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佐世保海軍工廠造兵部 川棚魚雷遠距離発射場(片島魚雷発射試験場跡)その1

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片島公園に豪雨の中、到着した
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駐車場には、すでに何らかの遺構が見えている
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煉瓦の兵舎や倉庫の跡だろう
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貯水槽もある
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ここは、1918年(大正7年)に開設された魚雷発射試験場跡をはじめ、海軍工廠、魚雷艇訓練所など太平洋戦争当時、旧海軍の重要な軍事施設 がありました。魚雷発射試験場では、佐世保海軍工廠や三菱長崎兵器製作所で製造された魚雷の発射試験が行われた。すぐそばにある大きな建物(本部)の中で、魚雷の最終検査や調整などをしていたのではないかと言われています。また、当時魚雷発射の状況を記録・確認するための観測所跡も残っており、ここで合格となった魚雷のみ、船で佐世保鎮守府に送られていたそうです。
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観測所も10分程度で登れる
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有名な5連アーチの突堤が見えて来た
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空気圧縮ポンプ室跡
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その手前のコンクリート基礎は第一魚雷調整場跡
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数mは石垣が組まれている
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コンクリートの内部は非常に雑で、今なら許可が下りないレベル
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魚雷運搬軌条、中央がレールかと思ったら
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左右に2本あり、ポイントで切り替えていたようだ
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突端部分、ここで軌条は90度曲がる
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右側のカッターボンド、比較的良く残っている、角が面取りしてある
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端部のクレーン台座
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ここから先の崩壊は激しく、カッターボンドも削られている
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ここで魚雷はクレーンで海面に降ろされる
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これは呉のクレーンだが、同等の物があったのだろう
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水門の跡がある、波の影響が無い様に発射前は閉じていたのだろう
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魚雷発射場の左側の塔、外部に屋上までの梯子の痕跡がある
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右側にあっただろう塔は崩壊している、この間が魚雷降し口になる
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右塔横の窓から見る左塔のガレキ
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足元にはコンクリート加工された、ロープのスリットだろうか
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左塔のこの部分に、右塔との共有の屋根の庇跡がある
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二階部分には右塔への出入口もある
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ガレキの量からも、右塔は水門管理程度の平屋だったのだろう
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右塔の窓
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右塔の外縁部には、建物の痕跡が無い、塔すら無くて、壁のみだった可能性が強い
そもそもこの幅1m程度の所に塔を建てるのは無理だ。
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ここから1階部分が結合していたのだろう
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左塔の中に入る
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正面の丸窓を見ると
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新観測所と言われる探信儀領収試験場
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空気圧縮ポンプ室が見える
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ボロボロの桟橋部、なんでこんなにブロック化しているのだろう?一面ベタ基礎で平く塗れなかったのか?
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上を見上げると、2F3F共にゆかは抜けている
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この右上の面から梯子状の上り下りをしていたのだろう、階段は痕跡が無い
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興味深い建物だった
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護岸に残る階段、当時は少し浜があったらしい
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護岸の穴は空気圧縮ポンプ室からの排水溝か?


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佐世保 無窮洞 川棚魚雷艇訓練所跡(特攻殉国の碑)

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針尾送信所で、無窮洞を勧められたから行ってみる事にした
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無窮洞(むきゅうどう)とは、第二次世界大戦のさなか(1943年)、当時の宮村国民学校の教師と小学生たちが掘った巨大な防空壕のことです。中は幅約5m、奥行き約20m、生徒500人が避難できたというほどの大きさ。避難中でも授業や生活ができるように、教壇まで備えた教室をはじめ、トイレや炊事場、食料倉庫、さらには天皇の写真を奉ずる御真影部屋まで設けてあり、戦時下の時代背景を知ることが出来ます。 当時4年生以上の児童がツルハシで堀り進み、女子生徒がノミで仕上げたといわれ、工事は昭和18年8月~終戦の昭和20年8月15日まで続けられたそうです。(ウイキペディア)
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せっかく到着したのだが、コロナの影響か閉まっている(HP上は年末年始のみ休業)
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小学生の勤労像
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後ろの名前は校長が書いたらしい
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右にも小さく開口しているが、これは壕の前を道路に合わせて埋め立てたせいだろう
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金網越しに撮影、落書厳禁とある
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拾い物の内部図
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敢闘門から覗き込む
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教室となる主洞
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授業用の教壇がある
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水飲場がうかがえるが、見えるのはこの程度だった


