FC2ブログ

船越地下軍需工場再訪

DSC02901_R_201808072235435ee.jpg
海軍造兵部の跡地の造成が始まった
DSC02900_R_201808072235416a2.jpg
1年以上空き地だったが、工事が始まると早い
DSC02963_R_20180807223544262.jpg
工事は裏の山にまで及んでいる
DSC02964_R_20180807223545a2b.jpg
地下軍需工場の入り口が見える
DSC02968_R_20180807223546341.jpg
以前はここに海軍病院があった
DSC02972_R_20180807223549378.jpg
今は綺麗さっぱり無くなった
DSC02973_R_2018080722532713c.jpg
山頂にある海軍境界柱
DSC02974_R_201808072253288da.jpg
頂部にある境界マーク
DSC02975_R_201808072253301f9.jpg
掛けてしまっている物もある(気のせいか新たに塗られている気がする)
DSC02976_R_20180807225330c38.jpg
コンクリートの境界線支柱もある
DSC02978_R_20180807225332ff6.jpg
僅かに残る、軍道の痕跡
DSC02979_R_20180807225333c53.jpg
監視所の入り口
DSC02980_R_20180807230431708.jpg
内部通路の先には
DSC02981_R_201808072304330e1.jpg
六畳ほどのコンクリートの部屋がある
DSC02982_R_20180807230433d3e.jpg
隣の部屋の観測窓
DSC02983_R_201808072304350d4.jpg
スリットから先は、生い茂ってしまって何も見えない
DSC02984_R_20180807230436cbc.jpg
さて、出よう
DSC02988_R_20180808231542d3d.jpg
唯一の壕口から進入する
DSC02990_R_2018080823154483a.jpg
とても立てる高さではない
DSC02992_R_201808082315453f3.jpg
もとは中腹への抜き穴だ
DSC02993_R_20180808231546638.jpg
一応は階段だったのだが、そうとう埋まっている
DSC02996_R_2018080823154844a.jpg
直角90度ずつ曲がり続けるくだり階段
DSC02997_R_201808082315500ed.jpg
高圧碍子が落ちている、誰か持ち出そうとしたのだろう
DSC03000_R_20180808235257440.jpg
大分崩落も進んできた
DSC03001_R_20180808235259cda.jpg
しかし、これだけ階段が続く壕も珍しい
DSC03002_R_2018080823530029f.jpg
最後の曲がり角
DSC03006_R_201808082353018ef.jpg
二階へ到着した
DSC03008_R_201808082353027f8.jpg
天井も高く、3mほどある
DSC03009_R_2018080823530414e.jpg
ここには木製の部屋があったのだろう
DSC03011_R_201808102147221d4.jpg
二階部分を回って行く
DSC03015_R_201808102147249c2.jpg
二階だが十分広く、しっかりした壕内
DSC03017_R_20180810214726c6f.jpg
残留物
DSC03022_R_201808102147267b8.jpg
高圧碍子もいっぱい
DSC03023_R_20180810214728651.jpg
天井にも残っている
DSC03024_R_20180810214729d89.jpg
二階の1/3は水没しているので、湿度が半端無い
DSC03025_R_20180810224004fd2.jpg
ストロボはもう使えない
DSC03027_R_20180810224005145.jpg
今日は長靴を履いてないので、この先には行けない
DSC03029_R_201808102240062ea.jpg
DSC03032_R_20180810224007ae1.jpg
段差のある場所
DSC03034_R_20180810224009152.jpg
二段の階段で繋いでる
DSC03043_R_20180810225905558.jpg
階段の先にあるもの
DSC03037_R_20180810225903e39.jpg
台形の掘り残し部分
DSC03038_R_20180810225904f9a.jpg
穴が空いて水が滴り落ちている。これは後で下から観る
DSC03031_R_2018081022590234b.jpg
一階に向かう
DSC03048_R_20180810231939012.jpg
階段を下りていく
DSC03052_R_20180810231941756.jpg
天井から止め処なく水が落ちてくる
DSC03053_R_20180810231941795.jpg
さっき上から観た所だ
DSC03056_R_2018081023194392e.jpg
下からはヤバイ雰囲気が伝わってくる
DSC03058_R_201808102319448d5.jpg
一階到着、こうこうと灯りが見え、キャタピラの跡もある
DSC03059_R_20180810233742016.jpg
出たらやばい、メッチャ見つかる。軍事施設で捕まったら洒落にならん
DSC03066_R_20180810233744f2a.jpg
そそくさと引き返すへタレ
DSC03070_R_20180810233745b87.jpg
抜き穴から脱出して行く
スポンサーサイト

