東京第一陸軍造兵廠、十条工場725棟

おかげ様で500回目の記事となりました、早い物ですね!
東京都北区十条台1丁目には、東京第一陸軍造兵廠があった、鉄道、河川などの便が良く隅田川沿いの東京第二陸軍造兵廠との行き来もしやすい土地柄であった。
陸軍造兵廠東京工廠が東京第一陸軍造兵廠となり、陸軍造兵廠火工廠が東京第二陸軍造兵廠となった
東京第一陸軍造兵廠は精器製造所、銃砲製造所、火具製造所をメインに小銃弾等弾薬、高射砲用双眼鏡、モールスなどの通信機器が作られていた。
近年までは陸上自衛隊十条駐屯地の一部だったが、現在は駐屯地の敷地外となって、北区へ移管 され区立図書館として綺麗にお色直しされているが、外観は無残だが部分的に残されている。
DSC06816_R_20140730212542514.jpg
路面電車を見ながら北区に向う
DSC06820_R_20140730212544803.jpg
図書館の駐車場に入る
DSC06821_R_201407302125459f1.jpg
駐車場からの眺め
DSC06825_R_20140730212546f4e.jpg
前後1/5ぐらい残してビルが挟まっている
DSC06830_R_20140730212548051.jpg
壁面はオリジナルだが、屋根は葺き替えられている
DSC06831_R_201407302133304d4.jpg
横から見るとただの近代図書館
DSC06835_R_20140730213331669.jpg
公園側から外観を見る
DSC06836_R_201407302133327f0.jpg
1階煉瓦部分はカフェテリアとなっている
DSC06844_R_201407302133369ef.jpg
窓や扉は近代化改装されている
DSC06839_R_20140730213334678.jpg
外壁には工場当時の金具をなるべく残してあるようだ
DSC06842_R_20140730214116090.jpg
錆びた金具には当時のロマンがある
DSC06843_R_20140730214117f8d.jpg
明治煉瓦は美しい
DSC06845_R_20140730214118ccb.jpg
棟の狭間
DSC06848_R_20140730214120268.jpg
こうして見ると、ビルが隠れていい感じである
DSC06849_R_20140730214121224.jpg
今は公園と遊歩道と馴染んだ風景となっている
DSC06884_R_201407302147021a1.jpg
正面入り口から入るとこんな感じである
DSC06887_R_20140730214703f48.jpg
DSC06888_R_201407302147047ac.jpg
いい感じのオブジェとして残っている金具
DSC06891_R_2014073021470672a.jpg
外観はがっかりだが、中は何とか場違いな感じだが残っている
DSC06892_R_2014073021470770d.jpg
まるで手作りのような案内図
DSC06895_R_20140730215412848.jpg
ビル部分に入ると、違和感がすごい
DSC06897_R_20140730215414f96.jpg
カフェテリアとの境目
DSC06898_R_20140730215415fdd.jpg
鉄骨のリベットがいい
DSC06900_R_20140730215416643.jpg
ボルトなんて無い
DSC06901_R_201407302154188ac.jpg
トラス越しに見る天窓
DSC06904_R_20140730220009fc7.jpg
一部見えるようにしてくれている
DSC06907_R_201407302200120e5.jpg
解体工事のパネル展示を貼っておく
DSC06906_R_20140730220011e97.jpg
DSC06909_R_201407302200132e7.jpg
DSC06910_R_20140730220015db7.jpg
DSC06913_R_2014073022040250f.jpg
DSC06915_R_201407302204044a6.jpg
DSC06916_R_20140730220405212.jpg
DSC06919_R_2014073022040692b.jpg
DSC06923_R_20140730220659d54.jpg
DSC06920_R_20140730220408d67.jpg
DSC06925_R_20140730220700b65.jpg
DSC06927_R_2014073022070132f.jpg
DSC06928_R_2014073022070301a.jpg
こんな感じで展示してある
DSC06933_R_2014073022104294d.jpg
近代とは違う梁の骨格
DSC06939_R_20140730221043a32.jpg
鉄の美学である
DSC06941_R_20140730221045125.jpg
リベット最高
DSC06943_R_20140730221503012.jpg
何故か床に埋められた展示ケース
DSC06944_R_20140730221505dba.jpg
DSC06946_R_20140730221506fc0.jpg
DSC06947_R_2014073022150708a.jpg
DSC06950_R_20140730221509f30.jpg
ここでは土台の煉瓦積みも見える
DSC06952_R.jpg
鉄骨に文字が見える
DSC06954_R_20140730221833dfe.jpg
YAWATAに見える
DSC06956_R.jpg
探せばいろいろあるかも知れない

この図書館内は本来撮影禁止であるので、事務所で許可を採ろう(ガードマンあり)
P1030064.jpg
この頃の状態で見てみたかった・・・・
スポンサーサイト

千鳥ヶ淵高射砲台座、近衛第一、二連隊碑

皇居の周りには、防衛用の高射砲が張り巡らされていたが、その跡が残っているのはここだけである。
街中で打ち上げられた高射砲弾の破片が民家に降り注ぎ、多数の死傷者が出たそうだ
現在は7座残っているが、いずれも上部に化粧板が貼られ、ベンチにしか見えない
DSC06750_R_20140728205222530.jpg
工芸館を出て、緑道に向う
DSC06710_R_2014072820521623d.jpg
首都高をまたげばスグである
DSC06712_R_2014072820521833c.jpg
緑道入ってすぐの分岐
DSC06716_R_20140728205219fb6.jpg
ここに地下壕入り口がある
DSC06717_R_20140728205220850.jpg
公園整備で埋めた物が、露出して来た様だ
DSC06721_R_20140728205952b2d.jpg
上部にある通気孔管が折れて、上から蓋をされている
DSC06722_R_201407282059547bc.jpg
緑道をどんどん歩いて行くと高射砲台座が見えてきた(一応7つ全部写っている)
DSC06723_R_20140728205955a14.jpg
1つ目
DSC06727_R_20140728205956b37.jpg
2つ目
DSC06730_R_201407282059571ae.jpg
3つ目
DSC06732_R_201407282105280ad.jpg
4つ目(プーさん付き)
DSC06733_R_201407282105307e1.jpg
5つ目
DSC06735_R_20140728210531b36.jpg
6つ目
DSC06737_R_201407282105324a7.jpg
7つ目
DSC06744_R_20140728210943160.jpg
1~4は、ほぼ直線に並んでいるが
DSC06743_R_20140728210942edb.jpg
5~7はこんな位置関係
DSC06747_R_20140728210944a2d.jpg
これらの遺構には説明板も無く、むなしく朽ちて行く
DSC06749_R_20140728210945beb.jpg
次はあの玉ねぎを目指す
DSC06754_R_201407282116503b3.jpg
近衛師団指令部庁舎前を通り抜け
DSC06757_R_20140728211651dc5.jpg
たまねぎ前を右に曲がる
DSC06760_R_20140728211653c73.jpg
まるで隠すように、ひっそりとある
DSC06759_R_20140728211652532.jpg
近衛歩兵第一聯隊跡記念碑
DSC06761_R_20140728212647d18.jpg
なぜか地面に転がっている碑
DSC06767_R_201407282126490f8.jpg
DSC06769_R_20140728212649fa1.jpg
DSC06770_R_201407282126510bc.jpg
DSC06775_R_20140728212653040.jpg
DSC06772_R_2014072821320387a.jpg
DSC06776_R_201407282132051ff.jpg
DSC06779_R_20140728213205773.jpg
判りにくいので、この気象観測露場を目印に移動
DSC06780_R.jpg
この奥に近衛歩兵第二聯隊跡記念碑がある
DSC06783_R_2014072821365224d.jpg
左門柱
DSC06785_R_20140728213653755.jpg
右門柱
DSC06786_R.jpg
碑はオブジェと化している
DSC06789_R_20140728213656b7d.jpg
DSC06793_R_2014072821410159a.jpg
DSC06794_R_20140728214103845.jpg
いたる所に名簿が貼られている
DSC06795_R_201407282141044b9.jpg
DSC06796_R_20140728214106a8a.jpg
DSC06797_R_2014072821410742b.jpg
DSC06798_R_2014072821431151c.jpg
DSC06799_R_20140728214312edf.jpg
DSC06802_R_20140728214313d1b.jpg
DSC06805_R_201407282143150a0.jpg
DSC06806_R.jpg
DSC06807_R.jpg
皇居を後にする
DSC06810_R_20140728214930bc5.jpg
帰りがけに見た学士会館(旧帝国大学)
DSC06811_R_2014072821493183d.jpg
知る人ぞ知る「神保町軍装店」(支店あり)

近衛師団指令部庁舎(東京国立近代美術館工芸館)

近衛師団は、大日本帝国陸軍の師団の一つ。一般師団とは異なり、最精鋭かつ最古参の部隊(軍隊)として天皇と皇居を警衛する「禁闕守護」の責を果たし、また儀仗部隊として「鳳輦供奉」(ほうれんぐぶ)の任にもあたった。
他の一般師団と異なり、禁闕守護の任から衛戍地こそ東京なものの、連隊区といった特定地域からの徴兵によるのではなく全国から選抜された兵によって充足されており、近衛兵になることは大変な名誉であった。
帝国陸軍における軍隊符号はGD(一般師団はD)。太平洋戦争(大東亜戦争)中後期には編制の改編が行われ、最終的には近衛第1師団 (1GD)・近衛第2師団 (2GD)・近衛第3師団 (3GD) の3個近衛師団が編成された。

政府は「天皇の警護」を名目に薩長土の3藩から約1万人の献兵を受け、政府直属の軍隊である御親兵を創設し、この軍事力を背景に廃藩置県を断行した。この御親兵は、1872年(明治5年)に近衛都督西郷隆盛を中心とした近衛兵として改組され、「天皇および宮城(皇居)の守護」という任務が課せられたのが始まりである。
近衛師団は第二次世界大戦終結による帝国陸軍の解散まで各戦争・事変・紛争に従軍し、出征中の近衛師団に代わって天皇及び宮城の警護に当たった近衛師団は留守近衛師団とされた。初期は留守近衛連隊が、のちには近衛歩兵第6連隊などがそれにあたる。
終戦時には近衛連隊でも軍旗奉焼・復員が行われた。一部の将兵は禁衛府皇宮衛士総隊に移ったが、禁衛府解体に伴い完全に消滅した。
なお、近衛師団司令部庁舎は現在、東京国立近代美術館工芸館となっている。

