第129 震洋特別攻撃隊 砂子ノ浦基地 尾名基地

第55震洋特別攻撃隊と同じ勝浦地区になるが、やや北寄りに展開している第129 震洋特別攻撃隊がある
大雑把な情報しかなく、見つけた物も小規模で、これが全部と言う訳では無いと思うが、現地調査で発見できた物を紹介して行く。
状況的には、やはり漁港と民家に飲み込まれており、これ以上の調査は不審者と思われるだろう。
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勝浦海中公園に車を停める(200円)
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地図上、右上の辺りが砂子ノ浦になる
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海の博物館などはスルー
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展望塔から海岸の穴を探そうと思ったが、車に財布を忘れて入れなかった・・・・
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何しに来たんだろう
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2kmほど歩いて砂子ノ浦にやって来た
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このフェンスの中に、怪しい所がある
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どう見ても穴がある、でも入れない
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角の空き地の奥にも穴が見える
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間違いなく震洋壕だろうが、民地なのでここまで
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砂子ノ浦観音堂に向かう
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端っこに壕が見えている、小さいので震洋壕では無いだろう
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入口付近にも、壕口がある
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けじめがなければ世の中みじめと書いてある
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奥まで来たのだが
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流石に卒(板)塔婆をどかして、入る訳には行かない、さっきの壕口と繋がっているのか?
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小さな入江で、部隊も小規模だったのだろうか
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海岸線には壕は構築されていなそうだった
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トンネル前の民家裏にもう一本見つかった
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車に戻って、尾名に行く
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早速壕口を見つける
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やっぱり震洋壕だ
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驚く程状態がいい
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入り江を見ると、気になる石垣が見えるが、行けそうも無い
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高い位置だが、壕口がある様に見えてしょうがない
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海は等浅でとても澄んでいる
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こっち岸は整備されてしまって伺えない
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眼鏡岩と言うらしい
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諦めずガサゴソしていると、写真中央部に怪しい影が
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やっぱりあった!
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入口は何だが、立派な震洋壕である
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尾名浦説明版、やはり震洋には触れる事は無いようだ
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道路対岸にも震洋壕が見える
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トンネル手前にも壕が見える
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私有地なので、立ち入らなかったが、トンネル方向に掘ってあるので、倉庫もしくは居住壕かも知れない
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このトンネルもコンクリート吹付けの元は素掘りだったろう
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入口辺りに初期のトンネル基礎がある
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見ると鉄筋が入っていない、恐らくは自戒したのだろう、コンクリートが割れている

手持ち資料に基地名が載っているのはここまでだが、もう少し探してみた、努力はたまに報われる、たまにね!

余談だが、件の生簀について調べてみた
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岩を四角に切り込んだこれは、明治から大正にかけてのイワシの生け簀の跡だそうだ。
これは堀り込み型の生け簀を作っておきイワシの群れが入ったところで入り口を閉める方法で、関東大震災で地盤が隆起し使えなくなったそうだ。
またマグロ漁の餌ともしていたが、マグロがいなくなった事にもより使われ無くなった。
他には、鮮魚の保存能力が無かった頃の生簀で、後に養殖用に転嫁されて行った等の回答が得られた。
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第55震洋特別攻撃隊 鵜原基地 その2

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この漁港では、市で付けた防護ネットを捲くり上げて、倉庫として震洋壕を転用している所が多い
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倉庫とゆうよりは、廃材置き場に近い気がする
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イイんだろうかと、こっちが思ってしまうぐらい開いている
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覗けるからありがたいのだが・・・・
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完全に切ってるよね
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階段や扉まで付けてしまっている
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きっと向こう側にも穴が空いているだろうが、今回は漁師さんが仕事中だったので遠慮する
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ものすごい綺麗な入り江だ
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勝浦水中水族館も見える
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漁港全景
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なかなか複雑な入江で、隠れ漁港みたいのがある
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人為的な穴もチラホラ
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交通壕を通って、隣の漁港へ移動
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抜けるとすぐに穴が見える
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こちらの漁港は、大部分が改造使用されている
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結構大きな壕の様だ、相当綺麗に作られている
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生簀の導水路も掘りが深い
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行けなかったが、向こう岸の壁にも穴がある
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コンクリートまでは、行ったのだが降りれない
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ゴミや廃材詰め放題
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なんか、すごい所がある
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物凄い大規模改造だ
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聞けば、震洋壕を機械掘りで繋げて生簀にしているらしい
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この地区は震洋壕の明暗が激しい
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改造使用されない物は、容赦無くゴミ溜めにされている
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しかし、不思議な物だ、数多くの震洋壕に訪れたが、何処も艇庫としては使われない
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船が入っていたのは、伊豆の手石基地ぐらいかな?
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入江には漂着ゴミが多いのだろうけど、なんだかな~
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震洋壕改造の作業場を、漁師さんに話をして見せて貰った
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入口は左右2ヶ所あり、本来は震洋壕は右側のみだったが、親の代で左側にも機械掘りで穴を掘り、繋げたそうだ
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これは機械掘りの左側
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右側に見えているのが、右側の元々の震洋壕
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元々は地下水槽のみだったが、かの震災で亀裂が入り、現在の様に改修したそうだ
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水槽にはサザエが入っていた
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素掘りの方に、移動する
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かつての震洋壕も、今は平和利用されている
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天井には、いい具合にコケが繁殖している
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上下逆になった、森のようだ
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上ばかり見ていたら、足元にも水槽があった
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良いものを見せてもらった、礼を述べて退散する
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最後にもう1枚、何か気に入ってしまった
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漁港に出ると、1羽の白鳥が泳いでいた
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さぁ、またあの連絡壕に戻ろう
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この辺はダイバースポットになっていて、待合所裏にも穴があった
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さて、撤収しよう
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行きに見たつもりだったが
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よくよく見ると、捲り上げられていない壕がある、この調子だとまだまだ有りそうだが、撤収する事にする

第55震洋特別攻撃隊 鵜原基地 その1

第55震洋特別攻撃隊は、守谷基地だけではない、この鵜原にも展開している、他にも小規模に分散しているかも知れない、例えば居住地区や物資の備蓄場所など内陸にも防空壕を含んだ物が何処かにありそうだ
安直に判っている(自己調査による)所だけ、現地調査して来た結果、予想以上のものであった。
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うばら第一とんねる、何故第一だけが漢字なんだろう?
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勝浦海中公園方向に向かう途中の交差点
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でっかい石碑が曲がり角に立っている
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嘘のような、ほんとの地名「鵜原理想郷」、この角を海側に曲がる
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無料駐車場に車を停めたのだが、この周り穴だらけ!
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すぐ後ろに、コンクリートの立派な壕が見える
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1段低くなっている(駐車場の方が高く整地されている)ので、下りて行く
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コンクリートは5m程度で、後は素掘り
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昔懐かしかき氷機
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震洋壕の、入口を見る
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扉でも憑いていたのか、金属製のフックが付いている
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すぐ近くに開いている
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駐車場から暖かい視線を、一身に受けながらガサゴソと藪をかき分け穴に入る
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しょぼい駐車場なのだが、以外に出入りが激しい
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道路の対岸にも穴は開いている
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入口がちょっと難儀する
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道路整備の時に、残土を突っ込んだのだろう
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おかげで中の水が抜けない
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となりも似たような感じ
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投げ込まれた枝が、バキバキ折れる
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奥の方は乾いている
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総じて30mぐらいであろうか
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こっちの壕はぬかっているので、止めておいた
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漁港の門?の裏にも壕が見える
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いい感じに見えるが、無理して入らなかった(草が絡みついて柵が動かない)
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当時、隊員も泊まっていた旅館「鵜原館」
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鵜原漁港管理棟
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この前の駐車場にもっとも良い壕がある
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入口は分厚いコンクリートだ
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中は使われなくなったタコ壺だらけ、北の方でみんなタコが採られて、ここまで下りて来なくなったそうだ
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壕は直線方向と右に別れる
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右方向は、曲がりくねって奥に伸びる
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すると、民家の庭先に出てしまった
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一旦撤収!
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となりにもう一つ開いている
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よくぞ残してくれた、勝浦市!横浜市なら埋めるだろう
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こっちもタコ壺だらけ
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こっちの方が普通の震洋壕らしい
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奥までは行けない
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さぁ、やっと駐車場ブロックを終わった感じだ、次回漁港部分に向かう

