大井川本線廃引込線、廃SL
平成26年は午年らしいと言う噂を聞いたので、今年の締めくくりに鉄の馬を紹介する
自分的には鉄の馬と言えば当然「戦車」なのだが、昨日たまたま機会を得たので逝って来た
牧の原の大井海軍航空隊の遺構を探索の後に、ー廃墟日常記録帳ーの空母欲奈氏に案内してもらった
大井川本線は、静岡県島田市の金谷駅と静岡県榛原郡川根本町の千頭駅とを結ぶ大井川鐵道の鉄道路線である。
蒸気機関車 (SL) の動態保存・運行が行われている路線として知られる。また、元京阪、元南海、元近鉄の特急用車両が移管前の塗色のままで運転されている。
大井川本線名物の蒸気機関車牽引列車(SL列車)はSL急行「かわね路号」の名で、臨時列車の扱いだが原則毎日新金谷駅 - 千頭駅間に1日1往復運行される。休日など期間によっては2往復または3往復に増便されることもある。「かわね路号」のほか、臨時SL急行、日本ナショナルトラスト所有の「トラストトレイン」も運行される。列車愛称は「南アルプス号」などもあったが2011年10月1日のダイヤ改正で「かわね路号」に統一されている。主に冬季には検査などで運休になる日もある(主に火・木曜日)。SL急行に乗車するには運賃に加えて急行料金800円(2013年4月現在)が必要である。
静岡県島田市金谷東2丁目3483付近の川沿いに、大井川鉄道大井川本線、新金谷から分岐する廃引込み線がある。
そこには、引退したSLや客車、貨物車などが野晒しになっている、しかしこれらの車両は人が見てない時に、勝手に動き出すようで位置が変わる。
空母欲奈氏の訪問時、グーグルストリートビュー、今回の訪問時と車両位置が変動している。
通りすがりの道端に払い下げ車両と思われる物が落ちていたので、ついでに寄って見た
牧之原市勝田324付近の県道79号線沿い、勝間田小学校川向こうになる

移動中、ふと見たら黒い列車が・・・

遮断機付き

取り合えず見学をことわりに行く

しかし、誰も居なかった

この後ろ側の車両は、工房のような感じだった

連結器

不審者に見られそうなので、撤収する

引込線経路

現地到着、傾きかけた陽光であまり絵図らは良くない

SLは2台あった

後ろの方に客車と貨車がある

引込線ポイント

転轍機

転轍機を見ると

動かしたくなるのは何故だろう

レールのぶつ切り

断面

使えそうな作業車があった

マツヤマ軌道モータカー

きっとこれを使って独りでに移動しているのだろう

SLも役目を終えるとこうなってしまう

連結器

何か書いてある

プレートが無いと物淋しい

窯に上ってみる

煙突内部、雨露でキレイになっている

車掌室は無くなっている

蒸気ドーム、加減弁などが入っている(後)と滑り止めの砂が入っているコブ

隣の車両は砂箱が無くなり、蒸気ドームは紅い

車掌室(無いけど)から見る前方

下を見ると、動輪と連結棒が見える

丸見えな窯

逆サイド側

炭水部、石炭が入っていた所

最後部からの眺め

隣の車掌室は何とか残っている

取り合えず梯子をつたい、降りる

管理番号?

2両目の車掌室

夕日に赤錆が映える

動輪には連結棒が外されている

主動輪のはずみを付ける為のウエイトと連結部

見上げるとツタだらけの車掌室

ツタの絡まる手すりに掴まり登る

SLだが一部電子化されている

つたの絡まる電装部

昭和39年の名盤がある

右側の小さな椅子

天井には何かを入れていた箱がある、信号旗だろうか?

椅子からの眺め

給炭口

ボイラー部、ここで発生した蒸気が前記の蒸気ドームに蓄積されるが、蒸気には水分が含んでいる。
その水分がシリンダに送られるとシリンダ内の水分を取り去りシリンダに悪影響を来たす。
それでこの蒸気を加熱管に送り大煙管内を2往復させて乾燥させる、蒸気ドーム内蒸気→加減弁→乾燥管→加熱管(大煙管2往復)→乾燥した蒸気は蒸気室に入り、ここからシリンダに送られてピストンを動かす
自分は舶用ボイラーしか扱った事は無いが、構造自体は似た様な物だ

