堀の内 機銃砲台  (完結編)

去年同期の櫻様より、写真を頂きザックリと表面の探索を行ったが、不十分な探索となっていた
よって本日きっちりとよじ昇って来た(かなりきつかった)
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右上の駐車場から京急の線路が見下ろせる所まで、稜線を縦断した
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今回登ったガケ(体感的にほぼ垂直)、下側に塞がれた壕口
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ガケの中腹にある殆んど埋った壕口に滑り込み、一安心する(外の風景で高さが判るだろうか?)
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T字の左側、ガレを投げ捨てた様だ
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少し広がった部屋が一つだけ
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右側は下っている、黄色いのは昭和のゴミ、電線のコイル巻きの芯
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大きな部屋が2つ、これは左側の入り口
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外から見えた塞がれた壕口(やはり人の出入りには小さい)
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外側
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入り口方向を振り返る
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右側の大部屋には、棚が彫ってある(あるいは生息室のベンチか?)
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左側の大部屋の前にはドラム缶が2つ
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わずかな段差がある
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台座の様な物と、箱状の金属片が崩れている
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左側の部屋奥
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陶器製プラグ(戦後のものだろう)
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隣に通路がある
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むっちゃキレイな彫り方
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インク瓶の蓋が落ちている
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連絡通路
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右の大部屋の棚
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棚の隣に縦1m、横30cm程度の掘り込みがある
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大部屋の奥を右に曲がると、地下壕に良くある衛所風の掘り込みがある
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これは天井に斜め方向に進んでいる通気孔の様な物
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電燈の跡があるが、戦後の物だろう
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最深部、外から見える塞がれた壕口2つ目(左壁に電線クリップがある)
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外観
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ここから電気を引いていたのだろう
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大部屋全景
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さて、また登るか!
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山頂到着、コンクリートの基礎の様な物が若干ある
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斜面に何か見える
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何も書いていないが、境界柱だろう
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塹壕跡がうっすらとだが、確認出来る
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ガケの際に半分落ちた窪地がある
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わからんだろうが、円形の窪地がある
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しばらく峯歩きをすると、人工的に掘り込まれた広い平坦地に出た
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付近には煉瓦が散乱している所がある
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もっとも高い所にある煉瓦と基準杭
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米ヶ浜中央公園(米ヶ浜演習砲台)の平和の塔が見えるが、木で海が見えない
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造成工事を放棄した所に出た
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ここからなら猿島が見える
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探し回ったが、過去に電車から見えていた壕口は跡形も無かった(これでは当たり前だが)
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砲座らしき場所に戻って来た、きちんと平らに掘削されている
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周辺を更に探すと、また人工的な窪地がある(最初のより大きい)
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付近の塹壕、(割りと見やすいと思う)そのまま下る
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棚になった部分に転がる陶器製のエルボ管
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陶器の甕から木が生えている
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良く見ると石垣がある
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石とゆうよりは、岩盤を積み上げたものだ
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井戸もある、施錠され、管理されているようだ、当時の水場だったのだろう
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雨どいなどに使われる陶器製の戸井
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石段も出てきた
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石垣も道もきれいになって来た
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斜面に何かある
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何だ、これは?
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六角柱は下の方にもあった(同期の櫻様より、津田沼→大津間(正確には山崎・堀之内)無線通信実験のアンテナの塔の基部であるとの情報を頂きました、ありがとうございました)
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コンクリート基礎もある
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なんだ、ちゃんと登れる所あったんじゃないか!まぁ、いつもの事だ・・・
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春日神社に出た(付近)
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カラフルなニワトリ
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さぁ、次に行こうか!

本日のコース
船越(変わり無し)-比与字F号倉庫周辺ー堀の内機銃陣地ー大津機銃陣地ー曲矢遠隔観測所ー矢の津弾薬庫
重砲兵学校、校長邸防空壕だが、今週中には亡くなってしまうだろう
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行政センター移転工事中
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ここまで来たら、コンクリートを流すだけ
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三つ目の壕口も発見された
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ついでに大津機銃陣地の銃眼を新たにもう一つ見つけた
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三春町の壕

調査お疲れ様です。三春町の壕ですが、近くに戦前戦後を通じ保土ヶ谷化学と言う会社がありました。近所では「酸素会社」と呼ばれていたそうです。場所的にこの会社が防空壕として使っていたのではないでしょうか?例のアメリカの地図で、この場所を見るとTANKと書かれてます。海軍にでも酸素を納めていたのでしょうか?大津の壕でさらに銃眼を見つけ、素晴らしい発見ですね。壕も残念ながら時間の問題でしょうね。

ありがとうございます

堀の内もそうですが、大津の曲り矢遠隔観測所周辺の山は棘の生えたいばらの木が多く群生し、山中の藪漕ぎが至難の業でした。
電信柱の付近にあった壕口には、お気付きでしょうか?
入り口は崩落&ゴミですが、内部はしっかりとした掘削でした懐中電灯があれば壕口から内部が覗けます。

酸素会社ですが、軍御用達でしょうね、やっぱり
ぱっと浮かぶのは「酸素魚雷」でしょうが、溶接用酸素、迎撃戦闘機の酸素瓶、潜水作業用の酸素、などなど需要に暇がありませんね。
ヒギンズ壕はぎりぎりセーフのタイミングで紹介して頂き、探索する事が叶いました
ありがとうございました

どうもすみませんでした。

大津の曲り矢遠隔観測所関係の電信柱の調査ご苦労様でした。コンクリート柱なので、今まで残ったのでしょうね。電信柱の近くにある壕は知りませんでした。あの付近の山には壕が沢山掘られてました。電信柱の山を貫通した壕もありました。最近では山に人が入らないので木は伸び放題で本当にご苦労様でした。

話は変わるのですが終戦直後、根岸の競馬場に無線局があり、東京湾に入る船舶と交信していたようです。その無線局で通信士(海軍の通信学校出身者)をしていた人と話をしたことがあります。写真も見せてもらいましたが無線機は米軍用の物が撮影されてました。

では新しい調査のUPを楽しみにしてます。くれぐれも安全第一で頑張ってください。

いえいえ

いばらは状況報告の為書いただけで、山にはあって当然の物ですから・・・
電信柱は2本目に民家の洗濯物が写ってしまっているので、頂いた写真を使わせてもらいます。
無事、3本目も発見できて良かったです
曲り矢遠隔観測所と矢の津弾薬庫は後ほど記事にして、御報告します
新たな物は有りませんでしたが・・・