1910年(明治43年)に建設された大日本帝国陸軍の近衛師団司令部庁舎を改修し、1977年(昭和52年)11月14日に開館。建物は1972年(昭和47年)に重要文化財に指定されている(玄関広間部分を除く内装は指定対象外)。染織・陶磁・ガラス・漆工・木竹工・金工などの工芸、および工業デザインに関する常設展と企画展を開催する分館で、戦後を中心とする国内外の作品約2400点が収蔵されている。
残念ながら内部は大規模改修され、中央階段付近しか当時の面影を見る事は出来なかった、収蔵品も戦争関係の物は一切無い。
DSC06623_R_201407262103172f6.jpg
横浜から1号線をひた走る
DSC06624_R.jpg
M26パーシング戦車が正面に見える(特別展望台から上に約80台の戦車を潰して使っている)
DSC06626_R_20140726210319926.jpg
ホワイトハウスが見えて来た
DSC06629_R_20140726210321e50.jpg
北の丸公園到着(駐車場待ち30分)
DSC06631_R_20140726210322922.jpg
東京にしてはかなり安い
DSC06633_R_20140726211321c1e.jpg
首都高に向って歩いて行く
DSC06639_R_20140726211325fd6.jpg
工芸館前にある銅像
DSC06645_R_20140726211327253.jpg
北白川宮能久親王銅像
DSC06634_R_2014072621132313b.jpg
工芸館
DSC06636_R_20140726211324258.jpg
何故かこの日は無料だった
DSC06649_R_20140726212003eaa.jpg
では、侵入しよう
DSC06646_R_20140726212002e26.jpg
初夏の日差しに映える煉瓦
DSC06651_R_201407262120042fd.jpg
縁の下にぐるりと巡らされる通気孔
DSC06653_R.jpg
陸軍の星を象る
DSC06654_R_20140726212007c47.jpg
外観は殆んどいじられていない様だ
DSC06655_R_20140726212622d11.jpg
まずは、裏側にまわる
DSC06656_R_20140726212624aa1.jpg
雨どいの配水管が面白い
DSC06658_R_20140726212627ec5.jpg
オリジナルのままだろう
DSC06657_R_20140726212625580.jpg
ごみが詰まらない様に、開ける事が出来る
DSC06659_R_20140726212628049.jpg
見上げると、もっと曲がっていた
DSC06660_R_20140726213244113.jpg
窓枠も木製
DSC06661_R_201407262132460e5.jpg
鉄格子はオリジナルなのだろうか?
DSC06663_R_20140726213247a21.jpg
屋根にはいろいろ生えている
DSC06664_R_20140726213611f56.jpg

DSC06665_R_20140726213612cce.jpg
バナナ?
DSC06666_R_20140726213613d36.jpg
煙突?
DSC06667_R_20140726213614be7.jpg
池側に通用門があった
DSC06668_R_20140726213616151.jpg
おそらくオリジナルだろう
DSC06672_R.jpg
ぐるっとまわって表に出た
DSC06674_R_201407262142264b1.jpg
煉瓦に漆喰が生える
DSC06673_R_20140726214225861.jpg
煉瓦建築はやっぱりいい
DSC06675_R_201407262142273e8.jpg
なんか落ちてる
DSC06678_R_20140726214724ffe.jpg
せっかくの建物なのに、ヘンなオブジェがぶち壊しにしている
DSC06679_R.jpg
それでは内部に侵入する
DSC06682_R_20140726214726b39.jpg
入り口は以外に狭い
DSC06683_R_201407262147272d4.jpg
当時の受付なのか
DSC06684_R_20140726214729099.jpg
内部は殆んど近代化改装を受けている
DSC06685_R_20140726215333b8b.jpg
木造装飾は元のまま
DSC06686_R_20140726215335e9b.jpg
鉄格子とコインロッカー
DSC06687_R_20140726215336821.jpg
火災報知機
DSC06689_R_20140726215338918.jpg
割りと傷ついている
DSC06692_R_20140726215339c2f.jpg
踊り場
DSC06695_R_201407262158427f2.jpg
レトロなシャンデリア
DSC06701_R_201407262158438a1.jpg
二階のホール、これより先見るもの無し、改装済み
DSC06703_R_2014072621584428f.jpg
玄関ホール内側
DSC06708_R_2014072621584660e.jpg
このぐらい離れないと全景がむずかしい
DSC06753_R_20140726222805d9b.jpg
こうして見ると、模型の様でもある

大井海軍航空隊地下壕 (大沢原地区)その2

DSC08706_R_20140724194631daa.jpg
特にスゴイ水没は入り口付近だけだった
DSC08708_R_20140724194632681.jpg
水底には支保工ゴロゴロ
DSC08709_R_201407241946333d4.jpg
2X2の部屋
DSC08710_R_20140724194635663.jpg
上陸
DSC08711_R_20140724194636dcd.jpg
上陸地点から左に枝抗が伸びている
DSC08713_R_20140724195708e55.jpg
スロープの様に見えるのは、ただのトロッコのレール跡である
DSC08714_R_20140724195710e42.jpg
次の枝抗、大きくうねっている
DSC08715_R_20140724195711f3b.jpg
さらに真っ直ぐ進む
DSC08716_R_20140724195712bdc.jpg
少し段差の付いた枝抗
DSC08717_R_201407241957144fb.jpg
この枝抗は特にキレイだ
DSC08721_R_20140724201951fa8.jpg
今度は右に枝坑が出てきた
DSC08722_R_20140724201952b71.jpg
本通路自体は貫通せず終了、掘りかけの様だ
DSC08723_R_20140724201953cba.jpg
右の枝坑に行く
DSC08724_R_20140724201955b4a.jpg
ちょっとぬかるんだ通路を進む
DSC08725_R.jpg
そして、残念な終焉
DSC08726_R_20140724203548bef.jpg
下層につづく道は水没していた
DSC08728_R_20140724203549778.jpg
仕方なく引き返す、通路の形はすごくいい
DSC08729_R.jpg
本坑に戻って来た
DSC08730_R_20140724203552f4a.jpg
なぜかこの辺だけ丸まった石が敷き詰められている、川から拾って来たように角が無い石
DSC08731_R_20140724203553467.jpg
錆びきった鎹
DSC08735_R.jpg
天井が斜めなせいで、平衡感覚が狂いそう、地層に沿って掘ったのだろう
DSC08736_R_2014072420431500c.jpg
これは枝抗から枝抗を繋ぐ、真ん中の通路、田の字のような構造
DSC08737_R_20140724204316423.jpg
横の枝抗が急に小さく狭くなる
DSC08738_R_20140724204318dbc.jpg
沢蟹が歩いている
DSC08740_R_20140724204319eee.jpg
突き当りが見えてきた、T字に折れて本通路になる
DSC08743_R_2014072420541234f.jpg
壁の発破穴
DSC08744_R_201407242054139cc.jpg
支保工の溝
DSC08746_R_20140724205414508.jpg
釘の生えた木材
DSC08747_R_20140724205416a7e.jpg
きっと、これが壁にでも付いていたのだろう
DSC08749_R_20140724205417530.jpg
トロッコ跡がしっかりと残っている
DSC08750_R_20140724205924aee.jpg
小さな小瓶が落ちていた、ビンマニアのとのさんが持って帰ろうか、葛藤していた
DSC08751_R_20140724205925a87.jpg
本坑右奥に進む
DSC08752_R_20140724205926591.jpg
トロッコの枕木が数本残っている
DSC08754_R_20140724205927db0.jpg
レールを止める釘も見える
DSC08755_R_201407242059294c1.jpg
突き当たりは右に折れる、側溝もしっかりしている
DSC08756_R_20140724210811e37.jpg
しかし、掘削途中で終わっている
DSC08757_R_201407242108135ff.jpg
最深部から壕口を眺める、先に光が見えるがメンバーのライトだった
DSC08759_R_20140724210814951.jpg
この辺の天井はごっそり無くなっているが、下に土砂は無い、掘削中の落盤だったのだろう
DSC08760_R_20140724210815704.jpg
壕口近くはまた水没、レールの枕木も見える
DSC08761_R_201407242119250fe.jpg
2つ目の壕口も水没状態
DSC08762_R_201407242119275ae.jpg
横の枝抗に行く
DSC08763_R_20140724211928603.jpg
小森さん
DSC08765_R_20140724211929566.jpg
横抗の部屋
DSC08766_R_20140724211931efb.jpg
三つ目の壕口(実は三本の真ん中の壕口)は、水没を免れている
DSC08767_R_201407242126006b1.jpg
外の状況はあまり良くない
DSC08768_R_20140724212601619.jpg
横抗を進む
DSC08769_R_20140724212602c44.jpg
横抗の接続通路、若干ずらしてある
DSC08772_R_201407242126047db.jpg
天井にある鎹と不明な穴
DSC08773_R_20140724212605f0c.jpg
この辺の天井は結構高い
DSC08774_R_20140724213532f86.jpg
ビロードのビンが落ちていた
DSC08785_R_20140724213533317.jpg
撮影に熱中する空母氏
DSC08789_R_20140724213534dbb.jpg
足元に、人工的に掘られた四角い穴、なんだろう?通路の真ん中に
DSC08791_R_201407242135370ef.jpg
天井に、鏨が3本打ち込まれたままの所があった
DSC08790_R_20140724213535a4c.jpg
こうやって地層に沿って剥がすように掘っていたのだろう、けっこう怖いのではないか?
DSC08793_R_20140724214438635.jpg
最初の壕口に戻って来た
DSC08794_R_2014072421444069d.jpg
壕内との温度差でレンズが曇る
DSC08801_R_20140724214441af5.jpg
さぁ~戻るのが大変だ
DSC08802_R_20140724214442b79.jpg
沢を上がり不要になったウエイダーを脱ぐ(自分はすでに着替え終わっている)
DSC08807_R_2014072421504449e.jpg
ザイルを握り、登ってくるメンバー、自分は別の斜面から先回りした
DSC08808_R_20140724215045631.jpg
道は歩くものと思うな!よく言ったものだ
DSC08809_R_20140724215046929.jpg
メンバーが登って来るまで、周辺捜索すると塹壕があった
DSC08810_R_20140724215047387.jpg
1mほどの深さの塹壕が埋まらず残っている
DSC08811_R_20140724215049e08.jpg
3m四方ぐらいの空間が掘ってある、半地下倉庫でもあったのか?
DSC08812_R_20140724220147b8d.jpg
もっと深い物もあったが、水が溜まっていた
DSC08813_R_20140724220149f00.jpg
今回の探索終了
DSC08818_R_20140724220149c6a.jpg
後は横浜へと突っ走るのみ(とのさんが!)


