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川間船渠壕

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A氏がまた新たに地下壕を発見した、川間ドック作業員の退避及び物資格納壕と思われる
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入り口部分のみ崩落防止にコンクリートが巻かれている
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内部に入れば四角い貯蔵壕らしい1m程度の通路が伸びている
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左右に貯蔵用の小部屋が並んでいる
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崩落も少なく、横に伸びる主坑道
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埋まってはいるが、開口部だった付近には詰め込まれたゴミも多い
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しかし、ゴミの山にもお宝が眠っている
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ボンベ等を運ぶ猫車やワイヤーロープ
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滑車や鎖等の船舶具が散乱する
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乗り越えた右側の部屋に
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なんと当時の潜水具一式が置いてある!
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潜水面とウエイト付きの潜水靴
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傍らにはエアの一時タンク
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エンブレム
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エアポンプとホース
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エアホース取り付け口
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エア排出弁
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内部には補強材が入っている
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取り付け金具の蝶ネジを回す専用工具も落ちていた
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手動のシーソー型エアポンプ
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鉄くずの山も、良く見るといろんな工具が混ざっている
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壕内探索に戻る
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この壕は、長い横の主坑道3本を複数の枝抗で不規則に繋ぐ構造になっている
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枝抗も部屋状になっている物がある
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通路の主坑道が狭く、部屋状の枝抗の方が広い箇所も多い
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奥の方は、部屋の掘削途中のズリが残る
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結構部屋は広く造ってある
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一番奥の通路はガレ気味だ
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割れた統制食器が散乱していたので、復元してみた
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五徳も置いてある
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完全に掘削中の部分
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枝方向は綺麗だ
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かなり奥行きのある広い部屋
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実際に稼働している地下壕だが、まだまだ拡張中な部分がある
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統制食器の湯飲み、岐阜737
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おおむね一周したようだ
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脱出しよう

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貝山地下壕 第二、第三工区及び上部壕

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貝山地下壕第三工区に久しぶりに来た
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変なツアーで欲求不満になったので、A氏を案内がてら再訪した
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基本的に既出物件なので簡単に紹介は済ませる
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一段下がった皇帝室
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内部は水没しているが、乾燥している時もある
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このフロアには、多くの棚が掘られている
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外部開口部
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米軍摂取時の物と思われる
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当時の航空機用タイヤ
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脱出する


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貝山上部第一地下壕に移動する
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海軍食器等の遺物
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正式に調査が入ったらしく、マーキングがされている
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内部は海軍らしく、綺麗な掘削
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彼が見つめる壁には
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航海課の逆文字が掘られる
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メインとなる部屋
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棚には当時物と思われる水差しがある
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後方の出口
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近年誰かが破壊して入ったようだ、他の壕口が塞がれる元になるので止めて欲しい


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貝山上部第二地下壕に移動
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何故か風化しない碍子の台木
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ここへのルートは崩落し、困難を極める状態なので、無理はしないように


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貝山上部第三地下壕には塹壕がある
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上部第三に到着したものの
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どうやら先客がいるようだ、ここはたまに慰霊に訪れる人が居る。退散する事にする
戦跡 K山地下壕 上部第三
8年前の動画
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第二工区の出入口は、基本的に全て閉鎖されてしまった
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ツアーのうっ憤を晴らしたので帰る事にする

