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由良要塞(由良地区) 生石弾薬本庫及び看守兵舎跡

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伊張山堡塁砲台に行こうと思ったら、前日の台風による土砂崩れで、通行止めになっていた
こんな事なら赤松山堡塁から直接行けば良かった、伊張山堡塁は道路からすぐ行けるのでこっちに来てしまった。
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分岐迄戻り、看守兵舎跡を見に来たら、激しく業者が出入りしている、国有地(売地)だったのだが売れたのか?
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そこの前の石垣だけ見て退散する
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その先のヘアピンカーブまで来ると、生石弾薬本庫の石垣が嫌でも見える
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道路から見える景色
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側面の斜面には山からの排水路が延びて来ている
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土管も露出している
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ハッキリ言って見て解る遺構はこれだけだ、この規模で弾薬本庫?支庫の間違えか?なんて近くの小佐毘弾薬本庫を見た後なので、そんな事を考えてしまう規模の小ささだ
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煉瓦に階段をモルタルで塗ったような遺構の一部
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恐らくここに地下式弾薬庫があったのだろう、完全に破壊、陥没してしまっている
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対面の方にも同様の破壊痕がある
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弾薬庫の対岸側を見るが、斜面がきつく、何かあった形跡はない
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弾薬庫の陥没痕から上に上がると、平坦地がある
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弾薬庫の通風口と思われる円形のコンクリートがある
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内部は煉瓦が見える
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煉瓦の塊
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そこら中に散らばっているので、爆破の跡なのだろうか
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貯水槽なのか、地下施設の陥没痕なのか、窪地がある
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角度を変えて見る
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付近に転がる煉瓦の塊
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排水路がある
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コンクリートの通風口の蓋みたいな塊
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石積みの排水路に沿って軍道があった
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軍道と排水路はどんどん下って行く
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山の方を振り返る、この軍道は実は上の生石山堡塁に繋がっている、生石山第一砲台のすぐ横だ
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アーチ型の煉瓦
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弾薬庫の入り口辺りの破片だろう
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道路際まで排水路は伸びている
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軍道自体も道路に接続して終わった。
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由良要塞(由良地区) 小佐毘弾薬本庫

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由良演習砲台の入り口から川に沿って道を上がって行けば必然的に小佐毘弾薬本庫に到着出来る
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川を眺めながら行くと、当時川を整備した形跡が観れる
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境界石も有ったりする
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入口の道はこの道しか無いので、衛所的な物だったのか、ただの水道関連の施設に見えるが
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何かの施設の入り口がある
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人気の無い廃施設に見えるが車が停まっていた、ここまでは軽トラ等なら来れるが、普通の車は腹を打つだろう
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施設の前は車道は整備されているが絶対に入らない方がいい
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その先で道がえらい事になっている
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ごっそり陥没してしまっているのだ、これにはちょっと困ったが、なんとか乗り越える
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何か人工的な物があるが、排水関係か?
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コンクリートの油脂庫とかっぽいのもある
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昔はここを弾薬トラックが往来していたのだろうな、えらい狭いけど
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川に墨入りの境界石があったというか、道に川が流れ込んでいる感じだ
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途中から道が川になってしまって渡らないと進めない
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こんな所で村人にあった、下の車の人らしい、上の池で罠を仕掛けてたらしい
施設に車停めても大丈夫だと教えてくれたが、そこに行く前にこの季節は傷だらけになりそうだ
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築堤の向こうはデカい池だった
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池のほとりに大きな境界柱が、やはり数字は横文字
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煉瓦の塊が転がっている
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川の先に何か見えて来た
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これが正門なのだが、道が川と化してしまっている
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左側の石垣には、コンクリートの門柱の跡か?
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内部は煉瓦の様だが、先に見かけた煉瓦の塊か?
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右側は判らない状態だ
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道が川と化してしまっているので、これを渡らないと入れない
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上流で土砂崩れか倒木で川の流れを近年変えてしまったのだろう、人の写真を見ると普通の道だった
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正門の裏側
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山側の正門の内側
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土塁に囲まれた外壁の様子
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外壁は石垣だが、途中で崩れてしまっている
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石垣が倒れる様に崩れてしまっている
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崩れた所から外壁の内側に入る
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内側の印象は何にもないだ
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山の斜面に沿って外壁がずっと続いている
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山側から敷地内に入れないように囲っているようだ
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正門に戻り、谷側の平地を探索する
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石垣の上にコンクリートで装飾している
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足元に長い御影石が埋まっている、門柱の一部か?
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大きなコンクリートの塊が転がっているが、原型をとどめていない
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井戸か?落ちる所だった
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崩れて埋まっている橋の様な物がある
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川からはちょっと位置が違う
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この部分は橋の欄干に見えるのだが、川の流れが変わったのだろうか
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コンクリートのパイプの様な物、正門から左側の方が本格的な弾薬本庫の施設の様だ
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煉瓦の塊、季節のせいか建物の基礎の様な物は見つけられなかった
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それらしい破片はそこら中にある
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かなり段差のある部分もある
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入り口近くに戻って来ると、大きなコンクリート片に建物の扉の跡か、ヒンジが付いている
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変な形の出っ張りもある、元の形が見てみたいものだ
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残念ながらこれといった形の分かる遺構は外壁ぐらいの物で、後は破壊されていた
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まぁ、ここにあったという形跡があっただけで十分だろう
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藪の枯れた頃に来て見たかったが真夏では仕方が無い
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帰りがけに観た境界柱、上部に境界線が掘ってあるが、こんな歪な物は中々見かけない
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殆ど下山した所の河原にあった境界柱
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陸二四とカニ、これを見ると一本埋めるのも大変だなと思う

