由良要塞 加太地区 深山第三砲台(男良谷砲台)

深山第二砲台に車を置いたまま、第三砲台に下りていく
そう、下にあるのだ第三だけは、まぁ、カノン砲だからあまり高さは必要ないかも知れない。
進入して来た艦船の横腹を打ち抜く為の砲であり、狭い海峡通過時は遠距離に逃げられる事も無い。
それよりも第三だけ、(おとこらたにほうだい)と言う二つ名がある、元は別で後から併合したのだろうか?
DSC08747_R_20130317215035.jpg一部コンクリートの引かれた山道を下りていく
DSC08748_R.jpg道端に円柱形の煉瓦とコンクリで作った奇異な物がある
DSC08749_R_20130317215039.jpg3月のこの時期、草木が少なく川原に何かが見えた
DSC08750_R.jpgカマドである
DSC08751_R.jpg煉瓦にコンクリートを張った物の様だ
DSC08752_R.jpg良く見ると、近くに石垣や人工的な石が多々ある
DSC08753_R.jpg埋まった煉瓦構造物もある
DSC08755_R.jpg煉瓦には刻印があった(kousen様から堺煉瓦製だと教えて頂きました)DSC08756_R_20130317215818.jpg海軍の石柱が一つだけあった、正面は普通だが
DSC08757_R.jpg横から見ると、なんぞこれ!
DSC08759_R_20130317220505.jpg下の沢がトンネルに飲まれる
DSC08760_R_20130317220506.jpg貫通しているのが見える
DSC08761_R_20130317220508.jpg天井は煉瓦張り
DSC08762_R_20130317220510.jpg煉瓦の壁
DSC08764_R.jpg人工物だが崩れて不明
DSC08765_R_20130317221024.jpg鉄の蓋の付いた井戸
DSC08766_R_20130317221025.jpg真ん中から折れて開いた、水がある
DSC08767_R_20130317221026.jpg下の方を探索するtonotama氏
DSC08768_R.jpg兵舎基礎
DSC08769_R.jpgその周りの水路に根っこに侵食された、橋がある
DSC08770_R.jpgふと見上げると、唐突に砲台が現れる
DSC08771_R.jpg棲息掩蔽部
DSC08772_R.jpg白いから、分からないかも知れないが、半球状のなっている
DSC08773_R_20130317221605.jpgしかも浅い
DSC08774_R_20130317221607.jpg後の林の中に井戸や兵舎基礎がある
DSC08775_R_20130317223505.jpgこの階段から海岸に下りていける
DSC08776_R_20130317223506.jpg小隊長壕
DSC08777_R.jpg下の砲座を見る
DSC08778_R_20130317223509.jpg観測壕
DSC08780_R.jpg石組みの粗末な物だった
DSC08781_R_20130317224227.jpg一旦海岸に下りる
DSC08784_R_20130317224228.jpg階段の隣にさっきの沢のトンネルが抜けている
DSC08785_R_20130317224230.jpg明治期の桟橋
DSC08786_R_20130317224233.jpg見上げると、コンクリート構造物がある
DSC08787_R_20130317224234.jpg先端はオリジナルで崩れた岸側を補修したそうだ
DSC08788_R_20130317225158.jpgもう一つ排水路があった
DSC08791_R_20130317225159.jpg砲台に戻る
DSC08792_R_20130317225201.jpg砲座に上がる
DSC08793_R_20130317225203.jpg予備の弾頭を置く所
DSC08794_R_20130317225205.jpg3月でもこの茂り方だ、夏は無理だろう
DSC08798_R.jpgもう一つの棲息掩蔽部、中は同じ
DSC08799_R.jpg砲座へは斜路(弾運び)と階段(人間)で登る
DSC08800_R.jpg砲座の右に棲息掩蔽部で2セット、2座4門あった
DSC08801_R_20130317225904.jpg苔生したトンネル
DSC08802_R_20130317225906.jpgトロッコ跡と言われる穴
DSC08804_R.jpg湾曲しながら奥に進む
DSC08805_R_20130317230647.jpg突き当たりは泥が流入し塞がっている
DSC08806_R.jpg横手に小さな穴がある
DSC08807_R_20130317230651.jpgトンネルの前の広場に何かある
DSC08808_R_20130317230652.jpgカマドの様だ
DSC08809_R_20130317231043.jpg倒れた煙突
DSC08810_R_20130317231044.jpg煙突の根元だろう
DSC08811_R.jpg奥にも何かある
DSC08812_R_20130317231047.jpg足元に落ちていたレンガ、沢のと同じ刻印がある
DSC08813_R_20130317231049.jpg気管場の様だ
DSC08815_R_20130317231737.jpg無理に曲げた積み方がいい
DSC08817_R_20130317231738.jpg全体図
DSC08818_R.jpg上から見てみる
DSC08819_R_20130317231741.jpg違った刻印の煉瓦 (kousen様から貝塚煉瓦株式会社製だと教えて頂きました)DSC08820_R.jpg明治期のレンガはいい
DSC08821_R.jpg
DSC08822_R_20130317232135.jpg
DSC08823_R_20130317232137.jpg
DSC08824_R_20130317232139.jpg戻りしな、兵舎の様な物を見つける
DSC08826_R_20130317232140.jpg上ってきた、カーブミラー奥が第一、左が第三、後が第二とゆう分岐点
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コメント

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はじめましてm(__)m

kousenと申します。要塞跡や煉瓦等に興味を持っています。大阪府です。

男良谷砲台は私も何回か行きましたが、手前トンネルの横のアーチは知りませんでしたし、井戸が煉瓦製であった事も知りませんでした。
遠いとこからのご訪問なのに詳しく恐れいります。

刻印に関しては、上のが堺煉瓦、下のが貝塚煉瓦株式会社のものだと思います。

No title

> kousen さん
始めまして、自分はホームベースは横浜ですが、横須賀育ちなので東京湾要塞方面を主に周っております。
自分が行った時はたまたま時期が良く、見通しが利いただけだと思います。
この辺は変に公園化された遺構ではなく、荒れているとはいえ、素のままの砲台が現存していて、うらやましい限りです。

刻印に関して、御教授有難うございます、また後ほど別の刻印もUP致しますので、よろしければ見てやって下さい。
kousenさんもこちらにお越しの時は、ご一報下さればご案内いたしますよ!
横須賀もなかなかの物です!

井戸と崩壊トンネルの横手の穴

こんばんは、kousenです。

井戸と崩壊トンネルの横手の穴のアーチ構造をブログで使わせて頂きました。
ありがとうございました。ご報告までで失礼いたします。m(__)m

了解です。

> kousen さん
特に書いては有りませんが、フリーですのでお使い下さい
ブログでお使いとの事、良くお調べの様で拝見しながら感心しております