京グルメ 【ASSEMBLAGES KAKIMOTO~Diner.~】

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  ASSEMBLAGES KAKIMOTO ~Diner.~










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  「パティシエ」
  「ショコラティエ」
  「キュイジニェ」
  3つの顔を持つシェフが織りなす
  味と味の組み合わせ

  "香りと香りの組み合わせ"










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  松茸と大トロの炙り










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  フォアグラ
  ベラベッカ
  金柑のジャム










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  琵琶湖産ホンモロコ

  "大感動の一皿"
  ほんまに珍しいお魚"モロコ"
  80度という低い温度の油で揚げて
  その後で焼きを入れています
  ふっくら、しっとり、ヒレはサクサク

  "うまいのなんの"とはこういう事です
  









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  チーズクリームのエクレア










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  シュー生地はサックリ
  チーズクリームふわっと










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  ラクレットチーズ
  帆立貝柱
  洋ナシ










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  ラクレットチーズは
  アルプスの少女ハイジが
  おじいさんの家で食べていたチーズ










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  鹿児島豚
  ミョウガ
  洋ナシ









 
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  シェフより、
  「さて、これは何でしょう?」










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  イクラをペーストして
  昆布出汁で割ったスープヌードル

  新しいお料理に驚きと感動










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  熊本牛と巨峰










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  牛の脂
  「美味しおす。」










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  カツオ炙りのお茶漬け

  
  仕上げに"カラスミ"を削って降りかけ
  お茶をサラリと流していただきます










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  カラスミの塩気がお茶漬けにピッタリ
  そして、 
  カツオの本当の美味しさを知りました









  
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  ディセール 一皿目

  無花果コンポート
  ブランマンジェ オ カフェ










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  ふたを開けると
  コーヒーの香り










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  ディセール 二皿目

  ペースピスターシュ










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  ピスタチオのシャーベット
  ココナッツクリーム










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  フランボワーズ
  「おいしおす。」










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  御幸町竹屋町東入ル
  









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  ここは京洛中人の
  新しい夜の隠れ家










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  誰にも教えたくないお店





  ※「 sanaの部屋 」で掲載している写真は、
   私自身がスマートフォンで撮影した
   全てオリジナル写真です。




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京グルメ 【和ごころ泉 ~夜の京会席~】

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  和ごころ泉 ~夜の京会席~










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  食前酒から始まります










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  先付け










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  お椀










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  鱧おとし
  ふわふわの鱧と♡
  「"まったけ"やん♡」










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  向付け










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  三重県の大吟醸「作(ざく)」
  銀塗りの徳利と杯

  女将さんによれば、
  「三重のもんが穴場!」らしい
  今の、京洛中では、
  三重県産が狙い目で最先端のようです
  










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  八寸










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  焼き物

  子持ち鮎
  「これ揚げたはるんですか?」
  「いえいえ、焼きだけです」
  「でも、ふっくらしっとりしてます..」
  「鮎の脂を落とさないよう、かえしながら1時間半かけてじっくり焼いています」










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  すり流し










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  炊合せ碗










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  蓋をあけると
  「まったけ♡」
  本日二度目のまったけ♡










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  2016年
  福井県産の新米です










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  新米の良い香り










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  ご飯お漬物と赤出汁










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  水菓子










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  お菓子お薄(おうす)





  ※「 sanaの部屋 」で掲載している写真は、
   私自身がスマートフォンで撮影した
   全てオリジナル写真です。




京の美味しいもん / 気軽なお店(うどん・蕎麦)

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  京の美味しいもん
  気軽なお店(京うどん・蕎麦)

  「 おあがりやす。 」













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  仁王門 うね乃
  お出汁専門店のうどん屋さん
  川端仁王門通東入ル










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  冷やしちらしうどん










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  かき揚げおろしうどん










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  肉と九条ネギのうどん










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  むかご御飯とお漬物
   
  ここのお漬物、
  ほんまに美味しい♡










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  これはメニューにない一皿
  店長さんが特別に出してくれはりました


   
















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  上七軒歌舞練場近くに
  私が幼い頃から食べに行っているお店があります










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  "北野をどり"は毎年の楽しみ









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  ふた葉
  今出川七本松西入ル
 









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  しっぽくうどん










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  たぬきうどん
 
  これが京都の"たぬきうどん"です
  大阪、神戸や奈良のたぬきうどんとは
  ちょっと違うみたいです

  "甘く炊いたおあげさん"と"九条ネギ"
  これに餡かけ生姜で、たぬきうどん




















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  夷川つるや
  土手町通夷川上ル










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  梅しそおろし蕎麦










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  限定つるや弁当










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  だし巻き卵




















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  手打ちそば屋 花もも
  丸太町麩屋町西入ル










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  鴨なんば










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  すだち蕎麦










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  ざる蕎麦




















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  ろうじな
  寺町夷川西入ル










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  お昼のお決まり










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  鴨せいろ










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  夜は一杯呑みながら蕎麦










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  鴨の生ハムと無花果










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  玉子とじ蕎麦










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  もり蕎麦










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 ※「 sanaの部屋 」で掲載している写真は、
   私自身がスマートフォンで撮影した
   全てオリジナル写真です。




京グルメ 【和ごころ泉 ~お昼の京会席~】

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  和ごころ泉 ~お昼の京会席~










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  烏丸仏光寺東入ル下ル










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  食前酒と冷酒"まるたけえびす"










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  先付け










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  「銀杏おいしおす。」










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  お椀
  名残鱧
   
  お出汁のまろみ
  京の味










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  お造り










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  八寸










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  子持ち鮎
  「これ揚げたはるんですか?」
  「いえいえ、焼きだけです」
  「でも、ふっくらしっとりしてます..」
  「鮎の脂を落とさないよう、かえしながら1時間半かけてじっくり焼いています」










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  炊合せ

  美しい京金継ぎの蓋物碗
  壊れても金の装飾でうまれ変る
  そこに美があります










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  御飯










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  お漬け物と焙じ茶










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  水菓子










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  金箔琥珀羹










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  お薄(おうす)





