大原 釣師海岸の謎の穴

釣師(つるし)海岸と読むらしい
ここの存在はまったく知らなかったのだが、とのさんが面白い穴見つけたと言うので、穴なら行こうとなった
戦跡に関わる物なのかは、かなり微妙な物件だが、トンネル内に妙な6つの部屋が掘られ、一部は繋がっている
もっとも謎なのは、海岸にあるあの穴の存在だろう。
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目印はこれ、釣師隧道
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それを抜けると、派手にここにあるよとアピールしている看板群がある
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コンクリート吹付けの穴がある
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入口は人が普通に通れるほど開いている
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床面は水路を除き、コンクリート舗装されている
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ほぼ左右対称に片側3個ずつの穴が開いている
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穴といっても2~3m程度の立つ事も出来ない小さな物で、穴同士一部接続している
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手前の方に集中し、半分より先には無い
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突き当たりは、左右に分岐している
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右を見ると、防護ネットが限界間近になっている
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看板の向こうが本道か?
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うわ、出たらすぐ崖だった、転落事故はここからだろう



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残る道はここ
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人一人、すり抜けるのがやっとだった
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抜けると第二の穴が待っていた
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この穴は10mぐらいしかない
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天井や出入り口を見ると、支保工ごとコンクリートを吹き付けてある
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海岸に降りるコンクリート階段
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そこに行くまでの道は険しい、右側の岸壁に細い道がある
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取り敢えずそっちに行ってみる
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奇妙な祠状の穴が幾つかある
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へつって行ったら、また別の海岸があった(レンズにゴミが入り込んで見苦しい)
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問題の穴に移動する
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入口はそこそこ広いのだが
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すぐに狭く、急な斜坑になる
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キツイが、この程度なら問題はない、なんて思っていた頃もありました
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右上に気になる溝があったが、なんだろう
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激しく湿度と温度が上昇する、一度下りて、上着を脱いでリトライ
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あっという間に壕口が小さくなる
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大体壕の形状はこのまんまだが、若干高さが無くなっていく
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30mぐらい登っただろうか、傾斜がぐんとキツくなる
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急に床面に水と泥が増えてくる、その下はツルツルの岩盤だ
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体感的に40mぐらいになると、階段を作っていた跡がある
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ここから先は八丈島より楽勝だ、水も消えた
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しかし、角度的には限界だ、両手を使わないと滑落する、撮影はここまで
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ランプフックがある、上も見えたし戻るとしよう



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元々は水の道だったんじゃないだろうか?
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塞がってしまったから、こんな崖から出口を失った水が吹き出しているでは?
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夏に来たら、たまらんリゾート地だ
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修行にも使えそうだ
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しばらく見とれていたが、目的は達した(登ってみること)
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さぁ帰ろう



そこそこのインパクトはあったが、元は陣地だったのかは期待は薄い、当時からの管理用な気がする
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いすみ市 「桜花」行川発射基地

いすみ市行川にある、上総中川駅にほど近い特攻兵器「桜花」の発射基地、その格納壕と旋回台(ターンテーブル)を見に行った。
なぜ夜なのかとか、細かいことは気にしない様に!
ことの起こりは、こちらのサイト「Bunny The Flat」様の記事、当ブログの読者様サイトなのだが、戦跡も扱って居られる
何故かこの方とは、目的地がダブルのだ、不思議な縁だと思う
面白い目線で見ているので、自分とは本来は毛色の違う所なのだが、気になるサイト様である。
恥も外聞もなく、ダブリまくりの紹介をさせてもらう。
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夜、懐中電灯片手にうろつく男達がいた
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神社の傍らに、車を停める
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自分のライトがあれば、昼も夜も関係無い
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臓器林に突入する
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密林の道は、あっとゆう間に消えた
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感に任せて、稜線を回り込むと分岐路を遭遇、当然山側に曲がる
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唐突に、目の前にターンテーブルが出現
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30cmぐらいの外縁、直径は3mほど有りそうだ
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ボルト痕もはっきりと残る
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発射方向には溝が着いている(ここから発射する訳では無い)
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後ろを向くと、巨大な壕が開口している
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これが「桜花四三乙型」の格納壕だ
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格納壕の床面も特徴的だが、中央の溝部分にレールがあったものと推測する
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入口右壁面の溝、鳥居の様な彫り込みがある
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同左側、同じような痕跡がある、扉か何か付いていたのだろう
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横をへつって奥へ移動
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人物が入ると、壕の大きさが判るだろう、5mは有りそうだ
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地層のマジック、真っすぐ立っているのに、傾いて見える
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天井には金が付着している、昔佐渡では金が取れたそうだ(本当)
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最深部から見た格納壕
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ここに桜花は配備が間に合わなかった、壕の掘削終了が7月だそうだ
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入口に絡まるコケやシダ類が壕を自然に返そうとしている
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金属レールの乗った状態で見てみたかった
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発射方向だが(学校側)何も見えない、ちなみにカタパルトなどは学校造成時に消失したらしい
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名残惜しいが、そろそろ行かねばならない、日が暮れてしまった
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ここは何処だ、見覚えがない広さだ
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この倒木は跨いだ覚えがある
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2mほどの円形の窪みがある、倒れた樹木などは近くに無い
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やっと道路に出た
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無事に戻れた事を、神に感謝する

