零戦里帰り記念展示会!その4

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コクピットには5000円出すと入る事が出来る(3分ぐらい)
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シートは外してあるので、ちょっと残念な座り心地
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こんな感じで決まった所に足を架けて乗り込む
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足踏の円内と右のスライドフックが足場となる
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これもポッチを押すとロックが外れ、足場が出てくる
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これに手を架けてバランスを取る
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コクピット横のこの足場に乗り、コクピットに乗り込む
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機体後部を見る
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水平尾翼
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こんな分解状態で見れる機会は滅多にない
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水平尾翼、取り付け部
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機体番号
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真後ろ、結構細い
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カバーと航空尾灯
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水平尾翼のケタ
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尾輪収納機構、お尻を下げる為のウエイトか?
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水平尾翼接合部 (これにカバーが付く)
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胴体内部
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あらゆる所に肉抜きの坑が空けられている
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繋げてみたい
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風防を閉じた (最初の方に乗った人は、遠慮して閉じてない)
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風防右上のロックを外すと閉められる
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翼の折りたたみ機構 (空母などの狭い格納庫に効率良くしまう為)
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50cmぐらい折りたためる (両翼で1mほど)
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翼下のポッチを押す
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コクピットから目視出来るように、ピンが飛び出す (この状態で飛んだら当然墜落する為)
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こうゆう状態
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下から見た状態、ポッチを押して解除レバーが出た所
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ここまで出すと、第一のロックが稼働
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真下から
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中央部の第二のロックがかかり下りなくなる
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コクピットから振り向くとこんな絵が見える
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もともとはこっちが本業らしい
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赤城欲しかったが、展示用の様だ
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鹵獲品のB-17を使った部隊があるそうだ
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値札貼っときゃ、1着ぐらい売れたんじゃ無いだろうか?
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グッズ販売コーナー
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スタッフの子供だろうか、開場前にチラシ配りなども手伝っていた、良い子だ!
いまは客にこのバッチは光るんですよと、説明している所
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その他グッズ
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時間なので、追い出されてしまった
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結構並んでいたみたいだ

この後は東京戦跡に向かうのだが、またいずれ紹介する、イベントネタが溜まっていて消化出来ない
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零戦里帰り記念展示会!その3

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発動機等管制装置の説明
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ワイヤーで全て物理操作される
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スロットルレバーに機銃発射レバーと切り替えスイッチが憑いている
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レバーの色はオリジナルだそうだ
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右にすると7.7mmのみ、左にすると7.7mmと20mm同時発射
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メタルな部分は複製品



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気が付くと大分客が入って来ていた
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実に親切丁寧に情熱を込めて説明してくれた
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時間が来たので、優先順位に従い、本体展示場に進む
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まずは一番奥のオリジナルエンジンを見る、奥の方が空いている
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オリジナルエンジンだが、破損、腐食が激しく再生不能
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油圧作動シリンダー、カバーは無い、後ろの丸いのはカウンターウエイト
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点火コード
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腐食した住友ハミルトン式定速プロペラ
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シリンダーの欠損部分
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2連降流式気化器
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混合器吸気管
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気化器空気道管
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減速室カバー
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ヘッド部分
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こっちは代理に使用する、PRATT&Whitney社製のエンジン
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プロペラスピナーと先端部に警戒帯の線が入ったプロペラ
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エンジンカウリング
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気化器空気取り入れ口
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裏側、横は7.7mm機銃覆い
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中央部を見る
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翼端灯(左は赤、右は緑)
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速度計用ピトー管
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九九式一号一型20mm機銃(短銃身)
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名前付き(落としても安心)
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発動機架(エンジンマウント)
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潤滑油タンク、上は7.7mm機銃(ダミー)
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座席(複製)と、外してある7.7mm機銃発射ガス排出口
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主翼中程にある丸い穴
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主翼外側燃料タンク(手前のボッチを押すと開口する)
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同じく内側タンク、片翼に2つずつある
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コクピット、九八式射爆照準器は付いてない
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型は違うが、発動機等管制装置(奥の黒いのは座席灯もしくは紫外線灯)
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7.7mm機銃後部、ケースは本物の様だ
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配電盤
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スロットルは木製
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操縦桿とパネル
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航空無線かな?
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手動燃料ポンプ
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後ろから見たコクピット全体
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後ろ断面、赤い線内は桁が無いなどの弱い踏んではいけない所
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ノルナ、フムナなどと書かれる
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それでも踏むならこことの表示

零戦里帰り記念展示会!その2

パネル展示が、控え室と本体展示場の2ヶ所で設置されていたので纏める
パネルだけでも結構見ごたえがある、写真集が出来そうな感じだ
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のぼり
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パネル見てたら、展示品が少し増えた、これは垂直尾翼の前縁
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機銃痕か墜落時の傷かは判らない
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これはエンジンの吸排気弁、破損したシリンダーから外したもの
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シリンダーに命中した12.7mmの機銃痕
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番号が違うがエンジンカウル内側の機銃弾道覆い
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確かに靖国の零戦の機体番号だ
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ちなみにこれは裏側
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こういう形でエンジンカウル上面に付く
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エンジンカウル
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この部分だ
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裏側、機銃は積まないので潰してある

なお、当然だがパネル展示に関しては撮影禁止等の処置は取られていなかったが、会社組織展示なので
当ブログからの転載やコピー販売などの一切を禁止する。

零戦里帰り記念展示会!その1

26年11月21~24日まで行われた「零戦里帰り記念展示会!」に行ってきた
趣旨
戦後初めての「日本人所有の機体」による、「日本人パイロット」での零型戦闘機の国内での飛行
ソロモン海戦中に追撃されたものとみられる機体が、1970年代にパプアニューギニアで発見されました。純国産の優秀な飛行機でした。当時の設計図を元にA6-M3のゼロ戦22型と同じ仕様に仕上げた機体で、修繕の際にはサイズなどの違いでロシア(旧ソ連)のメンテナンスチームも作業に加わり38万時間という作業時間を費やして飛行可能な状態にしました。エンジンはオリジナルの栄エンジンは修理できる状態ではなかったので保管され、PRATT&Whitney社製のエンジンを搭載しています。