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長崎県東彼杵郡川棚町新谷郷にある、特攻殉国の碑を見に行った
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海上自衛隊による建立(川棚魚雷艇訓練所跡)
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悪化する太平洋戦争の戦局を挽回するため魚雷艇の訓練所として1944年横須賀から移転開設されましたが、その年の9月頃より、特攻艇(震洋)要員の養成を始め、回天(魚雷)、伏龍(機雷)、蛟竜(小型潜水艇)などの要員養成にも力を入れていました。そして、この地で全国から志願した数万人の若者が日々訓練を受け、出陣し、3511名が死亡。ここにある特攻殉国の碑は、その殉国者全員の氏名が刻銘されています。
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碑文
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特攻殉国の碑資料館
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ここは事前予約で無いと、内部を観れない。TEL0956-82-4411
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資料館前の防波堤に向かう
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この公園の前辺り
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海上30mほどの所に遺構がある
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これは資材や震洋艇の上げ下ろしに使われたクレーンの基礎台座だそうだ。

佐世保無線電信所(針尾送信所)

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国道202号を外れてしばらく行くと、巨大な3本の柱が見えてくる
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300mの正三角形で造られた136mの高さのコンクリートの柱
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意外とあちこちに案内板があるので、初めてでも迷わない
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無料駐車場に車を停める(目の前は2号塔)
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右奥の建物がボランティアのいる案内所
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まずは手前にある油庫
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左側
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右側、扉がずいぶん高い位置にある
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外から見ると、こんな位置、この裏側にトロッコ軌条があった
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動力の無い手押しトロッコだったらしい
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夏の今は、まったく分からないが、段差の下に平坦地が続いているのは解る
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案内所だが、門衛所の複製らしい
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この基礎の石垣はオリジナルらしい
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門衛所の下の道が当時のメイン道路
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門柱が1対残っている
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曲がったヒンジ
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個人なら事前予約はいらず、無料で見学できる
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ここから先は様々な建物の基礎が残る
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兵舎はL字型に増築されている
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全体の写真
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兵舎基礎
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井戸とトロッコの一部
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階段、入り口は裏面にあったようだ
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水槽だろうか?
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兵舎の背面に穴がある
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綺麗なコンクリート造りだが、用具庫か?説明は無い
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脇の通路を上がる
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コンクリート通路の右側が本来の通路のようだ
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3号無線塔に向かう
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ウインチと中心基部
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何かの構成部品だろうか
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見上げるとすごい高さを感じる
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空中線のワイヤーを引っ張るウエイト
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入り口前のスロープ、調査のために切断されたのだろう


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東屋の様な物がある
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らしく見えないが。れっきとした遺構だった
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こんな形状の見張り所は、初めて見る
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机の様な物が取り付けられている
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ここから鳴門の渦を見るらしい
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一旦戻る
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海保の現行の針尾送信所の裏手に電信室がある
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手前にある階段
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背面の貯水槽に登る為だろう(フェンスで入れない)
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電信室は勝手に開けて入る
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左側の半地下室入り口
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個人見学では入れない
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当時の写真とは別物に見える
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実は屋根に載っていた対爆の盛り土を下に降ろしたら1階部分が埋まってしまった(この地上は二階にあたる)、土をどかして屋根をコンクリート補強したらしい。
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このアーチ部分が半地下部分の窓、戦時中のせいかかなり適当に見える
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送信機電源室
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ドーム状の部屋
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左右に別室があるようだ
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屋根はコンクリートで後に対弾補強されたが、元は煉瓦のようだ
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近い内に屋根の修復工事に現在の屋根は撤去されるらしい、本来の姿は今の内である。

