下総航空基地開設55周年記念行事 その3

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下総航空基地開設55周年記念式典が始まる
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国旗及び自衛隊旗入場
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航空基地は人員が少ない
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国旗及び自衛隊旗登壇
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国旗及び自衛隊旗に敬礼!
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P-3C3機による祝賀飛行
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続いてもう1機飛んで来た
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P-3Cの後継機と言われるP-1哨戒機
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ターボファンエンジンにより、P-3Cが航続距離3830kmに対して8000kmと大幅向上した
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もちろん対潜爆弾、ソノブイ、短魚雷、対艦ミサイル等の装備はそのまま可能
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残念ながら着陸せずに、祝賀飛行のみで、自分の基地に帰ってしまった(多分厚木)
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テスト飛行中、全エンジン停止の不具合は治ったのだろうか?
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基地司令祝辞
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市長祝辞
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以外に人が集まっていたが、祝辞が始まると、解散状態に
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客席から小さなビニールゴミが飛んでいった、追う警備係一人目
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二人目も躱して飛んでいってしまった、エンジン給気口に吸い込まれたら事故に繋がるので注意しよう!
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防衛大学生のファンシードリルが始まる、客が途端に戻ってくる(高等工科とはえらい違いだ)
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えらい気合の入っているオネーさんがいた
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防大のドリルは切れがいい
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基地司令に敬礼!(見えないが、片手でM-1カービンを回しながら敬礼している)



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唐突に後ろをP-3Cが通過して行く(アナウンスも間に合ってない)
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対潜爆弾投下の展示飛行
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P-3Cの低空高速飛行
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レシプロの300km台では遅く感じる(実際にもっと遅いだろう)

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新型の航空機用化学消防車「オーストリア製(ローゼンバウアー社)」
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化学消防車 MB-1改B型(ボディ形状の異なるタイプ有り)
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資機材運搬車
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救難訓練展示
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航空機事故、取り残された乗客等の救助
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けが人製作中
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ストレッチャーをハシゴを滑らせ下ろして行く
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新型の放水展示
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互いに放水するも、風向きで2号車が一方的に濡れる
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展示終了、サイレンを鳴らしつつ、去っていく



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入れ替わりに地上要員がゾロゾロ入ってくる
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P-3C3機の侵入
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右旋回に入る
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編隊旋回飛行展示
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C-130の方が迫力があるかな?
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単縦陣で旋回してくる
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これにて、全ての展示を終了しますと、アナウンスが・・・


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格納庫を越え
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森を越えて
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着陸態勢に入る
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無事着地!
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続々と降りてくる
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車輪が地に着いた瞬間の煙
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地上員に見守られながら滑走路エンドへ向かう


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1機目
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2機目
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3機目
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あれ、着陸したのは3機なのに1機増えた
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エプロンに入ってきた
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停止位置到着
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エンジン停止
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午後の体験搭乗に備える4機(事前応募抽選制)



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立ち去ろうとした時、聴き慣れたローター音が
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中止になった空挺降下のチヌークだろう
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地上展示に向かう
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下総航空基地開設55周年記念行事 その2

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SH-60哨戒ヘリコプター
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海賊退治に行ったヘリ
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後できたらドアが開いていた
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UH-1H/J多用途ヘリコプター
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やはり後でどあーとエンジンハッチの一部が開いていた
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海自のヘリと比べると、椅子も質素だ
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OH-6D観測ヘリコプター、小柄だが万能機として広く普及している
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これもオープン
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コクピットに乗った事があるが、狭くて出入りしづらい
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まるでカットモデルみたいだ
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P-3C哨戒機
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55周年記念モデル
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機体の割に、プロペラが小さく感じる
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空対艦ミサイルも積めるとか
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MH-53E(シコルスキー)
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これ、飛んでるとかなりの迫力がある
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独特のテール
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おしりがこんなだとは、初めて見た
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この機体だけに、案内板が下に置いてあった(他の機体は、一般人には名前すら解らなかったろう)
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この辺は練習機
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Uー36A艦対空迎撃訓練用、左右に赤外線、レーダーシーカーを翼端に持ち、ダミーミサイルになる事も
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TC-90 練習機
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T-5初等練習機
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不意に高等工科学校のドリル展示が始まる
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式典前の前座とは言え、ロクなアナウンスも無く閑散としていた
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基地司令に敬礼シーンなんだが、おしり向けてる
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関東各地で活躍している彼らなのだが、今回の扱いは最悪だ、モロ前座!

P-3Cのエンジンが始動する

タキシング
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ほどなくP-3Cが飛び立っていく
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この後、式典開始まで時間が空く

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忘れ物だよー (カラーリングは向きがすぐ分かる為)
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自販機は約30円引き
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となりに有ったキャリアー、こうゆうの好き
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模擬店に行く
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まだ、客足は少ない
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ここは人だかりが凄かった
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おみや
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海軍カレーも頑張っている
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面白いタオルがあった
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もうすぐ式典が始まる

下総航空基地開設55周年記念行事 その1

前回の予告通り、下総航空基地開設55周年記念行事に行ってきた
下総航空基地は千葉県柏市にある海上自衛隊の航空基地です。下総航空基地には、教育航空集団司令部、第3術科学校、 下総教育航空群司令部、第203教育航空隊、第203整備補給隊、下総航空基地隊等多数の部隊が在籍しています。第3術科学校では、主に航空機関係の機体や機器の教育を行い、第203教育航空隊では、P-3C等の操縦士や航空士になるための教育を行っています。
海上自衛隊第1術科学校が、機関及び潜水艦に関係する術科を除く艦艇術科教育を担当している、砲術、水雷、掃海、航海、通信、応急、潜水、陸上警備等を行っている。
第2術科学校は、機関科関係、情報、外国語等の教育訓練
この基地の第3術科学校では、航空機関係、航空基地関係等の教育訓練を行っている。
元々は東洋一と言われた 武蔵野カントリークラブ「藤ヶ谷コース」 だったのだが、1945年3月に陸軍飛行場、藤ヶ谷飛行場となる。
終戦後、アメリカ空軍白井基地として接収され、1959年に海上自衛隊との共同使用を経て、翌年全面返還となる。