修理を終えて1999年には映画「パールハーバー」の撮影で飛行し以降、米国のイベントや雑誌の撮影メンテナンスの為に飛行しています。3000km飛行可能と言われております。
上記零戦里帰りプロジェクトからのコピペ
最初は正直行こうか迷っていた、埼玉だし、大人2500円だし、1時間入れ替え形式だしバラけた状態だしと・・・・
06:00いつも道り体が数分前に勝手に起きる、起きたからには行かなければならない!
結果、前に行った所沢航空発祥記念館の時みたいにエンジンかけたりはしないのだが、満足出来るものだった。
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第三京浜に向かう、北線の工事部分、これから上の橋を持ち上げる所
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開場が09:15の様なので、のんびり07:15頃高速に乗る
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早朝の三京はガラガラだ
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首都高もスイスイ
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08:15さいたまスーパーアリーナ到着、1時間で来てしまった
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アリーナの駐車場に車を止め、展示場を探す
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閉まっているし、誰もいない!係員を呼ぶと一般入場は10時からで9時には待合室に入れるとの事
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こんな土地感もない所でどうしろと・・・・
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与野駅(だと思う)周辺をぶらつく
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歩道になんか埋め込んである、線路図の様だ
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SLの車輪みたいなのがある
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操車場の記憶
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与野駅から先の操車場の様子を再現しているらしい
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09:00少し前に行くと10人程度並んでいた
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チケットを買って、展示、待合室に行く
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待合室
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展示品ほぼ全て、後はパネル展示(展示品は中島、三菱、複製が混在する)
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機体主翼外版の一部、唯一触れる展示品
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表面は合金が腐食して、赤くなっている
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裏面には確かにエンピツ?の縦線が確認できる
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操縦席後部の燃料タンクとの隔壁(下のケースはただの展示品収納用)で、真ん中の穴にステンシルがあったが、靖国に展示してあると言っていた
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記事には上げなかったが、画像を探してみたら確かにあった
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三菱と中島では金型も違う物を使っていた、こうゆう共通性の無さが量産や修理の不具合に関わる
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中島の方が2ピースで肉抜きの穴も少ないので若干重い
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発動機等管制装置、上側がスロットル(レバーは機銃発射を兼ねる)、真ん中がプロペラピッチ、手前がAMC
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番号が間違っているが、靖国のと同じ4240号機の物だ
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主桁や着艦フックなどの衝撃が加わる所だけが超々ジュラルミンで機体の大部分は超ジュラルミン製
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枕頭鋲、リベットの頭が出っ張らない(空気抵抗低減)様な工夫
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22型の計器盤
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複製計器盤の出来栄え、オリジナルは左下のみ
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欠損している部品が多く、大変だろう
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「永遠の0」仕様のステンシル
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プレーンズ オブ フェイム仕様
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第三風防ガラス
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第一風防
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零戦六二型計器盤
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この計器盤は木製、家にある練習機の計器盤の一部も木製だった
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計器盤の上端部
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九九式二十粍一号機銃用格納箱
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ドラム式弾倉二個入り
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これである
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主翼のリブ

ざっと展示物を紹介した、明日24日までやってるので、行ってみると面白い(興味があればだけど)

「廃墟」 伊東市赤沢八幡野連絡橋(廃ループ橋)

静岡県賀茂郡河津町内、国道414号にある河津七滝(かわづななだる)ループ橋は有名だが、伊豆にはもう一つのループ橋がある、正確にはあったのだ。
1973年から計画されていた八幡野の山間部開発、この場所に5区画に分けられた別荘地を建設する為に山間部への連絡橋を建造した、当初は赤沢地区からの工事が予定されていたが地域住民の反対に合い、八幡野の調整区域から新規で連絡橋を設置して開発計画は進められた。
実際に橋は完成し、多くの工事車両が八幡野の山間部へ行き来している。
しかし1978年に開発業者が倒産、その後開発区画と共にこの連絡橋も破棄された。
その後連絡橋入口が簡易封鎖され、1990年代(1993年の崩壊以降)には一部の解体作業と周囲の囲い込み鉄柵を設置。現在に至るのだが行政が1993年に廃橋の崩落の確認を発表した事で多くの人にこの廃橋の存在が知れる事に成ったようだ。
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上に八幡野、下に赤沢がある
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航空写真で見るループ橋
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この辺から山に入るか
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ここから側道に入る
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すれ違うのもやっとの道を行くと赤い橋が見えて来る
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圧倒的な存在感がある、しかし普通に傷一つ無い橋に見える
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雨が激しくなって来たので、橋の下に入る
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橋脚の下は荒れ放題だ
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この辺は道だったのか、平になっている
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橋の先を辿って行くと
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先が無い・・・・・いや、縦に立っている
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ふと見ると、何やらコンクリートの建物がある
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戦跡ならトーチカに見えるのだが、何だろう
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中には何もない
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反対側に何かある
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水中ポンプ操作盤?水など何もないのだが?
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隣にも部屋があるが、同じ構造だ
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何かの基礎があるが、工事関係の物だろう
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橋の先端部分、斜めにバンクが憑いているようだ
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落ちた橋がすぐそこにある、なんか崩れてきそうな威圧感がある
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これが当時の簡易封鎖だろうか
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取り敢えず一気に上まで登った
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なんか少しばかり橋がいびつな気がするが気のせいだろう
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落ちた部分がすぐ下に見える
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一歩先は奈落の底だ
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意外とある高低差
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ビー玉転がしたら面白そうな斜面
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目の錯覚か道路がねじれてる気がする
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先端に立つと、下に降りれそうだ
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引きちぎれた鉄骨に捕まりながら降りる
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鉄骨ってちぎれるんだぁ~、降りてみないと見えない傷跡
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さて、どうしよう?
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これ以上下に降りれないので、またよじ登る(濡れた鉄骨は滑るので、雨の日は降りない方が良い)
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片腕でぶら下がりながら写真を撮るのも難しい
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結構Rがきついコーナー
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変化がないからついつい落ちた部位ばかり撮ってしまう
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かるくバンクの入ったコーナーをバイクで走ってみたい
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こんな高さまで生えてくる植物ってすごいと思う
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なんとなく雨が止んで、うっすら海が見えて来た、そろそろ下りよう
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下の崖沿いに巣箱がある、誰か養蜂していたのだろう
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よくもこんな巨大な物が落ちてきたものだ
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落ちた部分もブロックごと外れただけに見える
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上の方から下を見ている、キールは流石にねじれている
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あそこと繋がっていたんだなぁ~
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この辺はちょっと曲がっている、耳を澄ませばギシギシ聞こえる気もする
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コンクリート壁の一部も近くに落ちている鉄筋とガードの一部が見える
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登ってみようと思ったが、ちょと止めておいた
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置いてきぼりになりそうなので、帰るとしよう
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一応土砂止めなどもあった
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改めて見上げると結構高い
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さぁ、楽しんだから帰ろう!
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横浜着22:17




