下志津駐屯地創立59周年記念行事 その2

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こうゆう祭りの始まる直前の一コマが好きだ
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グランド周辺に、車両が集まりだした
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隊員達も続々行進して来る
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グランド周りにはつつじが咲き乱れている(つつじ祭りだし)
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グランドの芝生にある屋台村
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ミリーなお店
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バックやさん
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ワッペンやさん
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日付け入りワッペンって、売れ残ったらどうするんだろう?
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木更津あかね仕様の痛コブラ
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次女葵仕様、各1600円
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軍シャツ屋さん
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演武などは以外に面白いようだ
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奥の方は各種子供向けゲームひろばとなる
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スタンドは満席になっている
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部隊入場が始まる
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ぞくぞくと入場してくる
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音楽隊も入場
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集結完了
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指揮官入場
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前列へ並ぶ
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観閲官入場
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ささげ銃
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国旗入場
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観閲官観閲
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スタンド席最上段は、いい席だ
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記念式典終了
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観閲行進準備に散って行く
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おのおの退場して行く中
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音楽隊のみ、Uターン
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そのまま観閲行進に入る
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一度退場した部隊も再入場
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まずは、近隣市町村の旗が入場する
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市町村の旗ごとに紹介していく
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候補生入場
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機械化部隊なので、人員は少ない
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車両の観閲行進が始まる
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先頭は82式指揮通信車
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車両説明は最後に張る動画にて!
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今日は車両の観閲まで


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下志津駐屯地創立59周年記念行事 その1

26年4月29日に行われた、下志津駐屯地創立59周年記念行事(つつじ祭り)に行って来た
大正八年に下志津が原に飛行学校開設、10年に下志津分校開校、13年下志津陸軍飛行学校開設
昭和八年ごろには、四街道高射砲隊などとの演習を行う、19年6月に平時学校としての閉校
下志津教導飛行師団の師団指令部となり、第3飛行隊、材料廠、通信隊、写真隊が置かれる
20年3月に陸軍特別攻撃隊「震武隊」「白梅隊」が編成される。
昭和29年8月に高射学校開校、30年レーダー連動の9cm高射砲配備、34年ロケット実験訓練隊開隊
30年に現地に新校舎完成、42年35mm2連装高射機関砲配備、42年まで駐屯地整備が進む
44年高射教導隊編成、以降高射学校を中心として発展する。
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のんびりと0630に横浜出発
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京葉道はいつも渋滞、思えば2日前にもここ通って東金探索していたな~
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今回から駐屯地に車が停められなくなったので、都賀駅に車を停め、臨時バスで行く(210円)
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このロータリーから民間バスで行く、プラカードやカンバンは無い
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自衛隊前バス停で下車、隊員が案内してくれる(目の前だが)
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駐車場1日上限1000円+バス210円X2かかった
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0815に到着
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張り紙
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0835に入場開始
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手荷物検査は、金属探知機のみ
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基地際が始まる
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魅力的な展示物があるが、まずはスルー
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曇天のグランドに向う
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なんと式典1030なんて遅い時間!まだ2時間近くある
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会場の御案内
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屋台は充実している
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スタンド席最上段を確保
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旧軍遺構を探しに行く
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この御トイレは間違い無いだろう
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旧格納庫だろう
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改修はされているが、コンクリート基礎はそのままだろう
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そこら辺にステキな箱が積み上げられている
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変わったマンホール
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戦後だろうが、気になる一品だ
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瓦屋根の古い建築物
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ボロボロのコンクリート群
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新倉庫、旧倉庫?
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コンクリート壁が気になる
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これらは怪しいだけで、戦後の物ではないとは言えない(基地隊員に聞いても9割以上何も知らないのが普通)
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写真を撮りまくっている、全国戦争遺跡調査研究会のI氏
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外なら130円のコーヒーが80円だったりする
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覆い繁った緑の中にある祠の近くに
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石柱が!
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62号の番号と
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裏には陸軍用地がくっきり彫ってある
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上部には境界を示す区画線が伺える
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天皇の松
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幾つかの碑が並んでいるが、立ち入り禁止で他は判別不能

先行で動画を一枚貼っておく

87式自走高射機関砲の面白展示

二子山高角砲台

逗子の葉山にある、南郷上ノ山公園の二子山に、横須賀海軍警備隊 第一高角砲大隊所属 二子山高角砲台の遺構を探しに行って来た。
標高207mの山頂に、12cm高角砲を4基と25mm連装機関銃及び、13mm連装機関銃を備えた陣地があった
しかし、現在は砲座と言われるクレーターが一つと、96式150cm探照灯2基の台座のみが残され、藪を探すと機銃座とおぼしき窪みも散見出来る。
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南郷上ノ山公園に車を停める
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右側の野球場から登るコースが一番近い
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中央に見えている無線塔まで登って行く
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グランド裏の登り口、広場の奥にある
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延々とただひたすら登って行く
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案内板も無い分岐を右に行く
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コンクリート構造物があるが、近代だろう
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なぜかこの辺だけガードレールのある車道になっている
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この分岐も道なりに右へ
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ボロボロの案内板
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やっと着いた
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後はこれを登るだけ
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砲座はお弁当広場となっていた
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展望台憑き
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展望台から砲座を撮影
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チビタ案内板
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誰も居なくなってから、再度撮影
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三角点
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三角点の先の藪に突入する
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ここに円形の機銃座があるのだが、写真では判りにくい
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藪の中に探照灯の台座が見えて来た
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奥にもう一つ見える
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近ずいて見ると、削れている
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見上げて見ると、かなり大きい
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鉄骨ドロが削ったのだろうか?
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いい枝ぶりの木がある
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実に丁度いい
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少し欠けている
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こんな感じに探照灯が乗っていたのだろうか?
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到着
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四角い配線の穴とボルトが3本
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隣の上部は、積もった枝で判別不能
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上から位置関係
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これも機銃座であろう
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さぁ、藪を漕いで戻ろう
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何となく道はある
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砲座に戻って来た
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砲座の周りには、下へ伸びる道がたくさんある
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さて、帰ろう

小坪海面砲台

神奈川県鎌倉市材木座6丁目にある、小坪海面砲台に行って来た
ここは教導氏に教えて貰ったのだが、訪れた時にはすでに防護ネットが張られ、入れなくなっていた
15cmカノン砲2門の洞窟砲台で、南北に一門ずつの砲座を持っていたが、南側の砲座は擁壁工事により埋まってしまっているが、北側の砲座は防護ネット越しに見る事が出来る。
「砲台に消えた子どもたち」という本があるが、ここがその砲台らしい、昭和20年10月に砲台内で火薬の爆発により14人の子供たちが亡くなるという大事故があったそうだ。
すぐ近くには、披露山高角砲台(小坪防空高角砲台)があるので、そちらも立ち寄った。
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この遂道のそばにある
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遂道脇の倉庫の影にも壕口がある
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上の方まで一面の落石防護ネット
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判るだろうか?
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北砲台は現存している
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周辺探索をすると
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コンクリート巻きの砲台入り口と思われる壕口がある
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その付近にも素掘りだが、倉庫壕と思われる小規模な壕が埋まっている
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いずれも中には入れない
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光明寺坂の付近
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このアーチの山側
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大きな開口部がある
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すぐ横にも怪しげな穴が
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コンクリートで塞がれた所もある
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正覚寺の方に移動する
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この駐車場に塞がれた壕口がある
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奇妙な石仏の先にある
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この辺に南砲台があった様だ、そこへの入り口だったのではないか?
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戻りしな、何か生えてるのを発見
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海軍省要塞地帯標だ
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昭和十六年
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東京湾要塞地帯標
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披露山公園に移動する
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三つの砲座と指揮所が残る
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説明
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指揮所跡、レストハウスの下
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12.7cm連装高角砲砲座その1
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その2
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その3
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長者ヶ崎砲台方向
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披露山公園から見た、小坪海面砲台の山