佐世保市前畑地区倉庫群及び海軍前畑弾薬庫

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佐世保港
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上から見れなかった旧海軍工廠修理艦船係留場付近
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下に250Tクレーンの表示がある
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強襲揚陸艦:LHA-6 アメリカの後ろの緑のクレーンが現存している250Tクレーンだ
佐世保重工業(株)佐世保造船所はかつての佐世保海軍工廠の施設を受け継いで発足した「佐世保船舶工業(SSK)」が前身となっている。
ここから見える建物の多くが海軍工廠時代のものだが、特に目を惹くものが250トン起重機である。これはイギリスのサー・ウィリアム・アロル社に発注され、大正2年(1913)に完成した。
高さ62m、回転部の長さは81mに及ぶ。
その形状が槌に似ているため「ハンマーヘッド」と呼ばれているが正確にはジャイアント・カンチレバー・クレーンといい、同型のものは日本に3台(佐世保、長崎、横浜)世界でも10台しか残されていない貴重なものである。
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ドック型揚陸艦:LPD-20 グリーン・ベイ
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前畑地区倉庫群
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佐世保海軍軍需部 兵器倉庫(西九州倉庫(株)前畑8号倉庫)
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兵器庫北側側面部の庇と階段
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背面部
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内部は穀物飼料倉庫となっているので、1階の窓はすべて閉鎖されている
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南側側面部、リベットの階段が素敵だ
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重厚な鉄扉もリベット止め、当時のままなのだろう
詳しい情報はこちら
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隣にある佐世保海軍軍需部 兵器手入場(西九州倉庫(株)前畑10号倉庫)
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つぎはぎになっているが、大部分は当時のままなのだろう
詳しい情報はこちら

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その後ろに、素敵な物が見えた
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入り口手前は破壊され、煉瓦で封鎖されているが、地下倉庫もあったのだろう(もしくは防空壕か?)
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もっと探したかったが、作業者の注目を一身に浴びているので断念した
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佐世保海軍軍需部 第5水雷庫(西九州倉庫(株)前畑1号倉庫定温倉庫)
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グーグルマップで測ると190mある倉庫
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おそらく柱の出っ張りが、元の二階の高さなのだろう
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第5水雷庫南側
詳しい情報はこちら
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手前が佐世保海軍軍需部 第二炸薬機雷庫(西九州倉庫(株)前畑5号倉庫)
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右の黒い建物が佐世保海軍軍需部 電纜庫(西九州倉庫(株)前畑4号倉庫)
詳しい情報はこちら
奥の3Aと書いてある建物が佐世保海軍軍需部 第三炸薬機雷庫(西九州倉庫(株)前畑3号倉庫)
詳しい情報はこちら
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敷地内に入れず、苦慮していると
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長崎初にゃんこに遭遇、小顔で凛々しい
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最後は並列に2棟並んでいる
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佐世保海軍軍需部 弾丸庫(西九州倉庫(株)前畑7号倉庫定温倉庫)
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全体が黒みを帯びているが、鉱滓煉瓦造りと言う。鉱滓(こうさい)とは鉄を作る際にでる、滓(かす)でスラグとも呼ばれる物。
製鉄の際、溶鉱炉で鉄鉱石を高温で溶かし、銑鉄とそれ意外の滓に分けるのだが、その際に出る鉄の副産物だ。
通常の煉瓦より耐水性、熱絶縁性に優れている、スラグ煉瓦とも言われる。
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手前の対照的に明るい通常の煉瓦倉庫
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佐世保海軍軍需部 第四炸薬弾丸庫(西日本冷凍(株)前畑工場)
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明るい色なので新しく見えるが、この地区で最も古い大正6年に造られた建物
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冷凍倉庫なので、中を見る事は出来なかった
詳しい情報はこちら
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造船所のブロック工法
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この先には佐世保海軍前畑弾薬庫がある(現在米海軍佐世保弾薬補給所)
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土塁に囲まれた、当時の建物と思われる物がたくさんある
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弾薬庫が34棟あり、トンネル形式が12棟とポゴタ形式(レンガ小屋組木造)が22棟あるそうだ
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さて、次の目的地に向かう

今回もkanレポート様を参考にさせて頂いた。
もうじきすべての県を網羅する、実力者中の大実力者である。参考になります!

