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舞鶴 吉坂堡塁砲台(本堡塁)再訪 その2

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砲座から降りていく
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配置図
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砲座間の砲側弾薬庫
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落ち葉が溜まって、ぬかるんでいる
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太陽が当たるところだけ苔が映えている
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奥は真っ白
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砲座間の横墻の地下に弾薬庫はある
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中央の砲座
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階段を登った所になぜか深い排水溝
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即応弾薬置き場の蓋の止め具がちゃんと残っている
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砲座を降りて、次の弾薬庫へ
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次の砲座間の弾薬庫
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中は同じなので省略
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次の砲座に向かう
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こんな危ない位置に排水溝がある
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2門ある内の左側のカノン砲座
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砲を撤去する時に割られてしまっている
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右側の砲座、カノン砲座としては珍しく、前壁の窪みが円形ではない
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腰の高さぐらいの深さだった
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胸墻の形が独創的で面白い
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参考に隣の砲座の胸墻、これが普通だ
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ん、外れた所に何か有る
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地下通路?
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軍道を辿ると遺構が見えてきた
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円形観測所
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珍しくポケットも何も無いツルッとした内側
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意外と大きい
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とのさんの秘密道具で記念撮影
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いま居るのは右上の辺り
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一番端にある機関銃砲座
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三つのコブが判るだろうか?
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これが銃座間の横墻となり、被害を軽減する
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横墻間のこの部分から射撃する
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コブは人の高さぐらいだろう
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銃座から軍道が伸びている、右の上が砲座となる
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一番端っこまで歩いてきた
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上に上がると両津眉毛の胸墻の左側砲座
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各砲座の上を歩いて戻る
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メンバーが誰もいない
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観測所でお疲れ休みしていた
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入り口方面に戻る、4連弾薬庫
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一応この手の物は砲具庫とされている
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門の外の平場の排水溝
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ビンマニア達が収集を始めた
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よくも集めて来る物だ
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自分はこっちを探す、陸界だろうが読めない
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機銃掩体がある、堡塁入り口の防衛用だろう
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かなり歪な標柱がある
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陸界3字体が面白い
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碍子も落ちている
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謎のコンクリート
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桜の湯のみ
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薬ビンが多数落ちている
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いろんな形があるもんだ、微妙に違う
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戻ると増えていた
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他にも機銃掩体はいくつか外縁に沿って掘られている
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おのおの最後の撮影をする
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付属堡塁 に向けて出発する


堡塁は、銃座、砲座、指揮所、観測所、兵舎や弾薬庫となる掩蔽棲息部、交通路、等からなる(これらが必ずしも全て備えられている訳ではない)。

堡塁同士は互いに組み合わされて防衛線となっており、侵攻を阻んだ。一般には都市などの外周に作られ、堡塁が抜かれない限り内部に砲弾が落ちないように築かれた。

15世紀以降、大砲による攻城側の攻撃力の上昇に伴い、城壁は無力化し、従来の砦や城では大砲に対抗できなくなった。
そこで土を盛った防衛陣地を都市の外縁に配置した。砲撃の衝撃を軟らかい土で吸収しようという設計である。
また斜面を設け、攻城側の砲撃に対しては城内部が死角となり、一方で守城側からの砲撃・銃撃は死角が無いように設計された。
また、陣地がお互いの射程を補完することにより死角をなくし、更に多数の兵士による小銃による十字砲火を浴びせられるように設計された。こうした防御陣地が、堡塁の発祥である。
大日本帝国陸軍では、要塞を建設する際、対艦射撃用の海岸砲台を「砲台」、海岸砲台の背面を守る陸戦砲台を「保塁」として区別し、これらを複数組み合わせて、要塞を形成した。

堡塁は大砲の発展と共に姿を現し、航空機の登場と共に姿を消していった。
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より抜粋
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舞鶴 吉坂堡塁砲台(本堡塁)再訪 その1