板妻駐屯地 創立52周年記念行事 その4(資料館)

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高機動車の体験試乗に行く、ここでは乗れるのはこれだけ
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ヘルメットと手袋を貸してくれる
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4WSにより、かなり小回りが利く
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それでは出発
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途中、高機動車について説明してくれる
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お疲れ様、約4分程度の一周だった   
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グランドの地上展示を見る
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ヒトマルは柵で区切られ、近寄れ無い
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さっきは敵側の車両だったクーガー
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代表的な装輪装甲車だ
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FH-70は乗れるので人気だ
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珍しく尾栓が開いている
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これはあまり見れない
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入ってみたい
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地上展示はこれだけ
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資料館の前にある74式戦車
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砲塔がいい角度で止まっている
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説明
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予備のキャタピラ、昔は装甲代わりに張っていた、チョバムアーマーの前身?
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欲しい・・・
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一角に旧軍縁の遺構がある
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大和魂碑と陸の標柱
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ソロモン群島戦没者「無名戦士の碑」
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陸軍省所轄地
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この辺は近代のもの
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資料館全景
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入場無料
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軍神橘中佐を祭っている
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館内は礼を尽くす為、脱帽すべし
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後はただ貼って行く
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参考
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参考
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なぜかここだけ撮影禁止になっていた
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手作り木製迫撃砲
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出口にお土産が置いてある
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資料館を後にする
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昼飯
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シャトルバスに乗って、臨時駐車場へ
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板妻駐屯地を後にする
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この辺では自衛隊車両は結構走っている
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お土産

板妻駐屯地 創立52周年記念行事 その3

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FH-70が自走して入ってくる
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停車
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展開、号令を掛けているのは、WACだった(特科では珍しいのでは?)
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状況開始、偵察組が徒歩で警戒にあたる
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敵の待ち伏せと遭遇、これを近接戦闘にて撃破する
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鉄棒の柱左に、ギリースーツの狙撃組が居る
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二人ほど狙撃した
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撤収するなまはげ二人
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偵察隊のKLXが進入
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ジャンプ台を楽々越えて行く
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観閲者向けジャンプ
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敵陣地へ強行偵察
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バイクを盾に銃撃戦の後、離脱
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火力支援の、迫撃砲部隊
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こちらは81mm迫撃砲、キャリアに積まれている
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87式対戦車誘導弾
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軽1/2トラックでけん引して来た120mm迫撃砲
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FH-70による支援砲撃
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二発目
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着弾!
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三発目、今日はマズルフラッシュが見えない
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三発目も着弾
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迫撃砲も発射する(ふりだけ)
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敵装甲車に87式対戦車誘導弾を発射
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発射後、ただちに陣地変換
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移動しないと反撃を食らってしまう
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軽装甲機動車の突入
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81mm迫撃砲も陣地変換後、組み立てなおす
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5.56mmのMINIMIを撃ちまくる
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敵陣地に突入
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下車戦闘!
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いきなり負傷者発生!
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救護班出動!
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その後から不意に、ヒトマルが突っ込んできた
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ドリフト停車!
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負傷者搬送!
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ヒトマルが黒煙をあげる
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激しく発砲する普通科部隊
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ヒトマル発砲!音が軽い
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黄色く着弾
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敵戦車撃破
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頭上にはコブラが支援にやって来た
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支援の下、突撃開始!
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FH-70の火力支援
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ヒトマルが突っ込んで行く
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状況終了!
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次の任務に移行せよ!(車両展示)
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迫撃砲も収容完了、撤収
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隊員達が手を振りながら通過する
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あまり見られない事だが、気持ちのいい物だ!




板妻駐屯地 創立52周年記念行事 その2

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轟音一発、式典開始
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国旗登壇
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捧げ銃!
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観閲官登場
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観閲
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観閲官に礼
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解散
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観閲行進の為、グランドを離れる
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音楽隊の行進
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観閲部隊進入
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観閲官に敬礼
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第32普通科連隊の行進
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ボディアーマーを着けた部隊
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これは、着けるだけでかなり重い
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レンジャー部隊の行進
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新兵さん
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曹候補生達
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金バッチがまぶしい23歳ぐらいの若者
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グランドにエンジン音が轟く
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車両の観閲行進が始まる
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ヘッドギア付き偵察用軽装甲機動車
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小型誘導弾装備の軽装甲機動車
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前盾付き5.56mm機関銃(MINIMI)装備の軽装甲機動車
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全周囲盾付き軽装甲機動車(イラク派遣に使ったタイプ)
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高機動車の進入
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120mm迫撃砲RT(普通科最大の火砲)
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1/2tトラック
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対戦車誘導弾を装備した1/2tトラック
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7tトラック
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軽レッカだがファインダーに収まらない
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82式指揮通信車
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式典終了、国旗が去っていく
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突如乱入して来た一団、隊員家族だそうだ
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新型消防車
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災害支援的な繋がりらしい
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静岡県警はアルミを履いた高級車
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消防車カッコイイ、そう言えば自衛隊にも新型消防車が入ったはず、見たい!
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音楽隊の進入、腕に着けた楽譜がカッコイイ
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3曲ほど演奏した
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その後では、訓練展示の準備が始まる
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入れ替わりにドリル隊が入ってくる
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高等工機学校の生徒達(世間でゆう高校生相当)
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ファンシードリル展示
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詳しくは動画で
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ドリル展示終了




