東京湾第三海堡(探照灯)

東京湾第三海堡とは、東京を防護するため東京湾口に設けられた砲台を設置するための人工島。
明治25(1892)年の着工以来、当時の土木・建設技術を結集して30年間に及ぶ難工事の末、大正10(1921)年に、竣工した。
しかしながら、わずか2年後の関東大震災によって崩壊し、大半が海中に没してしまった。
関東大震災で大破した第三海堡は、その後も波浪により崩壊が進み、半ば暗礁化してしまった。
第三海堡は浦賀水道航路に接しているため、付近の水域では海難事故が多発するようになり、航路の安全を確保するため、第三海堡を撤去し水深23mを確保する工事が始まった。

撤去工事は平成12年(2000)から平成19年(2007)に亘って実施された、その間、撤去構造物の内、大兵舎と呼ばれる構造物はうみかぜ公園に移設され、探照灯、砲台砲側庫、地下通路、観測所と呼ばれる4つの構造物が、追浜展示施設(民有地)に保存・展示されていた。

しかし、撤去工事終了後の展示施設の維持が難しくなったということで、移設場所がなければ、この貴重な遺産が廃棄されるとの話が伝わり、ぜひ追浜地区内に残したいとの声があった。
しかし、いずれもかなりの重量物で陸上輸送が出来ず、海上輸送でクレーンのアームが届く範囲にしか移送できないなど、困難な条件があった。

関係者の努力によって国(国土交通省)と横須賀市の協議が整い、夏島都市緑地内に移設され、保存・公開されることとなった。(移設は探照灯、観測所、砲台砲側庫。地下通路は運搬に絶えられないとして移設されなかった)
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まずは、探照灯の外観から見て行く
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見ての様に真っ二つに折れているのを繋いである
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真横
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外側に回る
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探照灯格納位置
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探照灯台座
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簡易台座に置いてあるので、本来の形では無い
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謎の起伏
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内側は階段になっているようだ
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断裂部分
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左右対称の形状をしている
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屋上通路が見える
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真横、天井は壊れている
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では、潜入する
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探照灯格納レール跡
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側溝もきれいに作られている
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以外に狭い出し入れ口
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下を見ると台座がある
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C-290&M-145ってのは調査時の遺構ナンバーリング(折れて2つになってるからナンバー2個分)
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埋まっていたレール
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上を見ると空が見える
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厚みや鉄筋の有無を調査したものだが、あちこちに開いている
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右に行ってみる
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断裂部分
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通路の天井にも調査の穴が開いている
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階段は安山岩が使われている
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落ちたら痛そうな階段を登る
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今は安全の為、フェンスで出れない
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天井通路は屋根部分がほとんど失われている
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反対側に行ってみよう
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上のアーチの溝は雨水が伝わって内部に入らない為の構造になっている
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屋根が無くなってるので、明るい階段
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床は調査の穴だらけ
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崩れた階段の天井部分
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初期の頃には外に出る事が出来た
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ここに謎の鉄棒が立っているが、偶然そこに居た人が「昔俺がこれを着けたんだ、船で渡って釣竿を立てて置くための物だったが、まだ残ってるとは思わなかった」と、話してくれた・・・
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下を見ると、結構高く見える
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上から見た観測所
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砲側庫も見える
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下に降りていく
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排水溝
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コンクリート製要塞ならではだ
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変った接続部
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普段は地下陣地ばかりだから、スゴイ立派に見える
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模型で言うと、手前中央の折れている所のようだ
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