大井海軍航空隊地下壕 (大沢原地区)その1

大井海軍航空隊地下壕は西に沢水加、北に大沢原、東に三栗原と3本あり、指令部壕へと三方向より繋げる予定だったが終戦により、掘削途中で放棄された壕である。
この壕に関しては殆んど情報が無い、未完成と言う事もあり、公的には無視されているが、沢水加の壕が大学の地震観測に使われていた事がある件のみが、一部に知られているのみである。
しかし、静岡県の戦跡探索の大家である「空母欲奈」氏によって、3ヶ所ともに場所が明らかになった
氏の護厚意により、今回は大沢原地区に御案内願った。
DSC08635_R_20140722203218bf4.jpg
大沢原地区に到着
DSC08636_R_20140722203219869.jpg
電探講堂と言われる建物
DSC08637_R_20140722203220681.jpg
ザイルを準備するとのさん
DSC08638_R_2014072220322248c.jpg
軽く40度を越える所もある傾斜を降りる
DSC08639_R_20140722203223e85.jpg
まず、最初の壕口を発見
DSC08640_R_20140722205437dd4.jpg
頭の上に今にも落ちそうな丸太があるが黙っておこう
DSC08641_R_20140722205438775.jpg
ぱっと見、良さそうな壕だった
DSC08642_R_201407222054395dd.jpg
空母氏も入ってくる
DSC08644_R_20140722205441012.jpg
しかし、右に曲がってスグに水没! これはどうしょもない
DSC08646_R_20140722205442c58.jpg
名残惜しそうに見つめる空母氏
DSC08649_R_20140722210244a70.jpg
あきらめて出ようとしたとき
DSC08650_R.jpg
S20年4月ココニネムル・・・・なんてステキな落書き
DSC08652_R_20140722210246ce3.jpg
次の壕に向う、こちらも水没だが逝けそうだ
DSC08653_R_20140722210247f23.jpg
壁には電気の碍子を付けていた跡がある
DSC08654_R_20140722210249140.jpg
それでは早速突入する(突入時は何故かいつも一人)
DSC08655_R_201407222111297d2.jpg
ズリ山が残っている
DSC08657_R_201407222111325cb.jpg
水音がする方に行って見ると
DSC08658_R_2014072221113380a.jpg
壕口から止め処も無く水が滴っていた、この壕の水没原因であった
DSC08656_R_20140722211131b09.jpg
戻ってズリ山を左に行く
DSC08659_R_20140722211134aa4.jpg
かなり水蒸気が立ち込める
DSC08660_R_201407222118423a6.jpg
生息室と思われる部屋
DSC08663_R_20140722211843fc6.jpg
壕は先へ延びる
DSC08664_R_2014072221184415e.jpg
かるくうねりながら延びて行く
DSC08665_R_20140722211846f00.jpg
水面下には支保の丸太が転がっている
DSC08667_R_201407222118471f1.jpg
とりあえず、最深部の部屋
DSC08668_R_20140722212428258.jpg
足元には当時の何かが沈んでいる
DSC08669_R_20140722212429692.jpg
とりあえず安全が確認出来たので、メンバーを呼びに行く
DSC08670_R_201407222124310d4.jpg
着替え終わったメンバーが、続々入って来る
DSC08672_R_20140722212433473.jpg
入り口近くの碍子板
DSC08673_R_2014072221243475a.jpg
海砂を含んだ土壌、掘り易いがあまり強度は無い
DSC08676_R_20140722213140799.jpg
深いところで水深約1mほど
DSC08677_R_201407222131414a7.jpg
天井の崩れた所だけ、浅くなっている
DSC08678_R.jpg
炎天下の水没壕は冷たくて気持ちがいい物だ
DSC08679_R_20140722213144229.jpg
壁に有る小さな穴に波が建つとポコポコ音がしておもしろい(たとえダイナマイトを入れる穴でも)
DSC08680_R_201407222131455d8.jpg
思い思いに撮影をして行く
DSC08681_R_20140722214157e19.jpg
ほぼ真四角な穴が開いている、なんだろう
DSC08683_R_20140722214158c6c.jpg
水面下にあった、70年前の柱
DSC08684_R_201407222141596d2.jpg
太陽の眩しい先ほどの壕口
DSC08695_R.jpg
外部からはほとんど判らない
DSC08696_R_20140722215806ebd.jpg
そろそろ次に行こう
DSC08697_R_20140722215808202.jpg
少し離れると、完全に壕口はカムフラージュされる
DSC08698_R_20140722215809cb3.jpg
沢に降りてしばらく行軍する
DSC08699_R_20140722215810e79.jpg
次なる壕口到着
DSC08700_R - コピー
メンバーはまだ沢から上がってこない
DSC08701_R_201407222209403e8.jpg
では、お先に
DSC08702_R_2014072222094184e.jpg
すでに水没に何も感じなくなっている
DSC08703_R_20140722220942160.jpg
むしろ、冷たくて気持ちいい、水圧の締め付けがまた何とも
DSC08704_R_20140722220944a19.jpg
水面下にはまたもや支保工が沈む
DSC08705_R_2014072222094536a.jpg
生息室

続きは次回



海上保安庁 ひりゆう型消防船(ヨコハマスパークリングトワイライト2014)

老朽化した先代のひりゆう型消防船を更新するために設計・建造された消防船。大型タンカーやLNG船等の大規模火災に対応できる装備を有する。平時においては、危険物搭載船の警戒業務、通常の警備救難業務に従事する。

船型は先代のアウトラインを踏襲しており、大型船の火災に際し高所からの放水が可能なように、最大高が27mに達する伸縮式の放水塔を装備する。また、復元性、放水時の船体の安定、甲板面積を確保するために、船体は双胴式を採用している。運動性の向上のため、シュラウド・リング式旋回式可変ピッチ・プロペラを採用しているが、これは同庁船艇としては初めてのことであった。
横浜港では良く見かける船であるが、見学らしい見学はされる事が無いようだ、しかし、イベント事には良く参加する
今日たまたまイベントで見かけたので、外観のみだが紹介する。
DSC09694_R_201407202145008ef.jpg
山下公園にひりゅうがいる
DSC09706_R_20140720214505619.jpg
海保のヘリもしきりに飛び回っている
DSC09705_R_20140720214504691.jpg
米軍基地
DSC09704_R_201407202145025a1.jpg
それは唐突に始まった
DSC09708_R_201407202145067bb.jpg
ヨコハマスパークリングトワイライト2014の海難レスキューデモである
DSC09711_R_201407202152357e1.jpg
船が動かないので、面白みにかける
DSC09712_R_201407202152367e1.jpg
終わるのも唐突だった(下に動画を貼っておく)
DSC01962_R_20140720220115d17.jpg
海上保安庁の観閲式に参加した時
DSC02016_R_201407202201163ab.jpg
この時はカラフルだった
DSC02019_R_20140720220117d36.jpg
この船だけ勢いが違う
DSC02054_R_201407202201192de.jpg
消火訓練展示
DSC03630_R_201407202208225bf.jpg
良く見るけど、乗れない
DSC03672_R_20140720220823856.jpg
わりとここにいる
DSC03679_R_20140720220825a8d.jpg
いつかは乗りたい

おまけ
ヨコハマスパークリングトワイライトの花火を見た、考えて見たら花火の写真を撮るの初めてだった!
以外に難しい、タイミングが合わない、雨が降って来た、雷もなっている、でも花火やった
DSC09726_R_201407202222124c7.jpg
1930の花火開始までジュエリーポートを見ながら待つ
DSC09721_R_201407202222111eb.jpg
電飾の民間船だ
DSC09722_R_201407202222117c7.jpg
DSC09720_R_201407202222111ce.jpg
DSC09732_R_20140720222213f26.jpg
DSC09733_R_2014072022265303c.jpg
DSC09734_R_20140720222655025.jpg
DSC09736_R_20140720222656035.jpg
DSC09739_R_20140720222657f60.jpg
花火が始まった、しかし雨も降って来た
DSC09742_R_20140720223028256.jpg
DSC09743_R_20140720223029d22.jpg
DSC09755_R_201407202230304b2.jpg
DSC09761_R_2014072022303251d.jpg
DSC09765_R_2014072022303384c.jpg
DSC09777_R_20140720223255c73.jpg
DSC09778_R_20140720223256a53.jpg
やばい、雷雨がひどくなって来た
DSC09784_R_20140720223257aa0.jpg
オーブが出まくって写真にならないので撤収する




中島飛行機原谷地下工場(6工区&4工区)

DSC08539_R_20140719190931af8.jpg
次なる壕に向う
DSC08540_R_20140719190933468.jpg
そこそこしっかりしてる壕だと思ったが
DSC08541_R_20140719190934f0b.jpg
奥の方はしっかり落ちている
DSC08542_R_20140719190935421.jpg
横抗か?
DSC08543_R_20140719190937f71.jpg
掘りかけのようだ
DSC08544_R_20140719191629032.jpg
行き止まりなので、戻る
DSC08546_R_20140719191630dbf.jpg
藪を掻き分けて今回最後の穴へ
DSC08548_R_201407191916317dc.jpg
ちょっと塞がりぎみの壕口
DSC08549_R_2014071919163347c.jpg
入れなくは無い
DSC08550_R_20140719191634482.jpg
ちょっと構造が変わっている
DSC08551_R_201407191928018cb.jpg
森永ネクター?(不二家以外始めて見た)
DSC08552_R_2014071919280257d.jpg
天井を見るとカマド馬が字を書いている
DSC08553_R_20140719192803332.jpg
良く見るとあちこちにある、ランプの煤で書いてあるようだ(やるなカマド馬)
DSC08554_R_20140719192805832.jpg
多くの朝鮮人労働者が工事に徴用されて来たそうだ
DSC08555_R_201407191928060be.jpg
判別できる文字は少ない
DSC08558_R.jpg
なんか相合傘にしか見えないのだが、相合傘っていつ頃から落書きになってるんだろう?
DSC08557_R_20140719193808d68.jpg
奥の方まで落書きはあった
DSC08561_R_20140719194207d2a.jpg
最後に前回スルーした壕に寄る
DSC08562_R_20140719194208962.jpg
天井がけっこう落ちている
DSC08563_R_20140719194209329.jpg
奥にT字に横抗がある
DSC08564_R_20140719194210358.jpg
右は外から土砂が入っているようだ
DSC08566_R_20140719194212e80.jpg
右の枝抗から左の枝抗を望む
DSC08565_R_20140719194916244.jpg
では、向こうに行こう
DSC08568_R_20140719194918e72.jpg
足元の壁にいくつも穴が開いている
DSC08569_R_20140719194919628.jpg
掘り易い砂岩質の壁
DSC08571_R_20140719194920b2f.jpg
もろくも剥がれ落ちて来ている
DSC08572_R_20140719194922a0a.jpg
隣の本坑の出ると、すごい湿気だ
DSC08573_R_20140719195631fb1.jpg
足元に気色悪い人形が・・・
DSC08574_R_20140719195633e4c.jpg
戦車?
DSC08576_R_201407191956357cb.jpg
壕口から過去にゴミ投げ放題だったんだろう
DSC08577_R_20140719195637daa.jpg
拳銃も
DSC08580_R_2014071920001266f.jpg
アメ車も捨ててあった
DSC08582_R_20140719200013081.jpg
怪物くん
DSC08587_R_2014071920001408d.jpg
なぞ物件
DSC08590_R_20140719200958904.jpg
第4工区に移動する
DSC08592_R_201407192009594f7.jpg
道路沿いの開口部は封鎖されている
DSC08594_R_20140719201000780.jpg
入り口付近だけ広くなっている、広げている途中だったのか
DSC08595_R_20140719201001deb.jpg
若干低い通路
DSC08596_R_201407192010032aa.jpg
横抗で、二本の壕がU字に繋がっている
DSC08599_R_201407192016249a0.jpg
なんだろうこの窪み
DSC08600_R_20140719201625260.jpg
ここだけ広くなっている
DSC08603_R_201407192016261fb.jpg
こっちの入り口も広げている途中のようだ
DSC08604_R_20140719201627865.jpg
カマド馬びっちり
DSC08605_R.jpg
DAIDOで、しるこなんて出してたんだ
DSC08607_R_201407192021415b6.jpg
空母氏が何かをやっている
DSC08609_R_20140719202142c16.jpg
壁を見ると貝の化石だ
DSC08610_R_201407192021435f1.jpg

DSC08612_R_20140719202144606.jpg
なんかそこら中貝だらけ
DSC08614_R_201407192021468ee.jpg
・・・・・・なんかなつかしい落書き
DSC08623_R_20140719203106852.jpg
他にも何ヶ所かあるのだが封鎖されている
DSC08624_R_201407192031084b7.jpg
覗いてみる
DSC08625_R_20140719203109d51.jpg
多分繋がっている穴
DSC08626_R.jpg
基本構造は一緒だろう
DSC08627_R_20140719204308291.jpg
次があるので、中島飛行機原谷地下工場を後にする
DSC08633_R_2014071920445847f.jpg
お昼タイムだ
DSC08629_R_201407192043094ba.jpg
今回も戦闘糧食Ⅱ型を持って来た、興味深々の空母氏
DSC08631_R_20140719204311d39.jpg
パッケージを開け、説明をする
DSC08630_R.jpg
一番右が自分の袋、やっぱり多少のコツがいる(単なる慣れ?)
DSC08632_R_201407192043130ce.jpg
20分後、お食事を食べる、陸自の飯は世界一だと思う(レーションでは)
なぜフツーに道の駅のご飯を食べないか?
フツーじゃつまらないだろう!