 ※「 sanaの部屋 」で掲載している写真は、
   私自身がスマートフォンで撮影した
   全てオリジナル写真です。




愛する恐ろしい京都 (街角文化編)

関西圏と関東圏では、当然の事ながら言葉(関西弁、関東弁)も違う、風習も違う
東男yakumoが、京都において困った事、感じた事、感心した事などを、横浜人目線で書いてみる
始めに断って置くが、京都を卑下する、下に見るなどと戯けた意味合いではない、ただ感じた違いを
京女sanaの監修の元に、ちょっと綴ってみたくなったのだ。
なお、京都市全体では無く、概ね洛中(京都中心地)の限られた地域においての比較である
なんせ洛中以外の外へ、あまり出た事が無いので、紹介しようも無いのである・・・(中途半端ですいません)


いけず石

まず、「いけず」について軽く触れておくと、関東では直訳すると、「いけず=いじわる」と言われている
本当のいけずの意味とは違うのだが、関東人にいけずの説明をするには、本一冊ぐらいの説明が必要になるだろう
ごく簡単にだけ自分なりの解釈で説明する。

多くの書籍やネット情報を見ると、「いけず=いじわる」の方程式が固定化されている
文面にして、京都以外の人間が読めば、確かにそう読めてしまうのだろう
しかし、関東流のいじわるには、殆んどの場合「悪意がある」(大なり小なりあるだろうが)
信じられないだろうが、京都のいけずには「悪意が何も無い」のだ、
つまり単なる文化の違いによる【誤解】なのだ

関東では、【物事は明確に解りやすく伝える】という教育が染み付いているので、直接的な物言いになるのだが
京都の染み付いた文化はそれとは違う、
直接的なものの言い方は「感じが悪くなる」との認識で、絶対に口に出さないのだ
そこで登場したのが「いけず」である、表面上は蔑まず、貶めるような事は言わないが、
「この言葉から察しろよ」っ的なニュアンスを含ませた言葉を使うのだ

関東の様に、「解りやすく直接否定する」、「間違いを正す」のではなく、
京都のそれは、「言われた人が間違いに気が付いて、考えてくれれば良い」という、
【本人に恥をかかせない様な気使い】でもあるのだ (場の空気を悪くさせないためでもある)

京都人は、兎に角場の空気が重要視される文化なので、
「悪意の無い遠まわしな伝え方」となるのだ
京都人としては「気が付いて」と言っているのだが、
他からは「遠まわしないやみ」に映るのだろう
それがはっきり物を言わない、いじわるな言い方と認識されているようだ

本題に戻ろう

いけず石とは、京都だけではなく、日本全国で見受けられるのだが、「京都=いけず」のイメージで必然的に注目されている
京都の路地は非常に狭いため、車で通るのは難易度が高く、頻繁に車が家の角や壁を擦るなどの事故が生じる、そこで家の角に石を置いて家を守る、自衛手段として普及したのが始まりだ。
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京都人は、兎に角揉め事が好きじゃない、下手くそなドライバーが家や塀にぶつかっても、そのまま逃げらるのは気分が悪いが、その都度ドライバーと揉める事はしたくない、京都人は「触らぬ神に祟りなし」を基本原則として生きている所がある、そこでいけず石を置く事にしてみたのだ。
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ここでポイントとなるのは、あくまで自分の敷地内に置く事は合法であり、それにぶつかって車が壊れても、なんら責任は無い
車の方が勝手に敷地内に入って来たからである、これは古い町屋に多く見受けられる
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しかし最近の住宅事情は敷地いっぱいに建物を建てる為、敷地内にいけず石を置くスペースが無い
したがって道路に直接置く状況が現出しているらしいが、これは完全に非合法で、置いた事が特定出来るなら
道路交通法違反となる(線路の置石と同じ)、諸刃の剣となる物も多い
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いけず石のいやらしさは、別の所にもある、右ハンドルの車で左折しようとした時に、いけず石は殆んどの場合
直近では視認できないのだ、ガリガリと擦って初めて存在に気が付く事になる
地元の住民はそこにあるのを知っているが、「よそさん」は知らない・・・
ぶつかって初めて気付き、「京都人はいけずやなぁ」=意地悪やなぁって事になる
あくまで自衛の策なのだが、ぶつかった方には意地悪にしか取れないのだろう・・・
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いけず石の利用法、雨どいからの雨水噴出を避け、歩行者への配慮としている
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いけず石を探していて、sanaが面白い物を見つけた、〇に私・・・はじめて見た(開けて見たいけど、さすがに出来ひんな~)



京都は歩車道の優先順位が関東と違う

ある時、sanaが「大阪の友達によく京都は運転荒いてか恐いわぁ言われるんやけど」と言っていた

関東では、基本的に交差点では横断歩道を歩く歩行者が最優先されるが、京都では車が優先されている
関東の様に「引けるもんなら引いてみろ!」は通じない、ほんまに引かれるでぇ~
この点も京都の運転は荒いと、大阪の人によく言われる理由の一つなんだろう
実際問題として、限られたメインストリート以外は道幅が狭く、通行人がいなくなるまで悠長に待ってられへん
ってのが実状なのだろう
関東の標準4m道路が、3mだと思ってもいい所が随所にあるのだ、しかたがない
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メインストリートの一つ、三条通り(sana曰く、これでも京都では大通りなんやでっ!)

次に歩道であるが、メインストリートにはかなり広い歩道を設けている、
がっ!しかしっ!!
ここも歩行者にとって安全ではない、
なぜなら、かなりの場所で自転車レーンが併設されているからだ
関東人のyakumoは普通に歩道を歩いているつもりだったが、sanaに「引かれるでぇ~」と声をかけられて振り向くと
自転車が避けもせずに突っ込んで来た、チリンチリン鳴らしながら・・・・
歩道の半分を自転車ゾーンが占めていて、更にその他の部分も普通に走行しているのだ、結構こわい!
これがまた通勤時間帯になると、暴走自転車軍団が大挙して走行するため、歩行者は自転車に轢かれないよう肩身狭く歩道の隅っこを歩くそうだ
特に街中撮り歩きをしているyakumoは、自転車にとってかなり弩迷惑な障害物だったであろう
以来街中では自転車にビビりながら撮り歩きをしている(結局こりてないのだが、勉強はした)


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平地の多い京都市内は自転車の普及率が異常に高い!正に自転車王国である
最近では外国人観光客まで自転車乗ってるし、しかも集団で、
へたな公共機関より、自転車の方が早い場合もあるし、なにより買ってしまえば後はタダやし!



