三崎砲台(岩堂山観測所)

三崎砲台は東京湾要塞の一部として、大正10年竣工、七年式30cm長榴弾砲4門据付していたが、 大正12年震災により損傷補修
昭和13年に七年式30cm長榴弾砲4門とも、満州に移動され、同14年廃止となる。
三崎砲台は実戦には一度も参加する事は無かった、砲座は4つとも畑になってしまったが、砲側観測所と、門柱のみが現在も確認出来る。
三崎砲台関連施設として、砲座両端には砲側観測所があったが、別に主観測所は岩堂山頂に設けられた、後に脇に八八式海岸射撃具用の観測所が造られた。
旧観測所は発見しやすいが、新観測所は激しい藪の中に埋もれていて、戦後の破壊も著しく原型がわかり難い
しかし、外壁に残る迷彩塗装や砲台特有のコーティングには一見の価値がある
DSC04638_R.jpg山頂の道路を一歩入るとすぐに門柱がある(フェンス沿いに道がある)
DSC04639_R.jpg金属を抜き取られ、かなり壊れている
DSC04641_R.jpg反対側の門柱の影に生首が置いてある、結構リアルで気色悪い
DSC04643_R.jpg砲台に向かう、ハイエースの停まってる辺りが分岐になる
DSC04636_R_2013082120405043b.jpgこの倉庫を曲がった所に砲台遺構がある
DSC04629_R_2013082120591968a.jpg砲側観測所の遺構
DSC04630_R.jpg恐らく計算室もしくは司令室、奥の壁に伝声管が見える
DSC04631_R.jpg半分は埋ってしまっている
DSC04634_R.jpgメチャクチャ滑るこの部分を登り上に上がると
DSC04633_R_201308212059260ec.jpg円形の観測室もしくは砲台長位置と見られる遺構がある
DSC04635_R_201308212107217fd.jpg探してみたが、他に目立った遺構は無い
DSC04637_R_20130821210723464.jpgしかし、ちょっと近くを掘って見ると、コンクリート遺構が顔を覗かせる
DSC04644_R.jpg岩堂山観測所に向かう
DSC04645_R.jpg山道を延々と登ると斜面に何かが見える
DSC04647_R_20130821210729a0b.jpg砲台付近では良く、似た様な形状の油脂庫と思われる遺構が見られる
DSC04650_R_20130821211713a08.jpg良く間違って、これが観測所だと紹介されている物件、関連施設には違いないだろう
DSC04649_R.jpg自分的には観測所の防衛陣地の様に感じる
DSC04652_R_201308212117156c1.jpg結構な厚みはある
DSC04669_R.jpg眺め良し、湾内一望
DSC04653_R_20130821212534be3.jpg藪の中に分け入る
DSC04654_R_2013082121253647c.jpg迷彩模様のブツブツの付いた壁がある
DSC04655_R.jpg人と比べると大きいのが判る
DSC04656_R.jpgほぼ唯一真っ当な形をしている部分
DSC04658_R.jpg地下式に埋没していて、コールタールが随所に塗られている
DSC04659_R.jpgたった70余年で植物に蹂躙されている
DSC04660_R_2013082121391802e.jpg上から見ると、こんな感じ
DSC04665_R.jpg壁に沿って20mほど進むと
DSC04666_R.jpg測遠機台の様な4つの四角い台座がある
DSC04668_R.jpgその付近には機銃掩蔽の様な丸い窪みがある
DSC04670_R_20130821214555f9d.jpgまた、新たな藪に突入して行く
DSC04671_R.jpgこっちは軍道が残っているので、突入位置さえ間違わなければすぐ判る
DSC04672_R_201308212146020f2.jpg迷彩模様で、状態は旧観測所の方が良い
DSC04677_R.jpg部屋は3つある、左の部屋から右の部屋方向を撮る、誰か住んでいたのか?
DSC04676_R.jpgやたらにデカイ伝声管
DSC04678_R_20130821215447de7.jpg観測室出入り口
DSC04679_R.jpg反対側の入り口
DSC04680_R.jpg天井には、住人が塞いだのか、伝声管の跡だろう
DSC04695_R.jpg観測室、中央に測遠機台座がある
DSC04700_R.jpg通路の天井の伝声管、上は砲台長位置となる
DSC04696_R.jpg振り返り
DSC04698_R.jpg天蓋があったのか、ボルト跡がある
DSC04674_R.jpg上には砲台長位置がある
DSC04675_R.jpg脇の階段から昇る
DSC04682_R.jpg結構階段は急だ
DSC04683_R.jpg真ん中に足掛けが開けられている
DSC04684_R.jpgここにも迷彩が残っている
DSC04685_R_20130821221639c05.jpg砲台長用の伝声管は3つある
DSC04688_R_20130821222128d53.jpg砲台長位置は半分枯れ草に埋っている
DSC04689_R.jpg左側伝声管
DSC04690_R.jpg見にくいが、ボルトが2本あり、天蓋を付けていたのだろう
DSC04691_R.jpg砲台長位置から下の観測室を見下ろすDSC04704_R_20130821223422183.jpg探索後の一コマ、何があったのかあえて書かない

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コメント

非公開コメント

No title

懐かしい・・・www
どぼーん、とな(>_<)

そうですね

>tonotama様

もう4年も前の話ですね、あの生首まだ有るのかな?
昼間だから良かったけど、夜一人で見たらやばいかも!
榴弾砲氏には、思い出の場所になったでしょう。