第55 震洋特別攻撃隊 守谷基地

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128号線を、興津に差し掛かったこの交差点
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フェンスの向こう側に壕がちらっと見えた
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水没で入れないが、横にも開口部がある様だ
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空き地と民家の狭間にも、壕口があるようだ
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目的地守谷漁港に到着、この手前にも壕があったのだが地元おばチャン達が井戸端していて入れない
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これが震洋の滑りと言われる
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駐車場(500円)の裏側に震洋壕と言われる壕がある
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確かに壕は有るが浅すぎる、祠と言っても差し支え無い
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現在製作中のバーベキュー場
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この山肌に、廃材を詰め込まれた穴は幾つか見える
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漁港全景
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交通用に穴が開いている
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何かある
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生簀状の切り欠き
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やたらにイッパイある、ここはめっちゃ滑るので、注意が必要だ
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波飛沫が激しいので、撤収する
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この遺構に関しては、疑問が残る
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ありがたみも何も感じない、塩ビパイプの鳥居
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何か無いかと登ったが、更にありがたみの薄いステンレス製の祠があっただけ
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漁港の対岸、守谷海水浴場の端っこに移動、漁港で聞くと、「特攻隊は向こうだよ」と教えたくれた
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だろうと思った、漁港からでも穴が見えてたし
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走って行くと、そこら中穴だらけである
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なかなか堂々とした物である
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漁具の格納庫としてそれぞれ使われている
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ただ、震洋にはでか過ぎる気がする、修理点検用の整備壕かも知れない
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隣のちょっと高い壕口
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隙間から見ると、部屋になっている、待機室だろうか?
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今度は少し下がり気味の壕
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こっちは標準的な震洋壕サイズだ
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小屋の裏手にも壕口がある
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漁具とゆうより、廃材置き場
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道路沿いにも少し下がった壕がある
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後から道路を整備して、道の方が上がったのだろう
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上手く改造して、使われている
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横をへつって海岸に降りる
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堀の深い生簀状の穴が沢山ある
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1mぐらい深いので、踏み外したら結構痛そうだ
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その真ん前に震洋壕が開口している
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当時は蓋をしてあった様な跡がある
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この壕は、結構深かった
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波で流されて来るのか、中途半端な所に草が溜まっている
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5隻以上入りそうな格納壕だった
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すぐ隣にも同じような穴がある
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キチンと水路も掘ってある
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焚き火が出来るようなブロックが置いてある
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やはり中央付近までガレキが流された様な物がある
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この壕もいい感じに長い
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壕口から眺める風景、物凄い出撃しにくそうだ
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実際にこれは何だろう?このぐらい深ければ生簀でOKだが、数cm程度の浅いものもある
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対岸の先に行った漁港が見える
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あぜ道があるので行ってみる
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あった
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かなり良い状態だ
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物凄く四角く理想的に掘られている
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この辺では珍しく天井まで四角い
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更なる壕口を探す
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侵食された崖を登ると、また見つけた
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勾配があるのか、水が溜まっている
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侵食で海岸が下がったのか、少し高い位置にある
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この辺は生簀(仮)だらけだ
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崖はかなり崩れている
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もうこれ以上はちょっと厳しいので、引き返す
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コンクリートで作られた何かがある
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海岸砲台などでは、潮位を調べるのに作られる事がある
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蓋のある物もある
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崖を乗り越えると、廃村がある
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建物は新しそうに見えるが、人一人居なかった
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この谷屋には、幾つかの震洋壕が並んでいた
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ちょっといびつな壁面
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若干狭い間口だ
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見つけた中で、もっとも陸側の壕
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床に土が流入している
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一応最深部なのだが
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自然窟なのか、空間がある
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壕口を見ると、かなりいびつだ
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埋められそうなのも幾つかある
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この地区にはかなりの震洋壕を見つける事が出来た、民家などの裏にもまだ有りそうだが、この辺にしておく
自分がざっと探しただけでもこれだけ見つかったのだから、この基地の規模はかなりでかいだろう
百人規模の基地人員がいた事は確実である、第55震洋特別攻撃隊はここ守谷だけではなく、鵜原にも展開している
多分そっちの方が更にでかいだろう、そこら中穴だらけだった、パラダイス・・・


勝浦 行川弾薬庫(行川アイランド)その2

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再び壕内に戻る
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前回後回しにした方の通路に向かう
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敵に攻められた時に下ろす、隔壁の手動ハンドル
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片面がコンクリートの角ばった壁になっている
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素掘りの壁に、何か埋め込んである、トラップか?
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幾つか並んでいる、どうやら侵入者の足元を照らしてやる、仕掛けの様だ
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吸殻入れまで完備している
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戦争と平和が対照的に向き合う壁、弾薬庫とレジャー施設との融合
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朽ち果てた200V電源
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これが何なのか気になるが、先に進む
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突如広がる大空間(見えてたけど)
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柵がある、ほんとにこんな危険な所に客を入れてたんだなぁ~
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恐らく地下式弾薬庫だろう
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何かに利用しようとしたのか、床が掘ってある
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先を見ると、この辺は吹付けをしてある様だ、左に分岐が見える
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正面は出口なので、分岐を進む
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またもや壁にトラップライトが埋め込んである
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かの震災で、一気に崩れ始めたのだろうか?とても営業出来るとは思えない
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フライポテトの機械まで据えてある
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大量の消火器、これで崩れても安心だ(この会社、創世記は消火器メーカー)
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また、侵入防止用の手動ハンドルがある、さすが弾薬庫
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整備された味気ない出口
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出口外観
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少し離れた所にさっきのもう一つの出口が見える
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こっちはバリケードの様になっている
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海に向かって下りて行く
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なんか開けた所に出た
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砲座だろうか?
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海に出ると、舟艇用の滑りがある
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朝日が照り返して眩しい
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山を見ると、コンクリート擁壁の下に穴がある
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入口は2つ、中で連絡はしていない
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ものすごい残念な巻きたてになっている
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当時の谷屋を繋ぐ交通壕を補強したものだろう
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向こうの谷に出た
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これも爆風避けだろう、入口は無理に曲げてある
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何やら解体されたホテルの様な残骸がある
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再び交通壕に戻るが、これでは元は枝道で隣の通路と繋がっているか、判らない
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隣の通路に入り直す
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構造的には、似たような味気ない通路が続く
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以外に長い通路、あえて交通壕とは言わない
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その理由がこれ、ホテルの地下エレベーターだろう、通路はここで寸断されている、先があるかは判らない
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上を見上げると、なんだこれは的な天井が見える
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エレベーターの中には、何か物凄い物がちょっと見える
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危険を感じ、非情口から脱出を試みるも、返ってここで死にそうな目に遭う(非常に危険なので入らない様に!)
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何とか生きて帰ってきた・・・
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まさに脱出って感じで壕を出る
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ここは魔窟だ、入ってはならない(エレベーターまでは可)
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海岸をふと見る、非常に奇妙な崖面
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山狩りの途中で幾つか見かけた獣罠、八丈島で見かけた「最終兵器キョン」がここでも秘密裏に生産されていたが、脱柵し野性化、近隣を襲う被害が出たそうだ、捕獲用に罠が各所に置かれたと聞く
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新たなるトンネル
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吹き抜けの直線交通壕だ
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それを抜けた広場の先に半没の壕口が見える
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良さげな穴だが、見たような模様が
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なんか異様な風景が見えて来た
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地下弾薬庫を使ったフラミンゴパーク
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左右に部屋がある
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広さは同じような物だ
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先に進む
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閉鎖された空間がある
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上から乗り越えると、水槽が見える、どうやら最初の壕の反対側に入った様だ
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隣にポンプ室のような部屋がある
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下は水槽になっている、反対から見たコンクリート壁のみの所の中身だろう
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さぁ、一通り回った様だ、脱出しよう!

