長浜狙撃用洞窟陣地、井上成美記念館

黒崎狙撃用洞窟陣地北側、南側との相互支援、十字砲火を計画していた様だ
この壕の入り口を探す事は非常に難しい、銃眼も2つあるが埋没し、開口部は現在2ヶ所あるが、一つはサーフショップの裏手でボードで開口部を塞いでいる。
もう一つが唯一の出入り口となるが、はっきり言って判らない!、この面に在るはずだとゆう所は特定できる
しかし其処から先が一面の藪で過去の調査では、判らなかった。
某高校教諭が昔入った事があるとゆう事で、無理にお願いして案内していただいた。
DSC08142_R_20130902200545372.jpgこの丘一面に洞窟陣地が張り巡らせている
DSC08143_R_20130902200547808.jpg見渡す限りの藪だらけ
DSC08144_R_201309022005493e1.jpg藪を睨み、昔の記憶を呼び覚ます教諭
DSC08145_R.jpgおもむろに藪に突入し、あっと言う間に見えなくなった
DSC08146_R.jpg慌てて追いかけると、壕口の前で微笑む教諭がいた
DSC08148_R_201309022019070b1.jpg壕口はもうすぐ埋って判らなくなってしまいそうな状態だった
DSC08149_R_2013090220190974f.jpg壕内は陸式馬蹄型で立って歩くには、若干低い
DSC08150_R_20130902201911d05.jpgでは、近い方の狙撃室に向かう
DSC08151_R_20130902201913b6c.jpg通路は終始狭い、ゲジが少ないのが救いだろう
DSC08152_R_20130902201914a65.jpg外部からの狙撃室直近の出入り口だが、何故かここだけコンクリート封鎖
DSC08153_R_20130902202907af6.jpg先に進む
DSC08154_R_20130902202909499.jpg右手に掘りかけにしては、整った行き止まり通路
DSC08155_R.jpg鍵の手に曲がると、狙撃室に着いた
DSC08158_R_20130902202914766.jpg結構立派な物だ
DSC08156_R_2013090220291233f.jpgこの銃眼の段々辺りは近代建築と見まごう様だ
DSC08157_R_20130902203723505.jpg振り向きざまにストロボを焚くと、まぶしそうにしている榴弾砲氏がいた
CIMG0668_R.jpg撮りたかったのはコンクリートの段々、他には見ない構造だ
CIMG0669_R.jpg床にはコンクリート製の側溝もある
DSC08159_R_20130902203725a57.jpgでは、戻ろう!下り坂なのが判るだろうか?
DSC08160_R_20130902203727b4c.jpgさっき入って来た入り口
DSC08161_R_20130902203729649.jpg調査時の書き込みが壁のあちこちにある、らくがきも
DSC08162_R_2013090220373154e.jpgNOの方向には行き止まり通路だった
DSC08163_R_201309022057121d0.jpg唐突に階段が現る、階層構造大好きだ
DSC08164_R_201309022057141fd.jpg教諭が壁を指差す、良く見るとツルハシの跡に混じって
DSC08165_R_20130902205715a5c.jpg「完」の文字が読み取れる、人間臭くてとても良い
DSC08166_R.jpg階段の先は更に狭く低い
DSC08167_R.jpg灯り置きにしては、へんな窪み
DSC08168_R_20130902210806a43.jpg多少幅は広がるが、天井はこの有様だ
DSC08169_R_20130902210808950.jpg分岐がある、何故か床がえぐれている
DSC08170_R.jpg竹の根があるので、開口部だったのだろうが、埋っている
DSC08171_R_20130902210812bc5.jpg床に水でも流れたのだろうか?妙に起伏がある
DSC08172_R.jpg通路は急激に下って行く
DSC08174_R.jpg右手に階段がある
DSC08175_R_20130902211559358.jpgしかし登ったらすぐに下り階段
DSC08176_R_20130902211601b9e.jpg下って右手はどんずまり
DSC08177_R_20130902211602801.jpgこの辺は、かなり複雑になってきた
DSC08178_R.jpg足元は歩くのがやっと程度の幅になってきた
DSC08179_R_201309022122292da.jpg滅茶苦茶複雑で狭くなって来た、正面突き当たりなので、右に行くと
DSC08180_R_20130902212231ebc.jpg軽く登って
DSC08182_R_2013090221223512c.jpg2つ目の狙撃室
DSC08183_R.jpg狙撃室とゆうより、通路にある狙撃口と言った感じ
DSC02513_R_201309022133345a9.jpg狙撃口はコンクリートで埋められている
DSC02512_R.jpg兎に角狭い狙撃室だ
DSC08181_R_20130902212233109.jpg奥は奇妙な窪みがあり、左に曲がっている
DSC08194_R_20130902213946eab.jpgサーフボードで塞がれた壕口
DSC08203_R_20130902213948392.jpg適当に歩くとこの壕唯一の部屋に出た、落書きが酷い
DSC08204_R_2013090221394983a.jpg部屋を出て左に進む
DSC08207_R.jpg数段下って終息、最深部の様だ
DSC08208_R_20130902214729149.jpgまた、降りて来た道を上る
DSC08209_R_20130902214731b9a.jpgさっきの大部屋の前を横目にまっすぐ進む
DSC08210_R_2013090221473219c.jpg階段を下り
DSC08211_R.jpg塞がった開口部
DSC08212_R_2013090221473595c.jpgさぁ、また屈みながら元に戻ろう
DSC08219_R.jpg実はこの二人、恩師と生徒の関係である、その伝で紹介頂いた、どうでもいい事だが、榴弾砲氏は自分の後輩で、この教諭の奥さんも自分の高校の後輩である事が発覚!どんだけ若い嫁さん貰ってるのだろうか・・・
DSC08220_R_20130902220835e5b.jpg時間が余ったので、井上成美記念館に案内してもらった
DSC08221_R_20130902220836f72.jpg正確には井上成美の姉の家らしい、ここで余生を過ごしたらしい
DSC08222_R.jpg残念ながら現在は閉館しているそうだ
DSC08223_R.jpg移設された海軍柱
DSC08224_R.jpg窓からは写真などが見えるが、入る訳には行かないので、撤収する

井上成美はいわゆる条約派に属し、米内光政、山本五十六らと共に日独伊三国軍事同盟、日米開戦に強硬に反対した。最後の海軍大将として知られたが、戦後はほとんど人前に出ずに生涯を終えた。
この地で子供たちに英語塾を開き、僅かな授業料と軍人恩給で貧困の生活を送り、元部下からの支援を頑なに拒み通したそうだ。
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