〇犬矢来(いぬやらい)、駒寄せ

京町家(きょうまちや)とは、京都に建てられた町屋である、職住一体型の住居形式で、建築様式としては町家造りと呼ばれる
ここでは関東では見かけない物が見受けられる、それは犬矢来(いぬやらい)、駒寄せなどと言われている

語源は「犬を追い払う」ということを「犬をやらう」と言い、その言葉に漢字を当てて「犬矢来」となったとされている
町屋の特徴、犬矢来は、生活に根差した実用性も高く、泥棒除けや道路との境界線の役目も果たしていると共に
雨が降った時に、地面からの雨水の跳ね返りが家の板塀に当たるのを防ぐ役割もある
端から痛む事を前提としているので、取り外しが容易で低コスト、曲げやすく加工し易い平割竹が一般的に使われている
平割竹に手打ちの釘である皆折釘が規則正しく列になり、シンプルなデザ インを作り出し町屋の風情を引き立てている

江戸時代中期から作られているようで、京都以外では、川越、近江八幡、 倉敷、尾道、津和野、松山、高知などにも現存している
しかし、いずれも旧家の老朽化、道路の拡張などで失われつつあるそうだ。
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移動可能で、エアコンの室外機のカバーとして使ってる場合もある
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金属製の物も近年は増えており、犬矢来としてだけではなく垣根の柵や装飾としても用いられている
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しかし京都のお店や町屋には、不思議としっくりと来る、正に京都らしいと言えるものだろう

似た様な物に駒寄せがある、「駒(馬)を寄せる」=“駒寄せ”馬が家の塀を蹴ったりするのを防ぐとある
荷物を運んだ牛馬をつなぎ止めるためのものが装飾化したものだそうだ
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手前の低い柵状のものがそうである
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タイプはいろいろあるようだ
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他にも丸太に竹棒を二本か三本ざっくりと縄で結んだだけの「つばどめ」などもある


虫籠窓(むしこまど)

明治期までの町家の2階部分に使われた標準的な窓で、開け閉めをする為ではなく通風や採光の為の窓である
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基本的に縦の格子状になっている
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中が見えず目隠しに丁度いい
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半分しか写ってないが、代表的な虫籠窓である


ばったり床几(しょうぎ)

折りたたみ式のベンチでばったん床几ともいう、玄関先でくつろぐ為にあったのだろうが、現在は交通事情もあり
道に面した椅子を広げられる事も無く、減少の一途を辿っているようだ
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内側の足を前に出してベンチになる構造
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殆んどが玄関先にちょこんと付いているが、格納状態である
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改築後にも新しく採用しているお店もあるようだ


格子

京町家に特徴的な格子、接道部に用いられる、光を採り入れ、中からは外が見えるが外からは中が見えにくいのが利点
紅殻格子とも呼ばれるものが多く、紅殻(べんがら)と呼ばれる酸化第二鉄(赤サビ)を主成分とした粉末にエゴマ油などを混ぜて塗られている防腐、防虫効果があるものだ
格子の形は構造、形態、商売(職業)などによって異なってくるようだ (図で説明しているサイト
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横の壁には格子は無く、道路側のみが格子となる
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玄関も新興住宅以外は殆んどがこの様な格子を取り入れている

代表的な4つの格子を紹介しておく

糸屋格子
採光に適した格子構造をしており格子上部が切り取られている、色ものを扱う糸屋・呉服屋などの繊維関係のお店に用いられていた、切子の数(縦の一マスの本数)は職業の必要採光にあわせて、織屋は4本切子、糸・紐屋は3本切子、呉服屋は2本切子となっている。
京都には数多くの呉服店が残っているため、このタイプの格子を数多く見ることができる

仕舞屋格子(しもたやごうし)
商いを行っていない町家につけられた出格子で、1本1本の竪子が細く薄い形状で、できている。

酒屋・米屋格子
重い酒樽や米俵がぶつかっても壊れないように太い格子で頑丈に作られている。

炭屋格子
炭や薪を扱うため、燃えた炭が飛んでいくのを防ぐための作りになっています。近隣住民への配慮としてつけられるようになったため、格子のすき間を狭くなっている。
京都文化博物館の新館に行くと、「ろーじてんぽ」があり、ここの店舗は様々な格子が各店に展示されていて、実際に比較することができるので、機会があればどうぞ


