神戸 旧外国人居留地 その3

DSC02561_R_2016031822474976f.jpg
居留地には、区画が仕切られている
DSC02435_R_201603182247479dd.jpg
この柱の下の面に区画の境目が記されている
DSC02436_R_2016031822474809c.jpg
うっかり表記部分のUPの写真を撮るのを忘れてしまった
IMG_0997_R.jpg
他にもいろんな種類が有る
IMG_0999_R.jpg
IMG_1001_R.jpg
自分も実際に見つけたのは最初のだけで、後は資料本から抜粋
DSC02564_R_20160318232033910.jpg
この地区には古いビルが纏まっている
DSC02566_R_20160318232035706.jpg
平坦だが、良く見るとおしゃれな意匠が上にあった
DSC02569_R_20160318232037994.jpg
近いので写し辛いが、何とか全景が撮れた
DSC02567_R_2016031823203783d.jpg
神港ビルヂング、1939年(昭和14年)に川崎汽船本社ビルとして竣工して以来、現役のオフィスビルとして利用されつづけており、現在でも川崎汽船の登記上の本店所在地となっている
DSC02570_R_2016031823314680c.jpg
近代化産業遺産、戦後GHQに接収され、コーベ・ベース・ヘッドクォータズ(神戸基地司令部)がおかれていた
DSC02571_R_20160318233147112.jpg
8番地
DSC02572_R_2016031823314806c.jpg
ガラス張りの塔が上に立っている
DSC02574_R_20160318233149e6d.jpg
前町通に面している
DSC02578_R_20160320232407ce0.jpg
横の面の方が広い
DSC02409_R_201603182339568cd.jpg
塔は夜の方が綺麗だ
DSC02391_R_201603182339557e7.jpg
こんな感じにライトUPされている
DSC02562_R_20160319233232a2b.jpg
15番館(再建されたもの)
DSC02579_R_20160319233233a61.jpg
ビルではなく、二階建ての建物 (ミニチュアsanaおるで)
DSC02584_R_20160319233237f15.jpg
その隣には、当時の水道管が展示されている
DSC02581_R_20160319233235e1c.jpg
前面のガラスに、地図が掘られている
DSC02585_R_20160319233237679.jpg
下水道管について書かれているが、写真では読みにくい
IMG_0974_R.jpg
発掘された当時の写真
IMG_0977_R.jpg
15号館前の発掘された当時の煉瓦道
IMG_0981_R.jpg
1987年(昭和62年)の15号館
DSC02586_R_20160319234719a23.jpg
1階はカフェになっている、元米国領事館
DSC02587_R_20160319234720c78.jpg
1130~2030の営業で、時間が合わなかった
DSC02411_R_2016031923471560a.jpg
夜のライトUP
DSC02429_R_2016031923471752d.jpg
なかなか良いムードだった
DSC02577_R_201603202324057d8.jpg
神戸市立博物館(旧横浜正金銀行神戸支店)
DSC02592_R_20160320232409cf5.jpg
神戸市立南蛮美術館と神戸市立考古館が統合し、1982年(昭和57年)に開館した。「国際文化交流-東西文化の接触と変容」を基本テーマとし、国宝を含む考古学資料や古地図、「聖フランシスコ・ザビエル像」や「織田信長像」、「豊臣秀吉像」といった著名な美術品、および金山平三や小磯良平ら神戸ゆかりの芸術家の作品等、約5万点を所蔵・展示している。
DSC02591_R_201603202324085d9.jpg
神戸市立博物館 横のレリーフがカッコイイ
DSC02366_R_2016032117403011d.jpg
夜の博物館
DSC02367_R_2016032117403262e.jpg
登録有形文化財
DSC02372_R_20160321174034858.jpg
先に紹介したスロープ奥の機銃掃射痕が痛ましい
DSC02374_R_20160321174035b28.jpg
本来の入り口は、こちらなのかな?
スポンサーサイト

日米親善よこすかスプリングフェスタ 2016

神戸記事の途中だが、季節ネタなので上げておく、でないとお蔵入り確実だからだ・・・
インフォメーション
日本でありながらそこはアメリカという非日常的な体験のできる米海軍横須賀基地で、スプリングフェスタが開催されます。
普段は入ることができない基地ですが、イベント当日は、アメリカン屋台、ステージイベントなど、各種プログラムをお楽しみ頂けます。
アメリカの雰囲気を味わえる横須賀ならではのイベントに、是非お越しください。
2016年3月20日(日)
9:00~16:00(入場は15:00まで)
近年は入退場は三笠公園内ゲート のみで行われる、開放地区が桜並木周辺のみなせいだ