振り向くと、石炭取り出し口が僅かに開いている

運転席

座ってみると、シンプルなレバー類がある

ちょっと読めない

天井の通気孔、錆び付いて動かない

赤鼻の蒸気ドームが存在を主張している様だ

後を振り向くと、平貨車と客車がある

足回りは以外にきれいだ

シリンダー部(上、蒸気室・下、シリンダー)、上の蒸気室から下のピストンを動かし動力となる、不要となった蒸気は煙室に導かれ煙突から排出される

後の貨車に行く

上にはSLから外された部品が置かれている

破壊された方の車掌室の扉

客車のワイパー

なんと手動式で稼動する

天井はボロ錆である

廃なる車窓から

客車に見えたが、運転台がある

運転装置もちゃんとある

集合ボックス

電燈と蜂の巣

昭和41年7月製

客車は床下が見えるようになっている

天井にはちょっとシャレた電燈が並んでいる

後部の扉は最初から下側しか無い

観光用サロン車両のようだ

足元に連結棒が落ちていた

砂利などを運ぶ貨物車

そろそろ帰る時間だ

もう、逢うことも無いだろう

だいぶ日が傾いてきた

車窓に夕日が反射する

最後に挨拶をしてくれている様だ

以前紹介した石部トンネルでも紹介した絵葉書だが、東海道本線(大井川線と接続しているようだ)大崩海岸現役時代の物だ、車両はまったく別の物だが、この機関車たちも走った事があるのだろうか?
C10型(プロトタイプ23両)~C11型が都市近郊の高速列車用として造られた~C12型は昭和初期の不況時に簡易線用として経済性を求めて製造された、大変便利に使えた機関車で、15年間で293両が製造された。
C56型は、C12形に炭水車を付け長距離用としたもので、製造された165両中90両が戦時中タイ、ビルマ等に送られた物だが、この内昭和54年、タイから31号機と44号機が日本に帰国した。
31号機は靖国神社(遊就館)に展示され、44号機は大井川鐵道に入線し、2007年の「日本とタイの修好120周年」を記念して、同年より“タイ国鉄仕様”の姿(外観・塗装)で運転していたが、2011年1月29日に“日本国鉄仕様”のカラーリングに戻し運転を再開した。
現在も動態保存として稼動しているが、メーターゲージ仕様の動輪は交換され、勿論ボイラーも2007年に交換されている、ATS装置(自動列車停止装置)などは、引退したC11などから移植を受けている。
大井川本線廃引込線、廃SL
前回紹介した「モデルアート(月刊2月号)」が、遠征から帰宅したら届いていた

書店で見かけたら、一読(出来たら買って!)して見て欲しい

個人紹介は自分希望で掲載を辞退したので記事は少ないが、3月号にも引き続き掲載される予定!
今年1年当ブログに付き合ってくれてありがとう!
皆様、良い年を!
自分的には鉄の馬と言えば当然「戦車」なのだが、昨日たまたま機会を得たので逝って来た
牧の原の大井海軍航空隊の遺構を探索の後に、ー廃墟日常記録帳ーの空母欲奈氏に案内してもらった
大井川本線は、静岡県島田市の金谷駅と静岡県榛原郡川根本町の千頭駅とを結ぶ大井川鐵道の鉄道路線である。
蒸気機関車 (SL) の動態保存・運行が行われている路線として知られる。また、元京阪、元南海、元近鉄の特急用車両が移管前の塗色のままで運転されている。
大井川本線名物の蒸気機関車牽引列車(SL列車)はSL急行「かわね路号」の名で、臨時列車の扱いだが原則毎日新金谷駅 - 千頭駅間に1日1往復運行される。休日など期間によっては2往復または3往復に増便されることもある。「かわね路号」のほか、臨時SL急行、日本ナショナルトラスト所有の「トラストトレイン」も運行される。列車愛称は「南アルプス号」などもあったが2011年10月1日のダイヤ改正で「かわね路号」に統一されている。主に冬季には検査などで運休になる日もある(主に火・木曜日)。SL急行に乗車するには運賃に加えて急行料金800円(2013年4月現在)が必要である。
静岡県島田市金谷東2丁目3483付近の川沿いに、大井川鉄道大井川本線、新金谷から分岐する廃引込み線がある。
そこには、引退したSLや客車、貨物車などが野晒しになっている、しかしこれらの車両は人が見てない時に、勝手に動き出すようで位置が変わる。
空母欲奈氏の訪問時、グーグルストリートビュー、今回の訪問時と車両位置が変動している。
通りすがりの道端に払い下げ車両と思われる物が落ちていたので、ついでに寄って見た
牧之原市勝田324付近の県道79号線沿い、勝間田小学校川向こうになる