板妻駐屯地 創立52周年記念行事 その1

平成26年4月20日に行われた、板妻駐屯地 創立52周年記念行事に行って来た。
この時期は、駒門、滝ヶ原、板妻と連続で基地際をやるのだが、今回は休みが無く、板妻しか行けなかった。
まぁ、この板妻駐屯地には来た事が無かったので、やっと休みが合ったのは幸いだった。
横浜の当日の天気予報は20%程度、これなら大丈夫だと思って出発した。
始めに言っておこう、この駐屯地は規模が小さめであるとゆうことを・・・
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今回のプログラム
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横浜はうす曇だが、問題無くゆっくりめの0630に出発する
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何でまた雨なの?
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一旦駐屯地の前を通過し、臨時駐車場を目指す、約2Kmほど先にある、そこまでの案内はほぼ無い
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板妻交差点を右に曲がる(この時点で案内の自衛官もカンバンも何も無い)
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交差点から200mほどの所にある唯一の看板、この後は駐車場入り口まで何の案内もない(人も立っていない)
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板妻北交差点を左に曲がり、すぐのこれを左に曲がる、何の案内も無いので、最初はまっすぐ路なりに行ってしまった
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田舎道を結構走ってやっと見えてくる
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0800に到着と同時に雨が止む、日頃の行いの表れだろう!
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シャトルバスは0900~1500と書いてあるが、0825より乗車開始
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乗車前に手荷物検査を受ける
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0830の開門時間に合わせ、発車する
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補助席まで使って乗って行く、無理せずとも次のシャトルはすぐ来る
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10分もせず、到着するが無理すれば歩いても来れるだろう、2Km程度
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PXの横に出たが、後で寄る事にする、まずは場所取りが肝心!
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準備段階の露天が並ぶ
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静岡とくれば、みかんかな?
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駐屯地案内板
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取り合えず、場所は確保した、時間までふらつく
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野外展示はこれだけ
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軽装甲機動車
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諸装備性能案内
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中距離多目的誘導弾
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その前にあるレンジャー部屋
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ほとんど誰も行かないが、奥に少しある
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自衛官の人数が多すぎて、近寄り難いが、あえて行く
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偵察用オートバイ(カワサキ)
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1/2t小型トラック
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ドアの裏には小銃を納めるストックがある
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シンプルな車内、最近はほとんどオートマチック車になって、負傷時にも運転が容易な様に配慮される
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隣には、御馴染みコスプレコーナー
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式典の準備が始まる
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去年の「ザク」は、「ゲルググ」に進化していた
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パネル展示コーナー
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PXに向う
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米軍のMRE(レーション)1680円、人の食い物ではない(あくまで個人的感想)
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基地内にヤマザキデイリーは多い
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こうゆうの見るのは面白い
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彼の家は(隊は)ヤキトリ屋さんである
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さぁ、時間になる
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ポジションに着く(鉄棒がじゃまである)
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祝砲発射!
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葉桜の上に花火があがる、記念式典がいよいよ始まる

先行動画の一部(後で貼りなおす)
板妻駐屯地 創立52周年記念行事その1 (←クリックで動画)

「廃墟」八丈島 ホテルオリエンタルリゾート

帰りの飛行機まで後一時間ある、レンタカー返却、搭乗鉄好きなどもあるが、中途半端に余った
鉄壁から降りて来て、底土に近いところと言えば、あれか!
海岸沿いを走ると、嫌でも目に入る白亜の建物、ホテルオリエンタルリゾート!
知る人ぞ知る、映画「トリック」の撮影現場だそうだ。
と、ゆうことで、つい近年までは営業していた、新しすぎる残留物てんこもりの廃墟を30分ほどチラ見した
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めっちゃ逆光だがこればかりは仕方が無い、出来立て廃墟に突入する
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海側の道路沿いには、ホテルの白い門柱が寂しげに立っている
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当時は八丈島最大のリゾートホテルとしてバブルに君臨した
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今では荒れ放題になってしまった
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たった数年の無人化で、割れてしまったコンクリートタイル
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草薮の中にテーブルの様な物が潜んでいる
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下の方に何やらあるが、後にしよう
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窓にはカーテンが下がり、見られている様な錯覚がある
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防火用水槽だろうか
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プールで目を洗うあの水道がなぜかある、防火用水槽で泳ぐの?
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と思ったら、後に小さなプールがあった
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防火用水槽は反対側にもあった
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なぜ、玄関の前にプールがあるのだろう?潰れた原因の一つでは?
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フロントの調度品は結構ある
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補修すれば、営業出来そうだ
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もと、フロントのカウンター、時計は0745で止まっている
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下を見下ろすと、巨大な貯水池が広がる
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上を見ると、大分塩害で壁面が傷んでいる
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右の棟に移動
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こちらは無残な壁面と積み上げられた金庫(ちなみに開かないか試していない)
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奥の方にはサマーチェアーが積み上げられている、その手前に
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埋蔵金でも掘ったのか?由良要塞 友ヶ島 虎島堡塁を思い出した
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宴会場か何かだったのだろうか?
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様々な残留物が残る部屋
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旅行の夜はやっぱりマージャン!
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指定カンバンが集められていた
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羽振りの良かった時代を思わせる
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少し移動する
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宴会場用の食器類が残っている
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金返せ的な寄せ書きが貼ってある、物騒だな~
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貯水池越しに白い門柱が見える、なかなか海に映える
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こうやって見ると軍艦島っぽい
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股間を破壊された噴水の像
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誰かが見ている気がしてならない、借金取りか?
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と、ゆうわけで、本館を立ち去る
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さっき見た離れた建物に行ってみた
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2階部分から進入する
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扉の内側、奥の方がすごい事に
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2階野外ステージに出る
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なんと、眼前にはまたプールがある、プール好きなホテルだ、海が目の前なのに・・・
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2階ステージ、1階更衣室になっている
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プールに水は無い
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残念ながら入ることは諦めた
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地面に穴が開いている所がある、地下壕か!
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ただの排水溝だった、落ちたらどうするんだ、このホテルは!
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男子更衣室に向う
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殺伐と荒れた男子更衣室
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奥にはトイレも完備されている
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折角なのでレディースも覗く
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この辺はまぁ普通
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何か違和感
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えっと、洗濯物?
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なんか、居住感バリバリなんですけど!
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遭遇戦は避けたいので、撤収する

飛行機の時間まで、あと20分ほどになっていた。

八丈島 直射砲台壕 その2

と、言う訳で二回目の直射砲台探索に行って来た!
1回目で無理をしなかった理由は、18650ライトを無くしてしまい、26650ライトはバッテリー切れだった
非常用ポケットライト二本と、主を亡くした予備の18650バッテリーしかない状態だったのだ。
宿で充電を済ませ、別の場所を探索途中の通り道でリトライする事になった。