京都紅葉巡り無一文旅行

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紅葉を観に京都に来たが、連休が取れずに日帰り弾丸だ
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新幹線のJR無料チケットで伏見稲荷まで来た
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先もあるし、適当に見て済ませるつもりで千本鳥居へ向かう
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ほとんど人のいない千本鳥居
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実際には千本なんか無いそうだ、山をひっくるめても800ぐらいか?
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一般観光客は右から入って左からすぐに降りて来る
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前回は夏に登ったので、大汗かいたが冬は軽快に登れる
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四ノ辻で帰るつもりが
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あっという間に山頂まで到着
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のんびり登って1時間弱程度で来れる
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下山開始
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下山してコーヒーでもと思い、尻に手を当てると、無い・・・・・
財布が無い!
社務所に行ったが届いてない、そもそも横浜を出てから財布の出し入れをしていない
新幹線ではあったので、JR東日本に問い合わせるも届けは無い
広島停まりの新幹線なのでJR西日本に問い合わせると、広島で保管されていて無傷だとの事!
日本で良かった。
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一安心したので予定通り東福寺に向かうが、拝観料が無い
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仕方が無いので無料で見れる部分だけ見て回る
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手元にあるのはカメラとスマホと帰りのチケットのみ、現金は一銭も無くスマホ決済の類は使っていない
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旅先での無一文旅行の始まりだ
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臥雲橋から通天橋を見る定番スポット
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鴨川べりをポツポツ歩き、京都駅を目指す
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京都駅到着、まずは落とし物預かり所に行って、広島行きの直談判をする
落とし物係の人は交渉してくれたが、駅員につっけんどんに断られていた
忘れていたが京都は他所さん(京都人以外)にはキツイ土地柄だったのだ
JR西日本に電話し、本人確認(免許証から名前住所の照会、財布の現金額、カード等の内容物の確認)後、撮りに行けないので着払い郵送をお願いする。(翌日には到着した)
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やれる事はやったので、駅から歩いて行ける範囲を散策する
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鉄道博物館の隣の梅小路公園
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ここも地味に紅葉の名所である
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入場料拝観料がかからない所は限られる
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北上し西本願寺に行く
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西本願寺の大イチョウ
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見事に色ずく大イチョウ
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なぜこっちは青いのか謎
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次へ向かう
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通り門を抜けて仏壇通りへ
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本願寺伝道院
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これ、見たかったんだが、入場料が無い
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明治建築の煉瓦建物としても面白い建物だ
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東本願寺に到着
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ここからは京都タワーが良く見える
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京都タワーは無条件で好きだな
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さて、さすがに腹が減って来たので、そろそろ帰る事にする
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京都駅でしばし遊ぶ
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交通費も何もない状態では、あまり遠くに行けなかったが、それなりに京都の紅葉を楽しんだので帰途に就く
京都無一文旅行達成!

浦賀ドック、貝山地下壕等見学ツアー(民間旅行会社ツアー) ➃

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貝山地下壕の見学は、第二地区の一部のみ
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とりあえずコンクリート巻きの単純壕に集合する
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ここでヘルメットを借りて、簡単な説明と班別けをする
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米軍が摂取時に車庫として使っていた頃のステンシルが残る
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貝山地下壕見学の為にここまで大掛かりに方面を加工したようだ
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地下壕内はライトがいらないぐらい明るくなっている
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何とも無骨な鉄筋の支保が立っている、興ざめする
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丈夫には崩落防止の発泡材が詰めてある
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早速最初の部屋をショートカットされる
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ぞろぞろと歩いて行く
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鉄扉の部屋
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こちらも入り口だけ
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歩きやすい通路のみ回って行く
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所々でガイドスタッフの説明が入る
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前半の山場、会議室と見られる広い部屋
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ガイドの持論と言う説明では、壁から40cmの所にある溝は何か?これはコンクリートを40cmの厚さで塗る為の準備の溝だと、最初に集合した外部のコンクリート壕の厚さが40cmな事から結論付けたとの事。
なんという素人考えを自慢げに語るのだろうか?外部付近は攻撃に耐えると共に、入り口の崩落(生き埋め)を防ぐ為に厚いコンクリートを打つ事もあるが、こんな深い位置にある強固な岩盤に囲まれた壕内に全く必要ない、日吉の連合艦隊司令部ですら内部は10~20cmだろう。
写真を見ても奥の壁と溝までは40cmだが、横はどうだ?60cm以上のコンクリートを打つのか?
他の壕でもそうだが、壕内に木製の家屋を建て、周りには防湿用の空間を持ち排水溝を設け、屋内を快適にする
ここの場合は高級官僚の為だろうが、湿度に困る物資を貯蔵する壕などでもこの方法は取られる。
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壕内の隅に落ちていた木の実を指さし、壕内に勝手に入った者が、食べ残したピスタチオを捨てて行った物だと説明する。
どう見てもハクビシンなどの小動物の排せつ物のせいだろうに。
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この通路にも40cmのコンクリートを打つつもりなんだろうか?
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壕内唯一の水道施設とされる
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外部出入口付近に来た
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後半の見せ場、煉瓦の竈(貝山には第四工区にも竈はある)
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竈には当時の豆炭が残っていると説明しているが、これは某有名な人が火を焚いてみようと持ち込んで、結局着火しなかったものだ。
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煙管が壕口まで伸びている
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説明してくれているが、もう何も信じられない
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次のグループが入って来たようだ
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入って来た壕口に引き返していく
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壕外に出る
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これが40cmの壁
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ここには展示品が置いてある
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廠内買場
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これは田浦辺りから持って来たのだろう
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ショウケース内の物は発掘品だというが
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軍杯は違うだろう
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吸収缶は壕内からめぼしい物が軒並み無くなっていたので本物だろう
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ホウロウの海軍食器も無くなっていた
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この辺の物は比与宇の出土品のはず
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見学が終わり、アイクルで最後の休憩となる
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休憩の間、一人で第三海堡の遺構を見に行く
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今はご時世柄外から見るだけだ
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萎えた気分を持ち上げて帰途に就く

