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西浦砲台左翼観測所

西浦砲台の左翼観測所が日影山の山頂に現存する、しかしここに到着するのは難しい
まず、日影山自体が見つからないだろう、西浦砲台のある山とは全く違う山に存在している
アクセスは難しいが、遺構自体は米軍による破壊や西浦砲台自体の様な、関東大震災の被害も無く
金属泥棒が最大の被害な具合に、残存状態は非常に良い
上部に砲台長位置、測遠機室を備え、下部に計算室、通信室がほぼ完全な形で残っている
DSC06240_R_20130623185821.jpg早速日影山に入山する
DSC06241_R_20130623185824.jpg左翼観測所は究めて知られていない遺構で、今回はOKN氏に案内してもらった
DSC06242_R.jpgあっとゆう間に道が無くなり原生林になる
DSC06243_R_20130623185827.jpg榴弾砲氏が何かを見つけた
P1320071.jpg天水桶その1だ(ふぉーとれすより無断借用)
DSC06246_R.jpg天水桶その2
DSC06247_R_20130623192246.jpg満々と天水が満ちている
DSC06248_R.jpg天水桶その3
DSC06249_R_20130623192250.jpg防二三三の陸軍柱
DSC06250_R.jpgどうやら到着した様だ(一人だったら遭難してるかも)
DSC06251_R.jpg一段下った所に、遺構が見える
DSC06253_R.jpg右側には通信室が二部屋ある
DSC06254_R.jpgここには横開きの戸が付いていたのか?
DSC06256_R_20130623192911.jpg隣の部屋に繋がる、こぶし程度の穴
DSC06257_R.jpg隣への戸の鴨井は木製だ
DSC06258_R.jpg左側の部屋の入り口にある、謎のコンクリート片(測遠機台の一部だろうか)
DSC06259_R.jpg上部の砲台長位置への伝声管
DSC06260_R_20130623194323.jpg覗くと外が見える
DSC06261_R.jpg通信室を出る
DSC06262_R_20130623195759.jpgちょっと手前によじ登り、目線を変える
DSC06263_R_20130623195801.jpg中央に位置する、砲台長位置
DSC06264_R.jpg左翼の壁面
DSC06265_R.jpg通信室外観
DSC06266_R_20130623195805.jpg左右から登れる、砲台長位置への階段
DSC06267_R.jpgさらに上がる
DSC06269_R.jpg砲台長位置
DSC06274_R.jpg右側の物入れと通信室への伝声管
DSC06270_R.jpg伝声管はラッパの様に下に広がる
DSC06271_R.jpg左には計算室への大きな連絡口が開いている
DSC06278_R.jpg計算室に下りる
DSC06279_R_20130623205608.jpg下から連絡口を見上げる
DSC06280_R.jpg計算室の前にある測遠機室
DSC06283_R.jpg側面には一部鉄板が残っている
DSC06287_R.jpg測遠機台、下に落ちていたコンクリート片はここに乗っていたと思われる
DSC06286_R.jpg側面の物入れ
DSC06288_R.jpg計算室を見下ろす
DSC06290_R_20130623210654.jpg藪に入って、上から見下ろすがこれが限界
DSC06294_R_20130623211402.jpg反対側に回る
DSC06293_R.jpgついでに砲台長位置側に回り、下に降りる
DSC06297_R.jpg昼なお暗い密林に囲まれ、掘り下げられたこの遺構は場所が特定出来ないと、マジで無理
DSC06299_R.jpgコンクリートの角は、キチンと面取りされ、急造砲台とは違う美しさを持つ
DSC06301_R.jpg上は削れているが、防二三一だろう
DSC06302_R_20130623212321.jpg探索後、どうやって降りようかを思案するOKN氏、また帰りも藪漕ぎだ
DSC06308_R.jpg下山後、立石バス停付近に移動する
DSC06306_R.jpgこれは東京湾要塞地帯標(フェンスが邪魔で見えない)
DSC06307_R_20130623212326.jpgこんな海岸沿いのゴミ捨て場にあるとは、捨てられなければ良いが・・・
DSC06309_R.jpg表は陸
DSC06310_R_20130623213451.jpg裏は防七五
DSC06311_R.jpg石垣の上にある防七二ノ八、枝番が付いている
DSC06312_R_20130623213455.jpg防七の下が見えない
DSC06313_R.jpg道路脇にある当時のコンクリート柱
DSC06314_R_20130623214103.jpg防護ネットの裏には小さな防空壕
DSC06315_R_20130623214105.jpgこの日見付けた、最後の一本!探せばまだありそうだ
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コメント

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No title

ゴミ置き場の要塞地帯標は、あるwebサイトでは「区域標」であると説明していました。
西浦砲台の軍道標石は、星山地区に「防二七三」と「防二七一」が、また、仲地梨橋手前に「防一一八」の標石があります。
そのほか、ファンケルの研修所の西側の山道に築城本部の松井庫之助中将の揮毫による「宝剣坂」(石碑は旧字)の石碑があります。
この付近の軍道を探せば、まだまだ標石は発見できると思います。

No title

>HAL様
コメントありがとうございます、お名前は伺っております
そうですか、「区域標」ですか、文字も良く読み取れないし下は埋っているしで
判別つきませんでした。
後にまた再訪したいと思いますので、探してみます
今後とも、よろしくお願いします

No title

> 次は観測所ですね、がんばって下さい!
今晩は。
西浦砲台ルートでは大変お世話になりました。
本日早速、左翼観測所へトライしましたが、残念ながら到達できませんでした。
石柱「防二三一」「防二三〇」の2本は見つかりまして、近辺の一段低くなったあたりも一通り観回したのですが、わかりません。
「防二三一」辺りから藪へもっと深く入るのでしょうか?
すみません、またまた教えて君ですが、よろしくお願いいたします。

ino様

まずは西浦砲台発見、おめでとうございます
観測所はかなりレアで、探すのも楽しみだと思うので、ブログの写真を良く見て
探してみて下さい、ヒントはあります
探索の楽しみを、奪う訳には行かないのでこの程度で!

がんばって下さい!

No title

ありがとうございます。
何とかヒントを頼りに到達できました。
なるほどレアですね。

残念ながら観測所にアンテナが不法投棄されていました。
心無い人が居るものです。

ino様

今日は富津、金谷間の遺構調査をしていました!

西浦征派、おめでとうございます、あれしきのヒントで良く見つけましたね
これからも、がんばって下さい。