資料を読んでいると、ここには「砲列を並べた」と書いてあったが現存しているのは、この砲座だけなのか不明だが
米軍引渡し時の資料によると、大阪遂道の前後に確かに砲列が並んでいた様だ。
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こんな感じ、現存しているのは下から2つ目の物
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無料駐車場に車を停めて、さっそく行く
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砲座に流れるコンクリートは入り口封鎖時の余ったのを捨てた様に思う、汚すぎだ
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やはりライトが在ると明るい
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寄り道せずに目的地に進む
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横の溝から天井までが元の高さで、2m弱あるから、谷の深さが判るだろう
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右上に電線用と思われる鋲が打ってある
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下を見る、落ちたらハマッて出れないだろう・・・
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渓谷を登って行くにつれ、谷も深くなる
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来た路を振り返る、もはや数10m進んで来たが、まだまだ渓谷は続いている
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ついつい下を見たくなる
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やっと先が見えて来た
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滝だ!
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よじ登ると左側に泉と化した部屋がある
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かなり澄んでいて、キレイな水だ(飲まないけど)
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もう一段よじ登る
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上には幾分普通になった壕が続く
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登って来たところ、滝つぼになっている
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さらに登ると
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なにやら破片が・・・これは!
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陸軍の透かしの入った食器ではないか!(がんばって来た人にのみ見れる、ご褒美の様だ)
こうゆう物は持って帰ってはいけない、訪れた人の楽しみに残さねば!
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さらに登って行くと
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今回の終着地点、2mほどの土の壁! カメラとライトを手に持っていては、無理と判断する
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危ない事はしない主義なので、今回はここまで!さっさと引き上げる
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次回はヘッドライトを買ってこよう。
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今回はそれなりの満足を得て出て来たのだが、後に途中に分岐路があった事が発覚!再訪決定!!
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上を見上げて、近代コンクリートと戦時コンクリートを見比べる
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一応鉄筋は入っていた
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直射砲台を後に、大阪遂道の反対側に回る
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裏手にある人捨て穴にやって来た、ここに繋がっているとの話を読んだのだ
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判りにくいが、ここに水没した穴が有る、これなのか?
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訪れる人も無く、酷い有様になっていた
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乗り越えて行くと、自然窟が現れた
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どうやらここが人捨て穴の様だ
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奥に穴は続いていたが、何となく躊躇われ、戻る事にした(荒らしてはいけない気がしたのだ)
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ついに帰る時が来た
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空港には海上自衛隊のSH-60哨戒ヘリがいた、給油に立ち寄った様だ
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給油完了、ヘリによじ登りローター類を点検している
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見た顔がいて、〇空だと判り少し話をした、去年「ひゅうが」にヘリで着艦した話をしたら、彼らはまだ着艦した事が無いと、逆に羨ましがられた、所属が違うと中々機会が無いようだ。
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搭乗が始まる
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日が傾いてきた
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宿題を残し、この地を去る瞬間
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八丈島上空は、結構揺れる
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八丈島上空を旋回する
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夕日が沈む
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東京湾第二海堡が見える
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横須賀、猿島
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今回の旅は終わった、近い内に第二次探索に向う、遠い様で意外に近い島だ、空港まで1時間で行けるので、島まで飛行機で45分程度、2時間ちょっとで着いてしまう、城ヶ島に行くのとたいして違わないのだ
ただ、旅費が桁違いにかかるのが、玉に傷なのだがその価値はある!(と思う)

八丈島 直射砲台壕 その1

大阪遂道の手前、逢坂橋の袂にぽっかりと開いている穴。
通称「直射砲台」、その名の通り第一米軍予想上陸地点、八重根港方面に向って開口している
しかし、「八丈島の戦史」の藤井部隊の砲兵陣地築城によると、昭和19年10月下旬に八丈島大阪トンネル入り口脇に、我が第一中隊の装備する九六式十五糎榴弾砲の巨大な洞窟の掘削が完了し、トーチカ砲座の鉄筋コンクリートを、1m以上の厚さで打設作業の旨記載がある。
この砲座は想定される敵の予想上陸地点を直接射撃出来、しかも海側を堅固な岩盤に護られた、絶好の側防砲兵陣地とある、場所に間違いは無いのだが、平射砲では無いのか?
確かに高位置にある為、榴弾射撃も旅順203高地を見ても可能だろう、ある意味直射(直接照準での射撃)だろう
また、八幡神社に据え付けられた砲も、由良要塞から運ばれて来た二十八糎榴弾砲(日露戦争の遺物)が40年の時を経て昭和に蘇った物だったそうだ。
占領後、米軍立会いで南原地区に試射をしたが、弾薬も明治三十八年製で不発弾が続出したそうだ。
さて、この壕だが道路から丸見えである、結構交通量もあるが気にせず行こう!
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日暮れの大阪遂道
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開放で撮っているので、明るく見えるが結構暗い
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現在地案内板
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米軍第一予想上陸地点説明図(うそ)
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同じに撮ってみたが、暗すぎる
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振り向くと、そこに奴はいた70年の時を経て
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九六式十五糎榴弾砲砲座
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この歪な部分に据え付けていたのだろう、後の中途半端なのは戦後の封鎖だろう
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砲室横の通路
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自然に埋まったのか、とても人の入れる高さではない
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砲座内側を見ると水が流れて、壕床を削っている
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取り合えず、右の広そうな道を行く
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壁面の釘
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こっちは太目の物が刺さっている
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かなり湿気が激しい、水が流れているせいだろう、外は雨だし
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炭化した何かが埋まっている、なんだろう?
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突然の行き止まり、当然ながら右側には大阪遂道が通っている
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空気穴?
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左側の穴に入りなおすと、砲員生息室がある、この壕には弾薬庫が見当たらない(下層には)ので兼用かもしれない
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壕はさらに奥に続くが、いやな音がする
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かなり歪な通路
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徐々に高さが無くなって行く
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また、太目の釘が刺さっている
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床に水は流れるも、掘削がキレイになる
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奥に入り、土の性質が変わって来たので、安定したのだろう
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左(道路側)に向う通路、当然埋まっている
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もう一本あるが、半壊している
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さて、いよいよ深部に到着なのだが
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なんじゃこりゃ!土が水で流され埋まっている、高さ1m無いかも
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中州に上がると足が沈む、奥にも二方向に道があるが、無理だ
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残るはこっちの、危険なオーラをまとうこの路のみ
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道が無い、もとい、亡くなっている、戦後70年で侵食され切っていた、水音だけが壕内に響く
ヘッドライトを持たぬ自分は常に右手に一眼、左手に大型ライトを持っている、基本的に両手が使えないのだ
いまは、無理だ!一日探索しまくった夜に足のふんばりも不安がある、引く所は引いておこう、次があるさ!
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へたれて砲室に帰って来た
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猛烈な敗北感を噛み締めながら、とっぷり暮れた夜の捜索を続行するのだった。
結果、闇夜の提灯で怪しさ丸出し、何の当ても無い探索で、2~3時間であきらめた
直射砲台の敗北で、気持ちが腐っていたのもあるだろうが、この後明け方まで八丈島の天気は荒れたのだ
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深夜、一応取って置いたロッジに向う
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素泊まり3000円夜間出入り自由
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エアコンは100円で2時間作動する、3月なので使わずごろ寝した
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御馴染み戦闘糧食で夜食を済ませると、ふて寝して明日に備えた、表がガタガタと五月蝿かったが、疲れからすぐに眠れた

長く続いた八丈島シリーズも直射砲台で終わりを告げる                            ?

