明野教導飛行団 天竜分教所

1942年4月に三重県の度会群明野原にあった明野陸軍飛行学校の分教所として開設し、東西1600mの滑走路2本、格納庫4棟、兵舎、試射場などがあった。
同時に長さ3667mの軍用道路を臨時滑走路を兼ねて建設している。
使用機は九六式戦闘機、一式戦闘機(隼)、二人乗りの練習機などが配備されていた。
1944年6月には第三教導飛行隊となり、1945年4月頃から格納庫が解体され、近くの山林に分散隠蔽され機体の温存策が取られるようになったが細々と訓練は続けられたが、5月にはこの飛行場は放棄された。
現在、跡地は袖浦公園となり、格納庫の遺構と航空自衛隊発足時のF-86昼間戦闘機が公園のモニュメントとして展示してある。
天竜飛行場は陸軍戦闘機の研究と搭乗員養成を目的に建設され、本校・分教所を合わせて「明野教導飛行団」と総称していた。
遺構としては、格納庫基礎と水槽は公園内に確認出来るが、他にも井戸と射だが残っているそうだ。
DSC00978_R_20131212205554e93.jpg国道150号線を天竜川を越えて行く
DSC00979_R.jpgピンクのすごい特徴的な構造の橋を渡っていく
DSC00980_R_20131212205557737.jpg袖浦公園到着
DSC00981_R_20131212205558fb8.jpg陽光に格納庫基礎が浮かび上がる
DSC00982_R.jpg基礎の一番端っこの部分、これだけがかなりごつい形をしていた
DSC00985_R_2013121221195094b.jpg整然と並ぶ基礎郡
DSC00986_R_201312122119526c0.jpg一部から中の鉄筋が覗いている
DSC00988_R_2013121221195598a.jpg格納庫基礎は左右に対になっている
DSC00989_R_20131212211957197.jpg知らなければ、何だか判らないだろう
DSC00991_R_20131212212539345.jpg左右の基礎の形も違う
DSC00992_R_201312122125401ff.jpg何かいびつな感じがする
DSC00987_R_201312122128505f9.jpg格納庫基礎の隣には、空自払い下げのF-86昼間戦闘機が落ちている
DSC00995_R.jpg基本触り放題
DSC00997_R.jpgタラップがあり上から見れる
DSC00998_R_20131212212855727.jpg誘導、航法装置が脆弱で、夜間行動に適さない機体
DSC00999_R_20131212213956a5c.jpgコクピットを覗く、誰もいない
DSC01000_R.jpgRESCUEと書いてある、この中のスイッチで緊急時コクピットを開ける
DSC01001_R.jpgしかし、何も無い
DSC01002_R.jpg銀翼に日の丸が良い
DSC01005_R.jpg尾翼、機体を挟んで格納庫基礎がある
DSC01007_R.jpg落下式増加タンク
DSC01006_R_2013121221492285f.jpg安定翼付き
DSC01008_R_2013121221492657c.jpgビックマウス、空気取り入れ口
DSC01010_R.jpg中は空洞
DSC01009_R_20131212214927166.jpg12.7mm AN/M3機関銃×6門搭載
DSC01011_R_201312122203052a9.jpg一応夜間着陸用のライトはある
DSC01012_R_20131212220307966.jpg何語?
DSC01014_R.jpg公園外縁にある、案内板
DSC01018_R_20131212220310478.jpg時代は違えど、妙なマッチングがある
DSC01019_R_2013121222074878d.jpg公園のスミに、水槽がある
DSC01020_R_20131212220750530.jpg横広でわりと大きい
DSC01021_R_20131212220751d69.jpg作りからして、当時物と思われる
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