ビデオを忘れて、デジカメの動画モードで撮ったので判りにくいだろうが、貼っておく


行川アイランド 続編

しつこいと言われそうだが、また「行川アイランド」に行って来た、見落としがあったのだ
祐実総軍様の記事に、自分の行ってないブロックに素掘り壕があった様だ!
ちょうど、とのさんが行きたいって言ってたので、一緒に再訪する事にした。
機会とゆうものは、有効に使わなくてはならない、いつかなんて日は来ないものだ。
他にも周辺遺構で、気になる所があったので、勝浦案内がてら回って来た!
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深夜山に分けいる、なぜ深夜なのかは特に意味は無い、気分だ
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どうせ、穴に入るのだから、暗くても関係ないのだ!
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案の定、まったく問題ない
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余計な所は飛ばして、必要部分だけかいつまんで行く
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この水槽ゾーンにも重大な見落としがあった
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天井怖いなとか、思いながら歩いてると
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足元に違和感が、枯葉?こんな壕の深い所に?
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うおう!なんか開いてる!
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これは横ではなく、真上に伸びた縦坑である、凄い物見つけた!
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やっぱり、同じ所に何度でもが基本である、満足したので次に行く
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しかし、ほんとに良く営業許可が下りたもんだ
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壕を出て、未捜索地点に向かう
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前回は気が付かなかったが、水仙があちこちに花を咲かせている
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天皇陛下もご満悦だ
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問題の壕口に到着
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壕としては貫通しているが、ズリ出しをしていない、崩落にしては天井が綺麗だ
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メンバーが何かを見ている
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何やら危なげな物が埋まっている様だ
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奥の貫通部、外は真っ暗でどこだか判らん
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何とか外に這い出した
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近くに飼育ゴヤがある、昼間来た時に見たことがある
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メンバーが誰も出てこないので、再び壕に戻る
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瓦礫で半没しているが、未見だったので満足した
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この後は、廃墟探索をした
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この辺も前回来ていない
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冷蔵庫
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ポンプ室
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近くに有った、再開発時の温泉試掘井戸
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コックを動かすと、水が出た
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外灯の消えた道を歩く
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プールにやって来た
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前回は、こっちには行かなかったので、覗いてきた
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目を洗うところなのだが、鉄骨が頭の高さにある、ぶつかったら痛かった構造
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いい具合に廃なのだが、今回の目的は違う
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夜中の海は吸い込まれそうで、気持ちがいい
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そして、再び魔窟へ来てしまった、今回のチャレンジャーは、とのさん
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ホテルは4階まであった様だ、非常階段は1階までの・・・の部分
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2階手前で戻って来た、やっぱり魔窟だ
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早々に撤収する
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その後上部でエレベーターを探すも不明
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中洲が邪魔なめちゃ滑る滑り台、メンバーの一人が滑って転んだ
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謎のトーチカ
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夜の探索は続く、夜になるとそこら中でガサゴソ音がする、きらりと光る目が二つ
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最終兵器キョンだ!そこら中にいる、やばい囲まれた!
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近場の近代構造物に逃げる
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長作トンネル、何故か園内に名前があるトンネルはこの1本のみ
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何かのシートに、大根の葉っぱみたいなオブジェが生えている
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最後の地下壕に戻って来た、水槽の壕の反対側だ
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この上を見ていない事に気が付いた(下は見た)、ここにも木の葉が
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崩落だらけの穴に入ると
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また天井に穴がある
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地上から電源ケーブルを引いている様だ
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この辺の往時の写真を見てみたいモノだ、ググってもフラミンゴばかりだ
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さて、目的の壕は見れたので、撤収する(気が付けば3時間が経っていた)
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足元に何かを感じさせる当時のお土産袋が落ちていた
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次へ向かう(現在午前2時)

「廃墟」 行川アイランド 後編

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山を下りて、下界にやって来た
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いきなり12.7CM高角砲座サイズの遺構が現れる
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防火用水と兵舎跡が見えて来た
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山頂には対空レーダーが有るが、左側が欠損している
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きっと弾薬庫を防備する為の、レーダー連動の高角砲が据えられていたのだろう
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冗談は去ておき、プールによる
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砲具庫(物置)がある
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特に面白みはない
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海に向かうとスリップがある
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海に向かう艇路が良くわかる、弾薬の運搬はやっぱり海路だろう
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Googleで上から見えるように、床面にペイントする人は居ないんだろうか?
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建物内は殺風景だ、ぜんぜんコンクリート萌を感じない、70~100年経たないと・・・・
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昔はここから泳ぐ子供を見ている親もいたのだろう
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とても人が通るには難しい斜路、何のために?
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謎のデットスペース
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管理室、黒電話が懐かしい
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夜間用のガストーチ、そう、ここには宿泊客用のホテルもあったのだ
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壁に残る、配電盤
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屋上に登った
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ここから飛び込む人も居たのだろうか?
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さっきのとんでもない斜路の上部、流石に柵がしてある
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擁壁の山肌に穴が2つ
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左が交通壕、右が魔窟
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左から入る、ただの1本抗だ
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入口辺りのトンネルと同じ、間接照明
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ル通路の看板がある出口
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表からはホテル部分が読める
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ホテル解体跡
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土止めにか、ここの施設跡は後ろ壁だけが残っている
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変な注意書きがある
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愛の小道と書いてある様だが、一人で来てる自分には関係無い
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一旦元の入口に戻る
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そして魔窟に入ってしまった
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クレーンゲームが通路を塞いでいる
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景品はなんだったんだろう?開けてみなかった(このアームでこのカプセルは無理じゃないか?)
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昔のフェリーの時刻表(昔あったなぁ~)
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壁材が剥がれて釘が出ている、踏むと貫通して痛い
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フラミンゴショーとあじさい
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顔から飛び出した眼球みたいな電灯
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モンキーハウス
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通路は右に曲がりながらまだ続く
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ロリキートガーデン
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トロピカルバードセンター
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フラミンゴショー、多分最初に見た山のひな壇だろう(1羽50万円らしいから、ん千万円のショーだ)
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終着地点、当時貫通していたのか不明だが、EVホールになっている
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隙間から見ると、見たくない物が見える
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何故か頭上に縦坑がある
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そしてうっかり魔窟の扉をくぐってしまった
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何の変哲も無い非常階段に見えたので、昇ってみた、上から出ようと思ったのだ
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最初の折り返し地点、まだ振り返る余裕がありました、この頃は
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ふと見上げると、すごい登りにくい事になっている
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2階踊り場に到着
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よし、脱出っと思ったら
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どーなってるんだ?出れないぞ
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出口って書いてあるのに!
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仕方なく上を目指す
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3階部分に到着するも、階段ごと落ちて来ている、ここで心霊現象を初めて体験した、どうしようと思案していたら、頭上でゴトンと音がし肩に何かが触れた激痛がしたので上を見た、そこには空中に浮かんだコンクリート片がゆっくりとこっちに向かってくるのが見えたが、現実感が無かった、えって感じだけだった。
咄嗟に避けながら手で払ったが、すごい痛くて現実だった。
なんにもしてないのに、頭上から石が降ってくるなんてっと思ったが、ここは旧軍弾薬庫跡だと思い出しぞっとする
下の方から落ちていくガレキの音を聞きながら、心霊現象って怖いと思った!
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慌てて階段を下まで駆け下りましたとさ
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もう二度とこの魔窟に来ることは無いだろう
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生きて出る事ができた、よかった、うん日頃の行いだろう
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手を合わせつつ退去する
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上にも何か立っていた跡がある
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エレベーターの穴ってどの辺に空いてるんだろう?見つからなかった
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さぁ、そろそろこの辺は見終わったようだ
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上に移動して行くと、ひな壇式の公園?がある
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奥に石垣が見えたが、ただのトイレだった
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しばらく歩くと、石垣の切れ間がある
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登ってみると、建物の基礎があるが、近代の物だ
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所々に罠がある、前に述べたが園内で飼育していた「最終兵器キョン」が逃亡、野性化し近隣に被害を及ぼしたのだ
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随分立派なトンネルが現れた
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肝心な所が読めないトンネル(長作トンネルと判明)
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真ん中部分は吹付けの素掘り
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かなり経費をケチっているトンネルを抜けると
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広大な広場に出た
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広場の先に、半没の壕口が待っている
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早速土砂を乗り越えると
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何処かで見たような模様が・・・
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水族館の正規出入り口のようだ
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ここで食事?
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階下ってここ?
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先にもう一部屋ある
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何か落ちている
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ここでフラミンゴを飼っていたのか?
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先に進む
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ブロックで塞がれている、旧軍弾薬庫部分
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懸垂で登ると、最初の水族館の反対側に出たようだ
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元に戻って来たようなので、撤収する
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帰り道、藪の中に何かある
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ロッジだろうか
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中は焼けている
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下駄箱、懐中電灯2本、スリッパ2組
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ここで何があったのだろう
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普通の洒落たロッジに見えるのに
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上の方だけ、煤けてる
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上の方は焼け落ちている
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二階の二人部屋
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一人部屋、ペンションだったのだろうか?
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酒と大量の軍手が散乱する
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ベットを2つくっつけてダブルにしている、プーさんが住んでいたんだろう
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焼け焦げ、床が落ちている
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浴室まで有り、普通に生活できる
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1998年11月までは人が居たのだろう(閉園は2001年8月)
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入口横にはトイレが隠れていた
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ボヤを起こしてから、放置されていたのだろう
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行川アイランドを後に、次の探索に向かうのであった