八丈島 歴史民族資料館と裏の穴

以前ワンダージャパンに、第三の指令部と掲載されていた壕を検証しに行った
結果、なんか違う気がする、そこそこ広いのだが指令部要員が居るような、広い部屋は無い
壕全体の作りも荒く、せせこましい感じで、小部屋が多く通路が直線的だった。
街中に位置するのに、この壕内では碍子を見かけない、壁には灯り置きが掘ってある。
もちろん、自分が入った穴が一部の物で、他にもしっかりとした壕がその辺に埋没しているのかも知れない。
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八丈島歴史民族博物館に資料を求めてやって来た
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駐車場には超巨大な酒徳利が展示してあるが、どうやって作るのだろう?
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これはと思い、資料館で聞いて見たが、この資料館は元は東京都の八丈島支庁舎で、その頃の門だそうだ
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これが本来の入り口で、門扉はここに有った物を、資料館改造時に記念に移動保存したもの
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360円払ってポストカード付きの案内を貰う
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先に言おう、戦跡資料は皆無だった、写真一枚無い、360円と貴重な探索時間が失われた
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つぼ
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ツボ
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天皇陛下行幸記念碑
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海軍大将男爵鈴木貫太郎
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脇に小型の錨があったが説明は無い
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馬路散策路に向う
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レトロっぽい近代街頭に沿って行く
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下に降りて行くと
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何やら仏像が並んでいる中に壕口が並んでいる
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雨が降っているので、さっさと入る
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濡れた急斜面、帰りは登れるだろうか?
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入ってすぐは、ゴミだらけで硝子が危ない
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取り合えず左に行く、立って歩けるが以外に低い
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正面の道は下って行く
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壕はここから広くなる
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生息室の様な部屋
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直角に曲がる通路、以外に珍しい
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曲がった先に開口部が見えるが、柵がしてある
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外から見たここの壕口部分
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壕が陸式丸出しになって来た
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変則の交差点、ワザとずらしているのだろう
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右は埋没なのか、掘りかけなのか判らない
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左は小部屋状だが、入り口にズリがある
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正面はまた下って行く
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若干左に折れて、掘りかけ終息
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もと来た路を引き返す、別ルートへ
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細い通路と行き止まり、何の為の物だろう?
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突き当たりは、堀かけには見えない
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本通路に戻る
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また、下り加減に進む
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物置の様な小部屋、壁に灯り置きが掘ってある
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通路に戻る
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この壕は直角が多い
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この辺の掘削はキレイに出来ている
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右の小部屋
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残留物が並べられている
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「ワカ末(マツ)錠」は、古来民間で健胃・下痢止として用いられた“黄柏(オウバク)”から抽出された塩化ベルベリンを成分とする「下痢止」、現クラシエ薬品
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良く壕内では歯ブラシの残骸を見かける、毛が残っているのは貴重
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壕の最終ブロック付近は完成度が高い
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部屋も四角く多少広い
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これなど立派なものだ
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この通路の左右には、大きくないが部屋が多い
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いきなりすごい斜度を登る
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が、行き止まりだ、バカヤロー期待したじゃないか2階層を
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気を取り直し、元の通路へ
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部屋は四角に掘るんだが、やけに他の部屋も天井がおざなりだ
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また、床面がデコボコになって来た、水が流れ込む様だ
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多少の崩落があるようだ
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水路の様な、いびつな通路を登って行く
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そろそろ一周したようだ、風が入ってくる
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祠の横にあった壕口が見える
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あとは出るだけ、しかしこれだけ床が削れるほどの水は何処へ行くのだろうか?
この壕には水没区は無い、あるのは水が通った跡だけだ、なぞである

この資料館前の壁を見ながら、河口交差点に降りて行くと、途中に塞がれた壕口が幾つかある
更に交差点を八重根港に下りる路にも塞がれた壕が見える、この交差点には要所防衛用の機銃陣地がある様だが
自分は塞がれた壕口しか確認していない、下記サイトで紹介しているので参考にして欲しい。
また、宿題が増えてしまった・・・・

GO EXPLORING 廃墟
自転車で八丈島の探索を行った、とてつもない人です、自転車に乗れない自分にはまね出来ない荒行だ。
やはり、車での探索はこうゆう細かい所までは目が届かない不利がある、あえて自転車での探索行に頭が下がる
再訪時、捜索予定

八丈島 第16震洋隊巨大格納壕 その2

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さて、格納壕は少し離れた所にある、いくつかはこんな感じに見つける事が出来るが、藪漕ぎだ
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ここが一番入りやすい壕口
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入り口付近に横抗があるのだが、後回しにする
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それでは突入するが、広いと言っても震洋壕だ、構造はシンプルである、取り合えず右へ
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これは、人が行き来する為の横の交通壕だ、一つの縦に横抗2本って感じ
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これが一番海側の壕口となる
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入り口付近にある、人が寝れるサイズの物置?
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碍子はさっきの壕と同じ種類だが、こんな碍子は長い事穴に潜っているが、始めて見た!
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なんと、木製なのだ!高温になる、絶縁などの問題で陶器(セラミック)が普通なのに、物資不足?
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奥の曲がり角、大きなUの字に横抗が2本が基本形
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アレスティングフックが落ちている
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U字を回ると、さっそくこの壕の名物が目に入る
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上るのは楽勝、降りるの怖い、倒れそう・・・穴は人の通過がやっと程度
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2層目(中層)の通路、下層よりキレイかな
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誰かが陳列していた
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中層奥の連絡通路なのだが、なぜか湾曲している
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不明な金属の塊
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奥から壕口方向を見る
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これは、横の連絡抗
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第二の名物が見えた
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壕口はほぼ埋没、左は2本目の横抗
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今度の間口は広い
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しかし、ほぼ直角に近い!ほんとに連絡通路だろうか?
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壁には穴を通って碍子が並んでいる、戦後崩れて穴が開いたとかで無く、最初からの構造だ
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ちょっと信用するには何なハシゴだが
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さっさと登る
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3層目(上層)は若干狭く、浅いが複雑な形をしている
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左に下りる斜路
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結構な勾配で下っている、3層目は整備地区と思われる
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いろんな食器が並んでいる
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保と書いてある様だ
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右に異様な段差が!
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なんとも異様な横抗の接続
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どんぶり、湯のみ、お玉、食器が多いい
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壕口は埋没
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斜路を戻るが、なぜここだけ掘り込んである様に低いんだろう?
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通路に落ちている(立っている)ビール瓶
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なんだろう
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複雑に波打つ碍子(木製)の並び
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4連碍子、本土では生産系地下壕でしか見かけない
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この辺はまさに震洋壕っぽい作りだ、奥は突き当たり
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なぜか、両横の上の方が広くなっている
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3層目の壕口手前に、横抗がある
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この横抗は壁面が釘だらけだ
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さっきの一段低くなった通路の上に出た
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壕口そばには、特殊な施設がある
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これだ!
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コンクリートのスロープを下ると
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水槽になっている、水密試験槽だろうか?
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ひび割れた水底には、いろんな部品が落ちている
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床に窪みが2つ
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金属部品が点々と
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反対側のスロープ
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この壕、最終坑道となる、排水溝があるが水没している
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反対側に進む
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掘削中の横抗だろうか?入り口の段差が変だ、普通ここから掘って行くのに?
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両壁に釘の跡が付いている、ゆるやかに左に折れている通路
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曲がりながら終息
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妙に四角いのが印象的だ、最初の入り口に向う
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最初に行かなかった横抗に入る、妙に通路が狭い
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終点、これは!
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この壕唯一の銃眼だ、しかもコンクリート製、満足したので撤収する
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この基地からの出撃は幸いにも無かったが、誤報により出撃準備が掛かった事がある、この海にずらりと震洋が並べられたが、出撃は撤回された、今は静かな漁港だ、観光客は洞輪沢海水浴場か温泉を目指して訪れるが、誰にも知れずひっそりとここに特攻基地が現存しているなんて、思いもしないだろう。
一部の探索者のみが知る、特権とも言える物だろう、訪れた者だけの記憶に留める事が出来る過去の傷跡