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吉坂堡塁砲台(本堡塁)への車道を歩いて登る
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軽の4駆や軽トラなら車で登れる(分岐路は幾つかあるが標識は無い)
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砲台入り口に到着
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入り口付近には、建物の基礎が数多く残る
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発掘された、本来の深さの部分
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友ヶ島と良く似た井戸の形状
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奥には炊事場のような跡がある
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文字の入った耐火煉瓦
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高圧碍子も落ちている
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兵舎の方に移動する、大型兵舎が2棟並んでいた
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調査の為、掘り起こされた部分
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奥の棟と囲まれた土塁
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手前の棟と土塁
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中央にある土塁に上がる為の階段
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奥の一角に、1段下がった場所がある
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階段が気に入った空母氏
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ここにはおトイレがあった
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何か書いて有るような、ただのキズのような煉瓦
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トイレの排水溝
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近くに落ちていた瓦屋根
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瓦にも刻印があるようだ
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土塁から下の兵舎跡を見下ろす
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井戸を狙う空母氏
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門を狙う総軍さん
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門は外側から撮った方が絵になる
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コンクリートの床に根が張れず、傾いてしまった樹木
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70数年の自然の侵食
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窓の無い弾薬庫
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奥が丸みを帯びている
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通風孔の形も違う
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空母氏が上を見上げている
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おお!番号が振ってある。他には見当たらなかった
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兵舎跡
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奥には井戸がある
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飛び石の付いた立派なものだ
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ろ過水槽がある
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その向かいにある、4連の掩蔽部
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妙に広いスロープ
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右側の一つだけが、地形的に短い
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少しずれて全ての部屋が繋がっている
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長さ意外はみんな同じ構造だ
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突き抜けた通路
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外には排水溝がしっかり残っている
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4つとも写すのは意外に難しい
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これは三角点ではなく、砲陣地の座標を示す物らしい。横須賀の走水低砲台にもある。
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砲側弾薬庫
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緩やかなカーブがすばらしい
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入り口には銃眼が覗いている
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内側から見たところ
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弾薬庫の奥は、まんまるだ
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スロープを上がり、砲座に向かう
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カノン砲の砲座、一座に二門据えられていた
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この窪みの前に砲は据えられる

舞鶴 第三火薬廠(二回目)

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時間が押して来たので、山は諦めて第三火薬廠にやってきた
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御希望によりロシア病院を見ていく
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二度目なので、適当に切り上げる
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場所を移動する
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映画で有名になった弾薬庫に移動した
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日本の一番長い日のロケ地
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この入り口は映画の為に作られたセットである
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とって付けたようなベタな取っ手
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前室があり、内部にかまぼこ型の独立した弾薬庫が納まっている
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弾薬庫内部(一番奥に空母氏が居る)
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天井の電灯
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天井の通気孔
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手榴弾
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奥壁の通気及び点検口
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こんな感じに並んでいる
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戦後の調査と思われる壁面を壊して、鉄骨を露出させた部分
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横に開いてる通気孔
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外殻と内殻の隙間に入ってみる
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途中に登り梯子がある
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上部の隙間は1.5mほどか
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ドーム状の上に、木製の梯子が架かっていた様だが、腐ってこれ以上は進めない
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登って見たかったが、滑って落ちたらシャレにならん
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誰も登って来なかったので降りる
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あとは直角に曲がって一周するだけで面白みは無い
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反対側にも梯子はあった
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誰だこんな所で花火したのは?
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脱出する
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防火水槽
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爆発時の被害減少の為の土塁、通路トンネルで隣のブロックと接続
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建物の僅かな基礎を除いて、自然に帰りつつある
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倒れた海軍マークの消火栓
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この辺もいずれ再開発に消えそうだ
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火薬庫に到着した時には、すでに日が傾いていた
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うっすらと壁に迷彩色が残る
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米軍のステンシル
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思い思いに撮影していく
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なんかいる?
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別のトンネルに向かう
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コノ字形の広場で土塁に囲まれている
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広場には相当大きい建物が建っていた基礎が残っている
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機械台座も見受けられる
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もう一方の出入り口は切り通しになっている
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土塁の土止めのコンクリート
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最後に前回見た遂道式火薬庫
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こちら側は内側から鎖で施錠されている
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なので山の反対側に行ってみた
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鎖が着いていて、施錠されている様だがとのさんがちょいと
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おお!すごい綺麗だ。
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まだまだ普通に使えそうなレベルだった

