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千代ケ崎砲台及び新砲台(砲塔砲台) その4

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千代ケ崎砲台の方にも寄ってみる、専用駐車場と駐輪場が無料である
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駐車場説明
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軍道を登り、入り口へ
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入口説明板
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入ると正面に掘り井戸がある
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井戸の右手に進むと休憩所となる管理棟がある、そこでガイド(無料)の受付等をする。
ガイド無しでも回れるが、基本的には掩蔽部や砲座には入れず、外観だけの見学となる。
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見取り図
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トイレの横に、自動販売機が増えていた、これは意外にポイント高い
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塁道に進む
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メインの地下掩蔽部に行きたいが
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左に曲がり、砲座上部に登る
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ここで待つ事10分
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音だけ聞こえて来た
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この日は防大際、観閲飛行の時間に合わせて来たのだ、大型輸送ヘリCH-47J/JA
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P-1哨戒機は見れたが、F-15は二機飛んで来たが雨雲に隠れ、一瞬しか見れなかった
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さっきまで居たファーマシーガーデン浦賀を見下ろす
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第一砲座
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第二砲座
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第三砲座
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メインの塁道に入る
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左翼観測所の入り口だが、階段の先で埋まっている、入り口の煉瓦がねじりまんぽになっている
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右側には井戸、左側には掩蔽部が並ぶ
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低塁道を軽くだけ見て行く
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第二砲座への通路
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部屋の間にある点灯室、弾薬庫は湿度管理されているので扉を開けず、この窓からガラス越しに点検をする
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奥の弾薬庫
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天井に二つの揚弾井があり、上の高塁道左右にある揚弾井上部よりクレーンで吊り上げ、砲座に砲弾を運搬する
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点灯室側の壁
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通路に出て階段を登る
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高塁道から見る第二砲座
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さらに向こうが第一砲座だ
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振り返り第三砲座方向を見る、左右の柵の中に下の弾薬庫からの楊弾井がある
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左右の壁の穴は、楊弾井から上がって来た砲弾を乗せ、砲座に運んでいたレールの跡
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第三砲座、自衛隊時代にはこれを埋めて、テニスコートを作っていたとは思えない
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まだ行きたい所があるのでこの辺で撤収する、後は動画で


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千代ケ崎砲台及び新砲台(砲塔砲台) その3

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遥か下の新砲台(砲塔砲台)の遺構を見に行く
ワシントン条約により廃艦となった戦艦「鹿島」の45口径30㎝連装砲塔を移設した
現馬堀中学にあった重砲兵学校の演習などで使用されていた
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途中、砲座跡を見に行って見る
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これが砲座のあった10m程の大穴だが、草木が茂ってさっぱり判らなくなっている
近寄ると崩れそうな淵の下は崖状になっているので、転落に注意だ
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僅かに覗く、コンクリートの壁面だけが確認出来る、下の穴は地下施設に繋がっている
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砲塔砲台の機関部、地下施設に向かう
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外観上は完璧に残っている
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なぜかここだけ封鎖されている、一番小さな部屋なんだが
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中は草刈り機等を閉まってある
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ここにはポンプ室があったようだ、水圧式の砲塔だったのか
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太い取り付けボルト
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壁にも何かを取り付けていた跡がある
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屋根部分は完全に破壊されている
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次に部屋に入る
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部屋の右側は奥行きがあるがガラクタだらけだ
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左側はすぐ壁だが
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蓄力井があり、落ちたら登れない
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天井には歪な窪みがある
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砲塔機関部に繋がる出入口
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トラクターの駐車場と化している
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砲塔井は破壊され、土砂だけが残る
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僅かに開口し、頑張れば砲座の大穴に出れるかも知れない
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入口方向を振り返る
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最後の部屋
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外壁にあるこのスリットが気になる
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室内には防湿用タールが塗られていたようだ
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天井には通気口がある、機関室だろうか
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左端の窪んだ空間にも、何かしらの施設があったのだろう
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若干のコンクリートが覗くが、判別は出来ない