伊豆 手石震洋特攻基地

弓ケ浜の西側の湊地区の手石に、第一六突撃隊の特攻基地が掘られている
手石魚港に降りると防波堤のそばに2本の壕が見える、防波堤に登ると対岸に4本の壕があるのが見える
更に峻険な岩場を回り込むと、コンクリート巻きの大きな壕が目に入る
手石の基地建設には工作隊、設営隊の動員もあったとみられるが、予科練生も動員されている
この基地への震洋の配備は四五年五月のことであり、伊豆では最も早い配備である。
本土決戦を想定して、工事も早くからとりくまれていたようだ。
この壕には2ヶ所に名前の彫り込みや「飛練四十期・轟沈」などと書かれた所が有り見所である
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まさに白浜と言う海岸線
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この入り組んだ海岸のいたる所に特攻基地が築かれている
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航空写真
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この新し目の漁港にも震洋基地は作られている
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この静かな湾内にもすぐそこに壕がある
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早速準備を始める
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ほんとにすぐそこにある
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一部物置と化している
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この地区の特徴は壕が微妙に曲がっている事だ
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少し高い位置にあるせいか、砂の流入などは見られない
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所々に明かりでも吊るしていたのか、釘が打ち込んである
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特に鶴橋の痕もなく、掘りやすい地質の様だ
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すぐ隣にもう1つある
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位置関係
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こちらは少し海に近いせいか発砲スチロールなどのゴミが多い
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ちょっと乗り越えるのが大変なのでやめた
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防波堤に登ると、震洋壕が4つ並んで見える
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入江に降りると、先日の台風のせいか漂着物が多い
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一番内陸にある壕口
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大分砂で埋まっているようだ
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壕内は大分湿気を帯びていた
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この壕は水際のせいで、凄い事になっている
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ものすごい足が埋まる
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やっと地面が見えてきた
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しかし砂の流入も多く屈まないと進めない
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最深部、半分は砂に埋まっているだろう
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入口を振り返る、壕内はうねっている
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壕の前の岩場に、係留用のアンカーが打ってある
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海藻の敷き詰められた壕に入る
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左の壁に寄せ書きがある、「菅原邦夫・岩本博・稲葉○夫・杉原一人」でいいと思うが一文字だけ全く読めない
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奥はやはり砂の侵入が激しい
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ここの天井にはゲジでは無くフナムシが生息している
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最深部は2/3は埋まっている
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メンバーは入口の名前に悪戦苦闘している、自分も10枚くらいイロイロ試した
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多分これがベスト、普通に太陽光のみで撮ったのが一番良い
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入口の壁にはペグが打ってある、崖沿いにロープが張ってあるが、当時も有ったのだろう(転落防止)
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このブロック最後の壕
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ここだけ入口に溝が掘ってある
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謎の突起物、鋼管の中にコンクリートが入っている感じで、鉄は錆びて欠けている
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この中は漂流物が少ない
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最深部も立って歩ける
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さぁ、次に行こう
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先端部
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ここにも係留用アンカーが打ってある
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ここから先は波打ち際をへつっていくしかない
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岬を回るとすごいのが見えた
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岩場を回っても良かったのだが、長靴が濡れそうなので止めておく
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安全策で崩落した崖を越えて山越えをした
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よく見れば、旧軍道の階段が掘ってある、気が付かずこの崖を下りて来た
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震洋壕としては秘匿性含めて、理想的な所だろう
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かなり大きな卵型の壕口だ
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コンクリートの質もいい
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新型震洋一隻付き!
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芦ノ湖モーターボート組合「ポーラ」号
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この舳先の影に一部コンクリートが塗ってある
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この文字を彫る為に、壕口部の余ったコンクリートを塗ったのだろう
ちなみに飛練とは「海軍飛行予科練習生」で「予科練」と一般で言われる
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轟沈の文字も力強く、年号も悲哀を誘う



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一人更に先に挑む
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橋がある、今は潮が満ちているが、時間がずれれば向こうの島に渡れるだろう
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潮が引くとこんな感じ、真ん中右側がコンクリート橋
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へつって来た海岸線、長靴がないときつい
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帰りは下から回る
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と思ったが、気分で崖を登ることにした(画像はとの氏のを無許可転載した、自分の写真は撮れないもんで)
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崖の上から入江を眺める
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メンバーが来るまで時間が掛かりそうなので、山頂まで(崖を)登ることにした
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すると、異様な陥没地を発見
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良く見ると穴がある、地下壕が陥没してしまったのだろう、途中から入れそうだ
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内部は立派なものだ
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山頂近いので大きな物ではない、交通壕だろう
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出口も大分崩れている
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外から見る壕口
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山頂部には塹壕が巡ていて、監視所となっているようだ
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山頂から降りるのには苦労した、崖を登るのは大した事ないが、下るのは怖い
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こんな綺麗な静かな海に特攻隊の基地があった、忘れてはいけない飛練の青少年達の終戦までの間、生と死の狭間の葛藤の時間を過ごしたこの地の事を・・・・

大洗磯前神社の軽巡那珂忠魂碑(少しだけガルパン)

