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城の台防空砲台

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この山に1本だけある海軍用地の標柱
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夏島地下壕の帰りに城の台防空砲台に寄ってみた、これは登り口にある小壕
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半ば埋まり、小さなものだ
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城の台砲台の入り口はコンクリート製だ、電線を引き込む碍子の取り付け溝もある
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砲塔砲台だけに入り口部は崩れないようにコンクリートで覆われており、強度確保の為か若干狭く低い
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屈みながら入って行く
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くの字に曲がるとコンクリート通路は一旦広がり素掘りになる
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振り返るとこんな形状、上にぶら下がっているのは電気のケーブル
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素掘り部分には弾薬庫、兵員棲息室と思われる部屋が3つある
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右側の部屋
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右側
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左奥から全体を見る、結構広い部屋だ
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左側、人物比あきひさ氏
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部屋から出る
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この壕は奥に行くほど未完成で、ただ掘っただけの様な状態になる
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壁に刺さる角材
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左側の2つ目の部屋
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部屋の内部は綺麗に掘ってある
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各部屋の通路は狭く、眺めにして強度を出している
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右側の3つ目の部屋
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ここは少し小さめで、水が溜まっていたので入っていない
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ズリ出しすらしていない通路
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開口部に出る
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ここから出るとすぐに大穴の上に出るので注意が必要だ、落ちたら2度と上がれない
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目を引くのがこの中心にある塔状の物だろう
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下部は四角柱
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上部は円柱のコンクリート柱
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コンクリートの外周に囲まれた深さ5m程のターレット状の穴、通常の12.7cm高角砲砲座とは構造が違う
形状から考えれば砲塔砲台と思われるが、記録では高角砲2門のようだが、連装砲か?
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周囲はこの状態なので、関連遺構の有無は判らない


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田浦港に寄ってみた
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この辺には当時の護岸、引き込み線の遺構が多く残っている
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カッターボンドも当時のままだ
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奥に見えるのは比与字弾薬庫と新潜水艦桟橋
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おやしお型(左)とそうりゅう型(右)が並んでいる
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船越を見るが、雨で霞んでしまう
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資材の下敷きになっているクレーンの基礎
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海軍マークの消火栓
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比与字トンネルの付近を見る
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この付近は当時の引き込み線が弾薬庫迄伸びていた
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トンネル内の途中まで軌道はあり、トンネル内から比与字地下壕に直接運び込まれていた
今でもトンネル内には4つのブロック封鎖された壕口が見れる
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ここにある井形の直角交差は非常に珍しい遺構で、一時埋められたが復活している
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10年ぐらい前までは遮断機等も残っていたが、撤去されてしまった

数年前に歩いた時は容易に見つかった止水栓、消火栓が見当たらない、火事の影響で整備されてしまい、新桟橋を造った影響だろう。

懐かしい記事

横須賀海軍軍需部 行基地区付近ヒストリーその1

横須賀海軍軍需部 行基地区付近ヒストリーその2

横須賀海軍軍需部 行基地区付近ヒストリーその3

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コメント

非公開コメント

城の台のコンクリートは圧巻でしたね
自然と一体化した遺構がなんだか幻想的でした。

あきひさ氏

枯れた頃にまた行って見よう、今度は下に降りてみたいね。

西宮北口駅のダイヤモンドクロス

昭和59年ころまで阪急電車 西宮北口の直角交差ありました。
田浦のもぜひ 訪れたいです

ジェットモグラ様

そうですか、他にも有ったのですね!
無くなってしまって残念です。田浦は当面残りますので是非!