八丈島 第16震洋隊巨大格納壕 その1

震洋に関しては、油壺震洋特攻基地震洋隊守谷特攻基地所属 鵜原火薬庫でも触れているので、軽く済ます
震洋は海軍で開発した特攻用ボートで、通称「マル4金物」と言われ、陸軍の四式肉薄攻撃艇、通称「マルレ」とは別物であるが、後にこれらを統合して「マルハ」と呼んだ。
設計主務部員班長を務めた牧野茂は、「戦艦大和型」に携わった人として有名だが震洋の設計者としては知られていない。
終戦後の1945年8月16日、高知県で第128震洋隊に出撃命令が下され、準備中に爆発事故が起こり111名が死亡した事件はあまりにも有名で説明の必要も無いだろう、堕落した上官一人のせいで起こった悲劇だ。
(第128震洋隊爆発事故について追加説明)
第23突撃隊司令本部にもたらされた「土佐沖に敵艦群見ゆ」の報告により、発進準備を行う。
最初の爆発が起こる30分ほど前、ある少年兵が一隻の震洋艇のテスト用タンクからガソリンが漏れていることを整備員に報告したが「何を生意気なことを言うか!」と一蹴された。

まず最初の爆発は、先の艇の漏れた燃料に引火して炎上、数人の隊員等が消火作業にあたったが間に合わず、燃料タンクが爆発した。
その後消火のかいあり、一度は鎮火したものの、被害艇を海に押し出そうとしたその10数分後、今度はその艇の艇首炸薬(250kg)が爆発、次々と他の艇も誘爆し、22艇が次々と爆発し搭乗員全員と整備員等111名が爆死、30数名が怪我をした。
160名の搭乗員の内、後方に残っていた搭乗員約50名は難を逃れたそうだ。
死者111名は確定だが、内訳は疑問がある、これだと搭乗員110名整備員1名になってしまう?
なお、その時点で隊員たちは敗戦(玉音放送)を知らなかったそうだ。
高知県香美郡夜須町の手結基地付近、手結港に「震洋隊殉國慰霊塔」があり、爆発事故で飛散した震洋搬送台車の車輪や銅像等が展示されている。

第16震洋隊がここに展開しているのだが、洞輪沢に第1~3艇隊(1艇隊予備含め10隻)、石積に第4艇隊が初期に配属された4月に上陸した震洋隊はまず、石積に壕を掘り始めるが、5月になると305設営隊が到着、660人の人員とブルト-ザーなどの設営機械を多数使用し、石積数本と洞輪沢に巨大な壕を作り上げ、今度は回天隊の大賀郷の火の潟基地や中之江基地の設営に取り掛かった。
なお、国内配備の(沖縄のぞく)震洋隊の死亡者は128震洋隊の他は、第27震洋隊(三浦市小網代)の石井少尉のみのようだ。
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この地名ってこう読むのか?
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トイレの前の案内板
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震洋壕の前の港はキレイに整備されていた
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さぁ、探しに行こうヒントも何も無いけどこの辺だろう
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今日も冴えてる、壕口センサー
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さっそく進入するが、いきなり湿度が高い
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入り口のジャングルを見る
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入り口入ってすぐ左の、この壕唯一のコンクリート補強
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通信室か、弾薬庫の様な重要区画だろう
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先へ進むがカメラが写らん
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この通路は養壁工事の為か、埋まっている
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戻って十字路に出る
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乾電池の炭素棒
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湿気は依然衰えない
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黒い碍子?
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この通路には部屋が多い
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それぞれ碍子も付いている
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何かのハンドルが落ちている
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次の部屋
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スパナ状の治具
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落ちていた碍子、何かが変だ
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奥の滑らかなカーブ
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牽引用のワッカのようだ
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入り口を振り返る、部屋は左右に3つあった
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裏の直線通路、妙にキレイだ
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そのまま進むと、段差のある通路がまたがっている
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正面と右は突き当たり
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生息室の様な空間
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釘バットの様な、痛そうな板が落ちていた、踏んだら刺さりそうだ
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ビン2本
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更に奥に進む
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角を曲がるとトロ箱出現、若干低くなる
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両脇にある倉庫壕
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こっちは浅く丸い
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振り向くと碍子が不規則に並んでいる
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最深部は外からの土砂の流入と思われる、終息であった
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でわ、出るとしよう
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帰りは一直線に出口に向う道がある

一気にやりたかったが、中途半端に長くなったので、2分割にする
今回は、格納壕手前の兵員及び、倉庫壕のみの紹介となった、基本的に特攻隊員は地上民家に分宿で、壕内生活はしない
次回はこんな所に行く
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お楽しみに

八丈島 名古の震洋平和祈念碑、末吉海軍壕

今回は八丈島の南東部の末吉地区に行く、目指すは震洋壕だが、それはまたの機会に!
末吉地区には石積ヶ鼻に第二回天隊の石積基地があったのだが、今回はパスした。
まずは、名古の展望台、みはらし台を訪れる。
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未舗装のロータリーの奥にこの看板はあるので、判りにくい
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車を停め海側に出るとすぐにある
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御影石が光って撮りずらい
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碑文、第十六震洋特別攻撃隊について、綴ってある
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碑自体はそんなに古くない
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展望台からの眺め、この真下に3層からなる50隻の震洋を格納出来る壕が潜んでいる
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展望台の休憩室の外にある、怪しい壺(飲んで良い様だが、ここには車でしか来れない様な・・・)
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米軍資料によるこの辺だ、震洋の艇数が42になっている、上に回天基地の記載もあるが、もともとは震洋基地なので震洋13の記載があるのだろう。
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通りすがりにもポツポツと穴があるが、道が狭く曲がりくねっているので停まれない
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なにかすごい谷間がある
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曲がり角には危険な穴が開いている、俗に海軍壕と言われている様だが、ここには速射平田隊がテリトリーにしている所に近い、よって正確には不明である
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上の方も怪しい谷間だ
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しかし、落石防止ネットでバッチリ塞がれている
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裏口から進入する
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小部屋、道に面しているのでゴミがある
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全体的にはキレイに掘ってある、掘り方は海軍式に見える
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居住区の様で、棚が多い
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なんだこれ?
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上にも下にも棚がある
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出口、こっちも防護ネットで出れない
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さて、戻ろう
あんまり短いのでおまけ
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車で移動中、なんか見えた
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全国戦没者供養大仏像の入り口だ
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しかし、すでに取り壊されている様だ
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階段を登り、藪を掻き分けて行くと
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廃墟と化した休憩室が
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その側に主を無くした台座が見えた
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登って行くと、かなり大きかった様だ
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台座の下は空洞
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玉座の下は、破壊し尽されていた
何も壊さなくても良いんじゃないかと思うのだが、しかも中途半端に・・・
場所は大阪遂道を樫立方面にぬけた辺りにあるが、夏は見えないだろう。

八丈島 南原トーチカ、火の潟回天格納壕(未成)

