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大須山防空砲台

「大須山防空高角砲台」が計画されたのは昭和16年2月、当初3基の高角砲を設置する予定であったが、昭和17年7月、89式40口径12.7cm連装高角砲2基をもって竣工した。

同時に付近の山々や見通しの良い尾根を利用し、150cm探照灯や、空中聴音装置などが配置され、密林の奥にはこれらの設置跡や管理用兵舎の痕跡が今も埋もれているらしい。
今回は夏場で藪が酷く、砲座周辺しか確認できなかった
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第一術科学校を出て山を目指す
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この交差点を曲がる
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途中、防空壕があったが、生簀に転用されている
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大須山を登ると、景色が良くなる
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大須山森林公園到着
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駐車場脇に、階段があるので、上ってみる
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植物の陰に、コンクリートらしき物が散見する
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煉瓦の外壁だ
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建物の基礎の様だ
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風呂かトイレの様な、小さな区画
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兵舎跡って事になっているが、ほんとに居住区のようだ
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基礎しかないので、全体の形がさっぱり判らない
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しかも、この藪では見えている部分も、一部なのだろう
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駐車場に戻って来た、貯水槽があるらしいが、判らなかった
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道の反対側に行ってみる
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柵に沿って、藪を掻き分けて行く
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煉瓦の遺構が見えてきた
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すばらしい煉瓦の指揮所跡だ
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天井は、木製の屋根だったのだろう、既に失われている
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トイレもしくは、ろ過水槽と思われる
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内側に入っても、こんな感じでさっぱり判らなかった
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床下の通風口、綺麗にシャレている
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今度は、藪の無い時期に来て見たい
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登って行くと、石垣が見える
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判らないと思うが、砲座である(この砲台には3つ砲座がある)
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これが砲床部分の穴(中央部)
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地表から砲床まで1mほどか
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即応弾薬置き場が何となく判る
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砲座中心の穴に近寄るが、落ちそうなので止めておく
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次なる砲座は、砲座内に木が茂っていた
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でも、外周は綺麗な方だ
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砲員控え室の窪みだろう、下部は埋っている
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中央の基部の穴
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階段部は良く残っている
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砲座内は荒れていて、これ以上は足元が見えず、立ち入れなかった
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3つ目の砲座
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最も藪が深く、この辺りしか確認できなかった
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駐車場にあった看板
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これ以上の遺構を探すのは、無理と判断し、山を降りる
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戻りしな、壕を見かけた
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このバス停の前にある
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関東で言えば震洋壕に見えるが、防空壕の類なのだろう






あまりにも砲座が見えな過ぎるので、kanレポート様より、お写真をお借りしました、ありがとうございます!

西側の砲座_R
西側の砲座
東側の砲座_R
東側の砲座
南側の砲座_R
南側の砲座
冬場に来ると、この様に見えるので、自分の様に夏場には来ないようにしましょう!
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野々塚山速射砲陣地 その3

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塞がれた、小さな壕口を見つけた
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中を覗くと、激しく水没、どっしょも無いやん
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外側には銃眼の痕跡があった
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どうやって入ろうか、思案するまききさん
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空を見上げると山奥を感じさせる木々にほとんど見えない
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のだの人氏が、新たな壕口を発見したので、転げ落ちそうな斜面を急降下する
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御立派な壕口が顔を出す
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発見者には先に入る権利がある、先に入ってもらう
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では、自分も入ろう
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ゆるい下り勾配のうねった通路
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掘削自体は綺麗なものだ
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分岐路に出る
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見事に水没
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根性で進んで行く、入り口が見える
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池と化した部屋で、行き止まりとなった
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撤収する
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もこもこの小森さん
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のだの人氏はもう一つ見つけていた
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彼の後ろから付いて行く
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光の巨人は壕内に消えていった
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さて、壕口の形は先ほどの壕と似たようなものだ
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下り勾配の、ぬかるんだ通路を下って行く
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ひどい湿気と共に、水没通路が現れる
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逝ける所まで逝ってみる
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先の曲がり角も見えるが、胸の辺まで水面が来ている、ちょっと無理!
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灯り置きだけが、2つ並んでいた
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撤収する
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これ以上は無理って所まで、探索したが、今回はこれ以上見つからなかった
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みんな、掴まらないと落ちそうな斜面に、無意識に何かを掴んでいる
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後はひたすら登って行かないと帰れない
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探索を終え、下界に戻って来た
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所定の探索を終え、一息着く一同
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まきき号フルカスタム
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ついでに、近くの神社に寄って見た
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収穫無しで降りてくると、まきき氏が笑顔で出迎えて「情報がありましたと言う」
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住民の方の話では、この山にも陣地があって、入って遊んでいたそうだ
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日もくれて、これ以上の探索は無理となり、次回持越しとなる
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濃霧の中のだの人氏と共に高速を目指す
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殆んど何も見えないような濃霧の中、横浜を目指すyakumoは楽しい2時間の帰り道に着く