内容
•アメリカン屋台
•ステージイベント
•艦船見学 9時~15時(見学受付は13時頃まで) 
•第7艦隊音楽隊などによるパフォーマンス
DSC03210_R_20160321093322160.jpg
1400頃、三笠ゲートに到着する(この時間帯なら並ばずに入れる)
DSC03211_R_201603210933249ea.jpg
早朝だと、開場1時間前にはカラーコーン一杯に長蛇の列が出来上がっているのだ
DSC03213_R_20160321093326bfa.jpg
日米親善なので、他国籍の人は身分証提示を求められる
DSC03214_R_20160321093328d54.jpg
日米人も持ち物検査だけは受ける(金属探知機あり)
DSC03217_R_20160321093328803.jpg
昔は桜まつりとも言っていたが、桜なんか何も咲いていない(元々は桜並木を見せる為の開放だった)
DSC03218_R_20160321095255256.jpg
DSC03223_R_20160321095258ae5.jpg
日本人は外人さんと写真を撮りたがる(断ることはまず無いので、頼んで見よう)
DSC03219_R_2016032109525638e.jpg
場内図
DSC03227_R_20160321095300487.jpg
最初の屋台コーナーを見る
DSC03224_R_20160321100006384.jpg
ハンバーガーの具を焼いている
DSC03225_R_201603211000078ea.jpg
こっちは焼き上がり、倍ぐらいありそうだ
DSC03228_R_201603211000097a3.jpg
丸焼き肉
DSC03229_R_20160321100011d54.jpg
大賑わいの屋台、混んでるので先に行く
DSC03233_R_2016032110065170e.jpg
米軍はしご車、なんかカッコイイ
DSC03234_R_20160321100652c3b.jpg
レトロ感があるのが、またいいのだ
DSC03236_R_201603211006548a5.jpg
向こうには艦船見学しか行けない(白い壁は旧日本海軍時代の物)
DSC03237_R_20160321100656c83.jpg
パトロール用カート
DSC03239_R_20160321100657250.jpg
メインの桜並木を歩く
DSC03240_R_201603211020105b6.jpg
そこら中から肉を焼く匂いがしてくる
DSC03241_R_2016032110201123c.jpg
次のフードコート
DSC03242_R_2016032110201353c.jpg
値段は良いほうだろう
DSC03243_R_20160321102015ce0.jpg
自衛隊基地際と違って、家族出店らしき物が結構ある
DSC03245_R_20160321102016d88.jpg
G2(ゲータレード)、デカクてカラフル
DSC03246_R_2016032110334966e.jpg
外人さんはサングラスが似合う
DSC03248_R_20160321103350485.jpg
食べ物が有る店は、どこも混んでいた
DSC03250_R_20160321103352f1d.jpg
並ぶの嫌なので次に行く
DSC03254_R_20160321103354187.jpg
フェスティバル会場に来た
DSC03255_R_20160321103355318.jpg
外人さんのバンド演奏は迫力がある
DSC03252_R_20160321103944823.jpg
ここでも食べ物屋さんは混雑
DSC03258_R_201603211039469ac.jpg
ここまで来て、初めての日本版案内
DSC03256_R_201603211050154a8.jpg
やっぱり間に合わなかった・・・
DSC03260_R_2016032110501679e.jpg
映画館
DSC03261_R_2016032110501771d.jpg
奥の方にある、お土産的な屋台は空いていた
DSC03262_R_201603211050195cc.jpg
厳つい車って、アメリカっぽくて良い
DSC03264_R_201603211057288ba.jpg
郵便局、ちょっとだけ見れる
DSC03266_R_20160321105730a88.jpg
私書箱になっているようだ
DSC03267_R_20160321105732b90.jpg
変なの届いていませんか?
DSC03269_R_2016032110573307e.jpg
モニュメントなのか、錨がある
DSC03270_R_201603211107129a4.jpg
ちょっと行って見る
DSC03272_R_201603211107136bf.jpg
一つだけあるベンチが、隠れ家みたいでいい感じ
DSC03273_R_201603211107157ae.jpg
何か書いてあるが、英語は読めない
DSC03274_R_2016032111071781f.jpg
こんなバギーがあったら、戦跡探しも楽かな?
DSC03275_R_20160321121005691.jpg
英語の看板がいっぱい有る
DSC03277_R_201603211210068c0.jpg
ぬこがいた
DSC03278_R_20160321121007066.jpg
寄って見た
DSC03279_R_20160321121010e5a.jpg
かわいいあくびをしていた
DSC03281_R_201603211219306c7.jpg
なんか古いコンクリート構造物がある
DSC03285_R_2016032112193268c.jpg
埋没しているのだろうか?旧軍遺構か?
DSC03287_R_20160321121932fef.jpg
ビーチバレーのコート
DSC03289_R_20160321121934d76.jpg
海岸沿いには、東屋が多数設置されている
DSC03290_R_20160321121935940.jpg
アメリカらしく、バーベキューグリル付き
DSC03295_R_20160321124115402.jpg
自販機は意外に日本円(安くない)
DSC03296_R_2016032112411642e.jpg
フットボール場を突っ切って戻る
DSC03299_R_20160321124118c78.jpg
ちっさな星条旗がはためいていた
DSC03300_R_2016032112411875b.jpg
腹が減ったのでフードコートに帰ってきたが、この有様だ
DSC03301_R_201603211241215a9.jpg
豪快な肉が焼けて行く
DSC03302_R_201603211248368f9.jpg
ベース名物のピザ屋さん
DSC03259_R_20160321124835b6c.jpg
しかし、これを買うにはこの長蛇の列を、1時間は並ばなければならない
DSC03303_R_20160321124838bdd.jpg
ボーリング場
DSC03304_R_20160321124840564.jpg
いたって普通のボーリング場である
DSC03306_R_20160321124840fc6.jpg
なんか書いてあるが英語は読めない
DSC03305_R_201603211254044c1.jpg
誰もいないので見てみる
DSC03307_R_20160321125406f94.jpg
スロットしかなかった
DSC03308_R_201603211254079d3.jpg
なぜ五月人形?まだ3月やし
DSC03309_R_20160321125409fa1.jpg
新聞の自販機、ドル売り
DSC03312_R_20160321130220eba.jpg
午前中に地下壕を回り、朝飯以来何も飲み食いせずに午後4時になる、流石に腹が減った
DSC03311_R_20160321130218a51.jpg
空いてる所に並んだが、高い!400円?
DSC03314_R_201603211302245e8.jpg
仕方なくドックのみ購入、9時間ぶりの飲食物
DSC03313_R_20160321130222f9f.jpg
ビックサイズのケチャップ、マスタードを自分でかける
DSC03315_R_20160321130224c75.jpg
通りすがりのシグ、変ったホルスターだ
DSC03238_R_20160321131412b7e.jpg
基地内のマクドナルド
DSC03316_R_20160321131413089.jpg
スゴイセットメニューだ
DSC03317_R_20160321131414096.jpg
ウオークスルー完備
DSC03319_R_20160321131415efe.jpg
さて、帰るとしよう
DSC03320_R_2016032113141683a.jpg
春は軍事色が薄いので物足りない、せめて装甲車とかでも展示して欲しいな~