佐世保海軍警備隊 田島岳高射砲台

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いきなり降って湧いた平日連休、何年ぶりだろう?やることは一つだな。
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予約の必要も無いほど、ガラガラな機内、問題は長崎の天候だけだ
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この後の長崎便は欠航決定、この便も場合によって引き返すとの条件付きフライトとなっている。
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何とか降りれたが、広島、舞鶴に続き、また悪天候かい!とりあえず山狩りは無理そうだ
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レンタカーに乗り換え、高速は閉鎖されているので、横殴りの雨の中を一般道で佐世保を目指す。
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山に入ると霧に包まれた
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目的地に到着(弓張公園)、ここの弓張岳展望台そのものが田島岳高射砲台を利用している
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現在地はここ、公園化された砲台なら無難に見れるだろう
本来は前岳堡塁まで行きたかったが、道と現地と時間がやばそうだった
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公園の案内板が役に立つ
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しかし天気は無情にも何も見えない 
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公園内に入る(この辺は兵舎跡らしい)
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弓張岳(海軍では田島岳と呼んだ)において本格的な高射砲台の整備が行われたのは昭和13年(1938)頃のことであった。最初の装備は3年式8cm高角砲2門、空中聴音機1基、須式90cm探照灯1基であった。この装備は太平洋戦争開戦後の昭和17年に警戒用の電探(レーダー)が装備された他は大きな変化はなかった。しかし昭和19年7月の初空襲以降に戦訓に基づく増強が繰り返され、最終的には98式10cm高角砲6門、警戒用の11号電探1基、射撃用の41号電探1基を装備した。記録によると6回の対空戦闘を行い、佐世保空襲の際には電測射撃14回、136発の発砲を行っている。
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主要な物は見てきたが、発電所など等高線を見るとヤバげな物は諦めた
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41号電探跡
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完全水没で近寄れない
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41号電探の下には
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おトイレ遺構がある
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なぜだか戦跡におトイレの残存率は非常に高い
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第二砲座に向かう(第三砲座は消失)
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戦跡に興味がある人なら気が付いたかもしれないが、砲台の名称が田島岳高射砲台と陸軍形式
海軍は高角砲と呼んでいる、どこでずれたのだろう?
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砲座はとても綺麗に残っている
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即応弾薬置き場が完璧に残っている
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ここの特徴は即応弾薬置き場の上に水切りのコンクリート加工がある事だ
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妙に角張った印象もある
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砲員待機室の位置も右寄りに開口



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こちらは第一砲座
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中央に紫陽花が咲いているのが特徴だ
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床面の一部がコンクリートを剝がしてある
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砲座外縁部も削られている
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砲員待機室も第二砲座より大きく見えるが、両端を削られたせいだ
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散策路から外れた所にも、石垣などはあちこちにある
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何かのコンクリート台座
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こちらはアンカーボルトが4本づつ付いている
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標柱、境界柱の類だろうか?
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建物が見えて来た
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弾薬庫は全部で3つあった記録があるので、残りは隧道式だったのだろう
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弾薬庫は事故があっても、爆発力が上に逃げるように、天井は木製にしている物が多い
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庇だけはコンクリート製だ
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内壁に段差がある
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ヤマギリカットが特徴的
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足元の通気口は、1辺に2ヵ所づつある
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地震などで割れてしまったのだろう
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同じ部分の外側