前回も予告的に以前訪れた時の記事をYS-11に絞って掲載したが、今回の下総航空基地開設55周年記念行事があまりにも内容が薄い(え、これだけ?レベル)状態だったので、ボツになった前回分の写真も後でまとめて記事にする。
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今回はのんびりと0610頃横浜を出た、1号経由高速で行く
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正門側から入ろうとしたが、脇の通用口からの入場となる、開場時間の0800を若干過ぎてしまった
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既に航空機が頭上を飛び交っている、出遅れた?
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かと思ったが、駐車場も基地内もガラガラだった
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魚雷を抱いた平面ガエル、「質実剛健」と書いてある
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手近な第三格納庫に入る
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陸自の第一空挺団の展示場となっている
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半面は当基地一番人気の「花電車」、ほんとにかなりの行列が出来ていた
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外に出ると、このハーレーに何があったんだろう?
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廃物利用の看板、味があって良い
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第一格納庫へ移動
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人力はばたき機(下総OSC)、ペダルを漕ぐと翼がバサバサと羽ばたく
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以前はエプロンに出れたが、今回は0830まで格納庫から先に出れなかった
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ミニP-3C、護衛艦「あとらす」、潜水艦
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パイロットはリラックマ!
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潜水艦は、海賊船仕様(午後から模擬戦をこれらで行う)
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中身は普通のスクーターに転倒防止の脚を付けたもの
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お預け状態で0830を待つ、こんな事ならもっとのんびりすれば良かった
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頭上を飛び交うPー3C、テスト飛行は早朝から始まっている
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一応、基地内の案内図
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ゲートオープン、目当てのUS-2に向かう
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この角度が一番良い
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ずんぐりとした飛行艇、二式大艇の末裔
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ボディに完全収納の脚
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左右のフロートが船っぽくていい
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6枚プロペラ(P3Cは4枚)
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機首のレーダードーム
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波消し装置
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艇が高いので、乗り降りも大変だろう
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エンジンの排気口
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おしりのアース
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航空自衛隊、C-130輸送機
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C-1中型輸送機の倍近い4000kmを飛ぶ事が出来る
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まるで一枚板のような翼
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車両も搭載可能、空挺隊員なら64人、通常人員なら92人を輸送可能
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わざとこの高さにしているのか?、腹を剃りそうに低い
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しばらくすると、腹が空いていた
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通常油圧装置で開閉するが、電源が無いのでこの人が手動で開けた、ご苦労さんの拍手喝采が起こった
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床にはコンテナ搭載用のローラーがある、場合によって空中投下も可能
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壁面には座席が埋め込まれている
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出すとこんな感じ
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エプロンにある、レッドカーペット
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近年建て替えられた管制塔
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3年ほど以前の管制塔
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高等工科学校のドリル練習
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式典の最終調整、もうすぐ基地祭が始まる・・・・あと1時間ぐらいしたら

下総海上自衛隊航空基地祭22年(最後のYS-11)

明日9月27日に開設55周年記念行事があるので、以前YS-11型機の引退記念に行った時の記事を軽くあげる
と言ってもどうせまた記事にするので、YS-11型機のみを羅列するだけにする。
練習機YS-11T等により、約50年にわたり航空士教育を実施してまいりました第205教育航空隊は、平成23年6月1日に廃止されました。
って事で、205教育飛行隊の尾翼のマークなども、もう見れない・・・
現在は203教育飛行隊が継承しているのだが、なぜ番号が戻るかってゆうと、206教育飛行隊が第203教育航空隊に部隊番号変更をされているせいである。
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裏口から入る
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その方が管制塔に近い
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自分的にはこっちのUS-2の方が好きだ
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しかし、今日の主役はこれYS-11型機(輸送機)
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この頃の管制塔、今はもう無い
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P-3C等の大型機を扱う基地なので、格納庫もデカイ
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マップ
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開場直後はガラガラだ
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YS-11の地上展示
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エンジンフードが開いている
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ハッチも開いているのだが、この時間は入れない
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誰か乗っている
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諸元
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ノーズの顔がカワ(・∀・)イイ!!
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窓の開き方が良く分かる
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レーダードーム?
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滑走路に並ぶ機体、アイドリングが始まる
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後ろの方ではP3Cがクラウチングスタートの前傾姿勢
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YS-11も滝寝具植井に向かう
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三機とも(基地祭での)最後の離陸を見事に果たした
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少し時間があるので、売店物色
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萌え
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YS-11が戻ってきた
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まず、1機のフライパス
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P3Cの3機編隊
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4発は迫力がある
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爆弾倉開放
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交差
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爆撃
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次はフレアか!
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出なかった、銀翼を輝かせ、去っていった
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残りの2機が飛んで来た
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まずはフライパス
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お疲れ様でした、いろいろと
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締めはチヌークの空挺降下
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もちろん他にもいろいろあるのだが
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今回は軽く済ませる
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この頃は東京タワーも作りかけだった、ガラガラの首都高をのんびりとかっ飛ばして帰る