浦賀ドック、貝山地下壕等見学ツアー(民間旅行会社ツアー)③

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午後は横須賀軍港巡りから始まる
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船着き場にて再集合となる
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団体チケット
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そうりゅう型潜水艦
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米軍が新しい桟橋を建設している
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ドック入りしている船の船員の仮宿舎となるホテル船
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おやしお型か?
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米軍艦艇が見えて来た、ミサイル駆逐艦ラルフ・ジョンソン
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米軍のタグボート
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ジョン・ポール・ジョーンズ
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12バースは空っぽ、空母は今回不在だった
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遥か先を護衛艦が航行している
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DDG174きりしまだ
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海上のコンクリートの塊は消磁所、地球の磁気等を船が帯びてしまうと、機雷に引っかかりやすくなるので、ここで船体の磁気を落とす、軍港ならではの設備だ。
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住友造船所
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アイクルと日産自動車運搬船
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海洋研究開発機構
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船越基地が見えて来た
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新しく出来た長浦堤防にはそうりゅう型潜水艦が停泊している
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海洋観測艦しょうなん
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左の4棟は旧海軍遺だが、右側は新築の海自施設
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海洋観測艦5104わかさ、5105にちなん
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海上保安庁も同居する
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比与字弾薬庫は未だに拡張中、山一個削ってしまった
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火事になった相模運輸倉庫(旧海軍軍需部倉庫群)に仮設テント倉庫建造中
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新井掘割り水路に入る、左は米海軍吾妻倉庫、右は海上自衛隊 横須賀弾薬整備補給所(比与字弾薬庫)
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吾妻島は旧海軍箱崎貯油所で、現在は米海軍がそのまま使用している
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新井掘割り水路を抜けると吉倉に出る
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YDT03水中処分母船3号と91特務艇はしだて
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2002輸送艇2号
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DD152やまぎりと試験艦あすか
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DD107いかずち
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10月のツアーだったので、港の照り返しが暑い
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上一枚脱いでちょうどいいぐらいだった、書いてる12月からは考えられん
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軍港巡りが終わり、いよいよメインのもう一つ、貝山地下壕に向かう