長浦港周辺 監視哨等

この記事はkanレポート様から提供された調査ネタを元に紹介して行く
長浦港は横須賀本港(鎮守府)と新井掘割りを挟んで隣にある重要な港湾施設跡である
今は、その大部分を米軍と海上自衛隊が占めているが、一部市の港湾施設や民間会社も散見する
特に船越地区は海上自衛隊の施設拡大が非常に手広く行われ、比与字地下壕や軍需部倉庫、造兵廠及びガントリークレーンなどの貴重な遺構が壊滅状態に貧している。
その中でも監視哨の類は結構残っているので、ピックアップしてみた。
026_R_20150311224840a63.jpg
長浦港の旧軍施設図
025_R_201503112248381c5.jpg
水雷学校跡地には、遺構は何も残っていない
030_R_20150311224841ae1.jpg
今の海上自衛隊自衛艦隊司令部周辺図、鉛置場の裏山に監視哨が発見された
DSC08033_R_20150312200839db3.jpg
さて、スカレーを追いかけ、船越に向かう
DSC08035_R_2015031220084286c.jpg
軍需部引き込み線の線路
DSC08036_R_20150312200844c63.jpg
破壊されたガントリークレーンの基礎
DSC08038_R_2015031220084559f.jpg
ガントリークレーンの先に見える海上自衛隊艦隊司令部
DSC08041_R_2015031221054082b.jpg
給水タンクの左側に、確かに何かある
DSC08042_R_2015031221054246a.jpg
ズームするが、手前の掃海艇の排気でぼやける
DSC08046_R_201503122105433fd.jpg
右に移動していく
DSC08060_R_20150312210546195.jpg
これがベストポジションだろう
DSC08060 - コピー_R
超拡大してみる、kanさんの見立てでは、防空監視哨であろうとの事、間違いなさそうだ
DSC08063_R_20150312220607a62.jpg
監視哨の上にも何か構造物がある、何だろう?
DSC08051_R_20150312220605d80.jpg
更に視線を下に落とすと、自転車が積み上げられている様だ
DSC08055_R_201503122206062fc.jpg
ここからエレベーターで、監視哨に上がれたりして(いや、ホントにこの時代から大和にもE.Vあるしエアコンも蛍光灯もついている)
DSC08058_R_201503122226451ea.jpg
視線を右に移すと、また何かある
DSC08064_R_20150312222646be0.jpg
これは艦船の出入りを監視する為の物らしい(後ろの鉄骨が気になる)
浦郷弾薬庫_R
早速裏山に登るのだが、こんなフェンスに囲まれて、進入出来なかった
この裏山は、旧海軍貉火薬庫からの続きで、現在米軍使用の弾薬庫となっている
DSC00250_R_20150312224601d22.jpg
もはや長浦港の顔となった潜水艦
DSC08048_R_201503122246029ac.jpg
鳥たちの憩いの場(トイレ)となっている
DSC08061_R_20150312224605eb9.jpg
向こう側は箱崎米軍施設になっている
DSC00243_R_20150312224600598.jpg
その山頂にも何やら古い建物が、現役で残っている
DSC08062_R_201503122246051b4.jpg
そのまま右を見ると、比与字弾薬庫新(地下式)、旧(奥の緑屋根)が見える
DSC04937_R_201503122321300f9.jpg
比与字にも、監視哨がある
DSC04938_R_2015031223213130a.jpg
側面にも防壁を持つ、特殊なもの
DSC04941_R_201503122321337e9.jpg
残念ながら、出入り口は2ヶ所とも塞がれている
CIMG0488 - コピー_R
内部は、総コンクリート製
DSC08067_R_20150312232728ac8.jpg
再び船越に戻る
DSC08066_R_201503122327272df.jpg
機銃の整備をしていた
DSC08068_R_201503122327302b4.jpg
軍需部跡地も、工事用プレハブが建っていた
DSC00237_R_201503122327263ea.jpg
その裏山、下には巨大な地下壕が有り、この山腹には
DSC06245_R_20150312233456239.jpg
こんな監視哨が隠れている
DSC09518_R_201503122335002c1.jpg
入口
DSC09520_R_2015031223350193e.jpg
中は意外と広く、2部屋になっている
DSC06247_R_20150312233458cf7.jpg
奥の観測室
DSC06246_R_20150312233457f64.jpg
畳2畳ぐらいかな?

