逸見、汐入周辺遺構、海軍測器庫

DSC03088_R_201309112038469c5.jpg前に紹介した陸軍砲兵学校の為のトイレ遺構(現存する最古の公衆便所とも言われる)
DSC03857_R_20130911203849b8b.jpg今は蓋をされて、誰も用を足せなくなってしまった
DSC03858_R_20130911205701087.jpg汐入壕によって見ると様子が変だ
DSC03860_R_20130911205702eb6.jpg一部を除き擁壁工事されている
DSC03862_R_20130911205708876.jpg端っこの一部は残っているようだ
DSC03864_R.jpg隙間から覗き込む
DSC03865_R_20130911205711da3.jpg昭和期に再利用されていたようだ
DSC03866_R.jpgなんか、南極観測基地みたい
DSC03868_R_20130911210310e4b.jpg遊星からの物体Xかなんか出て来そう
DSC03869_R.jpg壕を埋める時にごみを詰め込むのはいつでも一緒だ
DSC03871_R_201309112103146ec.jpgこの壕も今頃は壁の中だろう
DSC03872_R_20130911210955909.jpg左奥にある、変な構造
DSC03873_R.jpg突き当たり、右下に高さ1mほどの通路がある
DSC03874_R_201309112109599a1.jpg抜けると、壕は更に続いている
DSC03875_R_20130911211001af1.jpg抜けて来た穴
DSC03876_R_20130911211003878.jpgこの辺の天井は形が違う
DSC03877_R.jpg来た道
DSC03878_R_201309112115553f1.jpg天井が剥がれて、鉄板が出ている
DSC03879_R.jpg壕は続く
DSC03880_R_201309112115582c9.jpgこの辺は資材置き場だったのだろう
DSC03882_R.jpg一部の床は鉄板張りだった
DSC03890_R_20130911212129d5f.jpg最後に一回り出来て良かった
DSC03891_R_20130911212131432.jpg安針塚にある巨大な壕口(安針塚駅は軍需部前駅として、開業したが軍施設の所在を明らかにすべきでないと判断され、三浦按針(ウィリアム・アダムス)の名に因み、安針塚駅に改称された経歴がある)
DSC03892_R_20130911212133d84.jpgこれも、軍需部の施設の一つであろう
DSC03893_R_201309112121342c0.jpg内部は見た事も無い、コンクリートの巻き方だ、強度は大丈夫なのだろうか?
DSC03894_R.jpg左奥に続いてそうな気もするが入れない
DSC03895_R.jpg形状的には発電機壕か、ドラム缶式燃料庫か?
DSC03896_R_20130911213616291.jpg頑張れば上から入れそうだ
DSC03897_R_201309112136188a1.jpg目の前に石柱が有る
DSC03898_R_201309112136191a3.jpg東電と彫ってあるが、明らかに石柱は表面を削られてスリムになっている、二次利用の疑いがある
DSC03899_R_20130911214311f55.jpg汐入に戻って来た、昔の道標、是より汐入と書いてある
DSC03901_R_201309112145448ce.jpg裏側、是より港湾部?
DSC03902_R.jpg丘に上る階段がしんどい、ベースが見える
DSC03903_R_2013091121432009c.jpgガントリークレーンの基礎がある
DSC03904_R.jpg東京湾要塞地帯標か?
DSC03905_R.jpgヌコが守護している
DSC03906_R.jpg裏側には海軍用地が残っているが、他の3面は風化して読めない
DSC03908_R_20130911215155a87.jpg別のヌコ
DSC03909_R.jpgあまり眺めは良くない
DSC03910_R_20130911215159de4.jpg久松橋
DSC03911_R.jpgこれ、橋なのか?
DSC03913_R_20130911215733ba6.jpg壁に見たような物が埋っている
DSC03912_R_20130911215732149.jpgこれって境界石柱?関東大震災の復興時、あらゆる物が間に合わせに使用された
DSC03916_R.jpgここにも地帯標と思われる物がある
DSC03915_R.jpgこれも他の面は見えないが
DSC03914_R.jpgこの面の
海軍用地だけは読める
DSC03917_R.jpg石垣の崩れた下面を震災煉瓦で埋めたのだろう
DSC03918_R_20130911221008e98.jpgある意味、芸術品である
DSC03919_R_20130911221010fca.jpgよく探せば、刻印も見つかるかも
DSC03920_R.jpg汐入駅裏側の坂を登ると海軍測器庫がある
DSC03925_R_20130911222106fb8.jpg気象観測や測器や航海に関する図書の保存供給をしていたが、震災後の海軍の敷地整理により民有地になる
DSC03922_R_20130911222152cac.jpg地下倉庫入口の上に他の家が立っているが、境界はどうなっているのだろう?
DSC03927_R_201309112221082f9.jpg明治中期のレンガ建築物で貴重なものであるが、母屋と合体している様だ、地元では天文台と呼ばれている
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No title

「是ヨリ」というのは、「ここを通って(行くと)」という意味です。つまり、ここを通って行くと、汐入や港湾部に行けるという意味です。
それにしても、あと3日ですね。
yakumo様のお陰で三浦半島には一般?には、まだまだ知られていない戦跡があるんだということがよくわかりました。これからも、新たな発見があることでしょう。

No title

>HAL様
三浦半島は面白い地域です、きっとまだ誰も知らない遺構が埋もれているでしょう
ネタはまだ尽きないので、いずれまた更新する日もあるでしょう。