横浜こどもの国見学会「歴史をたずねて」その2

26年8月10(日) 「歴史をたずねて」 (雨天中止)
集合時間:10時30分 集合場所:正面入口広場
こどもの国は旧陸軍の弾薬庫跡地で、現在でも当時のものが残されています。
持ち物:懐中電灯、虫除け、汗拭きタオル、飲み物
※園内を歩いてまわるので、暑さ対策をしてご参加ください。
こどもの国H.Pにて、上記記載がありました、興味のある方はどうぞ!
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弾薬庫の途中から始める
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角部分なども丁寧に作ってある
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天井の内屋根を付けていた木材
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換気口の下側に、金属が残っている
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ギリギリでぶら下がっている電球
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落ちてしまっている電球、銘柄は見えなかった
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組み立て前の薬莢なので、弾尾に信管が付く穴が開いている、同じ38mmでも野砲、機関砲など用途により薬莢サイズは違ってくる、同じ38mm砲でも弾薬の互換性が無かったりする
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個人所有の38mm砲弾、短い物だ(参考38式小銃弾)P1030033.jpg
海軍の25mm機関砲弾と比べてみる
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1904年製、海軍マークがある
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弾頭のおしりにもマーク
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弾頭にもいろいろ種類が有る、右は参考の日露戦争時の25mm弾頭
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ちょっと刻印は確認出来なかった
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弾薬庫の見学終了
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こっちは対になっている出入り口
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弾薬庫平面図
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先に弾薬庫を作り、上から盛り土をして作ってある(掘った訳ではない)、現在でもその作り方は大差無い
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これが当時の弾薬庫入り口(奥はプール前の給水場、位置は今の給水場と同じ)
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この辺の弾薬庫は人工湖に沈んでいるが、一部ボートに乗っていると水没した入り口が見える所がある
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見学したのは真ん中左側辺の弾薬庫だろう、弾薬庫だらけなのが判る写真だ
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写真中央の見えている弾薬庫
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第二トンネル前の弾薬庫と、赤ぽっぽ
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第二トンネル(当時物)
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近年大分補修を受けている様だ、白い所は近代コンクリート補修(入り口外縁を含む)
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最終地点「平和の碑」
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簡単に言うと、自分が当時作った砲弾で、他人を傷つけて仕舞ったのではないかと、後悔と自責の念に駆られた、こんな事が無い様に平和を心から願うと言う内容の碑
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この場所は女子学生休憩所跡地で、ここで働いていた方が「田奈の森」なる当時を書き記した本を書き、収益の一部を碑建立に寄付されたそうだ、地面にはコンクリートの地盤が今でも残っている。

田奈の森―学徒勤労動員の記 [単行本] MARCデータベースより(沖縄の少女が自決に使った手榴弾。それはもしかしたら、私が造ったものかもしれない。学徒勤労動員として、田奈の森にある秘密の弾丸工場で来る日も来る日も弾丸をつくっていた当時のことを、鮮明につづる。)
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中央上が引込線ホーム、公園外に各種学校及び寮があった様だ
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こどもの国開園時の古地図、引込線の記載が残っている、四角い枠がホームのあった場所
左の引込線は現在のこどもの国線、右の分岐は廃線となり宅地化に消えるが、ガーター橋や線路の一部が残っている所が近年までは確認されているが、現在は不明


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コメント

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情報告知ありがとうございます! ”こどもの国に行こう”という形で家族と8/10行ってきます! 勿論私は別行動ですが笑

空母氏

横浜こどもの国はプールの時期になると、めちゃ混みます、早めを進めます。
御家族はプールに預けといて、12時前には終わるツアーなので昼飯に合流みたいなパターンではどうでしょう?
東名横浜青葉を降りてすぐなので、アクセスは良さそうですね。
自分も行ければまた、行こうと思っていますが、勤務次第。