中島飛行機原谷地下工場(6工区)

静岡県掛川にある中島飛行機原谷地下工場に行って来た
1945年春より中島飛行機浜松工場の疎開工場として工事が始まり、マルハ工事、マルハ工場などと言われた
工事を請け負ったのは清水組、勝呂組を中心にその下請けなどで100本にも及ぶ壕が掘られた
家代の1工区から3工区までを勝呂組、遊家の5.6工区と本郷の6工区を清水組が請け負った
この工事は多くの朝鮮人が使われ、各地に飯場が作られ、近年まで一部残っていた。
今回は静岡県にこの人ありと言われた、戦跡探索の大家「廃墟日常記録帳」の空母欲奈氏に案内してもらった
本郷と遊家の4~6工区が現存しており家代の1~3工区はゴルフ場建設で亡くなったとされている
今回は時間の関係で4.6工区の一部のみ見て来たが、空母氏は単独調査により5工区含む全ての壕を調査中である
DSC08460_R_20140717171550262.jpg
小雨の降る横浜を前日の夜に怪しい集団が出発する
DSC08464_R_20140717171551dfc.jpg
日付けの変わる頃、宿泊予定地に到着
DSC08465_R_20140717171552e41.jpg
今回は下道で来たので、S.Aの外ぷらっとパークに駐車する
DSC08466_R_20140717171554577.jpg
前日までの雨も上がり、探索日和となった
DSC08467_R_20140717171555e5b.jpg
地元空母氏と合流し、探索準備に入る
P1030023.jpg
今回はこの6工区の手前部分を探索する
DSC08468_R_20140717172749694.jpg
まずは谷戸の入り口に位置する所を入らずに見る
DSC08469_R_201407171727501bb.jpg
真四角の部屋、衛所だろう
DSC08470_R_20140717172752043.jpg
この谷戸の両側に壕が掘られている
DSC08471_R_20140717172753c1e.jpg
最初の壕、後の楽しみにスルーする
DSC08475_R_201407171737047c5.jpg
2つ目の壕
DSC08476_R_20140717173705c5e.jpg
三角オムスビ型
DSC08477_R.jpg
反対側に抜けていた
DSC08479_R_20140717173708d2a.jpg
元の入り口に戻って来たが
DSC08480_R_20140717173709360.jpg
足元に何かある
DSC08483_R_20140717174254d2a.jpg
まるで車が埋まっている様だ
DSC08484_R_20140717174255525.jpg
3つ目の壕
DSC08485_R_20140717174256269.jpg
天井の形は三角がここの基本の様だ、光は見えるが埋没している
DSC08486_R_20140717174258561.jpg
入り口も埋没している所があるので、最早正確な本数把握は把握できそうも無い
DSC08487_R_201407171742590d1.jpg
楽に入れそうな所だけ入って行く
DSC08488_R_2014071717530438b.jpg
自分と空母氏のみ侵入
DSC08489_R_201407171753050ba.jpg
中は今までよりも広い
DSC08490_R_20140717175306a66.jpg
墓標の様な公的調査の跡
DSC08492_R_201407171753085f0.jpg
珍しく枝坑がある
DSC08493_R.jpg
しかし、外側から土砂流入
DSC08494_R_20140717180419215.jpg
已む無く引き返すと
DSC08495_R_20140717180420583.jpg
潜り込んで来た入り口の上に富士山が描かれている
20120826_soukaen_15_R.jpg
総火演のこれを思い出した
DSC08496_R_20140717180421821.jpg
この壕は地元民の通路として現在も使用されているが、この艦番は・・・・・
DSC08497_R_20140717181242f08.jpg
奥に行くほど広くなる(人物比空母欲奈氏)
DSC08498_R_20140717181244fe0.jpg
出口付近は5mぐらいありそうだ
DSC08499_R_20140717181245741.jpg
風化が進み、薄皮を剥がすように日々崩落しているようだ
DSC08500_R_20140717181246fd3.jpg
入り口横の小壕も埋まっている
DSC08502_R_20140717181248e03.jpg
通行人が居るので、落書きも多い、ここで不思議な現象が起こった
DSC08505_R_20140717182228b5d.jpg
メンバーがみんなこの写真を何枚も撮ったのだが、それぞれ1枚もしくは全て失われている不思議な地蔵様
DSC08504_R_20140717182227c8e.jpg
開口部はこんなに広がっている、入り口の倍ぐらい
DSC08503_R_20140717182225c21.jpg
フェンス沿いに行けばすぐに民家である
DSC08506_R_201407171831571af.jpg
今度は谷戸の反対側に向う
DSC08507_R_20140717183158f9a.jpg
梅雨時期でだいぶ緑が繁ってきている
DSC08508_R_20140717183159ed3.jpg
以外に整然としている壕内
DSC08509_R_2014071718320106f.jpg
見た事も無い飲み物
DSC08513_R_201407171832022b8.jpg
入り口を振り返る、崩落防止に肉厚になっているのが判る
DSC08514_R_201407171841486c1.jpg
壁に支保工の木材を立てた跡がはっきりと残る
DSC08515_R_2014071718415020c.jpg
岩が硬く、掘り出せなかったのだろう
DSC08516_R_20140717184151cd2.jpg
奥は1mほど高くなって、T字になっている
DSC08517_R_2014071718415217f.jpg
左方向、派手に天井が落ちている
DSC08519_R_20140717184154e33.jpg
そこに大量の小森さんが生息している
DSC08518_R_201407171851319a8.jpg
右方向、ここに今回自分が呼ばれた原因がある
DSC08520_R_20140717185132da4.jpg
中央にぽっかりと空いた穴
DSC08521_R.jpg
降りて調べて来いと・・・
DSC08522_R_201407171851349e1.jpg
八丈島から帰ったばかりの自分にはこんなぬるい穴など何でも無い、躊躇無く飛び降りる
DSC08525_R_20140717185136df6.jpg
しかし、5分待っても後続は来ない、やっと空母氏のみ降りて来た
DSC08526_R_20140717185839cc9.jpg
中は非常にキレイだが湿気が高く、小森さんが飛び回る
DSC08527_R_20140717185841893.jpg
かすがいが落ちている
DSC08530_R_2014071718584418e.jpg
壁には釘が刺さっている、ツルハシの跡が少ないので、かなり掘り易い地層なのだろう
DSC08528_R_20140717185841ad3.jpg
僅かながら開口している
DSC08529_R_20140717185843eaf.jpg
壕口から振り返ると湿気を除けば、一番いい状態ではないだろうかと思う
DSC08532_R_20140717191230f0c.jpg
穴から戻って来た(人物比yakumo)
DSC08535_R.jpg
錆びた拳銃が埋まっていた
DSC08536_R.jpg
この辺の地層は海砂を含むようだ
DSC08538_R.jpg
壕を出て、さっきの下層の壕口を探したが、ちょっと入れそうも無い


戦闘糧食Ⅱ型(パック飯)その3

だいぶ最近は新種の戦闘糧食Ⅱ型(パック飯)が増えてきたので、追加する
待遇改善や、栄養管理に伴い地味に各メーカーとメニューの改善、洋風化が進んでいる
P1010386_R.jpg
今までの簡易加熱袋
DSC02435_R_20140715211206c56.jpg
ただ上の方を折るだけで、気が付くと折ったはずの所から圧力で開封し、蒸気が漏れている事が有った
P1030047.jpg
新型チャック付き、いくつかサイズがある様だ
P1030048.jpg
基本的な使い方は変わらない
P1030049.jpg
チャックのおかげで、うっかり倒してお湯が出てしまった何てこともほぼ無い
P1030009.jpg
パッケージが従来は戦闘糧食Ⅱ型で統一されていたが
P1030008.jpg
最近は本来の正式呼称である、非常用糧食の名前に一部変更されている(中身は変わらない)
DSC02437_R_20140715212514a4c.jpg
ウインナーカレー
DSC02439_R.jpg
白米2つ
DSC02440_R_20140715212516804.jpg
ウインナーカレーと炭焼きチキン
DSC02455_R_2014071521251816b.jpg
ウインナー2つ、チキンは骨ごと食える
P1030010.jpg
かつおカレー煮
DSC02435_R_2014071521301533e.jpg
白米と五目飯
DSC02436_R_20140715213017064.jpg
かつおカレー煮
DSC02457_R_20140715213018f5f.jpg
ほぐしてあるので、ツナカレーみたい
DSC04234_R_20140715213412b5b.jpg
さば味噌煮
DSC04236_R_201407152134131bb.jpg
白米と山菜飯
DSC04237_R.jpg
さば味噌煮
DSC04252_R_20140715213416b4b.jpg
汁がもう少し欲しい
DSC04226_R_20140715213816878.jpg
さんま蒲焼
DSC04228_R_20140715213817fa5.jpg
白米2つ
DSC04230_R_20140715213818510.jpg
さんま蒲焼と海苔
DSC04253_R.jpg
めちゃうまい
DSC04244_R.jpg
ビーフシチュー
DSC04250_R.jpg
白米2つ
DSC04251_R_20140715214126c09.jpg
ビーフシチューと海苔(塩味で美味いんだが、海苔必要か?)
DSC04254_R.jpg
ほくほくジャガイモ美味い
DSC02441_R_20140715214522bcd.jpg
やきとり
DSC02444_R_20140715214523df9.jpg
白米と五目飯
DSC02445_R_20140715214524ece.jpg
やきとり
DSC02456_R_20140715214526c9c.jpg
たれが美味い
DSC02458_R_201407152145280b5.jpg
五目飯
DSC04239_R_20140715214833a1a.jpg
鶏肉と大豆煮(これは変り種)
DSC04242_R_20140715214835d91.jpg
パック飯が出来た頃のしぼり出し飯、これはこれで手が汚れてたり、歩きながらでも握ってしぼり出して食えた
DSC04243_R_20140715214835556.jpg
鶏肉と大豆煮とトレー
DSC04255_R.jpg
これは好みが分かれると思う
DSC07026_R_201407152158031d9.jpg
最近は支給される民生品も種類が豊富だ
DSC07027_R_20140715215805dd8.jpg
かえってこっちの方が美味かったりする
DSC07028_R_201407152158061ec.jpg
さんま美味い!
DSC02446_R_201407152202194bc.jpg
おいしい戦闘糧食すき焼きハンバーグ食ってみた(これは民間向け販売されている)
DSC02449_R_20140715220220358.jpg
加熱袋とトレイ
DSC02450_R_20140715220221830.jpg
加熱用水と加熱剤(はっきりいって水道水でOKだが、水が出ない災害時用)
DSC02451_R_20140715220223c6e.jpg
ごはんと具
DSC02452_R_20140715220224412.jpg
加熱剤を過熱袋の底にひく
DSC02453_R_20140715220742704.jpg
パックを縦に入れて加熱用水をかける
DSC02454_R_201407152207442a5.jpg
加熱剤が湿気ていると、加熱反応に5分ほど掛かる時もある
DSC02460_R_20140715220746ec5.jpg
ほかほかで美味しいのだが、1食千円はちょっと高いかな
DSC07030_R_20140715221439131.jpg
三沢基地限定カレー
DSC07032_R_20140715221440b6c.jpg
味は三種類
DSC07033_R.jpg
パッケージもちょっと凝っている
DSC07045_R.jpg
でもフツーのレトルトだ
P1030050.jpg
板妻駐屯地のPXで買ってきた
P1030051.jpg
防人のハヤシ
P1030052.jpg
防人の誉れカレー(もう一つあったが、甘口カレーなのでやめた)