東京湾要塞 観音崎砲台(三軒家砲台 )その2

昨日三軒家砲台に行って、取り直しをして来たので、その1も多少だが修正する
以外に見ているけど撮ってない所って、行き慣れた所にはあるものだ。
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第二砲座の上にある三軒家園地
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何故か、今は亡き第三海堡 のかなりいい加減な図の説明がある
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ここから砲座を覗いて見ると、円形になっているのが良く分かる
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横檣に登ると弾薬庫の通気口がそれぞれある
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中は土管で、ゴミが溜まって埋まってしまっている
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屋根を取り付けていた金具が残っている
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第二砲座の残存部分、侵食した木の根っこが気持ち悪い
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砲座両側面の一部は残っている
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第二砲座と第三砲座の間の、兵員生息室(たぶん)に降りる
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中を覗くと、ここだけは塞がれてしまっている
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第三砲座入口
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第三砲座も煮たような物だ、が
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砲座の砲弾置き場の窪みにある番号の(第三砲座の二番置き場)横にカナが振ってある
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他の砲座では見られない、ここでもカナ部分が読み取れるのはこの2つぐらいだ
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砲弾置き場には蓋をはめて、閂的留め具で止めていたが、金属は全て持っていかれている
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第三砲座と第四砲座間の弾薬庫
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右の穴から覗く
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硝石が染み出しているが内部に問題はない
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第四砲座
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陽の当たる所の迷彩塗装は痛み気味だ
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三軒家砲台の番号は茶色で書いてあるのも特徴か、単に迷彩の余った塗料か?
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第四砲座の胸檣を乗り越えると、前面に円形状の空間がある
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人工的な何かが有ったのは確かだが、カノン砲とは平射砲だ、前面にあまり建物は建てないだろう
ちなみにカノン砲は良く加農砲と書かれるが、日本軍的当て字で俗称であるのが元々だ、されど余りの語呂の良さに、いまだに陸自でも混在して使われている、米軍ではcanon砲(キャノン)
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砲座入口の階段したには
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何かを止めていた金具がある
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遊歩道を奥に行くと、観測所の付属室がある
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両脇の窓は煉瓦で埋められ、鉄の扉で普段は閉鎖されている
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ちょっと通りますよ・・・
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中は湿っていて、ゲジの巣窟となっていた
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おそらく第四砲座への伝声管
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天井には観測所への伝声管もある(見上げているとゲジが降ってくる)
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入口脇に寄せられた瓦礫
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上の観測所に登る
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円柱形と三本柱のステレオ式
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左には観測所上部に行く階段がある
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観測所、外縁部
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外周には天蓋の柱の跡のような物もある
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割れてしまっているが、レンガの湾曲部がいい感じである
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僅かに迷彩らしき塗装が残る
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外縁の地面には、観測所を取り囲む形で幾つものこんな円形コンクリートがある
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半ば埋もれているので、気を付けよう
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下に降りるとしよう
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元の遊歩道に戻ると、井戸のあった所だが全く分からない
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唯一残っている壁の金具だけが当時を思わせる
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その下の便所跡地、知っていたらくつろいで座れないだろう
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新しい道を挟んで左側
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12cmカノン砲座
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第一砲座は緑に埋もれている
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しかし、固定ボルトだけは見る事が出来る
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ボルト径の比較に、ビデオを置いてみた(約10cm)
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第二砲座は観光用に整備されていた
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以前は良く分からなかった
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こちらのボルトは良く見える
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この日も本当にマムシに遭遇した、マジでいるから気を付けよう
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一通り砲台を見たので、海を眺めつつ第一砲座へ戻る
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第一砲座手前の側面の壁を見てみよう
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ついでの説明版
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安山岩?の石積に奇妙なマークを見る事が出来る、イの形
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縦二本
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縦一本
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逆L字、石材所のマークだろうか?
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三軒家砲台の門をくぐり、下に下りて行く
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この先にも数本の石柱が存在する、170号柱
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180号柱
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切通しの下からめがね橋を見る
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そこには片側だけの門柱が残っている
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下を覗くと、観音崎健康ラドンセンターの廃墟が見える




東京湾要塞 観音崎砲台(三軒家砲台 )その1

三軒家砲台は、現在三軒家園地になっているが、砲台の遺構が色濃く残り、非常に見ごたえのある所だ
27cmカノン砲4門と堡塁的役割の12cm速射カノン砲2門を備えていて、その砲座も第二砲座を除き(歩道を作る為に破壊)、原型を保ち残っている
27cmカノン砲座は砲座間に横檣を持ち、その地下に地下弾薬庫と掩蔽部を備えている。
上部には観測所と付属室も残っているが施錠されているので、普通には入れない
背面の山には、掘割の奥に掩蔽部が2つ有り、砲台入口の門の袂に貫通しているが、施錠されている。
更にその上には、見張り所が更に登って行くと、近代公衆トイレがある。
もっとも見ごたえのあるのは、砲座の迷彩塗装が完全に残っている所だろう!
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腰越堡塁から下りてくると、この三叉路に出る、上の平地には兵舎らしい壁の跡が残る
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砲弾を模したモニュメント
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公衆トイレの裏の石段を登って行くと(人物比デビット佐藤氏)
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下には鍵穴の形に作られた見張り所がある
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側遠器台等が見当たらないので、観測所ではないだろう
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すぐ横には、用途不明の遺構もある
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前を覗くと、砲座が見えるので、ここから全体指揮を取っていたのかも知れない
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この辺をうっかり歩くと、掘割があるので落ちると痛そうだ
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下に降りる道もあるが、一旦上にもどる
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トイレの辺りで上を見上げると、落ちそうな162号柱が見える
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案内板
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遊歩道を降りると、砲台入口の門柱が残っている
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昔は煉瓦壁があったようだが、今はこれだけ
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珍しく、ヒンジなどもちゃんと残っている
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看板を下げていただろう、フックの跡
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掩蔽部が2つ並んでいるが、普段は施錠されている
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鉄扉は公園整備時に付けたもので、中は物置として使っている
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開けてみると、こんな感じで崩落などはない、奥はさっき掘割の上から見た部分に貫通していた
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最深部から入口方向、20mほどか
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27cmカノン砲座に向かう
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見た瞬間にいやでも気になる迷彩色
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鮮やかな迷彩色だが
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子供の落書きっぽくも見える、昭和9年に除籍となった砲台だが、航空偵察を意識していたのだろう、なんせこれは海側から見えない、山側に描いてあるのだから・・・
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上の写真でも見えている伝声管
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奥の光が見えるだろうか、観音崎で唯一貫通している状態の伝声管である
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入口に戻り、砲側弾薬庫に行くのだが、落ち葉がひどい
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コンクリートで塞がれて入れない、壁の出っ張りは簡易クレーンの跡
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弾薬庫の入口上部には、このような砲弾や破片が飛び込まないようにコンクリートアーチが架かっている物が多い
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内部は煤けているが、米軍の爆破処理なのか、終戦後住み着いた人の焚き火かは不明
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反対側から撮り直す
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上に出て山側の掘割に向かう
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これはさっき中から見た、門柱脇の掩蔽部裏側
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深部から振り返ると、掘割はV字型をしている(変形のyかな?)
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遊歩道に戻ってきた
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この貯水槽の横の階段を登ると、最初の見張り所の遺構にでるが破だらけなので、冬に行こう
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第二砲座は潰され、交通路になっている、一部だけ側面部が見受けられる
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第三砲座も似たような物だ、床面はコンクリートで固められ、砲床は見られない
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第二第三間の地下掩蔽部には、コンクリートのアーチがない、よって兵員生息部か砲具庫と思われる
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転落防止柵があったのだろうが、切り取られて持ち去られている

つづく

東京湾要塞 観音崎砲台(腰越堡塁(うみの子とりで))