今回は島の西側に回る、もう一つの船便の玄関となる八重根港から島の北端出鼻までを探索した。
結果的に見つける事が出来たのは、トーチカ2つと付図1に乗っていない回天基地のみ確認できた
八丈島における回天は底土基地に2基X2本の格納壕に、末吉基地にも同数(3本あったとも?)の計8基が配備されていた。
しかし、回天基地はこの2ヶ所だけではなく、後3ヶ所に作られていた、今回紹介するのはその内の一つ火の潟基地である。
中之郷の藍ヶ江にも計画はあった様だが、資料無し。
後一つは本島ではなく、小島の宇津木にある自然海食洞が計画されていたが、共に未成である。
この西側の2つの基地は、東側が波が高く発進出来なかった時の為、急遽建設が決まったのだ。

八丈配備の回天隊は十二基編成、受入れ態勢の都合上(上記壕が未成の為)、取り敢えす八基を派遣すると言う事になっていたが、残り4基が送られる事は、ついに無かった。
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(1)が火の潟基地、(2)が小島基地の予定地(3)が藍ヶ江基地の予定地
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小島守備隊陣地配備要図、回天基地の記載がある
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これは今回行かなかった末吉基地の様子
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まずは八重根から海岸沿いを探す、東雲みょん氏のブログに載っていたトーチカを探す
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ヒントはこの辺の海岸のどこかだ!アバウトだがひたすら探す
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波の力は鉄柵すらも曲げてしまう様だ、ひたすら探す
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逢坂橋が遠望できる、ひたすら探す
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米軍の予想上陸地点付近だが、こんなとこ上陸出来ないだろう?
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この路にそれて来たとき
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唐突にそれは現れた、事前に存在を知っていなければ、素通りしそうだ
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大き目の銃眼、しかし天井うすっ!
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それでも一応登ってみる、通気用の土管が出ている
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入り口は海側にある
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中は5mほどの広さがある、天井の補強が入っている
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一応鉄筋コンクリート製
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天井の土管
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銃眼部を内側から
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見える景色
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絶対、上陸したくないこんな所から・・・
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この辺を目指せば見つかる
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しかし、すごい所だ
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誰がこんな激しい所で遊ぶんだ?
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二日目は晴れ渡って、三原山もきれいだ、手前は空港の滑走路
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小島が近くに見える
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なんか落ちている!
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埋まってしまっているが、トーチカっぽい
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内部はキノコ栽培に使われていた
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当ても無く、出鼻(最北端)まできてしまったので、海岸に下りながら探す
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溶岩のごろごろするこの海岸
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波の飛沫が飛んでくる
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こんな所を探索しまくった、死にそうだった、マジで・・・
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海岸に降りれる道を丹念に探す
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数ヶ所目の海岸捜索で
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やっと手がかりを発見!波打ち際のあれは!
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回天のすべりだ!溶岩の海岸にそこだけコンクリートが!
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振り向けば、山肌にもコンクリートがある
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逆光の中に、ついに見つけた火の潟回天格納壕
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艦砲射撃を想定して、コンクリート製の間口になっている
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しかし、入り口の中は、いきなり崩落している
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頑丈な入り口だけは、無事なようだ
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入り口から海を見るとすべりが見えるが、左の岩をもっと削らねばぶつかる
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上を見上げると穴が開いている
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上の穴と下の穴
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奥に壕は進んでいた、内部は土が赤い
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当時の支保工の坑木が埋まっている
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天井は派手に落ちている
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入り口まで20mほどか?
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壕は掘りかけで終わっている
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戻るとする
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天井の明かりがいい感じだ
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やっと見つけた格納壕だが、次に行かねばならない
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上に登る
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上の穴から見下ろす、崩れそうでおっかない・・・
この場所のヒント、71番ポスト(島に来れば意味がわかる)

ちなみにこの島に配備されたのは、第二回天隊だが、第一回天隊は隊員百二十七名と共に、二十年三月十三日、光基地から八基の回天を第十八号輸送艦に積載し出撃したが、同艦は三月十六日正午、佐世保を経由、沖縄に向かったまま行方不明となっていた。
回天及び部隊要員一同揃って、輸送艦ごと撃沈されて全滅してしまったのだ、その為第二回天隊は搭乗員の一部を先に輸送するなどの配慮をしている。

八丈島 護神山指令部、 「軍艦」防波堤、八丈島飛行場

八丈島には現在ジェット旅客機が降りれる、拡張された飛行場がある(一日3便)
旧軍は八丈島に4つの飛行場を計画し、その内2つが完成した。
風向きによりどちらからでも離着陸出来るように、島の中央に飛行場が建設され、これが現在の飛行場の原型となる。
実際にはこれは2つ目の飛行場で、黎明期にはその北東部に四角形に近い小さな飛行場があった(1)、初期の訓練飛行場として、機能していたが、飛行機の発達と軍事的背景により、誘導路で繋がった新飛行場(2)が作られた。
(3)に関しては測量程度、(4)に関しては計画倒れとなっている。
なお、飛行場に関する遺構は掩体壕などもあったと資料には有るも、何も残っていないようだ。