京都 烏丸通りから和ごころ泉へ

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とらやを出た後、丸田町に下る道すがら、いのししの護王神社に立ち寄った
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平安京をつくった人の碑、和気清麻呂公(わけのきよまろこう)
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表門から入って行く
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拝殿の前を、折りよく神主さん達が通り過ぎていった、御祈祷に向っているところだった
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聖鳳殿(めっちゃでかい絵馬)
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お手水「幸運の霊猪」
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もちろん触って来ました、磨り減るぐらいに!
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中門が閉まっていて、本殿が見れなかった
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足萎難儀回復の碑と霊猪の手水舎
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「願かけ猪」と「座立亥串」
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チェーンソー彫刻「飛翔親子猪」
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社務所
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全国から奉納された「いのししコレクション」が陳列されている
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神社を出ると御所が見える、遠くに見える御山が好きだ
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平安女学院大学 有栖館(国登録有形文化財)
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有栖川宮家は江戸時代に四親王といわれた宮家のひとつで、この邸宅は京都御所の西側の建礼門前に建てられたものが、現在のアグネス教会の北側に移築されたもの
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1891年以降京都地方裁判所の宿舎であったが、平安女学院が教育施設として取得した
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角に来ると、ステキな煉瓦の建物が見えて来た
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緑が繁り、全体が見渡せないのが残念だ
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こちらが正面入り口のようだ
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聖アグネス教会
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隣の平安女学院の礼拝堂として建設された
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三層の鐘塔
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ステンドグラスを内側から見てみたいものだ
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菅原院天満宮神社
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おちょぼ口がなんかかわいい
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道真誕生の地と言われている場所は他にもあるが、ここ菅原院天満宮もその一つとされている
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道真が使ったとされる産湯の井戸
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由緒
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途中、石畳の図子(ずし、行き止まりの路地)に入ってみる、辻地蔵が横向きなのが気になった
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何の事は無い、図子ではなく直角に曲がったロージ(路地、通り抜け可能)であった
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さらに歩くと、奇妙な造りの煉瓦塀があった
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大丸ヴィラ
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大丸百貨店の社長であった下村正太郎氏が自邸として建てたもの
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昭和7年(1932)に建てられた建物で、当時はかなりモダンだっただろう
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京都市の登録文化財に指定されている
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予約をしていた「和ごころ泉」に着いた
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京都で名を馳せた「桜田」の後継者となるお店
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祇園祭のちまきが飾ってある
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個室からは箱庭のような中庭が見える
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食前酒の梅酒


和ごころ泉のお食事は、次回sanaの部屋にて紹介します、お楽しみに!

 Instagram インスタグラム 「 sana の部屋 」にて、一部公開中  


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御所は広い、10月のとある日のちょっとした散歩道
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細かく歩いたら、丸一日かける事も出来るだろう
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賀茂川はいつ見てもいい景色を見せてくれる、たとえ雨だとしても・・・
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シーズンにはあちこちに川床が建ち並ぶ賀茂川の支流
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街中でちょっと見かけた御神輿
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かと思ったら、キャスターが付いていて、山車になっていた、担ぎ手の不足だろうか?
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御所から少し武者小路通を西に入った所にある武者小路千家 官休庵
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官休庵は千利休の道統を継ぐ武者小路千家に伝わる茶道を保存育成し、その精神を一般に普及し、もって日本文化の向上に貢献する事を目的として昭和40年に設立された庵、こんな史跡を見て回るのも京都の楽しみ方の一つだろう

京都 御所と虎屋御所には

「虎屋と言えば、赤坂か銀座だろう」なんて、思いっきり間違った思い違いが関東には蔓延している
「虎屋と言えば、京都一条です」というのが正しい認識
虎屋は室町時代後期より京都で創業し、1586年(天正14年)に御在位中から御所の御用を承っている
驚く事に1695年(元禄8年)には既に「御菓子之畫圖」が作られ、お得意様に預け、注文を頂くカタログとして使われていた。
1869年(明治2年)東京遷都にともない、当時の店主12代光正は、御所御用の菓子司として、京都の店はそのままに、東京へ進出する、神田、丸の内、八重洲へと移転これが関東への初進出である。
1879年(明治12年)銀座に店舗を開設、後に赤坂表(元赤坂1丁目)に移転する。
1947年(昭和22年)3月5日 、銀座店を開店する、これが現在の銀座店となる、年数ははっきりしないが400~500年近く前から京都とで創業しているのが判るだろう(ホムペ参考

京都の人に「虎屋って京都にもあるんだ」っとか言おうものなら大変な事になる
くれぐれも間違わない様に!

御所に深く関わりのある虎屋に行く前に、御所を訪れてみた

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御所にはいたる所に門があり、自由に出入り出来る
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もちろん基本的には歩行のみ可能、自転車等は入り口に置いて行く
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二人でしばしゆっくりとした散歩を楽しむ
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御所の周りは全て道路に面している、地元の人の憩いの場として親しまれている
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その御所の目の前に、虎屋はある
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駐車場は1台分しかないので、なるべく公共機関を利用しよう
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メタリックなエンブレムに様々な光が映りこんで、見ていると何気に面白かったりする
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「とらや 京都一条店」
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お店で管理しているのだろう辻地蔵は、綺麗にお供えがされている
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京一条とらやの碑
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店内は間接照明がいい感じで静か
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猫背のとらがかわいい、台座に矢(屋)も書いてある
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御熨斗もかっこいい
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販売店舗、直営店の裏側に虎屋菓寮がある
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向かいには本田味噌本店がある(西京白味噌で有名)
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開店まであと少しあるので、お庭を見せてもらう
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とても良く手入れされている中庭
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芝が青々としている
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中庭にあるお稲荷さんにお参りする
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隣には白く綺麗な蔵が建っている
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京都特有の中庭の井戸、見えただけで3ヶ所にあった
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虎屋菓寮(のれんの写真撮るの忘れてしまった)
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開店の準備が整ったようだ
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入り口にはフロントと資料コーナーがある、日本文化に関わる書籍約600冊を自由に閲覧できる
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店内の様子
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今回はテラス席をチョイス
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足元には蚊取り線香を置いてくれる
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庭を眺めながら注文を決める
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とらやのお品書き、カッコよす
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見飽きない中庭を眺めながら、朝の風に涼を得る
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水面に生える芝生の緑が鮮やかだ
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抹茶あずき(白玉付き)とおうす、たっぷりとかかった蜜と氷の中にこれでもかと入っているあずきが濃厚
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朝方見たサンプルのお菓子をたのんで見た(水滴は朝方の雨による)
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季節の生菓子、抹茶オレ
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ゆったりとした時間に満足した
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いくつかsanaが御土産を持たせてくれた、その中の一つに面白い物がある、ゴルフボール型の最中(多分限定生産)
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近くにあった謎の石像猿だろうか?まさか河童!(誰か知ってますか?)
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車両の出入りする御所の門がある
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ちょっと覗いてみると、向こうの山に
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京都五山送り火で知られる東山如意ケ嶽の「大文字」が見える、ちょっと感激した
ちなみに箱根などで言われる「大文字焼き」の呼称は京都では使われていないので注意!
なお、今でこそ五山(ホントは6ヶ所)であるが、以前には「い(市原野)・「ー」(鳴滝)・「竹の先に鈴」(西山)・「蛇」(北嵯峨)・「長刀(観空寺村)なども、送り火として点火されていたが、早く廃絶に帰した。(長刀見たかったな~)
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五山位置図(京都市観光協会出典)
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KBS京都TV局などを眺めながら散歩をする


10/19よりsanaの部屋を公開します、下記目次にて公開予定を掲示してますので、お楽しみに!