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さて、下を見に行こう
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昔はこの斜面から直に降りれたが、緑が茂ってしまった
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井戸は残っているが、油脂庫は無くなっていた
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この生い茂った中に、建物の土台がある
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ブタクサが密集し、花粉症になりそうだ
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階段には立派な手すりがある
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表札の跡?
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立派なので、士官宿舎とかだろうか
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ここにも井戸があるが、ポンプで吸い上げているようだ
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この池は当時のかな?違う気がする
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見学を終え、残り時間レモン狩りをする
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この時はまだ黄色くなる季節には早かった
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最近見つかった遺構があると案内してくれた、まずは堡塁砲台の砲座
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陸側の空堀
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埋まった歩兵用胸墻への階段と、全て自力で見たものだった
でもご案内の気持ちは嬉しかった

千代ケ崎砲台及び新砲台(砲塔砲台) その2

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次に向かう、これは元からの塁道だが、地主さんが道を平坦にする為にあちこち埋めたり盛ったりしている
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この入り口も下になってしまっている
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ここも見学コースになっているのか、ランタンが置いてある
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興味深いのがこの部分だ、明らかにおかしい
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まるで衛所でも在ったかのような場所だが、士官用の掩蔽部だったとか?
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軽く屈折した逆くの字の通路
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曲がる部分に掩蔽部がある
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アーチの掛かり方が面白い
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細長い掩蔽部
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関東大震災の影響か、モルタルが剥がれて煉瓦が露出している
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奥の通気口
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そう言えば外部からここは確認しなかった
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部屋を出る
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角を曲がり、意外に長い通路を進む
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小山を貫通して海側に貫通している
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海側出口、陸側塁道の途中なので通路を戻る

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陸側出口から外に出ると、ブルーシートが目に付いた
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円形のコンクリート、これは不明だった堡塁砲台の砲座ではないか?
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コンクリートに、レール状の金属物を取り付けたいた痕跡がある
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外周は石積みになっている
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上から見ると少し歪に見える
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後で見せて貰った発掘時の写真を写させてもらった
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この裏手辺りに陸側の空堀がある
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外周路の分岐点、このカラーコーンの方向に進む
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左側に人為的な平坦地がある
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目的の物が見えて来た、この場所は養蜂所になっているので、作業している人に再度許可を求める
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非常に珍しい入り口形状、なぜ長さが違う?DSC00912_R_202312122200393ba.jpg
理由の一つはこれだろう
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床下には地面がある様だが、何だろう
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内部に入る、大きな部屋が3つと小部屋が4つの特異な形状をしている。
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ここは砲塔砲台の観測所及び通信施設と言われ、天井には多数のペリスコープを出す穴が開いている
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右の部屋が一番大きい
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左側の入り口手前には、小部屋に入る入り口がある
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中央の部屋から左の部屋を見る
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電路なのか排水溝なのか、解らない床の溝、正面に2つ小部屋がある
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銃眼の様な窓がそれぞれある
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左の部屋は、緑が生い茂っている
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一応鉄筋が入っているようだ
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穴から見上げた雨雲
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左の部屋は天井が無くなっている
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左奥に小部屋があるが、狭くて全体を撮れない
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下の方に蝶番の様な物が生えてる
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狭いので、折り畳み式の机や棚があったのだろうか
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この穴は何だろう、下だけは平らになっている
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窓の四方に蓋を付けていた様な金属鋲の痕跡がある
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しっかりネジも切られている
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くの字に曲げて作る意味は?
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右側の部屋に行く
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天井の梁は、鉄筋が錆びて膨張し、コンクリートが割れている
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床の溝に植物が育っている
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天井の照明の跡
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各部屋ごとに小部屋も含み天井の穴が在る
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右側の部屋から左側を眺める
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砲台に良くあるコンクリート吹付の偽装
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外周をぐるっと見て行く
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ポツンと飛び出した不思議な部屋
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上面部が少し丸みを帯びて成形されている
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この部屋は若干低いようだ
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なぜかこの部屋だけスカート付き
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見ての通り、外側には一切の窓が無い
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上によじ登ってみる、防湿用のタールを塗った跡がある。屋上も起伏に富んでいる
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起伏をわざわざ丸く成形するのも凝った造りだ
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さて、とりあえず目的は達した

