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佐世保 無窮洞 川棚魚雷艇訓練所跡(特攻殉国の碑)

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針尾送信所で、無窮洞を勧められたから行ってみる事にした
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無窮洞(むきゅうどう)とは、第二次世界大戦のさなか(1943年)、当時の宮村国民学校の教師と小学生たちが掘った巨大な防空壕のことです。中は幅約5m、奥行き約20m、生徒500人が避難できたというほどの大きさ。避難中でも授業や生活ができるように、教壇まで備えた教室をはじめ、トイレや炊事場、食料倉庫、さらには天皇の写真を奉ずる御真影部屋まで設けてあり、戦時下の時代背景を知ることが出来ます。 当時4年生以上の児童がツルハシで堀り進み、女子生徒がノミで仕上げたといわれ、工事は昭和18年8月~終戦の昭和20年8月15日まで続けられたそうです。(ウイキペディア)
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せっかく到着したのだが、コロナの影響か閉まっている(HP上は年末年始のみ休業)
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小学生の勤労像
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後ろの名前は校長が書いたらしい
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右にも小さく開口しているが、これは壕の前を道路に合わせて埋め立てたせいだろう
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金網越しに撮影、落書厳禁とある
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拾い物の内部図
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敢闘門から覗き込む
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教室となる主洞
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授業用の教壇がある
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水飲場がうかがえるが、見えるのはこの程度だった


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長崎県東彼杵郡川棚町新谷郷にある、特攻殉国の碑を見に行った
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海上自衛隊による建立(川棚魚雷艇訓練所跡)
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悪化する太平洋戦争の戦局を挽回するため魚雷艇の訓練所として1944年横須賀から移転開設されましたが、その年の9月頃より、特攻艇(震洋)要員の養成を始め、回天(魚雷)、伏龍(機雷)、蛟竜(小型潜水艇)などの要員養成にも力を入れていました。そして、この地で全国から志願した数万人の若者が日々訓練を受け、出陣し、3511名が死亡。ここにある特攻殉国の碑は、その殉国者全員の氏名が刻銘されています。
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碑文
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特攻殉国の碑資料館
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ここは事前予約で無いと、内部を観れない。TEL0956-82-4411
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資料館前の防波堤に向かう
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この公園の前辺り
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海上30mほどの所に遺構がある
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これは資材や震洋艇の上げ下ろしに使われたクレーンの基礎台座だそうだ。
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