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京都 東寺(教王護国寺)

東寺(とうじ)は、京都市南区九条町にある仏教寺院。真言宗の根本道場であり、東寺真言宗の総本山でもある。「教王護国寺」(きょうおうごこくじ)とも呼ばれる(名称については「寺号」の節を参照)。山号は八幡山。本尊は薬師如来。寺紋は雲形紋(東寺雲)。

東寺は平安京鎮護のための官寺として建立が始められた後、嵯峨天皇より空海(弘法大師)に下賜され、真言密教の根本道場として栄えた。中世以降の東寺は弘法大師に対する信仰の高まりとともに「お大師様の寺」として庶民の信仰を集めるようになり、21世紀の今日も京都の代表的な名所として存続している。昭和9年(1934年)に国の史跡に指定、平成6年(1994年)12月には「古都京都の文化財」として世界遺産に登録された。(wikipediaより)
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東寺に到着した、京都駅から徒歩15分程度だろう
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左側に五重塔が見える
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北総門から進入する
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門の右側には、幾つかの碑が建っている
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よっぽどこの上にあがって写真撮ったりする奴がおったんやろうな~
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門から真っ直ぐな石畳が伸びる
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食堂は、二度にわたり倒壊し、これは昭和9年に再建された物である(現在お食事を食べられる訳では無い、資料館的な場所で、御朱印もここで貰う)
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蓮のお堀に囲まれた宝蔵、平安後期建立の校倉(あぜくら)造倉庫で、東寺最古の建造物である
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拝観受付、500円なり
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夜叉神堂
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雄雌二対のお堂
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不二桜(八重紅枝垂れ桜)
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講堂、土一揆による火災で焼失し、室町時代の延徳3年(1491年)に再建された
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金堂、やはり土一揆で焼失し、現存の建物は慶長8年(1603年)に再建された
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五重塔、雨上がりの早朝となると、圧倒的に光量が足りひん、真っ黒になってしまった
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高さ54.8メートルは木造塔としては日本一の高さを誇る、雷火や不審火で4回焼失しており、現在の塔は5代目で、寛永21年(1644年)に造られたものである
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奥に門が見えるので、行ってみる
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七福神の毘沙門天を祭っているようだ
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兜跋毘沙門天像を安置するために建てられたお堂
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なんで工事中?せっかくきたんに・・・
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工事中でもお賽銭箱は置いてある
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展示は当然見れない
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かつて空海が住房としていた、境内西北部の「西院」(さいいん)と呼ばれる一画に建つ住宅風の仏堂である
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大日堂、大日如来像を安置している
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鐘楼、規模の割りには小さい鐘楼だ
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宝物館、文化財等が眠っている
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鳩や猫に餌をあげるとカラスが寄ってきて困ると書いてある
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五重塔はここから見るのが一番良いかも!(晴れてる時に)


京都 伏見稲荷大社(御旅所)

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御旅所(おたびじょ)とは、祭礼のときに神輿を本宮から移し一時的に奉安する場所の事で、伏見稲荷大社の御旅所は、かつては「油小路七条」と「八条坊門猪熊」の2ヶ所にあったそうだが、豊臣秀吉が一つに合わせてこの地に移したと伝えられている。
普段は静かな御旅所だが、4月・5月の稲荷祭の期間には一変し、大変賑わうそうだ。
稲荷祭は、毎年4月20日に一番近い日曜日に行われる神幸祭と、5月3日の還幸祭、その間に氏子祭(区内巡幸)という3行事1セットの大きな行事です。
大社自体はもっと南東に下った所にあるので間違わないように。

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京都駅の南側は、北側ほど煌びやかではない
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駅のコインロッカーにいろんな花の絵が描いてある
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自分が何の花に荷物を入れたか覚えやすくする為だろう、気遣いだなぁ~
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新幹線と近鉄京都線の交差点
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京都駅を出て南西、油小路を東寺に向う
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伏見稲荷大社に徒歩10分程で到着
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一礼して鳥居をくぐる
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誰一人いない境内が大変宜しい
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右を見ると、稲荷社と末社摂社が並んでいる、向って右から紹介する
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大神宮、天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)、豊受皇大神(とようけのすめおおかみ)
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稲荷社、稲荷大神(いなりおおかみ)
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上命婦社、上之命婦(かみのみょうぶ)
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下命婦社、下之命婦(しものみょうぶ)
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「六齋念仏踊り」などを踊る神楽殿
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不明だが、5ブロックあるようなので、各御神輿の用具庫かと思われる
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北側の鳥居
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神輿奉安所兼社務所(ここに御神輿を5基格納出来る)
伏見稲荷大社のお神輿の巡幸は、大社からこの御旅所までトラックで移動する
実は、トラックを使用するのにも理由があり、現在の伏見稲荷大社の境内の周辺付近は、京都・藤森神社の巡幸する地域(氏子地域/その神社の地域に住む住民のこと)とされている、要するにテリトリーが違うのだ、他の神社のを荒らす訳には行かない苦肉の策であったが、珍しいトラック巡航として注目を浴びる事になっている。
(トラック巡航の画像検索)
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二丸大明神
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昔使われていた水桶なのだろう
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一回りしたので次に向う
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この通りには辻地蔵が多い
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正に同じ物が全く無いので、見ていて飽きない
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新築のお家にもしっかりと移動されず引き継がれている、京都の良き慣習
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京都のゴミは、このように一軒毎に家の前に出す、変なもの出したらすぐバレてしまい、あの家はあかんでって噂が知らない内に広まって行くシステム、ある意味京都にマッチしているだろう
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次なる目的地が見えて来た
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目的地、東寺に到着!