那珂(なか)は、川内型軽巡洋艦の3番艦、艦名は栃木県、茨城県を流れる那珂川に因んで命名された。
この艦は生まれから不運な艦で、川内型の2番艦として1922年6月10日に横浜船渠で起工されたが、1923年9月1日の関東大震災で被災、建造途中の船体を大きく損傷した。
そのため、解体の上川内型3番艦として改めて起工し、1925年11月30日に就役した、2番艦は神通に譲る事になった。
1927年8月24日、夜間無灯火演習において駆逐艦「葦」の左舷後部に衝突し両艦ともに大破した。(美保関事件)
1941年11月26日、第4水雷戦隊旗艦として、輸送艦護衛任務に着いていたが、米陸軍機により損傷される。
1942年4月1日、クリスマス島沖において潜水艦「シーウルフ」 の雷撃を受け航行不能となったが、ジャワ島バンタム湾へ曳航されてそこで応急修理を受け、自力でシンガポールへ航行した後、修理を受けるために日本へ帰投した。
1943年11月5日にラバウル空襲があり、「那珂」は爆撃機の至近弾により損傷した。
1944年2月17日トラック島へ帰投途中に、米海軍艦載機部隊に攻撃され、午後2時頃、魚雷と爆弾を受けて沈没、240人が戦死した。
末沢慶政艦長を含む210人は哨戒艇に救助された。
茨城県大洗磯前神社に慰霊碑、艦影・艦歴・乗組員名簿を刻んだ牌が建てられているので、基地祭ついでに寄った。
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関東大震災で大破した2番艦だった那珂、この後解体された
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第二の人生?を迎える那珂、3番艦として就役
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同じく美保関事件で大破した同型艦軽巡洋艦 神通、よく帰って来れたもんだ
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米軍のガンカメラで撮影されたトラック島での最後の那珂(米軍のカメラは天然色)
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勝田を後に、大洗へ移動する
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取り敢えず土地勘が無いので、大洗駅に向かう
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駅に高校の看板がデカでかと憑いている?
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駅のインフォメーションセンター
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ちょっと普通の駅インフォとは違う
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鉄ちゃんにしか分からない機械が置いてある(当然何なのか分からない)
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ネームステッカーの機械
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Mクリップの機械
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3Dステッカーの機械等が展示してある
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駅内売店
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約一年前のポスター、まだ残っているのだろうか
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劇場版が決定したようだ
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お酒、自分には縁がない
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近年それなりに賑わっている「大洗あんこう祭」
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中に入る、ガルパン一色
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いろんな戦車が飾ってある
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Ⅳ突が無い
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色紙
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カード?
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声優さん結構来てる
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西住 みほばっかり
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イロイロ売っている
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朝霞防衛糧食と、同じ物
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朝霞防衛糧食が千円程度なのに1700円、違いはパッケージの紙のみ・・・・P1030163_R.jpg
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こっちは売店内売り場
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ノリでスタンプラリーを殺ってみる事にした、8ヶ所中6ヶ所回ればOK,C.Pに目的の大洗磯前神社があるのだ
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駅前の蕎麦屋さん、商店街中マジでガルパンだらけだ
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大洗磯前神社に到着、早速牌を見に行く
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軍艦那珂 忠魂碑
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ちょっとコミカルに描いてあるが、4本煙突の特徴はちゃんと抑えてある
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約20年に及ぶ艦歴は、軍艦としては長寿とも言える
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人懐こいカラス、近寄っても全く逃げない
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本殿前の一角
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神社にまでガルパン、まさに町ぐるみだ
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結構有名な絵馬の奉納
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結構上手いのがあるので載せてみる
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多分同じ人が連続投稿しているのだろう、何枚目とか書いてあった
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ガルパンの中に普通のお願いの絵馬が混じっている(働きたくないそうだ)
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大洗ホテルは非常に入りづらかったので、茨城県震洋組合に行った
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休みだったが、スタンプだけは置いてあった
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町内で見かけたポップの一部
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個人商店がこれだけ参加しているのはすごいと思うが、車で見るのはきつい
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大洗マリンタワーに向かう
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戦車戦の時に町内を回っている(実在の店等が映像になっている)
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学園空母の代わりにさんふらわーが停泊していた
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中に入る
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お土産屋の一番奥にスタンプはある
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ポップ揃い
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となりの大洗まいわい市場に向かう
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こんな所にもポップは紛れてる
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結構有名なガルパンかつ(サンプルは結構大きい)
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最後にとなりの大洗リゾートアウトレットで飯を食いながら6コ目ゲットこの扉の中で景品を貰える、二種類あるのでどちらを選ぶかは本人次第!
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一番遠い水族館と、ホテルに入らないと押せない大洗ホテルを除きスタンプ6ッコ集めた、台紙と景品交換は大洗駅と大洗リゾートアウトレット、インフォメーションにて。
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任務完了であります!
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記念館三笠、艦隊コレクションより「軽巡洋艦 那珂」


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横須賀中央のとある所に壕口があるとの情報を貰い、見に行ってきた
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見えにくいが、草の後ろに確かに壕口を確認
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しかし営業中の不動産屋の敷地内とあり、尻尾巻いて退散しました!

勝田駐屯地・施設学校開設63周年記念行事 その6

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最後に地上展示を見に行く
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まだ、会場は整っていなかった、しばし待つ
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坑道堀削装置、これがあれば地下壕掘り放題
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施設作業車は、ドーザーブレードに加えて伸縮式のショベルアームを装備していて、一部プログラムにより自動的に塹壕や掩体壕を掘削・構築することが可能となっている
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事実上の日本におけるMBT(主力戦車)、90は重すぎて首都圏では使用が限定される、10は絶対数が足りない
個人的には結構好きな戦車なので、出来る限り延命して欲しいが、近代戦では袋叩きに合いそうだ
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従来の地雷処理は個々に破壊処理して行く物だったが、これはロケットに内蔵された26個の爆薬の爆圧で一気に広範囲の地雷を処理するタイプである、富士演習場で体験したが、離れていても結構な爆圧だった
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90式戦車の登場で、従来の戦車橋では50tの車体重量に耐えられないので、新規に作られた(1両5億円)、20mの橋を5分で渡す事ができる、全ての作業は乗車したままで行える
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陸自の主力火砲で、自走出来る為迅速な陣地変換が可能、運転はハンドルはなく、スティックで行う
御殿場辺りでは、牽引されながら走っているのが一般道でも見れる時がある
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NBC(核・生物・化学)兵器対処用の装輪装甲車で、NBC偵察車両はNBC汚染下の各種地形で活動できる防護装備と機動性を有し、ガルパン第6話にも登場した
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武装はこの遠隔操作式の12.7mm重機関銃M2 のみ、外に出ないで撃てる様に考慮されている
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96式双輪装甲車をベースにした70式地雷爆破装置で、小銃部隊の突撃経路(長さ100m以上、幅50cm以上)を確保するために開発された
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事前に来るとは聞いていたのだが、天候不良で来れなかった
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地雷敷設装置と言っても、対人型では無く海岸線の水際に上陸部隊阻止用の地雷原を迅速に構築するために開発された、上陸用舟艇を狙った94式水際地雷を敷設する、水陸両用車で荷台部分に敷設用機器を乗せる
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この敷設器を乗せる、上が水際地雷I型(沈底式)、下棚の水際地雷II型(係留式)
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94式水際地雷ヘリコプター用敷設装置も調達されており、空中から水際地雷の敷設も可能である
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90式戦車を通過させる為に制作された浮橋で、7tトラック等で移動しダンプで傾斜より水面に投入すると折りたたんでいたものが展開し連結する事により対岸までの橋となる
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浮橋自体は移動力が無いので、この動力ボートで牽引し橋を構成、又は艀として車両の運搬を行う
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これも90式戦車に対応する為に作られた、架橋作業は架設車が支持装置を用いてビーム(梁)を対岸まで繰り出した後、橋節をビームの上に繰り出して対岸まで渡すことによって橋として完成する
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橋節運搬車と
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ビーム運搬車がセットで作業をする
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戦後初めて実用化された装輪装甲車である、悪路走破性の高さから戦闘車両はキャタピラとの固定観念から長い間開発されなかった双輪車だったが国内道路事情の好転、他国の実用配備などから1982年に正式採用となった
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装備品展示用停車位置表示、実はこの手の位置表示は観閲式の部隊整列などでも地面にこっそりマークしてある事がある、後でグランドなどを良く見ると取り忘れたマーキングを見つけるかも
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普通科部隊に小型装甲車として配備されているが、全面なら12.7mm横なら7.62mmに耐えると言われるが公式ではない、乗ってみるとフロントの防弾ガラスのピラーが邪魔で左が見にくいしデカくて重い、エンジンうるさいしタイヤの振動が激しく長距離移動時は疲れる、反面エアコンの効きはいいので海外活動では重宝らしい、面白いのは基本非武装なのだが上部に全周囲旋回のターレットを持ち、ベルト式の椅子に座りアタッチメントで取り付けたミニミで武装する、なおこのハッチから軽MATや無反動砲などを手持ちで撃つ事も出来る
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威力偵察を主任務とし、偵察隊としてはやっと火力や装甲防御力を持つ車両を持てた、回転式砲塔に25mm機関砲KBA-B02を搭載しており、二重給弾方式により、必要に応じて徹甲弾と榴弾の撃ち分け可能となる
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乗れるコーナー
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カワサキKLX250、ホンダXLR250Rから徐々に入れ替えつつある
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採用時は73式小型トラックの名を継承していたが、1/2tトラックに名称が変わった、母体は三菱パジェロ
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基本的にはクボタの民製品をそのまま使用
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大体見たので撤収に入る
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片付けをする隊員、ケーブル類は地面に埋めてあったようだ
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また、来れるといいなと思いつつ次の目的地に行く

