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馬堀重砲兵学校関連の遺構

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重砲兵学校は、馬堀自然教育園及び馬堀小中学校周辺にあった
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馬堀中学校の外壁は、重砲兵学校の物だった
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今は一部のみ保存され、説明文すらないモニュメントとなっている
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現状、無料で見学出来るが、駐車場は無い
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園の入り口付近の櫓
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門柱の一部だろうか
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地下壕入り口なのか、油脂庫なのか不明
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当時のコンクリート製土留め
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良く見るとあちこちに土留めや擁壁は残っている
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施設の建物は二棟残る
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火薬を扱う火薬庫、カーリットには、手が荒れるので水道が多い
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窓には鉄格子
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もう一つの建物
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横から見る
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上から見る
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中を覗く
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火薬庫と推定されている、高床式で通気は考慮されている
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火薬庫背面にある防壁
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5m程の大きなものだ
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防壁があるのはこの一角だけ
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当時の階段を登る
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今は池の水源となっている穴
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入り口はコンクリートで仕切られ、水を溜めている
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奥は水は無い
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突き当り
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その手前に分岐があるが
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数mで終わっている
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水源?
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コンクリートの立哨小屋
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これを見付けるのは、かなりレアだろう
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円形の庇
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付近にある地下施設
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錆びた鉄梯子を降りて行く
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かなり深さはある
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恐らくは火薬庫の消防用水だろう
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コメント

非公開コメント

No title

こんばんわ、中学校の外壁の一部だったんですか。それにしても、こんなに同化していたら
興味のない人は、見かけても、ほとんど気付かずに通り過ぎているんでしょうね。

おるね様

実は自分の母校だったりするのですが、学校としては全くその件に関しては、説明も理解もありませんでした。
学校から少し離れた道路に重砲兵学校の市の説明板は後年に立ちましたが。
所詮は負の歴史なんでしょう。

地下貯水池はそのうちハシゴが使えなくなってしまったらもう見られなくなってしまうかもしれませんね。

あきひさ氏

既にリーチがかかっている様な梯子だからね
普通の人はあんなの降りないだろうし
君なら無くても大丈夫じゃない?馬堀も登ったし