腰越堡塁は大浦堡塁と同じく防御用砲台である、備砲も同じく9cmカノン砲2門となる。
現在は「うみの子とりで」となり、子供用遊具で埋め尽くされた趣となっているが、奥側半分は砲台としての遺構を良く残しており、砲座も左側のみであるが、辛うじて原型を留めている。
入り口近くを見ると、げんなりするが、以外に見所はあるので、奥まで行ってみよう。
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めがね橋を渡ると、見えて来るのがこの残念な風景である
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当時から残る、鍵型に曲がった塁道を進むと砲台部分に出る
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最新型のトーチカ、少年たちが訓練に励んでいるそうだ
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土塁 上部への階段はオリジナル
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入り口よりに、もう一つあるが状態は良くない
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地下掩蔽部なのだが、出入り口は埋められてしまっている、地表から階段で降りて行く通路があった
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地下掩蔽部の通気孔の半分が落ちている
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掩蔽部の上に上がると、残り半分がある
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水道管なども埋めてあるので、掘る事は出来ないだろう
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左側の砲座がこの上にある
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何故か地面剥き出しにされている砲座上り口
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左翼掩蔽部入口も埋まってしまっている
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砲座に上がると、胸檣が良い状態で残っている
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地面には当時の砲床と思われるコンクリートが残っている
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胸檣の向こうには、遺構は見当たらない
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登って来た斜面には、階段の跡がある、なんで階段壊したんだろう?
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左翼掩蔽部の横の階段は残っているのに
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左翼掩蔽部の後方にも何か埋まっているが土塁の壁だろう
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腰越堡塁を出て、少し歩くと広い園地があるが、特に何も無い
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更に歩くと、切り通しがある
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この切り通しの両側には、橋が架かっていた橋脚が残っている
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何でわざわざ橋なんか?
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不審に思い、回りを見回すと脇道がある
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地下壕の入り口があった
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覗き込むがゴミだらけで入れない
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橋の反対側に登って見ると、平地になっていて、モニュメントが建っていた
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この先の広場にも似たようなモニュメントが立っている
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このまま降りて行くと、三軒家砲台に至るのだが、腰越堡塁からそこまでの間、石柱がかなり残っている
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144(順序は適当である、ガケの上や寝っころがっているものもある)
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143
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135
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150
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152
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これは変り種である、上部に陸と→
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矢印の方向に、三軒家砲台がある

基本的に遊歩道の両脇に(上にもある)あるので、探しながら歩くのも良いだろう、番号が一部若い番号になる所があるので、移植の可能性もあると思われる。


東京湾要塞 観音崎砲台(大浦堡塁(戦没船員の碑))

堡塁と言うのは、積極的に敵を攻撃する為のものではなく、砲撃用砲台の背後もしくは側面防御の為に儲けられた砲台であり、海面方向より内陸を指向している物が大部分だろう、周辺には腰越堡塁、小原台保塁花立台保塁などがある。
現在は大浦堡塁としての遺構は僅少で、戦没船員の碑と公園整備の為原型すら判らない。
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観音崎の自然&あれこれ様より転載許可済み
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大浦堡塁の航空写真
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ほとんど山頂部に位置する為、登ってくる人はあまりいない
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実際山の中をガサゴソしていると、結構いる
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戦没船員の碑
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進徳丸のアンカー(戦前は、商船学校の練習帆船で、戦中は徴用船だったが生き延びる)
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戦後、練習汽船として復活した
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草陰に潜むぬこ
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ここからは、花立台演習砲台の観測所が良く見える
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しかし、遺構として残っているのはこれだけ、階段の一部と
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横墻と言われる部分だが、車輪移動式9cmカノン砲があったので、単に平坦地を作る為の土止めの壁だろう
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広場説明
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人魚に襲われる船乗りの像
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安らかにねむれ わが友よ 波静かなれ とこしえに
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床には、日本からニューギニア辺りまでが彫ってある
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おむすびが3つある
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天皇陛下御製碑
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皇后陛下御歌碑
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説明
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近年は5年に1回ペース
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天皇陛下皇后陛下、行幸啓記念
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少し進むとめがね橋がある
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思わず下を乗り出して見たくなる様な高さがある
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切り通し、山側
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切り通し、海側
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当時架かっていた、煉瓦橋の橋脚の一部の煉瓦が、覗き込むと見える
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橋の根元にある、古い導管
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恐らくは電気ケーブルだろう、この高さでは水道はありえない
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橋を渡った所にある陸軍柱(波一本は陸軍のマーク)

東京湾要塞 観音崎砲台(旧第三砲台)

旧第三砲台は、存在すら知らない人がほとんどだろう、明治17年に竣工し同19年に28cm榴弾砲2門を据えた物だったが、明治26年の第三砲台に廃止、第四・五砲台の名称を第三・四砲台に繰り上げ改称。
同27年には2門とも第四砲台(現在の第三砲台)に移設、震災により損傷を受け、大正14年には除籍となっている
非常に短命で、8年程度しか備砲していなかったのだが、平成を迎えても今なお海上自衛隊の祝砲を据付続けているのは、何とも言えない物があるが、砲台としては喜ばしい事なのだろう
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現在の航空写真、馬蹄形の物が砲座で、第一砲座には海自施設が乗っかっている、右上が祝砲3門
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砲台施設の下を第二砲台のトンネルが通っている、これでは崩落してしまうだろう、除籍の一因と思われる
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第二砲台と旧第三砲台は以外に近い、8の字形に横墻があった様に見受けられるが、現在形跡は無い
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観測所を挟んで、お隣と言える近さである
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第二砲台から遊歩道で程なく着く
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しかし、大体の人はこの辺で引き返すだろうから、遺構を見る人は一際少ないだろう
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周辺をガサゴソすると、横墻の一部かと思われる部分もあるのだが、違うだろう
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海を見ると第二海堡が見える位置
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フェンス沿いには遺構の一部と思われる石材が並んでいる
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第一砲座の上にある海自警備所、屋上に双眼鏡が並ぶ
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なにやら四角いコンクリート遺構が見える
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入り口近くの四角いコンクリート建物と言えば、トイレだろう
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背後には貯水槽も完備している
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祝砲が見える
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地上に並んだ3基の祝砲
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カンバスを被って全体は見えないが、75mm程度だろうか?
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地上据付の砲座は今、見る事は非常に困難だろう(移動式かサイロ式だから)
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奥に行くと第二砲座がある
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近寄ると胸墻はさんだんに石を積んでコンクリートで固めている様に見える
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第一砲座の上には近代建築が乗っている(許可亡き者が入らない様に360度カメラが憑いている)
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この土台自身が当時の砲座である
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通路沿いに回り込むと、第二砲座入り口が見える
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この丘陵部分にはなんと、地下施設が隠されている
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これが現在の唯一の入り口となる、入った事が無いから良く知らないが、3mほど垂直の鉄製ハシゴを降りると本来のアーチ型入り口に出る、内部は煉瓦式地下施設になり保存状態は完璧と言える、前室と言える空間があり、右側に入り口をくぐると、広い部屋に出る、左側には砲弾庫と思える小部屋が4つ存在し、漆喰で白く塗り固められた部屋の天井や壁面には電気設備が残り、奥には 揚弾井や換気口も完備されている、昭和期にある程度の改修を受けている様にも見える
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残存遺構としては、結構いい状態なのだが、もったいない
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砲座を眺めつつ、旧第三砲台を後にする
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いまもこの海を護る、唯一の備砲している砲座に幸あれ