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戻りしな、海に浦賀引き揚げ所の検疫所遺構が見えた
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正規の塁道に戻る、この塁道は嵩上げされている、青いネットの向こう側には切り崩された歩兵用胸墻だった
空堀だった部分に胸墻を切り崩した土を埋めたのだろう
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先に行った掩蔽部の海側出入口
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このブルーネットの切れた辺りに
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解る人にしか分からないが、削られた歩兵用胸墻に上がる為の三つの階段のうち一つが残っている
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この階段は海側に登る形で石段のみあるから間違いないだろう
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一周したようだ、新たな遺構を3つも見る事が出来た

千代ケ崎砲台及び新砲台(砲塔砲台) その1

今回は千代ケ崎砲台の無料公開部分ではなく、同砲台の右翼観測所や砲塔砲台観測通信室、掩蔽部、砲座等の通常公開していない部分及び、新砲台と言われる砲塔砲台の部分を10数年ぶりに見に行った。
ここに入るにはファーマシーガーデン浦賀にじゃらんを経由して予約をするしか方法が無い。
基本的に農園なので、レモン狩りの時期かブルーベリー狩りの時期に限定される。
11月~12月はレモン狩りの時期で丁度開園していた。一日の募集人数が少ないので、早めの予約が望ましい。
ちなみに自分は前日の夜にじゃらんで予約して、翌日に訪問している。
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千代ケ崎砲台への坂道のこの部分で曲がり、坂を上って行く
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途中、砲台の門柱が片方だけ残っている。(この辺りは民間の小規模施設が数軒あるので入らないように注意)
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しばらく登ると頂上付近に切り通しがあるので、ここを下る
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特に案内は無いが、幟に沿って下って行けばいい(ちなみにこの擁壁は当時からの砲台入り口である)
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そのまま壁沿いを進む
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途中から壁が石垣に変わる
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段々の付いた面白い石垣だ
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指定された駐車スペースに車を停め、レモン狩りの説明を受けるが、素直に砲台目的でレモン狩りはしないと告げるとあっさり了承された。案内を付けると言ってくれたが、ゆっくり写真を撮りたいので待たせるのが悪いとお断りした。
頼めば簡単に入れる場所は案内してくれるようだ、もちろん藪に隠れた所には行けないだろうが。
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駐車スペース(レモン狩り受付)のすぐ下に、最初の遺構の入り口がある
あの煙突状の物は掩蔽部の通気口で、あのてっぺん部分まで土に覆われていたが道を造る為に開削された。
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石造りの階段を降りて右に曲がる
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漆喰を塗られた煉瓦の通路、天井はコンクリートだ
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突き当り左側に掩蔽部の入り口がある
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細長い掩蔽部は総コンクリート製に見えるが、煉瓦にモルタルを塗ってある
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しっかりと排水設備も整っている
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壁の奥の通気口
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通気口の煙突部は煉瓦造りだ
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現在地は受付のこの下だ
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奥から入り口方向を見る
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ただの掩蔽部に、こんな長い通路が必要なんだろうか?この部分を拡張して掩蔽部にすればいいような?
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出口の煉瓦アーチの形態が非常に珍しいパターンなのに気付く
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次の遺構、ある意味これがメインと言える。千代ケ崎砲台の右翼観測所だ
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スロープ状の通路、見学者用のランプが置いてある
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右の階段が観測所で、奥は計算室だろうか
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上の煉瓦アーチの通気口が珍しい
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内部は意外と広い
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天井の穴、吸気口なのか伝声菅なのか不明だが、貫通している
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入口方向、上の通気口が面白い。右下にある丸い穴
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これは伝声菅だろう
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階段を登り、観測所に向かう
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曲がる階段は萌える
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外光の入る踊場へ、壁の穴は手すりの取り付け跡だ
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地上への階段
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踊り場から振り返る
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階段の最上段には、電路なのか排水なのか両側に穴が開いている
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観測所に出た
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測遠基台、手前の塩ビパイプは伝声菅と思われる
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三本タイプの測遠基台
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奥側だけ少し残っている
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物入れ
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天蓋を付けていたボルト跡
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床に扉の留め具がある
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詰まっているが排水溝完備
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登って来た入り口方向を振り返る
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体一つ分の幅しか無い、胸まである通路
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土塁に上がる階段と
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指揮所
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土塁に上がってみる
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右翼観測所から見た千代ケ崎砲台
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こんな形状も珍しいかも
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上から見る
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左翼観測所は調査後にまた埋めてしまったので観る事が出来ないので、これは貴重だ
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外に出る