勝浦 行川弾薬庫(行川アイランド)その1

遠征予定だったが、メンバーの都合が合わず中止となり、急遽暇となった
しかたなく一人探索に向かうことにする、目的地は勝浦周辺の旧軍遺構とするのだが、途中そういえば行川にもなんか有ったなと思い出し、ついでに寄ってきた。

冒頭に少し行川アイランド所有者だった「日本冶金工業株式会社」について触れておく、震洋隊守谷特攻基地所属 鵜原火薬庫でも触れた会社であり、住宅設備メーカーNASのステンレスメーカーで知られる会社である。
1925年 - 消火器を製造する「中央理化工業(株)」として設立。
1928年 - 火工品・火薬品(軍事兵器関連)も取り扱うことから社名を「日本火工(株)」と改める。
1942年 - 現社名「日本冶金工業(株)」に改める。
同年 - 火工品・火薬品部門を「昭和火薬(株)」(現「日本工機(株)」)へ譲渡。
1952年 - 「日本火工(株)」(前述の昭和火薬が改称したもの)を吸収し、火工品・火薬品部門を設立。
同年 - 同部門がアメリカ軍特需砲弾類の製造を担当。
1955年 - ヘキソーゲン爆薬(RDX)の製造を開始。
1958年 - 12,7ミリ機関銃弾の一貫生産を開始。
同年 - 火工品・火薬品部門を分離し、軍事関連事業から撤退(分離された火工火薬事業は「昭和火薬工業(株)」=現「日本工機(株)」として独立)
2001年 - 行川アイランド(遊園地)を閉園。
現在も一部上場企業として活躍中。

暗部
1933年から太平洋戦争末期にかけて兵器に不可欠なニッケルを確保するため京都の大江山から採鉱。日本海に面した岩滝町の製錬場まで専用鉄道(加悦鉄道)で輸送し、製錬した。この大江山ニッケル鉱山では、当時の日本の植民地だった中国・朝鮮から多くの人が徴用されたほか、イギリス人、カナダ人、オーストラリア人、アメリカ人などの連合軍捕虜も強制労働に従事させられた。
中国人原告6人が強制労働損害賠償を、日本冶金工業および国を被告として、1人あたり約2200万円の損害賠償の支払いと謝罪広告を求めて京都地方裁判所に提訴した。
なお、イギリス人、カナダ人、オーストラリア人、アメリカ人などの連合軍捕虜からの請求は無い模様
最終的に、日本冶金は裁判所の和解勧告を受け入れ、原告1人あたり約350万円(計約2100万円)を支払うことで2004年9月、一部和解が成立した。
国は、大日本帝国憲法下においては国家の権力作用に対して損害賠償請求を認める法制度がなかったという「国家無答責の法理」を否定したものの、20年の「時効・除斥」期間経過を理由に、原告の請求を退けた。

まぁ、1929年には日本にステンレスが有った事と、当時日本冶金工業は軍需産業でも有った事を覚えておこう

現在は閉園になっている、行川アイランドに軍の弾薬庫が在ったとの事で痕跡を探しに行ったが、基本的には震洋隊守谷特攻基地所属 鵜原火薬庫と同じように地上式弾薬庫だったと思われ、レジャー施設化された地上にはなんの痕跡も見当たらなかった。
地形的にはお椀型の敷地を持ち海側に開けている、軍事的には非常に適していると言えるだろう
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適当な時間に家を出るが、寒い!
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夜明けのちょっと湿ったアクアライン
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鴨川を目指す
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暴走スカイラインは有料となっているが
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行ってみたら無料化されていた
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市街を抜け、勝浦へ
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今は虚しい道標
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おざなりのバリケードと朽ち果てた立哨小屋がある
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取り敢えず駐車場に車を止める(無料)
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早速園内に行く
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ここからは入れない
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獣道を越えて行く
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早速最初のトンネルに遭遇、正門トンネルと違い古いコンクリートアーチ
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壕内はレジャーランド時に近代コンクリートに改修されている(天井部は不明だが、より古そうだ)
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側面部のみ、電灯設備を作る為に(補強を含み)塗り直したのだろうか?
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園内側から見た隧道(交通壕だろう)
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鬱蒼とした広場に出た
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右を見ると新たな隧道
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こちらは途中まで近代化改装されているが
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真ん中付近は吹付けで、安く済ませてある(元は素掘りの壕だったのだろう)
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電球の残る照明跡
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出口前で、再び分厚いコンクリートに戻る
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抜けた先は、自然に帰っていた
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僅かに残る道跡を、草を掻き分けながら進む
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ふと見ると、右は柵も何もない崖であった、落ちたら痛そうな高さだ
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石垣沿いに軽トラサイズの道が続く
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イベント広場的な所に出た
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壁に何やら穴が開いている
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吹付けコンクリートに波の模様が描かれている
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脇道が見える、期待度上昇!
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遂に素掘り状態の壕を発見した
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しかし、なんだこれは!まるで水族館のようだ
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それにしても、壕内表面の剥離がすごい
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水槽内部を上から見る、魚は居なかったがものすごい状態だ
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当時はこの水槽にシーラカンスとか、泳いでいたのだろうか?
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水槽に沿って曲がる道と、まっすぐな明らかな軍掘り壕に分岐する
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水槽沿いのルートは、おそらくループして元の通路に戻るだろう
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やっぱり自分は、同じ地下でも素掘りの方が落ち着いて好きだ
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人が掘ったという温もりを感じる、コンクリート通路は無機質でつまらん!
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上写真の右上にぶら下がる小森さん
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軍掘りの基本である、曲がった壕内(直線だと入口で撃たれれば終わりだし、爆風避けでもある)
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ここでまた、分岐路がある
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左にも出口が見えている通路があるが
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まずは終息が近い方から見る
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穴の出口
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外の空気を吸って、一息着いたところでもとの穴ぐらに戻る