一方、八丈島飛行場も特攻機の中継基地として機能した時がある、防衛庁戦史室の「本土方面海軍作戦」の中で述べている物を、抜粋する。
硫黄島救援の為千葉県香取基地の第六〇一航空隊杉山司令官より、彗星12機、天山8機零戦12機を「神風特別攻撃隊第二御盾隊」の出撃が決定する。
杉山指令の訓示
「一機一機主義で行け、断じてぶつかれ。細心沈着に行動して果敢に命中せよ。雷撃隊は魚雷発射後、体当たりせよ。護衛隊戦闘機は、戦果確認後、父島帰着、報告後、再度爆装し突入せよ」
S20年2月20日に全機出撃するも、天候不良の為到着した者は彗星1、零戦3のみであった、その他の機体は全て香取基地に無事引き返しているがこの当時、出撃した特攻機が攻撃せずに戻るとゆうことは、物凄い決断力が必要だったろう、非難、中傷よりも搭乗員のメンタル的な物の方が大きいだろう、二度死にに行くのだから・・・
翌日、天候回復し、八丈島で合流したが天山1機が足を折り、零戦1機が故障出撃不可となる。
この日の生還機は零戦3機と故障父島着陸天山1、被弾父島着陸彗星2機、及び零戦3機となり21機が散華した。
なお、28日に修理完了した足を折った天山を始め、残存機(被弾機)にて再出撃、駆逐艦1、輸送艦1に被害を与えたとされる。
零戦に関しても、生還は認められずに全滅するまで、父島より硫黄島に向けて出撃が命じられている。
大本営発表21日の戦果
空母(艦型不詳なるも特空母の算大)1隻撃沈、大型空母1隻大破炎上、撃沈ほぼ確実、戦艦(艦型不詳)2隻撃沈、巡洋艦2隻炎上、2隻爆破、輸送船4隻以上爆沈、船種不詳爆沈。他に硫黄島より火柱19本を認む」
米軍資料による戦果
護衛空母ビスマルク・シー沈没、正規空母サラトガ大破、護衛空母ルンガ・ポイント、防潜網輸送艦1、LST(上陸用舟艇)2に被害を受けたとある。
特攻作戦全体を見ても、非常に稀な大戦果となっている。
28日の被害は駆逐艦ゲーンブルト、高速輸送艦グレスマン大破となっている。
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計画された4つの飛行場
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八丈島米軍資料(砲台、回天、震洋、陣地、指令部等)
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飛行場、右上が(1)の旧飛行場、この資料は武装解除の集積所6箇所を示したもの
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別紙の内容(日本軍側)
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現在の八丈島飛行場
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まさに、島の真ん中にある
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ここから青島などにヘリで行ける
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実はこの空港、全体を写すのは難しい、ターミナルも2階建てで低いのだ
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帰る瞬間のギリギリショット
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神湊漁港に来た、実は現在のフェリー乗り場より、こっちの方がメインの港だったのだ、本来フェリーの着く底土(そこど)港も神湊港となっていたが、観光メインとなって混同を避ける為、底土港と呼ぶようになる、当時は風向きにより東の神湊港と、西の八重根港を使い分けていた
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奥の四角いコンクリートが「軍艦」である、他所でもあるが、廃艦となった船体を防波堤として埋め込んだ物である
ここに眠るのは、駆逐艦「矢竹」(未成)、昭和20年に横須賀工廠にて建造中、中止命令のため建造中止となった。
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観光案内マップはあったが、「軍艦」防波堤に付いての説明は無い、何で?
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わずかに名称のみが記載されている、戦歴も戦死者も未成艦の為無かったから保存会も無い
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神湊漁港位置、車だと通り過ぎてしまいそうな感じ
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ちょうど防波堤工事の為、掘ってみる事が出来なかった、折りたたみスコップ持って来たのだが・・・
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一番外海側だそうだが、掘れなかったので判らない
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神止山連隊司令部(作戦時)から見下ろす神湊漁港
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夕闇迫る中、護神山指令部の遺構を見に、護神山公園に行く
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公園入り口にはいろんな碑が建っていた
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特に目立つのが「島酒の碑」(右)
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説明板
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鎮魂碑
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暮れ始めた山道を歩いて行くと、軍道沿いにトーチカがある
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ストロボを焚いてみる
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予備知識が無ければ、通り過ぎてしまいそうだ、これが唯一確認出来る護神山指令部の遺構である。
平地の市街地にある護神山指令部は、平時に置ける指令部であり、作戦時には神止山指令部壕鉄壁山(浦)兵団司令部壕に移動する為、平地に急造建築の地上施設だったようだ
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恐らくこれがそうではないだろうか?(撮影場所不明の写真)
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辺りは暗くなってきた
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銃眼の中も真っ暗だった、それもそのはず
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上に回ると、みごとに陥没していた、周りには塹壕状の通路が掘られていた
暗くなった山での探索は、これ以上無理だった、トーチカ自体は入り口からそんなに離れていないので、見つけるのは簡単に出来るだろう

八丈島 鉄壁山(浦)兵団司令部壕(作戦時)その5

今回は3,4層目を一気に紹介する、はっきり言って3,4層目は行くのが大変なのに狭いのだ!
特に何も無い1層目、心臓部と言える指令部のある2層目、そして下層にあるのはお食事処なのだ
この指令部壕は、終戦間際に1ヶ月程度使用した事になっているが、実際問題上陸がされていないので
作戦時指令部壕と位置づけされたこの壕は、留守番程度しか居なかったのでは無いだろうか?
非作戦時は平地に護神山指令部があるのだから、山に居る必要が無い。
完成度の高い2層目と比べ、ほんとにこんな所で食事を作ったり食べたりしたのか?
外で食べた方が良い位の、未完成度だったが、前に述べた様に八丈島では炊事の煙さえ陣地から上げる事は
陣地秘匿の為、厳禁となっていたので、地下に炊事場を設けたのだろう
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入り口から左側、急傾斜の坂を登って行く
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あまりの傾斜に当時から丸太を使って階段にしていた様だが、ほとんど埋まっている
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右が登って来た傾斜、正面は出口なのだが土砂が流入して来ている
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見下ろして見るが、最早階段の形跡はほぼ無く、気を抜けばノンストップで下まで行けるスライダー状態
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3層目に伸びる、赤い真っ直ぐな通路
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いきなりガバッと広くなる通路、ここが食堂となる
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入り口を振り向くと、巨大な卵がそこここに
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掘り出そうとがんばった跡はあるのだが、あきらめた様だ、何の卵だろう?
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食料倉庫兼、薬品倉庫(この上に医務室がある)
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電線の残る碍子が落ちている
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かすがいもいっぱい落ちている
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白旗の揚がっている所に、すごい斜面がある
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見上げると奥に何か見える、がんばって登る
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2層目の鉄柵が見える!
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この斜面もカメラとライトで手が塞がっているので、結構辛いし滑る!
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やっと到着、鉄格子に掴まって一息憑く
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医務室、将校、下士官室のフロアだ
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下に戻ると、起居室(寝室)がある、ここに奇妙な構造がある、奥に行くと
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壁に向うと、下に通路がある
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更に上を見上げると空がある10mじゃ効かない高さがある、流石に登れなかった
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天井の穴から落ちて来た土砂を越える
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奥の通路に進む
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通路は途中で終わっていた、終戦を迎えたのだろう
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戻って左の4層目に向う、3層目はこれだけだ
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この元階段がまた酷い、いいかげん慣れてきたが・・・
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この斜坑には支保工が残っている
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下から見ると、なんとなく階段に見える
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4層目に出ると、いきなりコンクリート構造物が目の前に!
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だいぶ埋もれているが左側にも構造物がある
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壁からは、豊富な湧き水が出ている
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足元には各種碍子、電線が落ちている
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このフロアは炊事班と記載されている、この辺は洗い場だろう
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地面の穴を見て見ると、地下水路が掘られていて、いまだ機能している
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かまどが5~6個並んでいる
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窯の内部は煉瓦だった
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薪をくべる穴と空気穴
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だいぶ侵食しているが、地下水路はここまで来ている
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カマドから先は終息となるが、左に出口がある
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奥には木造倉庫でもあった様だ
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分厚いコンクリート壁が落ちている
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どこかで見た様な形
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銃眼がある、ここにもコンクリートの出入り口があったのだろう
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出口への通路(水路?)
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出口は近代コンクリートで補強されている、水源地として現用されているのだ
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取り合えず進む
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内鍵は開いていたが、外鍵がかかっていた窓はプラスチック製で割れない、脱出不能だ
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こっから出ようと思っていたのに、出れないので斜面を登り帰るしかない
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外界を目の前に、また地下に戻って行く、結局出入り出来る開口部は1箇所だけだった、埋まったらアウトだ!
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銃眼の位置関係が判る
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足元の地下水道のせいで、崩れてしまったのだろうか?
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さぁ、またこれを戻るとするか、もう慣れたし
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最後の斜路に戻って来た、文字通り滑り降りて来た
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後はあそこまで登るだけ
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鉄壁山クリアー!
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しかし、まだこの原生林を登って行くとゆう苦行が残っていた
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やっと2層目の軍道に戻って来た
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気持ちとしては、前日に無くしたライトを探しに行きたかったが、体力と時間的な限界を迎えた。

誰かここで、黒い大き目のLEDライトを拾ったなら、教えて下さい愛用の相棒でした・・・
家に帰って調べたら廃盤でソールドアウトでした、探しに行かねばならぬが、旅費5万はきつい