上空から見た右翼観測所

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右翼観測所を出ると右側にデカい入り口がある
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千代ケ崎砲台の砲座への通路だが、地主が違うので行き来は出来ない
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自分が昔ここに来た時は、こっちに自衛隊通信隊が居て、絶対入れない状態だった
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次は知らなければ素通りしてしまう埋もれた遺構
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この中に階段が有る
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見学用整備をしていないので、ぐちゃぐちゃだ
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土砂に滑りながら進入する
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ここまでは綺麗な通路だ
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突き当り迄15m程か
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足元の通気口には木枠が残る
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入口を振り返る
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右に曲がった掩蔽部
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一歩中に入ると、両側の壁に異様な裂け目がある
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異様に大きい裂け目、大正12年の関東大震災で受けた損傷だ
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煉瓦の破断面が興味深い
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掩蔽部の反対側へアーチ型に常がる亀裂
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部屋の奥の通風口
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イギリス積みだが、微妙に汚い配列だ
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地上のこの部分
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奥から入り口方向を見る
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天井のコンクリート部分の破断面、鉄筋なんか一つも入っていない
恐らく右翼観測所の周辺遺構は、千代ケ崎堡塁砲台に分類される遺構になるだろう
右翼観測所の北側には、近接防御砲台(十五センチ臼砲4門、機銃4丁)。南側には空堀を経て歩兵用胸墻を備えていた。

鶉野(うずらの)飛行場(姫路海軍航空隊) その4

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加西市地域活性化拠点施設「soraかさい」
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カラーマンホール
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平和祈念の碑
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神風特別攻撃隊白鷺隊の碑
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転圧ローラー
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川西航空機の鶉野組み立て工場にあった格納庫を模して造られた建物(防災備蓄倉庫)
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入場は無料だ
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遺構群地図
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鶉野ミュージアムに入る
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目立つのが正面の紫電改レプリカ
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その上には97艦攻レプリカ
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紫電改の台座に、パーツの説明が一部ある
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単純だが、確実な方法だ
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はずみ車自体を今の人は知らないだろうな
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ドラム缶1本が200ℓだから2本分
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ピトー管
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アンテナ
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操縦室内配置図
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操縦室のカッティングモデル
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自転車にしか乗ったことが無い様な一般人が、これに数か月の訓練で乗って戦場に行けと言われても、レバー操作だけで精いっぱいで、カモにしかならないだろう。
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上から見る紫電改
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司令部庁舎付近のジオラマ
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九七艦攻についての細かい説明は一切無い
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こんな遅い機体に800kg爆弾なんて積んで、ピケットラインを越えられるはずが無いのに
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とりあえず満足した
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お土産を物色して帰る