浦賀ドック、貝山地下壕等見学ツアー(民間旅行会社ツアー)②

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ヴェルニー公園到着
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ツアーの次の目的地はティボディエ邸
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説明文
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内部は家では無く資料館となっている
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ガイドさんが説明してくれる
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原型はこのトラス構造の屋根の部材程度
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当時らしい部材の張り紙
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当時の船渠で使われていた一部の部品類展示
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ヨコスカ煉瓦
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メジャー等
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浦賀ドックの50Tクレーンが上部を外して横に置かれている貴重な航空写真
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木骨煉瓦壁
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居住空間の再現コーナー
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横須賀市内にある近代土木遺産をカードにして無料配布している、知らない物は無かったが頂いて来た
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近年で来たカレー屋で昼食となる
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お昼は定番の海軍カレー
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店内には潜水艦や
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海自グッズが置いてある
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2000円にしては少ないが、お代わり自由だ!4種類の海軍、海自カレーがあるらしい
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自分はお代わりを頼んだが、年配者の多いツアーは他にお代わりする人はいなかった
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食後は30分ほど自由時間となるので、公園内を見て回る
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カンレポート様参考で贈ります横須賀海軍工廠潜水艦船台
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横須賀海軍工廠第3船台
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横須賀海軍工廠第2船台
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定番の碑が並ぶ
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逸見波止場衛門、右側の屋根が2919年の15号台風で損壊したした為に色が違う
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謎穴
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戦艦陸奥の第四主砲塔の1本
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持って帰りたい41cm砲弾は、ごく最近追加された
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船の科学館から引き取れて、本当に良かった
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ヴェルニー記念館に向かう
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ヴェルニー記念館、入館無料
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スチームハンマー(プレス機)
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金属製模型で、ディティールが半端ない
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JR横須賀駅前のこの壁も、当時の遺構である
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ん?
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にゃんこのお昼寝

浦賀ドック、貝山地下壕等見学ツアー(民間旅行会社ツアー)①

今回は民間旅行会社主催の戦跡巡りツアーに参加して来た。
日帰りで1万円と高めのツアーではあるが、浦賀ドック、海軍カレー(昼食)、ベルニー公園(軍港巡り)、貝山地下壕(第二地区の一部)と、そこそこのラインナップだったので、どんな説明をするか聞いてみたかった。
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浦賀駅改札にて集合(浦賀ドック入り口集合のツアーだったが、迷子が続出した為改札に変更、そりゃそうだ素人には判らん)
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駅前からぞろぞろ歩いて行く(こうゆうのは苦手だ)
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浦賀造船所
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唯一残る戦時中の7Tクレーン、近年まで50Tクレーンの脚部が残っていたが撤去された
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世界に4つしか残されていない大型煉瓦ドック(ちなみにみなとみらいの日本丸の展示してあるドックやドックヤードガーデンは石積で、煉瓦では無い。煉瓦は水が染み込むので本来は向かないのだが、安価で造れる。石積は高価だが丈夫だった)
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ドックは煉瓦積みだが、人の歩く部分(キャットウオーク)は石を被せ、滑り止めにしている
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ドックに降りるには、白い階段のみから可能(ただし有料ツアー客のみ、一般見学者は上部まで)
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7Tクレーンの移動用レールと電気ケーブル
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ドック横の注排水システム
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このポンプで注排水する
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キャプスタン、係留ロープを巻くもの
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扉船の上を通過する
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ドックの入り口の扉は一般的に取り外し式で、船を入れた後に蓋として固定後、内部に海水を入れて重みにより密閉する
その後ドック内の海水を先のポンプにて排水し、干ドックとなる。
船を出す時は逆にドック内に海水を外部水面と同じに注水した後、扉船の内部の海水を排水し浮き上がらせて移動させる。
みなとみらいのドックはその形式だが、ここはほとんど見かけない海側へゲートをバタンと倒すタイプの扉船だ。
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扉船を起倒させる為のウインチ
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手前のコンクリート部分は後から巨大化する船舶に対応するために延長された部分
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半年程度で延長しているようだ、さすが間組
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アナログだが、船が真っすぐ入っているかを確かめる計測具、縦の糸と糸の延長線にあれば良い
海水が入っている状態では、左右のずれが判らない、底の盤木に真っ直ぐにしなければ船が倒れる
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手前部分は船の出し入れに為に少し深く造ってあるようだ
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後で触れるが、先端部分も船首の形に多少延長している
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渡り切ると、50Tクレーンの残骸と思われる物が置いてある
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20T用のフックと滑車
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ここに50Tクレーンがレールの上を行き来していた
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上部を切り離し、横に置かれている50Tクレーン
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脇にある小型船の船着き場
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先端部分は小舟の為だろうか狭い
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どうせ一般人は使えないんだから、興ざめする黄色い手すりなんか付けなければいいのに
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ドック海側
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ドック陸側
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いよいよ下の底に降りる
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濡れた煉瓦は滑って危ないので、キャットウオークは石を被せる
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下まで降りて来た
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これが盤木と言われる物
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この上に船の底が直に乗る
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センターを合わせる為に、中央には穴が開いている
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扉船、人がゴミの様だ
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注排水溝
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再びドック上に上がり、一周する
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煉瓦ドックの船首側延長部分
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涙ぐましくこの緑の鉄板部分まで延長したが、当時から既に緑の壁の向こうには道路が走っていたので、これが限界だった
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ドック先端部にも黄色いアナログ計測具がある
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糸の線上に盤木が並んでいる(この盤木は最後の東京湾フェリーしらはま丸の配置のままである)
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壁沿いには当時の煉瓦塀の一部が残る
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破壊された煉瓦塀の一部
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東京煉瓦だろうか?いくつかは刻印が確認できる
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ヴェルニー公園に移動する