東京湾要塞 観音崎砲台(第三砲台)その2

前回に引き続き、第三砲台の記事となるが、今回は観光コースでは無い、隠れた遺構を紹介する。
一般に第三砲台は、第一砲台ほど近くも無く、第二砲台ほど砲座も無く、トンネル抜けたら砲座が一つあるだけで、
後は第一展望台、今で言う海の見晴らし台があるだけの、ぱっとしない砲台である
しかし、この第三砲台周辺には観測所が4ヶ所もあるのだ、通常は山頂に1つか右翼、左翼に一つづつが普通なのだが
ここには、右翼、左翼(崖下へ転落)の観測所の他に後方遂道上部及び更に上部の尾根道に、観音崎砲台には多くの観測所が残る中でも、一際異彩を放つ観測所が現存する。
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まずは一番行き易い右翼観測所、砲座右側に階段がある
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無理して登れない高さでもないだろう
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でなければ、上に回って小道の突き当りから藪に入ってすぐである
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円形のコンクリート製観測所がある
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主出入り口、またいで何処からでも入れるが一応ある
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現状は良くなく、3つほどに割れてしまっている
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少し離れて、全体を見る(一部崖下へ転落?)
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主出入り口から出ると、階段だか付属室だか良く判らない煉瓦がある
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マスに上だろうか?刻印のある煉瓦が見れる、この手の刻印を探すだけでも、煉瓦遺構は楽しい
しかし、数10mに及ぶ煉瓦壁であっても、見える面にはひとっつも刻印が無い物もある
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横墻に戻り、左の方に行くと
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この曲がり辺りに遺構があるが斜面なので、転落注意
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左翼観測所付属室の一部が残っている
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様々な刻印が残っているので面白い
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では、下に落ちて行って見よう
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数10m落ちていくと、コンクリートの破片が点在する
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見えて来た、左翼観測所だ
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一応鉄筋入りコンクリートだったようだ
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多少分解しているが、観測所一式がそっくり滑り落ちて来た感じだ
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観測所出入り口の階段
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観測所内部
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側遠機台?
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観測所に良くある、物入れ
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反対側の物入れも、なんとか見える、よくもこれだけ原型を留めている物だ、関東大震災で脱落してから約90年だ
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遂道上の観測所に向う
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鬱蒼とした茂みに、三本の柱
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コンクリートでは無さそうだ、安山岩か?八角形の標準的なもの
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季節によっては、草に埋もれて見えないだろう(人物比榴弾砲氏)
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更に進むと遥か遠くに、異形の煉瓦構造物が見えてくる
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初めて見た時は結構興奮した、当時一般的に知られてない遺構だったから
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半分に割れ、傾いてしまっている、中央にこじんまりとした側遠機台がある
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結構下もえぐれて来ている
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取りあえず登ってみる、側遠機台は煉瓦のモルタル塗りだ
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主出入り口方向を見ると、結構マシに見える
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円形にする為に煉瓦を苦労して割っているようだ、刻印も良く見える
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足元(上部)を良く見ると、金具がぐるっと生えている
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先がワッかになっている、ボルト状は良く見るがこれは見かけない
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内側に落ちている上部外縁の一部、煉瓦は鏨で結構きれいに割れるらしい
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床面はコンクリートで覆っていたようだ
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上から全体を写してみる
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高さは丁度人の肩下ぐらいか
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次に来るまで、崩れないで残っていて欲しい

この円筒形煉瓦観測所は第一砲台と第三砲台の中間付近にあるので、共用もしくは連携的な機能をしているのかも知れないが、裏付けるものは何も無い

東京湾要塞 観音崎砲台(第三砲台)その1

本来この砲台は、第四砲台であるのだが、旧第三砲台が除籍になってしまったので、繰上げで第三砲台となっている。
ちなみに、第五砲台も、第四砲台に繰り上げられているのだ。
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現在残っている砲座はa1のみである
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上空から見えているのは、c1.2~fの部分で砲座は樹木に覆われている
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第三砲台入り口前には兵舎か車寄せの様な跡がある、数10年前まではトイレがあったようだ
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第三砲台入り口、このトンネル以外に、現在は道が無い
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いつごろの物だろう、かなり古びている(当然イメージは大砲)
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一見、煉瓦遂道に見えるが、元々は素掘りである
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この様に、関東大震災などで崩れた部分を、煉瓦で補強しているのだ(第二砲台と同じ)
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トンネルを抜けると、左手に弾薬庫が2つある、この前に砲具庫があった様だが跡形も無い
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残念ながら、キレイに塗り込められている
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心無い輩に落書きをされた時期もあったが、公園サイドの努力により、おおむね復元された
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ちょっと覗いて見る
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前室と後室の壁が破壊されて、ガレだらけだ
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なんとか整備して公開して欲しい
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上に登ると通気孔がある
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金具の跡、ちゃんと天蓋が付いていたようだ
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トンネルから弾薬庫を経て、切り通しを登って行く
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砲座に到着
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見学用の看板(三段目の旧は間違いである、旧第三砲台は別の場所で、そこから撤去された28cm榴弾砲2門をこの第三砲台に移設している)
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第一砲座右側 (第二砲座は失われている)
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上に向う階段がある、この先には観測所がある、当時はハシゴか簡易階段があったのだろう
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第一砲座左側
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仮弾薬置き場の番号
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この砲座には28cm榴弾砲が2門据えられていたので、仮弾薬置き場も多い
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この地下には砲側弾薬庫が埋まっている
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ここが入り口のアーチだが、隙間も無い、もとは掘り下げた階段式通路があった
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ここには砲弾を砲座に吊り上げる、簡易クレーンの跡がある
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ここの看板とも言える、独特な楊弾井がある
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この通路は、28cm砲弾を運ぶには狭すぎる、装薬のみだろうか?
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楊弾井
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鶴頚揚弾機の跡も見当たらない、どういう構造だろう?
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割りと手前の方に穴が開いているような感じ
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道に沿って坂を上ると、左側に左翼観測所の跡が一部残っている(本体は斜面の下に落ちている)
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ここでは、刻印の打ってあるレンガを見る事ができる
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幾つか有るが、最近は持ち去られるのか、数が減っている
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第一展望台前面にあるのだが、近代だろう
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昔はここに展望台が建っていたが、老朽化で撤去された
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胸檣を上から見る、モルタルで塗られている
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胸檣に沿って、小道が作られている
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夏に来ると、草木が繁り、まともに砲座が見下ろせないので、冬に来よう