鶉野(うずらの)飛行場(姫路海軍航空隊) その3

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姫路海軍航空隊隊門と衛兵詰所のレプリカ
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最近造られたレプリカで、形状も同じかどうか分からない
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近くにある個人邸の門の方がそれっぽい
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お墓の様なものが
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門柱の基礎部分だった
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衛兵詰所
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このトイレも面会所を模して作ってあるそうだ
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詰所の近くには、怪しい入り口が2つ並んでいる
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コンクリートの入り口
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内部もコンクリート
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防空壕(コンクリート)
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同じ斜面を道路沿いに下って行くと、素掘りの防空壕が並んでいる
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随分と土被りの無い防空壕だ
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コの字になっているが、大して深くは無い
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斜面の中腹にかなりの数が並んでいる
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中には潰れてしまっているものもある
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完全に何の柵も無いものもある
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コの字が4つ、壕口は8つ並んでいる。基地外とはいえ衛兵用はコンクリート、その他は素掘り防空壕とは・・・
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駅を見ても仕方ないので爆弾庫を見に行く
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舗装された道を登って行く
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爆弾庫はコンクリート製のようだ
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爆弾庫が見えて来た
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かなり分厚いコンクリートだ
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爆弾庫の横は、広い平坦地になっている
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説明板
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爆弾庫内
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扉があったのだろう、鴨居が設けられている
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反対側は土塁で囲まれているようだ
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戻ろうとした時、コンクリートの建物が目に入った
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その隣に明らかな戦跡がある
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寄ってみると周りに起伏がある
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何だこれは?
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どうやら入り口の様だ
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反対側にも同様の物が有る
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壊れているが、これも入り口だったのだろう
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これも恐らく入り口
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ここには通信科の通信施設、発電施設の防空壕が二つあったらしい。一つは完全に露出、一つはほぼ埋没
この場所には本部庁舎、兵舎などの建物が並んでいた

鶉野(うずらの)飛行場(姫路海軍航空隊) その2

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見学道路を進んで行くと、次の大きな遺構が見えて来る
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巨大防空壕(自力発電所)、この基地最大のコンクリート施設で、市の運営で内部はシアター化されている
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左側の入り口
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中央部、本来は全て土盛りで隠されている
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右側の入り口、こちらの方が何故か大きい
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加西市はかなり力を入れているようだ
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入れないので次に行く
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分岐などあちこちに案内板があるので安心だ(駅には行かなかった)
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本当にこれ入っていいのかという砂利道を進む
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スレート葺の倉庫の前に駐車場らしき物とスロープがある
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恐らく機銃座の土塁と思われる
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地下弾薬庫の入り口
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中央の柱を中心に、部屋が構成されている
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二つは公開されているが、もう二つは神戸大学の敷地内にあるので、一応見学不能
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男たちの大和のセットだが、ぱっと見は結構リアルに出来ている
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立派な展示室、四角いコンクリートは即応弾薬庫
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良く見るとちゃちいが、一般には十分だろう
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銃座外周部には、溝がある部分がある
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雨水除けだろうか
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即応弾薬庫内部
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反対側の柵のある地下弾薬庫出入口
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この手すりは近代の物であるが似た様な物が有ったのだろう
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外側から見ると、そこだけ高くなっている
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30cmぐらいの差があるか
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土塁の下にもコンクリートが埋まっているが、関連だろうか?
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道路には、見学者用駐車場が所々に設置してあるので、車で移動しながら見学出来る