「廃墟」 行川アイランド 前編

以前、戦争遺跡としての「行川アイランド」を紹介したが、写真が余っているので廃墟項目で挙げてみる
戦跡で揚げた部分は極力抑えながら適当に貼っていく
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もはや駅員さえいない、行川アイランド駅前にそのレジャーランド廃墟はある
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レッドカーペットの階段を上がる
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係員の消えた入場券売り場、ショーの予定も何もない
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年間数万人の入場者を迎えた、入場・ゲート
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山に囲まれた園内に入るには、トンネルしか通常ルートは無い
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控えめな、行川アイランドの文字を冠するゲートは固く閉じられている
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ここに入ると、両側から鳥に攻撃されるそうだ
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危ないので山に逃げる
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産廃と共に、子供電車も捨てられている
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大人自動車も捨てられている
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山を登って行く
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不意に現れる怪しい穴
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旧軍通路改造、連絡通路を抜けていく
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新たに付けられたトンネル内照明、ブラインドの蓋の付いた間接照明だったが、蓋は失われている
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反対側に出た
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広い空間に出たが、足元が泥濘む
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良く見ると、侵入防止かネットに囲まれている
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侵入者対策に、捕獲罠も仕掛けられている
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地球外生物が威嚇してくる
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危険なので、仕方なく次のトンネルに逃げ込む
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トンネルは途中で、吹付けの素掘りに変わる
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配線だけ残る照明
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電球も残る照明
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ブラインドの蓋も残る照明、奥に行くほど状態がいい?
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夏はやっぱり花火だなDSC05091_R_20150120225718b1b.jpg
石垣の切通しを抜ける
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そこはジャングル
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草をかき分け、迂闊に進むと崖だった、眺めはヨシ
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壁面に残るアート
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石垣のある遊歩道が見えた
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良く見るとひな壇にベンチがある
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多分ステージだろう
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ステージから見るひな壇、もはや山と同化していて、判らない
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枠にあるコンクリート施設跡
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プロパンがあるので、焼きそばなどのフードコートがステージ周りにあったのだろうが
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いまは、後ろ側の壁しか残ってない
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日本庭園があったらしいが、これだろうか?
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後ろに黒塗りの、ブロックでポンプ小屋らしいのが見える
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朽ちた外灯が横たわっている
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割と広い空間に出た
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イベントステージだろうか
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横には藤棚と
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穴?
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これが本来の目的の旧軍弾薬庫跡
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扉の向こうは、派手に崩落している
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水族館だ、なんで吹付けもしてない部分をっと思ったが、吹き付けていたコンクリごと落ちたのか?
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水槽の上部の配水弁
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どんな鯨が泳いでたんだろう
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岩盤に埋め込まれた、ブレーカーボックス、配管はどうなっているんだろう?
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小森さん
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一旦壕を出る
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頭の上には聖火台があった
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タイル張りの施設後
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壕に戻り、分岐を別方向に進む
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足場は悪いが足元照明があるので、安心だ
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壕内にはすいがら入れ完備
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水族館裏側施設
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200ボルト電源が傾いている、まるでここの経営のようだ
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パイプの柵がある広場がある、こんな所でほんとに営業許可下りたんだ
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2つある出口の奥側に向かう
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フライポテトの調理器、壕内で販売してたのだろうか?
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消火器の墓場、消火器ってモノにより古くなると爆発するんだとか
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脱出口
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壕を出ると、道を挟んで門の様な物がある
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振り返ると、もう一つの出口が見える
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海に向かう道がある
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下に道と公園の様な物が見えるが、結構下る
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立派な階段とひん曲がった手すりの下りを行く
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下は車道になっている
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池なのだろう、オムライス作るカップみたいな飛島

次回、僅かに残る地上構造物に侵入し、後悔する事になる

西浦砲台近くの謎遺構 後半

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第二砲座、第三砲座間の砲測庫へ入る
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頭上注意
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亀裂の走る砲測庫入口
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通路床面も盛大に隆起している
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構造は大体一緒だ
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手前の砲測庫
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奥側の砲測庫、壁面に四角い小型の穴はない
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第三砲座に向かう
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近代コンクリートを抜けると、ジャングルだった
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砲座は見事に水没、ここの水は枯れる事がない、いつ来てもある



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第二砲座側の横檣、上から大木が落ちて来ている
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木を乗り越えると、そこには穴が
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落ちたら助からない、相当深い
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この木は上の石垣を根に抱えたまま、落ちて来ている
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第三、第四砲座間の砲測庫に向かう
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ここは以外に綺麗だ
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床の隆起は少ないが、泥で滑る
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内部構造は、もちろん一緒
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比較的被害が少ない方だろう
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奥に行くと土砂が流入
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かなり土砂が蓄積している
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仕方ないので、第三砲座に戻る
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第三砲座側の横檣を回り込む
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かなり自然に戻っている、ラピュタ?
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二つ目の小隊長壕
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砲座2つの間に小隊長壕1つずつある、形状は一緒
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ひな壇の上に立っている、ついそこに立ってみたくなる
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最後の第4砲座に回り込む
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昔の横置き型ドラム缶が転がっている
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さっき出にくいので、スルーして戻った砲測庫出入り口
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その左側の最後の砲測庫に向かう
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ここも土砂の流入が激しい、銃眼近くまで埋まっている
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見た目もっともヒビの少ない砲測庫、一部屋しかないのでねじれ応力が少なかったのだろう
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しかし、通路後半から庫内にかけて、水没していてここまで入って来る人はいない
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さて、這いずって、出るとしよう



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これが第4砲座、ただのジャングルだ
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そしてまた、別の穴がある!迂闊に歩く事無かれ・・・・
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第4砲座、最後の横檣を回り込むと、砲台としては終わりだ
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少し上には構築物の痕跡が伺える
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山狩りの始まりだ!(と言っても既に前にもやっている)
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新たな標柱を発見した
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防二八
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前回見つけた防二九と連番だ
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ついでに前回見つけた、号令台もしくは掲揚台と思われる物
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1本だけコンクリートでなく、安山岩の石柱を新たに見つけた(陸の字がある)
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防二?、1時間ほどの山狩りで新たに見つけたのは、これぐらいだが満足だ!
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ぐるっと回って、指揮所に向かう
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こっちの石垣は風化が少ない
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この辺だけ見ると、キレイに残っているが
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回ってみると、割れている
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計算室もしくは通信室、左奥の壁面に伝声管が小さく開いている
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計算室左に、階段がある
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階段を上がると、砲台長位置がある
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計算室に繋がる伝声管
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細いので、詰まってしまっている
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分厚いコンクリートだが、実はまるごと傾いているのだ、登ってみると判る
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さぁ、たっぷりと久しぶりの西浦砲台を楽しんだ!
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あとは薮をこいで帰るだけ