今回はガイドツアーでも見れる一般的な部分を紹介した、次回は普通の人は見ない部分を紹介する

東京動力機械製造株式会社 疎開地下工場

栃木県那須烏山(からすやま)市中央にある、東力士「どうくつ酒造」に行って来た。
ここは以外に珍しい、戦車の疎開工場である。
 東京動力機械製造株式会社地下工場跡は、高さ・幅とも約3.5mの3本の坑道と5本の横坑で構成された総延長約600mの素掘りトンネル群である。
1944年から1945年にかけて建設された軍需工場の一部で、隣接した半地下式工場と併せ約20台の戦車が製造されたとされる。
旧第14師団司令部が置かれた宇都宮市に隣接し、掘削に爆薬を必要としない凝灰質砂岩の丘陵であったことなどから当地に建設されたものと思われる。
第二次大戦終結後、坑道は放置されたが、坑道内の気温が古酒の貯蔵に適していることから、1944年に地元の酒造業者により構内の舗装と電気工事等の整備が行われ、1996年から熟成酒の貯蔵庫として利用されている。
また、2002年から施設の一般公開が開始され、2005年からは坑道内でのコンサートが企画されるなど、地域のコミュニティー活動の場としても活用されている。
しかし、かの震災以来、撮影やコンサートのオファーは途絶えているようだ。
なお、この地下工場自体は稼動する事無く、終戦となり、動力室と工作室の一部になる計画だったようだ。
工場が製作を開始すると、軍関係技術者が四〇名ほど、一般工員が八〇名ほど就労したそうだ。
(烏山町史より一部抜粋)
奥行き約100m、横幅約60mの総延長600mほどの壕だが、見学は右手前の1/4程度のみだ。
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ここを山に上っていく、大量ののぼりや看板があるから判りやすい
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山肌を少し登るとスグに見えてくる
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日曜の午後なせいか、それなりに先客がいた
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売店兼受付で、順番待ちをする(少人数ごとの入壕)
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土木学会選奨土木遺産
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説明
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商売用の酒蔵なので、出入り口はかなり厳重だ
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この支保工は、開業用に整備したもので、オリジナルでは無い
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人がいないと、すごくいい感じ
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所々で、ガイドさんが説明をしてくれる
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オーナーズボトル(5~20年間預かって熟成してくれる)子供の誕生に購入し、成人に合わせて蔵出しするとか等
結婚記念日とかにもいいかも知れない、かみさんに内緒で。
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希少古酒スペース
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壕内は結構湿度が高い
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壕内温度は平均10度C、季節によりプラマイ5度Cだそうだ(湿度は振り切っている)
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壕の両脇は、酒瓶で1杯だ
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この床面は、見学及び商売用にコンクリートの全面舗装となっている
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ふと、見上げると、当時の掘削時の支保の跡が其処此処にある
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整備したとは言え、かなり状態がいい壕だ
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どうくつコンサートの写真
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商品搬入口には、バッテリーリーチフォークが完備してある
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サンプル的に蔵置状態を見せているだろう棚
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亀もある
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入り口付近の死因コーナー
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それっぽいムードは出している
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入り口近くは14度Cと少し高め(八月末)
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杉玉(日本酒の造り酒屋などの軒先に緑の杉玉を吊すことで、新酒が出来たことを知らせる役割を果たす。「搾りを始めました」という意味である。吊るされたばかりの杉玉はまだ蒼々としているが、やがて枯れて茶色がかってくる。この色の変化がまた人々に、新酒の熟成の具合を物語る。)
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あらかじめ試飲希望者は、飲む人数を聞かれるので、申告しないと試飲出来ない
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見学は全体の1/4程度でしかない
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15分程度で見学は終わる
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手前のリヤカーはどうくつカフェらしい、蔵の仕込み水を使った水出しコーヒーやかき氷、自家製のジンジャーエールが楽しめます、ってのを2012年ぐらいにやっていたようだ 
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干支のラベルを貼って、年末に送ってくれるらしい
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付近を探索すると、商品搬入口があった、中から見た所だ
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上の方にお堂があった
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坂の下の方にも、別の壕があるが入れないし、覗く隙間も無い
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眼下に見える市営住宅に、怪しい門柱発見!見に行く、位置的にこの場所が半地下式工場のあった場所に思える
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道路から回り込む
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郵政省所轄の看板あり、市営では?
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工場の門柱かと思ったが、廃校になった小学校の校門だった
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烏山町立神長小学校(1971年烏山小へ統合)戦後工場跡地を学校に転用した可能性はあるが、想像の域だ
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なんか地面から生えている
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住宅の他に、古びた木造建築物があった
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恐らく工場関連ではなく、小学校の物置的な物では?
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公民館に転用されているようだ

「どうくつ酒造」は土日祝日は、ほとんど開放日として公開している様だ、平日でも予約をしておけば、対応してくれる
開放日なら、島崎酒造に寄らずとも、直接「どうくつ酒造」に行けばいい、駐車場は10台ぐらいだろうか
壕を使用するだけではなく、一般に無料開放してくれるなんて、民間ではそうそう無い事だ、評価したい。
宣伝だろうなんて、下世話な事は言わないようにね


陸軍宇都宮師管区地下司令部(八幡山公園)