午前中は横須賀某所にある、桜花生産工場に潜って来た
戦争遺跡調査研究軍 祐実総軍の、祐実総軍三等兵様から紹介してもらったネタである

DSC02895_R_201603222251566a5.jpg
壕内の8割は水没だった
DSC02946_R_20160322225158113.jpg
非常に広い地下工場、中途半端な装備では元に戻れなくなるかも知れない
DSC03053_R_20160322225200ec5.jpg
壁に空く穴、その先は・・・・
DSC03077_R_20160322225201532.jpg
水に沈むトロッコの軌条
DSC03010_R_201603222302228c3.jpg
水中の謎の書物
DSC03038_R_20160322230224715.jpg
片足が浮いている
DSC03081_R_20160322230225d17.jpg
なんでこんな所に小銃の弾倉が!
DSC03115_R_20160322230227517.jpg
腰を越える水深、締め付ける水圧
DSC03123_R_201603222302292c8.jpg
クランクに次ぐクランク

ざっと一回りするだけで、1時間半もかかった物件、バッテリーも3セット消費した
水没壕の好きな人にはお勧めの地下壕だ、紹介物件が多すぎていつ紹介できるか解らないので
さわりだけ紹介しておく事にした、 いつ日の目を見れるのかな・・・
去年の夏ぐらいから溜まりっぱなしだな~やりたい事一杯やし!

神戸 旧外国人居留地を歩く その2

DSC02531_R_2016031621293250b.jpg
旧居留地海岸道に来た
IMG_0973_R.jpg
大正時代の海岸通
IMG_0971_R.jpg
明治末期頃の神戸海岸通を写した手彩色絵葉書
DSC02535_R_20160316212934b44.jpg
現在の海岸通(国道2号線)
DSC02533_R_20160316212933837.jpg
郵船ビルが見える
DSC02457_R_2016031621292941a.jpg
初代米国領事館の跡地に1918年、曾禰達蔵・中條精一郎の設計により旧日本郵船神戸支店として建設された近代ビル。
当初は銅葺きの屋根と円形ドームを戴いていたが、1945年の神戸大空襲で焼失した。
現在は1階は商業施設になっており、2階以上が貸事務所となっているが、非常時以外は2階以上には建物の西側にある通用口からのみ入るようになっている。
IMG_0984_R.jpg
昭和初期の日本郵船神戸支店(ドームなどが健在な頃)
DSC02458_R_201603162129300a0.jpg
この辺
DSC02469_R_20160316232911fe7.jpg
海岸ビルを見る
DSC02463_R_20160316232910080.jpg
阪神淡路大震災で全壊認定を受けたために幾何学的装飾が施された外壁を撤去・保管。その後、同じ場所に新しく再建された高層ビルの低層部に旧外壁を再構築した。この4階建の旧外壁は国の登録有形文化財に登録されている(なお、空襲の被害があった4階の外壁材は新調された)。
DSC02536_R_201603162329126ad.jpg
3階・4階の間にある軒蛇腹や、軒上のパラペットには唐破風が取り込まれている。
DSC02539_R_201603162329141df.jpg
左の銘板
DSC02540_R_201603162329159f0.jpg
右の銘板
DSC02541_R_201603162349133af.jpg
近代化産業遺産
DSC02547_R_20160316234917055.jpg
外壁には神戸大空襲の際の機銃掃射の跡が残っている
DSC02542_R_2016031623491594a.jpg
内部は完全に近代建築になっている
DSC02551_R_2016031623491881a.jpg
竣工当時から受け継がれてきた木製ドアが取り付けられている
DSC02554_R_2016031722020129e.jpg
旧館部分は4階まで吹き抜けになっているようだ
DSC02468_R_201603172207581b5.jpg
商船三井ビルディング
DSC02556_R_20160317220801f24.jpg
商船三井ビルディングは、兵庫県神戸市中央区にある近代建築、旧大阪商船神戸支店として竣工したのは1922年(大正11年)である、商船三井ビルと略されることが多い、近代化産業遺産。
DSC02560_R_201603172208045b2.jpg
扉は外扉が窓付き鋼製、籠扉が真鍮製伸縮扉(俗に蛇腹式という)
DSC02557_R_20160317220802f12.jpg
大正レトロな意匠が素晴らしいが、文化財等の指定は受けていない、ビルオーナーが1社であると、壊すのも売るのも自由になるメリットがあるのだ、指定を受けると、補助は受けられるものの、建て直し、改造、売却などが非常に面倒になるようだ
DSC02559_R_20160317220803d76.jpg
外観は1階部分がルスティカ仕上げの石積みで最上部に半円形のペディメントを有する意匠で、建物内部も欧米スタイルで統一され、天井が高く廊下が広い
DSC02440_R_2016031722324854d.jpg
DSC02442_R_20160317223250957.jpg
5番 商船三井ビル
DSC02438_R_20160317223247425.jpg
商船らしく、錨がモニュメントとして貼り付けてあった
DSC02445_R_201603172232522f3.jpg
夜のライトUP

神戸 旧外国人居留地を歩く その1

外国人居留地は、政府が外国人の居留及び交易区域として特に定めた一定地域をいう、近代日本では1858年の日米修好通商条約など欧米5ヶ国との条約により、開港場に居留地を設置することが決められ、条約改正により1899年に廃止されるまで存続した。
築地居留地、横浜居留地、川口居留地、神戸居留地、 長崎居留地、箱館居留地、新潟居留地などがあった

居留地は外国人を一ヶ所に集めておけるので、日本人との紛争防止に役立つなど、日本政府にとって便利な面もあったが、やはり治外法権、領事裁判権を認める不平等条約の落とし子であり、国家的な体面から容認できないものであった。このうち、列強側の維持費の都合から、長崎では1876年に居留地の返還が行われ、横浜でも1877年に日本側の行政権が回復して事実上撤廃されたが、他の居留地は依然として継続された。
神戸の外国人居留地が日本に返還されたのは、不平等条約改正後の明治32年(1899年)であった。