過去の浦賀ドック記事

大網瑞穂102拠点陣地探索(キャンプ付き)

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今回は珍しく明るい内からキャンプ地に到着
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おのおの設営完了
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火起こしも完了し、早々に肉を焼く
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自分は米を炊く、今回は炊き込みご飯
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乾杯からスタート
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ご飯もいい具合に炊けた
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食事も終わり、まったりとした時間を過ごす
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焚き火を見ているだけでいい物だとか思っていたら突然雨が降り出す
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早々にテントに引きこもるが、なんと雨漏りが始まった!古いテントは縫い目から浸水しやすくなる
ウエスを当てて、さっさと寝る事にする
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キャンプの朝は一杯のコーヒーから始まる
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パパさんは朝飯が足りぬと、ガッツリアメリカンドッグなんぞを食べている
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探索を開始するも最初の山は空振りに終わる
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古道を一本見付けただけだ
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別の山に移動する
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手ぶらで帰るのも何なので、ねこさんが以前リサーチした壕へ案内してもらう
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外から見たら、さっぱり分からないが壕口がある
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右にカーブしているようだが、水没で入れない
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もう一つあるらしいが判らなかった
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山に登ると、深さ3mほどの大きな穴が在る
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入り口らしき物もあるので、壕口は見当たらないが、潰れた壕口かも知れない
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更に道なき道を登ると
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山頂付近になんか見えた
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この丸みは墳墓のようだ
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近くに小さな穴もある
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確かに墳墓なのだがなんか変だ
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奥に二つの穴が在る、墳墓改造壕のようだ
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さっきの小さい穴はこれか?
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もう一つは埋まっている
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次の穴は
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完全な墳墓だ
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微妙
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これは趣が違う
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横に棚のある単純壕だ
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墳墓
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墳墓だらけ
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これは!
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入り口は墳墓っぽかったが、内部は完全な地下壕だってか砲室?
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四角い部屋の奥に、曲がった通路
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向こうから誰か来た
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反対側に貫通していた
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更に山に入って行く
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倒木のある藪に突入すると
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壕口がある
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ずいぶんとしっかりした壕口だ
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水が長靴程度に溜まっているが、地質のせいか滑らかな壁面だ
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貫通した先は塁道になっていた
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すぐ付近にもう一つ穴が在る
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こちらも塁道になっている
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八角湖の辺りにもこれによく似た壕口がある
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近いのに、さっきと全く地質が違う
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こちらは完全水没で、先を確かめられなかった
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塁道を引き返す
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位置関係を確認するガチな二人
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