鶉野(うずらの)飛行場(姫路海軍航空隊) その1

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本土に戻り、 兵庫県加西市鶉野町2274−11にある鶉野飛行場資料館にやって来た
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なんと平日は開館していなかった
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やむを得ず周辺遺構を見て回る。滑走路跡、正確にはエプロン、誘導路との区別が判らないが、これだけ残っているのは珍しい
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しかし道路化、区画整備等の工事も進行中で、今後はどうだろう
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周辺を見て行くと、史跡指定はされていないが、それらしい物も散見する
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まずは近くの無蓋掩体壕を見に行く
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零戦もどきとも言われるSNJー5(テキサン)が据えられている
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米軍供与の自衛隊機として有名で、映画の撮影にも良く使われた零戦もどき
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至近弾による横からの爆風を防ぐ為に土塁で囲んだ掩体壕
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これでもかなり、土が流れて低くなってしまっている土塁
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道路際に展示してあるが、駐車場は無い
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一般の人はこれを見てゼロ戦と思うのだろうな
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無蓋掩体壕から少し右側に移動する
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手前に案内板は無いが、水路に沿って右の草むらに向かう
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草に覆われた遺構がある
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96式25mm連装機銃座(コンクリート製)、現在2座は一般見学可能に整備されている
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後で行くが、模型の機銃座はここから移動されて、銃座のみになっている
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看板横の地下入り口
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水が溜まってしまっているが、銃座下部の弾薬庫に入る入り口
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銃座全景、夏の雨の日に来るもんじゃ無いな
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銃座としては破壊も無く、完璧に残っている
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柵があるのは地下への入り口、左側は機銃弾を入れる即応弾薬庫
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機銃座、6本のボルトが確認出来る
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排水設備が無いので、雨水は地下弾薬庫に流れ込む(当時はどうしていたのだろう)
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一応一本だけ雨水用の導水と思われる溝がある
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地下入り口の上から登って来た反対側を見る、対角線側に外部からの地下入り口があったが、完全に地面の下を通過して反対側に来るようだ。ちなみに柵の中は階段ではなく縦穴のようだ、梯子での昇降か?
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次に向かう
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指揮所防空壕(地下飛行指揮所)DSC09496_R_20231123181517901.jpg
ここは完全に民家の庭になる
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二名以上で見学日程、時間まで指定が必要なので、事前申し込みは諦めているので外観のみ見学
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鋲の位置が微妙なプレート
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外観を見て行く
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駐車場から横を覗く
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周りの石垣部は、後の住民の改造
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向かい側には神戸大学の農場があり、ここは駐機場(エプロン)だった
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当時のコンクリート舗装がそのまま残っている
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この広い農場に格納庫が何棟も建っていたそうだ
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外周コースが整備され、この道路に沿って順番に見学が出来るようになっているので、初めてでも迷わない
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地味に見落としそうな遺構もある
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道からちょっと奥まっているが、マニアなら大丈夫だろう
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地下防空壕
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結構分厚いコンクリートだ
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内部はちょっと水が溜まっていた

由良要塞(由良地区) 生石山発電所、電灯所

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第二駐車場を出て道路を下って行くと、右手に煉瓦遺構が見えた
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道路から丸見えなので、見落とす事は無いだろう
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しかし破損は大きい
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ここは張り出した部屋でもあったのだろう、綺麗に壁が無くなっている
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基礎に御影石は使わないだろうから、玄関だったのだろう
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山側を見ると、大きなコンクリートの塊が大量にある、電灯の土台だったと思われる
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壁に木材が残る
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屋内に入る
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床に穴が開いていて、水が溜まっている
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破壊された側の壁と道路の位置関係
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煉瓦の土台の様な物
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一部、窓枠も残っている
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外に出る
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やけにしっかりとした扉を付けていた跡のある部分がある
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燃料庫か何かだったのだろうか
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少し離れてみる
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屋外を見て行く
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炊事場か?トイレにしては狭い
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井戸は入り口だけ丸くモルタル塗りで、内部は広がっている
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端まで行くとストンと落ちて、貯水池になっている
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直下を見下ろすと、濾過水槽になっているようだ
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石垣の下は貯水池だ
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こちら側にもデカいコンクリート片が落ちている
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煉瓦の基礎
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トイレとかだろうか?
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貯水池の構造が良く解る、濡れた滑る斜面を奥に歩く
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濾過水槽の前に水門の様なものがある
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全体を見る
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対岸の土塁(土手)に到着、水路の様な切り通しがある
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斜面にある足跡を辿って行くと
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コンクリート遺構群が現れる
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階段状の集水桝の様に見えるが、濾過水槽の一種なのだろうか?
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こんな遺構は見た事が無い
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先の方にまだあるようだ
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横に足場の様な物もある
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見比べると、同じ形が一つも無い
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鉄筋は入っていないようだが
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上屋か天蓋があったようだ
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あちこちに鉄柱が入っている
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階段もある
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下から見上げる
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いったい何なのやら?
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土塁を越えて、反対側に出た
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下にコンクリート製の井戸があるが、民地の中なので判別不能
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海岸に降りて来た
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右が生石山発電所から降りて来た道
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ここに東屋だけがある公園があり、石碑がある
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由良要塞跡地碑