神戸市街地は1945年に大空襲を受けたため、現在の神戸市役所西側一帯にあった居留地時代(1899年以前)の建物で残っているのは旧居留地十五番館(旧アメリカ合衆国領事館、国の重要文化財)が唯一で、多く残る近代ビル建築は主に大正時代のものである
DSC02261_R_20160315180919671.jpg
三宮駅から近いのは、多分ここだろう
DSC02263_R_20160315180922293.jpg
場所はここ、駅から生田ロードを真っ直ぐ来れば良い
DSC02262_R.jpg
神戸朝日ビル
DSC02264_R_20160315180924cfe.jpg
半円形の入り口が特徴的だ
DSC02265_R_2016031518512680a.jpg
居留地ビルは、複合商業ビルになっているか、大手企業が再利用している
DSC02268_R_201603151851317b7.jpg
一見すると歴史のあるビルに見えてしまうが、1994年に外観を復元したものだ
DSC02267_R_2016031518512989d.jpg
浪花町通りに面している
DSC02266_R_20160315185127334.jpg
テラスの装飾などが、ちょっとだけ年代を感じさせる
DSC02269_R_20160315185131f1f.jpg
内部は1994年の近代化改装後なので元からなのかは判らない多分違うだろう
DSC02275_R_20160315192530720.jpg
写真左の柱の下に、案内板が立っている
DSC02271_R_201603151925257f1.jpg
居留地の遺構は殆んどこんな看板で説明がされている(無い物もある)
DSC02272_R_20160315192527ec3.jpg
神戸朝日ビル(現神戸朝日ホール)
DSC02273_R_2016031519252999a.jpg
旧神戸証券取引所(渡辺節設計、1934年築)の外観
DSC02278_R_20160315195154a15.jpg
道を挟んだ反対側にある柱
DSC02277_R_20160315195151af9.jpg
三菱銀行三宮支店、柱頭部分の遺構
DSC02279_R.jpg
時間が無いので移動する
DSC02280_R_20160315195156478.jpg
大丸神戸店
DSC02282_R_20160315195157ea0.jpg
創業1717年
1458039860883_R.jpg
実に綺麗な歩道とビルである【sana撮影】
IMG_0978_R.jpg
居留地行事局(明治32年返還時)
今は大丸旧居留地38番館が建っている所である、ちなみにこれは外国人サイドの警察署の様な物の建物
DSC02601_R_20160316202428c76.jpg
大丸近くのカフェでモーニングを食べる
DSC02603_R_20160316202432a87.jpg
モーニングやすい!
DSC02607_R_2016031620243452e.jpg
店内は分煙でいい感じだった
DSC02605_R_2016031620243370e.jpg
ハート入りのカフェラテ
DSC02606_R_2016031620401061d.jpg
モーニングセット

神戸 三宮 生田神社

DSC02135_R_2016031221215581e.jpg
新神戸駅は新幹線の駅としては、思ったよりローカルだった
DSC02137_R_201603122121573a5.jpg
コンクリート漬けの生田川、鴨川の方がいいな~
DSC02138_R_20160312212159453.jpg
駅の通路にカフェがある
DSC02139_R_20160312212200760.jpg
帰りに買おうと思っていて、忘れてしまった「神戸プリン」
DSC02142_R_20160312212201cc3.jpg
地下鉄で三宮駅に向う
DSC02145_R_20160312220255761.jpg
地下鉄西神・山手線(関東にも山手線はある)
DSC02146_R_20160312220257e39.jpg
最初の目的地、三宮に移動する
DSC02165_R_20160312220301b73.jpg
阪急の4番線ホームに上がる
DSC02153_R_20160312220300405.jpg
実際にマルーンを見たかったのと
DSC02158_R_201603122243335f5.jpg
本業である戦争遺構調査に訪れたのだ
DSC02164_R_201603122243346b5.jpg
神戸大空襲の時の焼夷弾の貫通痕
DSC02169_R_201603122243360d7.jpg
歩道橋に残るDSC02172_R_20160312224338918.jpg
米軍機による機銃掃射の弾痕
DSC02176_R_201603122243399bc.jpg
その傷跡が確かにあった
DSC02192_R_201603122315025cd.jpg
山側のサンキタ通りを歩く
DSC02193_R_20160312231503c92.jpg
そこら中焼肉屋さんだらけだった
DSC02194_R_2016031223150536b.jpg
マクドナルドがスゴイ色になっている、ちなみに関西ではマクドと言う、マックではない
DSC02195_R_20160312231507f00.jpg
地元横浜家系ラーメン
DSC02197_R_20160312231507ebc.jpg
生田ロードをハンズの方に進む
DSC02199_R_20160313205935e49.jpg
生田神社に到着する
DSC02254_R_20160313205938f8c.jpg
入り口の鳥居、一礼する習慣も身に付きつつある
DSC02253_R_20160313205936575.jpg
割りと新しいもののようだ
DSC02200_R_20160313205940c61.jpg
鳥居の右奥、松尾神社、杉の木に向かって一心にお祈りした
DSC02201_R_201603132059407e8.jpg
お酒の神様
DSC02203_R_20160313213513e69.jpg
左手にある大海神社
DSC02204_R_20160313213516372.jpg
大海神社の由緒
DSC02205_R_20160313213517977.jpg
社殿の周りには、大手の船会社が名を連ねている
DSC02207_R_20160313213517837.jpg
一礼し、朱門をくぐる
DSC02208_R_201603132135199e7.jpg
手水舎
DSC02209_R_20160313221515961.jpg
DSC02210_R_20160313221516d48.jpg
梶原の井
DSC02211_R_20160313221517844.jpg
櫻門をくぐる
DSC02215_R_20160313221519d99.jpg
拝殿
DSC02216_R_20160313223704c50.jpg
拝殿の中には住吉神社、八幡神社、諏訪神社、日吉神社がある
DSC02218_R_20160313223707155.jpg
右脇の参道を進むと
DSC02219_R_20160313223708586.jpg
珍しい合同神社?
DSC02220_R_20160313223708f34.jpg
塞神社、雷大臣神社、人丸神社
DSC02221_R_2016031323135055e.jpg
DSC02222_R_20160313231351127.jpg
包丁塚
DSC02223_R_201603132313537af.jpg
DSC02224_R_2016031323135539c.jpg
楠の神木
DSC02226_R_20160313231355f79.jpg
戦災樹であるこれを見る事がここへ来た目的の一つ、もう一つは縁結びの神であるここのお守りでも買おうかと思って来たのだが、「いまさらいらんやろ!」と言われてしまった・・・
DSC02206_R_20160313232337436.jpg
生田の森
DSC02227_R_20160313232339ea1.jpg
入り口は幾つかある
DSC02228_R_201603132323404e0.jpg
よめん・・・おにぎり
DSC02229_R_201603132323418ff.jpg
稲荷神社は工事中で入れなかった
DSC02230_R_201603132323424b5.jpg
途中の社務所で200円でお札なんか買っていないし、水に浸したりもしていない、大吉で喜んでたりもしてない
DSC02232_R_20160313234303165.jpg
生田森坐社
DSC02234_R_20160313234305089.jpg
DSC02235_R_20160313234305284.jpg
いろいろあるもんだ
DSC02236_R_201603132343070f0.jpg
軽くさわりだけ回ってきた
DSC02239_R_2016031420090569c.jpg
DSC02237_R_20160314200902657.jpg
生田弁財天(市杵島神社)
DSC02240_R_20160314200906ae1.jpg
DSC02241_R_20160314200906a9b.jpg
戸隠神社
DSC02242_R_201603142009085b6.jpg
さざれ石、以外とあちこちにあるんだな?下賀茂神社だけかと思っていた
DSC02243_R_20160314202122d72.jpg
DSC02245_R_201603142021237c1.jpg
蛭子神社
DSC02246_R_201603142021242ce.jpg
生田神社震災復興記念碑
DSC02248_R_201603142021265e5.jpg
生田池、野点でも行われるのだろう
DSC02250_R_20160314202127853.jpg
DSC02251_R_20160314203607c3e.jpg
八丁梅
DSC02252_R_201603142036096f4.jpg
箙の梅(えびらのうめ)
DSC02255_R_20160314203611ca3.jpg
マルーンを見ながら撤収する
DSC02257_R_20160314203612303.jpg
高架したで面白いものを見かけた、ちょっと面白そう
DSC02258_R_20160314203613348.jpg
以外と賑わっていたセンター街だった