野々塚山速射砲陣地 その2

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一方、下方に向ったきへい氏、ねこさんチームも負けては居なかった
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速射砲陣地を発見したとの事で、早速見に行った
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斜面に掘られた、蛸壺塹壕
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この辺でも、随所に見られた
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早速入った壕内は、とても綺麗な造りをしていた
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突き当たりのT字路
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T字路右側は埋っている
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この部分は、掘りかけの様だった
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反対側に向うDSC01055_R_20151119232817696.jpg
曲がった先にはブルーシートで覆われた擁壁の裏側が見える
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物凄く四角く切られた部屋、間違い無く速射砲の砲室である、ここは前室(即応弾薬庫か?)らしい
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本来の砲室部分は擁壁の為、斜めに切り取られている
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前室部分を振り返る、四角い・・・
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戻る途中に、のださんが崩落部分の検証をしていた
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最初のT字路まで戻る
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分岐に戻った、割りと複雑な分岐だ
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奥に進む
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掘りかけの部屋に到着
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中央に銃眼のような窪みが見える
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銃眼製作中に終戦となったのだろう
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最深部に来たようなので、戻るとする
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すれ違い所部分
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入り口付近の分岐路
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まきき氏発見
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のださんの潜り込んでいた所を熱心に撮っている
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一旦外に出て、昼飯とする
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ファミリーレストランこだまに行く
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全員同じメニューを頼む
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勝浦チャーシュー坦々麺
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食後、再び戻り、早速新たな壕口を発見する
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外部を良く見ると、銃眼も見える
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間違いない、機銃陣地を発見した
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では、入壕すると右カーブになる
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曲がるとT字路にぶつかる
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片側は水没通路となる
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行ける所まで行ってみたが、ここで限界だった
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さて、T字路に戻ろう
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逆サイドは下りになっていた
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降りて行くと、不恰好だが銃座がある
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さっき見た銃眼の内側に来た
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最深部に来たので戻るとする
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水没の部屋に後ろ髪を惹かれるが、撤収する
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なかなか立派な陣地だった
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外に出ると、きへい氏が銃眼の復旧作業をしていた
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いつもながら、大した物だ

野々塚山速射砲陣地 その1

11月のとある日曜日に、房総半島戦跡考古調査会のメンバーと探索に行った
今回は記録から、地下壕が存在している確証があるので、ひたすら根性の探索を繰り返す事で
機銃陣地、速射砲陣地、指揮所と思しき壕など7箇所を発見出来た
記録では10箇所、対岸に3箇所となっているので、継続調査が必要な物件である
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集合時間が遅いので、ゆっくり目に横浜出発
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アクアラインを渡り、現地に到着
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雨の中集合したつわもの達(スーツが一人)
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スーツを脱いで、戦闘服にチェンジするきへい氏
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真剣なミーティングが始まる
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深い霧の中、現場に向う怪しい軍団
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深いのは霧だけではなく、ブッシュも物凄い
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雨の為、泥濘と化した山中をひたすら捜索するメンバー
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地図上で当たりを付けてきているが、コンクリートの壁となっている部分もある
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脇から回り込んで、兎に角登る、降りるを繰り返す、そうするうちに
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手前の山は石切り場だったようだ
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人工的に切り取られた壁面が散見する
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そして今回の最大の敵はコイツ、山ビルである、幸いな事に一度も被害にはあっていない、スズメバチだけだ
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とある側道から山に入る、ここで部隊は2手に分かれる
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怪しい所を山の斜面に見つけた
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間違いない、銃眼だ!近くに必ず壕口がある!上部グループは早速壕口を探し出した
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かなり立派な陣地のようだ
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美味しそうなキノコも生えてる
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では、中に入ろう
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左に直角に曲がる道がある
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ひたすら下って行く階段が見える、これは当たりだ、萌える!
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取りあえずは、真っ直ぐ進んでみる、T字に当たり右を見ると
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銃眼が見える
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しかも、右よりの機銃台座なんて、始めて見た
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銃眼も四角く綺麗に掘削されている
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銃室の入り口を振り返る
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引き返して、今度は下り階段を降りる
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ふと頭上を見ると、小森さんがお昼ねしていた
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滑り落ちそうな階段を降りると、T字路にぶつかる
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右を見ると、また別の銃室が見つかる
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この銃室も銃座が右に寄っている
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根っこに起用にぶら下がる小森さん
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スナイパー「ゴルゴのだの人」
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振り返る、左が降りて来た階段
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下から見上げる階段、落ちたらかなりヤバイ!
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逆側に進むと、すぐに左にクランクしている
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曲がるとすぐにT字にぶつかる
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左のすれ違い所
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右を見ると、主出入り口のような立派な掘削の部屋
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残念ながら、土砂の流入で塞がっていた
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階段を地上へと戻って行く
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何とか無事にこけずに登れた
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角にある、灯り置きの窪み
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さて、外の探索に向おう
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外の斜面には、蛸壺塹壕がかなりある
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同様の壕が4つほど並んでいる
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その為の地下掩蔽部が背後に掘られている
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しかし、U字形にループしているだけの、単純壕だった

