横沢入地下壕、戦車橋・船の科学館

東京都あきる野市に、通称“横沢入(よこさわいり)”という地域があります(正式な地名は“横沢”)。
この横沢入に陸軍立川航空工廠引田資材倉庫の地下秘匿場所として1944年11月~45年2月にかけて陸軍東部64部隊が壕を掘削しており、橋はそのさいに架けられたものらしい。
一般に戦車橋と言われているが、正確には戦車牽引車のフレームだ、索引車の機種は92式3トン索引車試製車或いは94式3トン索引車試製車と思われる。
ちなみに公園化されている割には一般用の駐車場は無いので、線路沿いの大悲願寺辺りに停める事になる。
DSC01073_R.jpg線路沿いの道から暫く山に向かって歩くと、管理棟らしき物がある
DSC01074_R.jpg跡はひたすら歩き回るのみ、不親切にも案内板に地下壕、戦車橋の位置が記載されてない
DSC01075_R.jpg最初の地下壕(跡)は、すぐ見つかる(10ヶ所以上あるらしい)
DSC01076_R.jpg登るが案の定、埋まっている
DSC01077_R.jpg戦車橋もすぐに、見つかった
DSC01078_R.jpg正直、思ったより小さくて、え、これが?と思った
DSC01079_R.jpgまぁ、3トントラックのフレームと考えれば、こんな物だろう
DSC01080_R.jpg道を作る際、用水路を確保する為に埋め込んだ物だろう
DSC01081_R.jpg山の方に向かうと、地下壕があると、カンバンが立っていた
DSC01082_R.jpgしかしここも残念、「知られざる軍都・多摩・武蔵野」に書いてある通り、全て埋まっているのか?
DSC01083_R.jpgここから林道になる
DSC01084_R.jpgすぐに壕口が見つかる、諦めずに登って行く
DSC01085_R.jpgなんと、今度は開口している
DSC01086_R.jpg資料によると、4x4サイズだそうだ
DSC01087_R.jpgあの辺も怪しいのだが、フレームの端で弁当を広げている一般人がいて、不振な行動が取れない
DSC01088_R.jpg林道を登り始めると、陥没跡とおぼしき物が散見する
DSC01089_R.jpg開口部が見える
DSC01090_R.jpg入ろうと思えば入れるが、
DSC01091_R.jpg奥が見えているので、無理に入らない
DSC01092_R.jpg変な物が落ちていた、漬物石だろうか?どう見ても近代物(石のダンベルか?)
DSC01094_R.jpgもう一つの戦車橋が見つからないので龍性寺方面に向かう
DSC01093_R.jpg何ともっと下の方にあった、山頂付近まで捜しても無いはずだ
DSC01095_R.jpgしかし、どう見てもこの橋は迂回されている
DSC01096_R.jpg恐らく川の浸食で、路肩が落ちてしまったのだろう
DSC01097_R.jpg錆びてはいるが、70年も経ている割に原型を留めている
DSC01098_R.jpgおかげで、構造も良く見て取れる
DSC01099_R.jpg線路沿いのこの看板から山道に入ると下側の戦車橋にすぐ行ける

ついでに寄った、船の科学館の陸奥の砲身を紹介する
船の科学館は現在縮小公開中!
2011年7月15日 船の科学館 本館展示の休止について
 「船の科学館」は、1974年(昭和49年)7月20日「海の記念日」に開館いたしました。以来、37年間にわたり延べ1,800万人を超える来館者を迎え、海と船の文化を伝える海洋総合博物館として皆様に親しまれてまいりました。
 しかし、6万トン級の大型客船を模したユニークな本館は、施設及び展示共に老朽化が著しく、これを機に、次世代の海洋教育拠点へのリニューアル準備のため2011年 9月30日(金)をもって、ひとまず本館展示を休止することといたしました。
 本館建物は、引き続き事務所及び収蔵保管・研究施設として活用し、展示は前面水域で保存・公開している南極観測船“宗谷”を中心に、屋外展示の公開を行うと共にプール水面を活用した各種体験教室も実施して、博物館活動を継続していくことといたしました。
 なお、前面水域に係留している青函連絡船“羊蹄丸”につきましては、本館展示の休止に伴い保存・展示を終了することといたしました。
とゆうことで、直前に見に行ったが今も見れるようだ。
DSC08510_R_20130426222809.jpgまずは表にある、旧ロシア海軍の20cm砲
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DSC08512_R_20130426222813.jpg
DSC08513_R_20130426222814.jpg
DSC08523_R_20130426222816.jpg裏手に回り、陸奥の主砲を見に行く
DSC08524_R_20130426223134.jpg奥に見える青函連絡船“羊蹄丸”はもう見れない
DSC08525_R_20130426223136.jpg砲口はコンクリートで埋められている
DSC08526_R_20130426223138.jpgこれを始めて見た時は、素直にデケーと思った
DSC08527_R_20130426223139.jpg是非とも46cm砲を引き上げて並べて欲しい物だ
DSC08528_R_20130426223141.jpg案内板
DSC08529_R_20130426223912.jpg砲尾の辺りに上る為の足場が用意されている
DSC08530_R_20130426223914.jpg幸い近くに人影も無いし
DSC08531_R_20130426223915.jpgちょっとだけ
DSC08532_R_20130426223917.jpg登ってしまった
DSC08534_R_20130426223919.jpg撃ってみたい・・・
DSC08662_R_20130426224514.jpg屋上から見下ろす
DSC08641_R_20130426224506.jpg館内展示物
DSC08642_R.jpg
DSC08643_R_20130426224510.jpg
DSC08644_R_20130426224512.jpg
DSC08645_R.jpgこれらが、今見れるかは不明。
二式大艇が無くなってからは、行く事も無くなって10年ぶりぐらいに行った

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No title

先日横沢入を訪ねました。
橋が何かしらの廃材利用か思ったのですが
まさか、こんな風な経緯で使われていたとは驚きです。
非情に興味深く記事を読ませていただきました

私のブログ内の記事にリンクを貼らせていただきました。
勝手にリンクを貼ってしまった事をお許し下さい。

横尾ングェロンヴァべォッホッホ四世寿秋様

全然構いませんので、気になった記事が有れば使って下さい
情報は共有するものです、画像が必要なら使っても構いませんし
そもそも人に見てもらうのがブログですから!

書いてはいませんが、リンクフリーです!