栃木県宇都宮市にある県庁舎の裏手に位置する八幡山(はちまんやま)公園には、旧陸軍の指令部壕があると言う
前々から存在は知っていたが、メインの大谷とはちょっと位置がずれている為、今回まで訪れる事が無かった
まぁ、鉄壁の防御柵が張られ、見学用入り口のA.B.Hラインしか開口部が無く施錠されているからもある。
しかし、数少ない栃木の戦跡だし、指令部壕だし、あわゆくば入れないかと行って見た

1945年6月中旬に工事が始まり、250人が3交代24時間態勢で掘削、8月の終戦までに掘った横穴の総延長は721メートル、本土決戦に備え、陸軍宇都宮師管区司令部を敵に見つかりにくい八幡山地下に移す計画だった。
終戦を迎えたときには一部未貫通部分が有ったため、このままでは米軍が入って来たときに日本軍の名折れになると終戦後も数日間作業を続け貫通後部隊を解散した、まさに日本人の意地である。
2000年から一般公開されたが、現在は崩落の危険性があるため非公開となっている。
今回は観光がてら、公園散歩程度の物になったが、帰宅後調べ直して猛烈に後悔する事になる。
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西駐車場に停める、ひょうたん池の隣の駐車場が近いが、競輪場の客が止めてしまって空きが無い
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指令部壕は上の赤丸で、駐車場から結構歩く
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遠くに小さなタワーが見えるので、そっちにショートカットしながら登る
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来て見たら、それなりの大きさだった
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対岸に行きたいので、他に道も見当たらないから吊橋を渡ってみる(実は横に普通に下りる道があった)
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以外と長い吊橋だった、(ちなみにロープは橋の下に張ってあった)
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橋からひょうたん池を見下ろす、目的の壕口は右の電柱の辺り
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地図をちゃんと見なかった為に、多少遠回りをして下の道に出た
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この鳥居の所から入って行く
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スグに壕口が見えてくる
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かなり日に焼けた案内板がある(ここにしかない)
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御案内
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平面図なのだが、肝心の坑道ラインが見えない
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濃い目のやつを拾ってきたが、何故か横にならない
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では、失礼して
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見学会用に引き込んだ照明施設が壁に這う
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Bラインの案内看板
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足元には何故かスコップが、甘い夢を見る人は多いようだ
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橋など見上げながら歩いてたら、Aライン入り口を見落としてしまった
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こんな標柱があちこちに生えていた
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庭先のぬこ
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山沿いに藪を漕ぐ事30分ほどでHライン発見
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入り口付近はかなりぬかるんでいた
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ここもガッチリとガードされていた
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ここは見学コースでは無いが、以外にきれいに整備されている
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有毒ガスが発生するような所に公園を造るのだろうか栃木は?

自宅に帰ってから、良く調べて見ると、なんとチャレンジャーがいた、しかも女性だ!
現実逃避の放浪記を見て、猛烈に後悔した、端から入れないとタカをくくっていたのが敗因だ
事前調査の甘さを痛感してしまった、反省しよう・・・・

大谷石採掘場跡(中島飛行機地下軍需工場)火薬庫?その2

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3本目の坑道
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側溝の際は大谷石で加工されている
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天井の、地層に沿って掘削した跡
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深部に行くと、タイヤの轍がある、キノコ業者か?
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しかし、大谷石で加工された出入り口からは、車の出入りは無理だろう
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逆に戦中の運搬時に使われ、戦後人の出入用に狭めて補強された感じだ
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また、横の枝抗を通って4本目の坑道に向う
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この坑道は、妙にぬかっていた(人物比OKN氏)DSC01081_R_20140906183435aca.jpg
中ほどを過ぎると、大分マシに成る
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壕の中ほどなのだが、貫通していない、右は中央の横の枝抗
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ここを掘っている途中で、終戦を迎えたのだろう
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朽ちた支保工が埋まっている
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不思議な事に、この掘りかけ部分は、上に向っているのだ、天井から2mはある
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振り返り、坑道を見る、この空間は人間が作った物なのが信じ難い広さだ
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進めないので、横抗へ進む、排水溝がキレイだ
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28ccと書かれた小瓶が幾つか落ちていた
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第三坑道中央から壕口方面に向う
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横抗のめちゃ深い排水溝、50cmほど掘ってある、なぜここだけ深いのか?
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この排水溝の加工跡を見ると、水流で掘れたものではなく、最初からのものだ
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床面のあばたは、滴る水滴で掘れたものだ
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ズリを山積みしたような場所
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乗り越えると僅かな隙間が有る
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何とか潜り抜ける事が出来そうだ
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少し広くなったが、水没している
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更に進むと、開口部がある
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気が付くと自分一人しかいない、メンバーが着いて来ないが先に行く
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久しぶりに外界に出た、暑い!壕内に戻りたい!
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振り向くと、自然に帰りそうな抗口がある
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何やら人工的な切り通しがある
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なんとこれは!露天風呂ではないか、こんな所に秘湯発見!
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周りには、トタン葺きの竹で作った東屋(脱衣所?)があった、一応大谷も温泉地だ
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置いてきぼりになったので、さっさと壕に戻る、涼しくて快適だ!
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隣の壕に移動すると、キノコ業者の苗床の跡が残っている
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出口に向う方向の通路、枕木状に坑木がある
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ここもちょっとキワドイ状態でバランスを保っている様に見える
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絶妙な乗っかり方をして、積みあがっている巨石の隙間を縫って行く
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なんとか、抗口らしき物は確認出来たので引き返す、一人で埋まったら洒落にならん
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坑道に戻ると、少し安心する
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落ちていた電気部品
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ぐるっと回って、最初の壕口付近に戻り、行かなかった水没通路、第五坑道掘削予定地
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見落としの部分を見て回る
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外側のぬかった通路に戻って来た、見ていない枝抗がある
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電気ソケット付きの碍子
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掘りかけだった通路の先があるようだ
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掘りかけ通路の反対側からも掘削中だった
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との氏が突入して行く
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ふと、天井を見ると、チーフを垂らす杭が幾つか刺してあった
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奥は掘りかけ、終息であった
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黙っていたが、との氏の横にもや状の物が見えたので、ライトを消して撮って見た、なんだったんだろう?
もちろん水面は下だし上の写真で、誰も何も無い事は確実だ(この後彼は、体の疲れを訴えていた)
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戻りがけに見た、意地になって取り付けたような、無駄に碍子だらけの通路
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きのこが自生している
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メンバーがザイルを手繰り、登ってくる
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探索終了、後は藪漕ぎして帰るだけ
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冬には見えていた鉄塔は、緑のツリーと化している
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これで、一般的に入れる壕の探索が終わった、後は場所は判っていても現役の採掘場だったりする
取りあえずここでの探索が終わり、別件の探索地に向うのだった(このかっこうで)