由良要塞(由良地区) 由良演習砲台

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この演習砲台は、由良、福良、深山に設けられた演習砲台の一つだが、殆ど無名でネット上の情報も少ない。
反面、アクセスは容易でこのすぐ上が砲台だ。
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入口の橋は、軍橋なのか煉瓦造りだった
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この橋の袂に小さな墓地があり境界柱がある
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ここから上がって行くのが北側の入り口
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今回は南側の入り口から登って行く
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この門柱は、恐らく後世に住宅が造られた時のものだと思われるが、判別は着かない
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近年は車道になっていたと思われる軍道を登る
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最初のカーブに廃屋がある
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カーブを曲がると物置と思われる物がある
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戦後、演習砲台の一部を宅地化したのだろう廃屋が並ぶ
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ここから本来の演習砲台っぽくなってくる
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兵舎でもあったのか、瓦や煉瓦の落ちる広い平場がある
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演習砲台の土塁や石垣が見えて来た
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塩ビパイプが水槽らしき物から出ている、先ほどの廃屋の水道転用か?
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大きな円形の砲座らしき場所がある、ここには演習砲台なので、カノン砲だけではなく榴弾砲も訓練用の砲が各種設置されていたらしい、何が何門等の資料は無い為、想像でしか無いが、榴弾砲の砲座に見える
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土塁と塁道が方々に伸びる
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砲台自体はやはり破壊されているので、破片があちこちに飛び散る
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山頂の平坦部に出た
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スロープを上がると
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指揮所の様な石垣がある
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その上にある歪な標石
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陸の標石だが木が邪魔で番号が読めない
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指揮所から階段を降りる
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また石垣が見える
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階段状に組まれた石垣
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登るとカノン砲砲座に出た
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砲床のサークルがある
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サークルの中心に砲座の穴が在る
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演習砲台なので、即応弾薬置き場は形だけある
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左側の砲床は埋もれている
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砲座は綺麗なのに、周りの施設の方が破壊されている謎
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隣の砲座
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砲座は無傷
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砲座の近くに基礎の様なコンクリートがある
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砲台の階段は萌える
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上には砲台長位置が
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後は破壊された石垣が多く、何とはっきりわかる物が少ない
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雑な石垣は砲座ではないだろう
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斜面の下の方に標石がある
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随分と際の方に造ったものだ
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この地方では番号を横に書く標柱がある
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だいたい一周したようだ
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標柱も何種類かあるようだ
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さあ下山しよう

由良要塞(由良地区) 赤松山堡塁 その5(左翼砲座~射垜)

