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「廃墟」長崎のとある島

長崎にある、無人島「端島」(はしま)。
3ee1e8d8_R.jpgここに訪れたのは、10年以上昔の事だ、法事で帰省した際に、連れて行ってもらった、海上タクシーだか何だか言ってた気がする。
全くの人任せで、予備知識も無く、見所も解からずにただただ歩き回っただけだ。
1916年(大正5年)には日本で最初の鉄筋コンクリート造の集合住宅「30号棟」が建設された。この年には大阪朝日新聞が端島の外観を「軍艦とみまがふさうである」と報道しており、5年後の1921年(大正10年)に長崎日日新聞も、当時三菱重工業長崎造船所で建造中だった日本海軍の戦艦「土佐」800px-Japanese_battleship_Tosa_R.jpgに似ているとして「軍艦島」と呼んでいることから、「軍艦島」の通称は大正時代ごろから用いられるようになったとみられる。ただし、この頃はまだ鉄筋コンクリート造の高層アパートは少なく(30号棟と日給社宅のみ)、大半は木造の平屋か2階建てであった。
1945年(昭和20年)6月11日にアメリカの潜水艦「ティランテ」が、停泊していた石炭運搬船「白寿丸」を魚雷で攻撃し撃沈したが、このことは「米軍が端島を本物の軍艦と勘違いして魚雷を撃ち込んだ」という噂話になった。
1960年以降は、主要エネルギーの石炭から石油への移行(エネルギー革命)により衰退。1965年(昭和40年)に三ツ瀬区域の新坑が開発され一時期は持ち直したが、1970年代以降のエネルギー政策の影響を受けて1974年(昭和49年)1月15日に閉山した。閉山時に約2000人まで減っていた住民は4月20日までに全て島を離れ、端島は無人島となった。しかしその後すぐに人がいなくなったわけではなく、高島鉱業所による残務整理もあり、炭鉱関連施設の解体作業は1974年の末まで続いた。

現在は観光ツアーなどもあり、誰でも公式に訪れる事が出来るようになった。
Nagasaki_Hashima_map_ja_R.jpgもっとも、見学コース以外は立ち入り禁止らしいが・・・
1_R_20130511210326.jpgアルカトラズの様な島だ、一部の労働者からは「監獄島」と言われたそうだ。
2_R_20130511210328.jpg元々は1/3程度の岩礁を、6回に亘り埋め立てたそうだ
3_R_20130511210329.jpgこの島には、草は有っても木は無いそうだ
4_R_20130511210330.jpg椅子がポツンと海を見ている
5_R_20130511210332.jpg塩害で、コンクリートも何もボロボロだ
6_R_20130511213056.jpg誰もいない街角
7_R_20130511213057.jpg病院だろうか
8_R_20130511213059.jpg粗末な流し台
9_R_20130511213100.jpgまるで、津波の後の様だ
10_R_20130511213102.jpg木製の桶
11_R_20130511213607.jpgダスタシュートだろうか
12_R_20130511213609.jpgナースの靴が固まっている
13_R_20130511213611.jpgとりあえず、上を目指す
14_R_20130511213613.jpg何処を見ても、同じ部屋が並ぶ
15_R.jpg天空の渡り廊下、腐った手すりがスリリングさを増す
16_R.jpg段々畑の様な形の壁
17_R.jpgまさに、筒抜けの部屋
18_R.jpgコンクリートの闇の回廊
19_R.jpg空の回廊もある
20_R.jpg本土から土を持ち込み、屋上庭園を造るのが、流行ったそうだ
21_R.jpg柵も何も無い所から覗き込むと、吸い込まれそうだ
22_R.jpgここには、6000人の住人がいた
23_R.jpg毎日この窓から海を見ていたのだろう
24_R.jpg小学校の廊下を思い出す
25_R.jpg何故か、生活用品がそのまま残る所が多い、まるで慌てて非難した様だ
26_R.jpgイカリソースも置いたままだ
27_R.jpg荒れ果てた部屋もある
28_R.jpg地面を侵食された、奇妙な空間
29_R.jpgまるで学校の様な造りの建物だ
30_R.jpg黒板まである
31_R.jpg体育館跡
32_R.jpg対岸までは、50分かかる
33_R.jpg二代目の灯台
34_R.jpg安全祈願用の鳥居
35_R.jpgドルシックナーとクレーン基礎
36_R.jpg朽ち果てた炭鉱、原子力の次はきっと石炭だ、復活の日は近い!
37_R.jpgベルトコンベアーの跡
38_R.jpg児童公園から見上げる
39_R.jpg桟橋に戻る時間だ
40_R.jpg時間の止まった空間を後に、現世に戻る

youtubeで面白いラジコンヘリ動画を見て、上げる気になった。
早いもので、200回記念となる、過ぎてみればあっとゆう間だった
今後ともよろしく!
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