このような物は、一部なのだろう・・・入る事の出来ない米軍施設、海上自衛隊施設内にはもっと沢山の旧軍遺構が眠っているのだろう

東京湾第三海堡(大型兵舎)

この遺構は、神奈川県横須賀市平成町3丁目37(うみかぜ公園)内にあるので、地区は違っているが
便宜上ここにまとめる事にする、こちらの遺構は入る事が出来ないので、いつでも柵越しに見るしかない。
285_R.jpg
東京湾第三海堡展示会場のパネル、反射して見難いが仕方が無い
DSC00349_R_20140811210637e56.jpg
しおかぜ公園のボードウォーク
DSC00350_R_201408112106387ea.jpg
ぐるりとフェンスで囲まれている
DSC00351_R_201408112106398e5.jpg
こうして置かないと、この近くの広場はスケボーやBMXの練習場になっていて、落書きの温床になってしまう
DSC00352_R_201408112106419b7.jpg
保護の為にはやむおえないのだろうが、味気ない
DSC00354_R_20140811211559b88.jpg
正面、蓋をして置かないと、ゴミを投げ込まれるこの辺は
DSC00355_R_201408112116009a4.jpg
窓もバッチリ閉鎖
DSC00356_R_20140811211601a65.jpg
柵の中の案内板
DSC00357_R_20140811211603fee.jpg
見難くて仕方がない
DSC00358_R_20140811211604032.jpg
何とか読めるかな?
DSC00360_R_201408112122277c0.jpg
メインパネルは柵の中の芝生で寝ている
DSC00359_R_20140811212226169.jpg
誰も読めないだろうこんなの!
P1020112.jpg
グーグル航空写真(うみかぜ公園)
P1020115.jpg
グーグル航空写真(東京湾第三海堡展示会場)
DSC03552_R_20140811212810fb7.jpg
アイクルから見た、東京湾第三海堡展示会場(アイクルはただで入れる)
1_20140811213440f6c.jpg
資料を少し貼っておこう
5.jpg
4.jpg
2_201408112134411e3.jpg
3.jpg
特筆すべきは、右外のケーソンである、当時の最先端技術を駆使している
1_R_20140811214457b9d.jpg
予告があった
pac2_R.jpg
対岸の仮展示場
pac1_R.jpg
大型起重機船で鶴
100818_04L_R.jpg
海上自衛隊協力(通り過ぎただけ)
100818_03L_R.jpg
アイクルから丸見え(窓は開かない)
100818_02L_R.jpg
落ちたらどうなる?なんて考えてしまう
100818_01L_R.jpg
到着、写真で見るとすぐだが、ものすごい時間がかかっている