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愛する恐ろしい京都(京都人の性格編その1)

関西圏と関東圏では、当然の事ながら言葉(関西弁、関東弁)も違う、風習も違う
東男yakumoが、京都において困った事、感じた事、感心した事などを、横浜人目線で書いてみる
始めに断って置くが、京都を卑下する、下に見るなどと戯けた意味合いではない、ただ感じた違いを
京女sanaの監修の元に、ちょっと綴ってみたくなったのだ。
なお、京都市全体では無く、概ね洛中(京都中心地)の限られた地域においての比較である
なんせ洛中以外の外へ、あまり出た事が無いので、紹介しようも無いのである・・・(中途半端ですいません)

あくまで東男yakumoが京都に通い詰め、実際に感じた部分を摘み取って紹介して行く(関東人目線で)
京都の人から見たら、ちょっとニュアンスが???みたいな部分もあるかも知れない
年単位で自分の足で歩き回って感じた事なので、2~3日京都を訪問して京都を知った気になる様な
京都人が聞いたら「そないな程度で、京都を語らんといて~」なんて怒られそうな人とは違う、大分マシな紹介だと思う
まだまだ読み取れず、理解し切れない部分があるが、時間をかけて勉強していきたい
「その1」とはそんな意味だ、も少し理解が深まったら「その2」を書けるだろう。





関東人yakumoは一人だと、お店で良い思いは中々出来ない

京都の老舗等のお店に関東人が訪れた際に、勘が鋭い人なら気付くであろうが、妙な疎外感を感じるだろう
大抵の老舗は「お馴染みさんだけでやっていけるから・・・」と思っている
だがそこは商売である、一見さんでも、来た客はそれなりに、感じ良くにこやかに対応をしてくれる
がっ!しかしっ!!
観察力のある人なら、他に居る地元京都人のお客さんとの応対の差に気付く事が出来るだろう
観光客には「お店の人から何か冷たい対応をされた」的な印象を持つ人も多いはずだ、
それは正解なのである
関東人が普通に思っている「お客は金払っているんだから上に見られて当然だ!」的な思考が京都では嫌いな人が多い
もちろん全部の関東人がそんな人ばかりではないのだが、自分は客なんだから偉そうに横柄に振る舞って良い、という観光客は事実、多いのだ・・・

特に、一流のお店になると、お馴染みさん以外の人の直接の来店はもちろん、予約さえも中々通らない
そんな場合も京都人はもちろん、直接的に断るのではない、
「予約がいっぱいです。」とか、「今日は材料を使い切ってしまいました。」など、やんわりと遠まわしにお断りさせてもらう事がある
しかし、yakumoが電話で予約の取れなかった日付けに、京都弁のsanaが予約の訪問をすると、すんなり予約が取れたりする。
ここでポイントとなるのが、お店に失礼のない様に自らが訪問し挨拶をさせて貰うという姿勢が必要なのである
前記の様に、「食べに行ってやるんだから」みたいな、「客なんだから」って感じの態度は一切取ってはいけない
お店にとってそれは大変に失礼に映る行為なのだ、
つまり、「客が上でお店は下という上下関係ありき」みたいな関東風は通じない。
京都人の仲介などがあって、初めてお伺いが出来るほどの狭き門が、老舗やちゃんとしたお店には多いのだ
もちろん観光客目当てのお店も数多く存在するので、そちらなら普通に行けるだろう
京都の観光地には、そのようないわゆる「外資系」(京都資本ではない店)が多く、接客も関東風で観光客からの評判も良い

関東人は基本的に「よそさん」と京都人に認識されている、それは外国人に対するそれと同等である
余談だが、洛中の人から見ると洛外の人は、同じ様に「よそさん」の扱いをされるらしい、
ただし!!
これらは全て、表面上には読み取りにくい表現でなされる、
それゆえ我々「よそさん」は誰もその「差別?!区別?!」気付くことはない
ここが、京都人の恐ろしい一面である、おーこわっ。
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飲食店にかぎらず、老舗ではその格式を尊重し、失礼の無い気遣いを心がけよう(老舗以外ならOKなわけじゃないよ)





京都人の中華思想

基本的に城の内(平安京範囲内)以外は京都では無い
これが洛中に住む人の常識である
もちろん近年はこの考えも若干は薄れて来ていると思うが、実は根強く残っている
今の若い京都洛中人には、そのような考えはないと思われているようであるが
実は、若い洛中人にも、このような考えは根強く残っているのが本当の実像である
彼ら若い洛中人もDNAに逆らえず、心の中で思っていることなど絶対に「よそさん」には"本音"を吐かない
中国で言うところの「選民(せんみん)意識」、選ばれし民であると言う意識が根底にある
元々は中国の文化人(地位のある知識人)が、中国王朝が滅びるたびに粛清を逃れて日本に亡命し、そこで広まったのが京文化の始まりとも言えるのだ

前回の記事でも触れているが、洛中(平安京内)と洛外(平安京外)との意識差はここから来ている
たとえばこんな話がある、sanaの会社内で休み時間での会話で、洛中に住む5~6人と北山に住むBの会話
上司Aが、「まだまだ暑い日が続くな~」って言ったところ、
北山に住む部下Bが、「いや~朝晩は大分涼しくなりましたよ。」って返した
このBの発言に対して、洛中に居住している上司Aから、すかさず「さすが北山やな~」と返された
一見、普通の会話に思えるが、それは違う、ここが京都人のそこはかとなく恐いところである
この本当の意味は、「京都の気候を北山の人が(北山ふぜいが)代表して言うんやなぁ・・・」って意味を含んでいる
そこには洛中の人にとって、「北山は京都では無い」と言う認識がまざまざと伺える、おーこわっ。
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洛西にある世界遺産「天竜寺」、京都市右京区の嵯峨にある
洛中人からは、ここもまた「京都では無い」と言われてしまうのだ、可愛そうな「世界遺産」天竜寺





