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簡易台座に置いてあるので、本来の形では無い
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謎の起伏
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内側は階段になっているようだ
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断裂部分
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左右対称の形状をしている
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屋上通路が見える
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真横、天井は壊れている
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では、潜入する
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探照灯格納レール跡
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側溝もきれいに作られている
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以外に狭い出し入れ口
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下を見ると台座がある
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C-290&M-145ってのは調査時の遺構ナンバーリング(折れて2つになってるからナンバー2個分)
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埋まっていたレール
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上を見ると空が見える
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厚みや鉄筋の有無を調査したものだが、あちこちに開いている
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右に行ってみる
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断裂部分
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通路の天井にも調査の穴が開いている
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階段は安山岩が使われている
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落ちたら痛そうな階段を登る
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今は安全の為、フェンスで出れない
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天井通路は屋根部分がほとんど失われている
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反対側に行ってみよう
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上のアーチの溝は雨水が伝わって内部に入らない為の構造になっている
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屋根が無くなってるので、明るい階段
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床は調査の穴だらけ
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崩れた階段の天井部分
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初期の頃には外に出る事が出来た
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ここに謎の鉄棒が立っているが、偶然そこに居た人が「昔俺がこれを着けたんだ、船で渡って釣竿を立てて置くための物だったが、まだ残ってるとは思わなかった」と、話してくれた・・・
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下を見ると、結構高く見える
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上から見た観測所
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砲側庫も見える
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下に降りていく
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排水溝
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コンクリート製要塞ならではだ
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変った接続部
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普段は地下陣地ばかりだから、スゴイ立派に見える
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模型で言うと、手前中央の折れている所のようだ

東京湾第三海堡(観測所)

東京湾第三海堡遺構展示場の公開日に行って来た、毎月第一日曜日に無料で入れる
簡単な冊子も一部200円で販売しているので、買っておこう!
今回は簡単に展示物をただ貼って行く、次回少し掘り下げて紹介する。
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普段は外から眺めるだけは出来る
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観測所から見て行く
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排水管
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唯一残る金属製通風口に見える給弾口
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観測所部分
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入り口足元の排水溝
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まるで砲座のような円形
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ターレットの溝も切られている
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引き上げ時は、かなり突起物があったが切り取られている
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観測所なのに、砲側庫が付属する
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入り口に残っていた扉は剥ぎ取られてしまったようだ
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引き上げ時は、ボロボロの扉が付いていた
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砲側庫
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この通路は廃棄されてしまったようだ
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以前は無かった展示物が増えている
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これは比与字でも今も見れるタイプだ
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給弾口内側
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引き上げ時は、こんな扉が残っていた
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砲弾保管場所
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入り口を振り返る
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当初は板が引いてあった
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かなり重いので、悪戯すると危険