大谷石採掘場跡(中島飛行機地下軍需工場)火薬庫?その1

前回冬に訪れた時に発見したが、壕口が凍り付いていて、滑落の危険があり先延ばしにしていた壕に行って来た
近所の住民の話によると、火薬庫として使われていて、今は腰より深い水没があるよとの話だった
前回の壕と隣り合わせに存在しているが、接続はしていない(しようとした痕跡はある)
計画図を見ると、5本の本壕を枝坑で繋げるはずだったようだが、実際には右側4本目が未完成、左側に掘り進めて多少左右に掘りかけた程度の5本目らしき物は、確認出来た
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この計画図の左上が今回のターゲットである(前回はその下)
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2130横浜集合
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高速割引減少により、下道で走る
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0100ごろ道の駅「ろまんちっく村」に到着
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50%の雨予報だったが、なんとか持ちそうだ
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0800ごろメンバーを起こす
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大谷駐車場に到着
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今週末はお祭りのようだ
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早速山の中へと分け入って行く
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前回入った壕口は、今回は入らない
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今回のターゲットに到着、前回は入れないんじゃなく、凍って滑って出れない可能性があったが、大丈夫
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この壕で、一番整った入り口から進入する
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この僅かに空いた隙間から、ほとんど縦に滑り降りて入壕した(後の二人はザイル使用)
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実際に使用されていたせいか、碍子が多くぶら下がっている
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平均的に3X4サイズの横広
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側溝もきちんと生きている
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天井にはワイヤーで吊られた碍子が多い
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内部は結構湿度が高い
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左側に向う抗道だが、水没しているが先の方で左右に少し掘られ、5本目の坑道になりそうだった
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枝抗は各3本ずつを基準としているようだ
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本抗を進む
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お決りのキノコ業者の残骸がある(現役でやってる防空壕ってあるのだろうか?)
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垂れ下がったワイヤー、何回か頭に当たった
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最初の最深部、土砂が流入している
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最奥の枝抗をくぐる
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この辺には側溝が無いので、水が流れた跡が掘れている
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隣の壕は開口しているようだ
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光に向って行くと、なぜかドラムセット?個人邸の敷地に開口しているようだ
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出る訳にもいかず、こそこそ戻る
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壕内に戻ると、なぜか落ち着く
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また、枝抗を渡って横移動する
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この辺妙に四角い
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天井の地層を剥がしながら、拡張したから四角くなっているようだ
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大谷石で加工された出入り口、戦中かは不明
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地層のせいで上りに見えるが、平坦な坑道だ
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久しぶりにメンバーと合流
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天井のチーフを垂らす為の杭
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キノコ業者のビニールシート
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足元に滴る地下水の波紋
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この通路は開口しているせいか、湿気が少ない
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分岐に残る、碍子板
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足元にもキノコ時代だろう電気パーツが落ちている
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この枝抗は小さ目だが
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随分綺麗に側溝が切られている
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良く見ると縁は大谷石で整形し、土管で水路も確保されている
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次回はこっちに行って見るが、なんと〇〇がそこにはあった


平成26年度 富士総合火力演習 その6

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展開終了、奪回準備に入る
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まずは、敵情偵察から
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87式偵察警戒車の進入
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エリコン25mm機関砲
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下の方でも撃ちまくっている
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偵察部隊離脱
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OH-1観測ヘリによる偵察
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なにか出て来た
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74式戦車の登場
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左の台で射撃準備
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特火部隊の発煙弾
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105mm砲発砲!
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丘の上にいる92式地雷原処理車
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92式地雷原処理用ロケット弾
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発射!
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推進用ロケットの燃焼が終わる
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すると、末端部のパラシュートが開き
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ロケット弾本体の中から数珠繋ぎ状になった爆薬がパラシュートに引き出される
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爆薬は縦一列に地雷原上に落下して行く
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着地、数秒後、26個が同時に起爆して付近に埋設された地雷を爆破処理する
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物凄い爆圧が襲ってくる(今回の火薬量は1/4だ)
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10式戦車が突っ込んでくる
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殺人ブレーキ
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スラロームで発砲する
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排煙がきれいだ
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89式装甲戦闘車の進入
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上空にヘリが集まりだす
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35mm機関砲の3連発
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着弾煙
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陣地移動
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90キター
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しかし手がじゃまだ
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90式の突入
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奥地に突っ込んでいく
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入れ替わりに10戦車
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89式装甲戦闘車が陣地転換してきた
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迫撃砲部隊の支援射撃
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各車配置に付く
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上空のヘリが動き出す
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盛大な音で、アナウンスも聞こえない
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89式装甲戦闘車と10式戦車の発煙弾
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フィナーレ
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上空を旋回していくヘリ部隊
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地上展示の為、移動して行く戦車たち
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振り向くと、大移動が始まっていた
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地上展示を見たい人はその場でアナウンスが出るまで待つ
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畑岡、高塚駐車場の人はABスタンド側からさっさと出て行けるが、海苔川はそうは行かない
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仮設陸橋を2分して、右が海苔川及び総合グラウンド、左が御殿場駅もしくはタクシーの列
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橋を渡った後の列、右がタクシー、真ん中が御殿場駅シャトルバス、左が海苔川及び総合グラウンド駐車場
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この仮設陸橋は毎年総火演の為だけに仮設される
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今年も終わってしまった、総火演
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たぶん、ここにしか無い案内板、帰りがけに始めて見た
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並ぶ列を間違えると、大変な事になるので良く確認しよう
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駐車場行きのシャトルバスは、大して混まないが、御殿場駅行きは大変だ、列がぜんぜん減らない
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20分で海苔川駐車場に付く
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演習を終えた車両がタイヤで自走出来る物だけが、先に富士学校へ帰って来る
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続々と続いてくる
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1450の御殿場インター4km前ぐらいの電光板
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1700の御殿場インター入り口の電光板
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横浜到着時間、1200に終わったんだけどな~