勝田駐屯地・施設学校開設63周年記念行事 その5 (防衛館)

勝田駐屯地は1953年(昭和28年)日立兵器株式会社の跡地に警察予備隊施設学校として開設した。
軍需工場ではあるが、遺構的なものはここの配属の友人に聞いても何もないとの事だ。
勝田駐屯地には「防衛館」がある、戦時中の日本軍の装備が展示され、水戸水兵部隊、水戸工兵部隊、航空部隊についての説明がなされている。
主にこの博物館で展示されているのは、第二次大戦時に墜落したB-29の破片や、戦闘機の搭乗員が被弾した際に着用していた「血染めの飛行帽」などで、自衛隊関連の物は何もない。
1階は主に事務及び倉庫お手洗いで、展示らしい物はあまり無い、展示物のほとんど(公開用)が2階にある。
今回は装備品展示の整うまでの間に訪れることにした。
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城を模していると思われるオブジェ
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消防隊の前を通過
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殉職者慰霊碑に一礼
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その先に「防衛館」がある
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入口前の彫像
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飯田光藏氏像
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防衛館入口
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1階唯一の展示物
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金属製の「大和」
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1/150モデル
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艦尾、沖縄特攻時の装備
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せっかくだから、もう少し綺麗に保存して欲しい
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1階の書架にある朝霞新聞社の本
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閲覧は出来なそうだった
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階段に貼ってある水戸連隊の行動概要図
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おもな行動
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茨城県出身戦没者数一覧
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東部ニューギニア作戦概要図
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あゝ戦友の碑
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工兵関係の部屋
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上は爆破筒
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繋げて鉄条網や、トーチカを爆破する
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軽徒橋用カポック
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こうやって繋げて使う
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教材等資料
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中段は手紙
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旧軍工兵手工具
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工兵の本領
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陸軍工兵学校
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大東亜戦争の部屋
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ひと部屋6畳ぐらいだろうか
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弾痕残る水筒
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サゴヤシから採取した澱粉(サクサク)を餅状にしたりする、パプアニューギニアでは日常食
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実に死亡率9割近い
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鉄線鋏、斧の一部
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防毒面、注射器
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バックル、時計等
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双眼鏡、水筒、将校用弁当箱
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日用品類
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ペリリュー島関係
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木製部分が朽ちてしまった小銃と砂
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銃剣やえんぴの一部
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連隊旗、複製の様だ
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勲章類
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工兵関係2部屋目
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写真、救命胴衣
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製図道具
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家にもあるHEMMI計算尺
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家にも沢山ある陶器製手榴弾
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家にもイッパイある薬莢
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航空隊関係の部屋
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常陸教導飛行師団は関東地方重点の防衛を担当していた
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隼に爆装しても、幾らも積めない
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下志津陸軍飛行学校内に水戸陸軍飛行学校を設置した
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水戸陸軍飛行学校を茨城県那珂郡へ移転した頃の写真だろう
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部屋の隅にプロペラとキャノピーがある
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説明
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おそらく同機のキャノピー
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墜落時の傷なのだろうか?
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血染めの飛行帽
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B-29の破片
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風船爆弾
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珍しい、米国の風船爆弾に関する本
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米本土への攻撃は潜水艦の艦砲射撃及び搭載観測機による爆撃の他は風船爆弾以外に古今東西無い
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結構でかい9m
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以外に奥まで届いている
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一通り見たので退散する(この防衛館は近い内に取り壊され新館に移動するらしい)
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PXに向かう
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駐屯地と言えばPXである
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基地内にはヤマザキデイリーが多いのはなぜだろう、ここで情報源でもある現役隊員の友人オッドボール三等陸曹(予定)と落ち合い、しばし語らった、また何処かに共に探索に行きたいものだ
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自衛官募集

勝田駐屯地・施設学校開設63周年記念行事 その4

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油圧シャベルが起動する
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キャタピラの小気味良い音が鳴り響く
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災害派遣などで見る機会の増えた油圧シャベルの掩掘演技が始まる
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北島三郎の「祭り」の曲に合わせて演技が始まる
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ここで注目して欲しいのが、左のショベル
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なんと無人である(無人と分かる為にわざと開けてあるドア)
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他の2台のショベルには、人が乗っている(ガスや放射能汚染地域での作業を考慮し無人化)
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アタッチメントにより、バケットは360度回転する
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倒壊した家屋からの救出作業等に大いに役立った機能
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中央は通常のバケット、その差は歴然
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更に右のショベル
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油圧で姿勢制御可能、傾斜地での作業も行える
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掩掘演技終了、観閲官に礼!
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豪腕を震わせ
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お客各方向に礼!
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この駐屯地に配属になっている友人に事前に聞いていたが、これほどの物とは思わなかった、自分もこれの運転資格を有しているが、これほどに同時操作をするのは中々の技量が無ければ出来ない。



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全てのアトラクションが終わり、最後の訓練展示に移行する
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敵役の双輪装甲車
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攻撃態勢を整える敵兵役
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参加車両入場、簡単な説明がなされる
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先頭は偵察隊のカワサキ(廃棄バイクを買い取ろうと計画したが、フレームが公道許可が取れないと判明、挫折)



