美里塚記念公園 皇室用防空壕

明治維新の元勲・大久保利通卿によって開設された宮内庁下総御料牧場は、単に皇室の牧場というばかりでなく、外国人技師を招聘するなど常に日本の牧畜技術の最先端を担ってきました。ところが昭和44年8月、成田空港建設計画にともなって、栃木県に移転することになりました。その跡地の一部を三里塚記念公園として整備し、百年余におよぶ御料牧場の歴史をとどめるために三里塚御料牧場記念館が建てられました。館内には皇室関係の資料、御料牧場の牧畜機材などが保存展示されています。
防空壕は41年に宮内省が発注し、完成は太平洋戦争の開戦日の同年12月8日。地下約5メートルの主室(4・5×2・5メートル)を中心に厚さ70センチの鉄筋コンクリート壁が重なった左右対象の構造で、主室の左右には爆風逃がしのスロープが作られている。
この防空壕は存在は知られていて、場所柄皇室用ではないかと言われていたが、裏付ける資料が無かった。
近年間組の社史により、宮内省の発注により工事を請け負ったとの裏づけを得て、市が約150万円かけて
見学用に整備し2年前の4月に一般公開された。
これは一般公開された直後の訪問時の記録だ。
駐車場は正門左と皇室用防空壕すぐ手前の2ヶ所無料である、当然皇室用防空壕手前に車を停めて土手を登る
道路からも見えているのだが、階段も道もないので、普通は正門から来るのかも知れない。
近代的に整備された入り口には鍵が掛かっていて開かない、良く見ると張り紙があり、ここに電話をすると係員が向かいますと、ローカルな事が書いてあった。
2年前のオープン直後の事なので、今はどうなっているか分からない。
CIMG1047_R.jpg正門側から説明する(駐車場は正門左から入る)
CIMG1048_R.jpgご案内板
CIMG1049_R.jpg早速防空壕へ、基本左が入り口、右奥が出口となる
CIMG1050_R.jpg赤い扉は爆風逃がしの開口部だ
CIMG1051_R.jpg参考に
CIMG1052_R.jpg風化防止のため、完全密閉されている
CIMG1053_R.jpg整備された入り口
CIMG1054_R.jpg分かっている部分の案内板
CIMG1055_R.jpg中は漆喰塗り
CIMG1056_R.jpg配電盤(スイッチ類はアクリルカバーが付いている)
CIMG1057_R.jpg昭和十六年製造
CIMG1058_R.jpgでは、降りて行こう(当時は滑り止めも手すりも無かったのだろう)
CIMG1059_R.jpg前室前、奥は爆風逃がしのスロープ
CIMG1060_R.jpg当時の照明跡
CIMG1061_R.jpg振り返る
CIMG1062_R.jpg錆び付いているが、金庫の様に分厚い扉(1トン爆弾にも耐えるらしい)
CIMG1063_R.jpg爆風逃がし、降りて来た入り口からの爆風はここから上に吹き抜ける
CIMG1064_R.jpg滑って登れない
CIMG1065_R.jpgドアの取っ手も頑丈そう
CIMG1066_R.jpg内側から
CIMG1067_R.jpg主室の扉
CIMG1068_R.jpgごつい閂
CIMG1069_R.jpg人一人程度の幅
CIMG1070_R.jpg照明スイッチ
CIMG1071_R.jpg電話線
CIMG1072_R.jpgコンセント
CIMG1073_R.jpg反対側へ、基本この防空壕はH型をしている
CIMG1074_R.jpg奥側の前室へ
CIMG1075_R.jpgそして通路へ
CIMG1076_R.jpg上に付いているストッパー
CIMG1077_R.jpgヒンジもボロ錆び
CIMG1078_R.jpg登ってみたい
CIMG1079_R.jpg壊れたスイッチ
CIMG1080_R.jpgゆがんで閉じ込められたら、窒息しそうだ
CIMG1081_R.jpg蛍光灯ではなく、電球の方が臨場感があって良い
CIMG1082_R.jpg漆喰が反射してしまったが、下写真の上、廃線露出部
CIMG1083_R.jpgこの通路も1mあるか無いかの幅
CIMG1084_R.jpg反対側出口
CIMG1085_R.jpgオリジナルの木の扉
CIMG1086_R.jpg見学終了
CIMG1087_R.jpgついでに貴賓館も見ていく
CIMG1088_R.jpg
CIMG1089_R.jpg
CIMG1090_R.jpg
CIMG1091_R.jpg
三里塚御料牧場記念館は入ったが撮影禁止だった。
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