P1020868_R.jpg
懐かしい物が出て来たので紹介する
P1020879_R.jpg
いわゆる民間で言う固形燃料だ(種類はいくつかある)
P1020869_R.jpg
本体
P1020870_R.jpg
外カバー兼スタンド
P1020871_R.jpg
火口調整用内蓋
P1020873_R.jpg
白色の固形燃料
P1020874_R.jpg
火力を絞りたい時は内蓋をのせる
P1020875_R.jpg
空気が通るように外カバーを乗せる
P1020876_R.jpg
爪を立ててスタンドにする(風除けにもなる)
P1020877_R.jpg
今時は使わないだろう
P1030015.jpg
ヤマザキパンは海軍がすきな様だ(新ネタ)

関連記事
戦闘糧食Ⅱ型(パック飯)その1

戦闘糧食Ⅱ型(パック飯)その2

戦闘糧食Ⅰ型(カンメシ)

東富士演習場に眠る旧陸軍観的壕

DSC09655_R_20140713201359297.jpg
ここは自衛隊敷地内であり、立ち入り及び撮影は禁止されている、自分は警備に許可を受けて立ち入っている
写ってはいけない施設等あり、立会いの下撮影している、なを、巧妙に監視カメラも設置されているので注意
DSC09656_R_201407132014014fd.jpg
さっそくザクに向う
DSC09657_R_20140713201402940.jpg
東富士演習場方向にスリットが開いている
DSC09658_R_201407132014032bd.jpg
側面に入り口はある
DSC09659_R_20140713201405e31.jpg
外壁を先に作り、内壁は後から付けた様だ、微妙に違う
DSC09660_R_20140713204337e8e.jpg
入り口部、全体の1/4程度が仕切られている
DSC09661_R_20140713204338248.jpg
かなり細いが、鉄筋入りコンクリート
DSC09662_R_20140713204339f0d.jpg
観測室ほぼ全景、これ以上右は撮影禁止施設が映る
DSC09663_R_20140713204340a37.jpg
所々には意図的な破壊の跡があるが、米軍による物か金属ドロか不明
DSC09664_R_20140713204342518.jpg
真ん中の柱、鉄骨が切り取られている
DSC09665_R_201407132056103ba.jpg
演習場側には破壊痕がある
DSC09666_R_2014071320561129d.jpg
スリットから演習場方向を望む
DSC09667_R_2014071320561232b.jpg
駒門方向
DSC09668_R.jpg
スリットの下側に突起の跡がある
DSC09675_R_2014071321004808b.jpg
ここに机状の棚があり、記録などを執ったのだろう
DSC01068_R_20140713210717581.jpg
これは静岡の陸軍遠江射場の観的スリットだ
DSC01048_R_20140713210716827.jpg
こんな感じの物があったのだろう、ちなみに千葉の富津射撃場には見られない
DSC09669_R_20140713205615f8e.jpg
破壊された外縁部の鉄骨も切り取られている
DSC09670_R_2014071321173138e.jpg
よくもこの分厚いコンクリートを壊したものだ
DSC09672_R_201407132117334f6.jpg
上部も切られている
DSC09674_R_2014071321173379e.jpg
この辺は公的調査だと思う
DSC09676_R_20140713211735a32.jpg
入り口構造
DSC09677_R_20140713211736ea7.jpg
破壊されているせいで、よりザクっぽい
DSC00395_R_20140713212919b0f.jpg
別の場所に移動する
DSC00397_R_20140713212921d34.jpg
半地下式の観的だ
DSC00398_R_20140713212921363.jpg
各方向に観測窓が開いている
DSC00400_R_20140713212923cd2.jpg
ここから見る山並みは70年経っても変わらないだろう
DSC00403_R_20140713212924f73.jpg
入り口
DSC00404_R_2014071321350648e.jpg
上部には木造の櫓でもあったのか?ボルトなどの金属の跡は一切無い(号令台?)
DSC00407_R_201407132135073f2.jpg
少し演習場内をふらつくと
DSC00408_R_2014071321350971a.jpg
鉄塔跡が残っている、櫓なのか、無線塔なのかは不明
DSC00410_R_20140713213511357.jpg
鉄骨の花が咲いている

今日はtonotama氏からのネタがあり、調査に行った(本人はバーベキューに行った)
ここには横須賀では、単体の壕としては最大級の1.6Kmの壕が眠っている、その抜き穴のようなのだ
しかし、難易度は非常に高く、通常レベルでは不可能と判断した、危険なので壕口のみの紹介とする
DSC09685_R_2014071321554409b.jpg
まずは、のっけから垂直に近いドロだらけでふんばりが効かない斜壕(近寄るだけで危険)
DSC09687_R_201407132155457f2.jpg
持参したロープを手繰り、降下して行く
DSC09689_R_201407132155465e9.jpg
途中の切れ間に、キレイに作られた階段が見えた、これだけでその辺の倉庫壕等ではなく、それなりの施設だと伺える
すでに20mのロープを使い切り、後は自力降下となる、見ての通りドロと水が多く滑る、更に先は土砂が溜まり背中を擦りながら進むようになる、紹介出来るのはここまでだ、あとはいずれ探索の納得がいったら紹介するかもしれない。

富士学校、富士駐屯地開設60周年記念行事 その5(資料館)

何回もいった富士学校だが、UPは今回が初めてだったとやっと気づいた
と言う事で、資料館も揚げて置くがこれは数年前の展示で24年に改築されているので、外観はちょっと変わっている
展示物自体はそんなに変わってないので、26年度は入らなかったが過去画像を揚げて置く
DSC07103_R_20140712215641984.jpg
23年当時の資料館、場所は変わらない
DSC07104_R_201407122156438a6.jpg
富士学校のシンボル像「三人像」
DSC02991_R_201407122156439f5.jpg
改装後の「三人像」
DSC07105_R_2014071222041394b.jpg
まずは旧軍展示物(あまり無い)
DSC07107_R_20140712220414173.jpg
DSC07108_R_201407122204152d4.jpg
DSC07109_R_201407122204178a6.jpg
DSC07110_R_20140712220418618.jpg
DSC07111_R_20140712220700844.jpg
DSC07112_R.jpg
DSC07113_R_201407122207034ea.jpg
DSC07114_R_20140712220704619.jpg
DSC07115_R_201407122207058aa.jpg
DSC07116_R_20140712221028f10.jpg
ここから自衛隊資料
DSC07117_R_2014071222103098a.jpg
DSC07118_R_2014071222103142e.jpg
DSC07120_R_20140712221032cce.jpg
DSC07126_R_2014071222103479c.jpg
DSC07122_R_201407122218116e8.jpg
DSC07123_R_2014071222181291b.jpg
DSC07124_R_20140712221814c8d.jpg
DSC07125_R_201407122218158da.jpg
DSC07127_R_20140712221817fbf.jpg
DSC07128_R_201407122221383bd.jpg
DSC07129_R_2014071222214027d.jpg
DSC07130_R_20140712222141fb6.jpg
DSC07131_R_20140712222143d40.jpg
DSC07132_R_20140712222144b74.jpg
DSC07133_R_20140712222331fb3.jpg
DSC07134_R_20140712222333492.jpg
DSC07135_R_20140712222334fb7.jpg
DSC07136_R_20140712222336c35.jpg
DSC07137_R_20140712222337c29.jpg
DSC02992_R_20140712222724c81.jpg
ここから改装後の増えた物変わった物
DSC02993_R_20140712222726981.jpg
DSC02995_R_201407122227280e6.jpg
P1030035.jpg
個人所有の補弾板(30連発)、これがここに入る
P1030036.jpg
裏側、発掘品なので多少ボロだ
P1030039.jpg
爪が交互に生えていて、ここに7.7mm弾を差し込む
P1030041.jpg
1発入れて見た
DSC02996_R_201407122227306d3.jpg
DSC02997_R_20140712224837d8c.jpg
DSC02998_R_20140712224838074.jpg
DSC02999_R_20140712224839e1f.jpg
DSC03000_R_20140712224841669.jpg
DSC03007_R_20140712225000961.jpg
屋外に出る
DSC03008_R_20140712225002aff.jpg
DSC03009_R_201407122250040ce.jpg
乃木大将歌碑
DSC03010_R_20140712225004d19.jpg
DSC03011_R_20140712225006467.jpg
DSC03012_R_20140712225336fd4.jpg
DSC03013_R_20140712225337000.jpg
DSC07140_R_201407122253387e9.jpg
こんなに状態がいい38野砲なのに野晒しはむごい
DSC07142_R_201407122253400d9.jpg
建物の影に何か隠れている
DSC07143_R_201407122256574fa.jpg
ちょっと古めの近代火砲が3基
DSC07144_R_20140712225658a14.jpg
なぜこんな所に隠しているのだろう
DSC07141_R_2014071222565515f.jpg
一部ヘリポートの展示物とダブっている