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左翼砲座に向かう
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砲座間の土塁の上に窪地があった
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半円形に石垣が組まれている、砲台長位置だろうか
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そこから横に移動すると、左翼砲台の上に出た
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左翼砲台の右翼砲座のアーチ部分を上から見る
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破壊された胸墻のコンクリートは明治期としては粗そうだ
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左翼砲座のアーチ部分
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即応弾薬置き場が破壊されている
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スロープらしき物があるが、横移動する
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煉瓦で囲われた場所の上に出た
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ここが左翼先端の射垜だろう
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機関銃4丁は、ここに据えられたのだろうか?
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射垜に破壊痕は無く、綺麗な状態で残っていた
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射垜の後ろには土塁が延びる
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土塁を回り込むと、階段が有る
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他に道も無いので降りて行く
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水路の跡
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左翼砲座方向に戻ると崩れた掩蔽部の残骸に隙間がある
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とりあえず入ってみる
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内部はちょっと亀裂が入っている
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左の部屋に行く通路だったようだが、完全に崩落している
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宙に浮いてしまっている煉瓦塀
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ズレてしまっていて、いつ崩れても不思議は無さそうだ
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右の部屋に行く通路は無事だが、右側の煉瓦の分だけ天井が横にズレてしまっているのだろう
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右の部屋は比較的状態が良いようだ
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入口方向を見なければ
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これだけ分厚いコンクリートを破壊するのに、どれだけの爆薬を使うのだろうかなんて考えてしまう
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奥の壁方向を見てみると綺麗な物だが、兵舎、掩蔽部にしてはお決まりの通風口が天井に無い
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当時の棚や扉のものか、木材が散乱している、床面は一部露出しておりコンクリートだった
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通路を反対から見ると、結構ズレているのが良く解る
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物騒なので早々に脱出する


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塁道もかなり荒れている
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土塁の上に登り迂回する
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なにかやたらと広い平地も存在する
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土塁の上から中央砲座前の濾過水槽を見ている
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右翼砲座に上がるスロープ
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高い石垣の所で下の塁道に降りる
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右翼砲座の胸墻を上から見ている
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砲台長位置
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トイレに戻って来た
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入口に戻ったので下山する
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砲台入り口のヘアピンカーブ(というか土塁だな)
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小皿が落ちていたがいつの物やら
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登るのに2時間、探索に1時間費やした赤松山堡塁を後にする
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30分程で中間点の倒れていた案内標識の分岐に帰って来た
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あっという間に途中の建物まで降りて来た、両脇に石柱があるので軍関係の建物に思える
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防の石柱が対にある
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建物の裏側を探ってみたら、大きな貯水槽があった
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こんな大きな物を見落としていた
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帰りはちゃんと正規の軍道を降りて来たので、行きに見落としたお堂が観れた
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その上にも傾いた標石がある
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約1時間で下山して、結局4時間かかってしまった。
夏場の探索はお勧めできない物件だろう、危険生物も多い。

由良要塞(由良地区) 赤松山堡塁 その4(右翼砲座~中央砲座)

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土塁の外周を周り、砲座へのスロープに到着した
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スロープの前の広場には濾過水槽と
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砲台基準標があった、砲台の位置の基準となる標石だ
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濾過水槽のメイン部分
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側にある升状の部分
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濾過槽が調査の為か、破壊されて中が見える
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スロープに向かう、左の崩れた部分に弾薬庫や掩蔽部があったと思われる
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もはや原型が無いので、説明のしようもない
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とりあえずスロープを登る
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このスロープも中と半端で、右翼と中央の砲座の間ぐらいに登る、写真中央が砲座間の砲側弾薬庫
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もちろん崩れまくっている
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右翼砲座に向かう
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周りは土塁状に囲まれている
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砲側弾薬庫の分厚い天井部の残骸
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砲座部は意外に判る程度に崩れている
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胸墻の一部
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上のコンクリート部分が珍しい形だ、左側の窪んだ所が9cmカノン砲座
9cmカノン砲6門と機関銃4丁が配備されていた
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胸墻の中央は破壊されている
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胸墻の向こう側は崖に近い斜面
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ガレキを登って砲座の下を覗く、意外に下の塁道から高い事が解る
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砲座間の砲側弾薬庫の陥没跡
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横移動すると、中央砲座に出た
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ここは横墻で、右翼と中央の砲座は同じ方向を指向していないV字方向を向いている
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ここからが砲の指向方向9cmカノン砲の砲座となる
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砲床や扇形の溝(駐鋤〈ちゅうじょ〉)が見て取れる
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掘って形をはっきりとさせてみたいが、体力が無い
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横墻と胸墻の狭間の即応弾薬置き場、左右に一つづつしか無いのは少ないと思う
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胸墻の砲座前のアーチ部分、カノン砲の特徴だ
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中央砲座左側の砲座のアーチ、中央砲座の破壊も酷いものだ
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中央砲座左端にある、掩蔽部へと繋がっていただろう部分
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恐らく砲側弾薬庫と思われる部分
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周りに塁道と思える通路があるが、破壊が激しい
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ここまで壊さなくても良さそうな気がするが
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入れそうな隙間があった
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単独の物なので、砲側弾薬庫だろう。完全にイノシシのヌタ場になっていた


