検見川送信所(けみがわそうしんじょ)

千葉市花見川区検見川町にあった逓信省、日本電信電話公社の無線電信所(送信所)である、検見川送信所に
行って来た。
1926年(大正15年)4月1日 - 東京無線局検見川送信所として開局以来、1979年(昭和54年)9月2日まで
現役で稼動していた。
真珠湾攻撃の「ニイタカヤマノボレ」はここを経由して送られたそうです。(巷では、佐世保市の針尾送信所から送られたという説が有名ですが、某サイトによると、針尾ではなくて検見川から送られた、というのが正しいらしいです。)
フィリピンや硫黄島等、南方の占領した国との通信を行う拠点だったそうです。
history01_01[1]    開局当時の写真を参考に貼っておく
DSC03210_R_20130303221420.jpg閑静な住宅街に飲み込まれている
DSC03211_R_20130303221421.jpg土塁に囲まれ、一階建てに見えるが、二階建てである
DSC03212_R_20130303221422.jpg閉局後、無断で仮設トイレや外壁の一部が破壊される事件があった
DSC03213_R_20130303221423.jpg現在千葉市所有、道路公団車両がある
DSC03214_R.jpg夏の雲に映える給水棟
DSC03215_R_20130303222424.jpg屋外の付属施設
DSC03216_R_20130303222426.jpg藪に埋もれて近寄れない
DSC03217_R.jpg全体的に草に埋もれている
DSC03219_R.jpg開口部は全て厳重に閉じられている
DSC03218_R.jpg藪を漕いで給水棟に近づく
DSC03220_R.jpg一階、給水計量器室
DSC03221_R.jpg二階、空間の上に水タンクが有る
DSC03222_R.jpg梯子まで2mほど
DSC03223_R.jpg誰かが悪戯で切り取ったのだろうか
DSC03224_R.jpg
DSC03226_R.jpg水槽上部
DSC03228_R.jpg中には何故か千葉市の石柱(予算で買って数は管理されているはず)
DSC03227_R.jpg水量計
DSC03230_R.jpg屋上を見る
DSC03229_R.jpgいい枝振りを発見
DSC03233_R.jpg下に降りる
DSC03234_R.jpgモニュメントの様な物がある、プレートは無くなっている
DSC03231_R.jpg登る
DSC03232_R.jpgさっきの付属施設がすぐ下に見える、しかし屋上からも侵入不可
DSC03235_R.jpg正面玄関(散水車が邪魔だ)
DSC03236_R.jpg下の入り口に何かある
DSC03237_R.jpgサバゲ厳禁(入れないのにやる奴いるのか?)
DSC03238_R.jpg階段
DSC03239_R.jpg殆んど剥がれた鉄の滑り止め
DSC03240_R.jpgポーチの電灯跡
DSC03241_R.jpg反対側の階段には半分近く滑り止めが残る
DSC03242_R.jpgこの窓だけは内側から封鎖してある
DSC03243_R.jpg後はみんな外側から封鎖
DSC03244_R.jpg何もここまでしなくても鉄格子とか・・・
DSC03246_R.jpg反対側
DSC03245_R.jpg給水棟を見ながら撤収する

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