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観閲官に訓練展示開始を告げ、ラッパが響き渡る
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直後後方で爆発音、勝田川の橋が爆破された
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偵察隊のバイクが偵察に向かう
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続いて87式偵察警戒車も進入
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敵からの攻撃を受け、バイクを盾に応戦態勢に入る
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キャリパーを撃ちまくる敵、珍しく機銃のマズルが写っている
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偵察困難となり、撤収する
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双輪装甲車の援護射撃
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撤収するのを待っててくれる敵
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特科部隊の支援射撃(ここの駐屯地は10カウントしてくれるから射撃タイミングが助かる)
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着弾!
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炸裂と同時に土が舞い上がる
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普通科部隊も展開するが、後ろで足組んでよっかがってる人もいる
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敵の装甲車を排除する為、74式戦車投入
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火球生まれし時
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発砲煙に霞む74式
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敵、装甲車撃破!
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もはや自分の発砲煙で見えない
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元気に反撃する敵装甲車
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普通科部隊も反撃
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FH-70も二発目の援護射撃
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突如ジャムるキャリパー
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頑張って給弾する
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その隙に戦車橋突入、落ちた橋を架ける
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給弾終了、撃ちまくる
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戦車橋を援護する74式
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敵のトーチカに向けて発砲
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トーチカ撃破!
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91式戦車橋が、橋のせり出しにかかる
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その間、懸命にペットボトルに空気を充填する92式地雷原処理車
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双輪装甲車の援護射撃
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向かって右側の発射口が開く
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発射!
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いま、ロケット団が飛び立った
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滑空中
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着弾、地雷原を誘爆させる
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その間に戦車橋は地味に頑張っている
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おおむね完成
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戦車壕を埋める為、リモコンドーザが進入
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敵の妨害を受けるが
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リモコンの無人機なので作業続行
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施設作業車(有人)も作業に加わる
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中々カッコイイ
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排土バンの他に、ショベルアームも持っているスグレモノ
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FH-70の支援射撃、黒い炎
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エクトプラズム
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着弾!
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作業終了、進撃路確保
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作業が済んだら戦線離脱
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特科による突撃支援射撃
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74式ラストファイヤー!
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着弾!
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地面をほじくる爆発
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突撃開始
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各車発砲!
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普通科突撃!
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敵陣突入
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突撃成功!
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状況終了!ラッパが鳴り響く
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終わった途端に機銃手が飛び出してくる
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操縦手も出てくる
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軽装甲機動車が帰って行く
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飛び散った薬莢やリングをを回収している
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07式地雷原処理車が帰って行く
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飛び散った薬莢やリングをを回収している
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74式戦車が帰って行く
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まだ終わらない、ジャムった時に薬莢受けが外れてしまったのだろうか?

訓練展示の動画もあるのだが、22分以上あるのでUP出来なかった

他の駐屯地も、勝田を見習って発砲時にカウントダウンをやってはどうだろう、大変助かるぞ

勝田駐屯地・施設学校開設63周年記念行事 その3

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観閲行進が始まる
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観閲官に敬礼!
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みんなずぶ濡れの行進である
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偵察隊バイクを筆頭に、本体が進入してくる
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施設課ならではの車両がつづく
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道路障害作業車
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83式地雷敷設装置
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資材運搬車
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ゴムキャタピラのかわいい奴
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中型セミトレーラ 2型Bタイプに乗った油圧ショベル
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続々と面白車両が出てくる
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70式地雷爆破装置
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正確にはこの部分の名称
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地雷原処理車(ペットボトルロケット装備)
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ビーム運搬車(07式機動支援橋の一部、橋体、ガイドビーム、中間ビームを運搬)
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特大型ダンプ
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中型ドーザ
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グレーダ
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94式 水際地雷敷設装置(小型船舶免許必要)
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敷設器(94式 水際地雷敷設装置に載せる)
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施設工作車
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軽装甲機動車
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82式 指揮通信車
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87式 偵察警戒車
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トリは74式戦車



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国旗降壇
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1/2tトラック(73式小型トラック・V16型、フレームは三菱パジェロ)
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高等工科学校のドリル展示
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観閲官に捧げ銃
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ドリル開始
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ドリル展示終了
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ドリルは写真では伝わらない、動画でどうぞ!



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訓練展示の準備が始まる
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敵役の双輪装甲車
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こういう裏方の地道な作業が基地祭を盛り上げてくれる、本当の主役は彼らだ
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勝田川、地雷原などの立てカンバン
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テントの下で、音楽隊の演奏が準備時間に流れている

勝田駐屯地・施設学校開設63周年記念行事 その2

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坑道掘削装置
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今回はこれが見たくて行ったようなもんだ、これで地下壕掘りたい
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残念ながら、回してくれなかった
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中型ドーザ
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グレーダ
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94式水際地雷敷設車
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敷設器
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ヘリ敷設装置
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施設課精神
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コーヒー80円~
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アスレチック無料(隊員のみ)
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09:40音楽隊の入場が始まる
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入場者はいまだにぞろぞろ来る
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車両も準備完了
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隊員達の入場が始まる(手前にあるのはゴミではなく、訓練展示用爆薬)
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続々とグランドに集合してくる
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施設学校には毎年900人ほど入学してくる
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整列完了
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指揮官入場
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各部隊前で停車
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自分の指揮部隊前に整列
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(`・ω・´)ゞ
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準備完了
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観閲官入場
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観閲官登壇
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観閲官に敬礼!
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国旗入場
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観閲



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観閲行進準備
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様々な方向(持ち場)に散っていく
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音楽隊集合
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ライトオン
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車両が動き出す
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広報カメラマンも大変だ、式典が始まると共に、雨が降り始めている
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遠方にMー1ガーランドを携えた、学生が見える
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市町村、支援団体の旗が紹介される
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雨なので通過のみ
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観閲行進がもうすぐ始まる

勝田駐屯地・施設学校開設63周年記念行事 その1

平成26年11月9日(日)の勝田駐屯地・施設学校開設63周年記念行事に行ってきた
遠方という事と、何故か休みが合わないで今まで行った事がない駐屯地であったが、やっと行く事が出来た。
関東地方のほぼ最北端に位置するこの駐屯地ではあるが、高速使用なら2時間15分あれば余裕でコンビニで朝飯食いながらでも到着できた、思ったほど遠くなく横浜から150kmちょっと程度だった。
朝06:00に全国戦争遺跡調査研究会のメンバー達と合流し、横浜を出発した。
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この日は朝から曇っていたが、常磐道のS.Aではパラグライダーが飛んでいた
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北関東道を大洗に向けて進む
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聖地大洗
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しかし今日は勝田基地に行かねばならぬ
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早朝の一般道はガラガラだった
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基地付近にあった唯一の案内カンバン
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すでに早朝組(戦車整理券狙い)は並んでいる
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08:09駐車場到着
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日立の敷地を臨時駐車場に借りている、基地の前に線路があり単線(しかも1両)が走っている
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目の前のバス停、バスで来るならここで降りる
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すでに200人近い人が並んでいる
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ラッピング電車、30分に一本ぐらい通過する
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入場開始前には、遥か先の交差点まで並んでいた
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09:00丁度に開門される
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正門前の告知用カンバン
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テントの下には珍しい一般客向けのイス席がある(他ではまず無い)
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基地内部の案内板
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救護所には野戦救急車装備
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トイレも新型で十分空いている
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反面、立ち見スペースが少なくテント左右にこの程度しかない、前列を取り損なうと写真は撮りにくい
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建物の狭間では各課員のミーティングが行われる
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各所で部隊ごとに点呼、移動をしていて臨場感が上がる
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この間にここならではの車両を見に行く
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普段あまり牽引される側の車両を見る機会は少ない
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木枠付きのこれは滅多に見ない
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ポールタイプトレーラ
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旧型の車両
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新型車両、前輪や反射板辺りが違う
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1t水タンクトレーラ(水は大事)
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災害派遣で活躍したこれらの車両
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野外炊具1号(改)
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ボート運搬車
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橋節運搬車
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70式地雷原爆破装置
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07式機動支援橋
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橋節運搬車
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小型ショベルドーザA型
まだまだある