神戸大空襲 その3

DSC02376_R_20160310194750aa2.jpg
京橋交差点海側、京橋筋南詰には神戸海軍操練所跡碑がある
DSC02380_R_20160310194751f9a.jpg
神戸海軍操練所は、江戸時代の元治元(1864年)5月に、江戸幕府軍艦奉行の勝海舟の建言により幕府が神戸に設置した海軍士官養成機関、海軍工廠である
DSC02381_R_20160310194752b8d.jpg
神戸海軍操練所跡由来
DSC02382_R_201603101947555f9.jpg
右ページ
DSC02383_R_201603101947561e3.jpg
左ページ
DSC02384_R_20160310200150eac.jpg
読み辛いが、右側に「旧戦艦の錨・・・・・錆で読めん」9200(9200kg)とある
DSC02387_R_201603102001519d3.jpg
震災の影響なのか、折れてしまっているようだ
DSC02388_R_20160310200154fdd.jpg
神戸電信発祥の地碑、ちなみに後ろのビルはDOCOMOビル
DSC02389_R_20160310200155177.jpg
高速の向こうに、神戸港の夜景が見える
DSC02470_R_20160310225033ee6.jpg
みなと公園の一角
DSC02471_R_2016031022503511a.jpg
メリケン地蔵尊
DSC02472_R_20160310225037cd2.jpg
神戸海軍操練所記念碑(海軍営の碑)、陸奥宗光の顕彰碑
DSC02473_R_20160310225038215.jpg
DSC02474_R_20160310225039648.jpg
DSC02475_R_20160310231006dd6.jpg
DSC02476_R_20160310231009a9d.jpg
DSC02477_R_20160310231010e00.jpg
DSC02479_R_2016031023101196a.jpg
裏側も上げておく
DSC02480_R_20160310231012b4a.jpg
DSC02481_R_20160310231547798.jpg
DSC02482_R_20160310231550665.jpg
DSC02483_R_201603102315515c5.jpg
DSC02484_R_20160310231552a71.jpg
DSC02485_R_2016031023155346e.jpg
この二つの碑は先の「神戸海軍操練所跡碑」と離れた所にある、何故隣にしなかったのだろう?
IMG_0861_R.jpg
阪神防衛司令部
IMG_0864_R.jpg
神戸教会は戦時中、阪神防衛司令部として接収されていた
IMG_0866_R.jpg
入り口の一角に
IMG_0868_R.jpg
割れた石版が置かれている
IMG_0869_R.jpg
神戸で戦跡としての説明板があった、初めての物件だった
IMG_0873_R.jpg
この塔の一部には、摂取されていた頃の迷彩の跡がうっすらと残っているそうだ
IMG_0876_R.jpg
歩道橋に登ってみた、本館との根元の辺りに何となく黒ずみが有るが、定かではない
IMG_0909_R.jpg
花隈公園にやって来た(花隈城跡)
IMG_0900_R.jpg
東郷井なる物がある
IMG_0901_R.jpg
広く知られている戦艦「大和」「武蔵」は二代目で、両艦ともに初代は明治期に既に存在していた、余談になるがなんとこの初代「大和」は太平洋戦争を生き延びたのだ、昭和10年(1935年)4月1日除籍の後、司法省の所管に移され、浦賀港内に繋留されて、少年刑務所の宿泊船になったのだが、老朽化で解体のため横浜に回航されたが、昭和20年(1945年)9月18日、台風のため鶴見川の河口に沈没、奇しくも初代、二代目共に同じ年に終焉を迎えている
IMG_0904_R.jpg
この石碑も倒壊したのか、補修跡が随所に見える
IMG_0910_R.jpg
場所はここ、神戸教会は書いてないが、中央右下の歩道橋マークの辺りにある

このたびまた、「月刊モデルアート」イラストで見る二本陸・海軍機大図鑑②に自分の提供した資料が載る事になりました
26P~29P辺りの記事に載っていますので、御一読頂ければ幸いです。
DSC02789_R_201603132359173ae.jpg
DSC02793_R_20160313235918c57.jpg
DSC02795_R_2016031323592066b.jpg
DSC02796_R_20160313235921510.jpg
DSC02798_R_201603132359226d4.jpg
書店で見かけたら、ぺらぺらっと見てみて下さい、佐藤氏のイラスト画もかなり見ごたえがあります
出来れば記念に御購入を!CM