引き上げられたのは、これだけではないが、処分されてしまっている
護岸_R
護岸
倉庫_R
倉庫
通路_R
通路
砲台囲_R
砲台囲
擁壁_R
擁壁
ケーソン_R
ケーソン
貯水槽_R
貯水槽
通路_R (2)
通路
通路階段付_R
通路、階段付き
兵舎_R
兵舎
平成13年10月27日旧陸軍8cm砲弾_R
8cm砲弾
平成13年11月22日旧海軍25mm機関砲弾_R
25mm機関砲弾
平成13年11月22日旧海軍95式酸素魚雷の尾部_R
95式酸素魚雷の尾部
平成14年2月2日マーカー(照明弾?)208個 _R
探海灯の炭素棒と思う、同一の物を田浦火工工場地下壕(砲工部)でも見ている
平成14年8月22日通常爆弾99式6番 _R
99式6番(60kg爆弾)
様々な遺構が存在も知られず海に帰って行った事を覚えておいて欲しい
吊り上げられた調査済み構造物は第三海堡跡南西2,000m の海域に投棄され魚礁などに再利用されているそうだ

東京湾第三海堡(砲台砲側庫)

第三海堡には、15cmカノン砲4門、10cmカノン砲8門の大砲が据えてあったので、給弾口は狭くて大丈夫だ
227_R.jpg
それではここでの最後の物件、砲台砲側庫(砲側弾薬庫)を見ていこう
228_R.jpg
左右に入り口一つ、部屋一つずつになる
229_R.jpg
入り口上にあるのが、着弾観測所になる
231_R.jpg
真横
230_R.jpg
これが砲側への給弾口
234_R.jpg
レールの上を滑らせて出てくる
235_R.jpg
236_R.jpg
後は味気ない
237_R.jpg
完全なシンメトリーになっている
238_R.jpg
給弾口も同じ
239_R.jpg
では、左側から潜入する
240_R.jpg
この写真は対岸に仮保存されていた頃のが使われている
245_R.jpg
左側の部屋
247_R.jpg
左側給弾口
249_R.jpg
人力にてここから押し出す
252_R.jpg
奥はやはり丸い
253_R.jpg
奥から入り口を望む、室内は丸みを帯びている
257_R.jpg
右の部屋に移動
262_R.jpg
左右対称なだけで、変わりは無い
263_R.jpg
右側給弾口
264_R.jpg
若干庫内の給弾機の部分が残っている
265_R.jpg
15or10cmカノン砲の弾が出されていたのだろう(ちなみに有事にしかここには弾は置かない、普段はからっぽ)
CIMG1560_R.jpg
横から見ると、排水溝なのか、穴が開いている
CIMG1558_R.jpg
恐らくここに簡易クレーンがあり、砲弾を吊り上げて降ろしたのだろう、観音崎などでも見られる
CIMG1512_R.jpg
この模型の上の方がこの遺構だ
306_R.jpg
ログハウスに向う
CIMG1507_R.jpg
海底の残留物
CIMG1505_R.jpg
今もやってるかは不明
CIMG1508_R.jpg
中央にある模型は中々の物である
CIMG1509_R.jpg
当時の写真が数枚有る
278_R.jpg
惜しい人を亡くした
281_R.jpg
飛行場を日産のコースにしている工事、左に掩体壕が見える
283_R.jpg
夏島の憲法碑
271_R.jpg
消防ホース、ノズル
269_R.jpg
最近増えた、横須賀海軍航空隊の遺物を勝手にあさる
270_R.jpg
給料缶(ご飯などを配る物)
295_R.jpg
アルミの小皿(珍しい)、錨マークも見える
300_R.jpg
メーカー名?穴が空いたのか、補修跡がある
290_R.jpg
表側、今で言う厚生センターだろう
293_R.jpg
裏側、良く木製のこんなの残ってたものだ
CIMG1585_R.jpg
これは、調査用に抜き取られた、天井などの一部(サンプル)

アイクルフェアなどの時も開場するので、毎月第一日曜と合わせて訪れてみよう

東京湾第三海堡(探照灯)

東京湾第三海堡とは、東京を防護するため東京湾口に設けられた砲台を設置するための人工島。
明治25(1892)年の着工以来、当時の土木・建設技術を結集して30年間に及ぶ難工事の末、大正10(1921)年に、竣工した。
しかしながら、わずか2年後の関東大震災によって崩壊し、大半が海中に没してしまった。
関東大震災で大破した第三海堡は、その後も波浪により崩壊が進み、半ば暗礁化してしまった。
第三海堡は浦賀水道航路に接しているため、付近の水域では海難事故が多発するようになり、航路の安全を確保するため、第三海堡を撤去し水深23mを確保する工事が始まった。