京都人は貸し借りを作らない

これはあくまで、他人に迷惑をかけない為だ、
自分が人に何かをした事により、相手の人が「お礼やお返しをしなければ!」と考えないで済むように、との考えである
新潟方面のように「家は家、他人は他人」という割り切った考え方ではなく、あくまで気遣いなのである。
たとえば、家の前の「打ち水」は、絶対に自分の家の前のみで、隣の範囲内には撒くことはしない
隣の人が家の前を撒いてくれたから、うちもお返しに撒いてあげなくてはならないと、思わせない様にする為だ
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洛中にある京都の町屋には、必ず中庭がある、
その中庭を見る事が出来るのは、招かれた人だけである
うなぎの寝床の様な、間口が狭く奥行が長~い家が多いので、採光の為に必ず儲けられているそうだ



この記事を書いて、sanaに監修を頼んだら、「これ、ほとんど京都の悪口ですやん」て言われた、
恐る恐る「この記事公開してもいい?」ってきいたら、「まぁええんちゃう?」って・・・
「ええんちゃう」って・・・・・?!それって「良くない」ってことだよね?!
だかしかし!ここでひるんで記事を公開しなければ東男がすたる!!
でも、このまま公開した後のsanaの反応が怖くてドキドキしているyakumoであった、おーこわっ。

≪追記≫
ここまで色々と、京都人の恐るべき実態を書いてしまったが、
実際には、yakumoは京都のお店で嫌な思いをした事は無い、京女sanaと常に一緒だからである
予約も全てsanaにお願いしてやってもらっている、その方がスムーズでお店にも迷惑がかからないからだ
京都人sanaがあっての気持ちの良いフレンドリーとも言える対応を受ける事が出来ているが
一人であったらば、前出のように事実上の門前払いを受けているのであろう、感謝しなければ。

京都人の基本姿勢は「下から下から」である、これは慣れない関東人にとってとても気持ちが良く
まるで優位に立っている(好意的に扱われている)と勘違いしてしまいがちであるが
「京都人の言葉を額面どおりに受け取らんといて~」とよく言われる
yakumoの京都人との交流経験からすると、「京都人から褒められたときは要注意!」である
そういう時は、だいたい褒められてはいない、
京都人の言葉の本当の意味を察する事は、関東人には難しく、解りにくい
京都は場の(人の)空気を察する事でなりたっている、解らないで調子に乗ると大変な目に合う
京都人が低姿勢で接してくれていても、場の空気には気を使おう

面白い本を紹介する
「京都ぎらい」 井上章一 朝日新書 
「イケズの構造」 入江敦彦 新潮文庫

読んでみると、なるほどなと納得できるだろう

呉 戦跡まとめ

あまりにも長くかかった「戦跡 広島」編であったので、ついでにちょっとまとめて見た
カテゴリー「まとめページ」の、「戦跡まとめ その他の県」内「戦跡 広島」の中にも作ってあるが
探すのも大変なので、簡単なフラッシュバック記事と合わせてここに上げておく
気が付けば31件分もの記事になっていた、八丈島に次ぐ大きな訪問記となっていたようだ

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なぜか京都にいたりする
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鴨川に降り注ぐ雨、そう、スタートから雨に祟られていた
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車窓から東寺を見ながら広島の呉に向う
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広島到着、全てはこれからだ!
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まずは駅から近い大和ミュージアム
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空間利用の展示が見やすい
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大和波止場
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てつのくじら
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コンクリート船 武智丸
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大空山堡塁(大空公園)
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の砲座
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砲座から眺めた風景
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夜景も綺麗やったし(夜中まで探索しているyakumo)
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海上自衛隊第一術科学校
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大須山防空砲台
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三高山砲台(森林公園)砲台山 
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岸根(がんね)砲台
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アレイからすこじま
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潜水艦桟橋(海上自衛隊)
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呉 鎮守府司令長官官舎 (呉市入船山記念館)
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また瀬戸内の海を見てみたい
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一年間お付き合いありがとうございました

以下直リンまとめです、興味のある所だけ見てみて下さい

DSC06292_R_201509121751001d7.jpg大和ミュージアム その1(旅行記プレ)
DSC06359_R_20150912175102068.jpg大和ミュージアム その2
DSC06478_R_20150912175104de2.jpg大和ミュージアム その3
DSC06541_R_201509191721066d8.jpgてつのくじら館 その1
DSC06649_R_201509191721084cd.jpgてつのくじら館 その2
DSC06731_R.jpgコンクリート船 武智丸
DSC06784_R_2015092007230519b.jpg大空山堡塁(大空公園) その1
DSC06799_R_20150920092250f0b.jpg大空山堡塁(大空公園) その2
DSC06886_R_201509212035196e4.jpg高烏(たかがらす)砲台 その1
DSC06948_R.jpg高烏(たかがらす)砲台 その2
201511060022238db[1]_R呉 海上自衛隊第一術科学校 その1
DSC07055_R_201511072007344bc[1]_R呉 海上自衛隊第一術科学校 その2
DSC07170_R_201511092228460d3[1]_R呉 海上自衛隊第一術科学校 その3
DSC07235_R_201511132234322cb[1]_R呉 海上自衛隊第一術科学校 その4
DSC07368_R_20151127220157777[1]_R大須山防空砲台
DSC07452_R_20151202062224074[1]_R三高山砲台(森林公園)砲台山 その1
DSC07501_R_2015120322375858c[1]_R三高山砲台(森林公園)砲台山 その2
DSC07555_R_20151206235326ae4[1]_R三高山砲台(森林公園)砲台山 その3
DSC07569_R_20151209203219fa8[1]_R三高山砲台(森林公園)砲台山 その4
DSC07594_R_2015121106235610b[1]_R三高山砲台(森林公園)砲台山 その5
DSC07676_R_20151214234657f26[1]_R岸根(がんね)砲台
DSC07699_R_2016021823474085e[1]_R呉 コンクリート曳航式油槽船
DSC07731_R_20160221232548a2c_R.jpg呉 両城防空壕 (200階段)
DSC07971_R_20160617212414260_R.jpg呉 潜水艦桟橋(海上自衛隊)
DSC07755_R_2016022223411880f_R.jpg呉 灰ヶ峰防空砲台
DSC07777_R_20160223225413201_R.jpg呉 平原浄水場 呉海軍下士官兵集会所
DSC07807_R_20160226211443d54_R.jpg呉 歴史の見える丘
DSC07913_R_20160616211611200_R.jpg呉 海軍工廠 (あれいからすこじま
DSC07893_R_20160621204152ff1_R.jpg呉 海軍工廠倉庫遺構
DSC07845_R_20160301232307090_R.jpg呉 休石砲台
DSC08120_R_20160912161526b72_R.jpg呉 鎮守府司令長官官舎 (呉市入船山記念館)