西浦砲台近くの謎遺構

ゅんのすけ様から、また新たな遺構の情報を貰った、「湘南国際村」の裏山に謎のコンクリートが鎮座していると
ピンポイント座標を頂いたので、早速マップと照らし合わせると西浦砲台のとなりの山辺りとわかった
他の探索と絡めて訪問となるが、この日は水道山から始まり、衣笠山、そして西浦砲台と3つ目の山登りだ
更にこの日は衣笠霊園の裏山にも登る事になってしまったが、それはまたいずれ紹介する
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砂利砂だらけの駐車場に車を停める
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最初の内は奥に畑があるので、立派に車道の体をなしている
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だんだん先細って行く
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不意に、アスファルト、タイル、コの字型の洒落たブロック(左右にある)が出てくる
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次に出てくるのは、NTTのアンテナ
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その先に巨大なタブノキがある、その太い枝の下に
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添え木があるのだが浮いている、2cmほど木が成長したようだ
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その樹にはこんな罠がくくってある、実際台湾リスはかなりこの辺の山には多い、良く見かける
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問題の物件だが、軽い斜面にひな壇状にある1.5m弱四方の物である、反対側には段が無いのでこっちを外側にした支柱台座に見える、しかし付近に同型の台座は見られないし、タブノキは更に昔からこの位置にあるだろう事から単独構造物である、破壊は開発時と金属ドロによるものだろう
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金属パーツが付いていた痕跡はある
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付近には貯水槽もある、砲台系で見かけるそれだ、小規模な発電施設があったのか?もちろん便所の可能性もある
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約1.5mほどの半地下水槽、これらは探照灯台座とも形状が違うし、観測所とも違うようだ謎だ
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山頂部はこのように開けており施設を作るにはうってつけであるが、兵舎等の基礎は認められない
ドコモアンテナがあるように、通信目的だろうか?西浦砲台自体も未成砲台で地盤不良が指摘され、更に大正12年の関東大震災で被害を受け放棄、復旧はされていない途中放棄の砲台だ、附属施設など正にそれ以下だろう
ちなみに備砲はされなかったが、長榴弾砲が予定されていたので、砲台はここの山頂よりも低い位置にある
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この辺も別荘開発などが頓挫した開発廃墟なのだろう、ロータリーになっている
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下山してとなりの山に移動する、ここまで来たら西浦砲台だ!
一応断っておくが、西浦砲台が近くにあるからの、仮定の想像であって民間の漬物のオケと蓋の重しのコンクリートバージョンかも知れない。
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山を山頂まで歩いて登る、道は有るが狭くて駐車出来ない
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山頂に着いたら、今度は斜面を藪こぎしながらひたすら降りる、これは開けた降り口で薮は空すら見えない濃度
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100mも降りない内に砲台に到着、場所を知らない人にはお勧め出来ない、ほんとに遭難する
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これは第一砲座と第二砲座間の横檣部(第一砲座は大雨で土砂により工事中に埋没)
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第一第二砲座前には前檣があり、その上に小隊長壕がある、これは前檣外縁
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外縁を回り込んでいく
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その上にある第一第二砲台用小隊長壕、割と大きい
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そして分厚い、ビデオカメラは4cm
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砲台は自然に帰ろうとしている
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美しいアーチを描く、第二砲台横檣
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ここに罠がある、土で埋まっているが穴がある、踏むと沈むので踏み抜いたら落ちそうだ、他の場所にもある
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第一第二砲座間の砲側庫
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上の石垣が庇状にせり出している、落ちるのも時間の問題か?
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少し埋まっている砲側庫入口
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各入口部には銃眼が備えてある洲崎第二砲台に似ている
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洲崎第二砲台の銃眼
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砲側庫通路、分厚い総コンクリート製
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関東大震災で隆起した床
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各砲側庫への入口は中央にある、外敵への考慮
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第二砲台側砲側庫
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亀裂を見ると、表面はツルッとしているが、中のコンクリートはかなり粗雑だし、鉄筋も見えない
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庫内の床も隆起し、壁にも亀裂が走る
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入口上部に木製の鴨居を取り付けるボルトが残っている
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壁にある謎の穴、棚でも付けていたのだろうか、一部の砲側庫のみ開いている
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砲側庫奥の銃眼
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外部入口からの敵の侵入を迎撃する
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壁の点々は、ゲジとカマドウマ、たいていはどっちかしか居ないのだが、ここは共存している
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第一砲台側の砲側庫
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ひび割れているが、隆起は少ない
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銃眼部、金属の蓋でも憑いていたのか、ほじくった跡がある
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砲側庫は左右対象に2つ並ぶのがここの基本型
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第一砲台側出入り口
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見事に土砂で埋もれている
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後ろには、用をなさなくなった銃眼が睨んでいる
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第二砲台方向を見る
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出入り口の兆番を盗まれた跡、扉がついていたのだ
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これが一応第二砲座なのだが、まったく判らん
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横檣の側壁が無ければ、ただの藪
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藪に埋もれて第二第三間の砲側庫が開口している



以前の記事

西浦砲台(未完成)

西浦砲台左翼観測所

まるっきり同じ事、記事にするなとか言われそう・・・・

光心寺比叡鎮魂碑、衣笠山(衣笠神社)

地元にあっても、結構気が付かない戦跡も多いと痛感するこの頃だ・・・
今回も出処不詳の情報からの捜索だ、まさか衣笠駅付近にこんなのがあるとは知らなかった
まぁ、派手な地下壕や砲台が多いこの界隈、直接の遺構ではないこれらに目が行かなかったのだ
しかし、知ったからには行かねばならない、西浦砲台に行く途中に立ち寄って行く事にした
まずは衣笠駅から歩いて5分程度の光心寺には、第三次ソロモン海戦で戦没した戦艦「比叡」乗員の為に建立された軍艦比叡鎮魂碑と軍艦戦没者供養搭がある、他に小室千代太郎招魂之碑(明治期の比叡乗員)もある、地下壕もちょっとある
なぜここに比叡の鎮魂碑かといえば、金剛型2番艦の比叡は、金剛をベースに横須賀海軍工廠で造られたからだ