撤去工事は平成12年(2000)から平成19年(2007)に亘って実施された、その間、撤去構造物の内、大兵舎と呼ばれる構造物はうみかぜ公園に移設され、探照灯、砲台砲側庫、地下通路、観測所と呼ばれる4つの構造物が、追浜展示施設(民有地)に保存・展示されていた。

しかし、撤去工事終了後の展示施設の維持が難しくなったということで、移設場所がなければ、この貴重な遺産が廃棄されるとの話が伝わり、ぜひ追浜地区内に残したいとの声があった。
しかし、いずれもかなりの重量物で陸上輸送が出来ず、海上輸送でクレーンのアームが届く範囲にしか移送できないなど、困難な条件があった。

関係者の努力によって国(国土交通省)と横須賀市の協議が整い、夏島都市緑地内に移設され、保存・公開されることとなった。(移設は探照灯、観測所、砲台砲側庫。地下通路は運搬に絶えられないとして移設されなかった)
186_R.jpg
まずは、探照灯の外観から見て行く
187_R.jpg
見ての様に真っ二つに折れているのを繋いである
188_R.jpg
真横
189_R.jpg
外側に回る
190_R.jpg
探照灯格納位置
191_R.jpg
探照灯台座
192_R.jpg
簡易台座に置いてあるので、本来の形では無い
193_R.jpg
謎の起伏
194_R.jpg
内側は階段になっているようだ
195_R.jpg
断裂部分
196_R.jpg
左右対称の形状をしている
198_R.jpg
屋上通路が見える
199_R.jpg
真横、天井は壊れている
200_R.jpg
では、潜入する
201_R.jpg
探照灯格納レール跡
DSC00924_R_20140807204250fb0.jpg
側溝もきれいに作られている
DSC00927_R_20140807204252430.jpg
以外に狭い出し入れ口
DSC00928_R_20140807204253cbc.jpg
下を見ると台座がある
203_R.jpg
C-290&M-145ってのは調査時の遺構ナンバーリング(折れて2つになってるからナンバー2個分)
206_R.jpg
埋まっていたレール
209_R.jpg
上を見ると空が見える
210_R.jpg
厚みや鉄筋の有無を調査したものだが、あちこちに開いている
211_R.jpg
右に行ってみる
212_R.jpg
断裂部分
213_R.jpg
通路の天井にも調査の穴が開いている
DSC00919_R_20140807210339896.jpg
階段は安山岩が使われている
DSC00916_R_201408072106055d7.jpg
落ちたら痛そうな階段を登る
215_R.jpg
今は安全の為、フェンスで出れない
216_R.jpg
天井通路は屋根部分がほとんど失われている
219_R.jpg
反対側に行ってみよう
220_R.jpg
上のアーチの溝は雨水が伝わって内部に入らない為の構造になっている
222_R.jpg
屋根が無くなってるので、明るい階段
225_R.jpg
床は調査の穴だらけ
226_R.jpg
崩れた階段の天井部分
CIMG1527_R.jpg
初期の頃には外に出る事が出来た
CIMG1530_R.jpg
ここに謎の鉄棒が立っているが、偶然そこに居た人が「昔俺がこれを着けたんだ、船で渡って釣竿を立てて置くための物だったが、まだ残ってるとは思わなかった」と、話してくれた・・・
CIMG1532_R.jpg
下を見ると、結構高く見える
223_R.jpg
上から見た観測所
224_R.jpg
砲側庫も見える
CIMG1538_R.jpg
下に降りていく
CIMG1539_R.jpg
排水溝
CIMG1540_R.jpg
コンクリート製要塞ならではだ
CIMG1543_R.jpg
変った接続部
CIMG1545_R.jpg
普段は地下陣地ばかりだから、スゴイ立派に見える
CIMG1513_R.jpg
模型で言うと、手前中央の折れている所のようだ