どうでもいいが、この水族館は営業していたのだろうが、なんで連絡隧道はあんなにコンクリート使っていて、子供の入りそうな水族館は素掘り剥き出しなんだ?
自分はこの方がいいが、一般的には危険だろう!それ以前に良く営業許可が下りたと思う
ある意味事故が起こる前に閉園になって、良かったのでは無いか?
民間企業である「日本冶金工業株式会社」はこのレジャーランド管理者に自企業の金属畑で仕事をして来たレジャー施設経営経験ゼロの人を据えている。
こういう無理な人事も閉園のへの拍車を掛けたのだろう。

浅川地下壕ロ地区、ハ地区攻略(途中経過)

以前浅川地下壕、イ地区攻略を終え、他遺構調査が忙しくて中々来れなかった現地に久しぶりに行って来た
午前中横浜で所要を終えてからの出発となり、現着は昼前ギリギリって所だった
既に個人調査は5回以上行っているのだが、片道2時間半かかる八王子に来るのは少しきつい
判っている所に行くのは簡単だが、自分の場合は行き当たりばったりの山狩りだ!
記事になっている山狩りの3倍以上は軽く無駄足って事になる(少なめに見て)
って事でここに限っては15:00撤収との枷をはめてある、それを過ぎると帰り道の渋滞が半端無く4時間以上もかかる事を学習した、3時間山の斜面を昇り降りする山狩りは疲れるのだ、帰るのが辛い・・・
余談だが、自分の探索靴は外装より内装が先に擦り切れてボロボロになる、平地移動より斜面移動が多いせいだろう。
で、今回は非常に軽く済ませる
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平日昼前の16号線は結構混んでいる、断続渋滞が続く
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金比羅山東登山道から入山する
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結構急なつづら折りの山道を登って行く
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尾根に着く、普通はこっちの道は急なので別にある小径を使うらしい
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これが金比羅神社なんだろうか?信心無いから何も知らない(お賽銭あるしそうなのかな?)
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遺跡調査域 工事伐採禁
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竪掘、この様な堀が有ると侵攻がしにくいらしい(昔、金比羅砦が有ったらしい、いわゆる山城)
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標高70mらしいが、これを登ったり降りたりを繰り返す
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斜面1/3、2/3程度の高さに市有化の際の調査と思われるトラロープが2ヶ所貼られていた
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見るものも何もない、ひたすら斜面を昇り降りしながら横方向に面探索をこなす
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1時間が過ぎた頃、潰れた壕口を発見、明らかに人工的な断面だ
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かなり予想外だった、壕口の高さが予想を上回る高い位置にある
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同高度の左右を探索する
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あった、開口部発見!
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ザクザク踏んだ霜柱を踏みしめ、もっと大きな壕口を探す
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さらに1時間ほど北側斜面を探索するも、新たな開口部はなく竪掘が数本と、潰れた壕口と思われる物だけ
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上から下までくまなく探す
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最初の開口部に戻ってきた(再び探すのに苦労したので落ちてた測量棒を立てた)
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さてっと
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すげー湿気と、他にも開口部がある証拠に風が噴き出してくる
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山を突き抜け下山してくると、こんな所に降りてくるらしい
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真新しい看板が立っていた
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こちらの方がなだらかな斜面だが、山道は荒れている
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ついでにハ地区に寄る、浅川中学校グランド上にコンクリートで擁壁された壕口の形が見える
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あとはここ
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ガッチリ鉄柵でガードされた壕口
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探索してもこんなのしか、見つからなかった

以上、ロ、ハ地区途中経過
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浅川はもう少し楽しめそうだ
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移動時間がかなりのネックで探索が進まない
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まぁ、のんびりやろう!宅地化も無くなったようだし(写真はイメージです)

記念艦 三笠 また行ったの三日後の後半

調子に乗って写真貼りまくってたら、終わらなくなってしまった、タイトルもいい加減になって来た気がする
今度こそ三笠を終わらせる。
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艦隊コレクションが無かったのでアルペジオだけまた見て行く
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やっぱりこれスゴイや
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イ401がメインなのだが、潜水艦は起伏に乏しく見る所が少ない
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別にモデラーではないが、精巧な模型には惹かれる
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隣の部屋
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やっぱり海自系だが、パネルのみで面白みがない
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三笠 艦内風景
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艦自体の写真は結構あっても、艦内生活はあまり無い(絵葉書では割とある)
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販売物(外の売店にて購入可)
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海軍カレーイロイロ
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3万出して誰か買うのか?
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艦尾フロア107_R_2014121522432303e.jpg
天窓
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海事遺産賞受賞
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右舷側の隔壁
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この部分は修復以前のオリジナルの分厚い隔壁である
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この丸みを帯びた壁は、砲塔内部部分
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砲塔内部及び射撃の原理
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砲塔の構造及び作動
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内部略図
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隣の士官室に入る
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中は広い
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夜戦の油絵
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部屋の外にある写真
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その頭の上に見る物がある
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製鉄所のロゴ入り
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こんな部屋、結構いい待遇
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なんとユニットバス
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長官寝室
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艦長公室
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天井の明り取り
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外部から見るとこんな感じ
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長官公室に行く
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入ると目の前にすごい不釣り合いな物が鎮座している
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左右に1門ずつある
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天窓
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この辺
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長官室
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明り取り
風や日差しの強くない季節は扉を開けて、外に出れる
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頭上には三笠スカイパーキングが見える
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食器室
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大して広くない部屋だが
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天井にはシャンパングラス
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イカリマーク入りのコーヒーカップ
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色からしてこのプレートにもイカリマークが・・・欲しい
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興味深い物が置いてあった
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自分がガキの頃はこんな感じに被弾箇所がマークしてあった
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現在のここである、観光用に悲惨なイメージを払拭したのだろう
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こんな所もある
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ここから弾が入って
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反対の、ここから出ている(マーキングの跡がうっすら残っている)
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ここにもマーキングの跡が残る
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上に出た
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当時築いたままの護岸
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救急室(扉の横にマーキング跡がある)
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角の変形した部屋
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マスト基部は分からなかった
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後部主砲の後ろ側
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マーキング跡
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人形のいる通信室前、良く見ると補修跡も見て取れる
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さぁ、そろそろ時間なので猿島に向かう、三笠もただ順路を周るだけではなく、こうゆう所にも目を向けてみてはどうだろう、勝利の栄光だけではなく、その影には犠牲者もいる事を忘れてはならない。

記念艦 三笠 また行ったの三日後

猿島編を見てくれた人は判ると思うが、三笠と猿島渡航は基本セットだ。
猿島ツアーの時間が11:30の便なので、それまでの時間三笠に乗って続きを見ようと思った
今回はちょっと違った見方をしていこうと思う
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またやって来ました記念艦三笠
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入口にはまだ看板がある、一安心だ
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今回こうゆう被弾、戦死者発生場所のプレートが残っている所を見ながら回る(これは後部主砲)
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この頃の船って、後ろか前かすぐには分り難い(左が前)
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後部艦橋、この床面より上は全て模造品
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後部戦闘指揮所から主砲を見るが、上部構造はほとんどオリジナルに似ていない
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その手前の通気塔に
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以前よりこの手のプレートが減った様な気がする
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中には消化器しか無い
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右舷最上甲板には何にもない、模造だけどね
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後部艦橋には登れない
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左舷最上甲板にはカッターが据えてある(良く見るとボロボロ)
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舷側を見ると、副砲や補助砲の砲列が見える(勝手に砲を動かして良いので向きはバラバラ)
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艦橋部に行く
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主砲は米軍基地を指向している
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ここにも補助砲がある
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この輪っかに腰を入れる(結構狭い)
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正面米軍基地から
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横須賀学院まで狙える
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この辺は前にも紹介しているが、ついでである
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昔は入って回せたが、今は入れない
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海側は結構ボロくなっている
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艦橋に登る
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手前の海図室
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内部は綺麗に作り直されている
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右舷の60cm信号探照灯(足元は木が腐って修復中)
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操舵室
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内部
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前面
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新しく付いた測距儀
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本物か模造か分からないが、覗いても見えない
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東郷司令長官の立ち位置は一番前のプレート
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そこから前を見てみた、何となく・・・
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昔は緑青だらけで汚かったが、磨いたようだ(かえって味が無くなった気がする)
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艦橋左舷側
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新し目のプレートが付いていた
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左舷の60cm信号探照燈
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防衛庁のプレートなのには驚いた
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60cm信号探照燈結線図(見えない)
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上を見ると、登りたくなる物がある
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きっと、同じように登りたがる人が多いのだろう、良くわかる、うん
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仕方なく中甲板に降りる
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悲しいかなパネルのみ
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あれ?艦隊コレクションが無い!