呉 鎮守府司令長官官舎 (呉市入船山記念館)

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場所はここ、駅から歩く事も出来るだろう
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美術館前の駐車場に車を停めて入って行く
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子規の歌碑
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旧海軍工廠塔時計(現在も稼働中)
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番兵塔
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内側を見る
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修理の記録が貼ってあった
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元券売所、奥に新しいのが出来て移動したようだ
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往来安全石燈篭
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中に入場していく
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旧高烏砲台に在った物の移設利用
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横須賀軍港に関する物は幾つか残っているが、呉のはあまり聞かない
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若干低い入り口から入っていく
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内部は展示場になっている
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展示物の一部(ほとんど家にある様な物ばかりだった)
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頭を低くして出口をくぐる
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形式不明の砲身が展示してある(説明なし)
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こちらはアレイからすこじまで見たような、帆船時代の大砲だ
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新しい資料館でチケットを買う
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展示場は二階となる
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写真パネルが主で展示物は多くない
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軍艦用練炭、塊炭では重く不ぞろいでかさばってしまうのだ
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なぜか家にもあるカップやお皿達が並んでいた
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外に出て振り返ると、位置関係が良く判る
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軍港と言える場所には、たいがいこの手の地下タンクはあったが、未だに米軍基地か国有地となってる所が多い
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呉鎮守府司令長官官舎に向う
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海が近いせいか、塩害が出ているようだ
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覗き込むと立派な扉が見える
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錨の文様がいい感じだ
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中に入っていく
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洋風かと思ったら、半分は和風の部分もある建物だった
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屋内なのでただ貼っていく
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一通り回ったので脱出する
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火薬庫に戻って来た
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横に回ると、下に空間がある
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火薬庫に良くある防湿用の空間である
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こんな物が落ちていた、ちゃんと説明板とか付ければいいのに
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この辺の門柱などは当時の物だと思われる
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旧東郷邸、東郷平八郎の在任中の宿舎の一部で、正確には離れの座敷の移築である(現在休憩所)
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これにて呉の戦跡探訪が終了した
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実に記事が書き終わるまで1年以上が過ぎてしまった、世の中には記事にするネタが多すぎる
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楽しかった呉の時間も終わりを告げる
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後は新幹線で帰るだけ
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カープグッズが売っていた、さすがは広島だ
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偶然にも今年は優勝したようだ
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多分もう来れないだろう広島に別れを告げる

京都  The Ritz-Carlton, Kyoto (ピエール・エルメ・パリ)

今回は記念のお祝いにThe Ritz-Carlton, Kyoto (ザ・リッツ・カールトン京都)を予約した
普通に写真を撮ることのできる場所では無いので、大した紹介は出来ないが、記念に載せる
目的は、リッツでゆったりとした時間を過ごす事!
ザ・リッツ・カールトン自体は国内あちこちにあるのだが、朝から夜までピエール・エルメ尽くしが出来るのは京都だけなのだ
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外壁に並ぶ笹の緑を眺め歩くと
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二条大橋の袂にある建物
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The Ritz-Carlton, Kyoto に到着する
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門をくぐると、人力車のお出迎え
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左右に水の流れる小径
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据え付けのお水を頂ける(ガレージなど随所にある)
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この先は下の庭園の滝になっている
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青空に緑が良く映える
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狭間から見える、御山も良い
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振り返って門を見る
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夏の真昼間に、流れる水音は涼やかだ
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ホテル内に入ると最早撮影出来る雰囲気ではなくなる、以降自粛・・・

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時は流れモーニングを食べにラウンジに行く
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窓際で庭を眺めるのも良いだろう
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スマホでチラッと撮っていく、ギャラリー&ライブラリー空間
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この電灯の笠は、日本唯一の和傘職人京和傘の日吉屋さんによる照明、京都のイメージが良く出ている
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いよいよピエール・エルメ・パリのモーニングを頂ける
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まずはフルーツジュース
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これから先は、sanaの部屋で紹介してます(イスパハンめちゃ美味しかった)

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ホテルからのプレゼント、特別プレートを頂いた

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食べ終わって外に出た
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外は気持ちのいい朝だった(暑いけど)
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少し外を散歩する
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御池橋
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お堀の様な水路がある
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鴨は美味い
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幕末の大村益次郎、佐久間象山、遭難の碑などが並ぶ
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京料理 幾松(桂小五郎と幾松で有名)
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高瀬川
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店舗や会社の裏に位置するので、見るのは難しい
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歌碑
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高瀬舟、河川や浅海を航行するための木造船である
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高瀬舟は帆走もしくは馬や人間が曳いて運行され、物資の輸送を主な目的としていた
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角倉了以が京都・伏見間で開いた高瀬川は、高瀬舟の運航にちなんで名付けたもの
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島津創業記念資料館、創業100周年を記念して、創業者の初代島津源蔵を偲んで開設した
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ザ・リッツ・カールトンを出て、車で東に向う
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二条大橋から見たザ・リッツ・カールトン、車内から撮影で上手く撮れなかった
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賀茂川越しの御山が好きだ
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平安神宮をしかとして
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三条通に出る
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ちょっと来て見たかったお店
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raisin(レザン)
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すっごく美味しい店だった