艦内神社はここではなく(寺だし)、滋賀県大津市の日吉大社である
昭和五年の軍縮会議の結果、練習戦艦となり大元帥の御召艦として観艦式などに使われるが、昭和十五年初めに近代化改装により最新鋭の高速戦艦として、第一線に復帰した。
第一航空艦隊の支援部隊として「ハワイ」「印度洋」「ミッドウェー」等の海戦に参加したが、第三次ソロモン海戦において、
敵弾が舵取機に命中し航行不能に陥った、翌早朝から敵機の反復攻撃を受けよく奮戦したが、日没におよび阿部司令官の命により乗員を駆逐艦に移乗し、自ら「キングストンバルブ」を開いたが尚沈まず、最後に駆逐艦・雪風の雷撃で止どめの一撃を加え、やっと沈没に至った。
第二次世界大戦の日本海軍における戦艦喪失の第一号である。
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光心寺、手前に参拝者専用駐車場がある
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お地蔵様
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ぬこ様
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奥の忠魂祠堂に向かう
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向かって左側に軍艦比叡鎮魂碑と軍艦戦没者供養搭、五輪塔が並んでいる
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戦没者名だがほぼ読めない
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一応貼るが、読めないだろう比叡略歴
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五輪塔側面
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五輪塔裏面
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お供え、わかってる奴が居る
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碑とお堂の間に、なにか見える
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穴発見!
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入ってすぐに右に折れている
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左は狭い空間で終わり
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瓦礫で埋め尽くされた通路の先に、空間が見えるが、行けない
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小室千代太郎招魂之碑、の奥
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先の地下壕のもう一つの入口、何故こっちだけコンクリート封鎖?入口も綺麗な四角だし、実は結構な地下壕がこの裏側に広がっていたりして、なんて想像をしたくなる
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割と新しめのお堂に見えるので、戦中は何か軍施設がここにあったのかも知れない、単なる貯蔵壕かも?
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裏側には見るからに、古そうな建物が残っていた、取り敢えず見る物は見たので撤収するが
疑問がこの時あった!
明治17年7月24日に廣島港殉職した軍艦比叡の乗組員小室千代太郎氏(茨城県出身)の招魂碑で乗組員有志が建立したとあるが、比叡の竣工・引渡は1914年(大正3年)8月4日である。
なんて思いながら、後で考えたらなんの事はない、初代「比叡」装甲コルベット(金剛型)だった
初代「金剛」は1878年(明治11年)1月に英ハル・アール社で竣工、「比叡」も同年2月に英ミルフォード・ヘブン社で竣工し、2艦とも5月に日本に到着している、1911年(明治44年)除籍。
現在ここには三世代の金剛型が揃っている(ペットボトル含み)ってことだ

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すれ違いの出来ない細っこい道を登って行くと衣笠神社がある
衣笠神社は「軽巡衣笠」の艦内神社と言われているが、諸説ある(巡洋艦は山川の名を冠する)
横須賀の衣笠神社と走水神社、果ては京都の平野神社(近くに衣笠山がある)などの候補があるようだ
アジ歴などで見ても複雑でわからん、結局の所複数の神社を合祀したようだ、走水神社と平野神社を基本に
衣笠城ゆかりの三浦大介義明公の像が載せられていたらしい。
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一応10台ぐらい停められる駐車場がある
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由緒
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本殿
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本殿右側の、明治二十七、八年日清戦役戦勝紀念砲弾、以下不明
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砲弾の跡だけはあるのだが、金属供出だろうか?
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明治三五年建立
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左側にもあるのだが、傷みが激しく上部の砲弾跡だけしか判別できない
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結局、軽巡衣笠関連は、何も見つからなかった
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林の向こうに何か見える
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かなり高い、10mぐらい有りそうだ
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西田明則君之碑
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要するに、陸軍西田工兵大尉の東京湾海堡建設に貢献した偉業を称えるもの
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何故東京湾海堡が土木遺産にならないか、不思議だ
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ペンギン
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トンボ
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ウマ、カエル・・・なんだこのオブジェは?そこらじゅうにある
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開けた所に出た
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やたらに石碑が多い
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忠犬ハチ公は1934年(昭和9年)に生存中に銅像を作られている、忠犬ブーム?
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慰霊碑の様だが・・・
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百選
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石柱の生えてる階段を登ると日露戦争の戦没者慰霊のための砲身型の大きな記念塔(忠魂碑)が建っていた
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撤去され、残った台座の傍らに何かの牌がある
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三浦郡奨兵義會として會長ほか二十名の氏名が刻まれているらしい。
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登ると観音堂がある
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「三浦半島出身戰歿者諸英霊位」と記された位牌銘にあるようだ
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景色を眺めつつ、山を登る
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上の方に無骨なものが、見えて来た
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いつの間にか、133mまで登ってきたようだ
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鉄骨とコンクリートの展望台
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早速登る
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遠方に富士山が見えた
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木に繋がれている、猪のオブジェ
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謎は溶けた
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斜面に埋もれかけの碑がある
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満期紀念
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横鎮の文字がある、横須賀鎮守府で兵役満期を迎えたものか?
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最後に1本石柱を見つけたが、何も書いてなかった

逸見水道山、水道施設まとめ

予てより数回取り上げている「逸見水道山」であるが、KURO様より頂いた情報をやっと確認出来たので、まとめとしたい
何回かは現地に赴てはいたのだが、民間の作業場となっているのと、季節的に藪化していたので遅くなっていた
過去の調査記録と共に、今回の調査をここにまとめたい

水道施設と言えば地味だが、最重要軍事施設である、まず水がなければ人は生きられない事に始まり
工場用水として遥かな水源地から延々と水道道を引いてくる、国家事業として位置づけられている
水がなければ戦争どころか、死滅の道しかない!ある意味原油よりも重要である。

物騒な事を言えば、戦車一両で数10人まとめて倒せるかも知れないが、水は一人が毒を入れるだけで数千、数万の人に被害を及ぼす事が出来る、大量殺戮兵器にもなりうる、しかも、タダ同然の費用でだ。
当時中国軍は撤退時に村々の穀物家屋を焼くのは当然とし、井戸や川に毒物を流し込み、日本軍に罠を仕掛けながら奥地に下がっていった、立派に兵器として、使用されているのだ。

逸見浄水所は半原水源地(統取水停止中)に属するが、入れる機会が中々無い難物だ
もっぱら外部だけの探索しか出来ないでいた所に、KURO様より情報が入った
詳しくは、最後に貼る以前のレポートを見て欲しい、簡単に4丁目手前から進めて行く
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4丁目降り口にある、擁壁の狭間のコンクリート遺構
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左側壁面に幾つかの小壕の痕跡を認む
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横須賀市の票柱
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裏側は水道部
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右側にそれらしい壕を発見するも、何やら情報と符合しない
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再度日を改めて行って来た、谷戸の畑にあった様だ
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しかし、残念な事にデータがH、Dの中にダイブしてしまった様で見当たらない
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仕方なく、KURO様に送った結果報告メールに添付した物を掘り起こした
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時は6月中頃だったと思う、緑がすごい
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全体的に5m程度のものが左右に6本ぐらい散り散りにあった
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掘削中の物もあり、実用には達しなかったと思われる

ここからが今回の部分になる
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谷戸最深部に行く
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左手には台座状のコンクリート
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右側面には崩れた壕口
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これが問題の水道部遺構
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使われなくなって久しいのか、枯葉が詰まっている
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上に登ってみる
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急角度で水路は上に続いている
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途中に掘られた跡が付いているが、浅いもの
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上部付近は、蓋がされている
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最上部の集積槽
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では、上に行こう
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上には現行のポンプ小屋がある
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手前には制御弁などがある
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見たようなのが立っている
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ここにも水道部の標柱がある
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奥に行くと、小径が続いている
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道の両脇に標柱が並ぶ
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ここも表は横須賀、裏水道部
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票柱街道を進むと、素敵な物が見えて来た
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ちょっと低めのコンクリート水道通路
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流石にこれ以上入れないかな
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内部は30mほどコンクリート巻で、その先は素掘りとなっていた
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ちょっと上にはこんな感じで標柱が並んでいた、近くにも数本転がっていた
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探索終了、下山する
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壕口周りには、廃木が増えている気がした