記念艦 三笠 また行った

特別展、三笠秘蔵 連合艦隊 艦隊コレクションの延長期間が終わる頃なので行ってみた
測距儀や操舵室がリニュウアルした話もあるので、猿島のついでに覗いてきたのだが、船の時間の関係で中途半端に回った感じだ
取り敢えず、簡単に振り返りながら進めて行く
1
イギリスでの進水式の写真、かなりさっぱりしている(ラムの形が見える貴重な1枚)
2
実は、ここに係留する際に、挫傷して艦底に穴が空いて動けなくなり、ここに固定されたらしい、未だに艦底の穴から海水が侵入し、ポンプで排水しているそうだ、もちろんコンクリートで固められているから傾くとか沈没は無いが、維持保存と腐食防止の為である。
さらに言えば下甲板より下はエンジンなどは既に無く、コンクリートや石ころで埋め尽くされているとの事
太平洋戦争終戦直前に湾内を航行しているのを見た事があるとの、目撃談が幾つかあるが、これは同じくイギリスで作られた戦艦富士である、富士も終戦直前に爆撃に会い着底、戦後浦賀船渠にて解体されている。
3
戦後保存を許されたものの、管理を民間委託した為に、こんな酷い事になってしまった
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イギリスやチリ海軍の援助を受けて、よくぞこれだけ修復したものだ
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時間も無いし乗りに行く
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目的はこれ
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前部主砲は記念艦となった時から下ろされているので、バーベットから下は何もない
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艦の周りにはウッドウオークが新設されている
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一応里帰り決定
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三笠の30.5cm主砲(この砲身を使った三笠刀は超貴重なアイテムとして人気を博す)
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艦尾から眺める
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ゆっくり見ると、ゆうに2時間はかかる
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たった10kmしか届かない、アクアラインが丁度10kmぐらいだ
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上甲板内部に入る
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まず、目を引くのがこの人形
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もちろんモールス信号
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ごく、一部のみ現存、あとは剥がされて売られた
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ここの幅の広い部分だけがオリジナルチーク材
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12番砲室に入る
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一般の兵には部屋など無く、まさに砲室で寝起きしていた
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当然普段は弾などここにはない
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これが弾、子供一人分の重量
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この頃は石炭が主流
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上から見たところ、階段は後付け
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中央の一角
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機械水雷(機雷の本名)東京湾には未だに掃海されていない機雷が万単位で沈んでいる(電池切れで発火はしない)
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この薄さから船内にある壁だろう元は
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8cm砲模造品(左右と上下には今も動かせる)
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4基並んだ補助砲、壮観だ(模造品だけど)
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副砲、15cm砲は個室のようだ
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ちなみに乗員は860人(定数)
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30.5cm主砲、実はコンクリート製の模造品
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律儀に砲身に蓋までしてある
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中甲板に降りる
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主砲下から艦首は講堂になっている
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詳細図
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中甲板は展示場になっている、キリがないので簡単に見る
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これは似てるが、戦艦富士
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三笠はこっち
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当時の測距儀
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不明な竹炭
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これがオリジナルの艦首飾り
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外に出ると、何故かアルペジオ(本編に三笠が登場している)
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まさか三笠でアルペジオに会うとは思わなかった
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やるなアオシマ
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ぽつんと置いてある三笠
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めちゃくちゃ精密でかなり気に入ってしまった、欲しい・・・
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かなり意表を突かれた展示室であった
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今頃発売してるかな?
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横道に反れたが本来の目的を見る
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展示物、これじゃない
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こっちだ
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イ400型
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那珂
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三笠
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やばい、アルペジオ見過ぎた!猿島の船の時間だ!あと5分!
って事で、中途半端に三笠を降りた、船は1時間に一本しか出ないこの時期・・・・




写真を撮っている暇が無かったので、動画でどうぞ

東京湾要塞 猿島要塞再訪(見学ツアー)

と、ゆう訳で翌日曜日に行って来た、11月最後の日曜の休みなので、ツアーも最後のチャンスだ。
ツアーの申し込みは当日、乗船券を買う時に同窓口で申告、200円払うと参加者ステッカーが貰える
11:30の便と13:30の便の2回行われる、もちろん事前に島に渡って、該当便の到着に合わせて集合場所に集まるのも構わない、島に渡ってしまってからも、管理棟で申請すれば参加できる。
見学ツアーは、約1時間歩いて回る事になるので、歩きやすい格好で飲み物もあった方が良いかも
管理棟前からスタートして、台場跡で解散となる、その後は自由散策となる。
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チケット売り場にて参加申告を自分からすると、説明してくれる(申告しないと何も言ってくれない)
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この3枚をもらう
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時間前に桟橋に並ぶ、日曜はそれなりに客が居るので、良い席は先着順に埋まる
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今回は比較的新しい0号機(4隻目)
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何もかもピカピカの新造船は、気持ちいい
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2F展望デッキは早速満員(3日前はガラガラだったのに)
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早速出発する
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僅か15分の船旅で酔える人も居るらしい
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集合後、直ちにツアーは開始される
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混んでいるので、ふた組み目に参加した
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砂浜から出土した当時のエンジンとクランクシャフト、軍用か漁船かは不明
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現在でも電気はここで発電され、供給されている、トンネル照明なども必要なのだ
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当時の地下電気ケーブル点検口
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蓋がある所もある
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現在は別に地面を這っている
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当時のケーブルは土管を通り、壁の内部を通って配管されていた
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切通し最初の曲がり角には初上陸したイギリス兵による威嚇射撃の弾痕がある
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曲がった所に日本兵が銃を構えて居るのではと、ビビった英兵が威嚇射撃をした弾痕
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第一兵舎
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富岡製糸と同じ積み方のレンガ
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猿島の要石にも年号が掘ってあったのだろうか?
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いよいよ弾薬庫に入る
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この奥にはぬけさく先生が居る
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入口付近には、何故か撤去されなかった岩がある
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弾薬庫、前室部分(漆喰が塗ってあるので、迂闊に触ると白くなる)
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揚弾井横の壁画
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下から見上げる
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上の砲座への伝声管
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弾薬庫の説明を受ける
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これは学術調査の跡だろう、壁の中の構造を調査した痕跡
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後室に移動する
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鴨居の木材は非常に綺麗に残っている、ここに限っては千代ヶ崎砲台よりも良いかも
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かなりがっかりの後室、ぬけさく先生の顔にバッテンが付けられている(左側は落書きを消したようだ)
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隣の通気用通路との窓
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穴の周りに小さなボルトが出ている、電気ケーブルだとか鉄格子とか諸説ある
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奥には、呪だの死だの物騒な落書きや
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昔いたアイドルグループ名(この通路は非常に狭い、漆喰が体中に着いて真っ白になっただろう
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窓は前室、後室ともに2つずつ
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壁画を見ながら退室する
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過去にお客さんを残して鍵を閉めたとか何とか言っていたが、夜間は完全に無人島になるから問題ない
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公園化の為、切通しを整備した時の落下していた石材を積み上げたもの