千葉 陸軍印旛飛行場 佐倉連隊遺構(なりゆきキャンプ)

今回の台風で、千葉県は多大な被害を受けたという
今回は印旛飛行場の遺構を見て、ついでに佐倉連隊の遺構郡を見に来たのだが、千葉のグループが気になり
多少なりの支援物資を買い込み、突発的に慰問に訪れる事にした。
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千葉ニュータウンにある印旛飛行場唯一の遺構、無蓋掩体壕(天井の無い掩体壕)
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概要
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滑走路は2000X30のが3本あったが、もはや判別不能
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掩体壕の外径が20m高さ3mという。零戦の幅が9mとすれば、ほぼぎりぎり収まる
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パノラマを縮めてみた
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高さはせいぜい1.5m。上部の土が風雨で内側に流れ込んで現状になっているようだ
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横から後にかけて、上に盛るために掘ったのか、地面がえぐれている
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縮めて見るとよく判る
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実際に無蓋掩体壕を見たのは初めてだった、有蓋掩体だと壊すのに大変なので残る事もあるが、安易に破壊できる無蓋掩体壕は、ほとんど国内に残っていないだろう。
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マナーを守って見学して下さい!
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佐倉城址に佐倉連隊の遺構を見に行った(何回目だか知らんが)
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駐車場裏手の藪の奥に見えない様にひっそりとある
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知らなきゃ見つけられない所に、寄り添って置かれている
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園内は台風の影響で、おびただしい倒木が有り、正規のルートが通行止めになっている場所が有る
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一番有名な遺構がこれだろう
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結構急な階段
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変わった構造の階段だった
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前に来た時は、この案内板は無かった
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無残にも、倒木がめり込んでいる
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上手く直して欲しいものだ
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ここからもう少し奥に入ると
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弾薬庫の跡がある
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コンクリート塀の一部
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どんな建物だったのだろう
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から堀、
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この中に防空壕として使われた壕がある
位置は不特定
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変わった色のにゃんこがいた
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黒猫かわいい
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ただの原っぱでしかない
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駐車場から散策路に入ってすぐ近くにある遺構
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結構な個室の数が並んでいる
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ここが入り口だが、入り難そうだ
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かなり狭い個室だったようだ
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公園内にはこの様な標柱が多数有るのだが
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厚生省のものだ
細かい遺構は以前に上げているので、時間も無いしパスする

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現地メンバーと連絡を取り、急遽湖畔に集まる
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とりあえず火を起こし、設営準備をした
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月が昇ってくる、今夜は満月のお月見
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ロケーションは最高
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全ての準備が整った頃
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ヤクザなベンツがやって来た
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急な事で3人だけのキャンプとなった
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今回のメインディッシュ、秋刀魚
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炭焼き秋刀魚は、結構ありだ!
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肉も焼く
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タコさんウインナー
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初の試み、ホイル焼
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焼き時間が解らず、試行錯誤でまぁ成功
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ピザも焼く
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ベーコンはパパさんのおつまみ
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ありとあらゆる救援物資をほぼ平らげた
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月の昇った深夜、就寝する
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朝日が昇った
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パパさん爆酔中
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ねこさんは既に4時ごろから起きている
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とりあえずコーヒーなどを沸かす
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自分は餃子を
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ねこさんはチャーハンを作る、パパさんは?
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天気予報を裏切りピーカン
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とっとと後片付けをして
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撤収する、二人は家の作業があるのだ
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そしてまたここで、自分のちょっとだけ我侭が炸裂する
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帰りたい二人を説き伏せ、通り道に近い戦跡に寄り道する
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とてつもない小さな穴から突入するパパさん
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なんとこの壕は支保抗がそっくり残っている
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長くやってはいるが、こんなのは始めて見た
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この壕は、街道を狙う速射砲陣地のようだ
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背後に弾薬庫がある
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この場所の土質が悪く、ボロボロと崩れやすい
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入り口は外部からの土の流入で狭くなってしまっていた
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少し離れた場所にも大き目の穴があったが、奥に壁が見えているから防空壕だろう
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コンビニで解散しておのおの帰路に発つ
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昼間の湾岸を流しながら横浜に帰った