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写真だと判りにくいが、窪地が掘られている
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周辺には、土塁状に掘られた所がいくつもある
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見上げるとコンクリートの角面が見える
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上には近代浄水施設が乗っているが
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辿ると、コンクリート遺構が顔を出す
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指揮所と探照灯施設だ
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指揮所内部は煉瓦の様だ
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草ボーボーの探照灯台座
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中は水没していた
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煉瓦のモルタル塗り
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冬に来ないと、全体像が分かりにくい
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指揮所の窓か?
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外壁部分
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土留めかな?
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本来の指揮所入り口のようだ
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少し離れた所の施設、戦後の水道施設かも知れない
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この研究結果だと、爆発の影響が35mなら。砲座間、指揮所間が各50mとしても、中間の25m地点に落ちれば両方ダメなのでは無いか?
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山を降りる途中、既に土砂災害が起きているようだ
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この辺の急カーブに差し掛かると
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防空壕が掘られている
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移動中の退避壕だろうか?
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掘りかけな感じだった
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カーブを抜けて来る敵を、速射砲で狙う事も出来そうだ(逃げ道は無いが)

千倉10cmカノン砲陣地

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今回も待った無し状態で、豪雨の中に呼び出された
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山に入ると、予想通りの凄まじい状態だった
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天候のために、道筋を外れたが何とか到着
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10cmカノン砲陣地だ
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記録的豪雨の中で見る砲口部は格別だ
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砲室の中は、当然のごとくに水没していた
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それでも入ると言うパパさんをなだめて、思い止まらせる
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とりあえず、上の観測室の窓の位置を確認する(これ今回大事)
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まったく止む気配の無い豪雨
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さっさと壕内に逃げ込む事にする
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壕内は落ち着く
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雨水は壕内に遠慮なく川の様に流れ込み、溜まっていく
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この左側が今回の目的のイベント発生場所だ
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1mで行き止まりだが、上を向くと
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とんでもない縦抗が6~7mの高さである
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一応足場はあるので、登れなくもない(というか、既にねこさんは登った事がある)
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とりあえず砲室の様子を見てくる
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一応下り階段がある
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通路からして完全水没
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右側の弾薬庫付近まで行ったが、長靴の限界
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パパさんと違って、ガチじゃ無いから引き返す
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そうこうしている間に、経験者ねこさんが既にトライしていた
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あっという間に上がってしまった、パワフルな人だ
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自分は外に出て、観測所に回った
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今回は全員登る為に、ロープをここから垂らす事にした
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自分もとっとと登り、パパさんの登ってくるのを待つ
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上から見ると、こんな感じ
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パパさんも涼しい顔で登ってくる、さすが大学時代は元オリンピック強化選手だとか聞いたような?
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なんとこの人、ビデオ撮りながら実況しつつ登る余裕を見せる
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余裕の到着



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こんな具合にロープを入れていた
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オールコンクリートの観測室
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電気配線を取り付ける穴
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左側には計算室もある
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昔の兵隊さんってすごいな、毎日上り下りしてたんだろうな?
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パパさんが下りてくる、メガネのレンズが激しく曇っているが、気にしないようだ
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余裕でさっそうと降りてくるパパさん
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続いてねこさんも降りてくる
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マイケルジャクソンばりに、踊るように降りてくる
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おくつろぎの間に先を見てくる
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さっきの砲室の反対方向に向かう
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左に分岐
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生息室のようだ
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水の引いた通路
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ここで90度右に曲がる
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緩やかに曲がった通路
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うねる感じが陣地らしい
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小さな部屋
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先に長方形の光が!銃眼か?
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壕口の2/3が埋まっている
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外の世界は土砂降りだった
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コウモリ乱舞
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ユーチューバーパパゲーノ
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さて、帰るとするか