富士学校、富士駐屯地開設60周年記念行事 その4

DSC09555_R.jpg
訓練展示が終わり、速攻で装輪装甲車の体験試乗に向う、あっという間に後には長蛇の列
DSC09556_R_20140711183412650.jpg
前の道路を訓練展示を終えた車両等が帰っていく
DSC09558_R_201407111834126ff.jpg
203mm自走榴弾砲、旗を振って答えている
DSC09559_R_201407111834148f9.jpg
99式弾薬供給車
DSC09560_R_201407111834169b0.jpg
人型
DSC09562_R.jpg
FH-70
DSC09563_R_20140711185051dc9.jpg
82式指揮通信車
DSC09564_R_20140711185050143.jpg
ヘリも地上展示の為、広場に移動
DSC09566_R_20140711185052141.jpg
1300やっと体験試乗開始、4台で7人ずつ計28人で回る
DSC09570_R_2014071118505327e.jpg
僅か4分ほどで帰って来る
DSC09571_R_201407111902146ba.jpg
やっと順番が回って来た
DSC09572_R_201407111902155c1.jpg
毎年ここだけは撮影禁止、楽しみ半減な感じ(車両前での記念撮影も禁止)
DSC09573_R_20140711190216841.jpg
当然画像無し、逝って来ます!
DSC09574_R_20140711190218a5c.jpg
これはレアな、施設作業車
DSC09575_R_201407111902192eb.jpg
小型ショベルドーザ
DSC09576_R_2014071119161478f.jpg
次の戦場に向う
DSC09578_R_20140711191615255.jpg
装備品展示会場
DSC09581_R_20140711191616876.jpg
150mm自走榴弾砲
DSC09583_R_201407111916176a3.jpg
地雷原処理車
DSC09584_R_2014071119161911b.jpg
81mm迫撃砲
DSC09589_R_201407111927401b3.jpg
120mm迫撃砲
DSC09591_R_20140711192742af4.jpg
89式装甲戦闘車
DSC09594_R_2014071119274397a.jpg
203mm自走榴弾砲
DSC09595_R_20140711192744e3f.jpg
の、おしり
DSC09596_R_20140711192746e0d.jpg
多連装ロケットシステム(本来米のクラスター爆弾投射機なのだが、日本は使用禁止だ)
DSC09604_R_20140711194117473.jpg
の、おしり
DSC09599_R_201407111941157cb.jpg
87式対戦車誘導弾(肩に担いで撃つ事も可能)
DSC09601_R_20140711194116216.jpg
96式装輪装甲車
DSC09605_R_20140711194118a9e.jpg
87式偵察警戒車
DSC09606_R_2014071119412012b.jpg
軽装甲機動車
DSC09586_R_201407111947267cc.jpg
OH-1観測ヘリコプター
DSC09600_R_20140711194727ad6.jpg
AH-1S対戦車ヘリコプター
DSC09608_R_201407111947292dc.jpg
UH-1J多用途ヘリコプター
DSC09607_R_20140711194728495.jpg
KLX250
DSC09611_R_201407111947315fb.jpg
74式戦車
DSC09613_R_20140711195549360.jpg
90式戦車
DSC09614_R_20140711195551faf.jpg
なんとベニヤに絵を描いて貼ってある
DSC09616_R_20140711195552630.jpg
10式戦車
DSC09617_R_20140711195553390.jpg
中距離多目的誘導弾
DSC09624_R_201407111955559f5.jpg
の、おしり
DSC09618_R_20140711200110cca.jpg
DSC09619_R_20140711200111511.jpg
91式戦車橋
DSC09620_R_20140711200112bf1.jpg
50tの90式戦車に対応する為に作られた1両5億円の車両
DSC09622_R_201407112001145dd.jpg
継ぎ目部分、このレールに沿って押し出される
DSC09623_R_20140711200115577.jpg
訓練展示で89式装甲戦闘車が通った跡
DSC09577_R.jpg
戦車試乗を覗く
DSC09630_R_20140711200942830.jpg
DSC09631_R_201407112009433f2.jpg
DSC09632_R_201407112009448e6.jpg
DSC09636_R_20140711200946990.jpg
この辺で90式に乗るには、ここか土浦駐屯地、霞ヶ浦駐屯地程度かな?
DSC09642_R_20140711201922957.jpg
90式は大きいので一度に10人程度乗れる
DSC09643_R_20140711201923346.jpg
ここでも地元優先ルートがある(静岡は地元意識が他より濃い気がする)
DSC09644_R_2014071120192424d.jpg
地上展示会場を後にする
DSC09649_R_201407112019277ab.jpg
厚生センターに立ち寄る
DSC09645_R_201407112019268fd.jpg
お土産物色
DSC09650_R_201407112039342c4.jpg
シャトルバスで駐車場へ
DSC09679_R_2014071120393572c.jpg
さぁ横浜へ帰ろう


富士学校、富士駐屯地開設60周年記念行事 その3

DSC09478_R_20140709192401adb.jpg
敵陣地に狼煙が上がり、状況説明が始まる
DSC09479_R_201407091924028f2.jpg
OH-1による敵情観測
DSC09481_R_20140709192403d7f.jpg
UH-1Jによるヘリボーン
DSC09482_R_2014070919240431c.jpg
斥候隊班降下
DSC09485_R_20140709192406983.jpg
DSC09486_R_20140709193328782.jpg
4人は敵情偵察へ消えて行く(そして二度と戻らなかった)
DSC09487_R_201407091933297af.jpg
尊い犠牲を出しながらヘリは去って行く
DSC09489_R_201407091933309d7.jpg
更なる敵情を探る為、偵察隊突入!まずはKLX隊
DSC09490_R_201407091933328f6.jpg
敵の斥候と接触,戦闘へ
DSC09493_R_20140709193333b47.jpg
87式偵察警戒車投入
DSC09495_R_2014070919440730e.jpg
敵の準備が不十分との報告
DSC09496_R_20140709194408b07.jpg
敵の戦車が登場
DSC09497_R_2014070919440993a.jpg
AH-1の対戦車戦闘
DSC09499_R_2014070919441167a.jpg
対戦車ロケット発射!
DSC09500_R_20140709194412fbe.jpg
弾着!
DSC09502_R_20140709195604720.jpg
特科部隊の進入
DSC09504_R_201407091956043e6.jpg
FH-70及び203mm自走榴弾砲
DSC09507_R_20140709195606c82.jpg
発射準備完了
00298_Capture_1_R_20140709195602cdd.jpg
攻撃準備射撃開始!
DSC09510_R_20140709195608387.jpg
弾ちゃーく、今!
DSC09512_R_201407092005219fa.jpg
90式戦車登場
DSC09515_R_201407092005234fa.jpg
91式戦車橋も侵入
DSC09516_R_20140709200524dba.jpg
120mm滑空砲の空砲は迫力無い
DSC09518_R_20140709200525606.jpg
92式地雷原処理車DSC09522_R_2014070920052774b.jpg
ここでのロケット兵器の使用は禁止なのでふりだけ!
DSC09527_R_201407092025049f0.jpg
用が終わったら帰る
00298_Capture_9_R.jpg
支援射撃!
00298_Capture_11_R.jpg
いま!
DSC09525_R_20140709202501d57.jpg
ここで、10式戦車投入
DSC09526_R_201407092025021cf.jpg
前線の90式もしきりに発砲
DSC09530_R_20140709203246e31.jpg
敵戦車の反撃
DSC09531_R_20140709203248da3.jpg
96式装輪装甲車の被弾
DSC09533_R_20140709203249a60.jpg
負傷者に応急処置を施す
DSC09537_R_20140709203250cfb.jpg
悪い事をしたなと、発砲もせずに見守る敵戦車、いい奴だ
DSC09539_R_20140709203252d1e.jpg
救助に駆けつけた装輪に負傷者を乗せ離脱、被弾した車両はそのまま戦闘継続
00298_Capture_4_R.jpg
その間、奥の方で地味にがんばっていた、91式戦車橋を見てみよう
00298_Capture_5_R.jpg
90式戦車(50t)が通れるように74式戦車をベースに新たに作られた
DSC09523_R_2014070920410419f.jpg
1両5億円なり
DSC09535_R_2014070920410445b.jpg
敷設完了
DSC09540_R_20140709204106f4a.jpg
戦闘再開
00298_Capture_10_R.jpg
発砲炎がまず見えない、74式がいい
00298_Capture_R.jpg
突撃支援射撃!
DSC09542_R_201407092105412cd.jpg
普通科の下車戦闘が始まる(左端)
DSC09543_R_201407092105439b9.jpg
突撃支援射撃弾ちゃーく
DSC09544_R_20140709211704423.jpg
90式の為に作った戦車橋を89式装甲戦闘車が渡る
DSC09545_R_20140709211706e23.jpg
DSC09546_R_2014070921170736b.jpg
DSC09547_R_201407092117089f2.jpg
渡ってる中に全車突撃
DSC09549_R_20140709211710f8d.jpg
戦車は基本横が見えないので、こうゆうのは苦手
DSC09550_R.jpg
状況終了!
DSC09551_R_201407092123342e5.jpg
上空をヘリが飛び抜けていく
DSC09554_R_201407092123384d4.jpg
今年も楽しませてくれてありがとう!!