舞鶴 金岬砲台 その2

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下に下りると弾薬庫がある
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入り口の状態は良さそうだ
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階段を降りて行く
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床面はあまり綺麗ではない
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天井の通気孔
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半地下の出入り口
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石垣の曲線が綺麗だ
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ラピュタを思わせる砲座
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曲線の建造美と緑の侵食がいい
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14cmカノン砲砲座
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1門目
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2門目
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焼き過ぎ煉瓦の美しい砲座だった
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階段から上に上がる
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半円の手前数mに砲座を据える
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土塁にモルタルを塗ってある所がある、何だろう?
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少し離れた平場に、円形の穴と
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コンクリートのこんな物があった、何があったのだろう
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斜面を戻って行くと
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炊事場だ
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アルマイトの食器が落ちていた
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一回りしたので、撤収する
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霧が立ち込める原生林を戻って行く
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帰りは15分程で戻ってきた
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下山途中のこの沢で一時停止
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この橋は、砲台工事の時に掛けられた、当時ものの橋だ
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すぐ側には、陸界の標柱が苔むしている
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下界に下りて来ると、霧は回復してきた
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途中には色々な草ヒロ達がいた
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港に豪華客船が停泊していたが、誰も関心を示さない。筋金入りの変態達だった。

舞鶴 金岬砲台 その1

1934年(昭和9)の要塞整理処理要領にて廃止となった金岬砲台、21センチカノン砲4門、15センチカノン砲4門を備えていた。
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金崎砲台は、槙山砲台の途中から分岐した道を行く
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高低差は少なく、平坦でなだらかな道を20分程度で到着する
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昨日の雨のせいか、少し木が倒れている
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特に大した障害にはならない程度の倒木が少々
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土砂崩れで、路盤の無くなっている所が1ヵ所
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人一人余裕で歩ける足場と、ロープが確保されている
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しばらくすると、境界柵の柱と見られる遺構があった、ここから単独で上に上がる
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門柱の内側に直行してしまった
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反対には、対になる門柱が無かった
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門柱の脇には境界柵がみっちり並んでいる
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これらは当時と思われる針金で連結されている
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5分もすると、後続グループも登ってきた
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反対側には境界柵だけがある
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人物比空母氏
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門の中には様々な遺構が点在する
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石垣に囲まれた、炊事場のようだ
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ろ過水槽と井戸
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反対側
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井戸の中
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煉瓦には一片に線の様な刻印がこの辺ではポピュラーだ
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排水設備も充実
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ビンもいろいろ落ちている
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掩蔽部に向かう
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意外に漆喰が残っている
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通気孔は、途中から煉瓦の四角い煙突状になる
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出入り口、かなり状態がいいようだ
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植物の生え方がすごい
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連なった掩蔽部
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形状はほぼ同じだが
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金属フックが残っている
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出入り口にもフック類と、通気孔が開いている
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5つの部屋は、奥で全て繋がっていた
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出入り口形状も一緒
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全く同じなので省略する
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外に出ると、コンクリート基礎の煉瓦遺構がある
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どうやらおトイレのようだ
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綺麗な石垣に沿って進む
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石垣に囲まれたブロックがあった
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建物の基礎もある
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次の遺構が見えてきた
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今度は2連の掩蔽部
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かなり綺麗に残っている入り口
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中央と左側に伝声管がある
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年号の落書き
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左の伝声管はまだ生きている
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中央のは明かりが見えない
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隣の掩蔽部
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こちらには伝声管も何も無い
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表にはなぜか石材が散らばっている
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上に登ってみる
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コンクリートのプール状の遺構
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側遠機台の綺麗に残る観測所
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左右に小さな階段がある
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狭い所で20cm無いので、普通には通れない。だからか斜めにカットしてある290_R_20190901194456cd1.jpg
煉瓦造りの階段は普通だ
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すぐ隣にある砲台長位置
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伝声管はあるが、ポケットはな無い
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ポケットは階段の途中にある
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四等三角点
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舞要(舞鶴要塞)の標柱なのだが、何故か文字面を撮っていない
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なので総軍さんのブログからかっぱらう
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陸界143
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観ようによっては170にも見えるのが石柱の困った所だ
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陸界百四十 六号(いきなり漢字表記の枝番付き)
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陸界百四十 四号 他にもあったが汚れて読めない
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砲座の上に出た
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空母氏が真下にいた、高さ3mほどか?
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めんどくさいので飛び降りる
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即応弾薬置き場と伝声管
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こじんまりとした感じの21cmカノン砲座
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横にある階段
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確認に登ったが、さっきの観測所だ
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何かの台座のような遺構もある