とある地下壕で発見した当時の本物の遺物であり、ここにはまだ大量に眠っている
ここは一般人の入れない施設内にあり、捜索は不可能だろう、このような遺物のある地下壕を発見する事の喜び
楽しさに取りつかれた様に山狩りをする変な奴のブログを見て頂き、感謝です
記事にして下さった関係者様にも感謝します。

神戸大空襲 その2 (旧居留地・元町地区)

DSC02532_R_20160309120022855.jpg
国道2号線、メインストリートとなる道路
DSC02531_R_20160309120020739.jpg
旧居留地海岸通だった
DSC02469_R_201603091200181e0.jpg
そこに面するこの上下のアンマッチなビル
DSC02540_R_20160309120023b5c.jpg
海岸ビルと言われるここには、機銃掃射痕が残っている、大戦中、海軍武官府がおかれていたのだ。
そのため米軍艦載機グラマンによる激しい機銃掃射を受けることになった
DSC02543_R_20160309120024beb.jpg
機銃掃射痕はセメントで埋められているが、南面の壁に数多く見ることができる
DSC02544_R_20160309123306c37.jpg
実際にこのビルに海軍武官府があったかは、定かではない、隣のビルとの記述もある
DSC02545_R_20160309123308f94.jpg
ちなみに阪神大震災でビルは全壊しているので、再建時に当時の石材を利用して立て直されている
DSC02549_R_20160309123310e8e.jpg
したがって1階部分にしか機銃掃射痕は見る事が出来ない
DSC02542_R_20160309123305d66.jpg
内部は耐震近代建築になっている
DSC02548_R_2016030912331008d.jpg
石材自体は当時のストックを使用、木製の扉などは再利用されている
DSC02468_R_201603091330578d3.jpg
となりの商船三井ビルディング
DSC02556_R_20160309133059096.jpg
このビルにも多少の機銃掃射痕があるそうだが
DSC02559_R_20160309133100060.jpg
今回は探していない
DSC02366_R_201603092143171d9.jpg
神戸市立博物館
DSC02367_R_20160309214318bd8.jpg
登録有形文化財に指定されている
DSC02368_R_2016030921432088a.jpg
ここにも機銃掃射痕が残っている
DSC02369_R_2016030921432107f.jpg
南側から撃たれてる
DSC02370_R_20160309214322f85.jpg
複数回に渡って掃射されているのがわかる
DSC02373_R_20160309215940088.jpg
正面入り口
DSC02371_R_20160309215936352.jpg
このスロープ付近に集中して機銃掃射のあとがある
DSC02372_R_20160309215938b30.jpg
スロープの外側には何故か傷が無い
DSC02375_R_2016030921594148b.jpg
建物自体は、旧横浜正金銀行(現 三菱東京UFJ銀行)神戸支店ビルを転用している
DSC02393_R_201603092253284dd.jpg
チャータードビル
DSC02394_R_2016030922532960e.jpg
正確にはチャータード銀行ビル神戸支店
DSC02398_R_20160309225331d14.jpg
数は少ないが、ここにも残っている
DSC02399_R_20160309225333671.jpg
この様な機銃痕に付いては、どのガイドブックも触れていない
DSC02400_R_20160309225333957.jpg
もちろん現地の史跡案内板すらも無い、観光地って事なのだろう
DSC02613_R_201603092319230ff.jpg
旧三菱銀行神戸支店、後ろの青いのは神戸クリスタルタワー
DSC02614_R_201603092319259c6.jpg
現在は、ファミリアホールと言い、アパレルメーカーのファミリアが所有している
DSC02615_R_20160309231927896.jpg
歴史主義建築ではあるが、不思議に建造物認定を受けていない
DSC02617_R_20160309231928f44.jpg
それでも機銃痕は受けていた
DSC02618_R_20160309231929830.jpg
東側数箇所に見て取れた
DSC02619_R_20160309232949f55.jpg
スヌーピー(ピーナッツ)の石像、キャラクター商品の製造販売をしている
DSC02623_R_2016030923294941f.jpg
このビルは旧居留区からかなり外れ、神戸駅付近にある

神戸大空襲 その1 (三宮地区)