これにてこのブロックの探索を終了する、先を登ればまだあるかも知れないが、水道施設はまずいだろう
また、新たな情報があったら行ってみたい。

当日はこの後衣笠や西浦にも情報を頂いた所に行って来たが、順繰りに紹介して行く


過去調査記録
逸見水道山、水道施設

逸見水道山、水道施設 追加捜索

浅川地下壕 イ地区再訪 その2

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トロッコ軌条に沿って奥へ進む
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あっとゆう間に軌条は消える
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掘りかけ通路で、整形もへったくれも無い
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まともに歩く事も困難になってくる
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もはや立つ事も困難、ってか無理
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やっぱりこうゆう困難な通路の方が達成感があって、やりがいがある
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しかし終息はある、残念だが引き返す
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壁にはランタンを引っ掛けていた釘が残っている
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広い通路に戻ってきた、何だか味気ない
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特徴のある、お楽しみゾーンに向かう
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広い通路を適当に飛ばして行く
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この辺の通路はコンクリート製、工場稼働部分かマッシュルームかは不明
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狭いところに潜り込むと
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水没ゾーンに突入
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驚くほど澄んでいる地下水
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ちょっとだけ崩れているが、四角く整形されている
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ここからまた、狭くなる
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再び水没だが、気にしないでザブザブ行く
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何か見えて来た、水深は膝ぐらい
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浅川名物「赤門」、結構あちこちにある
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水没区は楽しいが
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湿度の高さが難点だ
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手持ち露光はぶれるから好きじゃない
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水面下を良く見ると、ロ地区で見たコンクリートで埋めた丸太がイ地区にもあった
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緊急脱出口、1ヶ所埋まってしまったので、開口部は2ヶ所になってしまった
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別の通路に行く
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次のシュタインズ・ゲート
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海軍食器が落ちてたりする、埋まっていたのを掘り起こして置いておいた、探索者の観賞用なので持ち出し厳禁!
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この辺は割と天井が低い
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この通路を抜けると
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広い通路に巨大なマッシュルーム用保存庫?がそそり立つ
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ちょっと先には進みたく無いので、鵜飼いする
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ちなみに、床はコンクリート
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SUPER真志壕、健在だった
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そして最終地点、公式見学路最深部の裏側に到達
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水没区をもう少し楽しむ
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何故か1本だけ残る天井部の支保
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さぁ、帰るとするか
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壕内温度は6度、外より暖かい(8月に来ても8度だった)
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戦時中の機械台座
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このブロックには幾つかあるが、同じ機械が並んでいたのか、台座も同じ形
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さぁ、這い出すか!




浅川地下壕 イ地区再訪 その1

ロ地区探索が早く終わってしまったので、引き続きイ地区に移動した。
以前紹介しているので、壕口への経路等は省略する、とにかく下山後新たな山の中に入って行く
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イ地区の山も相変わらず、適度に荒れている
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地面も凍る、霜柱は2cm級
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流れる沢も凍りついているのに、本人はうっすら汗をかいている
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1年半ぶりに訪れたら、なんと壕口が崩れてしまっていた、ただでさえ狭かったのにこれじゃ入れん・・・・
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仕方ないので、現在崩落中の緊急脱出用壕口に向かう
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亀裂と言っていい隙間から滑り込む
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壕内はクリア
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と思ったら途端に真っ白、壕内が暖かいのだ
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しばしレンズが慣れるのを待つ
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部分的にはかなり崩落していて、このように2mほど高低差が出来ている
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湿度が高く、しばらくフラッシュが焚けない
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結構見かけるけどメーカー不明のロゴマーク
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マッシュルーム栽培時代の金網
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戦後利用されていた部分は、路面もきれいだ
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通路を埋め尽くす、マッシュルームの苗床
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この辺の通路は車も通れる広さがあるが
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奥に進むにつれ、狭くなる
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当時業者の出入り口だろうが、開かない
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1989年10がつ30日(月)攻略、この頃は爆薬発見前なので、封鎖されていなかったのだろう
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壕内にこれだけ高圧電線が張り巡らされると、面白味が薄れる
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果ては交通標識まで出てくる
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鉄柵で覆われた部屋
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マッシュルーム保管庫?棚の上の人物写真が不気味さを駆り立てる
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部分的に天井は5m近い
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タイヤの轍にそって進む
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人型決戦兵器は健在だ
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某ブログによると、今年は「第3新東京市に第一使徒が来襲する年ですよ!これからバンバン警戒警報が発令されて世界が混沌となり廃墟が一気に増えて人類補完計画にむけて爆進ですね(?)」らしい
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そのまま奥まで突き進む
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若干質の違うズリが盛られている上を通過
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やっと先が見えて来た
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恐らくこれが電車の窓から見える壕口だと思う
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この通路の奥は盛大に盛土されている、手前にある2ドア冷蔵庫と比較
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超えると通路は狭まるが続いている
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トロッコ軌条の残る掘削途上ゾーンに入る、個人的にはこっちの方が萌え


浅川地下壕 ロ地区 その3

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12抗3-4(本来4-4)交差点に戻る
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この辺は結構きれいに掘られている
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すぐにガレてくるけど
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中央に何かある
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何故か一升瓶が突き刺さっている
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3-3(4-3)交差点
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左側は掘削中
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右側11抗方向は、水が溜まっている
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また短い犬釘が落ちている
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ブリキのバケツに雀だろうか?
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腐食仕切った弁当箱
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南に近づくと、湿度が上がる
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3-2(4-2)交差点、13抗方面にしか通路がない
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非常に床面がキレイになる
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12抗南壕口からは、大量の土砂が流入
DSC05776_R_2015010620041633a.jpg
みっちり埋まっていた
DSC05774_R_20150106200413434.jpg
3-1(4-1)交差点
DSC05775_R.jpg
11抗に向かうが、閉塞に見える
DSC05777_R.jpg
僅かに潜れそうな隙間が見える
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なんとか抜けると11抗4-1(5-1)に出る
DSC05927_R - コピー
場所的にはここになる(崩落地点)5本目なのに4-1表示、確認
DSC05780_R_201501062011171f2.jpg
結局11抗の南壕口も埋まっていた
DSC05781_R_201501062011197e6.jpg
物凄い工事による崩落の隙間を掻い潜って11抗を進む
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天井付近の僅かな隙間を抜ける
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崩落頭頂部より先を見やる、登ったら今度は降りなければならない
DSC05785_R.jpg
当時の支保工の砕けた木材が転がる
DSC05786_R_20150106202244ad5.jpg
乗り越えると良好な空間が広がる
DSC05788_R_20150106202245fad.jpg
振り返ると、閉塞にしか見えない斜面
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11抗を進む
DSC05792_R_20150106202248ddb.jpg
若干水が溜まっている
DSC05795_R_20150106202249914.jpg
4-3(5-3)交差点
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12抗への横抗は、水浸し
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本坑を進む
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大きめの銯、30cm近い
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がれきの隙間にトロッコの枕木が顔を見せている
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何故かキリンビール大量
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11抗最後の交差点
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ちょっとだけ10抗に掘った跡がある
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11抗北側壕口
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完全に質の違う土が流入、貫通はしていたのだろう
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さぁ、最早通過できる部分は無さそうだ、引き上げる
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後は登って出るだけ、戻りながら動画を撮ってきた、写真は無い
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残存部分は少なかったが、見つけた事には満足した、壕内探索終了
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壕外探索再開!こんな高い位置に地下工場作る気が知れない
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13抗の南壕口を確認
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引き続き倒木を乗り越え、探索をする
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恐らく潰れた壕口
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この陥没地点も壕口だろう
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もうこれ以上先は初沢町三和団地だ、山の斜面は擁壁されている、山狩り終了
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下山、初詣客の中、泥だらけの軍服をまとった男は奇怪に見えただろう