由良要塞(由良地区) 赤松山堡塁 その3(土塁外周部)

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ついに到着した赤松山堡塁
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侵入防止か、湾曲した切り通しの入り口
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石垣には、門を付けていただろう跡が残っている
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内側から入り口を見る
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入って右側が砲台主要部になるが、気になる左側から回る
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左側には建物の基礎と破壊された煉瓦が広範囲に散らばっている、ここが平時の主要部になる。
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辛うじて判る、建物の痕跡
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ここまで砲座でもない物を、粉々にする必要はあったのだろうか?
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堡塁の外側は、土塁に囲まれているのでそれに沿って回って見る
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土塁に登る階段、土塁の上にも道らしき物がある
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やっとまともそうな煉瓦遺構が見える
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御多分に漏れずトイレだ、地震が有ったらトイレに逃げろというぐらい、トイレは頑丈なのだ
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小はこっちの壁に
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大は個室で
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土塁は少し低くなるが続いている
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また階段が有るので上がってみる
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堡塁の中央にある砲座を囲む様に土塁がある、有事には土塁の上部が射垜になるのだろう
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下に遺構が見えて来たので、元の道に降りる
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掘割りをわざわざ造って地下で砲座の下を潜って行き来する、トンネルを掘っているのだ
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トンネル入り口
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砲座の下を潜って、反対側の土塁にショートカットするトンネルなのだが
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出口付近で崩落している
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引き返す
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掘割りを反対側から見る
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随分低くなった土塁に沿ってぐるっと回る、この堡塁は俵型をしているので、この辺は中央砲座の前辺りだ
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砲座からの排水溝
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推定、右翼砲座の前辺り
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この辺には砲座からの排水路があるぐらいで、見る物が少ない
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堡塁の右翼先端部に来たようだ
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標石が斜めに生えてる、飲料水路って標石も初めて見た
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砲座側が高い石垣になった、砲座の背面防御も兼ねているのだろう、この上が右翼砲座及び中央砲座となる
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土塁側にも立派な階段がある
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かなり長い石垣だ、しかも高い
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振り向く
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これから先は、土塁を出て砲座に向かう

由良要塞(由良地区) 赤松山堡塁 その2(登り後半)