神戸とその周辺地域は1945年(昭和20年)1月3日から終戦までの約8ヶ月間に大小合わせて128回の空襲を受け、特に3月17日および6月5日の市街地絨毯爆撃と川西航空機甲南工場を標的とした5月11日の戦略爆撃によって大きな被害を受けた。
被害状況に関する公式記録は存在せず、具体的な数字ははっきりしていないが被害面積は神戸周辺都市部の21%に及び、少なくとも8841名の市民が犠牲となり15万人といわれる負傷者、焼失家屋15万戸、のべ65万人もの人々が家屋に被害を受けたといわれている。
これは、人口および面積から換算した被害率としては当時の五大都市の中でも最悪の数字であった。
周辺の部隊の反撃もあり、京都の高射砲部隊がB-29アシッドテスト(機長ユージン・F・トーランド少佐)を撃墜するなどの戦果もあったものの、上空からアメリカ軍機を駆逐するには至らなかった。
神戸市の「神戸 災害と戦災 資料館 -平和の尊さを次の世代へ- 」に写真が多く載っているので興味があればどうぞ。
Kobe_after_the_1945_air_raid.jpg
戦災だけではなく、昭和13年7月3日~5日の大水害、3日間で462ミリに達し、死者616名、被災家屋89,715戸に達する大災害となった事や阪神・淡路大震災、平成7年1月17日未明(5時46分)に阪神・淡路地域を襲った建築物(全壊67,421棟、半壊55,145棟(H7.12.22現在)、火災による焼損は全焼 6,965棟、半焼 80棟、部分焼270棟、ぼや71棟、延べ焼損している
神戸が復興の街と言われる由縁である。
DSC_0352_R_20160307223228710.jpg
新幹線で新神戸まで行く
DSC_0355_R.jpg
JR三ノ宮駅に到着(実際には地下鉄で来ている)
DSC02144_R_20160307223230db5.jpg
JRは新幹線に直通していない、神戸市営地下鉄(別料金)で移動
DSC02148_R_2016030722323270d.jpg
西神・山手線で三宮、阪急電車に向う
DSC02151_R_20160307225537fa6.jpg
阪急電車の西側ホーム
DSC02152_R_2016030722554070e.jpg
ピカピカのマルーンが出迎えてくれた
DSC02165_R_20160307225541466.jpg
この近辺、三宮駅って5~6こ有るので阪急電鉄を目指そう
DSC02166_R_20160307225542a0f.jpg
4番線のホームが一番分かりやすい
DSC02156_R_20160307232256d0c.jpg
屋根は木製の部分と金属製の部分があるので、金属製の方を探す
DSC02157_R_201603072322570c5.jpg
良く見ると、あちこちに補修の跡が見て取れる
DSC02158_R_20160307232259b72.jpg
これらは、B-29の焼夷弾の貫通痕だったりする
DSC02159_R_20160307232301e2f.jpg
幸いにも開放型の駅舎だったので、焼け残る事が出来た
DSC02160_R_2016030723230177f.jpg
焼夷弾は今で言うナパーム、油脂よる火災なので水をかけても消えないのだ
DSC02163_R_2016030723344548a.jpg
兎に角あちこちに開いている
DSC02164_R_20160307233447cd8.jpg
しかしお客の8割はこの事実を知らないのだろうな
DSC02170_R_201603072334499b1.jpg
フラワー通りに出る
DSC02189_R_201603072334514e3.jpg
JR三宮前に架かる遊歩道橋
DSC02187_R_20160307233450f2b.jpg
こんな所にも空襲の傷跡がある
DSC02169_R_20160307234329760.jpg
このフェンスの内側
DSC02178_R_20160307234335936.jpg
加納町第一架道橋
DSC02174_R_20160307234334c15.jpg
フェンス越しに見ると、穴がある
DSC02172_R_2016030723433046b.jpg
グラマン戦闘機の機銃痕と紹介されている(一部P-51との記述もあり)
DSC02173_R_20160307234332015.jpg
山側から海側に貫通している
DSC02179_R_20160307235657cf2.jpg
神戸では線路を基準に、北南を山側、海側で区別しているようだ
IMG_0930_R.jpg
デパートの中の案内表示もこんな感じ
DSC02180_R_20160307235658d40.jpg
相当な密度で打ち込まれている
DSC02182_R_20160307235700c11.jpg
これも駅利用者達は知らないのだろうな~
DSC02191_R_20160307235702cea.jpg
この辺の電車事情はかなり複雑なので、訪問時は下調べをちゃんとしよう
DSC02198_R_201603082225017ef.jpg
生田神社に向う
DSC02199_R_20160308222503828.jpg
この神社に付いては、別枠で紹介するので、一部のみ紹介する
DSC02223_R_2016030822250570d.jpg
御神木、俗に言う被災樹である
DSC02224_R_20160308222507ddf.jpg
楠の神木(再生の象徴)
DSC02226_R_20160308222507902.jpg
下の方はかなり爛れているが、しっかりと根着いていた
DSC02259_R_20160308223708da6.jpg
生田神社を後にする
DSC02281_R_20160308223710325.jpg
大丸 神戸店の辺りまで来た時
DSC02283_R_20160308223712f09.jpg
山が見えた、何かある!
DSC02284_R_20160308223713398.jpg
さすが海軍の街、イカリマークが飾られている(夜中にライトUPあり)
IMG_0946_R.jpg
三宮神社にやって来た
IMG_0947_R.jpg
直接太平洋戦争とは関係無いが
IMG_0948_R.jpg
大砲が飾ってあったりする
IMG_0949_R.jpg
太平洋戦争どころか、神戸事件にも関係の無い大砲
IMG_0950_R.jpg
早咲きの桜(梅?)に包まれ、沈黙を続ける古き大砲

神戸探訪プレ

今回東男のyakumoは一度は行きたいと思っていた神戸に行って来た
身の軽い独身貴族とは言え、関西方面はおいそれとは行けないのが現実だが、今後とも訪れるだろう
いま、関西が楽しくて仕方が無い、戦跡以外の訪問も面白く感じてきた今日この頃である
今日帰って来たばかりだが、楽しかったので少しだけ紹介することにした
DSC_0352_R.jpg
新幹線で約2時間半、新神戸に到着
DSC_0353_R.jpg
神戸空襲時の弾痕
DSC02152_R_20160306230430b44.jpg
sanaの部屋で有名な『阪急マルーン』
DSC02160_R_20160306230431ca7.jpg
そのホームには焼夷弾の貫通口がある
DSC02193_R_2016030623043435e.jpg
神戸と言えば牛
DSC02215_R_20160306235256148.jpg
生田神社
DSC02286_R_20160306235258dce.jpg
南京町
DSC02323_R_201603062353007df.jpg
外国人居留地
DSC02339_R_20160306235717928.jpg
怪しい石造
DSC02345_R_20160306235719df7.jpg
夜の街
DSC02360_R_2016030623572102a.jpg
ライトUP
DSC02410_R_2016030623572228c.jpg
居留区の夜
DSC02457_R_201603062357237c6.jpg
夜明けの居留区
IMG_0830_R.jpg
ネコカフェ
IMG_0944_R.jpg
牛美味い

人には色んな出会いがある
仕事や学校、偶然の出会いと様々なものがあるだろう
人だけでなく、風景、町並み、過去の建造物
美味しいもの、綺麗なもの、可愛いもの
戦跡以外のものに目を向けるようになった人生を変えるような出会いもある
そんな出会いを大切に生きて行きたい

呉 両城防空壕 (200階段)