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第二砲台への階段と崩れた兵舎跡
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次の弾薬庫
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新設されたトイレ遺構
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フランドル積みレンガ説明
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トンネル内潜入
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2F及び外部への連絡通路階段
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この上には楽しい空間が広がる
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トンネルを下る
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トンネル内兵舎に残る落書き「おだやかなる孤独」、なんかフレーズが気に入った
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第一砲台説明



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8cm高射砲台説明



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台場に降りる
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仮面ライダーの基地として結構有名
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映画の撮影ポイントだったが、最近はコスプレの撮影ポイント化している
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ここで解散となり、質問受付後自由散策となる
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さて、一人で適当にぶらつく
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第一砲台に戻る
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この要石を抜くと、全て崩れるらしい、やってみたい・・・・
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ここには珍しいレンガの刻印が見れる
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トンネルに戻る
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昭和期の電気配線の跡
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入りたいが入れない空間
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くまなく回りたい
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修復されていない弾薬庫はこんな状態なので、公開はされないだろう
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切通し最初の兵舎
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これぐらいだったら、自由見学させても良いだろうが落書きのせいもあるのだろう
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沖に米軍艦艇が見える
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船まで時間があるので、カップめんを食べる
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母校、馬堀中学校製造?
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結構さっぱり味
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船が来たようだ
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猿島を後にする

東京湾要塞 猿島要塞再訪 その2

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切通しの先に明治砲台の弾薬庫が見える
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昭和期に前室、後室の壁をとっぱらい、後ろの壁を貫通させ通路に改造されている
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別の8cm高射砲台
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最北部の一番状態の良い砲座
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砲座はほんとはもっとあるが、観光客が入り込まないように、見えてる物しか紹介してないのだろう
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これは砲員待避所、手前の半円状の部分と合わせ、埋められているが、1m程は下のはず
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その背後の崖を登ると
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第一砲台27cm加農砲座左側
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こちらはまだ、砲座の円形が確認できる、右の砲座はひどい
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まさか、こんな所に人が居るとは思うまい
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ちなみに右の砲座・・・・
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でも、砲座の入口はこっちの方がきれい
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一段下がった所の、揚弾井
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鶴首揚弾機の一部
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砲座への砲弾を揚げる為のクレーン取り付け基部
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スロープから下に降りる
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山頂監視所に登る
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中は相変わらずだ
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山頂部のレンガ遺構
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ここで、初見の刻印を発見、何処の製造だろう?公式調査時にも発見されていない様だ、記録にない
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秘密の入口
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単弁桜花章a種
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複弁桜花章a種
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単弁4枚?
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2F揚弾庫
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正面と左に揚弾井がある
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正面の下部弾薬庫へ繋がる揚弾井
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左側
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山頂部へ上げる為の揚弾井、緩衝材の木材がしっかり残っている貴重な物
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となりの部屋に行く
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2F部分には3本のコンクリート基部がある、下とは用途が違うようだ
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吹き抜けの通路を挟んで、もう一部屋同じ物があるが渡れない
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この吹き抜け空間は結構怖い
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同じ構造だろうけど、いつかは行ってみたい
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当時は木製の階段が回りながら登る様に付いていた事が、レンガの跡で伺える
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では、次に行こう
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なんと、12,7mm連装高角砲座が掘り出されている
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以前は知っている人しか見えない垣根が有ったのに綺麗に掘り返されている
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この砲座でしか見る事がない、特徴的なトンネル
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実はこの向こうに、便所遺構が有ったりするが、でかい穴なので落ちるとやばい
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四角く見える、砲弾仮置き場



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この階段を登ると
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無いと言われる、第二砲台の遺構がある
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24cm加農砲座胸檣部



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謎遺構とされているこれだが
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これに酷似しているのだが、どうだろう?
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入口近くの暖気燈機関室、普段施錠されているが、特別に開けてもらった
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ここには水タンクが設置されていた
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重厚なアルミサッシが今開く
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内部はレンガなのが良くわかる
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防湿用コールタールが塗ってある
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今はYANMAディーゼルが発電している
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内壁は漆喰で塗られている
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天井も当時のままの木造
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棚は当時から憑いている鉄製の物
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窓も昔のまま
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隣の部屋は物置になっているので、入れなかった
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いつかは登りたい
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この井戸は当時からの物で、海水が混じってしまうので飲み水には適さない
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丁度帰りの船が来たようだ、これを逃すと1時間待ちだ
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なに~、これは!
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再々訪が決まった瞬間であった

東京湾要塞 猿島要塞再訪 その1

久しぶりに平日休みが取れたので、思い立って猿島に行ってみた、ここに来るのも例の火事騒ぎ以来かも知れない
実は記念艦三笠に用があったついでだったりもする。
自分は同じ所に何度でも行く(経済的に行ける範囲で)、現状の把握と新たなる発見の為にと言えばマシだが
単純に誰もいないノスタルジックな空間に、浸りに行くのが好きなのだ。

