陸軍中津飛行場(相模陸軍飛行場)

昭和15年12月に熊谷陸軍飛行学校、中津分教場として開設し、翌年熊谷陸軍飛行場相模分教所として開校
陸軍飛行学校として、複葉練習機による飛行訓練が行なわれていたが、17年には戦闘機が配備され出撃基地化
昭和19年7月20日 飛行学校閉鎖、実用機、戦闘機の基地となる。
四式戦「疾風」が配備された初の実戦基地となる、しかし特別攻撃隊の訓練基地となり第18・19振武隊が12月を目処として、練成されたがこれは12月に米軍の攻勢が始まるとの誤報による物だった。
昭和20年4月になると 第18・19振武隊は随時知覧より沖縄に特攻出撃を行う。
最後の出撃は、昭和20年 8月13日 第398神鷲隊、相模より下田沖に特攻出撃との記録がある。

現在は神奈川県愛甲郡愛川町の内陸工業団地となり、滑走路は長い直線道路となっている
また、近年愛川町郷土資料館が出来て、陸軍中津飛行場関係の展示及び、四式戦「疾風」の風防なども展示している
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通信室と言われる遺構(大野建設敷地内)
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休みで人がいない様なので、外観のみ駐車場から見学
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緑のネットを張り、プランターでツタを生やそうとしている様だ
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珍しく金属製の扉が残っている
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扉が無くなっている所は、コンクリートで埋めたようだ
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住宅地の中に、格納庫基礎が残っている
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以前は複数あったそうだが、今はこの一つだけ
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厚みはそれなりにある
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ちょっと見つけにくい所にある
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明野教導飛行団 天竜分教所で見た格納庫基礎と同一のようだ
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排水路橋
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飛行場の排水をするために、中津川まで続いているらしい
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橋は2本に別れている
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さらに住宅街を物色すると
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見ての通り、地面に埋まってない移設門柱
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ヒンジが残っている
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しかし、向きがおかしい、住民に聞いてみると親戚の家にも門柱があり、移設してきたそうだ
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表札の跡
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住民に場所を聞き、行ってみた
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留守のようなので、外観のみ撮影

詳しくはkanレポートを参照
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