両城一丁目の200階段の登り口近くに、防空壕跡がある、これは海軍軍需部の倉庫としてつくられたものだそうだ
両城小学校の西門近くに今も残っている。
DSC07717_R.jpg
江田島方面から呉市内に戻って来た、もう夕暮れ近くなっている
DSC07718_R_201602212302017f2.jpg
通りすがりに海を見ると、ステキな物が見えていた
DSC07719_R_2016022123020236d.jpg
手前LST-4001輸送艦「おおすみ」
DSC07722_R_201602212306530c5.jpg
後ろはDDH-182ヘリコプター搭載型護衛艦「いせ」
DSC07723_R_20160221230204683.jpg
後ろはDD-106「さみだれ」、この艦とは縁があるようだ
DSC07724_R_201602212318126ab.jpg
車で流しながらの撮影となったが、有名物件
DSC07725_R_201602212318144b0.jpg
戦艦大和を建造したドック「やまとのふるさと」
DSC07726_R_20160221231815b95.jpg
夏の木々の繁りっぷりで、看板が見えやんかった(夏の記事を今頃まだ書いてるやつ)
DSC07727_R_20160221231817c25.jpg
迷いながらも、目的地に到着(海猿ロケ地)
DSC07728_R_20160221231818547.jpg
これが200階段、登って見ると実際は250段以上あったと思うのだが?
DSC07729_R_20160221232544f72.jpg
確かに眺めはいいのだが、かなりキツイし、むしろ降りるのが大変である
DSC07730_R_2016022123254653b.jpg
両城小学校の西門、来るならこれで地図を見るのがいい
DSC07731_R_20160221232548a2c.jpg
両城防空壕は、道端にある
DSC07732_R_201602212325497d2.jpg
説明板がある
DSC07733_R_20160221232550333.jpg
中はすぐに封鎖されている、呉は、大きなものだけでも6回も空襲を受けた、2日間で民間人1869人が犠牲になったこともあるそうだ、壕内で煙による一酸化炭素中毒で全滅した壕もあったそうだが、この場所では無事に爆撃を免れたそうだ
DSC07734_R_20160221234005af3.jpg
場所はここ(なぜに呉の文字が小さい?)
DSC07735_R_20160221234007d27.jpg
軍港の町としての発展に伴い、住居が平地では足らずに、急斜面に造成されたのがこの「階段住宅」とも言われる地域であるのだが、海軍士官なども多く流れてきたので、煉瓦の壁、塀などが其処此処に残っていて、楽しませて呉れる
DSC07738_R_20160221234009ac2.jpg
普段一人だったら絶対泊らないホテルに帰り、外を眺めると200階段が見えた(解らんけどこっちの方)
DSC07737_R_20160221234008c00.jpg
2泊3日で唯一食べた広島らしい食事、「広島焼き」

呉 コンクリート曳航式油槽船

DSC07687_R_2016021823322050a.jpg
江田島からの帰り道、白い橋が見えてきた
DSC07688_R_20160218233222f30.jpg
487号線白瀬大橋
DSC07689_R_20160218233222801.jpg
車移動の難点は、ゆっくり橋の下が見れないことだな
DSC07690_R_20160218233224fc3.jpg
白い島、三ツ子島が見えてきた、メキシコ産の工業塩を輸入し貯蔵するための場所になっているのだ
DSC07691_R_20160218233226e54.jpg
昭和初期以降、この島には大日本帝国海軍が伝染病予防のための消毒施設(検疫所)として「呉海軍病院三ツ子島消毒所」を置いていた、元々海軍は明治時代には広島湾内にあった似島消毒所を用いていたが、老朽化と組織再編に伴いこの地に消毒所を設けることとなり、1923年(大正12年)9月着工、1928年(昭和3年)11月竣工した、この建物の基礎が今も島に残されている。
また島に空母天城が碇泊されていたが呉軍港空襲により損傷し浸水横転のうえ着底している。
DSC_0335_R.jpg
下に移っているのが天城である、この他にもミッドウエーで沈んだ4空母の乗員や、爆沈した陸奥の乗員もこの島に一時的に隔離されている事で有名である。
DSC07697_R_20160218234737ed7.jpg
防波堤建設記念碑が目印となる
DSC07695_R_20160218234735beb.jpg
一見それとは解かり難い
DSC07696_R_201602182347361ef.jpg
左の舳先を見ると、船なのが解る(コンクリート船のせいで良く見ないと区別出来ない)
DSC07698_R_20160218234738998.jpg
回り込んで、近寄っていく
DSC07699_R_2016021823474085e.jpg
これが「コンクリート曳航船」である
DSC07700_R_20160219214841ccd.jpg
船殻が割れてしまっている
DSC07701_R_20160219214843185.jpg
先に上げたコンクリート船武智丸と違い、船首は丸い
DSC07702_R_201602192148445e8.jpg
船首に楊錨施設が無いのも曳航船のせいなのか?
DSC07704_R_20160219214845d5f.jpg
船首が鉄板で覆われている所は同じだ
DSC07705_R_201602192205341df.jpg
給油口だろうか?丸い穴を埋めた跡がある
DSC07706_R_20160219220536eb7.jpg
船首の上はのっぺらとしていて、何も無い
DSC07707_R_20160219220537811.jpg
船体上部、左側の壁は後に防波堤として増設されたもの
DSC07708_R_201602192205381c5.jpg
前方方向を見ると、船体下方がずんぐりとタンク状になっているのがわかる(階段は後ずけ)
DSC07709_R_20160219220540e0e.jpg
この部分は防波堤として足りない高さを増設したもの
DSC07710_R_20160220215547468.jpg
先端まで来た
DSC07711_R_2016022021554896b.jpg
船尾から眺める、知らなければただの不恰好な防波堤だろう
DSC07713_R_201602202155502ff.jpg
こうすると、船の原型がなんとなく掴める気がする
DSC07714_R_201602202155525ae.jpg
地元に溶け込み、これからも港を波から守る防波堤としての余生を末永く過ごして欲しい
DSC07716_R_20160220215552294.jpg
さて、帰ろう呉市内に!

コンクリート曳航式油槽船とは、昭和17年(1942)から計画・研究が開始され、昭和18年(1943)に合計5隻が建造された無人の曳航式油槽船、要するにタンカーである、実際には自力航行が出来ないので、輸送任務にも就けずに軍港内で浮きタンクとして使われただけだった、元々「武智丸型」のたたき台として建造された物なので、試作の粋を脱しないのだろう
この他にも山口県下松市の笠戸湾内に座礁放置されているのがもう一隻現存しているそうだ
総積載量 1200t、全長 52m、全幅 5.8m