問題は北側で見た壕口、今回の北側は埋没していた様に思えたが、見落としか?もしくは10抗以前の壕口か?




浅川地下壕 ロ地区 その2

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15抗1-4から横抗を通り、14抗に向かう、見えているのは15抗南壕口
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異様に丸っこい横抗をくぐる、高さは十分立って歩ける
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2-4交差点に到着
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見にくいが、床面にも何か書いてある様だ4かと思ったが違うようだ
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14抗北側壕口
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一見埋まっている様に見えるが、近寄ると
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やっぱり埋まっていた、しかも開口していたような感じではない、未通の様だ
DSC05706_R_20150104194148d0d.jpg
14抗南へと進む
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足元に原型を止めない缶が散らばっている
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ビロードの薬瓶も転がっている、1つ持って帰ってメーカーを調べてみる
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結果、7x3.5cm何処にでもある信号弾の薬莢と比べてみる
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○にAの文字が確認できたが、これだけでは判らなかった
DSC05707_R_201501041958061cb.jpg
なんか蹴っ飛ばした、文鎮のようだ
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戦後のゴミが散らばっている
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古いガラスのメモリのある薬瓶だが、これでは戦後かも知れない
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次の交差点
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ブレてしまったが、レールの犬釘が落ちている、短いもので10cmも無い
DSC05712_R_20150104201000dcf.jpg
2-3交差点到着、2-3,4交差点には13抗に向かう横抗は無い
DSC05713_R_201501042010025a0.jpg
2-3交差点から1-3方向を見ると、また真ん中辺に丸太を埋めた跡がある
DSC05714_R_2015010420100331e.jpg
14抗南壕口を見る
DSC05718_R_20150104203459eb8.jpg
2-2交差点到着(これは北に振り返って番号を写している)
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横抗を13抗に移動する唯一の横抗
DSC05720_R_20150104203502441.jpg
この交差点を境に湿度が急上昇する
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ストロボを使わなくてもこんな感じ
DSC05722_R_20150104205622200.jpg
13抗に移動して、面白い事に気が付いた、これは立ち射ちの姿勢
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これは膝撃ちの姿勢
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これは寝撃ちの姿勢、見事に空気の層が分かれている
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13抗の南壕口、塞がっている様に見えるが
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僅かに外光が見える
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3-2交差点に戻る
DSC05732_R_201501042157282b5.jpg
しばらくローアングルで撮影する
DSC05734_R_20150104215730443.jpg
ふと、横を見ると地層が縦に走っている、かなり捻れて隆起しているようだ
DSC05736_R_20150104215731617.jpg
また、トロッコ軌条が見える
DSC05737_R_201501042157324de.jpg
3-3交差点なのだが、ぱっと見2-3に見える
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3-3付近は湿度が高く、ストロボが真っ白になる、ちなみに交差点だが左右共に貫通していない
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もう少しとゆう所で止まっていた
DSC05741_R_201501051955170ff.jpg
本坑に戻ると、手動ポンプ式のスプレーが落ちている
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先を見ると、半分ほどに狭まっている
DSC05744_R_20150105195520ede.jpg
かなりのズリが溜まっている
DSC05745_R_2015010520241721f.jpg
2-4だと~、やっちまったな公式調査隊、この後のナンバーは宛にならない
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本来3-4交差点は左と北壕口方向のみ掘られている
DSC05747_R_20150105202419095.jpg
一段と狭くなった、北壕口へ潜り込む
DSC05748_R_2015010520242110e.jpg
10m程で終息
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ふと見ると、ちょっと触ると落ちそうな天井だな~なんて思ってしまう
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横抗をくぐり、12抗へ向かう
DSC05752_R.jpg
抜けると案の定3-4のマーク、いい加減なものだ、恐らく測量調査はしていないのだろう
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12抗北壕口
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埋没なのか、掘りかけなのか微妙だ

動画を貼るが、これは最深部から戻りながらの動画で、3分割してある内14,15抗メインの部分

浅川地下壕 ロ地区 その1

しばらく前に途中経過を掲載したが、概ねの場所特定に至っていたので、確認に行って来た

浅川地下壕とは本来中島飛行機武蔵野工場の疎開工場として計画された物ではなく、武器や軍需品の備蓄倉庫、「浅川倉庫工事」「ア工事」として1944年9月から買収開始、11月から工事が着工される。
余談だが松代大本営は「マ工事」と言われ、加藤幸夫建技少佐が双方共兼任で責任者となっている。
陸軍倉庫として工事をしていた途中の1944年12月、中島飛行機武蔵野工場の空襲が行われ、急遽分散疎開の一部としての使用が決まった。
工場を受け入れるためには、当初の(イ地区6本のみ)計画では足らず、イ地区に3本追加、ロ、ハ地区にも急遽地下壕を追加掘削する事になったのだが、終戦までには間に合わ無かった。(イ地区の一部のみ稼働)
一応だが補足しておくと、もちろんこの壕内でエンジンを完成させていた訳ではなく、壕内ではあくまで部品を作っていた
各地で作られた部品をこの地に集めて、屋外の組立工場で完成させたのである。
よってこの地で作っている部品は、もっとたくさん出来ていても、他の疎開工場から部品が届かず、結果として10台程度のエンジンしか完成しなかったのである。

