横須賀海軍工廠造兵部ガントリークレーン解体

以前、横須賀海軍工廠造兵部 その1をシリーズで紹介した時横須賀海軍工廠造兵部 その3に774様からコメントを頂いて、横須賀海軍工廠造兵部の建物が根こそぎ解体されているのを知った。
ガントリークレーンが解体される話は某スジから聞いていたが、こんなに早いとは思わなかった。
船越の顔と言っても過言ではない建造物だっただけに、悔やまれる・・・
現在、解体が一段落し、工事が休止状態に入ったので、ひとまずガントリークレーンの終焉を紹介する
2009年
ガントリークレーン_Rこの頃は海上自衛隊の舟艇庫として修理、保管に使われていた
海自艇庫_Rクレーン自体は車載クレーンを使っていた様だ
ガントリーからくりはま_Rガントリークレーンの先には廃艦となった「くりはま」が係留されていた
DSC04981_R_20131014191746fff.jpgこの頃は隣も空き地だった
2010年
DSC07915_R_201310141926473ba.jpg隣の空き地に柵が張られ、16号線までの地面を掘り返しまくっていた
2011年
DSC08288_R_R.jpgこの時点ではまだ艇庫として使用されていた
DSC08289_R_R.jpg隣では巨大な建造物が作られている
DSC05624_R_R.jpg建て始めるとあっとゆう間だ
DSC05622_R_R.jpgこの頃は横須賀海軍工廠造兵部船越地下工場 その1に直接入れなくなった事しか気にしてなかった
2013年1月5日
DSC07860_R_R.jpg地下工場に入りにくくなったので足が遠のいていたが、久しぶりに訪れる
DSC07869_R_R.jpgこの時点では建物に異状は無いが
DSC07870_R_R.jpg軌道敷の草が刈り取られている
DSC07873_R_R_20131014194441778.jpg放置されていた原チャリやボートの類が無くなっている
DSC07888_R_R.jpg横須賀工作所の文字が映える
DSC07916_R_R.jpg隣の建物は、完成していた
DSC07917_R_R.jpg工事はここまでと思っていた
同3月24日
DSC00001_R_R_20131014195611b88.jpgコメントを貰った翌日曜日、目を疑った
DSC00003_R_R.jpg砲塔工場は無傷だったが、かたずけられていて、何も無い
DSC00007_R_R.jpg木工工場にも足場が組まれている
DSC00014_R_R.jpg裏山に駆け上り木にぶら下がって撮影(下には何も無い)
同3月31日
DSC00035_R_R.jpg破壊は進む
DSC00040_R_R.jpg製缶工場の壁にも穴が空く
DSC00042_R_R.jpg砲塔工場はまだ無事
DSC00046_R_R.jpgに見えたが、足場が組まれ始めてる
DSC00050_R_R.jpgこの日初めて退役潜水艦をここで見る
同4月21日
DSC00992_R_201310142028160c8.jpg砲架組み立て工場は下の煉瓦のみになってしまった
DSC01004_R.jpg砲塔工場は今の所無事
DSC01006_R_20131014202820c35.jpgかと思ったが、シャッターの向こうはすごい事になっていそうだ、の扉の左側にあふれ出た廃材が見える
同5月6日
DSC01101_R_2013101420351074c.jpg棟続きだった製缶工場が無くなった
DSC01108_R_20131014203512660.jpgもはや砲塔工場本体のみ
DSC01113_R_201310142035142e4.jpg始めて見たシャッターの向こう側、見たく無い光景だ
DSC01118_R.jpgそれでもこの部分は残してくれると思っていた(願望)
DSC01125_R.jpgまた、登って見た
DSC01128_R_2013101420434369c.jpg緑が繁って、木に登れないので斜めから、まだ手前の木工工場は残っている
同5月26日
DSC02389_R.jpgぱっと目の景色は変わらなかった
DSC02393_R_201310142046142be.jpg良く見ると、後ろが無い!
DSC02397_R.jpg無残にも垂れ下がった、屋根材
同6月16日
DSC03338_R_2013101420503057c.jpg後ろがキレイさっぱり無くなった、まるで最初から無い様にさえ見える
DSC03340_R_20131014205031784.jpg砲架組み立て工場付近は、かたずけも一段落した様だ
DSC03344_R_201310142050332ec.jpg砲塔工場も遂に覆いが掛けられた
DSC03348_R_20131014205034044.jpg見納めかも知れない
同7月15日
P1010717_R.jpg無い
P1010719_R.jpg無事なのは先っぽだけ
P1010721_R.jpgこっちは後かたずけも終盤
P1010725_R.jpg物足りない風景
P1010731_R.jpgこれは一番奥の機雷実験部(現造船会社の工場として稼働中)
P1010734_R.jpgこの建物のA.B棟(水雷工場)は年内に解体されるらしい
P1010736_R.jpg特別な許可を取って撮影する(運送会社の賃貸期限の切れた今、自衛隊管轄となる)
P1010741_R.jpg当時からの壁
P1010744_R.jpg縦横に引かれた作業用レールは特殊鋼で解体後、欲しい企業が引く手数多らしい
P1010746_R.jpgボーリングの跡は、あちこちにある
P1010747_R.jpg引込線レール
P1010757_R.jpg今となってはここでどうやって機雷や魚雷を手がけていたのだろか、判らない
P1010761_R.jpg終焉まで跡数ヶ月以下となる
同7月21日
DSCN5185_R.jpg対岸を見ると、船越地区自衛艦隊司令部の裏に廃材が積み上げられている
P1010780_R.jpg先っぽが無い
P1010785_R.jpg捻じ曲がった引込線の転轍機
P1010788_R.jpg始めて見る異様な風景
P1010792_R.jpg在るべき物の無い風景
P1010795_R.jpg僅かに残っている在るべき物の断片
P1010810_R_201310142125409cb.jpg前回見上げていたのに、今は見下ろしている
P1010814_R.jpg赤錆びた、鉄骨内部構造
P1010829_R.jpg切り落とされた、首と胴体の様だ
P1010842_R_20131014212550a37.jpgガントリークレーンが泣いている
同7月28日
DSC03610_R_20131014213330d9e.jpg終わった、何もかも
DSC03613_R_201310142133321ac.jpg残ったのはレールだけ
DSC03615_R_2013101421333433e.jpg最早金属は供出され、台座のみが残される
DSC03617_R_2013101421333616c.jpg積まれていた残骸も、ほとんど無くなった
DSC03620_R_2013101421333748f.jpg跡には主を失った台座だけ
現状
DSC00235_R_20131014214110b86.jpg台座だけは残すのだろうか?
DSC00236_R_20131014214112de3.jpgキレイさっぱりだが、じきに掘り返されるだろう
DSC00250_R_20131014214114ff1.jpg潜水艦はまだいる
DSC00251_R_20131014214116b16.jpg近じか、この水雷工場解体記事を書く事になるのか・・・
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コメント

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No title

 いつも興味深く拝見しています。
長浦港のシンボルでもあったガントリークレーンの撤去は本当に残念です。
亡き父が40年ほど前に勤務していましたので、何度も遊びに行きました。

No title

てつ様
ご訪問ありがとうございます
思い出のある場所が、変わってしまうのは、悲しい物がありますね
台座だけでもモニュメントとして、残して欲しいものです。