猿島と言う名前は後に付けられた名前で、元は豊島(十島)と言われた、文字通り他に笠島、平島、黒島、蛸貝島、亀ノ子島、職工島、鯨島、稲荷島、二股岩(島名諸説有り)があり、当て字で縁起をかつぎ、豊島と言う
今は地名も消え、豊島小学校にその名が残るだけである、海外ではペリーアイランドとも言う。
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っと、言うわけで三笠桟橋到着
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久しぶりに来たら、チケット売り場がトレーラーハウスになっていた
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定刻になったので、船に乗る(実は時間があったので先に三笠に乗っているが、また後日)
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平日の午前中は空いている、数人だけしかいない、釣り客はもっと早い時間に渡る
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三笠を後にする
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あっという間の15分
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海軍港の票柱が出迎える(折れてるけど)
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旧軍の階段で登るのも、お約束
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極僅かな展示ゾーンだが、見るものはある
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レンガの刻印を探してみるのも、面白い
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夏島や貝山では普通に見られるこれらの遺物もここでは最早見つからない
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どっかに落ちてないかと、今日も探す
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まだ、謎な部分が随所にある島
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例えば土壁に埋め込まれた20cm四方程度の石の用途
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この窪地の意味は?まさか掃除道具を置くためではあるまい
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レンガ遺構が見えてくる、これは兵舎跡
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視線をずらすと、上に窓がある
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下の兵舎とは繋がっていない隠し部屋がある
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どうでもいいが、右の壁の方が作られたのが古く、お城の石垣の様に下部が広がっている古来からの造りで、左側はもう少し近代工法で垂直に切り立っているのが、判るだろうか?
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トイレその1、上に木製の庇を付けていた跡がある
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弾薬庫、兵舎との見た目の違いは、横の防湿用通気通路があること
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内部にはぬけさく先生の壁画が書いてあるが、ここからでは見えない
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デッキ下の排水口(当時の物)
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関東大震災で被害を受けたのでは無く、上の砲台を戦後爆破した時の破損だそうだ
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ウッドデッキはうるさくて好きじゃない、靴音がゴツゴツ言う
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次の弾薬庫は土で埋まっている
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震災被害時に放棄され、復旧されなかったらしい
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トイレその2、後にトイレが足りなくなったので、追加された物
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トンネルが見えて来た
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フランドル積みはあまり残っていない
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トンネル手前にある、謎の掃除道具置き場空間
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トンネル入って最初の弾薬庫、このトンネル内の弾薬庫が島内の弾薬本庫となる
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狭い方、通気用通路の漆喰が何故かほとんど無くなっている
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となりの部屋はこの通り残っている
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この窪みの用途も不明である
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大きな部屋の隣には、狭い部屋が並ぶ
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二階及び地上への連絡口
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説明板
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トンネル出口付近の大部屋、おだやかなる孤独と書いてある
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何故かここだけ排水口が切ってある、通常弾薬庫庫内には水分厳禁で排水は通路を通す、とゆう事は兵舎か?
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となりの小部屋
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トンネルを振り返る、レンガのモザイクの様だ
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三叉路に出る
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第一砲台兵舎
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砲座へのトンネル
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8cm高角砲座
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ずらりと二十本のボルトが並ぶ
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少し離れた所に同一の砲座
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同じく二十本
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台場に下りて行く
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江戸時代の台場で、太平洋戦争時は備砲していない、位置が低いのだ
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ここは占領時、米軍施設が建てられていたのは、前回紹介した
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低地だが眺めはいい
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そして、ここには謎遺構がある
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近くに転がっている、ボルト跡の残るコンクリート片
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上を見上げると、壁がある(建物ではない)
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調べてみると、東京湾横須賀軍港の防潜網施設との見解が有力らしいが記録はない
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崩れた石垣をへつって行ってみる
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正直、波が結構やばい
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地面からパイプが出ている
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うーん、か・な・り・やばい
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安全第一主義なので、引き返す事にした(カメラが濡れる)
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帰り道もそれなりに大変なのだ
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台場に戻ると、さっきの鉄パイプの一端が見える、おそらく米軍施設が有った頃のなごりだろう
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台場付近の米軍写真、右下は山頂の見晴台(監視所)
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モンキーアイランドと書いてある、台場跡米軍構造物

基本的には以前紹介したのと大差は無い、一部は紹介をしなかった謎遺構もあるが別に新発見ではない
またかよと言われそうだが、同じような所を次回も辿って行く
千代ヶ崎砲台と共に、国指定史跡に登録が決まった記念という事で、騒がしくなる前に行ってきただけだが、一部に史跡登録を意識して、整備をされている箇所もあったので、次回紹介する。

信濃70周年記念 水上兵棋演習 その3

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最後のイベント会場アンジェラ、結構判らなくて、ウロチョロした
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一応看板は出ていた様だが、下を向いて歩かない質なので気が付かなかった
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エレベーターで5Fに行くとドラム缶が出迎えた
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センターにあるビリヤード台にクロスをかけて、展示してある
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おおなみ会という模型の会の展示
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今回の中では唯一の旧海軍艦艇「信濃」
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「ひゅうが」と「いせ」の姉妹艦
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すでにラプター配備済み
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この「三笠」はよく出来ている
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上から見ると特にわかる
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この頃の艦には、まだラムがある(体当たり用の艦首の角)
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右手が居酒屋空母信濃のオーナー
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壁の棚にデアゴがイッパイ詰まっているのだが、みんなバラバラで揃っていない
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艦コレポップ
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信濃の飛行甲板には色取り取りの飛行機が
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時代も縮尺もバラバラだ
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テーブルには陸奥主砲里帰り募金がある
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募金をするとこれが貰える
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グッズ販売用のテーブルは飛行甲板にも見える
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何だか分からないが、ステッカーか?
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須本壮一「戦画」販売
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畳2畳分のポスター
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ボトルの棚には横須賀らしく米ドルが貼ってある
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店に行ったら飾ってあるかも知れない
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店内をウロチョロしている内に、弁当の準備が出来たようだ
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4時間以上待って手に入れる弁当
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ついにゲット
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居酒屋空母信濃からの御好意で、全員に海軍カレー(多分)が振舞われる
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お食事準備完了
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なんと、オニギリであった、どうやってカレー食おう?
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ちなみにこっちはスタッフ弁当
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主催者挨拶
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スポンサー挨拶
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スタッフTシャツ?
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食事が終わると各々撮影や歓談に別れる
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しばらくは撮影に興じる
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非常に細かく作ってあるが、自分はやっぱり実物が良い
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一人二人と消える中、自分も撤収する、ありがとうございました(参加費用、飲み食い無料)

信濃70周年記念 水上兵棋演習 その2

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大人気の横須賀公認マスコット、スカレー
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イマイチ目立たなかった信濃も、面目躍如となった
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霧島は軽快に走り回っている
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霧島カッコイイ
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スカレーを下ろした信濃も、身軽に走り出した
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ビスマルクが英海軍に、拿捕された
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突如、ほんとに唐突に黒い巨艦が現れた!
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ヤマトが行く!
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突如現れた大和に一同ざわめきが起こる
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実に圧倒的な存在感だ
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もちろんこの間も他の船も走っているのだが、誰も見ちゃいない(操縦者除き)
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英海軍、ビスマルク
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一際大きく目立つ大和、汚し塗装の効果は抜群だ
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隊列を組もうとするが、信濃だけが上手く合流出来ない
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やっぱ、日本人は大和だわ
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ちょうど雨の波紋が爆撃を受けている様な効果を出している
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信濃が帰港してくる
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そろそろ噴水が再び開始される時間になる
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大和用のごついプロポ
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大和回収