富士学校、富士駐屯地開設60周年記念行事 その2

DSC09360_R_201407071922399bd.jpg
校長
DSC09362_R_20140707192240c54.jpg
校長に敬礼
DSC09363_R_201407071922411ab.jpg
この頃になると、スタンド超満員状態
DSC09364_R_201407071922421f0.jpg
執行者臨場
DSC09365_R_201407071922444c0.jpg
執行者に栄誉礼
DSC09368_R_20140707194313669.jpg
国旗掲揚
DSC09370_R_20140707194314e4b.jpg
巡閲
DSC09372_R_20140707194315414.jpg
この後、延々と来賓祝辞等が続く
DSC09376_R_20140707194317fb3.jpg
式典が終わり、観閲行進準備がかかる
DSC09377_R_2014070719431858c.jpg
左右に別れ、車両等準備にかかる
DSC09378_R_20140707195053259.jpg
普通科はグランド外へ機甲科は戦車に乗車する
DSC09379_R_201407071950546bf.jpg
74式の乗車
DSC09380_R_201407071950556a4.jpg
トラック等の乗車は早い
DSC09382_R_201407071950575e8.jpg
執行者登壇、富士学校音楽隊入場
DSC09383_R_2014070719505821d.jpg
一斉にライト点灯、エンジンを始動する
DSC09384_R_201407072007156ca.jpg
10式90式は始動後すぐに排煙が見えなくなる
DSC09385_R_20140707200716ec5.jpg
準備完了
DSC09386_R_20140707200717fbe.jpg
端の方から、順次移動して行く
DSC09387_R.jpg
74式が排煙に咽び、勇ましく見える
DSC09390_R_20140707201312335.jpg
音楽隊の演奏が始まる
DSC09392_R_20140707201314f3f.jpg
先頭は82式指揮通信車
DSC09394_R_201407072013154d1.jpg
96式多目的誘導弾システム等がつづく
DSC09396_R.jpg
偵察隊DSC09398_R_20140707201318d18.jpg
87式偵察警戒車
DSC09403_R_2014070720475651a.jpg
89式装甲戦闘車
DSC09409_R_20140707204757982.jpg
軽装甲機動車
DSC09415_R_201407072047586eb.jpg
96式装輪装甲車
DSC09419_R_201407072048008e7.jpg
73式小型トラック無反動砲搭載車
DSC09420_R_201407072048019dd.jpg
93式近距離地対空誘導弾
DSC09423_R_20140707210821562.jpg
120mm重迫撃砲
DSC09428_R_201407072108238ea.jpg
DSC09431_R_20140707210823fe1.jpg
FH-70
DSC09434_R_2014070721082562d.jpg
99式自走155mm榴弾砲
DSC09435_R_201407072108271e5.jpg
99式弾薬供給車(榴弾90発積めるしかも自動給弾可能)
DSC09439_R_20140707212613634.jpg
203mm自走榴弾砲
DSC09441_R_201407072126159af.jpg
87式砲側弾薬車DSC09442_R_20140707212615318.jpg
この辺の施設科は判らん
DSC09446_R_20140707212617644.jpg
88式地対艦誘導弾
DSC09447_R_20140707212618a66.jpg
その他車両
DSC09448_R_20140707213818def.jpg
DSC09449_R_20140707213820802.jpg
DSC09451_R_201407072138217b5.jpg
DSC09453_R_20140707213822372.jpg
81式 自走架柱橋
DSC09455_R_201407072138237b4.jpg
92式 地雷原処理車
DSC09456_R_20140707215854dfb.jpg
91式 戦車橋
DSC09457_R_20140707215856b5a.jpg
すごい所で顔を出している
DSC09462_R_20140707215857a5c.jpg
10式戦車
DSC09465_R_20140707215858775.jpg
90式戦車
DSC09468_R_201407072159009a0.jpg
74式戦車
DSC09469_R_2014070722064318b.jpg
最後の74式戦車が通過すると
DSC09472_R_20140707220645249.jpg
観閲行進終了が宣言される
DSC09473_R.jpg
全ての車両は撤収する、訓練展示に向けた裏方の仕事が始まる
DSC09475_R_20140707220647eb0.jpg
国旗降下を敬礼で見守る(影でそっぽを向いている制服組もいる)
DSC09477_R_201407072206493c3.jpg
訓練展示までの間、音楽隊の演奏を聞く





次回訓練展示
00298_Capture_1_R.jpg

富士学校、富士駐屯地開設60周年記念行事 その1

26年7月6日に行われた、富士学校、富士駐屯地開設60周年記念行事に行って来た
もう何回目の富士学校だか判らないので、部分的に端折りながらやって行く。
朝はゆっくり0630に横浜を出発した、開放時間は0830だ、楽勝!
DSC09307_R_20140706203529bec.jpg
コンビニで朝飯食いながら、0740には御殿場到着
DSC09308_R_20140706203530d50.jpg
富士山、天気はいま一つだが、ピーカンよりマシだ
DSC09309_R_20140706203529f9f.jpg
海苔川入り口に向うが入れてくれない、正面ゲートに向うも満車でまた戻って来る事になった、タイムロスだ
DSC09310_R_20140706203533321.jpg
0814駐車場到着
DSC09311_R_20140706203532473.jpg
まだガラガラだ
DSC09312_R_20140706205011a10.jpg
バス発着場、0830の開放時間までバスは出発しない
DSC09313_R_201407062050097a7.jpg
あっという間に長蛇の列が出来上がる
DSC09314_R_201407062050133e8.jpg
約0840にやっと順番が来た、すでに駐車場待ち渋滞が延々とつづいていた
DSC09315_R_20140706205013a66.jpg
お店の物色は後にする
DSC09316_R_20140706205012bbf.jpg
取りあえずは戦車体験試乗だ、チケットを奪取せねば!
DSC09319_R_201407062059023ec.jpg
今回の抽選は(前は三角くじ)、グランドを回りながら当たるまで何週でもエンドレスな所は一緒だが、小中学生コース(保護者含み)が新設され、一般は一人1回づつの所、3回一度に出来るようになった。
ちなみに、当たり1つで最大4人まで権利がある(一人でも可)、大人一人は果てしなく不利だ
DSC09320_R_20140706205902017.jpg
五列ほどでこれを回し、赤球が出れば当たりだ、今回は4周で見切りを付けた、やたら人手が多いし正門近くまで伸びた列の最後尾まで行ってられない、式典の場所取りもしなくては
DSC09317_R_2014070620585965b.jpg
準備が整うまでまだ時間がある
DSC09321_R_201407062059018a0.jpg
ふれあい広場(ヘリポート)に行く
DSC09322_R_20140706205907941.jpg
客寄せ戦車
DSC09325_R_20140706212032e43.jpg
広場展示車両、前にも挙げているので写真のみで流す
DSC09326_R_20140706212033553.jpg
DSC09327_R_20140706212034028.jpg
DSC09328_R_20140706212035d38.jpg
DSC09329_R_20140706212036fd7.jpg
DSC09330_R_2014070621233308c.jpg
DSC09331_R_2014070621233534a.jpg
DSC09332_R_2014070621233611b.jpg
DSC09333_R_201407062123375b8.jpg
DSC09334_R_201407062123380b8.jpg
DSC09335_R_201407062125430f8.jpg
DSC09336_R_20140706212546580.jpg
DSC09338_R_20140706212548bd1.jpg
DSC09340_R_201407062125490b7.jpg
DSC09341_R_20140706212551f79.jpg
DSC09342_R_201407062132019ad.jpg
DSC09344_R_201407062132003c0.jpg
DSC09345_R_2014070621320445f.jpg
ヒトマルが増えていた
DSC09346_R_20140706213206609.jpg
既に車両はスタンバイOK
DSC09348_R_20140706213201b2e.jpg
今回はこんなポジションでやってみる(傾斜地で10分ぐらいで何組も諦めて去って行く、異様に滑る)
DSC09349_R_2014070621425662c.jpg
これだけの戦車が並ぶのはそうそう無い
DSC09356_R_20140706214259a15.jpg
74式戦車
DSC09355_R_20140706214300244.jpg
90式戦車
DSC09381_R_2014070621430105d.jpg
10式戦車
DSC09350_R_20140706214258734.jpg
いつもはこの辺に居る、時間前だが概ね塞がっている、ちなみにここは地元民優先席なのだ
DSC09352_R_2014070622040285c.jpg
式典準備が始まる
DSC09353_R_20140706220403701.jpg
車両の陰からわらわらと出てくる
DSC09358_R_20140706220404597.jpg
あっとゆう間に数百人
DSC09354_R_20140706220405378.jpg
巨大な砲の前に並ぶと人は小さい
DSC09359_R_20140706220406d3c.jpg
整列完了、式典が始まる


「廃墟」八丈島 ホテルオリエンタルリゾート2

今回もついでに寄って来てしまった八丈島 ホテルオリエンタルリゾート!
映画「トリック」で使われたと言う方の玄関を見ていなかったので、30分と言うカセを付けて寄る事にする
でないと、肝心の戦跡の探索時間が無くなる。
DSC07502_R_201407052028562ef.jpg
前回は海側から入ったので、今回はこの山側からおじゃまする
DSC07503_R_20140705202857325.jpg
彫像風コンクリート飾は同じ様なものだった
DSC07505_R_2014070520285812e.jpg
さっそく内部へ
DSC07506_R_20140705202859f5b.jpg
下のフロアはゲーム、カラオケBOXだ
DSC07507_R_20140705202901219.jpg
誰も居ない厨房
DSC07509_R_20140705203914218.jpg
妙に小奇麗な扉に入る
DSC07510_R_2014070520391546f.jpg
かつては賑わっただろう遊技場
DSC07513_R_20140705203916c60.jpg
たった一部屋だけのカラオケルーム、20席以上で1台のマシーンの取り合いだっただろう
DSC07514_R_20140705203917eba.jpg
薄日の差し込むプレイルーム
DSC07515_R_20140705203919863.jpg
物言わぬ人形達だけが残っている子供広場
DSC07519_R.jpg
上の階のレストラン
DSC07516_R_20140705205526e4f.jpg
以外に席が少ない
DSC07517_R_2014070520552832d.jpg
部屋の中よりにキッチンカウンターがある
DSC07518_R.jpg
テーブルには、まだ客を待っているナプキンが
DSC07520_R_20140705205532fb5.jpg
立食バイキングだったのだろうか、機材がシートを被っている
DSC07521_R.jpg
事務室、金庫の扉は破壊されている(入ってるはず無いのに)
DSC07522_R_201407052102159f4.jpg
本館方向に向う
DSC07523_R_2014070521021625e.jpg
信じられないが風呂場(青いタイルが少し見えるだろう)
DSC07524_R.jpg
客の居ないお土産屋
DSC07525_R.jpg
絵葉書が貼ってある
DSC07526_R.jpg
淋しそうに残るパンフレット、一部シールなどの商品が残っている
DSC07528_R_20140705211019bb8.jpg
バーラウンジの様な所
DSC07529_R.jpg
バーテンの居ないカウンター
DSC07530_R_20140705211022bca.jpg
1階エントランスはプーさん居住区になっている
DSC07531_R_20140705211023391.jpg
正面入り口だった所、今はごみ溜めだ
DSC07532_R.jpg
フロント、このホテルは不思議と落書きが見当たらない、プーさんがガーディアンになっているのか?
DSC07533_R_20140705211900536.jpg
この辺だけ見ると、スグにでも営業出来そうだ
DSC07534_R.jpg
御案内
DSC07536_R_201407052119033cf.jpg
僅か数年で天井の梁が風化して崩れている
DSC07537_R_20140705211904537.jpg
客室、壁をはじめ至る所が腐っている
DSC07538_R.jpg
この部屋は特に酷かった
DSC07539_R_20140705212902521.jpg
しかし、こんな部屋もある
DSC07540_R_201407052129041f7.jpg
洋室、灰皿には吸殻があり、根城にしている人が居るようだ
DSC07541_R_20140705212905fb1.jpg
電気の消えた階段
DSC07542_R.jpg
お食事処
DSC07543_R_201407052134390bd.jpg
泊り客用だろう風呂
DSC07544_R.jpg
まずは、殿
DSC07545_R_20140705213442436.jpg
シンプルに小奇麗
DSC07546_R_20140705213444b9d.jpg
オブジェ・・・ナベがいい
DSC07547_R.jpg
サウナ付きの風呂
DSC07548_R_20140705213926a63.jpg
姫にも行く
DSC07549_R_20140705213927b51.jpg
整然としている
DSC07550_R.jpg
オブジェ無し
DSC07551_R.jpg
外に出るともう1棟有ったが時間切れだ
DSC07552_R_2014070521393246f.jpg
これが見たくて訪れた
DSC07553_R_201407052143380b0.jpg
錆びて穴の空いた営業車、この付近に4,5台捨ててある
DSC07554_R_2014070521433983a.jpg
さっき内側から見た玄関、硬く閉ざされている
DSC07555_R.jpg
機会があれば、向こうも見てみたいが今回は無理だ
DSC07556_R_201407052143423e4.jpg
ラストショット