おまけのパパゲーノ動画

浦賀巨大壕再訪二回目後編

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この辺りで壕の2/3を回ったところだろうか
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コース的には歩きやすくなる
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なんと、前方から人が歩いてくる!遅刻したあきひさ氏が広い壕内を探し回って来たらしい。
自分等は基本の右回り、彼は左回りで丁度出会ったようだ
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合流して再スタートする
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床の平らな工場区に戻って来た
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かなり太いボルトの台座
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人為的に掘られた冷却水槽か
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排水溝もしっかりしている
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クレーンでも据えていたような出入口付近の台座
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三田土ゴム(株)TOKYO JAPAN 昭和8年5月
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こんな物を作っていたらしい
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細い坑道を登っていく
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支保抗の残る珍しい物
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木材は腐ってしまうか、戦後の建材もしくは薪として持ち出されるのが普通
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先へ進む
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碍子に当時の電線が残っている
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弾薬庫
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掘りかけの銃眼
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引き返す
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二股の通路
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左へ進む
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接続部は1mほど下に通路がある
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無理やり繋げた感じだ
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黄金に光る通路
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75年物の鍾乳石
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電気のソケットがそのまま残る
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合流点に戻る
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とある脇道に逸れると
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支保の微妙に残る部屋に出た、構築前の狙撃室かも知れない
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当時の鎹のかけ方が解る貴重な物だろう
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天井にも打ち込まれている
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何かを見つけたようだ
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マツダの電球だ
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メイン通路に戻る
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四角く広い主坑道
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コンクリート台座がある、工場区に戻ったようだ
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太い掘削ロッドが刺さっている
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とのさんが細い通路を登っていく
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細く陣地らしい通路
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途中の弾薬庫
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二連碍子
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前面コンクリートの狙撃室だ
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退出する
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横抗の一部に窪みが
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何のための窪みだろう?
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また狭い通路を登る
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重機関銃台座だ
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人が立つとこんな感じ
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横に物入が掘られている
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銃室の出入口
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また怪しい所に入っていくと
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部屋の壁の真ん中に銃眼のような穴が開いている
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反対から見ると足元に開口している、このような狙撃口を赤山、夏島、池子、黒崎等で見ている
壕内での侵入者との戦闘用と思われる。
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最後の狙撃室を見に行く
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だいたいの狙撃室は上の方に造り、打ち下ろしスタイルになっている
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支保工の残る狙撃室、少し変わった形をしている
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なぜこんな形にしたのだろう?
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覗き込む二人
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この段々がたまらない!
ちなみに表からも銃眼を探したが、確認出来るものは無かった
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この支保も、いつまで立っていられるかな?
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さて、一回りしたようだ、既に3時間が過ぎている
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珍しいクリアなコーラ瓶、緑では無い
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ウイキペディアによると、ネーミングの由来は「金鳥」と「オイル」を掛け合わせたもので、当時は液体を噴霧器で害虫に直射するタイプのものだった。
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では、脱出しよう

浦賀巨大壕再訪二回目前編

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今回は未踏部分の調査のつもりで、とのさんと潜りに行った。
コメント上のやり取りを見た、発見者たるあきひさ氏が合流したいとの事で現地で待ち合わせる。
しかし、時間になってもあきひさ氏が現れない、連絡も無く5分前までに来ない人は問答無用で置いて行く
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とのさん初入壕
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今回は人物比にとのさんの後ろをついて回る
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コの字になっている大きな部屋
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天井も2mを超える
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工作機械を入れる為か、壕口も大きな作りだ
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久々の新規巨大壕にご満悦のとのさん
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天井の黒い部分は、乾燥していないので極最近崩落したのだろう
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みごとに人物比として役立つとのさん
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水槽との初対面
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防毒面の吸収缶
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中身の活性炭が見える
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名札のタグが落ちている
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残留物大好きなとのさん
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壁面にアルファベットで何か書いてある
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スプレー缶の無い頃は、噴霧器に入れ替えて手動ポンプで噴霧していた
とのさんが社名について語っていたので、(ウイキペディア)調べてみた
社名はfly(蠅)のフライの“フ”とmosquito(蚊)のマスキートの“マ”にkillerを付けたものであり、創業時の殺虫剤の商標名「強力フマキラー液」の由来となっている。
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埋まった壕口だが、違和感があった
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側面が変な形にコンクリートで成形されている、主出入口かも知れない
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当時のセラミックコンセント
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排水溝もコンクリートか?
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先に進むと、少しサイズダウンしてくる(人物比は役に立つ)
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陶器の雨どいが置いてある
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この辺から工場区に入る
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この様な機械台座が大小合わせて20基ほど点在している大規模な物だ
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横にある小さな部屋
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コンクリートの溝や木材が散乱する、管理施設だろうか?
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ここから先は危険地帯だ
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地質がかわり、崩落が激しいゾーンになる
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元の天井辺りの高さまで崩落している
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隙間を縫うように潜って行く
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前回通り、高低差のある石積みの上で迂回路に変針する
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右回りに迂回路を回る
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ちょっと平坦な場所に出ると
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コンクリート封鎖された部屋の前に出る
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一部にレンガが覗いている
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そのすぐ先は下りなかった石積みの段差である
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右回りにこの部屋の外周を回って来た事になるが、他に出入口は無かった
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行きどまったので引き返す
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崩落した岩盤は、乾燥して白くなる
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この辺はリアル崩落中なんだろうな
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崩落ゾーンを脱出した
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インク瓶だ
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後ろの崩落ゾーンを眺めるとのさん
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四角く掘られた部屋
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平坦な道は歩きやすい
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加工後のホゾが残る坑木
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水槽もまた姿を現しだした
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崩落の規模も大きい
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メチャクチャ綺麗な部分もある、細い通路は強い
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碍子が多数落ちているが、ほとんどは無銘の物だった
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唯一銘があったのはこれだけ
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とのさんは水槽が気に入ったようだ
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地下水の染み出す所に作られた水槽
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いまだに透明度は高い
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とのさんの探索は続く