舞鶴 槙山砲台 

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大渋滞の中、横浜を舞鶴に向けて出発する
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途中、パーキングなぞに寄りながら、空母氏との合流を試みる
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しかし微妙に先を走る空母氏に最後まで追い付く事は無かった
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何故か舞鶴に行く時は、必ず雨に祟られる
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舞鶴手前のパーキングエリアで、静岡の星空母氏と合流、午前3時まで宴が続く
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翌日の朝、白杉補助建築物に寄って行く、砲具庫と言われる建物
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糧食支庫
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弾薬庫
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さて、前回訪れた時は土砂崩れで通行止めになっていた道路が修復されたそうだとの情報を頂いた
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離合出来ない道をどんどん上る、正確には2.3ヶ所は離合ヶ所あり
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最終地点まで舗装道が伸びているが、天気により霧に包まれる
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山頂まで5km、20分ほど登り到着
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日本遺産 槙山砲台、28cm榴弾砲6門 3砲座×各2門 計6門  15cm臼砲4門 2砲座×各2門 計4門
後に10年式12cm高角砲4門、25ミリ単装機銃1基13ミリ単装機銃2基その他に電探機能もあった
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目の前の弾薬庫に向かう
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通風孔
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内側の漆喰は残っている
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表に出て、第一砲座に向かう
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即応弾薬置き場なのだが、第一砲座(28cm榴弾砲砲座)はハングライダー場にする為に破壊されてしまっている
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この通り何にも無い
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滑走台、これはつるつるで非常にやばかった
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弾薬庫の上に登ると、通風孔の上部が有った
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第一砲座と第二砲座の間には、塹壕状の指揮所?機銃掩体?
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砲台長位置の様な物もある
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面倒なので、第二砲座に飛び降りる
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胸墻部分が落下して来ている
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折れた通風管の様だ
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第二砲座の弾薬庫
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内部
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第三砲座、もはや分からん
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第三砲座の弾薬庫
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道路に面した弾薬庫の為か、風化が激しく殆どの漆喰が落ちている
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入り口付近は珍しく窓枠などの木材が残っている
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濾過水槽がある
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炊事場のような施設が有ったと思われる
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第四砲座、少しは整備して欲しい
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最後の三連掩蔽部
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全て独立した部屋が並んでいる
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閂の金具も残っている
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三連なのに内部接続は無い
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ドア部分には扉の鍵の部分も残っている
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目の前に山の反対向きの滑走台がある
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この先は変電施設で特に遺構は無さそうだった
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滑走台付近には、若干の用途不明基礎的な物が散見する
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一瞬だけ湾内が見下ろせた
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この辺の掩蔽部を観損ねた気がする
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下山途中、怪しげな穴を発見
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確かに穴が空いている、明治に防空壕は掘らないので、昭和の時代のモノだろう
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広い所で3x3ぐらいの結構な大きさだ、奥行きも30mほどか?
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突き当たって右に90度曲がって5mぐらいで閉塞
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槙山砲台に地下壕が有るなんて、聞いた事が無かった。