呉 海上自衛隊第一術科学校 その4

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教育参考館にやって来た
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ぶっとい柱が印象的な玄関
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何か、ステキな物が見えるが、とりあえず後で
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見学者がぞろぞろ入って行く
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重厚な扉が閉まっている
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教育参考館、撮影禁止・・・・なえる
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館内に進入する
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入り口ホールの天井は高い
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ここから先は撮影禁止(正直あまり目を引くものは無かった)
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外に出ると、何処から湧いたのか、学生達がいっぱいいた
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記念撮影をしているようだ
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幹部中級経補過程、今日からスタートのようだ
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さて、学生さんはいいとして、肝心の展示物を見ていこう
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三景艦主砲々弾
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91式徹甲弾、俗にゆう「大和の主砲弾」
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次は大物が展示してある
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「甲標的」の気蓄器
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甲標的は回天と混同されやすいが、特攻兵器では無く生還を予定されていた艇である
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真珠湾攻撃に参加した艇の1艇
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約24mの長さがある
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セイル
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爆雷による破損部分
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特殊潜航艇、説明板
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海龍のカットモデル
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カットしてないのが、大和ミュージアムにあるので、ご一緒に
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操縦席
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艇尾から
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30ノットで走る空母に10ノットで体当たりする計画(実際は8ノット程度の輸送船狙いしか出来ない)
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きっとあの辺には地下壕がありそうな気がする
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理化学講堂などの、ステキな建物が見えるが、進入禁止
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不思議な建物もある、何だろう
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魚雷が3本並んでいる
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駆逐艦「雪風」の主錨
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欠けた砲弾
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むっちゃえぐれている(不発弾処理の為)
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ガダルカナル島の方向に傾いている
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安式四十口径六寸砲
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磨き上げられた砲口
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日英同盟締結百周年記念樹
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教育参考館の向こう側は丸くなっている
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1回の見学者は、50人程度か
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ここからは引き返す事になる
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異様に高い掲揚台
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高くそびえる松の並木に、何故か1本だけ赤松が混じっている
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1200見学が終わり、解散となる
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早速、食堂へ向う
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一般人も普通に食事できる
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パンフを見ながら待つこと数分
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海軍カレーの到着
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7分後完食!DSC07326_R_20151113235615442.jpg
駐車場側売店に向う
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ここでもお土産や、自衛隊グッズが買える
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コンビニ、ポプラが入っている
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こんなの見て周るのも面白い
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基本的には、自衛官の生活雑貨販売店
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入り口近くの怪しい建物
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この車庫も何か怪しい
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結局半日がここだけで潰れてしまった、午後からは砲台探しの旅に出る
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帰りがけに見た橋の一部
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この壁も当時の物だろう、海上自衛隊第一術科学校を後にする