前回は北側を中心にアプローチした、そこで見つけた壕口の反対側、南斜面の前後100m程度が今回の山狩りポイントとなる、南側の方が斜面もなだらかで、金刀比羅山参道から行けるので、楽勝気分でのんびり出かけた。
攻略結果を簡単に説明する
DSC05930_R_201501021944124d2.jpg
見ての通り北より南斜面の方が、等高線が広い
DSC05927_R_20150102194411a66.jpg
残存が今回確認出来たのは(2015.1.1時点)右斜線部分(⑪~⑮まで)のみで、後は初沢町三和団地に飲み込まれている
イ地区と違い、ロハ地区は未完成で壕内の整形がなされていない、ずりも随所に残っている為、保存会では表向きロ地区は完全埋没、ハ地区は現存壕口1ヶ所(金網と南京錠で封鎖)と公表している、イ地区は見学路のみで、自分の見つけた壕口は把握していない様だ。
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08:00近くに出発するも、横浜外気温1°C
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天気もまだすっきりしない
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とにかく246~16号をひた走る
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道がガラガラで、1時間近く早く着いた、これは前回登った東登山道入口
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今回はこっちのゆるい方
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なだらかな斜面を登って行く
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昔、丸太を使って階段を設置していたのだろう、これが沢山あってコケそうになる
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今回は山頂まで登らなくて良いので、2/3ぐらいからV字に山狩りを始める
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地盤が硬い岩盤なので、根が張らず倒木が多いのが難点だ
DSC05650_R_20150102203333b6e.jpg
30分程度の山狩りで、あっさり壕口発見、これが第15抗になる(一番端っこ)
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隣には壕口ではないが、人工的に切った跡がある
DSC05652_R_201501022046503a6.jpg
そこから斜面を切った所が見える
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第14抗発見
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内部を照らすと、水没もなくいい状態だ
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下から見上げると、ちょっとだけ崩れている様だが問題ない
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右には第15抗への連絡通路、何故か横広
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正面には狭まりながら、第14抗が伸びている
DSC05661_R_20150102210434a94.jpg
端っこなのを確認する為に、15抗に向かう
DSC05662_R_20150102210436b5e.jpg
一度水没して乾いたのだろう、地面がひび割れている
DSC05663_R_20150102210437562.jpg
ありがちな小瓶が落ちている
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支保工を立てる穴に、角材が立てかけてある、若干焦げているようだ
DSC05665_R_20150102211057bfe.jpg
15抗の壕口が見える
DSC05667_R_20150102211058ce8.jpg
横広に掘られた坑道を、右に通路が無い事を確認しながら進む
DSC05669_R_20150102211100eba.jpg
最初の交差点、調査時の符号1-1
DSC05670_R_201501022111017e0.jpg
ふと見ると、床に起伏が見える
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ストロボを抑えると、トロッコ軌条が浮き上がる、その手前に丸い物が?
DSC05672_R_20150102221635188.jpg
周りはコンクリートで丸太を埋め込んである、初期工事時の支保工だろうか?
DSC05673_R_20150102221636263.jpg
奥に進むにつれ、崩落が伺える、最早軌条は見えない
DSC05674_R_20150102221638c6a.jpg
次の交差点1-2である
DSC05675_R_20150102221639c63.jpg
左を見ると、串刺し状に奥まで続いている
DSC05676_R_2015010222255448e.jpg
右を確認する事が第一なので、まっすぐ行く
DSC05677_R_20150102222555822.jpg
この辺に来ると、天井が若干低くなる
DSC05678_R_201501022225572e4.jpg
崩落は減ったが、時折新しそうなのが落ちている
DSC05679_R_201501022225584c1.jpg
また通路の真ん中にコンクリートに巻かれた丸太が顔を出す
DSC05680_R_20150102222559ffe.jpg
1-3付近で壕口を振り返る、まさに工場系直線抗
DSC05681_R_20150102230946a90.jpg
上側半分だけが、湿気を含み黒ずんでいる
DSC05682_R_20150102230947c36.jpg
奥まで来ると、天井も低くなるが、十分立って歩ける
DSC05683_R_20150102230948af0.jpg
調査時に引いたのだろうタコ糸があった、迷う為ではなく、距離を測定する為だろう(こんなトコ迷う奴はいない)
DSC05684_R_20150102230950c03.jpg
左手の通路
DSC05687_R_2015010223095159f.jpg
おっと、床にはトロッコの枕木が何故か一本だけ残っている
DSC06208_R_201501031944046aa.jpg
鋼製、木製があったそうだ
DSC05689_R_20150103191322c9d.jpg
15抗最後の交差点、右側にはもう穴は無い事を確認
DSC05688_R_201501031913219b4.jpg
公式調査時の1本目、分岐4コ目を示す記号
DSC05690_R_201501031913230e9.jpg
発破穴がそこここに開いている(削岩機で穴を空け、ダイナマイトを入れる穴)
イ地区では、TVの取材中に大量のダイナマイトが発見され、大騒ぎになった、見学コースの大げさな鉄骨はその時の撤去工事のなごりだ
DSC06209_R_20150103194405e37.jpg
絵にするとこんな感じ(保存会の冊子より)
DSC06211_R_20150103194407471.jpg
これが発見されたダイナマイト、3トンあったそうだ
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陸上自衛隊爆発物処理徽章、自衛隊の手により処理された(なぜこんな物持っているかは内緒だ)
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15抗最深部
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土砂の流入によって塞がっている

勝浦 震洋特別攻撃隊 名も無き基地隊達

前回でおおよその場所、部隊名の判っている基地は回ったのだが、時間もあるし僅かな期待をかけて海岸線を回った
そこで見つけた僅かな痕跡や、明らかに軍事地下壕であるが、民間利用されているもの等を見つけた
記録にある物を尋ねるのは容易い(意外とそうでも無いのだが)、記録や情報の無い物を見つけた時は、ある種の達成感を得るのだが、まず滅多に無い、戦後70年を経て今更見つかる方が僅少なのは当然だ。
こちらの基地だが、戦争遺跡調査研究軍「祐実総軍」様のH.Pによると、やはり第一二九震洋隊関連の様だ。
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松部魚港にやって来た
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割と大きな漁港で、住宅地も多い
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その影響で既にめぼしい壁面は擁壁されている
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唯一見つけたのが、このバス停の近くの民家裏
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明らかにそこに穴があっただろう跡を見つけた
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当てもなく勝浦湾の海岸線を流していると、不意に発見した
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車を停めると、もう1つある
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今は使って無いようだが、再利用され、壁と扉が付けられている
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震洋壕としてはコンクリート巻き部分が長く高さもある
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トラックの出入りを考慮した、弾頭庫、燃料庫の可能性もある
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目の前の会社からジロジロ見られてるので、行かなかったが同じ構造だろう
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周辺探索を始める
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目を付けた壁面を見て行く
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勝浦漁業無線局
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裏手にやはり壕がある
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コンクリートも短く低い、上等な震洋壕だ
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奥にも見えるが、封鎖されている
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まだある
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これは水槽(生簀?)に転用されている、実は防空壕には結構多いのだこの利用法は、発電設備の冷却水などだ
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埋もれているが、壕の様だ
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去り際にちょっと気になった
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これまたでっかい壕がある、どうやら補給基地的な物の様だ
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道路側をもう少し探すと
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やっぱりあった
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トンネルを抜けて登って行くと
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この海岸線を一通り巡って来たのだ
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八幡岬公園
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すごい数のテトラポットが並んでいる
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一応軽く見てみる
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社殿の裏に小さな穴が有るが、関係無さそうだ
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燈台方向を見ると、不自然な穴がいっぱい見える
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勝浦城址だそうだ
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また、トンネルを抜けて帰路に着く
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途中、景観地に寄った
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有名なのかは知らない
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急に天気が悪くなる
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夕焼けの空からの光が、幻想的だ
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ちょっといい物が見れた、ちなみに下はさっきの無線局
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休日の帰りは大渋滞
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当然アクアラインも混んではいたが、この時期にしては大した事がなかった