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早速手入れに入る
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天候も有り、幾分浸水している様だ
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信濃回収
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ビスマルク帰港、早いのだがバッテリーは20~30分ぐらいだと言っていた
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陸奥帰港
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霧島帰港・・・・しない
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まだ、2時間は走れると言っているが、噴水に撃沈されるよ?
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大和オーナーのコレクション、左は製作途中だろう大鳳
大鳳_R
images.jpg日本初の装甲空母なのだが、密閉し過ぎて漏れた航空燃料の気化爆発であっけなく爆沈、悲運の空母と言える
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突風の中、コンビニ傘が撃沈されてしまったが、結構楽しめた
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弁当配布はなんと、14:30からアンジェラでとの事、もはや昼めしではない、現在12:15
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時間があるので、加盟店(飲み屋)を回ってみる、船関係の名前の店は興味があるが下戸なので無縁だった
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この店は16号線歩道橋側から探したほうが、見つけやすい
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なんか、食ってみたくなるが、これから弁当だし
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「サスケハナ」店構え
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サスケハナ丸、俗に言う黒船
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ロナルド.・レーガン
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飲めない人には無縁のイベント
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ドブ板通りの名前の所以を垣間見る、もはやこの辺にしか残っていないドブ板
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「酒保 鳳翔」これはかなり探した、外からは完全に判らない雑居ビルの2F
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雑居ビルの飲み屋街、まだ開いていない
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何が好評発売中何だろう?一部:800円ってまさか同人誌?
鳳翔_R
imagesWLFUYP6G.jpg起工時から航空母艦として設計されたものとしては世界で最初に完成した艦である、ミッドウエーにも地味に参加しているが、その後は飛行甲板延長など改修を受け練習空母となる。
開戦時に日本海軍に在籍していた大型艦艇の中で完全な無傷で終戦を迎えたのは鳳翔のみであった。
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まだ、開店準備中の「居酒屋 信濃」
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大体の場所は知っていたが、来たのは初めてだ
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ここも裏道りなので、普通には見つからない
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米空母の扉と言われる入口
「居酒屋 空母信濃」については、横須賀海軍下士官兵集会所(EMクラブ)の記事で多少触れた事がある
信濃_R
しなの建造中の大和型戦艦三番艦を、戦局の変化に伴い戦艦から航空母艦に設計変更したもので、構造変更には戦艦として中甲板まで出来ていたので苦労したようだ、搭載機数が少ないのもそのせいだ。
「信濃」は過労や事故により10名以上の死者を出しながらも進水式を迎えるが、人為的ミスによりドックの蓋となる浮船に注水を忘れ、ドックに海水が流入しドック内で前後運動し損傷する事故を起こす。
東京湾内での航空公試では、各種艦載機の離着艦実験を11月11,12日に行った、これが「信濃」で航空機が発着艦を行った唯一の事例であった。
11月28日午後1時30分、呉に艤装の為に横須賀を出港した、この時点で火器類はなく航空機も積んでいない(皮肉な事に特攻機桜花を50機貨物として搭載した)、陸上からの哨戒機すら出して貰えなかった。
翌午前3時16-17分、魚雷4本が「信濃」の右舷に命中(米潜アーチャーフィッシュ)するも、逃げ切る事に成功する
しかし被害は深刻で、午前8時前には洋上で完全に停止するに至った。
館長命令による「工廠関係者飛行甲板」の命令が、伝令により「総員飛行甲板」となり、艦内は混乱する一方、この命令誤認のため艦底にいた応急作業員や機関科兵が脱出できたという。
対照的に午前8時30分、注排水指揮所が水没し、稲田文雄大尉ら9名が部署を守り水死した。
10時57分、潮岬沖南東48kmの地点で「信濃」は転覆し艦尾から沈没した、出港してから、わずか17時間である。
生存者は準士官以上55名、下士官兵993名、工員32名、戦死者は「信濃会」の調査によると791名(工員28名、軍属11名を含む)
もしも、機関停止時点で退艦命令が出ていれば戦死者は100名以下で済んでいたかも知れない、艦内放送装置が故障などの問題もあったが、約3時間も停止状態で浮いていたのだから、もっと何とか出来なかったのだろか?
お預かりした艦を・・・・ってことなんだろうけど(阿部艦長は艦と共に沈んだ)
余談だが、駆逐艦雪風はレイテ沖海戦で武蔵、呉へ回航時の信濃、沖縄特攻の大和と、3隻とも看取っている。

信濃70周年記念 水上兵棋演習 その1

2014年11月29日 、横須賀海軍工廠で建造された最大の軍艦 空母信濃、実戦投入されることなく沈没した幻の軍艦 空母信濃の70周年を記念し、横須賀市の三笠公園内の噴水池にて、水上兵棋演習(軍艦ラジコン運行)が、行われた。

また合わせて、当イベント主催の横須賀鎮守府(仮)が同時に開催中のイベント「軍艦サケ」や、市内飲食店とのコラボイベント等も実施。
イベント内容
•三笠公園内の噴水池にて軍艦ラジコンの運行
•漫画家 須本壮一(本そういち)先生の極秘展示
•NEW! 横須賀の模型サークル「おおなみ会」の軍艦模型展示
•NEW! 横須賀海軍カレー本舗の新作軍艦カレーリクエスト募集
•当イベント限定!空母信濃 入港弁当の無料配布(数量限定、先着)
•新作!陸奥ジェラート(仮称)の無料配布(数量限定、先着)
•酒保鳳翔 おすすめおつまみの無料配布(数量限定、先着)
•横須賀鎮守府(仮)新作オリジナルグッズの無料配布(数量限定、先着)
•その他、さまざまな催しを企画中です。ご期待ください。

主催:横須賀鎮守府(仮)http://gunkan.net/
• 後援:横須賀市役所 , 陸奥の会
• 協力:居酒屋 空母信濃 , 横須賀海軍カレー本舗
• ※当イベントは戦艦陸奥の主砲 横須賀への里帰りを応援しています
当日は、残念ながらの雨となり客足も少なかった、やっている事は人が動かしているラジコンを眺めるだけと言う
文章にしてしまえば、これだけなので参加者も大半は関係者、知り合い同士の様だった。
正直、信濃に関する資料展示などを期待して行ったのだが、何一つ無くそう言う面では残念だった
しかし、それなりに楽しめたので良しとしよう!
雨の降る中、横須賀に向かう、到着と同時に雨が上がる、幸先ヨシと思ったが甘かった・・・
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当初開場予定10:30なので、10:00に現地到着するも、ガランとしている・・・・あれ?
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取り敢えず噴水公園に行くとちょっとだけ居た
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会場に間違いないようだ
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趣旨、「海軍の街、ヨコスカ」を更に盛り上げ、更に熱くしていきます!by,横須賀鎮守府(仮)
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船の科学館に展示してあった陸奥の主砲身
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募金受付中
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4番砲サワー
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戦艦「陸奥」の建造
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大改修と4番砲塔の換装
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爆沈と引き上げ
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主砲はハイテクの塊
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車の中に今日の主役が積んである
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童友社のプラモの様だ
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マスト機銃等の細い物は取り付けていない
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今回のイベント協力店、取り敢えず全部逝ってみたので後で紹介する
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時間等、大幅変更となったので、時間があるので配布された引換券で時間をつぶしに行く
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よこすかポートマーケットに向かう
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協力店、横須賀ジェラートファクトリー
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正直ジェラートって初めて食べた、こういう店って入りにくい
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海軍珈琲美味そう
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今回はこの特別ジェラート(イベント用)
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結構りんごの食感が良く、美味しかった(商品化しても良いと思う)
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店を出て海に行くと、信濃が浮かんでいた、出来すぎた偶然だ
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さて、会場に戻ろう
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会場となる音楽噴水池
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「陸奥」が出てきた
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ン万円のプラモデル
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主催ののぼりが立った
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後で、アンジェラ(飲み屋さん)で展示される
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居酒屋「空母信濃」提供、出港(いつの間にか入港が出港になってる)弁当ゲット
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実際に「信濃」に乗り組んでいた生存者の方
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イベントが始まるが、まずは11月29日10:57に沈没した時間に、黙祷する
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南南西(三笠方向)に向かって、1分間黙祷
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まずは、霧島が出港、木甲板がカッコイイ
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続いて陸奥も出港する
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しかし、瞬殺で電池切れらしく、退場していった
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メインの信濃登場
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不意に現れたビスマルクと霧島の幻の同盟国艦隊機動
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このビスマルクはめちゃくちゃ早かった
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高速戦艦の霧島もついて行けない
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喫水の高い信濃は、かなり不安定だった
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回収不能を考え、川や海ではやらないそうだ
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霧島だけは、割と遠くに向かっていた
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雨に濡れた木甲板、最高にカッコイイ
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波を切り裂く姿もカッコイイ
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それぞれ陸に上げて、水抜きや調整を行う



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なんと、ここでスカレー登場!
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スカレーをテープで止めて
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いざ、出港
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しかし、やばい!
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仕切り直しが必要だ、予想以上にラジコンには重いようだ



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仕切り直し
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重そうだが、何とか動いている
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スカレー、結構受けている