呉 海上自衛隊第一術科学校 その3

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江田島クラブに、平日は1030に見学者は集合する(その日1回目の見学会)
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見学者バッチを見える所に装着する
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時間になり、説明が始まる
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上を見ると3階まで、吹き抜けになっている
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説明後、表に出て見学が始まる
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まずは大講堂に向う、こちらからは入れない、主賓用玄関(皇族用)
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大講堂側面
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裏側に周ってきた
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扉が一枚ずつ開けられていく
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帽子をとり、一礼して入る
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前室的な空間があり
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その先に広がる、大講堂
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左側
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右側、基本左右対象である
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船の舵輪を模しているとか
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当然壇上には上がれない
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講堂内は、かなり声が反響する作りになっている
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横サイドの通気孔
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2階テラスの下部分
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柱一つも凝っている
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外に出よう
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大講堂全景
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講堂前の砂地には、基本的に入ってはいけない
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松の向こうに、煉瓦の建物が見える
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ちょっと行って見たいが、行動はかなり制限される、今は倉庫だが、前はトイレだったそうだ
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かなり大きな建物である、元海軍兵学校の生徒館
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現在は、海上自衛隊幹部候補生学校庁舎
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当時はここに菊の御紋章が掲げられていた
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旧生徒館の玄関ホール
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先に進むと、海が見えて来るが、そちらには行けない
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海側にはもっとも見たかった「陸奥」の41cm主砲の4番砲塔が鎮座している
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この階段から砲塔下部の入り口に入れるが、一般人には無理のようだ
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「梨」の12.7cm単装砲や陸奥の主砲弾などが見える
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カッターボンドも当時の位置にあるそうだ
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不明のアンカー
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5インチ砲かな?
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初期の対潜装備も見える、だがこれらには近寄れ無い
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この先に行ってみたい、しかし近年コースが変更され、海岸の武器関連に近寄れなくなってしまった
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護岸に行ってみたかった
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学生達が芝生に入って来た、教練の様だ
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装備は64式小銃、匍匐の説明だろうか?
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生徒館の横に来た
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窓枠の石造りも綺麗だ
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雨どいは壁に埋っていた
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戦後の電気配線埋設だろう
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1ヶ所だけ見れるように開放されている
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入るとすぐに、左手に階段がある
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手すりには、イカリマークが入っている
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その上にある行灯にも、イカリマークが
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生徒館内部
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行灯と、回廊が続く
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奥の方には、学生さん達がいる
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美しい煉瓦の柱の回廊
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学生さんの帽子掛けが並ぶ

呉 海上自衛隊第一術科学校 その2

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海上自衛隊 歴史ゾーン突入
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展示の御案内
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まず、出迎えるのは、給食を思い出す鉄板
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海自の階級章及び徽章、防衛記念章
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あやなみ型護衛艦、昭和33年配備の対潜水艦に重点を置いた艦
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通路全景
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後ろ側はカットモデルになっている
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説明文
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「あさかぜ」の時鐘
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歴代護衛艦の模型が並ぶ
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機雷コーナー
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ペルシャ湾で捕れた機雷
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機雷の爆破処理の連続写真
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触発機雷の触角(こんなのは海底にまだまだ沈んでいる)
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軟式潜水器具(自衛隊バージョン)
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こうゆうプレート好き
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米軍バージョン軟式潜水器具
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ソノブイ(海中の潜水艦をソナーで探す、投下型探査機)
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短魚雷
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カットモデル
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MK44魚雷
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窓際に双眼鏡がある
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12cm高角双眼鏡
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66cm測距儀
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TDT眼鏡部
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校内ジオラマ
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見学コース案内図
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中央にある目立つ奴
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シースパロー
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対空戦コーナー
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無人標的機
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目立つ色である
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観艦式で見た、これである
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その他備品
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地上砲台でも活用されていた、伝声管(グレース遊びで有名)
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艦橋コーナー
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特殊形象物(速力標)
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艦橋小道具
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モールス信号(一応お試しに打てる)
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「大和」は150cm探照灯を装備
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砲弾各種
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かわいい模型
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右側の良く見かけるタイプ
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左側の最近のタイプ、「いずも」にも装備されている
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SM-2艦対空ミサイル
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そろそろ集合時間が近づいて来た
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これ、明言だと思う

