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大正小額政府紙幣、兌換券

大正3年(1914年)に始まった、第1次世界大戦により、日本の経済は未曾有の好景気となり、補助(小額)貨幣の需要は、年々激増して行った。

大正6年に入ると、補助貨幣の不足が心配されたため、増産を図ろうとするも製造能力には限界があり、 応急措置として同年10月、50銭、20銭、
10銭の、3種の「小額政府紙幣」を発行することとなった。
金属(銀など)の価値が上がり貨幣が発行できなくなって来たのだ。

大正小額政府紙幣
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(政府紙幣・10銭券・6年: 54mmX86mm)
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大正六年~11年?毎年年号が入る
P1020456.jpg複製禁止と書いてある
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(政府紙幣・20銭券・6年: 58mmX92mm)
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複製禁止の書き方が違う

兌換券
第1次世界大戦の勃発により、主要国は一斉に金輸出や金兌換を禁止した。
日本も、大正6年(1917年)に金輸出を禁止(金兌換は継続)し、金兌換は事実上停止された。
大戦終結後、各国は順次金本位制に戻ったが、日本は戦後の反動不況、関東大震災、金融恐慌と続いたことから復帰は遅れ、昭和5年(1930年)になって金輸出の禁止を解くこととなった。
この頃、実勢為替レートは下がっていたにも係わらず、無理をして旧平価で金本位制に戻ったことから、デフレ不況におちいり、すでに始まっていた
世界恐慌の中で限界に達し、昭和6年12月金輸出は禁止され、金兌換も停止された。

金本位制とは、一国の貨幣価値(交換価値)を金に裏付けられた形で金額で表すものであり、商品の価格も金の価値を標準として表示される。この場合、その国の通貨は一定量の金の重さで表すことができ、これを法定金平価という。
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(改造・1円券: 85mmX145mm)製造年月:t5~s17.7(製造枚数 : 264,000,000枚)
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(兌換丁号・5円 券(1次):76mmX132mm)製造年月:s4.6~s16.1(製造枚数 : 305,600,000枚)
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(兌換丙号・10円 券(1次):81mmX142mm)製造年月:s3.10~s18.4(製造枚数 :1,061,070,000枚)

他にも兌換乙号・10 券、兌換甲号・20円 券、兌換乙号・20円 券、兌換甲号・100円 券、兌換乙号・100円 券、兌換乙号・200円 券などがあるが、所有していない。
兌換乙号・200円 券は、昭和初期の金融恐慌時に、銀行救済のためたった2日で急遽製造されたもので、裏面印刷のない常識外の紙幣であった。
流通高も1億6千万円程度と言われ、恐慌の平静化とともに急速に市場から引き揚げられた。
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