由良要塞 加太地区 深山第一砲台

和歌山県側から淡路島にかけて作られた由良要塞、由良地区、友ヶ島地区、加太地区に分かれて
瀬戸内海の防衛を終戦までまかなっていた。
その中の幾つかに訪れた。
まずは、和歌山側の加太地区、深山第一砲台を紹介する。
横浜から新幹線で名古屋に行き、当時鈴鹿在住だったtonotama氏と合流し和歌山に向かった。
DSC08676_R.jpg本当は第二から行ったが、順を追って第一から紹介する
DSC08677_R.jpg斜面にあった土管からの排水設備
DSC08679_R.jpg崩れかけた石垣
DSC08680_R.jpg薄暗い煉瓦道を歩いて行くと
DSC08681_R.jpgいきなり開けた所に出る
DSC08682_R.jpg最初の掩蔽部は地下にある
DSC08683_R_20130314215804.jpg階段を下りていく
DSC08684_R.jpgくの字形に曲がっている
DSC08685_R.jpg手前の独立した掩蔽部
DSC08686_R.jpg奥側から見ると、煉瓦と石材の組み方が奇妙
DSC08687_R_20130314220524.jpg曲がった先には掩蔽部 が3つある
DSC08688_R.jpg右側の掩蔽部、隣と繋がっている
DSC08689_R_20130314220527.jpg奥側から、やはり石材の組み方が違う
DSC08690_R_20130314220529.jpg天井の通気孔
DSC08693_R.jpg隣の掩蔽部
DSC08694_R.jpg真ん中の掩蔽部に来た
DSC08698_R_20130314221341.jpg防湿用の漆喰がまぶしい
DSC08696_R_20130314221339.jpg通路に出る
DSC08700_R.jpg三つ目の掩蔽部
DSC08701_R.jpg排水溝が開いている、中まで煉瓦
DSC08702_R_20130314222107.jpg反対側から登る
DSC08703_R_20130314222110.jpg案内板
DSC08705_R_20130314222111.jpg煉瓦の床がコケだらけ
DSC08706_R_20130314222113.jpg一番手前の砲座
DSC08708_R.jpg掩蔽部からの伝声管
DSC08707_R_20130314223239.jpg砲座中央の階段を登る
DSC08709_R.jpg結構高い
DSC08712_R_20130314223245.jpg上の通路には通気孔が開いている
DSC08710_R.jpg地ノ島が見える、奥は友ヶ島
DSC08713_R.jpg下の戻るとトンネルがある
DSC08715_R_20130314223925.jpgその下には掩蔽部がある
DSC08716_R.jpg同じ形状が2つづつ
DSC08717_R.jpg奥中央は通気孔、上の通路にあった物の下にあたる
DSC08718_R.jpg奥側から
DSC08720_R.jpg見上げると、トンネルがある
DSC08722_R_20130314225110.jpg反対側
DSC08726_R.jpg真ん中の砲座
DSC08727_R.jpg来たトンネルを振り返る
DSC08728_R_20130314225722.jpg下にいるtonotama氏で深さが分かるだろう
DSC08730_R.jpg構造は一緒
DSC08731_R_20130314225724.jpg排水溝
DSC08736_R.jpg手すりの有った跡
DSC08737_R_20130314225728.jpg反対側から
DSC08738_R_20130314230240.jpg最後の砲座、ちょっと埋まっている
DSC08739_R_20130314230241.jpg横に階段の跡がある
DSC08740_R.jpg登ってみる
DSC08741_R_20130314230244.jpg砲座を見下ろす
DSC08742_R_20130314230640.jpgコンクリートの固まりがある
DSC08743_R_20130314230932.jpg大きな円形の物だ
DSC08744_R.jpg由良要塞の歴史
DSC08745_R_20130314230644.jpg地ノ島
DSC08746_R.jpg遠くに休暇村、紀州加太が見える、あそこまで戻らねば
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