呉 海上自衛隊第一術科学校 その1

明治21年(1888)、東京築地にあった海軍兵学校が江田島に移転し、この地において、海軍兵学校生徒の教育が開始されました。
 当初生徒は表桟橋に係留された学習船「東京丸」で起居していましたが、明治26年(1893)に赤レンガの生徒館が完成しました。以後、海軍兵学校は逐次拡充整備され、昭和20年(1945)12月1日に閉校されるまで、57年間にわたり、海軍士官養成の場としての歴史と伝統を築き上げました。
 終戦後は、11年間にわたり、米軍及び英連邦軍等が進駐、施設を使用しましたが、昭和31年(1956)1月、海上自衛隊が施設を引き継ぎ、横須賀から術科学校が移転、昭和32年(1957)5月には海上自衛隊幹部候補生学校が独立開校し、翌33年4月には、海上自衛隊第1術科学校が発足しました。
 また、自衛隊生徒は、昭和30年(1955)、舞鶴練習隊で「第1少年練習員」として教育が開始され、昭和31年術科学校が横須賀から江田島に移転すると同時に生徒教育もここ江田島で開始されました。以後、昭和58年(1983)から1術校生徒部として現在に至っております。

海上自衛隊には、第1から第4まで4つの術科学校があり、各々、専門術科の教育を行っております。ここ第1術科学校では、砲術、水雷、掃海、航海、通信等、主として艦艇術科に必要な教育を行っております。
上聞コピペ

ここに行く前に調べていて思ったが、何故か見学コースについて詳しいHPなどが見つからない
こんだけメジャーなのに、不思議と無かったりする
海上自衛隊第1術科学校の見学コース及び、見れる所をなるべく紹介していく事にする

1日目の探索を終えて、仮の宿に戻る
普段車中泊か、安宿(3000円程度)しか泊らない自分だが、ツアーなので豪華なホテルに泊れた
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非常に不釣合いを感じながら部屋に戻る
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枕が二つ、夜はこれから、ずっと二人で話していた
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ホテルにはチャペルがあり、丁度挙式をしていた、いつかは・・・・なんて話をしていた夜
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翌朝窓から、200階段が見えた、後に行ってみる
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早速車に乗り、出発する
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なんか横須賀を思い出す様な風景
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えんぽうに何か見えるが、何だろう?
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大きな煙突やクレーンも見える
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好きそうな看板があった、帰りに寄りたかったが、ルートが違った
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きり立った崖のトンネルを抜けて行くと
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やがて見えて来たのは、これ
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第二音戸大橋
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橋の中ごろに来ると
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第一音戸大橋が見える
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更に進むと第三音戸大橋(通称)の歩道橋をくぐる
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35号線を突き進む
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早瀬大橋が見えて来る
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なんとも高い所に橋を造るものだ、船が通るので仕方が無いのだが・・・
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えらい坂を登って橋を渡る
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いくらかは見えるが、橋から下を覗くのは難しい
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ついに江田島上陸!
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マリンブルーとまでは行かないが、綺麗な海が広がる
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でも、入り口が良く判らん
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もんが閉まっている様に見えたが、手前が開いていた様だ、一旦通過し戻る事にする
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一緒に後ろを走って来る車に追い立てられて、Uターン出切るとこまで大回りした、見学入り口とか書いといて!
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いき過ぎた分戻って来た
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よくよく見ればちゃんと入れた
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うち側には看板もある(表には何も書いてないけど)
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なまえを書いて、見学者バッチを受け取る
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ずっしりとした、錨が鎮座している
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とりあえず見に行くと、護衛艦「ひえい」の主錨であった
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脇の道には、当時っぽい建物がいっぱいある
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構内案内図
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順路はコレだけ、赤線の3ヶ所しか入れない、陸奥の主砲も近寄れ無い
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案内に従い、駐車場に車を停める
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これなんかも、怪しそうな建物だ
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この駐車場前の売店・食堂も入る事が出切る
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大講堂、近寄る事は出来ない
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コレもそうなのだが、忘れた
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このサイレンは当時ものらしい
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集合場所の看板があった
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見学者、集合場所に到着するも、誰も居ない、早すぎた?
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この日は平日なので、1030からだったようだ、ちょっと失敗した
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まだ0950なので、ふらつく事にする
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当然食堂も開いてない、帰りにここでカレーを食おう!
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ロビーの後ろ側には、自分の好きそうな売店が多数並んでいる
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品揃えはかなり良いだろう
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お土産も豊富で見ていて楽しい
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お土産に紛れて、こんなのもある、兵学校の瓦
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天一号作戦ジオラマ
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レンザン模型
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見学コースには行けない所が多い、てか、行ける所がほんまに少ないのが現状
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行けない所の写真が展示してあるので、貼っておく
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こんな感じでパネル展示のみで紹介されている
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お約束の大和
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伊号第十六潜水艦(丙型)回天搭載
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海上自衛隊歴史ゾーン
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2階に向う
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階段を登った踊り場部分
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でっかい模型が展示してある
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俗に言うホバークラフトである、さて、90式戦車は1両で50Tあるのだが、2両?
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次回 海上自衛隊歴史ゾーンから始まる