移動中、ふと見たら黒い列車が・・・

遮断機付き

取り合えず見学をことわりに行く

しかし、誰も居なかった

この後ろ側の車両は、工房のような感じだった

連結器

不審者に見られそうなので、撤収する

引込線経路

現地到着、傾きかけた陽光であまり絵図らは良くない

SLは2台あった

後ろの方に客車と貨車がある

引込線ポイント

転轍機

転轍機を見ると

動かしたくなるのは何故だろう

レールのぶつ切り

断面

使えそうな作業車があった

マツヤマ軌道モータカー

きっとこれを使って独りでに移動しているのだろう

SLも役目を終えるとこうなってしまう

連結器

何か書いてある

プレートが無いと物淋しい

窯に上ってみる

煙突内部、雨露でキレイになっている

車掌室は無くなっている

蒸気ドーム、加減弁などが入っている(後)と滑り止めの砂が入っているコブ

隣の車両は砂箱が無くなり、蒸気ドームは紅い

車掌室(無いけど)から見る前方

下を見ると、動輪と連結棒が見える

丸見えな窯

逆サイド側

炭水部、石炭が入っていた所

最後部からの眺め

隣の車掌室は何とか残っている

取り合えず梯子をつたい、降りる

管理番号?

2両目の車掌室

夕日に赤錆が映える

動輪には連結棒が外されている

主動輪のはずみを付ける為のウエイトと連結部

見上げるとツタだらけの車掌室

ツタの絡まる手すりに掴まり登る

SLだが一部電子化されている

つたの絡まる電装部

昭和39年の名盤がある

右側の小さな椅子

天井には何かを入れていた箱がある、信号旗だろうか?

椅子からの眺め

給炭口

ボイラー部、ここで発生した蒸気が前記の蒸気ドームに蓄積されるが、蒸気には水分が含んでいる。
その水分がシリンダに送られるとシリンダ内の水分を取り去りシリンダに悪影響を来たす。
それでこの蒸気を加熱管に送り大煙管内を2往復させて乾燥させる、蒸気ドーム内蒸気→加減弁→乾燥管→加熱管(大煙管2往復)→乾燥した蒸気は蒸気室に入り、ここからシリンダに送られてピストンを動かす
自分は舶用ボイラーしか扱った事は無いが、構造自体は似た様な物だ

振り向くと、石炭取り出し口が僅かに開いている

運転席

座ってみると、シンプルなレバー類がある

ちょっと読めない

天井の通気孔、錆び付いて動かない

赤鼻の蒸気ドームが存在を主張している様だ

後を振り向くと、平貨車と客車がある

足回りは以外にきれいだ

シリンダー部(上、蒸気室・下、シリンダー)、上の蒸気室から下のピストンを動かし動力となる、不要となった蒸気は煙室に導かれ煙突から排出される

後の貨車に行く

上にはSLから外された部品が置かれている

破壊された方の車掌室の扉

客車のワイパー

なんと手動式で稼動する

天井はボロ錆である

廃なる車窓から

客車に見えたが、運転台がある

運転装置もちゃんとある

集合ボックス

電燈と蜂の巣

昭和41年7月製

客車は床下が見えるようになっている

天井にはちょっとシャレた電燈が並んでいる

後部の扉は最初から下側しか無い

観光用サロン車両のようだ

足元に連結棒が落ちていた

砂利などを運ぶ貨物車

そろそろ帰る時間だ

もう、逢うことも無いだろう

だいぶ日が傾いてきた

車窓に夕日が反射する

最後に挨拶をしてくれている様だ

以前紹介した石部トンネルでも紹介した絵葉書だが、東海道本線(大井川線と接続しているようだ)大崩海岸現役時代の物だ、車両はまったく別の物だが、この機関車たちも走った事があるのだろうか?
C10型(プロトタイプ23両)~C11型が都市近郊の高速列車用として造られた~C12型は昭和初期の不況時に簡易線用として経済性を求めて製造された、大変便利に使えた機関車で、15年間で293両が製造された。
C56型は、C12形に炭水車を付け長距離用としたもので、製造された165両中90両が戦時中タイ、ビルマ等に送られた物だが、この内昭和54年、タイから31号機と44号機が日本に帰国した。
31号機は靖国神社(遊就館)に展示され、44号機は大井川鐵道に入線し、2007年の「日本とタイの修好120周年」を記念して、同年より“タイ国鉄仕様”の姿(外観・塗装)で運転していたが、2011年1月29日に“日本国鉄仕様”のカラーリングに戻し運転を再開した。
現在も動態保存として稼動しているが、メーターゲージ仕様の動輪は交換され、勿論ボイラーも2007年に交換されている、ATS装置(自動列車停止装置)などは、引退したC11などから移植を受けている。
大井川本線廃引込線、廃SL
前回紹介した「モデルアート(月刊2月号)」が、遠征から帰宅したら届いていた

書店で見かけたら、一読(出来たら買って!)して見て欲しい

個人紹介は自分希望で掲載を辞退したので記事は少ないが、3月号にも引き続き掲載される予定!
今年1年当ブログに付き合ってくれてありがとう!
皆様、良い年を!
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