先行サービス
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火球生まれし時

海軍技術研究所音響研究部地下工場 その3

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①ブロックを出て、最終ブロックへ進む
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先にスルーした、怖い柱横の階段
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ここを抜けると半分ガレで塞がった通路に出る
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接続部は吹き抜けになっている
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目の前に祠の様にも見える物があった
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何も書いてないがお賽銭が供えてある
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頭の上には、やはり足場の穴が空いた壁
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左を見ると、50cmほどの段差がある
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ふと見上げると、1m四方ぐらいの窓状の穴
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祠にお参りする殿さん、後で聞いたら誰も居ないのに、足を掴まれた感覚があったらしい
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足元を見ると、ここには珍しい小型の碍子が落ちていた
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ヘルメットも落ちている(守備力+1)
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何故か、臼が転がっている、杵は無かった
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とのさんはまだ拝んでいる
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ここの天井は、星空の様で一部に有名らしい
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あ、立ち上がった
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では、そろそろ移動しよう
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なんと今度はスロープが現れた、バリアフリー構造だ
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角はしっかりと補強され、1.5m弱の幅がある
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ギヤを見ると、せいぜい30年程度前の廃車だろう
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段差面は補強している、大雑把に積んである様だが、面取りされている
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二段目のスロープ
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登ると、畑のウネの様に土盛りがある
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この辺の碍子は小型の物だ
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なんだろう、このデコボコ感は
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壁際の一角
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また、試掘口と思われる水没の穴が開いていた
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階段を登ってみる
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天井近くまで登ってみた
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床面だけは、非常に丁寧に作られているのが分かる
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段差の上に行く
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スロープ状に掘削中、これは石切りではない、軍掘りだ
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しかし、左に曲がって5mほどで止まっていた、終戦か?
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床には手榴弾が数発落ちていた、自決用だろうか
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ちなみにこの最終ブロックには開口部はない、巨大な地下空間が広がっているだけだった
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ストローの刺さった缶が落ちている、なぜストロー?
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壁に見える違和感、切断面と高さが合わない床、埋めて整地している様だ
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実はこれ、全部小森さんのう○こ
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天井を見ると、一点に向かって亀裂が走っている
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玉座の様な角の彫り込み
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帰りがけ出口付近にあった、釜と計量器
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蒸し器
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タコ壺
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よく見ると、十字架が彫ってある
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海軍技術研究所音響研究部地下工場の探索を終える
個人的には、今回のが②だと思う


海軍技術研究所音響研究部地下工場 その2

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今回は④に向かう、別々だった①②④を軍が接続通路を掘って繋げた
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接続部、急に掘り方が軍掘りになって、違和感が有る
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側溝もキチンと整備されている、キレイな通路
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④との接続部、急に天井が高くなる
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また廃車だ、何台捨ててあるのだろう
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④の地区の方が若干天井が高い
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壁際の一角だけが、深く掘られ水が溜まっていた、試掘だろう
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上を見ると、木材が刺さっていた、足場の跡だ
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切り出した伊豆石を運んだのか、キノコなのかは不明
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この壕はガレが多い、キノコ業者が車路を確保する為に寄せた様だ
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ガレキに登ると④出口が見える
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高さが変わるとちょっとだけ変わって見える
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がっちり埋め込まれた足場の棒、抜けないので切った様だ
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④の出口
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がっちり塞がれているので、外を覗いてみたが暗くて分からん
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壕内に戻る、外より中の方が何故か落ち着く
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④は狭いのであっさり終わる、軍の掘った通路に戻る
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廃車のメーターはスクーターの様だ
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デコボコの石切り場の後で見ると軍の掘った穴はなんて綺麗なんだろう
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陰影を出すともっと味がある
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足元に工具が落ちていた
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小森さんがプルプル震えていた
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①に戻ってきた
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この辺で軍の痕跡を探してみる
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まず、高電圧碍子
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近代キノコ用電気は塩ビ管で配線されている
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二人が何か見上げている
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碍子のメーカーマークが見える、㋮と八光が見える
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この辺の床は部分的にコンクリートで舗装されている
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キノコならば左側の広い方を舗装するはず
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恐らくここで研究、試作していたのだろう
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面白いのはこの天井、部屋のような空間では良く見かける変な構造
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昭和を匂わせる、タイル貼りの流し台
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壁に沿ってかなりの高圧碍子が憑いている
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この辺はキノコの苗床に利用されていたのだろう



碍子メーカーの㋮は分からなかったが、八光は現存していた

http://www.hakko.co.jp/index.html

海軍技術研究所音響研究部地下工場 その1

沼津市江ノ浦の多比には海軍技術研究所音響研究部の地下工場が現存している。
ここでは空中聴音機、潜水艦探知機、音響魚雷、爆雷などの研究をしていた。
元々は海軍技術研究所音響部は1941年12月に沼津に設置されたのだが、
空襲が激しくなると海軍技研は多比や江間(伊豆長岡)の石切場(伊豆石の丁場)跡を利用して地下工場にした。
多比の地下工場への移転は45年7月のことだったそうだ。
公式調査は6ヶ所掘られている内の3ヶ所のみなされているが、後の3ヶ所は記録がない
今回は下図①④のみの探索となる②は水没状態なので行っていない、③は現在立坑しか発見されていない
⑤当時から水没で放棄との事、⑥?
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あくまで丁場としての位置図で、全てが軍需工場ではない
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雨降る深夜、計画は実行された(周りはすぐに住宅街である)
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ハタから見たら、かなり怪しいだろう
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誰も通る事のないだろう道を入って行く
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突如現れる丁場入口、しかしガッチリとフェンス&南京錠で隙間無く閉ざされていた
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しかし石切り場と言う物は、上に空いてる所が多いものだ
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ざっと、20m程度だろうか、大したことはない
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便宜上入口スタート、天井が低い・・・1.5mほどか
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入り口付近はどこもお決まりのゴミ捨て場
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なんと小屋まで捨ててある
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電気まで引かれている
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覗き込むとポンプ小屋だった、地下水の排水用だろう
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一旦天井の無い部分に出る
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この上から徐々に下に向けて掘り下げて来たのだ
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壁面には10cmほどの穴が点在する
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ここに丸太を突っ込み足場を作る
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斜めに見下ろすと、穴は下の方に続いている、丸太に渡し板を架けて連結し安定させる
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では、本坑に入って行こう
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大谷と違って柱が多く、切断面が手彫りのせいか粗い
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発電機だろうか?
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青いプラケースが積み上げてある
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ビニールで囲われた木製の棚のあっただろう空間
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きのこ瓶大量
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この碍子は大型なので、軍需工場時代の物であろう、キノコにこんな高電圧いらん
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高さは3m弱、壁面が綺麗に削られず、かなりデコボコになっている
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小森さんがぶら下がっている
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蛍光灯がぶら下がっている
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電球もぶら下がっている
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いろいろぶら下がっている
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リヤカーって今時、基地内でしか見かけない様な・・・・
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埋まっている軽トラ
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放置されている自転車
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地底湖に放置されている震洋
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山のようなキノコ瓶の奥に放置車両がまだある
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道を塞ぐように廃車が二台
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何故か屋根が取れている
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ダイハツに似ている
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ターミネーターに破壊された様な運転席
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乗り越えて先に進む
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初めて見る商品名だ、静岡限定品か?空母氏に聞いてみよう
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階段も気になるが、左の石積の柱も気になる、大谷でも見かけた空間を掘り過ぎた所の補強柱、やばいのか強度?
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地底湖の反対側に出てきた
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今日は水没は10cm程度との記事を見たので、長靴しか持っていない、軽く桃ぐらいありそうな水深
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残念ながらここから一気に深くなる
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あの震洋が欲しいが、深くて届かないし向こう岸は泥濘んで足が沈む、残念ながらこのブロック①はここまでだ、地底湖の奥に②ブロックが有るのだが今回は無理だった。