東金 台方機銃陣地 その2

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房総半島戦跡考古調査会のねこさんの作図
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一旦外に出て、地主さんの許可の下、庭側から再侵入する
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えらく綺麗な入り口だが、何故にこんなに低い間口?
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中に入ると、すぐにYの字分岐が現れる
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左側の通路、奥に部屋がある様だ
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しかし、何故か分岐の足元には堀が掘ってある、泥濘を飛び越えるしかない、こけたらえらい事になる
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なんとか、こけずに飛び越えた!
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奥の部屋、誰も居なかった
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また、これ戻るんだよな~
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Y字路右側に進む
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壁を良く見ると、粘土質な壁でツルハシは入らず、クワやエンピで削った様な跡が付いている
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泥濘の反対側を確認したので、外に出る
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外に出ると、きへい氏による、銃眼の修復が行われていた
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ちなみに、コレが修復前である
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ここまで綺麗に修復してしまった、大した愛情である
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その後、地主さん宅にて、当時の模様などのお話を伺えた
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遺骨収集団などで、外地に赴いた時の写真などを見せて頂いた
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山の上の方の陣地に向う
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墳墓改造型の壕の様だ
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墳墓を基本に、奥へと堀進めてある
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ちょっと低めの通路に進入する
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またY字路だ
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まず、左側
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埋ったのか、銃眼だったのか、微妙だ
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Y字路を右に行く
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ズリ出しの終わっていない、未成地の陣地
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奥の銃機関銃台座
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ちょっと残念な事になっている
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では、戻るとしよう
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穴を出ると、夕暮れだった
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近くの公園でお疲れ様
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寄って来た人馴れしたぬこ
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みなに触られまくっていた
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大豆谷のコンビニに寄る
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最後の補給物資を買いあさる
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御馴染みきへい氏の生着替えなんだが、何故かブレている、期待した人ごめんなさい
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帰りがけのデゼニーシー
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お台場観覧車
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首都高の夜景を眺めるのも、結構好きだ
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インカムで〇〇と会話しながら夜の首都高を激走する
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今回もあっという間の帰りの2時間だった

東金 台方機銃陣地 その1

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この辺はさくらの名所?になっている様で、あちこちで桜の名が使われている
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駐車場に車を停め、歩いて現場に向う、先頭は御馴染みきへい氏
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住宅地の隙間から山に入る
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まるで自分の庭の様に迷いもせず進むきへい氏
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まずは竹に掴まりながら、斜面を降りる
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降りた目的は、銃眼の確認
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だが、埋まっていてさっぱり判らん
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一同は山頂のお堂を回り込み、裏側の斜面に降りて行く
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木に掴まりながら、道無き斜面をしばし降りる
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2ヶ所ある陣地に別々に入る、陣地は狭いのだ
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自分はきへいさんと、下の陣地に向う
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埋まった壕口を通過する
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すると、銃眼が現れる、これはスゴイ綺麗だ
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コンクリート以外で作られた、こんな構造は始めて見た
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パッと見にわからん壕口、良く見つけたなこんなの
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おいしそうなキノコ
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一歩入ると、立派な壕口と化す
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すぐに分岐となる
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入って来た壕口
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右のつうろ、入り口付近は軽く水没、長靴ギリ程度
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埋まりながら慎重に進んで行く、ゆっくりでないと長靴オーバーするかも
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水が無ければ、そこそこ良い通路なんだろう
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両サイドには、支保抗の溝が残る
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付き当たりを右に曲がる
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振り返る、水没はここまでで終わる
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ゆるく曲がる通路を抜けると、見えて来た
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これはすごい!完璧な形で残っている銃座
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完全な四角い銃眼、手前の溝はバイポッド(脚)を立てる為のもの
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唐突に、何か横切った!
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気のせいか・・・
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水没の通路を戻って行く
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入り口付近、分岐が見えて来た
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右側の通路に進みたいが、泥濘が酷くあきらめた

中途半端なので、前項変に分ける