横浜こどもの国見学会「歴史をたずねて」その2

26年8月10(日) 「歴史をたずねて」 (雨天中止)
集合時間:10時30分 集合場所:正面入口広場
こどもの国は旧陸軍の弾薬庫跡地で、現在でも当時のものが残されています。
持ち物:懐中電灯、虫除け、汗拭きタオル、飲み物
※園内を歩いてまわるので、暑さ対策をしてご参加ください。
こどもの国H.Pにて、上記記載がありました、興味のある方はどうぞ!
DSC09251_R_20140703195236cde.jpg
弾薬庫の途中から始める
DSC09263_R_201407031952385fd.jpg
角部分なども丁寧に作ってある
DSC09252_R_20140703195237cb5.jpg
天井の内屋根を付けていた木材
DSC09264_R_20140703195240d74.jpg
換気口の下側に、金属が残っている
DSC09265_R_201407031952419c1.jpg
ギリギリでぶら下がっている電球
DSC09268_R_20140703200151b51.jpg
落ちてしまっている電球、銘柄は見えなかった
DSC09258_R_20140703200150be5.jpg
組み立て前の薬莢なので、弾尾に信管が付く穴が開いている、同じ38mmでも野砲、機関砲など用途により薬莢サイズは違ってくる、同じ38mm砲でも弾薬の互換性が無かったりする
P1030025.jpg
個人所有の38mm砲弾、短い物だ(参考38式小銃弾)P1030033.jpg
海軍の25mm機関砲弾と比べてみる
P1030032.jpg
1904年製、海軍マークがある
P1030031.jpg
弾頭のおしりにもマーク
P1010195.jpg
弾頭にもいろいろ種類が有る、右は参考の日露戦争時の25mm弾頭
DSC09257_R_20140703200149072.jpg
ちょっと刻印は確認出来なかった
DSC09269_R_201407032001531c6.jpg
弾薬庫の見学終了
DSC09271_R_201407032001548a1.jpg
こっちは対になっている出入り口
DSC09298_R_20140703205954be9.jpg
弾薬庫平面図
DSC09299_R_20140703205955c6d.jpg
先に弾薬庫を作り、上から盛り土をして作ってある(掘った訳ではない)、現在でもその作り方は大差無い
DSC09300_R_20140703205956508.jpg
これが当時の弾薬庫入り口(奥はプール前の給水場、位置は今の給水場と同じ)
DSC09301_R_20140703205958a82.jpg
この辺の弾薬庫は人工湖に沈んでいるが、一部ボートに乗っていると水没した入り口が見える所がある
DSC09295_R_20140703211429784.jpg
見学したのは真ん中左側辺の弾薬庫だろう、弾薬庫だらけなのが判る写真だ
DSC09272_R_20140703211424f3c.jpg
DSC09273_R_20140703211426023.jpg
写真中央の見えている弾薬庫
DSC09276_R_20140703211427048.jpg
第二トンネル前の弾薬庫と、赤ぽっぽ
DSC09277_R_20140703212158b00.jpg
第二トンネル(当時物)
DSC09278_R_20140703212200285.jpg
DSC09279_R_20140703212200e45.jpg
近年大分補修を受けている様だ、白い所は近代コンクリート補修(入り口外縁を含む)
DSC09280_R_2014070321220214b.jpg
最終地点「平和の碑」
DSC09281_R_20140703212203f70.jpg
DSC09282_R_20140703213833411.jpg
簡単に言うと、自分が当時作った砲弾で、他人を傷つけて仕舞ったのではないかと、後悔と自責の念に駆られた、こんな事が無い様に平和を心から願うと言う内容の碑
DSC09283_R_20140703213835f59.jpg
この場所は女子学生休憩所跡地で、ここで働いていた方が「田奈の森」なる当時を書き記した本を書き、収益の一部を碑建立に寄付されたそうだ、地面にはコンクリートの地盤が今でも残っている。

田奈の森―学徒勤労動員の記 [単行本] MARCデータベースより(沖縄の少女が自決に使った手榴弾。それはもしかしたら、私が造ったものかもしれない。学徒勤労動員として、田奈の森にある秘密の弾丸工場で来る日も来る日も弾丸をつくっていた当時のことを、鮮明につづる。)
DSC09302_R_20140703213836165.jpg
中央上が引込線ホーム、公園外に各種学校及び寮があった様だ
map3_13c.jpg
こどもの国開園時の古地図、引込線の記載が残っている、四角い枠がホームのあった場所
左の引込線は現在のこどもの国線、右の分岐は廃線となり宅地化に消えるが、ガーター橋や線路の一部が残っている所が近年までは確認されているが、現在は不明


横浜こどもの国見学会「歴史をたずねて」その1

横浜こどもの国では、年に1回戦時中の「東京陸軍兵器補給廠、田奈部隊」の戦跡見学会を行っている。
例年は8月だったと思うが、今回は6月29日(日)に行われた、気温的高齢者配慮だそうだ
入園料だけで、基本無料で申し込み不要、現地10時半集合、懐中電灯持参程度のお手軽さだ
行程は1時間半、内周道路2,4kmだが8月ではやはりつらい物があるだろう、お年寄りには・・・・
もしかすると、8月にも終戦記念等で行われるかもしれないので、興味がある人はH.Pチェックを!
園内戦跡に於ける概要は以前紹介しているので細かい説明は省き、見学に沿って紹介する
DSC09189_R_20140701202947103.jpg
駐車場確保の為、0930の開園時間に到着、先に少し時間まで戦跡を回る
DSC09190_R_201407012029484ef.jpg
これが弾薬庫出入り口、現在は半数ほど動力室や物置として改修ご使用している
DSC09193_R_20140701202949639.jpg
弾薬庫はコの字型をしているので、出入り口は2ヶ所ずつある
DSC09198_R_20140701202950690.jpg
ちょっと山中に登ると遊歩道沿いにも見やすい換気口がある
DSC09199_R_20140701202952b2b.jpg
しかし、見学コースには含まれない
DSC09201_R_201407012054017df.jpg
椿の森E地区には高射砲台座と言われる物がある(これも見学コースに含まれない)
DSC09202_R_20140701205402b43.jpg
人の腰の高さぐらい有る
DSC09200_R_2014070120540090a.jpg
直に憑けていたのではなく、四隅の台座に櫓を組んでいたようだ
DSC09203_R_20140701205403ad8.jpg
金属の切り取られた跡となんか跡が着いている
DSC09303_R_2014070121022358e.jpg
資料写真の中には有ったのだが、説明等は無かった、当時資料が無く確証が無いのだろう、避雷針や無線電波塔、監視哨の可能性も捨て切れない
DSC09208_R - コピー
時間になったので、集合場所に向う、コースはザックリこんな感じ
DSC09216_R_20140701211454b25.jpg
資料と薬莢が配布される(うそ、資料だけ)
DSC09217_R_20140701211455603.jpg
38mm砲弾、名古屋マークと昭和18年の刻印も見える、ここではこの様な状態の薬莢に火薬の充填、弾頭、信管の取り付けなどを行っていた、晩年は地雷や手榴弾などの防御兵器が多くなる
DSC09218_R_20140701211457e66.jpg
担当の人が資料を見せながら紹介してくれる、それに沿って侵攻する
DSC09219_R_201407012130173cd.jpg
まずは管理棟裏の防空壕に行く、当然一般立ち入り禁止である
DSC09221_R_201407012130186ee.jpg
壕口到着、これは防空壕であり、工場、弾薬庫ではない
DSC09225_R_20140701213019763.jpg
右側の壕口
DSC09226_R_2014070121302121a.jpg
真ん中の壕口は埋まってしまっている
DSC09229_R_201407012130222f3.jpg
左側の壕口、もちろん壕内へは入れてくれない
DSC09292_R_20140701213816b30.jpg
DSC09293_R_2014070121381705e.jpg
資料
DSC09285_R_2014070121381542c.jpg
この写真は米軍から返還後、公園化する前ぐらいの物と言っていた、引込線の様子が良く判る
DSC09231_R_2014070121450385f.jpg
多目的広場に行く、田奈部隊本部跡地
DSC09232_R_201407012145053d9.jpg
このヒマラヤスギは当時の物
DSC09288_R_201407012145055e7.jpg
昔の小学校みたいなのが本部、実はこの辺にも本部用の壕がある
DSC09305_R_20140701215102386.jpg
確認、内部は6mほどでT字になり部屋もあるが水没、入ってないから詳細不明
DSC09233_R_20140701215714b4a.jpg
第一トンネル当時物(整備はされている)
DSC09234_R_20140701215715e3b.jpg
本部前となるので、防空壕もある(封鎖済み)
DSC09235_R_20140701215716459.jpg
引込線は途中で二股になり、牧場口駐車場に来ていた、こどもの国線は元の引込線の途中までを使用している
DSC09295_R_20140701215717a38.jpg
左上付近が引込線ホームとなる(牧場口駐車場の)
DSC09236_R_20140701220531f41.jpg
この辺は石垣等当時の物が残るが多くは牧場設置、園内道路増設で変わっている
DSC09238_R_20140701220532e74.jpg
いよいよ弾薬庫の見学(牧場前遊具付近)
DSC09239_R_20140701220533b49.jpg
70年以上前の扉が開いた
DSC09240_R_201407012205341c3.jpg
僅か3段の階段に行列ができる
DSC09241_R_20140701220536c0b.jpg
総勢30名ほどがぞろぞろ入って行く
DSC09242_R_20140701222750762.jpg
殆んど腐って崩れている
DSC09243_R_2014070122275251b.jpg
入り口脇には当時の薬莢が多数散乱している(本物)
DSC09244_R_20140701222752700.jpg
もちろん見学用に置いてある物で、管理されている
DSC09245_R_20140701222754ed2.jpg
庫内に入る、土盛りは上部の換気口が埋まってしまって、そこから土砂が落ちて来ている
DSC09246_R_20140701222756acd.jpg
薄暗い弾薬庫内で説明が始まる
DSC09250_R_201407012248225c1.jpg
暗いのでライトを点ける、一斉に見られるこの瞬間があまり好きではない
DSC09253_R_2014070122482396d.jpg
天井の換気口、土砂で埋まっている
DSC09255_R_20140701224826761.jpg
壁面の防湿用タール、1mほど塗ってある
DSC09249_R_20140701224820399.jpg
入り口付近の強固な柱
DSC09254_R_2014070122482462f.jpg
天井、壁から出ている鋲は木製の内壁を取り付けた物だが、腐って木部は無くなっている
DSC09259_R_2014070122562356a.jpg
天井からパイプがぶら下がっている
DSC09260_R_20140701225625290.jpg
電燈の笠が着いていた
DSC09261_R.jpg
奥側の出入り口
DSC09262_R_201407012256274df.jpg
天井の木部がほとんど落ちている
DSC09266_R_20140701225629062.jpg
弾薬庫全体、人物比参加者一同

以前の関連記事、過去の物なので参考程度に
田奈弾薬庫(横浜こどもの国)その1

田奈弾薬庫(横浜こどもの国)その2