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少し道がガレて来たが、軍道としては判りやすい
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小さな軍橋、ちゃんと煉瓦で出来ている
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階段?砲台が近いのかと勘違いしてしまう
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もう標石の番号何てどうでもよくなる
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石垣が見える
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石垣の下には、煉瓦の軍橋
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気温35℃の山登りは相当きつく、沢の水を頭からかぶり、クールダウンしつつ登る
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境界石の良くは見ていないが大きさもフォントも違うものが多く、4種類以上はありそうだ
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何となく登っていると
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唐突に要塞地帯標が現れた、唯一見た地帯標だ
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由良要塞(其一)第一地帯標、横の枝番なんて初めて見た
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明治三十二年八月十一日
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また橋が現れた、山水が豊富なのか、治水対策が行われているようだ
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横から見ると、意外にキチンとした橋だった
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標石を見ながらトボトボ登ると
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ついに中間点地点とも言える大きな分岐路に到着した
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振り返るとさっきの橋が見える
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分岐点の標識が倒れていて、方向が判らん!十字路になっているようだが、右の山方向はブッシュに覆われている
左は伊張山堡塁への道と思われる、正面の道にちょっと行って見る
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ちなみに来た方向を由良方向として、一応立て直しておいた
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謎の道に進んでみる、こっちからも行ける可能性もあるかも
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なんと境界石がある、まさかこっちが本道だった?
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と、思ったが、数十メートルで、とても進めなくなる
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戻って境界石の上の葉っぱをどかしてみると、ここまで表記の線が入っていた
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標識迄戻り、山側のブッシュに突撃する
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入口付近は酷かったが、10mも行けば、道が復活する。冬なら普通に通れるかも
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標石もしっかりあるが、道からちょっと離れた所にある
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急に石垣が現れた
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スイッチバックの補強をしている
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標石がコンクリートに変わる
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上に行くほど道はガレてくる
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また軍橋があるが、ほとんど埋まっている
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青大将に遭遇、威嚇されつつ遠巻きに通過
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大きめのマムシが目の前を通過、スズメバチやアブは常時付きまとっている結構危険な山だ
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今まであったタイプも混在する
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また軍橋があるが、タイプが違う
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完全に石造りになる
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水路の下には、煉瓦の井戸があった
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大きなカーブに、歪な標石がある
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裏側に回って見ると、陸軍省所轄地の標石だが破損している
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もはや軍橋ではなく水路となる
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道もスイッチバックが多く、山頂が近いようだ
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山頂近くは水量も少ないので、大きな橋は必要無いのだろう
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また陸軍省所轄地、これもいずれ割れてしまいそうだ
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また石垣のスイッチバック
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最後の分岐路に到着
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三叉路になっている、ここまで来ればもうすぐだ
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水路の上に、山頂部が見えて来る
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声だけ聞こえていた鹿が数匹こちらを窺っている。写真は無いがイノシシとも数回遭遇しているので、夏は相当危険な山だ
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最後の九十九折を曲がると、やっと赤松山堡塁に到着した
気温35℃の夏山登りは相当きつかった、スマホを忘れ、引き返して20分程ロスしたり、余計な昇り降りしながら写真を撮ったりした結果、約2時間登りにかかった。
良い季節にあまり写真を撮らずに堡塁を目指すのなら、1時間ほどで到着する事も可能だろう。
標石や軍橋等を見ながら登ると飽きずに登れるが、水分は多めに持って行こう
沢に降りてクールダウンしながら行ったせいか、下山後気が付いたらヤマビルに6ヵ所食われていた。
アブにも数ヶ所やられ、帰って来てからストックの抗生物質を使用したが、数日えらい目にあった。

由良要塞(由良地区) 赤松山堡塁 その1(登り前半)