和田10cmカノン砲台(観測所付き)

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和田にパパさんとやって来た
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和田に来たらにゃんこ遊び
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パパさんに憑いて山に入る
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パパさんが在らぬ方向に向かっている間に現地到着
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パパさんが戻ってきた、きっとト〇レだろう
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唯一の侵入口はこの砲室のみ
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這いつくばって、ドロドロになって侵入する
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立派なコンクリートの砲室
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左側に砲身を固定する切り欠きがある
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天井の砲を吊り下げる為のフック
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砲室の後半は素掘りである
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パパさんが下りて来た、こんな所に入るだなんて、ガチな人だ
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砲室の後ろには、坑道が伸びる
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パパさんも入ってきた
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さて、行ってみようか
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天井にはかわいいのがびっしり
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左の分岐は後回しで奥に行く
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ここだけ何故か広くなっている、生息室代わりだろうか?
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右手前には弾薬庫と思しき部屋がある
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左にも分岐がある
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足元には釘が多数落ちている
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少し膨らんだ所のある通路
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奥は掘りかけで終わっている
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メイン通路に戻る
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ここで角度を変えている
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崩落が少なく、歩きやすい壕床
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先は掘削途中か、行き止まりだった
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天井の釘、チーフなのか、電線用なのか?
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引き返す
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左が入って来た砲室、右の最初に行かなかった方へ行く
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この辺は少しガレている
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測量ミスによる、歪な接続部
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本来は右のこっちに掘るはずだった
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振り返り、二本の通路を高さ方向をねじ曲げて繋いでいるのがわかる
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いきなりつぼまる通路
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肩幅程度になる
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左へゆるく曲がる
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登り加減に進む
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振り返る
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パパさんがいるのが今来た通路
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先に進む
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コンクリートの部屋が現れた
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天井の通気口
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10cmカノン砲の観測室
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横にある計算室
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銃眼ではなく、観測窓
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銃弾が飛び込まない様に、段々が付いている
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電気配線の為の配管
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戻る途中、パパさんと遭遇した
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人物比がてら憑いていく
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あっちフラフラこっちフラフラ
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ここまでは普通の高さだが
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こんな高さは人物比が無いと伝わらない
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観測室も、パパさんが立つと駅のトイレに見えるとか?
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色素の薄いサワガニ
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さて帰ろう
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砲室に戻って来た
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またここから出るのか・・・
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パパさんを残し、観測窓を外から探す
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観測窓を発見
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少し掃除する
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電気配線の穴が開いている
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中を覗く
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無理やり入ろうとするパパさん、ガチな人だ
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あきらめた所で探索終了
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道中でいくつか井戸状の物を見かけたが、関連は不明