パレード

http://parallels-globe.blogspot.jp/2012/03/blog-post_28.html

https://www.google.co.jp/search?q=%E3%83%91%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%89%E3%80%80%E3%83%89%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%AF&hl=ja&rlz=1T4RNRN_jaJP414JP416&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=dORYVP6ADKWMmwX4g4LYBw&ved=0CDIQsAQ&biw=1580&bih=941

伊豆 長津呂震洋特攻基地(石廊崎)

静岡県伊豆半島には、特攻基地が密集しているのだが、今まで行った事が無かった。
他の地方の探索が忙しいのと、伊豆半島はかなり広く、二の足を踏んでいたのだ・・・・
今回栃木方面が一段落した所で、伊豆方面に着手してみた。
伊豆の最南端の長津呂(石廊崎)を含めた東伊豆が第一六突撃隊(本部は下田)だった。
幸いにも本土決戦用となっていたこの基地からの、出撃は無かった。
記録には11ヶ所の壕が掘られている、これは船体だけではなく、燃料格納壕や弾頭庫なども含んでいる。
他にも石廊崎には横須賀海軍警備隊の特設見張所がおかれたが不明。
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取り敢えず一番下から紹介するが、時系列はバラバラだしもちろんこの中の幾つかしか行ってない
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本日00:45に道の駅「伊豆のへそ」に到着、車中泊する
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翌日、天気予報はかなり微妙だったが、雨は上がった
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早速出発、ループ橋を渡る
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ループ橋は工事中だったのでイマイチ



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下田経由石廊崎を目指す
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石廊崎漁港に到着
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震洋壕は、漁港にある
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上空写真
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まずは、駐車場前にある壕口その1
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入れないが、開口している
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壕口その2、入れない理由はこれ、海を埋めた水路があり高低差もあり渡れない
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この2つの他に、トイレの裏にも壕口その3が有るのだが、カメラを持ってトイレの裏に観光客注視の中行けなかった、気が弱いので周りを気にしてしまう(メンバーはトイレに行っていた)
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関係者以外立ち入り禁止とあるので、駐車場で許可を取った
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壕口その4
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廃材が詰められ、奥までは行けない
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壕口その5
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柵があるので入れないが、中は見える
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対岸に遊覧船が入って来た、たしか「おしどり」
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漁港の奥に入って行く
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遊覧船はすぐに次の航海へと旅立っていった
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最深部のお食事処の隣に、壕口その6
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かなり大型の壕で海龍ではないかと思われる
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店と漁港の物置になっているので、進入不可
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繋船用ボラードは岩を削って作られている、初めて見たこんなの!
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屋形船が浮かんでいた
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回り込むとコンクリートで区切ったブロックが見えるが足場がなく近寄れない
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石廊崎漁港全景
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漁港の対岸、灯台方面への道に行く
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土産物屋の裏の壕、急傾斜工事の際に削り取られ短くなっている、船体用では無いだろう、壕口その7
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もう少し登った所にある壕口その8
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左に曲がっている壕、もうこれ以上上には確認できなかった
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観光客の杖の返却率が悪過ぎたのだろう、空っぽの杖入れケースが草むらに転がっていた
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先に寄った壕口その4と5
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壕口その6
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生簀状の部分
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入り組んだ入江は海食が進んでいる
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山の上には風力発電のプロペラが乱立していた
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崖下に桟橋橋脚らしき物が有る様だが、見えなかったので下山した
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売店裏の擁壁部分のスリット
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怪しげなので覗いてみた
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内部はゴミだらけの、壕口その9
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奥にもう一つある
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少しはマシな、壕口その10
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あんまりマシでも無いか・・・・
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駐車場もっとも手前にある対岸の壁面
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入れないが、壕口その11

何とか定数の11本の壕を確認できたが実数とは合わないのが常である、きっと家屋や擁壁の奥にも有るだろう

長津呂震洋特攻基地の帰り道、下田海中水族館近くの鍋田浜に陸軍の潜水輸送部隊があった所に寄った。
時間が押していたので、下田地区の探索はやっていないのだが、道路から見えたのでここだけ寄ってみたのだ。
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降り口は鍋田口バス停前
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トンネルより石廊崎側
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道路側の壕口
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奥は右に伸びている
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路肩にある開口部
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多分道路側の壕と繋がっている(どう見ても民間防空壕ではない)
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そばに空いたいる小さな穴
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近くに有る津田式ポンプ
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下田はペリー縁の土地でもある

今回はこれより下には行かなかったが、この道の下にある大浦八幡宮には「㋴」の鎮魂碑がある。
「㋴」とは日本陸軍が海軍にも極秘で開発を進めた輸送潜水艦のことでである。
正式名称を陸軍潜航輸送艇、秘匿名称を「まるゆ」と言った。
計画では四百隻を建造する予定でしたが実際には四十隻ほどが実際に配備されたようだ、そのうちの一隻である八号艇がここに配備され、昭和二十年八月十三日(終戦二日前)早朝の空襲で十名の戦死者を出した、見た訳ではないが船体が真っ二つになっって沈没したらしい。

武装は前部上甲板に搭載された戦車砲の改造型のみで、食糧・弾薬・医薬品等の物資輸送を主任務とした。
3隻が比島レイテ湾で沈没、1隻が荒天の為消息不明、八丈島輸送任務から戻り、仮泊中のこの八号艇のみが損傷艇となり、35隻は残存した。
ちなみに戦後放置されていた八号艇は、朝鮮戦争(特需景気)の金属不足時に引き上げられ、スクラップと化した。

愛媛県伊予三島市の金比羅神社には、「まるゆ」陸軍潜水輸送教育隊記念碑がある。