赤松山堡塁に登る起点となる場所、写真を撮らなかったのでグーグルマップを貼って置く
右手にある由良市立公民館は、由良司令部のあった場所だ。道の先にある建物は、将校集会所。
左側の駐車場の壁は由良重砲兵連隊跡地に当たる
赤松山堡塁への登り口はこの突き当りを左となるが、ここから少し行くと軽トラ道となるので、車を捨てる
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車で来れるギリギリの地点、軽ならもう少し行けるが、車を置いておく所は無い、地元の路駐だらけだ
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婦野川、これは軍橋らしく、煉瓦の橋脚
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その手前にある三棟のアパート(廃墟ではなく数人住んでいます)、ここの敷地は婦野火薬庫があった場所
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この坂のフェンスに怪しい物が見えた
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砲弾だよな?
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道を挟んだ反対側は砲兵連隊兵営跡地
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被服庫と言われる建物や、井戸等が残る様だが、民地で入れない
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衛戍病院跡地には門柱が残っている
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ここから先は、急に道が狭まる
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住民の軽は入って行くし家もある。電柱の下に最初の境界柱を見付ける(橋の辺りにもあったようだが見てない)
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防の標石、今後たくさん見る事になる
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あの横になってるのもそうだろうな
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路肩にある謎遺構、下の方は煉瓦である
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中は水が溜まって判らない
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小さな軍橋
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その袂に焚き火で真っ黒な境界石がある
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この辺には割と、道を挟んだ対の境界石がある
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この辺は軍道だけが軍のもので、周りは民地だったのか、コンクリートの境界柵もある
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少し行くと池に出る
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全体的に彫りがが薄く、番号が読みにくいし枝番が付いている
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石垣の上にもある、石垣の中には住居跡のような痕跡があるが、軍か民間かは判らない
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頭しかない境界石
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これは関係なさそうだ
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カプセルハウスみたいな廃墟
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この辺で舗装路が終わる
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淡々と山を登る時は、境界石の存在が助けになる。まあヒマつぶしだ
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道は比較的歩きやすく、障害物も初めのうちは少ない
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たまに古い農地に向かう分岐もあるが、上に登るコースを選べば間違いない
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土留の石垣が随所にあるので、境界石と合せて道に迷う事は無い
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最初に迷う分岐はここ、自分は左に行ったが、正解は右だ。
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左に建物が見えたので行って見たかったのだ(右コースにも小さなお堂がある)
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近くにお堂があるので、軍の建物とは言い難いが、当時からあるものだろう
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ちなみに中は覗いていない
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そのままサクサク進んで行くと尾根道に登る
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遥か下に正規の軍道が見える、コースを外れてしまうようだ
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やむを得ず斜面を下って行く
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捕まる木はいっぱいあるので問題なくコースに復帰出来る
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軍道に戻ると、右手に川が流れている
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この先は軍橋になっている
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下に降りてみる
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軍橋の四方に境界石がある
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もう境界石の番号を読もうという気力が既に無くなっている
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これが唯一の大きな軍橋だが、小規模な軍橋はたくさんある
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橋の構造が良く解る
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軍橋を渡ると集落の跡の様な物がある、民間の可能性もある
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軍は砲台の場所を借りているだけで、山には民間の畑等も下の方にはあるのだ
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戦後も誰かが居住もしくは使用していた跡がある
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下にはブラウン管テレビ等家電も捨ててあるのが興ざめ
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何かしらの遺構も散見する
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更に奥地に向かう

銚子市 コンクリート遺構群 その9

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この地区最後の物件に向かう
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こちらの物件は、農家さんの畑のど真ん中にあるので、事前に許可を頂いている(游さんに感謝!)
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ビニールハウスの隙間に異質なコンクリートが登場
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こちらが入り口側
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後に回って右側
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反対の左側
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では突入しよう
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入口は2/3ほど埋まっている
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開いているのは30cmぐらい
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形状を見る限り、これは観測所のようだ。正面の銃眼らしき物が特徴だ
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右側の、奥行きのある部屋
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恐らく通信、計算室だろう
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ベンチレーターは埋まっている
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天井の引き込み型電灯
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入口方向
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右側にある、小部屋
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入口との位置関係、この銃眼風の穴は入り口の真正面に位置している
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銃眼から覗いた入り口だが、小部屋部分が狭くて小銃を構える事が出来ない、軽機の銃身を突っ込むか、拳銃ぐらいしか使えない。別の用途があるのだろうか?
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入口反対側に行く
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観測口、ここから顔を出すか、カニ眼鏡で覗くタイプ
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こんな絞り込んだような形は初めて見た
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造形を見ると面白い
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ちょっとだけ開けて見た
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上から見るも、さっぱり判らん
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面白い遺構だった


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更に付近の茂みに入ると、亀の甲羅の様なコンクリートがある
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判別付きにくいがコンクリートである
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そのまま進むと、すとんと段差がある
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なんと掩蔽部の入り口だ
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こんな異様な亀の甲羅状の露出も珍しい
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とりあえず突入する
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入口は一段下がる構造のようだ
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入口から真っ直ぐの部屋、この地区はこのタイプの構造なのだろう
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天井の通気口その1
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その2、こちらは貫通している
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入口方向を見る
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入口の木枠が上部のみ残る
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外に出る
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天井に人だかりが出来ている
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通気口を探していたらしい
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一通り見たので撤収する
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最後まで倒木をかたずけている福本氏